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2018/02/20

不穏な時代の刻印 〜 プリンス『サイン・オ・ザ・タイムズ』

以前から繰り返していて少し前にも書いたが、僕は LP 二枚組『サイン・オ・ザ・タイムズ』でプリンスという音楽家にリアルタイムで惚れた。だからいまでも僕のなかではプリンスといえば『サイン・オ・ザ・タイムズ』の人なんだよね。それなのにアルバム全体のことはまだ一度も話題にしていなかった。だから今日書く。

ところで『サイン・オ・ザ・タイムズ』は LP でも CD でも二枚組だから、雑多でゴッタ煮的なおもちゃ箱的おもしろさがあるとずっと思って聴いていたけれど、こないだから真剣にぜんぶ通して聴きなおしていると、あんがいそうでもないなあ。シンプルだ。だいたいトータル再生時間だって約80分と短かめなんだよね。あと二分ほど刈り込めば CD 一枚におさまってしまう。って、どこも一秒たりとも刈り込めない完璧さだけど。

LP 二枚組だったということもあって、各面ごと計四つ、それぞれテーマみたいなものがあったように思う。一つの考えで一面が統一されていて(という部分もあって)、さらにそれを四つ並べて続けるとトータル・アルバムとしての一貫性というか、あまり好きな言葉じゃないが、コンセプトがはっきりある。と僕は思うので、雑多、バラバラ、統一感がないとの意見には必ずしもくみしなくなっている最近の僕。

その統一感、アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』のコンセプト?というか一貫性は、生々しい肉体性、それを覆い隠すチープでポップなサウンド創り、さらに最大のものは、刻み込まれた時代の不穏さ 〜 じゃないかなあ。もちろんその反面、底抜けに明るいものやパーティ・ファンクみたいなものだってあるけれど、そういったイノセンスは、いわば料理の辛味を際立たせ深みを出すために入れる砂糖みたいな役目になっている。

全四面、CD でしか『サイン・オ・ザ・タイムズ』をお聴きでないかたも、ちょっとネットで調べればたちどころに判明するのでご覧いただきたい。僕の見るところ、一枚目A面は不穏ファンク、B面がエロ路線(と無垢さ)、二枚目A面がポップさ、B面がゴスペルっていうことになるけれど、どうだろう?

以下は CD 二枚というのもぜんぶ一つにして全16曲のその曲順で書く。1曲目「サイン・オ・ザ・タイムズ」。1987年当時の深刻な社会問題、特にAIDS をあつかった内容だけど、そんな深刻さは歌詞内容もさることながら、このブルージーなサウンドで表現されている。プリンスのヴォーカルとギター(かっちょええ〜!)以外はぜんぶコンピューター・サウンドだけど、チープにポコポコ鳴っているのが、かえってすごく不気味だ。不穏の一言。

曲「サイン・オ・ザ・タイムズ」中盤でエレキ・ギターが聴こえはじめる瞬間のあの鳥肌が立つような感じ。というかいまでも僕のばあい本気でサブイボが出る。身の毛がよだつとはこのことだ。カッコよすぎて。こわすぎて。それにしてもこのビート感と、そしてエレキ・ギターの奏でるこの時代の刻印って、とんでもないブルージーさだよなあ。

同系のものは4曲目「バラッド・オヴ・ドロシー・パーカー」。これなんかスライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』(1971)へのストレートなオマージュだもんね。これは全員が言っていることだけど、プリンス・マニアでもスライに興味を向けないかたがたがいるかもしれないから、いま一度繰り返すと『暴動』にある「ファミリー・アフェア」。モロそのまんま直結されている。ちょっと聴いていただきたい。
また3曲目「ハウスクエイク」のほうはジェイムズ・ブラウン流儀のファンク・チューンで、特にエレキ・ギターのカッティングが空間を刻むところとホーン・リフの使いかたなどはソックリだ。しかもこの声はカミーユだよね。アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』にはいくつもある。そもそも『カミーユ』というオルター・エゴ名義の一枚を企てて録音も進んでいた(終了していた?)。それはご破算にしたので、一部が『サイン・オ・ザ・タイムズ』その他に流用されているんだろう。

カミーユという別人格プロジェクトは、すなわちフィーメイル(を装った)・ファンク・ミュージックみたいなものってことかなあ?それでもって不安さ、不穏さ、あやしさ(怪、妖)を表現したいというものだったかもしれないと、いままでプリンスの各種アルバムに産卵するいくつものカミーユを聴くと僕はそう思う。

たとえば『サイン・オ・ザ・タイムズ』だと、LP での二枚目 A 面にいちばん顕著に出ているカミーユ。10曲目のシーナ・イーストンを迎えてやる「U ガット・ザ・ルック」もふつうのポップなロックなのに、出だしのナレイションはカミーユだ。本編は地声で歌っている。がその後もところどころ頻繁にカミーユが出現する。あのころ、シーナと歌うこの曲のヴィデオを、これは鮮明に記憶しているが MTV で僕も観た。ふつうのお気楽ポップだけどね、やっぱり。

続く11曲目「イフ・アイ・ワズ・ユア・ガールフレンド」。全編カミーユだが、ピッチの高い女声で「もしわたしがあなたのガールフレンドだったなら」と歌っているから女性を演じきっているのかと思いきや “when I was your man” というラインも出る。同じカミーユ声でね。いったいどういうことなんでしょう?12曲目「ストレインジ・リレイションシップ」もカミーユだ。

そうかと思うと13曲目「アイ・クド・ネヴァー・テイク・ザ・プレイス・オヴ・ユア・マン」は、やっぱり基本はポップ・ソングで、それに沿ったサウンド創りをし、プリンスも軽く歌っていて、曲調やサウンドだけなら「リトル・レッド・コーベット」「テイク・ミー・ウィズ U」「ラズベリー・ベレー」みたいなもんだよなと思っていると、中盤でガラガラと一人ファンク・ジャムに突入し、エレキ・ギターを弾きまくる。3:50 過ぎで転調し、パターンがパッと変わって(スライの「スタンド!」っぽい)からもスリリングだ。もっと聴きたかった。

これらで構成される『サイン・オ・ザ・タイムズ』二枚目A面はちょっと暗めの色調で淫靡で独特の雰囲気が漂っていて、ふだんから独特なプリンスという音楽家の作品のなかでも飛び抜けて異質なワン・サイドだ。シーナ・イーストンというポップ・スターが参加しているのに、面を通しての印象はかなり陰で不穏なファンク。カミーユが目立つせいかどうかはよくわからない。

いつものプリンスらしくストレートなエロ路線は欠かせない。いちばん露骨なのが5曲目の「イット」と8曲目の「ホット・シング」。ド直球なセックス・ソングで、サウンドも粘っこいファンク・ミュージック。でもここまでストレートに歌っていれば、かえっていやらしい感じはしないよね。あけすけでもなく、むしろ不安感のほうを僕は強く感じる。

9曲目「フォーエヴァー・イン・マイ・ライフ」。これも不穏な空気をかもしだす、かなりヘンなファンク・チューン。曲のメロディにも展開にもいっさい関係なくエレベがずっとワン・コード、ではなくワン・ノートを弾いて突っ走り、それ以外は、終盤でアクースティック・ギターがちょろっと登場するのを除きドラム・マシンだけ。一人多重録音のヴォーカル・コーラスにはゴスペル風味もある。

ゴスペルといえば、う〜んと、ゴスペルではないのかもしれないが、7曲目「スロー・ラヴ」。甘美なバラードで、しかし主役は必ずしもファルセットを多用してはいない。ジャジーなビック・バンド・ホーン・アンサンブルがキラキラしている。アルバム・ラストに置かれた終生の名曲「アドア」につながる路線のスウィート・ソウルだよね。「アドア」ではファルセット全開だ。

ジャジーなビッグ・バンド・アンサンブルを使って美しく輝き盛り上がるスウィート・ソングは、LP での二枚目 B 面を貫く共通項だ。といっても14曲目の、タイトルだけでゴスペル・ソングだとわかる「ザ・クロス」にはホーンは使われていない。代わりにというんじゃないがエレキ・シタールとタブラが入って、なんだかエキゾティックな響き。アメリカ黒人宗教歌というだけじゃない多国籍サウンドみたいなのもイイ。

その次の1986年パリ・ライヴからの収録である15曲目「イッツ・ゴナ・ビー・ア・ビューティフル・ナイト」と16曲目「アドア」が本当に楽しく美しい。前者は最高の娯楽ファンクで、中間部の女声ラップはシーラ・E によるものだそう。しかもマイルズ・デイヴィス(も当時はワーナー在籍)がここからいただいちゃったのでもわかるように、曲全体がかなりジャジーだ。演奏時間が長めだけど、ファンク・ミュージックですから。ちょっと米米クラブみたいだけどさ。

アルバム・ラストの「アドア」。このロマンティックさ爆発しているスウィート・バラードが、全体に暗く不穏で胸がザワザワするように落ち着かない(つまり、スライの『暴動』とかカーティス・メイフィールドの『ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ』みたいな)アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』の締めくくりとしてはもってこいの美メロ。素晴らしい。この甘美なキラメキで泣いてしまう。

最後に。6曲目の、いきなり音量レヴェルの高い目覚まし時計の音が聴こえる「スターフィッシュ・アンド・コーヒー」。これこそ純真無垢なポップ・チューンで、ただならぬ雰囲気が全編に漂うアルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』のなかではスペシャルな救いだ。こんなにキラキラとイノセントに輝く曲で幸せな気分にならない人はいないんじゃないかなあ。名曲。

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