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2018/03/17

フィーリンのフィーリング

Feelingfeelin

あるいはご存知ないかたのために念押しすると、表題の「フィーリン」(Feelin、Filin など)とは、もちろん英語の feeling から来ている言葉。だけど、キューバで誕生し、同地やその周辺エリアである時期に流行した歌謡音楽の1スタイルを指すものだ。ジャンル名とは言いにくいかもしれない。語源どおり、感じかた、フィーリングのことだから、それまでとはちょっと違ったふうにやってみようというだけのもので、確固たる別形式があったとも言いにくい。

フィーリンが、キューバかあるいはキューバ人が渡ったメキシコあたりで誕生したのは1940年代末ごろとみなしていいんだろうか?でも流行するようになったのは50年代後半以後だよね。その後、59年のキューバ革命を経て60年代初頭にも歌われたけれど、62年の例の米ソ対立のキューバ危機ののちの64年の国営レコード会社エグレムの設立あたりで全盛期は終わったようだ。

だからフィーリンの流行期は1950年代末〜60年代初頭ということになるね。そのころのキューバや周辺国、もちろん北米合衆国(USA)も含んでの共通する動きを一枚の CD にまとめた好アンソロジーがある。エル・スールの原田尊志さん編纂でエル・スール・レコードからリリースされた『フィーリンを感じて』だ。

ご覧になればおわかりのように、2018年現在品切れ状態で再プレス待ちとなっているのだけが残念。一般流通品なので、2012年以後、ふつうの CD ショップやネット通販でも売っていた。あるいは店頭在庫が残っている場所があるかもしれないので、可能なかたは地道に路面店にあたってほしい。だってね、おもしろいアンソロジーだもんね。

フィーリンの代表格は、キューバ人で主にメキシコで活動したホセ・アントニオ・メンデスということになっているのだが、エル・スール盤『フィーリンを感じて』を聴くと、もっと広い共通傾向が、ある時期に生まれていたのだと気づく。それはラヴ・ソングをとりあげて、モダンな感覚でアレンジしなおして、ソフトにふわっと甘美にやさしく歌って、ある種のムードを出す 〜 そんな動きがあちこちで発生していたかもしれないようだ。

音楽の新潮流とは、まあ音楽に限らない話だが、たったひとりの天才的独創で誕生することなんてあまりない。フィーリンのばあいも同じ。1940年代末〜50年代にかけて、それまでの甘いラヴ・ソング、たいていはキューバの主たる恋愛歌スタイルであったボレーロを、いろんな音楽家や歌手たちが再解釈して、伴奏の楽器編成も見なおしてハーモニー感覚もモダンにし、歌も軽くフワリと乗せるようにして、決して声を張りすぎたり叫んだりしない歌唱法で、なんというか全体的にクールで抑制の効いた新感覚のボレーロというかラヴ・ソングをやりだした。

それがフィーリンの正体。だからこれは方法論であって、楽曲じたいの新形式、新ジャンルではない。エル・スール盤『フィーリンを感じて』には、主に1950年代末〜60年代初頭というフィーリン全盛期の録音が収録されているので、このアルバムを聴くと完成形としてのこの(キューバ)歌謡が聴けるのか、というと、実はもっといろんな種類のものが収録されているのが興味深い。

録音時期はたしかにぜんぶそのあたりなんだけど、たとえばアルバム・ラスト26曲目の「幸せになれない」(No Puedo Ser Feliz)を歌うボラ・デ・ニエベはフィーリン歌手なのかどうか判断がむずかしい。先駆者だと位置付けられるものの、もうちょっとだけ早い人だという見方が主流じゃないかな。「幸せになれない」はアドルフォ・グスマンの曲で、この人もフィーリンのなかに位置づけるよりも、先駆け的な人だったと見るべきだろう。

そんなアドルフォ・グスマンの「幸せになれない」をボラ・デ・ニエベがピアノ弾き語りでやるのをフィーリン・アンソロジーの末尾に収録しているのには、原田尊志さんの強い意思、目論見を僕は感じる。こういったちょっと軽くてモダンな、いわばジャズ・ソングとかシャンソンをやるみたいな感じの方法に、キューバにおいて従来様式にとらわれないラヴ・ソングをやろうという動きの予兆があったことを読みとってほしいということだろう。
ピアノ一台での弾き語りは典型的フィーリン・サウンドではないが、ちょっと新しめの、それまでとは違った歌謡表現法を感じとることができて、アルバム・ラストのここからリピート再生して一曲目のフランク・ドミンゲス「君の教え」(Tu Me Ascostumbrastes)へ戻ると、それもピアノ弾き語り(+ヴァイブラフォンなど)だし、通底するものをたしかに感じることができる。ヴォーカルのやわらかさはドミンゲスのほうがずっと洗練されている。
こんな感じのヴァイブラフォンの使いかたは、アルバム『フィーリンを感じて』全体を通し頻出する。ヴァイブラフォン+ピアノ+オルガン+ギター、みたいなのがフィーリン伴奏の主要サウンドだったんじゃないだろうか。それにくわえ甘美で流麗なストリングスとか、そんな感じかな、フィーリン・サウンドって。その上に(北米合衆国での言いかたなら)クルーナー・タイプのなめらかでソフトなヴォーカルを乗せればフィーリンっぽくなる。

だから北米合衆国の歌手でもそんなタイプの一人だったナット・キング・コールも、エル・スール盤『フィーリンを感じて』には収録されている。12曲目の「うらぎり」(Perfidia)。最高なんだよね。ヴォーカル技巧の上手さという点で判断すると、このアルバム中群を抜いて素晴らしい。声のなめらかさ、ポルタメントの美しさ、発声の輝き、正確なディクションなどなど完璧だ。これぞ<歌>だよ。
も〜う、なんど聴いてもこの甘さにとろけてしまう。ナット・キング・コールって素晴らしい歌手だよなあ。ところでこの「うらぎり」で聴けるリズム・パターンがあるでしょ。コンガやボンゴが細かくチャチャチャと刻んでいながらも、同時に全体的には大きくゆったりとウネるようなグルーヴ。これがキューバのボレーロのパターンで、フィーリンにもそっくりそのまま受け継がれている。こういうのが僕はだ〜いすきなんです。

こんなボレーロ/フィーリンのリズム・パターンは、アルバム『フィーリンを感じて』ではいたるところにあって、というかそうじゃない曲を探すほうがむずかしいので、これぞキューバン・ラヴ・ソングのリズム表現だと言ってさしつかえないのかもしれない。2曲目のオマーラ・ポルトゥオンド「わたしのせいじゃない」(No Hagas Cancion)もそう。アルバムに二曲収録されているフィーリンの女王エレーナ・ブルケも、24曲目の「失恋」(Presiento Que Me Perdi)はギター1台の伴奏だけど、バンド伴奏の4曲目「あなたの理由」(Tu Razon) は同じリズムだ。後者だけご紹介しておく。甘さに流れすぎない味と気高さ、気品が宿る声で、絶品だ。
キューバのフィーリンは北米ジャズとの関係が深いだろうと思うんだけど、アルバム『フィーリンを感じて』のなかにはメインストリームなジャズ・ビートである4/4拍子が部分的に使われているものだってある。6曲目、ボビー・ヒメネースの「あるお祭りの歌」(Cancion De Un Festival)、10曲目、ルベーン・リオスの「あきらめ」(La Renuncia)、18曲目、フェリペ・ドゥルサイデス&クァルテートの「恋のゲーム」(Juego De Amour)、19曲目、セルヒオ・フィアジョの「アヴァンチュール」(Aventura)がそう。

さらにセルヒオ・フィアジョの「アヴァンチュール」では、イントロ部でニュー・オーリンズ・スタイルのピアノ演奏が聴けておもしろい。プロフェッサー・ロングヘアみたいなやつ。ニュー・オーリンズというよりルンバ・ジャズみたいなもんなのかな。それにビヒャ〜とオルガンがからみ、リズム&ブルーズっぽい感じもある。フィーリンとしてはかなり異色だ。
そんな物珍しさを言わなくたって、たとえば仄暗い妖しさをヴォーカルで出す5曲目、ドリス・デ・ラ・トゥーレの「想いの中」(Imagenes)とか、ジャジーなアレンジの斬新さがまさにフィーリン・サウンドの決定版みたいな8曲目、ルーシー・ファベリーの「静かなあなた」(Silenciosa)とか、ホセ・アントニオ・メンデスの書いた超有名曲をやる13曲目、ヘルマーン・バルデースの「至福なる君」(La Gloria Eres Tu)とかも最高だ。

またキューバ〜ラテン界の大物シンガーである17曲目、ティト・ロドリゲスの「不信」(Desconfianza)や、やはりビッグ・ネームの21曲目、ボビー・カポーの「わたしを責めて」(Reprochame)なども、かなりフィーリン寄りだよね。少なくともリズム・パターンが上で書いたボレーロのそれで、きわめてロマンティックで甘く、ソフトでやわらかいサウンドと歌い口。

これも大物、メキシコ人である23曲目、アグスティン・ララの「君を想う」(Estoy Pensando En Ti)。歌いかたにフィーリンっぽさは聴きとれないものの、このダンソーン・ボレーロを淡々とピアノ弾き語り(+ヴァイブラフォン&リズム)で歌うそのシンプルな姿に、フィーリン歌手たちにつながるものを感じられるかもしれない。この曲も、リズムは例のあの(ボレーロ・)パターンだ。

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