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2018/04/27

失われた輪ゴムを求めて

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マイルズ・デューイ・デイヴィス III 世の曲「ラバーバンド」。こないだ、2018年4月21日のレコード・ストア・デイに、(アメリカの)一部店舗で、12インチのアナログ EP が発売された。レコード・ストア・デイの限定商品なんだから、ライノがアナログしかリリースしない、しかも路面店でだけ、というのはあたりまえのことではある。

その 12インチ・アナログ EP『ラバーバンド』に収録されたのは4トラック。ぜんぶ同一曲「ラバーランド」で、その既発オリジナルと、リメイクした3ヴァージョンだ。以下のとおり。

1) Rubberband Of Life [featuring Ledisi (radio edit)] 4:21
2) Rubberband Of Life [featuring Ledisi] 5:43
3) Rubberband Of Life [instrumental] 5:39
4) Rubberband [issued version] 6:10

レディシというのは女性シンガーで、イシュード・ヴァージョンがインストルメンタルだったのに対しヴォーカルを加えて、今様の R&B っぽく仕上げているものだ。(1)と(2)は長さの違いしかないので、二つ続けて聴く意味はあまりないように思う。インストルメンタルな(3)も、ヴォーカルを抜いただけの新ヴァージョン「ラバーバンド」だ。(4)のオリジナルはかなり様子が違っている。

さて、(4)はイシュードとあるように既発なので、CD でもネット配信でも聴ける。(1)〜(3)もそうしてくれないか?ライノと(甥で、マイルズ・エステイトの管理人で、今回の発売プロデューサーである)ヴィンス・ウィルバーン。ぜひほしいんだけどね。聴ければいい。CD がむずかしかったらネット配信でもいい。聴けるようにしてくれ。

と書いたものの、実は聴ける。以下の YouTube リンクをご覧あれ。アナログから起こした音源なのは間違いない。スクラッチ・ノイズが聴こえる。
あれっ?いま見なおしてみたら、もうすでに1トラック目がデリートされているじゃないか。アメリカでの『ラバーバンド』EP 発売日である日本時間の4月22日に探してこれを見つけたときは、四つぜんぶ聴けた。速攻でダウンロードしたので、いまも問題なくぜんぶ聴いているが、やはりなあ…。だから、CD か正規ネット配信で頼むよ、ヴィンス&ライノさん。

マイルズほどの音楽家の「新曲」だから、待っていればたぶん間違いなくそういうかたちでリリースされるんじゃないかと思ってはいるのだが。

さて、上掲リンクでラジオ・エディットがもう聴けないが、でもそれは二つ目と長さ以外は違わないので。オリジナルのイシュード・ヴァージョンと、その前の三つ(というか、二つか)とは、テンポもグルーヴのタイプもサウンドの色調も、かなり異なっているよね。

簡単に言えば、1985年11月22日録音のオリジナル「ラバーバンド」は、いかにも1980年代中頃という音楽だ。カメオとか、あのへんの R&B〜ファンクっぽい。今回新発売の3トラックはテンポを落とし、重心をグッと低くして、ヘヴィなフィーリングのグルーヴに変貌させ、2010年代のブラック・ミュージックとして通用するトラックに加工してあるよね。

さて、この曲「ラバーバンド」は、マイルズ本人言うところの<ラバーバンド・セッション>からの一曲。このトランペッターがコロンビアからワーナーに移籍した直後の1985年10月〜86年1月にかけて、西海岸ロス・アンジェルスにある(レイ・パーカー Jr. の)アメレイカン・スタジオで、その一連のセッションは実施され、ぜんぶをワーナーが公式録音した。

情報によれば、そのラバーバンド・セッションで録音されたのは12曲以上あるらしいが、どうしてだかお蔵入りし、未発のまま時が過ぎていた。ラバーバンド・セッションのプロデューサーはランディ・ホールとアタラ・ゼイン・ギレス。ゼイン・ギレスの名はマイルズ・ファンに馴染みが薄いけれど、ランディ・ホールのほうはご存知のはず。1981年復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』にある、シカゴ人脈を起用した二曲「シャウト」「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」に参加していた。

復帰第一作にあったあの二曲は、当時から評判が悪く、いまでもそうなんだけど、1984/85年あたりから以後のマイルズ・ミュージックで、かなり重要な役割を果たすようになっていた。あの二曲に参加していたヴィンスも、鍵盤のロバート・アーヴィング III もね。しかし1985年ごろにランディ・ホールがここまで深くかかわっていたとは、あまり知られていなかった。

いまだによくわかっていない部分があるのだが、マイルズのワーナー移籍直後の段階では、会社のトミー・ラプーマもマイルズ本人の意向に全面的に沿ってやりたい音楽をやればいいという考えだったらしく、それでマイルズはランディ・ホールにやってもらいたいと声をかけたとのこと。

ランディは、バンド、プレジャーを去りソロ・キャリアを成功させつつあった時期。しかもちょうどロス・アンジェルスのアメレイカン・スタジオにいて、自らの新作『ラヴ・ユー・ライク・ア・ストレインジャー』にとりかかっていた。マイルズのオファーを受け、ランディはこの進行中のプロジェクトに参加していたメンツをそのまま用い、マイルズの新作録音にとりかかる。

それが以下のとおり。

Miles Davis (tp)
Mike Stern (g)
Randy Hall (g, arrangements)
Attala Zane Giles (keyboards, b, g)
Adam Holzman (synth, arr)
Anthony "Mac Nass" Loffman (keyboards, drum programming)
Arthur Haynes (b)
Vince Wilburn, Jr. (dms)
King Errison (cga)
Steve Reid (perc)

しかしこれでぜんぶではないようだ。マイルズの録音ならサックス奏者がいて当然だから、それ以外にも何名か参加しただろうし、この一覧にある名前のなかで参加しなかったミュージシャンもいるかもしれない。また、1981年カム・バック・バンドで弾いたギターのマイク・スターンは、ランディ・ホール人脈ではなく、マイルズ本人が連れてきたのだろう。

また、くわえて以下のミュージシャンが参加しているとの情報もある。

Neil Larson (keyboards)
Wayne Linsey (keyboards)
Glen Burris (sax)

ともかくこれで1985年10月〜86年1月にロス・アンジェルスで12曲以上が完成した。セッション・プロデューサーはランディ・ホールとゼイン・ギレス。しかしそのままどうしてだか発売されなかった。トミー・ラプーマほかワーナー側が納得しなかったということだったかもしれないが、真相はいまだに闇の中だ。

マイルズのワーナー移籍発売第一作は、その後1986年2/3月にマーカス・ミラーとのコラボでやった『TUTU』ということになった。未発アルバム『ラバーバンド』は、しかし二曲だけかたちをかえて、1991年死後リリースとなった遺作『ドゥー・バップ』に収録された。

それが『ドゥー・バップ』にある「ハイ・スピード・チェイス」と「ファンタシー」。『ドゥー・バップ』録音セッションでは、イージー・モー・ビーとのコラボで六曲を録音済みだったけれど、フル・アルバムに足りないままマイルズが死んでしまい、イージー・モー・ビーはワーナーに未発音源で使えるものの提供を要求。それでお蔵入りしていた『ラバーバンド』から、上記二曲の、しかも主にトランペット・プレイ部分が流用された。

この1991年の(トランペット演奏部分だけとはいえ)「ハイ・スピード・チェイス」と「ファンタシー」が、幻のアルバム『ラバーバンド』から一部公式発売された最初だった。その後、ブートレグだけど2003年リリースの『ブラック・アルバム』に、曲「ラバー・バンド」と「シー・アイ・シー」が収録された。
ワーナー公式には、2010年発売の『パーフェクト・ウェイ:マイルズ・デイヴィス・アンソロジー、ザ・ワーナー・ブロ・イヤーズ』二枚組にその二曲が収録され、ようやく大手を振って表通りを歩けるようになったが、それでも二曲だけだ。この後、同二曲が収録されているワーナーの公式アンソロジーがすこしある。

ライヴでは、ブートしかないが、1985年10月28日のコペンハーゲン公演を皮切りに86年春前ごろまで、ラバーバンド・セッションからの二曲「ラバー・バンド」「ストロンガー・ザン・ビフォー」がわりと頻繁に演奏されているのが聴ける。「ラバー・バンド」だと、たとえばこんなの。この動画の記述者は切れ目がわからないと書いているが、10:02 からだ。
今回、いまはまだアナログ12インチ EP だけだとはいえ、しかも既発曲「ラバーバンド」のリメイクでしかないとはいえ、2010年代のブラック・ミュージック・リスナーにもアピールできそうな3トラックとなって蘇った曲「ラバーバンド」。

そして、フル・アルバムとしてはいまだ失われたままの『ラバーバンド』だけど、いつの日か、見い出される日が来ることを期待したい。

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