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2018/05/27

カエターノが表現するアメリカン・スタンダードのエキゾティズムとはなにか

カエターノ・ヴェローゾ、2004年のノンサッチ盤『ア・フォーリン・サウンド』。ってことは僕がいま見ているこの CD はアメリカ盤か。その後知ったことだけど、このアルバムは(も)ブラジル盤、ヨーロッパ盤、日本盤、アメリカ盤と、ぜんぶ収録曲と並び順が違っているらしく、上の Spotify にあるのはブラジル向けのやつってこと?

各種クレジットや諸情報は持っているアメリカ盤 CD を参考にしながら、それになく Spotify にあるものは超有名曲なので曲そのもののことはオーケーだ。演奏者がわからないけれどもさ。 カエターノのこのアルバムは、一曲ごとに伴奏陣の編成がかなり違っているんだよね。

さて、カエターノの『ア・フォーリン・サウンド』。成功している曲と、イマイチそうでもない、っていうかはっきり言ってかなり退屈だなと感じるものとが混ざっているように聴こえる。アルバム全体としてはどうってことない作品かもしれないよなあ。

でも北米と(中)南米が交差する地点に置いたばあいのアメリカン・スタンダードのエキゾティズム(つまりア・フォーリン・サウンド)を考える際には、ちょっとおもしろい題材になるものかもしれない。そう、カエターノの『ア・フォーリン・サウンド』は北米合衆国のポップ・スタンダードばかりをとりあげて、全編英語で歌ったアルバム。だけど、一筋縄では行かない。

そんな視点で、僕の持つアメリカ盤 CD『ア・フォーリン・サウンド』全22曲と、それにはないけれど上の Spotify にあるやつ(はブラジル盤?)3曲をあわせ計25曲を、個人的にいいと感じるやつとそうでもないやつに分別して、今回の僕にとっておもしろいと聴こえるものだけ列挙すると以下のようになる。括弧内は曲の版権登録年。作者は明記する必要もないものばかり。

それら11曲はぜんぶ Spotify にあるから、それでお聴きになりながらというかたがたの便に利するため、曲名の左に Spotify にあるアルバムでの曲順数を書いておいた。それはアメリカ盤 CD のものとはかなり違う。

1 The Carioca (1933)
2 So In Love (1948)
4 It's Alright Ma (I'm Only Bleeding) (1965)
7 The Man I Love (1924)
10 Diana (1957)
15 Detached (1993)
16 Jamaica Farewell (1955)
18 Cry Me A River (1953)
19 If It's Magic... (1975)
21 Stardust (1927)
22 Blue Skies (1927)

以下、このセレクションに限定して話を進め、それ以外の収録曲のことはいっさい書かない。

カエターノはロンドン時代もあるし、それとは関係なく英語に問題のないひとだろうけれど、それでも英語曲をそのまま歌った『ア・フォーリン・サウンド』をじっくり聴き込むと、やはりちょっとこう、これはブラジルなまり?と言っていいのどうかよくわからないが、英語母語話者の発音とはすこし違うよね。

しかしそこもまた「耳慣れない音」っていうか、一種のエキゾティズムをちょうどいい具合にかもしだしているのかもしれない。アメリカ合衆国人が聴けば、たとえば「私の彼氏」「スターダスト」「ブルー・スカイズ」みたいな知らぬ人のいない、もはやパブリック・ドメイン的なと言いたいくらいのティン・パン・アリー・ソングはアメリカ人の歌で耳慣れているはずだから、カエターノの発音の異国性をおもしろく感じる部分があるかも。イラッとするだけかも。

そんなことは瑣末なことだ。僕が今日強調したいのは、こんなアメリカン・ポップ・スタンダードを、カエターノ(やジャキス・モレレンバウムなど、その他)は、ブラジルとは限らない中南米音楽ふうに料理して、だから曲そのものをよく知っているアメリカ合衆国人にはできあがりのサウンドがフォーリンで、サウンドに耳慣れている中南米人には曲そのものがフォーリンなものなのだっていう、ダブルの異国効果を生み出しているという点。

なかなかこんなアルバムはなかったと思うんだよね。たとえば1「キャリオカ」は、こんな曲題だけど、古いアメリカン・ソング。アーティ・ショウ楽団もやったことがある。それをカエターノ(ここではジャキスはいない、アレンジャーは明記がないが、たぶんダヴィ・モラエス)は、レゲエ+クラーベ(ちょっとだけアバネーラふう)みたいなリズムにしてやっているよねえ。ちょっとアフロ・バイーアっぽいニュアンスもある。

2「ソー・イン・ラヴ」はセクシーなラヴ・バラードだけど、カエターノとジャキスはボレーロ/フィーリンに仕立てて、原曲の持つ官能をより際立たせることに成功している。こんなサウンドと声は1994年の『粋な男』でも大成功したものだ。キューバ〜メキシコの音楽っぽいから、アメリカ合衆国人が聴いてもあんがいそんな異国性は感じないのかなあ?いやあ〜、しかし、きれいですね。

問題は、というかアルバム『ア・フォーリン・サウンド』のある意味での白眉は、4のボブ・ディラン・ナンバー「心配すんな(血が出ているだけ)」だ。このリズムはなんだろう?僕はカエターノ&ジルベルト・ジルの『トロピカリア 2』の1曲目「ハイチ」を連想したのだった。相通ずるものがあるんじゃない?まるでラップみたいに歌うカエターノのヴォーカル・スタイルだって似ている。
7「私の彼氏」はボサ・ノーヴァ、10「ダイアナ」もほんのり軽いブラジリアン・テイストで、これら二曲の音楽スタイルはアメリカ合衆国でだってお馴染みのものだろうから、取りたてて言うことはないのかもしれない。15、アート・リンゼイの「ディタッチト」は、リンゼイのあんなサウンドをジャキスがオーケストラ・スコアに起こし、カエターノの声も加工してある。16「ジャマイカ・フェアウェル」はハリー・ベラフォンテのものだしカエターノもカリプソでやっているが、しかしアフロ・バイーアっぽいパーカッションの使いかたにも聴こえる。

スティーヴィ・ワンダーの曲である19「イフ・イッツ・マジック」は、リズムの実験がおもしろい。スティーヴィのオリジナルは終始ハープ一台だけの伴奏で清涼感のあるサウンドになっていたが、カエターノらはエレクトロニクス・サウンドで組み立てて、ペドロ・サーのエレキ・ギターも活躍。妙に重くザラついた質感があるよね。パーカッション・サウンドもコンピューターで創っているはず。

手持ちの CD にはないが21「スターダスト」はボサ・ノーヴァ。だれの演奏か、ナイロン弦ギター&シェイカーだけっていう典型的なスタイルで、しんみりするこの失恋歌をカエターノが軽くソフトにささやいてくれて、聴き手の心にそっとやさしく寄り添ってくれて、いいなあ、これ。終盤部での弦楽器ソロ(はナイロン弦ギターの音じゃないなあ、ギターでもないよね?)はだれ?

CD でもネット音源でも実質ラストの22「ブルー・スカイズ」。これがかなりの聴きものだ。僕個人としては「イッツ・オーライト・マ」と並ぶ、このアルバムの白眉と呼びたい。パーカッショニストのカルリーニョス・ブラウンが生演奏にプログラミングにと八面六臂の大活躍。+ジャキスがアレンジしたストリングス。アーヴィング・バーリンのこれを、かなり鮮明なアフロ・ブラジレイロ路線の楽曲に仕上げている。これぞ、フォーリンな響きのアメリカン・ポップ・スタンダード。

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