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2018/05/03

この世はなんでも縁だから 〜 ドム・ラ・ネーナ

ジェイン・バーキンみたいだったり、寺山修司の映画を思わせる部分もあったりするけれど、なんと言ってもあのベイルート(ザック・コンドン)の『グラーグ・オーケスター』を思わせるところの強いドム・ラ・ネーナの『ソーヨ』(2015)。似ているよなあ。

端的に言えば、音響系サンバ(・カンソーン)みたいなものなんだろうか。存在すら知らず、自分で買ってもいないドム・ラ・ネーナのこの『ソヨ』CD がどうして僕んちにあるのかは、以下のリンク先に書いておいたので、ご興味のあるかたはご一読を。要はただの手違いによる偶然だけど、なんでもご縁ですから、この世は。どこに嬉しい出会いが転がっているかわからないですから。
ドム・ラ・ネーナ(はもちろん芸名)はブラジル南部のポルト・アレグレ生まれで、現在はパリに住んで音楽活動をしているシンガー・ソングライター。楽器はチェロをメインにやってきているみたい。そのほか自身のアルバム二作目の『ソーヨ』ではウクレレ、ギター、ピアノ、パーカッションなどもやり、もちろん歌っている。

ドムは、基本、ベイルートみたいに自分で曲を書き、部屋のなかの独り密室作業で音創りしていくタイプみたいだ。だからアルバム『ソーヨ』でも全曲がドムの自作で、途中まではひとりで音を重ねて録音作業を進めていた模様。そんなタイプだっていうのは、ご存知ないかた(って僕もそうなんだが)も、上のリンクでアルバムのサウンドをお聴きになればわかるはず。

しかし『ソーヨ』には強力な助っ人が参加している。ドムと共同でプロデュースし、演奏にも参加しているマルセロ・カミーロ(元ロス・エルマーノス)。マルセロが、ドムによる独り作業に途中から参加して音を変えていったんだろう。全体的にフワ〜ッとした音響系みたいなドムの音楽に、『ソーヨ』だとリズミカルな躍動感が漂っているのは、たぶんマルセロのおかげだ。

それでこのアルバムでは、たとえば1曲目「ラ・ネーナ・ソイ・ジョ」でも、最初ドムの弾くウクレレの音だけで漂うようにはじまったかと思うと、途中からビートが効いて生命感のある律動がしはじめているよね。エレキ・ギターは、基本、マルセロが弾いているはず。でもドムも同じ楽器を追加しているとクレジットされているので、正直なところ、僕には判別できない。ドラムスはマルセロだね。

2曲目「ヴィーヴォ・ナ・マーレ」の曲調は、哀愁感のある、つまりブラジル音楽でいうサウダージを感じるようなサンバ・カンソーンっぽい。しかもかなり静かだ。そして若干閉鎖的…、と思って聴いていると、やはり後半はビートが効いてくるので、だからドムが書いて音創りしていたものに、マルセロがリズムを足したということかもしれない。

ドムのヴォーカルは、おわかりのようにささやくような、つぶやくようなもので、僕の好みじゃないかもしれないんだけど、曲じたいもそういうものが多いし、それをアンビエント・サウンドにだけ包んで届けられると、やはりイマイチだったりする。だけど『ソーヨ』では、だいたいの曲で(たぶん大部分が)マルセロによる打楽器がナマの躍動感を与えていて、これなら僕みたいな趣味の音楽リスナーでも受け入れやすい。実際、好印象を持つようになってきている。

3曲目「メニーノ」、4「ジュスト・ユン・シャンソン」もそんな感じに仕上がっていて、しかもドラムスやパーカッション群や、その他打楽器的に使われている楽器は、ミニマルなやりかたで音を重ねているよね。同一パターンを反復しながらすこしづつずらしていくっていうあれ。アフリカ音楽とか、それ起源の各国音楽で聴けるやつだ。ドムにも最初からあるものなのか、それとも大部分がマルセロの貢献なのかは、わからない。

5「ゴロンドリーナ」、6「リスボン」、7「ジェガレー」あたりは、ジェイン・バーキンの歌うシャンソンみたいに聴こえる。哀感が漂っている(7「ジェガレー」は陽気だけど)のは、ヨーロッパ系の退廃感とも、ブラジルのサウダージとも、はたまたベイルート的な東欧のわびしいフィーリングとも受け取れる。でも…、う〜ん…と思って聴いていると、7「ジェガレー」後半部ではやはりにぎやかになってイイネ。

8「ヴォルト・ジャ」。これで聴けるエレキ・ギター・スライドはマルセロに違いない。しかしそんなことより、この曲は多幸感を持って強く躍動するサンバだ。といっても音響系のオブラートにくるんであるけれど、ドムのアルバム『ソーヨ』のなかでは、また僕にとっても、いちばんノレる1トラックだ。これはいいなあ。

9〜11曲目とふたたび哀感と浮遊感の強い音楽に戻っていて、10曲目は「カルナヴァル」というタイトルだけど祝祭感はなく、ちょっとサンバ・カンソーンっぽいなとは思うけれど、う〜ん…。それでも一分目すぎあたりから打楽器が効きはじめノリがよくなって、アップ・ビートで楽しめるから、まぁあれだ、自室のなかでひとり孤独になにかこう、自分で自分を祝っているような、そんなフィーリングに聴こえる。

アルバム・ラスト11曲目「エル・シレンシオ」は、この曲題どおりの静謐でアブストラクトなワン・トラック。だからドム・ラ・ネーナって、いままで僕とぜんぜん縁がなかった女性音楽家で、いまでもあまりわかっていないんだけど、こういった感じが本来の持ち味なひとなんだろう。

一作目2013年の『エラ』はチラ聴きしただけだからなにも言えないが、たぶん上で書いたとおりのアンビエント・サウンドでメランコリックな色調の音楽をやるひとなんだと思う。その一作目との肌触りの違いの最大のものがパーカッシヴでリズミックなダイナミクスで、それは間違いなくマルセロ・カミーロがリオ・デ・ジャネイロから運んできた、より明るく躍動的なアップビート要素に起因するはず。

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