« マイルズとビル・エヴァンズの1958年 | トップページ | ヤプラック・サヤール、待望のソロ第一作 »

2018/05/05

わがいとしのイズミル

昨2017年暮れリリースで、日本でふつうに買えるようになったのが今年初頭だったヨルゴス・ダラーラスの最新作『Pes To Gia Mena』にも参加していることをうっかり気づかずに聴いていたアンドレアス・カツィジャンニス。1976年にアテネで生まれた、そのアンドレアスの2015年作『スミルナ・イズミル』(ソニー・トルコ)がかなりいいよね。

このアルバム、翌2016年にエル・スールで買ったんだったはず。かなり雰囲気のある音楽なんだけど、これって、たぶん BGM とかして流し聴きにして、なんとなくのムードにひたっていればいい音楽なんじゃないかと思うんだけどね。真剣に聴こうたって、かなり暗いというか哀しげだから、ちょっとしんどい。

その哀感みたいなものは、アルバム題にもなっているように、アナトリアの(トルコ名)イズミル、ギリシア名をスミルナというその都市の音楽が持つものをそのままストレートに表現しているからだって気がする。つまり、オスマン帝国の一部として多文化混交の音楽が花開き、その後のトルコ古典歌謡や、希土戦争後の住民交換ののちは、ギリシアのスミルナにおけるレンベーティカとなった、そんな音楽にアンドレアスはこだわっている。

前からヨルゴスなどとの関係もあるアンドレアスだけど、『スミルナ・イズミル』ほど徹底的にアナトリア由来のイズミル/スミルナ音楽を追求したものはなかったはず。といっても、この一枚は、アンドレアスの公式サイトの英文バイオによれば、2013年からの劇『わがいとしのイズミル』(My Favourite Izmir)のサウンドトラック盤みたいなものらしい。

フィクションなのかドキュメンタリーなのか?たぶん映画じゃなくてテレビ・ドラマかなにかだと思うんだけど、その BGM みたいなものなんだろうから、音楽そのものとして自律的に聴こえはするけれど、あまり音自体を突き詰めることはないと思うんだよね。実際、そうしようとすると気分が滅入りそうな色調がアルバム全編で一貫して強い。

ドラマのサウンドトラックだからなのか関係ないのか、アルバム『スミルナ・イズミル』では、全17曲のうち11曲までがインストルメンタル・ナンバーで、歌入りは6曲だけ(1、4、7、9、16、17)。インスト・ナンバーはぜんぶアンドレアスの自作なんだろう。演奏面では主にウードを弾いて、そのほかカヌーン、サントゥール、マンドリン、アコーディオンなど、いくつも担当しているみたい。

そのほかアンサンブルにだれがどんな楽器でどれくらい参加しているのか、クレジットがないのでわからないが、だいたいの曲がまあまあ大きめのバンド編成だよなあ。アンドレアスは、作曲、編曲、バンド・リーダー、プロデュース作業などが活動のメインなひとみたいだから、アルバム『スミルナ・イズミル』でも、そのあたりに力が入っているんだろう。

ヴォーカル入りの曲も楽器演奏だけの曲も、このアルバムでは同じ雰囲気で続いている。ドラマのサウンドトラック盤ということだから、全編通して聴いて、やはりまるで映画でも見ているような気分になる。それもかなり暗い、哀しい映画を。それがスミルナ/イズミルの文化ってことなんだろうか?

アンドレアスって、しかしその音楽性がことごとくスミルナ/イズミル由来のもので、アテネ生まれだから故郷ってわけじゃないのにここまでこだわり続けてきているのには、いったいなにがあるのか?ご執心の理由を知りたいもんだ。いやあ、この徹底ぶりはすごい。

『スミルナ・イズミル』。流麗で美しいが、強く哀しい。そして暗い。これは一種のノスタルジアってことなのか?失われてしまって二度と取り返せないもの、あのラスト・ダンスの、夢想なのだろうか?

« マイルズとビル・エヴァンズの1958年 | トップページ | ヤプラック・サヤール、待望のソロ第一作 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: わがいとしのイズミル:

« マイルズとビル・エヴァンズの1958年 | トップページ | ヤプラック・サヤール、待望のソロ第一作 »

フォト
2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ