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2018/07/11

スペインの音階とアラブの音階

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には共通するところがあるのだろうか?楽理的なことがサッパリわからないので聴感上の大雑把な印象だけど。ときどきわからなくなってくるのは、たとえばアラブ・アンダルース音楽などを聴いていると、これはスペイン音階なのか?アラブ音階なのか?わからないっていうことだ。どっちなんだ?同じなのか?いやいや、もちろん違うでしょうが、なにもわかりませんがゆえの素人の雑感。

もちろんアラブのマカームはたくさんある。かなり雑に分類しても、東アラブのものと西アラブ(アラブ・アンダルース)のものとに分かれるみたいだし、それぞれのなかにまたいろんなのがあるようだ。スペイン音階は、たぶんフリジアン・モード(のちょっとした変形)一種類じゃないんだろうか。違うのかなあ?

東アラブの音楽というか、たとえば歌手ウム・クルスーム(エジプト)の録音を聴いても、それがいわゆるスペイン音階に似て聴こえるってことはあまりないなあ。でも、じゃあたとえば田中勝則さん編纂の『マグレブ音楽紀行 第1集:アラブ・アンダルース音楽歴史物語』に収録されているものは、ぼくにはイベリア半島を思わせるものがあって(当然だけど)、それがウムなどエジプトの音楽と著しく違っているのか?っていうと、そんなには違わないようにも聴こえる。

たったいま上で(当然だけど)と書いたように、主にアルジェリアで花開いた現代大衆音楽、たとえばシャアビなどのポピュラー・ミュージックの基礎となったアラブ・アンダルース古典音楽は、イベリア半島で成立したものだ。具体的にはジルヤーブ(789-858)がイスラム帝国時代のイベリア半島で成し遂げたことだったようだ。ジルヤーブは素人のぼくだって前から名前だけ見てきている。

当時のイスラム世界では、西の大都市がコルドバだけど、東の中心地はバグダッドだった。といってもバグダッドはアッバーズ朝で、コルドバはウマイヤ朝で、そこにアッバーズ朝の支配は及んでいなかったけれどね。そして、ジルヤーブはバグダッドの人間で、後ウマイヤ朝のラハマーン二世が、文化交流のために東方から招いた人物の一人。関係ないかもしれないが、ジルヤーブは黒人だ。

ジルヤーブがイベリア半島で成立させたとされるアラブ・アンダルース古典音楽は、たとえばペルシャ音楽の手法も導入している。しかしながら、アラブ東方から持ち込んだものも多かっただろうが、イベリア現地の民俗音楽伝統だって流入していたはずだ(が、このあたりは田中勝則さんの解説文にはない)。

ここからもみなさんご存知の事実だが、キリスト教徒はこの件でもよくないこと、不寛容なことを、すくなくとも三つやった。一つはいわゆるレコンキスタ。イベリア半島からムスリムを追い出したことだ。これはいわゆる十字軍とも結びついているのが二つめ。三つめは時代が飛ぶが、アラブ・アンダルース音楽の担い手たちが移動した北アフリカ地域、マグレブを19世紀以後植民地支配して、(そのせいもあったとぼくは思っているんだけど)アラブ人たちと、そうでないが同じ音楽をやっているカビールやユダヤの迫害につながったこと。

とにかく、イベリア半島で誕生・発展したアラブ・アンダルース音楽は北アフリカ地域へと亡命し、そこからさらに東へと進んだりもし、ユダヤ人たちのなかにはトルコまで行って住んだり(アナトリア半島は、ある時期、イスラム世界の文化中心地だった)など、地中海エリアに逃亡したりもした。いわゆるセファルディ。

北アフリカや地中海沿岸地域で行われていたアラブ・アンダルース音楽は、ある時期、オスマン古典音楽とも、したがって出会ったことになる。結合・融合した部分だってあっただろう。そういったことが盛んだったアナトリアは文化混交の地で、結果的にいわゆるトルコ古典歌謡となるものを産む母胎ともなった。

トルコ古典歌謡を聴いて、そこにスパニッシュ・スケールのもたらすあの響きと共通するものがあるのかどうかを指摘することは、微妙だなあ。たとえばアラトゥルカ・レコーズがリリースしている音楽を聴き、そこにたとえばフラメンコなどとの旋律の類似性があるのかどうか、ぼくにはわからない。あるような気もするし、ないような気もする。

ここまで書いたような周知の歴史的事実を踏まえれば、スペイン音階が聴き手にもらたす心的効果と同様のものをアラブ・アンダルース大衆音楽(マグレブ音楽)に感じるのは、至極当然だと言える。楽理的な分析ができないぼくだけど、この聴感上の強い印象は拭えない。間違いない共通性があると思うし、そうだとアラブ・アンダルースの歴史が教えている。

そういったことが、東アラブ、つまりエジプトや中近東地域のアラブ音楽やペルシャ音楽やトルコ音楽と、どう関係があるのかってことだよなあ。ふだん聴いていてのぼくのいいかげんな感想だと、なんだかやっぱり相通ずる旋律の動きがあって、聴いていて似たようなフィーリングにおちいるというのが事実なんだけどね。哀しげで切なくて、寂しげで、孤独と寂寥が強くにじみでているよなあ。同時にきわめて美しい。孤高の屹立するキリリとした美というかさ。

スパニッシュ・スケール(変形フリジアン ・モード)が大学生のころから大好きなぼくで、マイルズ・デイヴィスがまず最初の夢先案内人だったんだけど、たくさん聴くようになり、その後20世紀末ごろにマグレブ音楽に出会ってハマり、必然的に?もっと東のアラブ音楽にも、っていうか要はイスラムの音楽が大好きになってしまった。コーラン(クアルーン)詠唱が根底にあったりするのかな。

いずれにせよ、たんなる偶然みたいなものとは思えないんだけどね、ぼくのこの嗜好。あるいはスペイン、イベリア半島、アラブ・アンダルース、アラブ古典音楽とかなどの関連性をも超えて、たとえばポルトガルやポルトガル語圏音楽にある、あのサウダージとも相通じているのかとか、また、スペイン音階は中南米の音楽にもあるんだし、あのフィーリングはやっぱり…、とか考えはじめるとキリないね。

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