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2018/08/05

シドニー・ベシェのヴィクター録音集に聴けるデューク・スタイル

シドニー・ベシェが日本で初 CD 化されたのが BMG ビクター盤1990年の『シドニー・ベシェ』。とだけ書いてもあれなタイトルだけど、英副題が『The Legacy of Bluebird』ということで、つまり1930年代のブルーバード(ヴィクターの傍系)とヴィクター・レーベルへの録音集。1932〜1941年の10回のセッションからのセレクションで、計22曲。かの「ブルーバード栄光の遺産」シリーズの一枚だ。

このアルバムのなかには、特別な意味を持つセッションがふたつ含まれている。ひとつは1、2曲目の1932年9月15日録音。これはベシェの生涯初リーダー・セッション(ニュー・オーリンズ・フィートウォーマーズ名義)だ。もうひとつは14曲目の「ザ・シーク・オヴ・アラビイ」で、1941年4月18日録音。これがなんとすべての楽器をベシェひとりの多重録音でこなしたワン・マン・バンド。

さらにもう一個特筆すべき重要点がある。ひとつのセッションでということじゃないが、ベシェは計10回のヴィクター・セッションで、デューク・エリントンの曲を四つもとりあげている。これは同時代のジャズ・マン(ベシェのほうが先輩)としては例外的なことなんだよね。ほかにはほぼだれもいない。今日話題にしたい CD アルバム『シドニー・ベシェ』はそこから二曲、「ザ・ムーチ」(19)と「ムード・インディゴ」(21)を収録。

特に「ザ・ムーチ」はデューク最大の代表的レパートリーでシグネチャー、まさにトレードマークだったから、この時代にはほかのだれもカヴァーなんかしたこともない。できないんだよね、あのジャングル・サウンドを体現したあの一曲は。それを1941年という時点ですでにカヴァーした音楽家の例が、ほかにあるかのかなあ、ないだろう。

アルバム『シドニー・ベシェ』19曲目の「ザ・ムーチ」では、ベシェらもかなり健闘して、デュークのやったようなサウンド表現にトライしている。トランペットのヘンリー・グッドウィンとトロンボーンのヴィク・ディキンスンがプランジャー・ミュートを付けてグロウルし、そのあいだを縫うようにベシェの湿って濁った音色のソプラノ・サックスが走る。サビ部で金管がミュート器を外しパッと明るい世界になって中和するという、あのデュークのアレンジ・スタイルも踏襲している。
そんなわけで、このベシェ・ヴァージョンの「ザ・ムーチ」では個人のソロは出番なし。全編アレンジされたものをみんなが演奏しているのもやや珍しい。ことにベシェはニュー・オーリンズ出身のジャズ・マンで、典型的なニュー・オーリンズ・スタイルのジャズはやらなかったとはいえ、この時代のコンボ録音でソロなしの曲をやるのはちょっとした冒険だったかもしれないよなあ。

といってもベシェはそもそも音楽性の幅がひろい人で、たんなるすぐれたいちリード楽器奏者、マルチ・インストルメンタリストにして歌手、というだけでなく、いい曲も書くし(「小さな花」)、バレエ音楽のスコアも残している。ジャズとはアド・リブ・ソロ音楽だという(おかしな?)固定観念を、ジャズ史上最初の偉大なソロイスト自身がひっくりかえしているじゃないか。

それでもやっぱりひとりのリード奏者として考えたら、「ザ・ムーチ」だけでなく、デュークの曲のああいった雰囲気をベシェはわりとよく表現できるサウンドを、特にソプラノ・サックスで出していたように思う。ベシェのソプラノ・サックス最大の特徴とは、透明度100%ではないところだからだ。格別美しいのだが、そのサウンドにはちょっとした濁り、ディストーション、三味線でいうサワリ音成分が混じっていて、だからこそぼくたちには至高のものだと響いてくるんだよね。

ひょっとしてベシェが同時代人としては例外的にデュークの曲をたくさんとりあげたのは、自身も作曲をやるからデュークのコンポジションが抜きに出ているというのが強く沁みていたいうこと以外にも、自身のソプラノ・サックスの持つあんな濁りみ成分が、デュークのやるジャングル・サウンドに相通ずると感じていたからかもしれないよね。

そういうのが CD アルバム『シドニー・ベシェ』でいちばんよくわかるのが、18曲目のベシェ自作「ブルーズ・イン・ジ・エア」。いやあ、いいですねえ、こういったサウンド。ベシェら各人のソロ部だけでなくアンサンブル・パートも実にすばらしく、ベシェの譜面書き能力も実感する。ソプラノ・サックスでブワ〜ッと濁ったダーティなサウンドを出しているのが快感だが、その最中に背後で入る金管アレンジも見事だ。
さらにこの「ブルーズ・イン・ジ・エア」は1941年10月14日録音のベシェ自作曲だけど、アレンジ手法にだってあきらかにデューク・スタイルの痕跡が聴けるように思う。はっきり言って痕跡なんてものじゃなく、そのまんまというに近いものがあるかも。だからやっぱりベシェはデュークのコンポージング能力をかなり尊敬していたんだと思うんだ。ベシェのヴィクター録音集のなかにデュークがいる。

CD アルバム『シドニー・ベシェ』で聴ける1941年近辺だと、同年9月13日に録音した「アイム・カミング・ヴァージニア」「奇妙な果実」の二曲も印象的。ビリー・ホリデイによる黒人差別告発を、ニュー・オーリンズ・クレオール(であることの意味は大きいんですよ)のベシェが切々と吹く後者もいいが、ぼくは前者、ビックス・バイダーベックも得意にした「アイム・カミング・ヴァージニア」がかなり好き。
なにがそんなにって、最大の理由はトランペットのチャーリー・シェイヴァーズがもうホントにぼくは好きなんだ。シェイヴァーズは黒人だけど、この手の、有り体に言えば<ビックス・バイダーベック後>ともいうべきコルネットやトランペットのことが、心の底からぼくは本当に大好きだ。ディキシーランド〜スウィング・ジャズ系で、白人であることが多いが、こうして黒人のなかにもいる。明るくて、華やか。レックス・スチュワートなんかもここだ。

チャーリー・シェイヴァーズのそんなパキパキ、ポキポキっていうような歯切れのいいトランペット・スタイルは、この CD『シドニー・ベシェ』だと20曲目「12番街のラグ」でも発揮されている。こういうのが、特に1920〜30年代録音ものが、いいっていう、ぼくの奥底からの本心は、同世代だとかなり熱心なジャズ・ファンにも共感してもらえない。というか、世代問わず存命のかたではほぼ出会えず、さびしい思いをしています。
そんなわけだから、CD アルバム『シドニー・ベシェ』では、オープニングを飾るベシェの生涯初リーダー録音の1932年9月15日の二曲「メイプル・リーフ・ラグ」「アイヴ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー」や、また、サッチモことルイ・アームストロングのホット・ファイヴが隠しテーマになっている、中盤8〜10曲目、1940年録音の「ワイルド・マン・ブルーズ」「セイヴ・イット・プリティ・ママ」「ストンピー・ジョーンズ」も、大好物。

1932年のそれらではトランペットがトミー・ラドナー(ラドニア)。1940年のそれらでは「ワイルド・マン・ブルーズ」でのトランペットがシドニー・ド・パリス、残り二曲ではレックス・スチュワートのコルネット。特に「ワイルド・マン・ブルーズ」「セイヴ・イット・プリティ・ママ」は、1920年代後半にサッチモが名演を残しているのを、二人ともかなり意識しているなと聴きとれるんだよね。

さらに、「セイヴ・イット・プリティ・ママ」「ストンピー・ジョーンズ」を録音した1940年9月6日は、その前の月に亡くなったジョニー・ドッズ追悼セッションでもあって、だからベシェもそれを踏まえての吹奏ぶり。しかしながらドッズだって1925〜27年はサッチモ・バンドのメンバーだった。だから同じコルネット奏者、レックスの演奏ぶりにそれを意識しているところがあるんだよね。このときのピアニストはアール・ハインズだしね。

「ワイルド・マン・ブルーズ」https://www.youtube.com/watch?v=PASIYeu7OD4
「セイヴ・イット・プリティ・ママ」https://www.youtube.com/watch?v=W6_3VtyTgHU

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