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2018/08/16

レコード音楽時代のトロバドール 〜 ホセ・アントニオ・メンデス

以下の記事本文は、これらの続編です。

エル・スール盤のホセ・アントニオ・メンデスの CD 三枚。すべて後半部がホセ・アントニオの自作自演で、しかもひとりでのギター弾き語り。それら計26曲をピック・アップしてぜんぶ並べても一時間ちょいなので、自分でプレイリストをつくり、iTunes で聴いたり CD-R に焼いて聴いたりして楽しんでいる。すると、おもしろいことがわかってくるのだった。

まず整理しておくと、エル・スール盤『フィーリンの真実』(Escribe Solo Para Enamorados)の後半12曲が、スタジオ録音での弾き語り自作自演。1950年代終わりごろのラジオ放送音源か?というのが原田尊志さんのご推測。『フィーリンの誕生』(Canta Solo Para Enamorados)の後半七曲と『フィーリンの結晶』(Usted...el amor...y: José Antonio Méndez Vol. III)の後半七曲が、ライヴ録音での弾き語り自作自演。原田さんの解説文では、場所はホテルか?ナイト・クラブか?ということで、録音時期は判然としないらしい。やはり1950年代後半〜末ごろ?

それはそうと、計1時間6分のこのホセ・アントニオの自作自演ギター弾き語り音源。ディスク一枚に収録できる長さだし、CD-R かなにかで発売すればいいのになあ。どうですか、エル・スール原田さん?ホセ・アントニオの代表曲はぜんぶあるし、おもしろいし、楽しく心地良くて、ラウンジっていうか自室でもルーム・ミュージックとして極上の雰囲気をつくってくれるし、夜ひとりで聴いていいムードだし、おそらくはカップルとかで聴いても最高なんだと思うし、売れるかも?って思うんですけど。

まあいい。ホセ・アントニオは、こないだ書いた19世紀末〜20世紀頭ごろのキューバのトロバドール(吟遊詩人)、シンド・ガライたちの末裔なのだ。そんなことが弾き語り音源だとよくわかる。っていうかですね、上でリンクを貼った五月の記事を書いたときにはピンと来てなくて、その後、シンド・ガライの『デ・ラ・トローバ・ウン・カンタール...』が到着したので聴いて、それではじめてぼくみたいな人間でも気づいたことだった。

八月にシンド・ガライの記事でも書いた『デ・ラ・トローバ・ウン・カンタール...』の6曲目「ラ・バラソエーサ」。マノロ・ムレットによるこれが、まるでフィーリンそのもの、っていうか、あの文章のときの正直な気持ちを述べると、エル・スール盤三枚で聴いていたホセ・アントニオの弾き語りにあまりにもクリソツだというところだった。ビックリしたというのが近いかも。

もちろんマノロ・ムレットがやる「ラ・バラソエーサ」はシンド・ガライの曲だから、シンガー・ソングライター的な意味合いからすこしずれる。だけど、シンド自身のひとりでの弾き語りが一個もないあの CD アルバムで、あるいはひょっとしてシンドはこんな感じだったのかも?と想像を逞しくするに十分なワン・トラックだった。

19世紀末〜20世紀頭ごろのキューバ(や周辺カリブ諸国でも?)で活動したトロバドールたちは、たぶんだけど、あんな「ラ・バラソエーサ」をやるマノロ・ムレットみたいなやりかただったのかもしれないし、その後、1950年代になってホセ・アントニオがやったようなギター弾き語りは、そのまんまの末裔なのかもしれないよね。

吟遊詩人の弾き語りが、ぜんぶ個人的恋愛を扱っているわけじゃない。もっと時代がさかのぼっての中世ヨーロッパでは、恋愛も歌うが社会問題もやったりしたようだ。以前、南フランスで活動するマニュ・テロンら三名による『シルヴェンテス』のことを書いた。中世の古オック語でのトゥルバドゥールたちの歌を再現したもの。それは社会派プロテスト・ソングだった。
しかしこのときも、中世南仏の吟遊詩人たちは恋愛を扱うこともあったらしいと書いた。時代が下って19世紀末ごろからのキューバなどでのトロバドールは、やはりもっぱら個人的恋愛を歌ったようだ。ホセ・アントニオらによるフィーリンだって、ほぼ100%ラヴ・ソングばかり。そのへんはたしかにボレーロからも継承している。

ボレーロにしろフィーリンにしろ、それらがそもそも古いキューバのトローバから流れてきているものなんだっていうこと。これを最近ようやくボンヤリと感じとることができるようになったのだ。しかしシンド・ガライらトロバドールと、ホセ・アントニオの弾き語りにはかなり大きな違いもある。

トロバドールの時代には、レコード商品としてどんどん複製されることは想定されていなかった。結果的にそうなりはしても、第一義的には「その場」の、「現場」の、オーディエンスだけを想定して曲創りをし、相手にして弾き語ったはず。シンガー・ソングライターだったというのは、このリアルなトポスにこそ意味があった。それがトピックとしての恋愛事情。

ホセ・アントニオの時代になると、もちろんライヴ演奏などはその場の聴衆を楽しませることがまずは第一義的に念頭にあったかもしれないが、そういうものだって、歌のありようとして、もっと広い仮想オーディエンスを相手にできる内容を持った音楽に仕上がっているじゃないか。全26曲のホセ・アントニオ弾き語り音源は(ラジオ放送用の?)スタジオ収録も「現場」でのライヴ収録も、ぜんぜん差がないんだから。

こう考えれば、フィーリンのホセ・アントニオは、歴史的な流れとしてはシンド・ガライら古いトロバドールの末裔なのかもしれないが、どっち方向を向いているか、どのへんでどう共感してもらえるか、あるいはどんな(大勢のヴァーチャルな)ひとたちの気持ちを汲み取ってラヴ・ソングを、たとえば「至福なる君」も「あなたがわたしをわかってくれたなら」も「君が欠けていた」も書いて歌ったのかという点で 〜〜 端的に言って音楽家としての立ち位置やアティチュードは異なっているんだよね。

そんなことを、前から聴いているエル・スール盤 CD 三枚で聴けるホセ・アントニオの弾き語り音源と、こないだはじめて聴いたシンド・ガライのアルバムとで、ちょっと考えてみたのだった。

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