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2018/08/22

スティーヴィ『キー・オヴ・ライフ』にあるジャズ 〜 あのころのぼく

すこし前に書いたように、2018年夏前ごろからの私的 No. 1 スティーヴィ・ワンダーは、『フルフィリングネス・ファースト・フィナーレ』の A 面ということになっているけれど、それでもやっぱり忘れられない『ソングズ・イン・ザ・キー・オヴ・ライフ』(1976.9.28)。だってこれが初体験だからさ。やっぱりスペシャルだ。先立つ三部作ほどではないにしても、内容だってかなりいい。ジャズ・ミュージックへの直截的言及だってある。

にぎやかな二枚組体裁の音楽フィジカル作品が好きだっていうのは前々からくどいほど言ってきているので省略。でもこのスティーヴィの『キー・オヴ・ライフ』は本編たる LP 二枚にくわえ、四曲を収録した EP が附属するという風変わりなもので、ぼくはこの作品以外でそんなかたちを見たことがない。そんなこんながネット配信では消えちゃって「ひとつの」作品となるのが、いいような気もするしわかりにくいような気もする。以下はぜんぶひとつづきでの曲順を書く。

さて、『キー・オヴ・ライフ』にあるジャズ・ミュージックへの直截言及は、ぼくの聴くところ四曲。まず、ふたつのフュージョン・ナンバー、4「コントゥージョン」、21「イージー・ゴーイン・イヴニング(マイ・ママズ・コール)」。えっ?フュージョンではない?じゃあインストルメンタル・ソウルでどう?同じことだから。

「コントゥージョン」のほうもいいけれど、個人的には附属 EP の B 面ラストだった「イージー・ゴーイン・イヴニング」が、むかしもいまもかなり好き。このやわらかいフェンダー・ローズにくるまれてハーモニカ・サウンドがあたたかく漂って、スネアをブラシでなでる音もいいよねえ。まさに曲題どおりのリラックスした雰囲気で、少年時代に戻ったかのような気分。

ところで『キー・オヴ・ライフ』附属 EP は四曲ともかなりいいと思うんだけど、これら、本編に入らなかったのは、この当時1970年代前半〜中頃のスティーヴィの創作意欲がものすごかったという証拠なんだろうなあ。かなりの数をボツにしたらしいしね。

附属 EP では、トップに来る18曲目「サターン」があまりにも強烈なメッセージ・ソングで、スティーヴィは前からこういうのを歌うし『キー・オヴ・ライフ』にもたくさんあるが、個人的にはこの「サターン」がいちばんグッと来る。銃と聖書を双手に持ってモノ言うあなたのことは信用しない、どうして死んでいくのかもわからない弱いこどもたちを理由なく殺していくあなたがたを見るのはもう嫌、地球はもう終わりだ、わたしはわたしの星へ行く、という内容。

そんな歌詞も強いものだけど、このサウンドに漂う気高さが、なんて強靭なんだと感じて、ぼくは好きなんだ。これは絶望とか諦めじゃない。希望の歌だというのが、このサウンドやリズムを聴けばわかるよね。そんな両面貼りついたメンタリティは、アルバム『キー・オヴ・ライフ』全編に、それも社会や政治のことを歌ったものではない、個人的ラヴ・ソングをもしっかりとおおっている。

スティーヴィの『キー・オヴ・ライフ』がぼくにとってスペシャルなものである最大の理由はここなんだ。ハート・ブレイキングな失恋を扱った17曲目のサルサ・ソウル「アナザー・スター」にしたってそう。いやあホントしかしこの曲、いいよねえ。こんなに楽しい歌がこの世にあるのだろうかって思っちゃうくらい、すごく好きだ。歌詞内容はロスト・ラヴだけど、聴いていて、聴き終えて、爽快だもんねえ。

あれっ、『キー・オヴ・ライフ』にあるジャズ言及のことを話すつもりだったのに。上で書いたフュージョン・ナンバーふたつのほかは、ハービー・ハンコックやそのほかジャズ演奏家が参加しているトラックは無視してそれら以外でなら、みなさんご存知、5曲目「サー・デューク」、11曲目「イズント・シー・ラヴリー」。前者はまったく説明不要だ。デュークにサーをつける尊称って、なかなかすごいよなあ。エリントンのデュークはまあ個人名みたいなもんだけどさ(本名はエドワード・ケネディ)。

「イズント・シー・ラヴリー」は、一時期、日本のジャズ演奏家が、それもなにかのジョイントやフェスティヴァルのクロージングやアンコールで必ずと言っていいほどやっていた。あれっていったいなんだったのだろうか。それもリズム&ブルーズ、ソウル、フュージョンとは縁が薄そうなメインストリーマーのみなさんもやっていたよねえ。

そういえば『キー・オヴ・ライフ』は、それ以前の三部作と比較しても、あるいはそのもっと前や、後の作品と並べても、かなりジャズ/フュージョン色が濃いような気がする。今日ここまで書いてきたような表面的に鮮明なものばかりでなく、アルバムの全体にそれが溶け込んでいるじゃないか。それで聴きかえすと、どうやらスティーヴィも時代を意識したのかな、という気がしてきた。

『キー・オヴ・ライフ』収録曲のレコーディングは、発売前の二年間ほどらしい。ちょうどアメリカでフュージョン・ブームが盛り上がりつつあった真っ最中じゃないか。ビリー・ジョエルだって『ニューヨーク52番街』みたいな作品を発表したし、この1970年代半ばだと、アメリカのいろんな音楽家が似たような傾向のアルバムや曲にトライしていた。

そんな時代をスティーヴィなりに消化吸収した結果が『キー・オヴ・ライフ』になったということかもしれない。ジャズ(系)のレコードばかり買っていた大学生時分(1979〜82)のぼくが、当時はどうしてこのソウル歌手の二枚組プラスα なレコードを買ったのか、長年、あのころの自分のことが理解できないでいたのだが。でも、中身がこうだとわかっていて買ったんじゃないんだから、マジ、偶然だぜ。一枚目 A 面4曲目「コントゥージョン」が流れてきて、えっ?これでいいの?歌手のレコードでしょ?とかって思ったんだからさ、20歳前後のときは。

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