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2018/08/11

岩佐美咲「佐渡の鬼太鼓」(特別盤)のカップリング曲を聴く

岩佐美咲のオリジナル曲「佐渡の鬼太鼓」については、以前ぼくなりに書いたつもりなので、ご覧いただきたい。
この「佐渡の鬼太鼓」特別盤 A、B、C の三種類が、昨8月8日に発売され、ど田舎愛媛県大洲市のぼくんちにも今9日午後に到着。カップリングの四曲で一個のプレイリストをつくり、現在無限ループ再生中だけど、なんだこりゃ?すんごくいいぞ。こりゃもうなにか書けそうな気がしてきた、というかもう、書かずにおらりょうか。ぼくが書かずにだれが書く?(思い上がりもいいところ)。

三枚の「佐渡の鬼太鼓」特別盤に収録されているカップリング曲を整理すると、以下のとおり。

ABC共通「旅愁」 (西崎みどり、1974)
作詞:片桐和子/作曲:平尾昌晃

A「手紙」(由紀さおり、1970)
作詞:なかにし礼/作曲:川口真

B「大阪ラプソディー」(海原千里・万里、1975)
作詞:山上路夫/作曲:猪俣公章

C「風の盆恋歌」(石川さゆり、1989)
作詞:なかにし礼/作曲:三木たかし

美咲ヴァージョンのアレンジャーがどなたなのかは記載がない。ぼくの根拠レスなヤマカンでは、たぶん野中”まさ”雄一さんなんじゃないかという気がする。ここのところの美咲が歌って作品化されているもので野中さんが編曲と明記されているものに相通ずるサウンドに聴こえるんだけど、違っているかもしれない。

上記四曲のうち、美咲ヴァージョンをぼくが過去に耳にしたことがあるのは「風の盆恋歌」だけ。2018.2.4. 恵比寿で聴き、それをパッケージ商品化した DVD(or Blu-ray)『岩佐美咲コンサート2018』にも収録されている。今回の 8.8 CD ヴァージョンについては後述したい。
それ以外の三曲の美咲ヴァージョンを聴くのは、ぼくははじめて。だからやや意外な感じがしたものがある。由紀さおりの「手紙」だ。いや、むかしから由紀さおりのものを聴いていたはずなのに、いつのまにやら身勝手にねじ曲げたイメージが脳内にできあがっていたらしい。美咲ヴァージョンを聴き、意外だと思って、由紀さおりヴァージョンも聴きなおしたら、美咲のものはほぼそれに忠実になっている。

由紀さおりの1970年オリジナル・シングル・ヴァージョンは Spotify で見つかった。これだ。
しかし、YouTube で検索したら見つかったこの2009年ヴァージョンのほうがもっと好きだ。コメント欄には否定的な意見もあるけれど、かなりいいぞこれ。1970年オリジナルが持っているちょっぴりラテンなフィーリングをグッと拡大し、離別の歌が持ちがちな過度に濃厚な情緒を中和、爽やかで軽快な雰囲気を高め、由紀さおりという歌手の持ち味であるアッサリとしたナイーヴさを前面に出し、歌手本人もそういう方向で歌っている。それにしても、由紀さおりさん、きれいですね、容姿も声も(関係ない話だった)。
ナチュラルでスムースでナイーヴな歌唱表現こそが岩佐美咲本来の持ち味なんじゃないかとぼくは判断しているのだが、そういうところ、つまり濃厚な情緒を、まるで引きずるように、号泣せんばかりに、出しすぎるような、グリグリとやりすぎるような、そんな一般的な<演歌><抒情歌謡>のステレオタイプに、はまっていないところ 〜〜 そういうのが美咲と由紀さおりとの共通点じゃないだろうか。

一言にすれば、成熟した大人が持つアッサリした爽やか感。テレサ・テンやパティ・ペイジもそうだった。テレサや由紀さおりたちがそれをそういうふうに表現できるのはみなさんご存知だろうが、美咲はまだ若いじゃないか…、と思われそう。でもそれは違うんだ。芸の持つ力とはそういうもんじゃない。生物学的年齢が若くて人生経験が浅くとも、ひとたびマイクの前に立てば、それを超える表現をなしうる、ばあいによっては性別をも超える 〜〜 それが芸の力であり、歌手の、音楽の、ものすごさ、おそろしさなのだ。

美咲も、そんな超越的破壊力を持っているんだよね。素直にスッと歌うからこそ、由紀さおりのように大きな歌の深い世界を表現できるし、聴き手の心に沁みてくる。そんなタイプなんだ。それを、今日はじめて聴いた美咲ヴァージョンの「手紙」で再確認した。いやあ、すごいね。美咲ヴァージョンは、基本的には由紀さおりの1970年オリジナルを踏まえているようだが、それと同等の表現ができているとは、驚きでもあった。がそれは、もはや失礼だと言うべきだ、いまの美咲に対しては。

今日、ぼくが言いたいことの本質は、ここまででぜんぶ言い切ってしまった気分。だけど「風の盆恋歌」についてだけは、以前から 2018.2.4 ヴァージョンのことを散々書いてきてはいるけれど、それでもやはり今日、言葉を重ねておく必要がある。今日さっきから聴いている CD ヴァージョンのアレンジは、あの日、恵比寿ガーデンホールで聴き DVD でも確認したものと同じだ。ってことは、あれの準備段階から野中”まさ”雄一さんさんが仕事をなさっていたということなのだろうか?

アレンジにもとづいた伴奏は同一だけど、美咲のヴォーカルはかなり深化している。間違いなく二月四日よりあとにじっくり歌いこんで、「風の盆恋歌」という歌を、さらにいっそう自家薬籠中のものとした歌唱表現になっている。その結果、あの 2.4 ヴァージョンよりも激情や濃厚さが薄くなり、今日繰り返しているが、素直で爽やかでナチュラルなフィーリングが出てきている。

石川さゆりの「風の盆恋歌」とは、ご存知のようにあんな内容なもんだから、やりようによってはしっとり濃厚すぎるパッショネイトなフィーリングになりがちだよね。ところが 8.8 発売の美咲ヴァージョンではアッサリ感すら漂わせ、ナイーヴな衣をまとって、それでこんな内容をさらりとこなしているなんて…。言葉が出ない…。そのせいで、つまり逆の意味で、また泣きそうだ。

お持ちのかたは、美咲の「風の盆恋歌」を 2.4 ヴァージョンと 8.8 ヴァージョンで聴き比べていただきたい。ややドスが効いていた 2.4 ヴァージョンに比して、8.8 ヴァージョンでは声にキュートな可愛らしさすらあるじゃないか。・・・(ちょっと中断してタオル…)・・・。

全体的にそうなんだけど、「若い日の美しい私を抱いてほしかった」(一番)、「この命ほしいならいつでも死んでみせますわ」(二番)、「生きて添えない二人なら」「遅すぎた恋だから、命をかけてくつがえす」(三番)など、この歌で特にヤバい部分で、美咲はリスナーにあえて訴えかけず、泣かせようとはせず、特別に強い表現もせず、逆に爽やかなキュートさを出しながら歌っているようにぼくには聴こえる。

2.4 ヴァージョンも聴きなおしたが、こうではなかった。もっと濃厚なシットリ系演歌という路線を強く出している。8.8 ヴァージョンは濃厚すぎず、かといってドライにもなりすぎない、しかもアイドル系女性シンガーの持つ可愛らしさをも出して、こんな「風の盆恋歌」みたいな内容をしっかり歌い込んでいる。

これは、かなり、すごいことなんじゃないだろうか。ど演歌ふうな空気を出していた 2.4 ヴァージョンと比べ、これはアイドル時代への逆戻りじゃない。美咲の歌がいっそう深くなった、成長したという証拠なんだよね。由紀さおりがむかしからそういう歌いこなしをしているように、スムーズで素直にスッと伸びるきれいな声でもってサラッとこなしているからこそ、歌に大きな深みと凄みが出るんだよね。

あぁ、またタオルを…。

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