« マイルズ「ソー・ワット」の来し方行く末、アーメン | トップページ | ジャイヴもファンクもラテン系?〜 スリム・ゲイラード »

2018/10/20

アラブ古典歌謡への道標 〜 在りし日のエジプトの花々

国内盤タイトルがこれまた『在りし日のエジプト』である仏 Buda 盤 "Nostalgique Egypte"。フランス語での原副題に "1925-1960" とあるので、その時期のレコード音源なんだろう(と思ったら、ジャケ裏に一曲づつ年号記載があった)。フランス盤で持っているけれど、オフィス・サンビーニャのサイトに日本盤での演者名・曲目一覧があったので、以下そのままコピペ。年数は自分でジャケ裏を見ながら。

1. ウム・クルスーム/美しきバラ(1947)
2. ロール・ダカーシュ/バラたち(1947)
3. マフムード・ショココ/きみへのバラ(1954)
4. モハメッド・ファウジ/ヘンナの花々(1955)
5. サミ・シャワ/バシュラフ・フセイニ(1953)
6. アブデル・ハリム・ハーフェズ/愛している(1960)
7. シャデア/だめよ、アフメッドさん(1959)
8. モハメッド・アブドゥル・ムタリブ/いまもあなたを愛している(1957)
9. ファリッド・エル・アトラッシュ/あなたと(1942)
10. モハメッド・アブドゥル・ワハーブ/ウードのタクシーム(1959)
11. モハメッド・アブドゥル・ワハーブ&レイラ・ムラッド/どれだけあなたを待つのだろうか(1938)
12. モハメッド・アブドゥル・ワハーブ&ナガット・アリー/美しき我が恋人(1935)
13. アスマハーン/あなたと過ごした夜(1937)
14. セキナハ・ハッサン/私が死んだとき(1928)
15. サレハ・アブデル・ハイ/なんて可愛い(1928)
16. モヘッディン・エフェンディ・バユン/ラシュシュ・イブラヒミ(1924)
17. エル・ハジ・タティフ・エフェンディ/タクシーム・バヤティ(1925)

これらのなかには、歌なしの楽器演奏オンリーというトラックだってわりとある。ぜんぶ単独楽器のソロ演奏。5曲目、サミ・シャワ「バシュラフ・フセイニ」(ヴァイオリン)、10曲目、モハメッド・アブドゥル・ワハーブ「ウードのタクシーム」(ウード)、16曲目、モヘッディン・エフェンディ・バユン「ラシュシュ・イブラヒミ」(タンブール)、17曲目、エル・ハジ・タティフ・エフェンディ「タクシーム・バヤティ」(ウード)。

これらのうち、ヴァイオリンは西洋から入ってきた楽器と言えるだろう、あくまで直接的には。楽器の起源みたいなことをたどるとまた違った見方ができるのかもしれないけれども、クラシック音楽のストリングスやオーケストレイション法といっしょに流入したと考えるのが一般的だと思う。サミ・アル・シャワはアラブ大衆音楽における古典期のヴァイオリン名人だ。そのほかのウードやタンブール奏者もそう。

しかしやはり『在りし日のエジプト』でぼくが聴くのはヴォーカリストたち。このアルバムに収録されている曲の年代だと、その当時のエジプトは、カイロで映画産業が華やかだったころで、それを舞台にしていろんな歌手、音楽家たちも活躍し、20世紀前半のアラブ歌謡の隆盛を築いた。アルバム収録曲も、単独のレコード録音と映画に挿入されたものとが混じっているんじゃないかと思う。

たとえば1曲目のウム・クルスーム「美しきバラ」は、ジャケ裏にはっきりとどれどれの映画からと書いてあるし、音を聴いても導入部でドラマのワン・シーンのような雑踏音のようなものが聴こえる。そこからクレッシェンドでオーケストラのサウンドが入ってきて、ウムが歌いはじめる。

そのウムの声の色気、艶やかさに聴き惚れちゃうんだなあ。コブシまわしも華麗かつ細やかで、さらに同時に大胆でもある。さすがこの声こそアラブ歌謡の女王と呼ばれるだけある風格だと、声そのものだけで納得させられるだけのものがあると、ぼくですら聴いたらわかってしまう。それほどのすばらしいパワーのある歌だ。うむ、納得。

ウムと同格のような、とまでいかなくても人気の大物スター歌手は、『在りし日のエジプト』でなら、たとえば6曲目「愛している」のアブデル・ハリム・ハーフェズ、9「あなたと」のファリッド・エル・アトラッシュ、11「どれだけあなたを待つのだろうか」12「美しき我が恋人」のモハメッド・アブドゥル・ワハーブ、13「あなたと過ごした夜」のアスマハーン、あたりだろうか。どの歌手も声に高い気品が漂っている。庶民性よりも、近寄りがたいとすら思わせる気高さを感じるんだけど、そこがかえってぼくなんかは好きになってしまうところ。

そう、いつでもすぐ会いにいけるという存在じゃないほうが、ぼくにはいいばあいもある。おそろしく、こわく、近寄りがたいヴェールをまとっている歌手や音楽家のそんなオーラのようなものを、こんな古く遠い時代の、しかも場所も音楽の種類も遠いものから感じとり、聴きながらぼくは妄想に耽り、上々気分なんだよね。簡単には会いにいけないほうがいいことがある、ぼくのばあいはね。会えるほうがいいばあいだってあるけれど。

『在りし日のエジプト』収録歌手・演奏家は全員故人なので、会える可能性などない。でもそれもまたいいんだよね。レコードでも CD でもネット音源でも録音された音楽を聴いて、それにぼくには確としたリアリティを感じる。音のなかにね。音そのものだけが好き。スピーカーから聴こえてくる声や楽器音に宿るリアリティってものもあるのかも。っていうか、ぼくにはそれだけがリアリティかも。音楽の、というより、人生の。

そんなぼくの感じる声の(決してヴァーチャルではない)リアリティは、上記ビッグ・ネームだけではない全員の歌手の声に強く漂っている。間違いなく感じるセクシーさがあるんだよね。個人的に特にお気に入りなのが、4曲目、モハメッド・ファウジ「ヘンナの花々」(これは演奏の回転するリズムが大好物だ)、6曲目、アブデル・ハリム・ハーフェズの「愛している」(ピアノ・イントロも花のかぐわしい香りのようで、歌手の声も余裕と気品たっぷり)。

さらに、アイドルっぽいチャーミングさをふりまく(キスの音まで入っている) 7曲目、シャデア「だめよ、アフメッドさん」は可愛いし、8曲目、モハメッド・アブドゥル・ムタリブ「いまもあなたを愛している」も好物だ。ちょっとこの後者の男性歌手は、なめらかさよりざらつきを感じさせる塩辛味のある声だけど、パワフルだ。

11、12曲目のモハメッド・アブドゥル・ワハーブはさすがの存在感だけど、正直に言うとぼくはイマイチ好みな声と歌いかたではない。ちょっともっさりしているように感じてしまうんだけど、ぼくの耳がおかしいんだろうかなあ。ソングライターとしてのアブドゥル・ワハーブなら号泣するほど大好きだけどね。

それより、13曲目、アスマハーン「あなたと過ごした夜」が最高にすんばらしい。も〜う、本当に大好きでたまらない。苦しそうに身悶えているかのような、もう明日死ぬかのような、このアスマハーンの声の切迫したトーンに、いつも心動かされてしまう。どうしてこんなに哀しい声なんだ、アスマハーン、好きだぁ〜!

« マイルズ「ソー・ワット」の来し方行く末、アーメン | トップページ | ジャイヴもファンクもラテン系?〜 スリム・ゲイラード »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アラブ古典歌謡への道標 〜 在りし日のエジプトの花々:

« マイルズ「ソー・ワット」の来し方行く末、アーメン | トップページ | ジャイヴもファンクもラテン系?〜 スリム・ゲイラード »

フォト
2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ