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2019/02/26

スリム・ゲイラードのドット録音 1959

スリム・ゲイラード1959年のドット・レーベル録音を網羅的にすべて収録したアルバムが、中村とうようさん編纂の MCA ジェムズ・シリーズの一枚『スリム・ゲイラード 1959』(1998)。1980年代の復活劇があったとはいえ、1960年代以後は引退同然の状態に追い込まれていたスリムだから、ドット録音はかなり重要と言える。ノーマン・グランツ系への録音は1953年が最後だった。

スリムのドット録音は、この CD にあるように全20曲。13曲目まではアメリカでのオリジナル LP『スリム・ゲイラード・ライズ・アゲン!』でリリースされていたものをそのままの順で収録したもの。残り七曲のうち、14〜16曲目は日本盤 LP に収録されたことがある。ほかのものの説明は煩雑なので省略。録音は1〜18曲目が1959年4月15日。ラスト二曲が同年3月2日。大編成のその二曲を除き、すべてベーシスト&ドラマー(両名ともだれなのか不明)とのトリオ。スリムはヴォーカルとギターとピアノ(だけじゃないみたいだが)。

これらのなかには、わりと常識的というかフツーというか抑えたようなジャズ・トリオ演奏もある。スリムがギター or ピアノを弾くインストルメンタル演奏で、たとえば4曲目「スリムズ・シー」、8「トール・アンド・スリム」、17「A列車で行こう」あたり。ギター・トリオ・インストのなかでは、11「ウォーキン・アンド・クッキン・ブルーズ」がかなりすごい。これはふつうじゃない。かなりの実力者だったことがよくわかる名演だ。
 
がしかし、スリムにしかない持ち味といえば、ナンセンスおふざけ路線、ことば遊び、ラテン系要素の活用によるミクスト・ジャイヴみたいな音楽にあるよね。ドット録音集でもやはりそうだ。『スリム・ゲイラード 1959』のなかで拾うと、たとえば1「オー・レイディ・ビー・グッド」、2「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」、3「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」など同傾向のリングイスト系、つまり言語学的おふざけが爆発したもので、これら三曲ともジャズ・スタンダードなんだけど、こんなやりかたはスリムにしかできない。

これまた(古いけれど)ジャズ・スタンダードだった9「マイ・ブルー・ヘヴン」と、それから13「ドント・ブレイム・ミー」と15「ザ・ダークタウン・ストラターズ・ボール」となんかも楽しい。リングイストの才気煥発だ。スリム自作の6「チキン・リズム」、ファッツ・ウォーラーの16「手紙を書いて自分に出して妄想に耽ろう」、ナット・キング・コールで有名な14「リトル・ガール」なんかも含め、ここまで書いたものすべて、ナンセンス・シラブルでなはなく意味のある単語を使ってはいるものの、文脈無視で速射砲のように次々とアド・リブで繰り出すさまは、まさしくナンセンスの極致。歌詞はメタメタに切り刻まれ、奔放自在に歌いこなされる。楽しいったらありゃしない。

ドット録音集『スリム・ゲイラード 1959』のなかで格別ぼくの興味を惹くのが、やはりラテン・ジャイヴみたいなやつ。二曲あって、5「3分間のフラメンコ」(One Minute Of Flamenco For Three Minutes)と12「スキヤキ・チャチャ」。どっちもあやしい世界だが、後者は曲題だけでもわかるようにデタラメ日本語をテキトーに乱発しているもの。しかもラテン・リズムが活用されてある。前者はフラメンコふう、闘牛士ふうかと思いきや、やっぱりアヤしくクサいヾ(๑╹◡╹)ノ。

スリムのばあい、つまりはすべてがおふざけなのであって、音楽とはゲージツなのであるからしてマジメでなくてはならないという考えの対極に位置する音楽芸人だ。真面目芸術であったら悪いなんていうことはない。そういう音楽もあればそうでないエンターテイメントもあるというだけの話で、どっちも楽しい。だがしかし、スリムもいちおうはジャズ・フィールドのなかにいるひとだけど、ジャズ音楽はこういったスリムのような方向性はどんどん切り捨て無視して忘れ去る方法へと進んだ。

だから、とうようさんにしろどなたにしろ、いちおうぼくもその末端のつもりだけど、声を大にして「おもしろい!」と叫び続けているわけなんだよね。スリム・ゲイラードは、いわゆるジャイヴ系ミュージシャンのなかでも格別クールでニヒルで特異なはみ出しものだったかもしれないしね。キャブ・キャロウェイやルイ・ジョーダンらの明るいハッピーさがスリムにはないじゃないか。徹底してクールでアナーキーで皮肉っぽいというか、だから虚無や孤独を感じるような音楽芸人でもある。

とうようさんの編んだ『スリム・ゲイラード 1959』では最後の二曲だけ異質で、およそスリムの音楽芸からしてもありえない傾向の録音。それは戦後のフォーク・ソングのパロディなのだ。ピート・シーガーらに代表されるいわゆるフォーク・リヴァイヴァルのさなかにあって、スリムみたいな存在からすれば、それは白人インテリの知的反逆みたいなもので、自分はそこからも疎外・排除されているぞという気持ちがあったかも。公民権運動と関連していたブームだったのにもかかわらずね。

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