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2019/02/03

タンボレーラはセンバだ!、いやコンガか! 〜 パナマの歌姫シルビア・デ・グラッセ

歌姫と書いたが、パナマのシルビア・デ・グラッセは決して歌わされる存在ではなかった。みずからの歌、音楽に自意識や自覚を強く持ってしっかり取り組んだ歌手で、その意味では、大嫌いなことばだけど "アーティスト” と呼ばれることがあっても不思議じゃない。中米の小国パナマは音楽マーケットも貧弱なため、シルビアも海外を移動しながら歌手活動を行なったが、それなのに常に母国パナマの歌をみずからとりあげて歌うということを忘れなかった。ビジネス上なかなかむずかしいことだったはず。パナマ音楽史上、不世出の、最高の歌手だろう。

そんなシルビアの歌を、昨2018年にディスコロヒアの田中勝則さんが一枚のアンソロジーにまとめてくださったのが『タンボレーラの歌姫』で、全25曲。録音時期が必ずしも判然としないのだが、田中さんの解説文によれば、初期録音を多く収録すべく心がけたとのこと。実際、幕開けの二曲は SP 時代のシルビア初録音で、はっきりしないけれど1930年代末ごろの歌だろう。アルバムの最後のほうは1960年代録音。

最初にズバリ。このディスコロヒア盤『タンボレーラの歌姫』で聴けるうちの最高傑作は、21曲目の「パナマのトナーダ」(Tonada Panameña)だ。こ〜れがも〜う、すごいんだ。タンボレーラはダンス・ミュージックなんだけど、かつ、この曲もまたメタ・フィクショナル。かねてより繰り返すように、すぐれた作品はメタ特性を帯びるという自説どおりの一曲を書いたのは、このころのシルビアの音楽パートナーにして、もとの LP レコードのプロデューサーだったダミローン(ドミニカ人)。
パナマの音楽タンボレーラは(アフロ系の)激しいダンス・ミュージックなんだけど、それと同時に、お聴きになればおわかりのように、哀愁感が強く漂って、聴くための歌謡音楽としても完成度が高い。まるでブラジル音楽でいうサウダージに通じそうなものかも。曲を書きプロデュースしたダミローンは、パナマ音楽の最も大切な部分を見事に汲みとっているし、歌うシルビアも気持ちが入っていて、両者あいまってここまで完成度の高い一曲に仕上がった。すばらしいことだ。

ディスコロヒア盤 CD『タンボレーラの歌姫』では、この前後、20〜25曲目が同じ LP からとったもので、どれも見事なものばかり。シルビア+ダミローンのコンビによるパナマ音楽タンボレーラの成熟と完成をここに聴けるし、パナマの全タンボレーラ史上で(といってもなにも知りませんが)これ以上の作品があったかどうか疑わしいと思うほどの輝きだ。特に21曲目「パナマのトナーダ」は最高の宝石。

アルバム『タンボレーラの歌姫』では、上で書いたようにまずシルビアの最初期レコードから幕開けしているのだが、そのへんを聴くと、アフロ系っていうか、なんというかワイルドで素朴。1曲目の「輪になって踊れ」(Hagan Rueda)なんか、打楽器しか伴奏していないもんね。+シルビアのリード・ヴォーカル&コーラスのコール&レスポンスで、まさしくアフリカン・ミュージックじゃないか。それはタンボリートと呼ぶ民俗音楽で、パナマの人口ではアフリカ系の比率も高いらしい。

そういうのが続くものの、4曲目「ホローンに上ろう」(Sube Al Joron)から、突如雰囲気が一変する。ここからの多くが大衆音楽タンボレーラなんだけど、まず目立つのがハモンド・オルガンのサウンド。それは13曲目まで一貫してシルビアの音楽を支配している。弾いているのがアベリーノ・ムニョス(パナマ人)。シルビアとの二人三脚で音楽創造にあたった。シルビアがニュー・ヨークに拠点を移すまでコラボが続く。
シルビア+ムニョスの録音は(主に)プエルト・リコで行われたそうだけど、常に母国パナマの音楽に立ち返るようにして、掘り下げて、歌い伴奏していたことは特筆すべき一点だ。いや、むしろ海外生活を続けていたからこそ母国の音楽伝統に素直に自覚的になれたということかもしれない。ともあれムニョスのオルガンがモダンで腕もよく、シルビアの歌も洗練の度を増し、曲全体でモダンなタンボレーラになっているのが見事。

9曲目「あなたにために」(Por Ti)なんかコロンビア音楽なんだけど、ムニョスのオルガンがビヒャ〜と入るだけでタンボレーラに聴こえるから不思議だ。この時期に来ればシルビアのヴォーカルは完成されていて、かわいくてチャーミングだけど、最高度の技巧を駆使しているし、クラシック声楽を学んだがゆえ身につけたのか、小鳥のさえずりのようなソプラノのハイ・トーン・スキャットも自在に操っている。

シルビア+ムニョスによるパナマ音楽追求の集大成なのが、ディスコロヒア盤 CD の10〜13曲目の四曲。田中勝則さんの解説文によれば、推定録音時期は1958/59年あたり。すべて内容は極上だけど、なかでも10「コサ・リンダ」(Cosa Linda)とか12「私はモレーナちゃん」(Soy Morenita)など、絶品。ムニョスのオルガン・ソロも一級品で、それがからんでいくシルビアのヴォーカルもチャーミングで迫力もあって、豪華で贅沢。それでいて、庶民派ダンス・ミュージックなんだよね。

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