« 屈折した究極のナット・キング・コール | トップページ | 暖かくなってきたのでズーク快作を 〜 タニヤ・サン・ヴァル »

2019/04/24

CD を持っていたって、あなたは音楽を持っているんじゃない

Szlzxcfbqezsvgc0szhhg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくも書籍や洋服などと同じようにレコードや CD を買って持っていると、あたかも音楽を「所有して」いるかのような気持ちになっている人間で、ああ、この(CD で聴ける)音楽はいいな、ぼくはそれを自分のものとして持っているんだなと感じていい気分にひたっているから、それをどんどん増やしたいという、そんな傾向があるのは間違いない。

 

でもレコードや CD を持っていて聴けているというのは、はたして音楽を所有しているということになるのだろうか?っていうのは、そもそも音楽って「持つ」ことのできるものなのだろうか?という根源的疑問がぼくにはある。音楽を持つ、所有するって、いったいなんのことだろう?ディスクという物体を持つ持たないならわかる。でも、音楽=ディスクじゃないんだからねえ。

 

つまり、音楽とは得体の知れないものだ。そこにあるとかどこにあるかもわからない。ディスクをプレイヤーに入れて再生ボタンを押しても、必ず流れくるとは限らないのが音楽。物体などなにもなくともしっかり聴こえて強い忘れえぬ印象を心に刻み込んだりもするのが音楽。

 

じゃあぼくたちが音楽と呼んでいるものは、物体形式で可視化できて所有できるものなのか否か、わからなくなってくるよねえ。根本的に、音楽は空気の振動だから、目には見えない。所有することなどもできない。ただ、なにかのきっかけで耳に入り鼓膜を震わせるだけだ。だけといっても、それが鮮烈なものなんだけど。

 

声は喉の振動で、楽器音もなんらかの振動かな、それが空気中に出ても(エレキ・ギターやシンセサイザーなどのように)出なくても電気信号化されたものを拾って記録する。レコードだと物理的な溝の形態で、CD なら光学信号として。それをふたたび電気装置を用いて再生し、最終的にはやはりスピーカーなりヘッドフォンなりで振動化して、耳に聴こえるものとなる。

 

こんなプロセスだからさ、音楽って。それら一切合切ひっくるめて音楽だから、「所有する、している」って、やっぱりなんのことだかわかんないよね。レコードや CD はあくまで販売される商品に音楽を収納しているだけで、それを買って自宅に持っていても、「音楽を持っている」とは言えないんじゃないかな。

 

ディスク形態で持っていても音楽を持っているわけじゃない、と言うと、じゃあネットで聴く、ダウンローディッド・ファイルで聴くのも同じことじゃんね、CD にこだわることはないじゃんね、という意味のことを言いたいんだなと思われそうだけど、ぼくの本意は違う。ぼくは CD がほしい。買って持っていたいんだ。

 

でも、CD を買って持っていてちゃんと聴けていても、だからそれで音楽の所有権を買ったのだ、持っているのだ、自分のものだ、とは決して思わないことにしている。音楽に限らずどんな芸能・芸術だって、創り手をも超えていく。いったん世に出たら、それは製作者、創造者のものですらない。というか、音楽の創造とは個人や集団の手になるものだと言えるのか。

 

そんなようなものを、ましてや音楽のパフォーマー自身でもないぼくが「持っている」「所有している」などとは、おそろしくて到底言えないわけなんだよね。ぼくは音楽の所有権じゃなく、この世にいるあいだだけのいっときの利用権にお金を払っているだけだ。音楽は永遠に生き続ける。ぼくはそのうち死ぬ。

« 屈折した究極のナット・キング・コール | トップページ | 暖かくなってきたのでズーク快作を 〜 タニヤ・サン・ヴァル »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 屈折した究極のナット・キング・コール | トップページ | 暖かくなってきたのでズーク快作を 〜 タニヤ・サン・ヴァル »

フォト
2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31