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2019/06/27

坂本冬美の ENKA シリーズを考える

8f6abf0057d64a00a6dd892b0f838919https://open.spotify.com/playlist/2ZtZnLHa9HU9XI0rGSTBwC?si=_cZuM2w4TsqcmloJSlGq4A

 

2016年の『ENKA 〜情歌〜』にはじまった坂本冬美のこの ENKA シリーズ。2017年の『II 〜哀歌』、2018年の『III 〜偲歌』と一年一作のペースで発売され、まだ完結していないのかもしれないですが、トリロジーとなったところでいったん立ち止まり、このシリーズがいったいなんなのか、どんな世界を展開しているのか、ちょっと考えてみましょう。

 

冬美は1987年の「あばれ太鼓」でデビューしていますので、この ENKAシリーズは芸歴30周年をそろそろ迎えるからということでその記念として企画されたものかもしれません。レコード会社(ユニバーサル)からなのか事務所側から持ちかけたのか、はたまた冬美本人の発案だったのか、そのへんはわかりませんが、結果的にこのトリロジーは大成功だったといっていい充実度じゃないでしょうか。

 

歌手坂本冬美のキャリア全体から見ても代表作となるであろうこの ENKA シリーズ。三作トータルでの全33曲に、書き下ろしの新曲はありません。すべてが(セルフをふくめ)カヴァーなのです。なかには「石狩挽歌」(北原ミレイ)、「津軽海峡・冬景色」(石川さゆり)、「越冬つばめ」(森昌子)、「愛燦燦」(美空ひばり)、「舟唄」「雨の慕情」(八代亜紀)、「大阪しぐれ」「北の宿から」(都はるみ)、「港町ブルース」(森進一)、「女のブルース」(藤圭子)、「空港」(テレサ・テン)といったような、日本歌謡史を代表する超名曲もあります。

 

こんな曲の数々をカヴァーするわけですから、制作側も歌手本人も気合が入ってリキんでしまうのではないかと思いきや、結果は正反対です。ふわっと軽く漂うかのようなサウンドとヴォーカルで、肩の力がちょうどいい具合に抜け、ディープな表現もできる力を持ちながらそれを抑え、あっさりめの味付けでさらりと冬美は歌いこなしています。伴奏陣というかアレンジャーたちもそんなふうに仕事をしていて、だからこれは企画段階からそのようなライトでポップな演歌世界を構築したい、それが大人の表現法だから、という意図があったんだなと受けとることができますね。

 

感情表現に抑制を効かせたライト・タッチな歌唱表現こそ、ENKA シリーズ三枚で冬美が展開しているものです。大人の女性が静かにたたずんで微笑みながらやさしくそっと語りかけているような、そんな世界ですよね。なかには、たとえば一枚目にある南郷達也アレンジのものや、二枚目にあるハード・ブラス・ロックな「帰ってこいよ」など、この路線からはみだしたド演歌に近いものもありますが、トータルでいえば例外として度外視してかまいません。トリロジー全体からすればプロデュース、アレンジと冬美の構築した音楽が奈辺にあるかは明白ですから。

 

ひとことにすれば、冬美の ENKA とは、演歌から激烈さを消し表現に抑制を効かせた世界。風のようにふんわり漂い香るアッサリ情緒。ほんのり軽いフィーリン、ファド、フラメンコなどラテン/ワールド・ミュージック・テイストで伴奏サウンドをくるむこと。リズムに軽快なシンコペイションを効かせノリよく歌わせること。そんな方向性に沿って伴奏やヴォーカルをアレンジし、歌手もさらっと歌うこと。

 

ENKA シリーズを一枚目から順にたどっていくと、そんなニュー冬美には、まず「大阪しぐれ」で出会えるなと思うんです。この「大阪しぐれ」はかなりいいですよねえ。ところでここでは冬美の声がまるで都はるみに聴こえるんですけど、どうなっているんでしょう?いちばんいいころのはるみが乗り移ったかのようですよ。似せているとかいう次元じゃなくて、なにかの共振現象じゃないでしょうか。すごいなあ、冬美。

 

この「大阪しぐれ」では坂本昌之のアレンジもなんともいえず見事です。エレキ・ギターの弦をミュートしてシングル・ノートでリフを演奏させていますが、それが実に効果的。リズムに軽いラテン・シンコペイションを効かせて、全体のサウンドも落ち着いて、派手さのないなかに繊細微妙なフィーリングをかもしだしています。上に乗る冬美のヴォーカルも、軽いはるみ調で軽快でノリがいいです。いやあ、見事。

 

三枚全体で見渡しても、この「大阪しぐれ」は出色の出来なんですが、一枚目の『情歌』全体ではまだすこし物足りないっていうか、ふんわり軽いフィーリン演歌みたいな境地にフルには到達していないかも。まだ激烈濃厚演歌テイストが強めに残っていますよね。ハードで濃ゆい演歌がよくないっていう意味じゃなくて、このシリーズ三枚全体を俯瞰すると、やや場違いかなと感じてしまうんです。

 

その点、シリーズ二作目の『哀歌』だと、軽快ライト・テイストな冬美 ENKA 世界が(ほぼ)フルに実現しているといっていい充実度ですよね。もうオープニングの「雨の慕情」でアクースティック・ギターとフルートのふわっとしたサウンドと、それに乗る抑制の効いたヴォーカルが聴こえてきただけで、それだけでもう降参です。ぼくは一回目にこの「雨の慕情」をちらっと聴いただけで、ああこのアルバムは傑作に違いない、冬美はこんな円熟の境地に達してしまったと、感嘆のためいきが出ましたね。

 

「骨まで愛して」なんかも、骨までだからがっつりディープに歌い込みたい歌だし、冬美にその実力もありますけど、そこを抑えて、つまり感情を激しく表出するのをこらえて、ぐっと自然体で構え、ふわっとソフトに歌っていますよね。こういった表現をこそ、大人になった、成熟した、言いかたがあれですが「枯れた」(いい意味で)と呼びたいです。

 

「アカシアの雨がやむとき」が ENKA シリーズ二枚目『哀歌』の白眉だと思うんですけど、どうでしょうこの世界!?も〜う、く〜〜ったまらん!じゃないですか。そのほか、この二枚目では「帰ってこいよ」を除くだいたいどの曲も抑制が効いていて感情表現がハードではなく、聴き手に心地よい印象を与えます。

 

一枚目『情歌』の「大阪しぐれ」、二枚目『哀歌』の「雨の慕情」「アカシアの雨がやむとき」に相当するのが、三枚目『偲歌』では「港町ブルース」や「大阪ラプソディー」「ふりむけばヨコハマ」などです。「望郷」もこのアルバムでは傑出してすばらしいですが、やや傾向が違っていますよね。シリーズ三枚トータルではっきり感じる音楽コンセプトからすれば、やはり「大阪ラプソディー」こそ最高の一曲ではないでしょうか。

 

ところで、ここまでぼくが激賞してきている曲のアレンジは、すべて坂本昌之がやっているんですけど、「大阪しぐれ」「雨の慕情」「アカシアの雨がやむとき」「大阪ラプソディー」などをまとめて聴けば、坂本アレンジの特定傾向を聴きとることができます。それはエレベとエレキ・ギターの単音弾きとドラムスの三者をユニゾン・シンクロさせて、それに軽いラテン・シンコペイションを効かせてフックとし、その上にメリハリの効いた管弦楽をふわっと乗せ、冬美にもリズミカルかつ軽快にやわらかく歌わせるというものです。

 

そんなふうにつくられた冬美の ENKA ワールド。今後さらに四作目、五作目と続いていくのかどうかわかりませんが、ある種の頂点に冬美がいま立っているというのは間違いありません。歌手として、(歌世界のなかでの)女として、人間として、最高度に円熟した坂本冬美のふわっと軽いフィーリン演歌みたいな世界は、聴いて快感で、聴き終えての後口もサラリ爽やか。いやあ、すごい高みに到達したもんです。

 

以下は、三枚から特にすぐれていると判断したものだけを順番に並べたベスト・セレクションです。
https://open.spotify.com/playlist/4QQsmZVXDK2HtrgVJpfKuy?si=cPXovjffR3Se7BXkAFytSw

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