2019/02/23

いつも周回遅れ

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という思いがぼくをずっともう40年近く駆り立てている。これこそ、音楽にかんするときの最大の原動力なんだよね。ぼくは音楽のなにについても常にすでに遅れている。いつもだれかに教えてもらってばかりだから、一歩も二歩も遅れているというだけじゃない、なにかを知るのが最新流行形じゃなくなってからなのだ。どんな音楽、音楽家についてもずっとそう。いつも常にすでにぜんぶそう。これを巻き返したい、そんな気持ちで熱狂しているんだよね。

たとえば、ぼくの愛好するマイルズ・デイヴィス。出会ったのは1979年だったので、ちょうどかの一時引退期の真っただ中。ってことはリアルタイムでこのひとのニュー・リリースやライヴに接してきたのは1981年の復帰後だ。これがなんとも歯がゆくてしかたがない、という激しい思いでずっとやってきた。

だってさ、やっぱりどう聴いたって1975年までのマイルズ・ミュージックのほうが魅力が強いんだもん。いくらリアリタイム体験のせいで思い入れが強いとはいえ、一歩引いて冷静になって聴いて考えれば、1981年復帰後のマイルズは力が落ちた。トランペット吹奏能力だってバンドの統率能力だってリズムやサウンド・メイクについてだって、甘くゆるくなってしまった。

中山康樹さんはちょうど10歳年上だったんだけど、1973年の来日公演時が生マイルズ初体験だったらしい。なんともうらやましいかぎり。ご本人も、もしかりに73年が初体験じゃなかったらここまでのマイルズ者になっていたかどうか疑わしいとどこかでお書きになっていた。73年の前が64年だから、まさにここしかないっていうベスト・タイミングだよねえ。いいなぁ。ぼくはこんなぐあいに遅れている。巻き返さなくちゃ。

マイルズだけじゃない、好きな音楽家、歌手、みんな、ぼくが知ったのはいちばんいいときじゃない。ジャンルや分野の流行にしたって、終わりかけに or 終わってから知って好きになる。だから時代のなかでスポットライトを浴びて輝いている瞬間を、知らない。そんなにリアルタイム体験を重視しない人間じゃないかアンタは、と言われそうだけど、結果的にそうなっているだけで、そのおかげでふだんはすっかりあきらめ気味で、ヒットチャートなんか横目で見ながらケッとか思うようになっちゃったヒネクレ者なだけだ。ハナからそうありたいわけじゃない。

あるいは将来芽吹くかもしれない才能を、つぼみの時期に見出し拾って、応援し、成長を見守りながら聴き続け、大成を見届けるという体験なんかもぜんぜんない。そんな発掘能力もゼロなんですけれども、たとえば岩佐美咲。まだまだこれからの歌手じゃないかと見られていそうだけど、ぼくが聴きはじめたのは2017年の2月だ。みなさん、その数年前から応援し続けてきていた。そんななかのおひとりが手ほどきしてくださったのだ。

未知の才能を見抜き発掘する才もなければ、時代の流れにリアルタイムで乗る才もないぼく。そんなチャンスがなかったわけじゃないと思うけれど、そもそも向いてないんだね、音楽へのそんな接しかたに。ぼくには無縁な聴きかたなんだろう。できない。どうしたらできるかわからない。するつもりもなくなった。今後のことはわからないけれども。

だから、あれだなあ、半田健人っていうひとがいるでしょ。まだ若いのに(20代だっけ?)日本の古い歌謡曲の世界に精通しているっていう彼。ぼくの音楽狂ぶりは、そんな半田くんのああった姿に通じるものかもしれない。自分は生きていない時代の、過去の、音楽だからこそ夢中になれているっていう、それでディグしまくって詳しくなってしまい、しまいにウンチクを語りはじめるっていう、そんなありよう。

半田くんがどうかは知らないんだけど、ぼくは自分のそんなありようをたいへんもどかしく感じ、なんとか遅れを取り戻したい、巻き返したい、先輩がたに追いつき追い抜きたいという、そんなある種の焦燥感にずっと駆られてやってきている。この焦りは、だからコンテンポラリーな流れをつかもうというほうにはちっとも向かわず、ひたすら古い音楽の同時代性みたいなことばかり考える方向へ行っているんだよね。

2019/02/22

アメリカ南部のブルーズと英国トラッド 〜 レッド・ツェッペリンで

もっともこれはブルーズじゃなくて、ゴスペル・ソングだけどね。でも『プレゼンス』での初演以来、レッド・ツッェペリンはブルーズとして扱ったきたというのが事実。それに実際、第二次世界大戦前のギター・エヴァンジェリストの世界は、弾き語りブルーズと(歌詞内容以外では)差がないんだしね。だから、「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」もブルーズみたいなもんだろう。

それをジミー・ペイジ&ロバート・プラント名義のアルバム『ノー・クォーター』(1994)では、お聴きのとおり、ブリティッシュ・フォークの趣でやっている。これはこの CD 発売当初、ちょっとした驚きだった。渋い、渋すぎるとみんな言っていたけれど、これがいったいどういった試みなのか、いまだにちゃんと解明してある文章に出会わないから、ぼくが今日ちょっとやってみる。

ハーディ・ガーディのクレッシェンドで入ってくるイントロにドラムスが入り、アクースティック・ギター二本とバンジョーがからむというサウンド構成からして、完璧にトラッド・フォークのそれじゃないかな。ロバート・プラントは年齢のせいもあってかつてのようなハード・シャウトは不可能だが、可能だったとしてもここではそんなシンギングを抑えたはず。実際、ここでも落ち着いた表情を見せている。

こんなサウンド・メイクとシンギングを、さかのぼってレッド・ツェッペリン時代からちょちょっと拾って並べたのが、上のプレイリストだ。初期に集中しているのは当然だけど、意外にも『II』からの曲がない。『III』の B 面はもちろんそのままぜんぶ入れてある。そここそが、こんなトラッド・フォーク・ブルーズみたいな世界の、ツェッペリンにおける、最大の展開だったんだから。

ツェッペリンにおけるトラッド・フォーク路線は、しばしばケルト神秘主義と結合していた。そんな合体と、さらにそこに、このバンドの特色だったメタリックなハード・ロック傾向を加味して昇華したのが、1971年リリースの四作目だね。やはり A 面ラストだった「天国への階段」で完成を見たと考えていいんだろう。ただし、この名曲はトラッド・フォーク・ブルーズといった趣はやや弱くなっていて、その前の「限りなき戦い」のほうに、個人的には大きな魅力を感じる。

ファースト・アルバムにあった「ブラック・マウンテン・サイド」は、もちろんバート・ヤンシュが伝承曲「ブラック・ウォーター・サイド」を弾くそのギター・パターンをそのまま拝借してタブラを足しただけ(で自作とのクレジットだったんだよな〜)のものだけど、ヤンシュはアン・ブリッグズからこの曲を教わったらしい。アン・ブリッグズの世界は『レッド・ツェッペリン III』B 面にもかかわっていそうだね。

『III』B 面に来て、「ギャロウズ・ポール」はやはりトラッド・ナンバーだけど、後半はややロックっぽいハードさもある。プラントもシャウト気味になっているし、そのあたりはややいただけない。最後までじっくり淡々と進んでほしかった。がしかしこの伝承曲(レッドベリーがオリジナルだとか、レッドベリー・ヴァージョンを下敷きにしたとかいう文章も見るが…)をとりあげたということじたいに、ある種の強いアプローチを読み取れる。

「タンジェリン」「ザッツ・ザ・ウェイ」「ブロン・イ・アー・ストンプ」と自作ナンバーが続くけれど、ソング・ライティングにはあきらかなトラッド・フォーク/バラッドからの影響が聴けるよね。アン・ブリッグズの影みたいなことはこんな部分にもある。ツェッペリンがアンのファンだったことは間違いないんだから。ところで、失恋をテーマにした「タンジェリン」って、本当にいい曲ですねえ。

『III』のラスト「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」は、最も鮮明にはブッカ・ワイトのやる「シェイク・エム・オン・ダウン」を参照している、というかそのまんま。ブッカはアメリカ南部の弾き語りブルーズ・マン。「ハッツ・オフ」も、基本はブルーズ・ソングなのだ。伴奏はアクースティック・ギターでの(ブルージーでもない)スライド・プレイのみ。

アメリカ南部のブルーズをとりあげて、それを「ギャロウズ・ポール」「タンジェリン」「ザッツ・ザ・ウェイ」「ブロン・イ・アー・ストンプ」に続けて、サウンド・メイクもまるで UK トラッド・フォークみたいにした「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」のことは、なんだかみんな嫌いらしいんだけど、考えてみたら1994年の「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」へ続く道が敷かれていたんだね。

英国の&英国由来の(アメリカにも伝わった)伝承バラッドの世界は、あんがいアメリカ南部産のブルーズの世界と密接な関係がある。かのマディ・ウォーターズのレパートリーのなかにも「ローリン・ストーン」みたいな非黒人ブルーズ的というか、民謡っぽい曲があったりするし、ブルーズ・メン、ウィミンもよくやる「スタッカリー」なんかも伝承の物語歌、つまりバラッドなんだよね。アメリカ南部に伝わったバラッドというかお話は、黒人白人の共有財産だったものも多いし、たいていフォームもリズムも明確でない。

ブラインド・ウィリー・ジョンスンのやった「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」は、ブルーズではなくゴスペルだけど、彼が録音する前から代々伝わってきていた民謡的な物語歌であったのは疑いえない。主にアメリカ南部で歌い継がれてきていたものをピック・アップしてレコードにしただけだ。

そんなことのルーツに英国産バラッド、つまり UK トラッド・フォークの世界があるのかもしれない。「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」のジミー・ペイジとロバート・プラントがどこまで意図して掘り下げ読み込んで解釈したのかわからないが、一流音楽家ならではの直感的洞察だってあったと言えるのかもしれないよ。

2019/02/21

マイルズ『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』はアルバム・プロダクションがいい

マイルズ・デイヴィスのオリジナル・クインテット1955年初録音を含むコロンビア盤『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(1957)を Spotify でさがすと、このレガシー・エディション(2007)しかないようだ。追加分は無視してオリジナルどおりの全六曲で話を進めたい。そうすると、大評判となってマイルズのイメージを決定づけた表題曲だけじゃなく、アルバム全体がかなりよくできているなとわかる。

コロンビアとしても次世代スターとして目をつけプレスティジから引き抜いたマイルズの、レギュラー・コンボでのコロンビア・デビュー作なんだから、スカウトにしてプロデューサーだったジョージ・アヴァキャンだけでなく、みんな気持ちを入れて制作にあたったんだなあと、全体を通して聴くと鮮明なんだよね。

この、アルバムとして全体的によく考え抜かれている、トータル・プロダクションがいいということは、アルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』についてはあまり言われたことがないので、今日ぼくが書いている次第。だいたいさ、ジャズ・ミュージックって演奏家の力量やアド・リブ内容ばかり言われて、トータルなサウンド・メイクとかプロダクションとかは大部分のファンも専門家も無視か軽視してきている。よくない傾向だ。

それでも代名詞的な一曲とコロンビアも考えたセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」をアルバム・オープナーに持ってきているのは当然だ。その内容について繰り返すことはもはやない。2曲目以後の流れを聴いてほしいんだよね。しかもアナログ・レコード時代の片面三曲づつという構成、曲順だって、ていねいに練りこまれているじゃないか。

2曲目が「アー・ルー・チャ」。テーマ部が二管ユニゾンでもハーモニーでもマイルズの独奏でもなく、ディキシーランド・ジャズふうにホーンの二名がからみあいながら進むという、モダン・ジャズにしては珍しい手法だけど、マイルズはたぶんジェリー・マリガンのコンボを参照したのだろう。チェット・ベイカー参加でマリガンが似たようなアンサンブルを試みていた。マリガンは『クールの誕生』セッション時からのマイルズの盟友じゃないか。こころなしかフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングもにぎやかで楽しい。

フィリー・ジョーのドラミングは、というかリズム・セクションの演奏は、次の3曲目「オール・オヴ・ユー」でも典型的にそうだけど、一番手マイルズの背後では2/4拍子のオン・ビートで演奏、しかもドラマーはブラシでおとなしくやって、二番手ジョン・コルトレインのソロになった途端4/4拍子でにぎやかになるっていう、おなじみのやりかた。ボスの指示なのかバンドでの自然発生的なものなのかはわからないが、まず最初マイルズがオン・ビートで吹き出しているのはたしかだ。

こういったことは、プレスティッジの諸作でもよく聴けるものだけど、録音はこのコロンビア盤のほうが早いんだよね。いつごろこのスタイルをマイルズが、あるいはこのレギュラー・クインテットが、確立したのかは、もっと前の時期の音源からじっくりたどってみないとわからない。音源の絶対数が少ないけれどもね。まぁファースト・クインテット結成前にはあまり聴かれなかったスタイルには違いない。

三番手レッド・ガーランドのソロでの右手シングル・トーンでの玉もいい「オール・オヴ・ユー」で、レコードでは A 面が終わり。ここで盤をひっくり返して B 面の「バイ・バイ・ブラックバード」になるけれど、その出だしのレッドのピアノ・ブロック・コードによるイントロ部がぼくは本当に好きなんだよね。パッと世界が明るくなったみたいで。

A 面はやっぱり「真夜中あたり」が代名詞だから、なんだかんだ言って片面通して夜の雰囲気だけど、B 面に来て夜が明けたかのような、なんだか幕が上がって朝になり光が当たったみたいな、なんだかそんなムードがするなあと、むかしからぼくは感じている。つらいこと、悩みごと、暗い気分はさようならといったような「バイ・バイ・ブラックバード」では、マイルズもいいが、やっぱりレッド・ガーランドのソロ内容がとてもすばらしい水を得た魚。

5曲目、タッド・ダメロンの「タッズ・ディライト」にしたって喜び爆発みたいな明るさで、ここではこの時期に珍しくコルトレインのソロもなかなかいい。たぶんこのアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』で聴けるトレインのソロのなかではいちばんじゃないかな。また、一曲を通し、フィリー・ジョーがときどきリズムにアクセントを付与しているのもおもしろい。ちょっぴりだけのポリリズム?ただのお遊びだろうけれども。

続くアルバム・ラスト「ディア・オールド・ストックホルム」は、マイルズ自身1952年にジャッキー・マクリーン参加でブルー・ノートに録音している。そっちはひたすらこの曲の哀愁感を強調したような演奏内容だったのに比し、この1956年コロンビア・ヴァージョンではリズム面での探求に重きが置かれ、湿った情緒を消し、乾いて硬質な感じの演奏に仕上げているのが興味深いところ。

こんな六曲を、AB 両面に三曲づつ割りふってこの曲順で並べたジョージ・アヴァキャンのプロデュースぶりは、やはり見事だったというしかない。すばらしい仕事だし、マイルズ・デイヴィスというニュー・スターの実質メイジャー・デビュー盤にふさわしいトータリティを持ったアルバムだ。

2019/02/20

一枚一曲

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一日一善じゃないけれど、音楽アルバム一枚につき一曲でも二曲でもいいものがあれば幸いじゃないだろうか。というのがぼく個人の考え。というより信念なんだけどね。きわめて個人的なものだから、この見解をひとさまにあてはめて考えようとか押しつけようなどとは微塵も思っていない。自分のなかでだけ、これをいろんなアルバムに適用している。

もともといろんなアルバムから一曲単位で抜き出してマイ・フェイヴァリット・コンピレイションを作成する性癖のある人間で、これは高校生のころからずっと変わらずそう。そのまま約40年が経過しているけれど、マイ・ベスト・セレクションを、まず最初カセットテープで(この時代がいちばん長かった)、次いで MD で、それから CD-R で、最近は物体でなく Spotify などのプレイリストとして、もうず〜〜っと作ってきているんだよね。

ってことはだ、商品としてお店で売っている音楽アルバムは、一枚(とか二枚組とか)全体が完璧ですべてがすぐれた曲とか自分好みのものばかり並んでいるなんてことは少ない、まずありえない(からベスト・セレクションを作る)と、直感的に高校生のころから知っていたということにもなるねえ。

ちょうどその高校終わりごろか大学生のころか、どなたかジャズ専門家のかたの文章で、一枚のアルバムにちょっとでもこれはいい!と思えるものを一個でも見つけられればもうけものと思わないといけません、とあったのを読み、うんうんそのとおり!と心からうなずけたのだった。そう、まさにこれこそ<アルバム>というものに対する個人的見方なんだよね。

アルバムを一個のトータリティとしてみなす、たぶんそんな考えが世間で一般的なんじゃないかと思うけど、たかだか1960年代なかごろに実現しはじめた概念だ。レコーディッド・ミュージック全体の歴史からすれば、まぁそれがいつまで続くのか、今後も何千何百年と続くのかわからないが、2019年時点では、かなり歴史の浅い考えかただ。アルバム=トータル・ワークというとらえかたはね。

ぼくはそんなものをぜんぜん信用していない。アルバム album っていうくらいなんだから、それはもともとかき集めたものっていうことだ。それがトータルで見てダメな曲がひとつもないなんてことのほうがまれじゃないかな。逆に言えば、ちょっとくらい石が混じっていたって、そんな程度のことでそのアルバムを評価できないなんて考えはじめたらオカシイ。本末転倒だよね。

それにあれだ、ずっと前に書いたけど、音楽は一曲単位の文化だというのがぼくの強い信念なんで、これは片面一曲単位である SP 時代の音楽にのめり込んできたからという理由もさることながら、最初から LP レコード時代にその形式で用意・発売された音楽作品でも曲ごとに抜き出して聴くっていう、そんな発想がぼくの芯奥にしっかりある。

もうひとつは、LP レコードを買うようになる前の思春期、テレビの歌番組で日本の歌手たちに夢中だった事実も大きいかもしれない。歌番組ではふつう一曲単位で披露されるし、それがきっかけで45回転のドーナツ盤(片面一曲)もわりと買った。モダン・ジャズの LP に没入して人生が激変したけれど、音楽への接しかたの根本は、そのもっと前に土台が築かれていたのだと、最近は思い出すようになっている。

山本リンダ、ジュリー(沢田研二)、山口百恵、キャンディーズ、ピンク・レディー 、その他 〜〜 こういった歌手たちがジャズにハマる前のぼくの耳を奪い、口と身体をも動かして、脳のなかにも沁み(染み)ついていたんだよね。彼らはアルバムも出すけれど付随的で、シングル盤こそが活動のメインだ。あれっ?なんだかサザン・ソウルの世界?

ともかく、アルバムはただの集合体、寄せ集めただけのものにすぎない。そこに(本来的に求めるのはおかしい)完成形みたいなもの、トータルでのなんらかの意味を読み取ろうとするから、ムダなものダメなものが含まれていると一枚としては評価できないなんていうおかしな考えに至るのだ。幸い、ぼくはそんな妙なものに取り憑かれてはいない。

もちろん、偶然に、いや必然でもいいんだけど、結果的にトータルで完璧なアルバムに仕上がっていれば、それは文句なしにすばらしいことなんで、ぼくだってうれしいんだから、そこを否定したい気持ちなんてぜんぜんないよ。それに越したことはない。

2019/02/19

マイクロフォン出現前のアメリカン・ミュージック

アメリカン・ポピュラー・ミュージック録音史におき、1925年ごろの電気マイクロフォンの登場は決定的転換点だった。それまでのアクースティック録音時代のスター歌手のほぼ全員がこれを乗り切れず姿を消した。生き残ったのはアル・ジョルスンとクリフ・エドワーズくらいなもの。そしてそれ以上に、音楽レコードの歴史が1910年代あたりから語りはじめられることが多く、それ以前のことはまるで歴史に存在しなかったかのような扱いになっている。

中村とうようさんのオーディブック『アメリカン・ミュージックの原点』(1994)は、そんな現状の打破を試みたものだ。ぼくはこの1994年盤を知らない。親しんでいるのは、改訂版ともいうべき CD 二枚組ライス盤の同題『アメリカン・ミュージックの原点』(American Music in the Beginning)だ。2005年のものを持っているが、2012年にリイシューもされたようだ。

このアルバム・セットでとうようさんが示そうとしたことは、大きく分けて二点ある。ひとつはマイクロフォンが出現し電気録音が一般化する前の歌手たち 〜 のほぼ全員が忘れられつつあった 〜 の歌とはどんなものだったのかということ。特にビリー・マレイにフォーカスが当たっている。もうひとつは初期のアメリカン・ダンス・ミュージックで、特にワン・ステップ(=ラグ、とその土台たるリールとカリブなど)が重要だということ。この二点がそれぞれ二枚のディスクに割り振られて音源が収録され解説が書かれている。そういうわけで CD1には歌を、CD2には楽器演奏ものを、それぞれ収録してある。

『アメリカン・ミュージックの原点』CD1と CD2は、そんなに密にからんでいるかどうかぼくにはわからないので、今日は別々に切り離して話を進めることにする。CD1のヴォーカル篇。書いたようにとうようさんはビリー・マレイ(その他)に大きな光を当てている。電気マイクの前で歌うようになってから、アメリカ人歌手はそっとささやくような小さくて細い声での歌唱でも通用するようになったが、それ以前は発声のナチュラルなパワフルさが必要だった。

しかしビリー・マレイらは、クラシック声楽のオペラ歌手みたいな歌唱法ではなく、もっと自然かつ素直に声を出して、それでなおかつ声がよく響きわたるような、そんな声の出しかた、歌いかたをした。しかもわざとらしさも体裁も気負いもなく、開放的なヴォーカル表現法をとっていた。こういったことは、二曲収録のビリー・マレイだけでなく、『アメリカン・ミュージックの原点』CD1収録の歌手たちみんなに当てはまることだ。レン・スペンサー、エイダ・ジョーンズ、ハリー・マクドーナ、コリーヌ・モーガン、バート・シェパードなどなど。

なかでもぼくの耳を強く惹くのは、CD1で14曲目、アル・ジョルスン「私の人生をメチャメチャにしたスペイン人」と15曲目、バート・ウィリアムズ「ノーバディ」、17曲目、フランク・ストークス「ノーバディーズ・ビジネス」だ。ジャズ寄りの歌手なら20曲目、クリフ・エドワーズ「魅惑のリズム」なんか、ものすごい。絶賛のことばしか浮かばない。ともかくマイクがないわけで、ヴォーカルの録音も生音をそのまま針に落とすしかないんだから、声の持つナチュラルな魅力がそのまま出る。つまり<つくりもの>ではない 〜 電気マイク出現後のクルーナーたちの歌をつくりものと呼びたいわけじゃないので 〜 ホンモノの存在感がここにある。CD で聴くぼくにも伝わってくる。

ビリー・マレイだけ、収録の二曲をちょっとご紹介しておこう。

「ヤンキー・ドゥードル」https://www.youtube.com/watch?v=6mKZes-hAgE
「はい、バナナは売り切れです」https://www.youtube.com/watch?v=9mkbYaUh8E8

また、ぼくをとらえて離さないバート・ウィリアムズの「ノーバディ」も。これはライ・クーダーがアルバム『ジャズ』のなかでとりあげてカヴァーした。バート・ウィリアムズは黒人ヴォードヴィリアン。深い内省をこめたこのバート独自の歌は、いつ聴いても泣きそうになってしまうもの。
サッチモことルイ・アームストロングよりも先にちゃんとスキャット唱法を録音していたクリフ・エドワーズ「魅惑のリズム」(1924)もご紹介。曲はガーシュウィンが書いたスタンダード・ナンバーだけど、ウクレレを弾きながら歌うステージ芸人的なクリフのこのシンギングも絶賛するしかないものだと思う。特にスキャットが炸裂する後半部は苛烈にすんばらしい。圧倒的。
こんなにおもしろい歌手たちがいっぱいいた電気マイク登場以前のアメリカン・ミュージックのレコード界だけど、ディスク2のダンス・ミュージック篇のことも書いておこう。収録の25曲がほぼすべてインストルメンタル・ミュージックで、わかりやすく初期アメリカン・ダンス・ミュージックのありようが示されている。

とうようさんの論旨は、電気マイク以前のアメリカン・ダンス・ミュージックの最大の流行はワン・ステップで、その土台にアイリッシュ移民が持ち込んだリールのリズムとカリビアン・ビートがあり、それはダンス形式としてはワン・ステップだけど曲としてはラグタイムであると、まあおおざっぱに見てこんな感じにまとめられるかな。

ラグタイムと書くとピアノ音楽と反射的に思ってしまうけれど、そうではない。スコット・ジョプリンらがああいったたくさんの曲を書く前から、ラグは(主にアメリカ南部に)ひろくあって、それは主にバンジョーなどで演奏されていた。それらの根源は民衆の生活のなかにあるフォーク・ラグだったのだ。フォーク・ラグから各々の演奏家がピック・アップし、最終的にはピアノでやるラグタイムとなって流行したが、それとは別にいろんなラグがあった。ブルーズ・シンガーらがよくやったギター・ラグもそのひとつ。

ラグのリズム感の土台に、ってことはビートの効いたダンサブルなアメリカン・ミュージックの根底に、19世紀のアイルランド移民が持ち込んだリールがあるというのがとうようさんの説で、これはぼくもほぼ全面的に同意。これは論理とか頭で考える理屈じゃない、音を聴けば皮膚感覚で納得できるものだ。『アメリカン・ミュージックの原点』CD2だと1〜4曲目にヴェス・L・オスマン「ワラの中の七面鳥メドレー」、ブラックフェイス・エディ・ロス「ロスのリール」、マイクル・コールマン「シャスキーン〜ジャガイモ袋」、ウィル・イーゼル「ウェストコースト・ラグ」が連続収録されている。

このうち、3曲目のマイクル・コールマンはアイリッシュ・フィドラーで、演奏しているのもスライゴー・スタイルのリール。どうです、このスウィング感!アイルランド伝統音楽のリズムなんだけど、そのままアメリカン・ミュージック・ビートの土台になっているのは明白ではないだろうか。19世紀のアメリカにはアイリッシュ移民がとても多かったんだよ。
CD2収録順に、たとえばこのウィル・イーゼルの「ウェストコースト・ラグ」を聴いてみてほしい。これは典型的なピアノ・ラグライムで、しかも自動ピアノのロールの再現とか近年の再録音とかじゃない、1927年の当時のレコードだ。もはやラグタイムの流行は終わっていた時期だけど。
カリビアン〜ラテン・ビートのシンコペイションも、アメリカン・ダンス・ミュージックの大きな屋台骨だ。それはラグタイムが、基本、アメリカ南部の音楽で、近接するカリブ海のリズムと密接な関係を持っていたから。『アメリカン・ミュージックの原点』CD2には、9曲目、スーザ楽団の「ラ・パローマ」や10曲目、ジェリー・ロール・モートンの「ティア・ホァーナ」といったアバネーラや、さらに15曲目、ベニー・モーテン楽団「黒のルンバ」、16曲目、デューク・エリントン楽団「南京豆売り」が収録されている。あんがいなじみが薄いかもしれないスーザの「ラ・パローマ」だけご紹介しておく。
『アメリカン・ミュージックの原点』CD2では、その前後、ブギ・ウギ、ジャグ・バンド、ワルツ、クレツマー、ポルカといった、アメリカン・ダンス・ミュージックの基本となった要素が次々と紹介されながら、オーラスの25曲目にはリングリング・サーカス専属楽団の「サーカス音楽メドレー」(High Ridin' - Jungle Queen - Roses Of Memory - Stop It)が収録されている。これは、マーチ、オリエンタル・トゥー・ステップ、ワルツ、ワン・ステップと、めまぐるしくリズムが変化するメドレーで、19〜20世紀のアメリカ民衆音楽を網羅したような内容。

2019/02/18

岩佐美咲「恋の終わり三軒茶屋」とカップリング四曲を聴く

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去る2019年2月13日に発売された岩佐美咲のニュー・シングル「恋の終わり三軒茶屋」。三種の CD に収録されているものを整理すると、新曲「恋の終わり三軒茶屋」と、カップリングのカヴァー曲が四つ「あなた」「別れの予感」「恋の奴隷」「お久しぶりね」となります。全五曲、ようやくしっかりと CD で聴けましたので、ぼくなりの感想をちょちょっと記しておきます。

オリジナル楽曲「恋の終わり三軒茶屋」は、いわゆる演歌ではありません。いちおうは演歌歌手という看板で活動している美咲ですが、キャリア初期から、わりと軽めの歌謡曲路線や J-POP テイストな感じはありました。主にカヴァー・ソングでのことですが、オリジナル曲でも「もしも私が空に住んでいたら」みたいな名曲がありましたよね。

しかし今回の「恋の終わり三軒茶屋」は、いままでのそれらどの美咲とも違っています。演歌ではなく歌謡曲テイストな楽曲というのは美咲自身も言うとおりで、それだけならいままでにもあったんですが、今回の新傾向はラテン・リズムを活用した跳ねるフィーリングを持っていて、しかもそれが快活陽気な雰囲気ではなく恋の切なさ、哀しみを表現するための媒介となっているということです。

「恋の終わり三軒茶屋」が跳ねる、つまりシンコペイションをともなうラテン・リズムだというのは聴けばわかることなんですが、実はまったく同じリズムを持つものが、いままでの美咲のなかにたったひとつだけありました。2013年のファースト・アルバム『リクエスト・カバーズ』2曲目の「つぐない」です。いうまでもなくテレサ・テンが歌った曲。

「つぐない」でも「恋の終わり三軒茶屋」でも、表現する楽器こそ違え、ひっかくようにしゃくりあげるこのリズム・シンコペイションのパターンは同じです。ぼくの勝手な想像ですが、今回の新曲プロデュースにあたり、過去の美咲を総ざらいした可能性があるかもしれないです。それで「つぐない」のこのパターンはなかなか魅力的だから同じパターンで新曲をやってみようじゃないかと。

お持ちのかたは、ぜひちょっと連続再生してみてください。「恋の終わり三軒茶屋」と『リクエスト・カバーズ』の「つぐない」。ねっ、同じでしょ。しかも「三茶」のほうはちょっぴりタンゴっぽくもありますよね。

あるいは、こういったラテン、というかはっきり言えばキューバ音楽ふうなリズム・ニュアンスを持つ歌謡曲はとっても多く、日本歌謡界の最大潮流といってもさしつかえないほどなんで、だから美咲の新曲がこうなっても特段どうっていうことないとも言えます。まあ実際ホント多いですよね。みなさん意識せずに耳に入れていると思います。

美咲の新楽曲「恋の終わり三軒茶屋」のぼくにとっての最大の魅力はこういった部分なんですね。テレサ・テン路線で、しかもラテン・テイストな、すなわち「つぐない」と同傾向であるっていう、そんなところです。リズムの色彩感がたまらなく大好きです。またさらに、テレサといえば、今回の美咲の新発売曲のなかには「別れの予感」がありますよね。

これはラテン・テイストな曲ではありませんが、別な意味でとても新鮮です。というのはさわやか J-POP みたいだなあとぼくは思うんですよ。テレサの歌だから J-POP じゃなく歌謡曲なんですけど、美咲ヴァージョンのフィーリングはきわめて21世紀的な最新 J-POP ソングにしあがっていると感じています。ちょうどあのあたりの歌手たちの…、あ、いや、具体名をあげることはよしておきますが、シンガー・ソングライター系の J-POP 歌手に近い「別れの予感」と言えます。

「恋の終わり三軒茶屋」と同系の楽曲は、今回、「恋の奴隷」と「お久しぶりね」ですね。二曲ともラテンな跳ねるリズム・シンコペイションを持っていますからね。美咲自身の心性は S じゃないのかと勝手に思っているぼくですが、それで真性ドM 女の告白みたいな「恋の奴隷」を歌うのはなかなかおもしろいですね。いや、リズムのフィーリングがマジでいいんです、この奥村チヨの曲は。

小柳ルミ子(ぼく好み)の「お久しぶりね」では、リズムの跳ねかた、シンコペイションが一層強調されていますね。美咲の今回の新発売五曲のなかでの白眉、出色の一曲がこれではないでしょうか。ホント〜に魅力的。特にサビに入って「もう一度、もう一度」と歌う部分は、現場ではパパンと手拍子できるもので、そのほか手拍子を裏拍で入れたり休符を入れたりしてリズムに陰影を付けられるのが最高に楽しいのです。

残る「あなた」はご存知小坂明子の曲。今回の五曲のなかではいちばん傾向の異なる、熱唱歌い上げ系ですよね。この曲、しかし熱愛カップル向けみたいに思われているような気がしますが、よ〜く歌詞を聴いてください。あなたが「いてほしい」「それがわたしの夢だったのよ」「愛しいあなたはいまどこに?」となっていますよ。つまりそこに至るまでの、ハッピー・ライフを綴ったような部分は、女性主人公の(失われて叶うことのない)妄想なんですなぁ。

2019/02/17

抒情的な、どこまでも抒情的な、レー・クエン 2018

(ぜんぶ聴けます)

ここのところレー・クエン(ヴェトナム人女性歌手)は、ずっとだれかのソング・ブックを歌っている。一枚の新作につき一人といった具合で。いつからそうなったんだっけ?2014年作『Vùng Tóc Nhớ』がヴー・タイン・アン曲集だったあたりから?もう忘れちゃったけど、この路線でほぼずっと来ている。しかもその2014年作を最後に、CD パッケージが豪華なトール・ボックス仕様となった。

2018年新作『Trịnh Công Sơn』ではさらに、前作同様、一曲につき一枚づつ歌詞が印刷された綺麗なポスト・カードのようなものが封入されていて、それにはレーの美しい姿もプリントされたカラフルさで、(CD パッケージ全体も)豪華で贅沢のひとこと。『Trịnh Công Sơn』は12曲だから12枚。なかにはここで歌われている作家の写真を見上げているショットもある。

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2018年新作『Trịnh Công Sơn』で取りあげられた作家はチン・コン・ソン。そのままアルバム題になっている。このこともずっと続いている傾向だ。続いているといえば最大のものは、レーのこのあまりにも濃厚で抒情的な歌い口だ。これこそレーをレーたらしめている最大の特長。このおかげで、悪く言えばどのアルバムも同じ重苦しさに聴こえ、いっぽうファンにとっては変わらぬ情け深い味わいを楽しめて極楽となる。

サイゴンで活動したチン・コン・ソンには反戦歌などプロテスト・ソングみたいなものもあるそうだけど、レーがそういった歌をやるわけないので、2018年作『Trịnh Công Sơn』でとりあげているのは、もちろんラヴ・ソングばかりだろう。ヴェトナム語の歌詞の意味は聴いてもわからないが、そうに違いないというフィーリングは、聴けば全世界が納得する。

2014年作以来ずっと変わらないレーのこの濃厚抒情歌謡路線、ヴェトナムではボレーロと称される種類のもので、必ずしもキューバやスペインのボレーロと関係なさそうだけど、同国の女性歌手がこんな感じのラヴ・ソングを雰囲気を出してやっているのをくくってそんな言いかたになっているのだろう。レーの2018年作『Trịnh Công Sơn』でも同じ。

この重たく湿度の高い空気感、高域よりも中低域で漂ってひきずるようにフレーズをひっぱりまわす歌いかた。レーはなにも変わっていない一貫性で、ぼくみたいなレーのファンはこれが聴けたら大きく安堵のため息をつき、この世界観にどっぷりと身をひたすことができ、快感だ。反面、苦手とするかたがたは苦手だろうなあ、こういったちあきなおみのような濃厚抒情歌謡世界は。

このへんはたんなる好みの問題だから、いい悪いなんてない。ぼくはレーのこのハスキーなアルト・ボイスが低音域中心で重たく湿って漂うように歌いまわすのがたまらない好物なんだ。気持ちいいんだよね。でもこの2018年作、軽いラテン・タッチだってなかにはある。たとえば7曲目「Dấu Chân Địa Đàng」はわりと鮮明なラテン・リズムを使ってある。

それでも軽妙な感じにはつながらず重たいまななのがレーのレーらしさだけど、ぼくは好きだよ、こういった持ち味とフィーリングと表現法。ラテン・リズムはほかにも随所で(隠し味的にでも)活用されていて、はっきり言えばキューバの特にアバネーラと、ブラジルのボサ・ノーヴァのふたつの応用だけど。う〜ん、この二種の全世界的拡散浸透力には驚くねえ。

全体的には、やはりやや大げさな大映の昼ドラのサウンドトラックみたいなレーの2018年作『Trịnh Công Sơn』なんだけど、「サイゴン暮色とでも言いますか、抒情と憂いが混じり合ったようなチン・コン・ソンのスロー・メロに乗せ、ゆったりと弧を描くような歌声を、いつものあの節まわしを、独特なアルト・ヴォイスで聞かせる」(© エル・スール原田さん)ということになるだろうか。クオリティの高さは安定して維持しているしね。

2019/02/16

すばらしく完璧だった岩佐美咲、新曲発売イヴェント、2 days in 東京

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2月13日に発売されたばかりの岩佐美咲の新作 CD 三種類はもちろん(たくさん)買っています。ですが、まだちっとも聴けていません。なぜならば、発売キャンペーンに馳せ参じるべく、2月12日から都内のホテルにいるので、部屋に再生装置を借りてくるか、聴ける場所に CD を持っていくかしないとダメなんです。でも、キャンペーンの現場 BGM で延々ループ再生状態なので、すでにすっかり聴いちゃったような気分なのがいけませんねえ〜。

すでに聴いちゃったようなといえば、でも実際そうなんです。それも美咲のなま歌でね。とくに美咲ファンじゃないかたもお読みになる可能性をふまえ、いちおう書いておきます。美咲のニュー・シングル「恋の終わり三軒茶屋」が、ついこないだ2019年2月13日に発売されました。美咲のためのオリジナル新作曲「恋の終わり三軒茶屋」と、カップリングで四曲「別れの予感」「あなた」「お久しぶりね」「恋の奴隷」が収録されています。

それで発売記念のイヴェントというかキャンペーンがどんどん行われるわけですが、そのうち最初の二日間、四回に参加したというわけです。今回はなにかあるぞと、1月26日のソロ・コンサートで新発売予定の五曲を聴いたときから、なんらかの勘が働いていました。それで急遽参加しなくちゃ!という気持ちになったのです。これに行かずしてどれに行く!?とね。以下は現場におき自分でメモしたセット・リストです。

2月13日
・音のヨーロー堂(浅草)
1. 鯖街道
2. 瀬戸の花嫁
3. お久しぶりね
4. 恋の終わり三軒茶屋

・アキバ・スクエア(秋葉原 UDX)
1. 無人駅
2. 恋するフォーチュンクッキー(演歌 ver)
3. 別れの予感
4. 恋の終わり三軒茶屋

2月14日
・音曲堂(小岩)
1. 鯖街道
2. 東京のバスガール
3. あなた
4. 恋の終わり三軒茶屋

・タワー・レコード浦和店
1. 初酒
2. 虹をわたって
3. お久しぶりね
4. 恋の終わり三軒茶屋

まだ聴けていないんだから新作 CD の話はできません。がしかし、新曲発売にあわせ都内や近郊で行われている岩佐美咲のキャンペーンの初動に駆けつけて、実際に美咲のなま歌で、「恋の奴隷」以外をすべて体験できましたので、その姿を記しておくとします。いやあ、マジほ〜んとすんばらしかったんですよ〜。やはり年に一回の(カウントされる)ソロ・コンサートと、それからこれも年一回の新曲発売記念イベントは、美咲自身の気持ちが乗っていますね。すばらしさがまったく違います。

結論から言って、上記16歌唱はほぼすべて完璧な絶品でした。こないだ1.26のソロ・コンサートのへんから実感していたんですが、美咲は最近グンと大きく成長しました。どこにそれを感じるかというと、なによりもその声の質です。いままではわりとアイドル出身歌手らしい素直なキュートさがメインだったと思うのですが、2.13、2.14に聴いたら、可愛らしさはそのままなんですが、大人らしい落ち着きと色気と艶と張りと伸びがグンと増していました。

しかも、ナチュラルさはまったく失っていないどころか、そんな自然体歌唱法にいっそう磨きがかかったという印象の二日間でした。特にワン・コーラス終わりで声を伸ばしながらスーッとデクレッシェンドしていくあたり、これ以上ない声の美しさでした。過去楽曲で大きな進歩を聴かせ(だから、いままでのヴァージョンでは物足りなく感じてしまうと、ホテルの部屋で聴きながら思っています)、新発売楽曲ではまだ聴いていないので楽しみがふくらみました。いやあ、ここまでの歌手になっているとはねえ。

歌唱技巧という点でも、もはや現在の日本歌手のなかでもトップ・ランクにまで到達しているのは間違いないと、これも二日間で実感しました。まず、計16歌唱、音程を外すということが一瞬たりともありませんでした。ライヴでですよ。ふらつきやあいまいさすらぜんぜんなく、あらゆるすべての瞬間でピッチが正確でした。いくら美咲でもなま現場ではいままで揺らぐこともあったのです。それがきれいに消えていました。

音程がきわめて正確なばかりか、たとえばワン・コーラスの歌い終えで高音部になるとき、あれはファルセットに移行しているときがあると思うんですが、「思うんですが」というのは、一瞬そうとは気づかないんです。これはすごいことですよ。地声とファルセットはふつうの歌手では声の色が異なりますからね。ところがこの二日間の美咲は、ファルセット移行時に声のトーンをほぼ変えずに、きわめてスムースにすっと上昇するのです。最高級の巧さじゃないでしょうか。美咲を聴き慣れていないかたなら、ファルセットだと気づかないと思います。

2.13、2.14では、フレイジングにも特に誇張も強調もなく、抑揚も大きくなく、ふつうに歌メロをナチュラルに歌っていて、だからわざとらしさがぜんぜん感じられず、きわめて素直で自然なフィーリングで美咲は歌っていました。それなのに、客席にいるぼくたち聴き手のメンタルにこれ以上ないしっかりした印象を残すあざやかさだったんです。こんな芸当ができる歌手が、いま現在の日本で、ほかにいるのでしょうか?美咲こそナンバー・ワンじゃないでしょうか?

昨年11月の四国での歌唱イヴェントの記事を書いた際、やはりこういったなま歌現場ではアピールしないといけないから気持ちが入って、フレイジングを工夫してやや大きめに抑揚をとったり表情が豊かになるんですね、という意味のことを書きました。しかしこの二日間、2.13、2.14ではまったく違ったイメージです。現場でのなま歌唱であるにもかかわらずナチュラル・メイクな(あるいはすっぴん?)歌表現で、素材(歌)のよさをそのまま活かすように自然に、ある意味軽くすっと声を出し歌っていましたからね。

そんな軽くすっと出した声に、あんなキラキラした色艶がこもっているのですから、これはもう、岩佐美咲という歌手本来の持ち味がそこまで上昇している、歌手として大きく成長しているというなによりの証拠じゃないでしょうか。ぼくはそう考えています。今2019年に入ったあたりから美咲は変貌しました。成長を遂げました。巧さと表現力に深みをグンと増しました。

観客の反応からもそれはわかりました。たとえば浦和でのイヴェントは、店内の小スペースでのもので、タワレコさんも営業中で関係ないお客さんもたくさんいるということで、いつものようにレスポンスできず、「わさみん」コールはなし、掛け声もほぼなし、拍手も控えめで、というものでしたが、美咲が歌い終えると、オオォ〜という反応が客席に自然に湧き、思わずという感じで自然発生的に拍手が起こっていましたからね。すなわちいつもの<応援>ではなく、歌があまりにもすばらしすぎたため拍手してしまうという感じだったんです。2.14 タワレコ浦和店での美咲は神がかっていましたねえ。

こんな美咲の歌の姿、2.13、2.14と二日間で計四回16歌唱聴けた岩佐美咲こそ、この歌手の真の姿、真のすばらしさなのか、しかもそれが普段着なのと思うと、愛媛に住んでいてなかなか足を運べないぼくはなんだか悔しい思いすらありますが、ここまで見事な美咲を聴いちゃったら、またちょくちょく、は無理にしても可能な範囲で上京せざるをえないでしょうね。やはりホーム・グラウンドでの歌はリラックスした状態で声のよさがすっと出せるんでしょうね。そんな気がしました。

さあ、もうすぐホテルをチェック・アウトしなくてはなりません。自宅に戻って新発売の CD 三枚を聴くのがおおいに楽しみです。特に「恋の奴隷」(奥村チヨ)はなま歌で聴けませんでしたしねヾ(๑╹◡╹)ノ。

2019/02/15

パリのブラウニー(3)〜 歌こそは君

(今日の文章は定説をなぞっただけになりましたので、お読みいただく価値はありません)

『ザ・コンプリート・パリ・セッションズ Vol. 3』の聴きどころは、やはりなんたって大半を占めるワン・ホーン・カルテットもの。それを Spotify でさがすと、これまたマスター・テイクしか見つからなかった。がしかしそれでじゅうぶんかもしれないね。ブラウニーほどの天才でも別テイクでさほどの差は聴けないからだ。じゃあチャーリー・パーカーみたいなのは天才というよりやっぱり分裂症?これは関係ない話だった。

ブラウニー1953年パリ・セッションのハイライトは、おととい書いたようにぼくのなかではビッグ・バンドによる「ブラウン・スキンズ」2テイクスなんだけど、一般的にはこのカルテット演奏六曲こそ白眉だろう。朗々とブラウニーが吹きまくるジャズ・トランペットの醍醐味をこれでもかと満喫できるんだから、ぼくだってこの見方に異論はない。

1曲目「ブルー・アンド・ブラウン」出だしの無伴奏パートから、はやくもこのブリリアントな音色がきわだっているが、その後リズムが入ってきてからでも、あるいはこのパリ・セッションに限った話じゃないけれどいつでもブラウニーのサウンドは、歯切れいい。きわめてよすぎると言いたいくらいなもんで、ちょうど滑舌良好なアナウンサーの実況でも聴いているような快感。ブラウニーのばあい、たぶん、タンギングが見事だからなんだろうなあ。

「ブルー・アンド・ブラック」は自作ナンバーだけど、このワン・ホーン・カルテットのセッションでは、このときの一連のパリ・セッションズの音楽監督だったジジ・グライスがいないためコンポジション/アレンジで頼れず、したがって有名スタンダードを選曲しているのもかえってなじみやすいところ。このへんもカルテット・セッションの人気が高い一因だね。

2曲目「アイ・キャン・ドリーム、キャント・アイ?」も文句なしだが、ぼくが好きなのはその次の「ザ・ソング・イズ・ユー」。これはたんにジェローム・カーンの書いたこの歌のことが大好きだからっていうだけのことかもしれないんだけど。それをブラウニーみたいなトランペット・シンガーがやってくれて、うれしいってだけかもね。でも、すごくいいじゃん、この演奏。まったく一毛の破綻もなし。完璧すぎる。

ファンが多いのは、その次の二曲「カム・レイン・オア・カム・シャイン」「イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング」だよね。たしかにこのふたつも文句のつけどころがない。特にリチャード・ロジャーズの書いた後者かな、あまりにも見事な歌心の権化ぶり。まさに歌こそは君。これはブラウニーのためにあることば。

2019/02/14

パリのブラウニー(2)〜 あんがいビックス的な

(『ザ・コンプリート・パリ・セッションズ Vol. 2』をネットで探すと、マスター・テイクしか見つからないです)

ところで、ジジ・グライスのやわらかいアルト・サックス・サウンドって、クリフォード・ブラウンのトランペット・サウンドとの相性がとてもいいと思う。ブラウニーらのパリ・セッションのお膳立てをしたのは、ライオネル・ハンプトン楽団の公演で彼の輝かしいトランペット・サウンドに感動したアンリ・ルノーだったとのこと。アンリはセッションにも参加し活躍しているが、ジジをくわえたのは大正解だった。音楽監督役をお願いしたということもあったろうけれど。

そんなことが『Vol. 2』の大半を占めるセクステット録音でもよくわかる。「マイノリティ」でも「サルート・トゥ・ザ・バンド・ボックス」でも、ブラウニー&ジジ・グライスの二管の響きがとてもいい(六人なのはリズム隊が四人なため)。テーマ演奏部のアンサンブルはどうってことない気がするが、ソロ・パートになり、まずジジが出て、二番手でブラウニーが出た瞬間に世界が輝きはじめるのだった。むろん、ジジのソロだっていいよ。

1953年10月の録音だけど、ブラウニーはすでに文句の付けどころがぜんぜんない。完璧に完成されている。唇や舌を使う技巧にしてもそうだし、音色だってブリリアント、そしてフレイジングはどの曲のソロでも歌心満点で、しかも、前日も書いたようによどみない。スラスラと、あまりになめらかすぎると嘆きたくなるほどスムースかつ自然にソロ・フレーズが組み立てられている。しかも微細な部分までデリケートに神経が行き届いている。

ここまでのジャズ・トランペッターが史上ほかにいたのか?と問われれば、たったひとり、1920年代後半のサッチモ(ルイ・アームストロング)がその上を行っていた。こっちのほうはいまやほとんどだれも言わなくなってしまったので、声を大にして再度強調しておきたい。1925〜28年のサッチモを超えうるジャズ・トランペッターなど、出現しえない。

それはいい。パリのブラウニー。『Vol. 2』では、たとえば「マイノリティ」なんかもかなりいいよね。これは曲がいい。というか特にコード進行の流れと、イントロ部のリズムが魅力的。イントロ分でラテン・リズムが使ってあるのは、ブラウニーの初録音、1952年、クリス・パウエル楽団での二曲を思い出すようなところ。でもパリでの「マイノリティ」ではイントロが終わってテーマ演奏部になると4/4拍子になってしまう。

ところがそうなったら今度は中近東音楽ふうなトーナリティを感じるようなコードとメロディ展開で、それはソロ部において必ずしも活用されていないが、なかなかおもしろいんじゃないだろうか。ジジとブラウニーのソロもよく聴かせる見事なものだ。三つのテイクがあるんだけど、全体的にはやっぱりマスター・テイクがいいかなという気がする。ブラウニーのソロだけに絞ればテイク2のほうがいいかも。

「サルート・トゥ・ザ・バンド・ボックス」のテーマ演奏部ではジジのアレンジもかなりいい。ブラウニーのソロにはやはりケチの付けどころもまったくなし。「ストリクトリー・ロマンティック」のようなラヴ・バラードふうのもの、やはり急速調の「ベイビー」なんかでもスーパーだ。また、この二曲ではテーマ演奏部におきブラウニーとジジが、二管アンサンブルではなく、からみあいながら進むあたりのアレンジも楽しい。こういうのを聴くと、最初に書いたようにこの二名の音色はよく混ざり合う相性のよさがあるなあと実感する。

オーケストラでの二曲「クイック・ステップ」「バムズ・ラッシュ」と、ジャム・セッションの「ノー・スタート、ノー、エンド」のことは、具体的には省略するけれど、ここでも聴けるブラウニーのトランペットの味は、ある意味、ビックス・バイダーベック的でもあるなと思うんだよね。音色の面では似ていない(ブラウニーもやはりサッチモ系のマチスモ)が、フレイジングの組み立てや、それからパキパキポキポキっていう、このなんともいえないアタック音、それがビックス(系コルネット奏者)にとてもよく似ている。

つまりは、ブラウニーって、ジャズ・トランペット界の先輩偉人たちのいいとこ取りだったなあって思うんだ。究極の完成形っていうかね。そんなところも、パリ・セッション二枚目でわかる。

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