2019/07/22

モニターを聴く、わさみんやマイルズや

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わさみん(岩佐美咲ちゃん)の歌唱イヴェントに行くと、握手しておしゃべりできる特典会で、その日のモニター・スピーカーの話をよくします。歌手でも楽器奏者でも、ライヴのときの音楽家はモニターがないと伴奏が聴こえない、ってことはないけれど聴こえにくいので、やりにくいはずですよね。大晦日の NHK『紅白歌合戦』なんかをじっくり観ていても、最近は無線型イヤフォン・モニターも増えてきているんだなとわかりますが、やっぱりまだまだケーブル付きスピーカーがほとんどでしょうし。CD 収録などスタジオではヘッドフォン着用が一般的だと思います。

 

音楽にとても興味があるとか、歌手、演奏家、その関係者であるとか、そういったことじゃないと、ライヴ・ステージ上にあるモニターの存在になかなか目を向けることがないかもですが、いままでお気づきでなかったみなさんも、次回の現場で注目してみてください。上の写真は2018年2月の恵比寿での岩佐美咲ソロ・コンサートで撮った一枚です。わさみんの前に大きな黒いスピーカー様のものが見えるでしょう、それが跳ね返りモニターです。ステージにいる歌手や演奏家は、それで伴奏を聴いて歌ったり演奏するんです。

 

わさみん現場ではモニターが必ずしも跳ね返り型でないこともあり、こないだ6/30広島祇園の現場では、左右にある観客向けスピーカーの隣にもうワン・セット、ステージ内側を向いたスピーカーがあって、それがわさみん用のモニターでした。その日も特典会でモニターの話をしましたが、その日もそれ以前もわさみん本人いわく、まったくモニターがないこともあるそうで、そんなときはメチャメチャ歌いにくいはずと素人なりに思います。

 

二月の浅草ヨーロー堂さんだったか小岩音曲堂さんでは、いちおうステージ前方に跳ね返り型モニターがあったものの、通常の左右二個セットではなく一個だけ、しかもなんだかはしっこのほうに置かれていたんですね。わさみんはちょっとだけオケを聴きにくかったかもしれないですけど、あの二日間とも歌は完璧でしたので、もはや問題にしない域にまで達しているのかもしれません。

 

まったくどこにも、どんなものでも、モニターがないばあい、6/30のわさみんいわく、お客さん向けに音を出しているそのスピーカーから流れる同じ音を自分も聴きながら、あわせて歌うんだとのこと。わさみんはステージ上にいて、観客用のスピーカーはもちろん客席のほうを向いていますから、歌手本人はオケを聴きとりづらいんじゃないかと想像しますが、わさみんも聴きにくいと言っていましたねえ。モニターがなにもないときは、やはりちょっと困ると。

 

しかし考えてみたら、わさみんのコンサートでは客席をまわりながら(握手したり写メにおさまったりしながら)歌うコーナーがあることも多いですよね。客席にはもちろんモニターなんかありません。無線型イヤフォン・モニターも装着していません。ってことは、ああいったラウンド・コーナーでのわさみんは、ぼくたち観客が聴いているのと同じ音を聴きながら歌っているということです。客席をまわっている時間ですから、モニターがないばあいのステージ上とは違って、歌手もそんなに音が聴こえづらいってことはないのかもしれないですね。今度チャンスがあったら本人に話を聞いてみましょう。すくなくともラウンド・コーナーでのわさみんの歌も見事です。

 

ともあれ、ステージ上で歌ったり演奏するばあいはモニターがないとやりにくいものなんです。伴奏がちゃんとしたバランスで聴けなかったら演唱できないですから。

 

この件でぼくがよく思い出すのは1981年復帰後のマイルズ・デイヴィスのことです。くわしいことは省略しますが諸事情あって、復帰に際しマイルズは、トランペットのベルの前にマイクを取り付け音を拾い、それをトランペット本体に付けた小さな装置から電波で飛ばすということになりました。とにかくステージ上を自由に歩きまわりながら吹けるようにしたかったのです。

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あの当時、ぼくは意識していなかったんですけど、ステージ上手から下手までくまなく歩きながら吹いていたマイルズは、いったいどうやってバンドの音を聴いていたのでしょう?バンド連中が音を聴くためのモニターはそれぞれの前にありました。でもボスは自由に歩きまわりながらトランペットを吹くわけですので(だいたい袖から吹きながら登場しますから、ある時期以後は)、マイルズ用の据え置き型モニターなぞ無意味です。本人の弾く鍵盤の前か横にはあったかと思いますがね。

 

たぶんですけど、ステージの左右脇に設置されていた観客用の PA スピーカーから出る音を、マイルズはステージ上でキャッチしていたはずだと思うんです。ステージで演奏される生音を聴いて、なわけありません。ギターやベースはエレクトリックですから。それらの音は、しかしステージ上にあるギター・アンプやベース・アンプが出す音をボスも聴いて、それであわせていたという可能性もありますよね。う〜ん、どうだったんでしょうか。

 

このあたり、マイルズのインタヴューはかなり読んだと自負しているぼくですけど、だれも触れたことがないんです。すくなくとも読んだことがありません。ぼくの興味の持ちかたが異常なんでしょうか?いや、ぼくもマイルズの存命中はほとんど意識したことのないテーマでした。ホント、どうだったんでしょう?1981年復帰後のマイルズはライヴでステージ上を歩きまわりながらどうやってバンドの出す音を聴いていたのでしょう?

 

関連で思い出すのは、1983年のマイルズ・バンド大阪公演。この年はギル・エヴァンズ・オーケストラとのジョイント・コンサートでしたが、二部のギルのバンドにはギターのハイラム・ブロックがいました。大阪はハイラム生誕の地。中之島フェスティバル・ホールの客もそれをよく承知していました。気分が上がったのか、ハイラムはぐるぐると観客席を歩きまわりながら(客をいじりつつ)長尺のソロを弾きまくったんですね。あのときのハイラムもやはり観客用の PA スピーカーの音を聴いていたのでしょうか。それしか考えられないですねえ。

 

音楽ライヴは人類史と同じ歴史があるわけですけど、電気技術などたかだか近年の発明なわけで、ですから長らく人類はモニターだとかスピーカーだとか、イヤフォンやヘッドフォンなども、そんなものがないまま何千年もライヴ・コンサートをやってきたわけですよ。その姿は、いまでも伝統的クラシック音楽(妙な言いかたですが)のコンサートで垣間見ることができます。モーツァルトとかベートーヴェンとかの演奏会では、演奏者も聴衆も、いまでも生音だけを扱っているんですよ、大きなコンサートでも。

 

クラシックじゃない音楽でも電気発明前の長いあいだ、人類は仲間の演奏するアクースティック・サウンドだけをじかに耳にしながら歌ったり演奏したりしてきたわけです。19世紀の大規模一般市民階級の台頭までは音楽ライヴの規模も小さかったので、小規模な生音演唱だけでじゅうぶんでした。ステージ(というかなんというか)の歌手や演奏家たちも、互いの音を互いに聴きながら、つまりモニタリングしながら、自分の歌や演奏をあわせて(あわせなかったり)乗せていくのは、そんなにむずかしいことではなかったのかもしれないですね。

 

話をわさみんというか演歌歌手に戻しますと、ベテランの超実力派ともなりますと、ライヴ・ステージ上にいてオーケストラを背後に置き、それが演奏しつつ、跳ね返りのモニター・スピーカーもなしで、完璧な歌を聴かせるひともいるみたいです。八代亜紀さんがそうらしいですよ。そんなにまでなれば、もはやなにがなんやら、凡人には理解できないですよねえ。

2019/07/21

パット・マシーニーの挑戦作『イマジナリー・デイ』

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https://open.spotify.com/album/0h3GpqEpPx8d0kd0ZfRRCf?si=_2LH6W_bQ-6yfTuqEyn4_Q

 

パット・マシーニー・グループ1997年の意欲作『イマジナリー・デイ』(ワーナー)。といっても CD ジャケットもブックレットをふくむパッケージングのどこも、ぜんぶこの象形文字しか記されておりませんので、だから現物では確認がむずかしいですのでネットで、あるいは Spotify で、それもネットか、ともかくそんなことでアルバム題や曲題など確認しております。いちおうブックレットの内側に一曲ごとにメンバーがなんの楽器を担当しているかはアルファベットで記載があって、なんとか助かりました。

 

で、『イマジナリー・デイ』。意欲作というか大作というか、まずオープニングの1曲目「イマジナリー・デイ」が流れてきただけでオオォ〜ってなりますよね。それまでパットの音楽とはかすりもしなかったイラン(ペルシャ)音楽なんですもんね。パットはどうして突然イラン音楽に接近したのでしょうか。そのへんわかりませんが、アメリカのジャズ・ミュージック方面からイラン音楽との合体を試みた作品もなかなかないなと思います。

 

曲「イマジナリー・デイ」こそがこのアルバムの目玉だとしていいはずです。この約10分間の壮大な音絵巻は何部かに分かれています。パットの使用楽器もそのたびに替わり、最初フレットレスなクラシカル・ギターですが、その後ギター・シンセサイザーに持ち替えたりなどしています。また、この曲にはおなじみのヒューマン・ヴォイスが入りません。これもグループ名義の主要曲としては珍しいことです。

 

ヒューマン・ヴォイスといえば、続く2曲目「フォロー・ミー」では活用されていますね。アルバム『イマジナリー・デイ』ではこの曲とあとちょっとだけなんです。「フォロー・ミー」はパット・マシーニー・グループの従来路線っぽいワン・ナンバーで、おなじみの曲想とサウンドですが、アルバムで少ないっていうことは、なにかの終焉を感じないでもないですね。パットの弾くテーマがハーモニクス音で構成されているのが、なんとも切なさ満点です。

 

その次の3曲目「イントゥ・ザ・ドリーム」もワールド・ミュージック路線。やはりイラン音楽にインスパイアされたものみたいですね。これはパットのギター独奏で、42弦のピカソ・ギターを活用しています。これはたぶんオーヴァー・ダブなしの一発演奏じゃないでしょうか。めくるめくような響きがして、しかも静謐で美しいですよねえ。いやあ、すばらしい。

 

一曲飛ばして5曲目の「ザ・ヒート・オヴ・ザ・デイ」。これはまずちょっとフラメンコっぽい感じがします。イラン(ペルシャ)音楽とはちょっと違うと思うんですけど、どうしてここでフラメンコが出てくるのでしょう。ハンド・クラップの使いかたももろフラメンコ調で、リズムのぐるぐるまわる感じとか、完璧にアンダルシアの音楽です。これも複数部構成になっていて、途中でやや静かなパートもあります。ギター・シンセサイザーのパート以後は、グッと来る高まりと感動がありますね。胸に迫るというか、そこではヒューマン・ヴォイスが効果的に使われています。

 

6曲目以後には、ここまでのようなおもしろさが薄いように思います。でもいわゆるジャズ・フュージョンとか、はたまたギター・ロックだとか、そういった方面から聴けばなかなか完成度の高い良質な音楽ですね。アルバム『イマジナリー・デイ』全体では意欲的な挑戦作といった趣ですからイマイチですけど。でもラストの「ジ・アウェイクニング」とか、相当いい内容に違いありません。アルバム全体がこうですから、ファンが離れたかもしれない一枚かもですね。

2019/07/20

ぼくにとってのサリフ『ソロ』

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https://open.spotify.com/album/62DPGNE8CtgV8OKT8BUzZG?si=kWrBgX1VS620pMdgHDrpgg

 

サリフ・ケイタについても代表作『ソロ』(1987)についてもたくさんのことばが重ねられていますので、ぼくはぼくで自分の好きな部分についてだけ個人的なメモを記しておいたのでいいでしょう。まずは2曲目「ソロ(アフリキ)」。これ、も〜う本当に大好きな曲なんですね。たぶんアルバム『ソロ』のなかでのぼく的 No.1がこれですよ。

 

曲「ソロ(アフリキ)」は三部構成。出だしのパート1も好きです。このミディアム・スローなグルーヴがなんともいえず心地いいです。女声コーラスはいかにも西アフリカ的といえるもので、だいたいがマス・クワイア好き人間であるぼくには、最初からなじめた部分です。サリフのヴォーカルについてはぼくが書くことなどないはずです。バックでキーボードが細かく刻んでいるのが印象に残りますね。

 

もっと好きなのが、3:15 〜 3:18 のブレイク以後のパート2です。ホーンズがいきなり咆哮し、リズムが強くビートを打ちはじめます。そこからがマジで大好きなんですね。この強いビート感、グルーヴにぞっこん参っているわけなんです。終盤でもう一回曲想がチェンジして落ち着いた感じになりますので、その前までのこのパート2が、ぼくの大好物です。女声コーラスもサリフもいいですが、ぼくが好きなのは(キーボードをふくむ)リズム・セクションです。

 

リズム隊といえば、いまブックレットを見返していてはじめて気がついたんですけど、このアルバム『ソロ』でもエレベはミシェル・アリボーなんですね。ぜんぜん知りませんでした。当時見ていたはずですけど、だれだかピンと来るはずもなくそのままになっていたんでしょう。サリフの作品では後年の『ムベンバ』でもミシェルでしたし、関係が深いのかもしれないですね。

 

一曲飛ばして4曲目の「シナ(スンブヤ)」。この曲のリズムは、2曲目「ソロ(アフリキ)」のパート2のそれによく似ています。ほぼ同じといってさしつかえないでしょう。こういったビート・タイプは当時のサリフやマリ音楽、あるいは西アフリカのなかによくあったものなのでしょうか。もうホント快感で、聴いていて気持ちが昂まるのに落ち着いてリラックスするっていう、なんだかそんな不思議なフィーリングです。

 

そんなこのリズムは西アフリカ、マリといった部分だけでなく、かなりヨーロッパ的、西欧大衆音楽的であるとも言える気がするんですね。すくなくとも楽器編成やアンサンブル手法や、できあがりのサウンドを聴いての印象など、米欧ポップ・ミュージックのそれだと言えます。アレンジャーがヨーロッパ人なんですけど、しかし欧州的とも断定できないし100%アフリカ的でもないっていう、その中間的というか半々のせめぎあいのなかでできあがったものかもしれません。

 

また一曲飛ばしてアルバム・ラストの6「サンニ・ケニバ」。これはスローでゆったりしたグルーヴ・タイプを持つ曲ですけど、このリズムやサウンドも大の好みなんですね。サリフのヴォーカルも落ち着いた感じで、鋭く突き刺し威嚇するといった部分は小さいですけど、それでも彼ならではの威厳をまとった近づきがたさを聴かせていますよね。

 

こういった威厳、高貴な近づきがたさ、サリフだけでなく、たとえばアメリカのアリーサ・フランクリンなどにも感じるものなんですけど、だからこそかえっていっそう親近感が増すと言いますか、妙なことかもしれませんが、ぼくのなかでは尊敬が親愛に重なっていく部分が間違いなくあるんです。

2019/07/19

『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』は名盤だ(何回目)

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https://open.spotify.com/album/6QV1iyREyud3AGQZxf8Yt7?si=VQ2wZ4cfR1S14j4VCuXYDg

 

いままでもくりかえし言っているんですけど、いっさい無視されたままですし、日本でもアメリカでも世界でもそうなんで、だからこれからもくりかえし言わなくちゃいけません、認知されるその日まで。マイルズ・デイヴィスのプレスティジ盤『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン(クインテット/セクステット)』は、隠れた名盤ですよ。隠れも隠れ、いままでどなたも一度も言ったことがありませんし、ジャズ・ファンの話題にのぼったことすらないですからね。でも内容は極上なんです。

 

極上なのに名盤と言われたことがないのは、たぶんジャズ史的な意味合いが1ミリもないからでしょうねえ。たしかに歴史を変えたとかなんとか、そんな音楽ではぜんぜんありません。そんな世界とはかすりもしません。ですけどねえ、あなた、そんなことばかりに価値を置いて音楽(いや、ジャズのばあいだけ?)の良し悪しを判断するなんて、なんたる貧乏な考えかたでしょうか。くつろげるリラクシングな上質ジャズだって、その上質さに折り紙がつけば、名盤と呼んでいいはずですよ。

 

『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』のメンバーは、いわゆるオール・スター編成で、弱小インディペンデントのプレスティジとしてはかなり張り切った企画だったんじゃないかと思います。録音日の1955年8月5日というと、マイルズはすでにファースト・レギュラー・クインテットを結成していて(この日付だとサックスがソニー・ロリンズ)ライヴ活動もやっていたんですが、そのワーキング・バンドを起用せずにオール・スター編成にしたというわけですね。

 

最大のスターはなんといってもやはりミルト・ジャクスン(ヴァイブラフォン)でしょう。アルト・サックスのジャッキー・マクリーンも1955年なら若手実力派として人気が出ていたころです。マイルズはミルト、ジャッキーともに、もっと前から自分のレコーディング・セッションで起用していますよね。その成果もグッドなので引き続きということだったのでしょう。

 

リズム・セクションも特筆すべき編成です。レイ・ブライアント(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)。アートはこのころプレスティジ・レーベルのハウス・ドラマーのような位置にいました。パーシーはミルト同様 MJQ から(プレスティジのセッションでは多いケース)。しかしピアノのレイこそ、このセッションのキー・マンなんですね。

 

ブルーズに土台を置くしっかりとした素養を持ちながら、ドライヴするビ・バッパーであり、かつ(やや女性的に)繊細に、デリケートに、リリカルに演奏できるレイ・ブライアントは、ちょうどこの当時マイルズが進もうとしていた音楽の方向性とピッタリ一致する資質のピアニストです。実際、このアルバム『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』でも、決してソロ時間は長くありませんし目立ちませんが、各人の背後での堅実なサポートぶりには目を(耳を?)見張り(聴張り?)ます。ソロもいいです。

 

そんなような資質のモダン・ジャズ・ピアニストといいますと、トミー・フラナガンもいますよね。トミーもマイルズといっしょにやればちょうどいい旨味に仕上がるというのは、やはりプレスティジ盤である『コレクターズ・アイテムズ』B 面で証明されていること。それなのにトミー・フラナガンといいレイ・ブライアントといい、どっちもマイルズのレコーディングには一日しか呼ばれなかったのが不思議なような気もしますが、すでにレッド・ガーランドがレギュラーの座におさまっていたからでありましょう。

 

さて、『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』。「クインテット/セクステット」のことばがアルバム題の一部になることもあるのは、計四曲のうち、アルトのジャッキー・マクリーンが二曲にしか参加していないため、六人編成と五人編成の曲がふたつづつでアルバムが構成されているからです。1955年8月5日にはその四曲しか録音されていませんが、A-1、B-1の二曲がセッションの前半部で、ジャッキーが参加したもの。ここでなんらかの理由があって帰ってしまったみたいですよ。だからほかの二曲を残された五人で仕上げたわけです。

 

アルバム最大の聴きものは二曲あるブルーズ・ナンバーです。A-1「ドクター・ジャックル」(ジャッキー・マクリーン作)、B-2「チェインジズ」(レイ・ブライアント作)。特に「ドクター・ジャックル」が絶品ですよね。かなり見事なジャズ・ブルーズ演奏だと言えます。聴き手をトリコにするマジックがここには働いていますよね。

 

「ドクター・ジャックル」のテーマ・メロディの動きを聴きますと、書き手のジャッキー・マクリーンが完全なるチャーリー・パーカー派、ビ・バッパーであると、いまさらながらによくわかります。録音された1955年8月というとバード本人はもはや死んでいましたが、バード直系の弟子格ジャッキーがこうしてその息を継いでいたと言えましょう。しかもブルーズですからね、これは。バードに結合しつつブルーズをやるっていう、つまりセッション・リーダーのマイルズの指向性とも一致する一曲です。

 

しかも「ドクター・ジャックル」で一番手のソロを取るのは、テーマを二管で演奏する二人のどちらでもなく、ヴァイブのミルト・ジャクスンです。ミルトはブルーズが大得意なジャズ・マンでありますし、1955年8月当時、このメンツのなかでは最も成熟していた旨味を持つ演奏家でした。ですから、まずミルトに一番手で弾かせ、その後各人のソロまわしが終わってテーマ合奏に戻る前にももう一回、4コーラスのソロを割り当てているわけですね。

 

しかも「ドクター・ジャックル」におけるそのミルト・ジャクスンのソロがすばらしいのなんのって、こりゃあ超絶品じゃあないでしょうか。こんなに旨味なジャズ・ブルーズ・ソロって、なっかなかありませんよ〜。しかもミルトは、この曲でソロを取るほかのだれよりも強烈にアフター・ビートを効かせています。4/4拍子で四つカウントするなかの2と4に強い強勢を置いていますよね。

 

そのおかげでジャンピーな、というかミルトのソロ部では跳ねる感覚が出ていると思うんです。レイ・ブライアントのピアノ・ソロ部でもそうですが、こういったブルーズ・ダンサーが(ジャズにあっても)いちばん好きなぼくなんか、ホッント〜ッにたまらない快感なんです。おかげでジャズ・ブルーズでもよくある8ビート・シャッフルの感覚に近づいていますしね。その点では、アート・テイラーのドラミングにも着目してほしいです。

 

アルバム・ラストの「チェインジズ」にもすこし触れておかなくちゃ。作者のレイ・ブライアント自身は「ブルーズ・チェインジズ」というどストレートな曲題で再演することも多かった一曲ですが、ちょっと奇妙に1コーラス AAB 形式12小節ブルーズの途中5小節目からはじまりますので、やや面食らいますよね。そのせいか、ストレートなブルーズくささのないナンバーです。

 

ブルージーさ、ファンキーさがないということでいえば、ミルト・ジャクスンが弾きはじめる本編開幕前に、作者自身による非常にリリカルなピアノ・プレリュードが付いていることもそれに拍車をかけています。その部分だけを聴けば、あっ、バラード演奏がはじまるんだなと、そう思いますよね。これに関連してもう一個、アルバム中この曲でだけ、ボスはトランペットにハーマン・ミュートを付けて吹いています。リリカル・マイルズの代名詞的道具ですからねえ。

 

作者本人のピアノ・ソロが三番手で出ますけど、レイ・ブライアントって、ブルーズをやるときはかなりくっさ〜いファンキーさを発揮するというのが一般的なイメージでしょう。でもそれはもっと時代が下っての、たとえばかの1972年『アローン・アット・モントルー』とかで確立されたものです。1950年代の録音を聴くと、リーダー作品なんかでも(たとえばプレスティジ盤1957年『レイ・ブライアント・トリオ』)当時のマイルズに近い、女性的でやわらかいリリカルさが前面に出ています。

2019/07/18

原田知世 / マイ・ベスト(二回目だけど)

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https://open.spotify.com/playlist/2iv3ZMahUZH4VSwKtbjDyj?si=bsWVAW2VQ3aC6up61_e1Xw

 

2019年1月28日、渋谷はNHKホールで体験した原田知世ちゃんのコンサート。昨年末にリリースされた最新作『L'Heure Bleue (ルール・ブルー)』発売記念のものでしたので、そこからのレパートリーが中心でした。ステージ上にいたした伊藤ゴローさんがお話しされていましたが、 久々のオリジナル・アルバムですが、どうもみなさんカヴァー・ソングのほうがお好きなようでと苦笑なさっていたのです。でも、ゴメンニャサイぼくもやっぱりそんなひとりで、知世ちゃん+ゴローさんのコンビで往年の歌謡曲や知世ちゃん自身の過去曲など、(セルフ・)カヴァーしたものが大好きなんですね。

 

これは理由のひとつとして知世ちゃんに出会ったタイミングというのもあるんです。ぼくが縁あって知世ちゃんをしっかり聴くようになったのは2017年のこと。ちょうど二枚のカヴァー・ソング集『恋愛小説』の1と2が直前にあって、セルフ・カヴァー集の『音楽と私』とベスト盤の『私の音楽』がその年にリリースされました。そんなときにぼくは知世ちゃんに出会ったんですね。

 

だから、そういった世界から知世ちゃんになじんでいったのは間違いないわけでして。ですから、以前自分でつくっていまでもずっとふだん楽しんでいる知世ちゃんのマイ・ベストも、ほぼそんな選曲になっていますよね。でも鈴木慶一さんプロデュース作品からも特にカッコイイと思うものを数曲入れました。ロックっぽいというか元気のいいエスノ・ポップみたいな良曲がいくつもありますから。沖縄音階を使いつつダブふうのサウンド・メイクを施してある「さよならを言いに」なんか、絶品ですよ。ムーンライダーズっぽいロック・ナンバー「月が横切る十三夜」もいいノリよくカッコイイです。

 

伊藤ゴローさんプロデュースのもののなかにも、たとえば「September」みたいなグルーヴ・チューンがあるのですが、全体的にはしっとり落ち着いた大人の静かな世界を表現しているかなと思います。好きかどうかはひとによって意見が分かれそうな気もしますよね。ジャズやある種のブラジル音楽などに親しみを持つかたがたならば、わりとすっと入っていけそうに思うのですが。

 

その際、たぶんハードルとなるのは知世ちゃんのヴォーカル資質ですよね。声量も小さいし張らないし(これはNHKホールで痛感しました)ふわっとしていて、悪く言えば「ガッツがない」。演歌歌手などにあるような強い声を張って伸ばしたりなどはまったくやりませんできません。芯の細い声質ですからね。そういった、いわば in a silent way なサウンド志向もぼくなんかはあんがい好きなんですね。どういった音楽構築を目指すかの方向性が一致すればこの上なくハマるのが知世ちゃんの声です。

 

伊藤ゴローさんと知世ちゃんとのコンビでこれだけ成功しているのは、やはりそういったことが吉と出たということじゃないでしょうか。結果としてとても魅力的なサウンドとヴォーカルに聴こえますからね。まず最初はゴローさんが知世ちゃんをチョイスしたらしいんですが、自己の音楽にどんな声がいちばんピッタリ来るかを見抜いたゴローさんはさすがです。

 

そんなゴローさん&知世ちゃんコンビでやった音楽のうち、マイ・ベストの選曲の歌謡曲カヴァーのなかでは、たとえば松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」なんか、最高じゃないでしょうか。ハープとコントラバスとソプラノ・サックスだけというゴローさんのアレンジがなんといっても切なくて見事ですが、その上に乗る知世ちゃんの声と歌いかたがぼくは大好きなんですよ。曲よしアレンジよし歌よしで、この切哀感満点な失恋ソングの最高のヴァージョンになったと思います。

 

知世ちゃん自身の過去曲のセルフ・カヴァーでは、なんといっても「時をかける少女」(2017年版)と「天国にいちばん近い島」がすばらしすぎます。前者は完璧なボサ・ノーヴァ・スタイル。失いそうで壊れそうな愛をガラスのように大切に扱うデリケートがよく表現されています。後者は坪口昌恭さんの弾くピアノ伴奏がおそろしいまでに美しくて、それで泣きそうになっちゃいます。ややハスキーに、愛する対象を美として称える知世ちゃんの声にかかるちょうどいいエコー成分が、ぼくたちのため息なんですね。

2019/07/17

1930年代のニュー・ヨーク・ルンバ(2)〜 アフロ・キューバン

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http://elsurrecords.com/2017/11/25/v-a-invitacion-la-rumba-en-nueva-york/

 

『ルンバの神話(改訂版、ニューヨーク篇)』CD2は、アントバルズとザビア・クガート楽団の音源を収録してあります。この二者でだいたいぜんぶですから、簡単にメモしておきましょう。Orquesta Antobal’s Cubans は、アントバル〜サンシャイン夫妻が、活躍した弟アスピアスの突然の引退で、新たなバンドを創立したものです。ザビア・クガート楽団は説明不要ですね。

 

このアルバム収録のアントバルズのばあい、わりとスムースなサウンドをしているなという印象があります。それでもディスク1の音源の大半よりは快活で激しいルンバなのでしょうか。カーニヴァル用の、いわゆるコンガ(音楽ジャンル名としての)も数曲あります。なぜだかぼくはコンガ好きなもんで、そういったものは本当に楽しいですね。

 

コンガじゃなくてルンバかもしれませんがディスク2の3曲目「マリアンナ」とか、いいですねえ。そのものずばりな曲題の7曲目「ラ・コンガ」も大好物です。そのほか、10「パンチョにはみんな同じ」、11「キューバの思い出」、12「ノ・セ・プエデ」あたりが個人的好物ですね。やっぱりルンバかなとは思うんですが、やや激しめのダンス・ビートが効いています。同じダンス・ミュージックでもゆったりゆるいものより断然好きです。

 

ところでアントバルズのリズムはしばしばティンバレスが表現していますよね。1930年代にここまでティンバレスを大胆活用したラテン・バンドは、アントバルズだけだったのでしょうか。もっと時代が下ってのマンボや、もっといえばサルサ・ミュージック感覚の先取りと言えるかもしれません。アントバルズでもパッとブレイクが入ってその空間にティンバレスが飛び込んだりもしますしね。

 

CD2の15曲目以後はほぼすべてザビア・クガート楽団の音源ですが、このバンドは(アスピアス楽団〜)アントバルズに象徴されるニュー・ヨーク・ラテンの粋をそのまま受け継いで、アントバルズ崩壊後のラテン音楽界を背負って立ったのだと言えましょう。ザビア・クガート楽団は知名度も高いので、多言は無用です。このアルバム収録曲は、すべてマチートかミゲリート・バルデスがヴォーカルを担当したものですね。

 

特にマチートの参加は、1930年代終盤になってザビア・クガート楽団の音楽が急充実してくる最大要因だったかもしれません。16曲目「黒人の祈り」などを聴いてもそれがわかります。17曲目は「自動車コンガ」。コンガですから大のぼく好みです。いやあ、楽しいったら楽しいな。しかもクガート楽団のコンガはポップでカラフルです。とにかく楽しい。

 

18曲目「カリエンティート」は、ザビア・クガート楽団でマチートが最も実力を発揮したナンバーかもしれません。この曲はソンなんですが、さすがはキューバでソンのバンドを渡り歩いたマチートだけあるという安定した歌いっぷりで、バンドの伴奏も躍動的でイキイキしていて、いいですねえ。また、上でも言いましたが、クガート楽団の音楽は親しみやすいポップな魅力がありますよね。そんなところも好感度大です。

 

歌手ミゲリートがザビア・クガート楽団と共演したものは、このアルバムで全五曲。もっともっと聴きたかったと思わせる充実度で、こちらも文句なしです。ミゲリートのヴォーカルはマチートよりも技巧的、でありながらよりなめらかですね。楽団の演奏もそれにあわせるがごとくの流麗さで、いやあ、聴きごたえありますね。

 

ところで、ここに収録されているザビア・クガート楽団&ミゲリートの曲は、多くをアルセニオ・ロドリゲスが書いているんですね。ここはかなり興味深いところなので強調しておきたいです。アルセニオがまだ自身のコンフントを率いるようになる前ですけど、いわゆる<アフロ>・キューバン・ソングの創出に本物の黒人キューバ人のアルセニオがかかわったという事実は、アフロの意味を逆転させるものかもしれないですからね。

 

まああんまりそんな深いことを考えなくたって、アルセニオ+クガート楽団+ミゲリートの三者合体によるアフロ・キューバン・ソングの数々は、文句なしに楽しいですけどね。このアルバムだと22曲目「ルンバに惚れた」、24「泣けよ、ティンバレス」、25「アディオス、アフリカ」がそうですよ。

2019/07/16

1930年代のニュー・ヨーク・ルンバ(1)

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http://elsurrecords.com/2017/11/25/v-a-invitacion-la-rumba-en-nueva-york/

 

以前1930年代ルンバのパリ編のことを書きました。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/1-2518.html
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/2-d92a.html

 

これらのなかで「ルンバ」という音楽用語の定義などは書きましたので、ご興味がおありならご一読ください。このときはディスコロヒア盤 CD 二枚組『ルンバの神話(パリ篇)』の話題だったんですが、もちろんニュー・ヨーク篇があります。のばしのばしにしていたそれのことを、また二回にわけて書いてみようと思うんですね。パリ篇の音源がすべてパリ録音だったのに対し、ニュー・ヨーク篇ではもちろん全編ニュー・ヨーク録音。なんたってキューバ革命前のラテン音楽のメッカはニュー・ヨークでしたからね。

 

ディスコロヒア盤『ルンバの神話(改訂版、ニューヨーク篇』(Invitacion A La Rumba En Nueva York)の CD1は、大きく言ってドン・アスピアス楽団とクァルテート・マチーンの録音が多数を占めています。簡単にメモしておきましょう。

 

ドン・アスピアス楽団によるこのアルバム1曲目が「南京豆売り」なのはわかりやすいですよね。この楽団によるこの曲の大ヒットこそ、1930年代ルンバ最大の象徴ですからね。ニュー・ヨーク録音のこれが売れたことで、アメリカ合衆国の音楽家であるルイ・アームストロングやデューク・エリントンといった大物も即座にカヴァーしたのはご存知のとおり。そのほかこの「南京豆売り」をやったひとは数知れず。とにかく多いです。

 

アルバムを聴いていきますと、ぜんぶで九つ収録されているドン・アスピアス楽団の曲に激しく快活なものは少なくて、やや落ち着いた中庸なものが多いというのが最大の印象です。そのあたりはいかにもカリブ、キューバの音楽だなと思うんですけど、ソンのギア部に相通ずるものだって感じるんですね、おだやかなメロディ重視の方向性には。

 

それでも4曲目の「ヴードゥー」はかなり躍動的。コンガ(音楽の種類としての)っぽい感じもします。聴いているとウキウキ気分が沸き立って、こりゃ楽しい。こういった音楽のことが本当に大好きなんです。ぼくのなかではこの曲が、このアルバムにおけるアスピアス楽団の収録曲 No.1。

 

ところで、ニュー・ヨーク・ルンバは1930年にレコード録音がはじまりますが、ご存知のとおり29年以来の大不況のさなか。だから、実はバンド編成も少人数のばあいが多かったみたいで、それでもなお歌とダンスという二大要素を不足なく満たせるようにいうことで、カルテット(四人編成)程度のバンドがかなりあった模様。その代表格がアルバム12〜16曲目にあるクァルテート・マチーンです。

 

クァルテート・マチーンは、というかそのほかのルンバ・カルテットもたぶん、ギター二台、パーカッション(多くはクラベス)、トランペットという編成でした。たった四人でもやっぱりトランペットが欠かせないのがいかにもキューバ音楽的です。クァルテート・マチーンも哀愁のあるラテン・メロディ、つまりソンのギア部みたいなものを歌っていることが多いみたいです。

 

アルバム一枚目終盤には、キューバではなくプエルト・リコやコロンビアのバンドも収録されています。このへんはいかにもニュー・ヨークっぽいところ。パリ篇にはちっともありませんでした。ニュー・ヨークのイースト・ハーレムにはプエルト・リコ人たちなどが多く住み、通称スパニッシュ・ハーレムと呼ばれたのです。

 

ラテン的デリカシーから遠いかもしれないですけど、ぼくの好みからしたら、二曲収録のコロンビアのバンド、ナノ・ロドリーゴ楽団の音楽が楽しいです。荒っぽいというか雑なんですけど、ロック・ミュージックっぽいし、かなりのエネルギーを感じる躍動感で、こういった熱はその後のマンボやサルサなどのニュー・ヨーク・ラテンへつながっていったものだったかもしれないとも思います。そのほか、プエルト・リコの大作曲家ラファエル・エルナンデスの楽団自身による「カチータ」も一枚目ラストにあります。

2019/07/15

チュー・ベリーの魅力

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https://www.amazon.co.jp//dp/B00GXEXYZU/

 

ご覧のように猫ジャケであるエピック・イン・ジャズのシリーズの、一枚『チュー』。テナー・サックス奏者チュー・ベリーに焦点を当てた編集盤です。いままでも書いていますがくりかえしますと、エピック・イン・ジャズのシリーズはどれも録音は第二次世界大戦前の SP 時代のもの。それを戦後、LP 盤にまとめて再録しているものなのです。LP はエピック盤ですから、もちろん音源はすべてコロンビア系のレーベル原盤。

 

さて、スウィング・ジャズ黄金期の No.1 テナー・サックス奏者とされ多忙だったチュー・ベリー。しかしどうしてコールマン・ホーキンスじゃないのかといいますと、肝心な時期にホークはアメリカを離れヨーロッパで活動していたからなんですね。1934年末から39年までの話です。ちょうどスウィング・ジャズ勃興〜黄金期じゃないですか。しかもですよ、ジャズ・ミュージックにおいてテナー・サックスが大きな注目を浴びるようになったのとも時期的に一致するんですよ。あぁ、なんということでしょう。

 

いや、ホークはすでに影響力絶大でありましたし、帰国後に名声を再確立しました。ともあれ彼の不在期にアメリカでテナー・サックスがジャズの主要楽器として注目されるようになって以後、この楽器で大活躍したのが、ベン・ウェブスター、レスター・ヤング、そしてレオン・チュー・ベリーの三人だったんですね。

 

チュー・ベリーの生涯最高名演は、たぶんライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッションで吹いた「スウィートハーツ・オン・パレード」(1939)でありましょう。ヴィクターへの吹き込みですから、コロンビア系であるエピック盤『チュー』には収録できません。ですけれど、せっかくチューの話題なんですから、会社のしがらみなどないこの個人ブログ、その演奏をご紹介しておきましょう。
https://www.youtube.com/watch?v=tG4udzyZpeY

 

どうです、このテナー・サックス・ブロウの豪快さといったら。これを聴けば、チューがスウィング期のテナー No.1と言われたのも当然だとわかりますよね。ヴォーカルはボスのハンプです。チューのテナーはソロ部だけじゃなく演奏開始から終了までずっと吹き続けていて、いわば一曲全体をテナー・ソロでラッピングしていますよね。ハンプの指示だったと思いますが、ここまでできる流暢さは驚異です。いやあ、なんてすばらしいテナーでしょうか。

 

この演奏をお聴きになってもおわかりのように、チューのテナー・サウンドは丸いです。影響源のホークのような硬さはないですよね。ホークのあの音はきれいに抜けているからなんですけど、チューはチューでこの独特の丸みを帯びたやわらかい音色でみんなを魅了したんです。またフレイジングはなめらかで、ここもときどき飛躍するホーク(やレスター)とは大きく違います。さらさらと流れるようなスムースさがありますよね。だから聴きやすいんですよね。歌心も満点ですし。

 

そんなチュー・ベリーのエピック盤『チュー』は、1〜7曲目までがチュー名義のコンボ・セッションから。8曲目「ウォーミング・アップ」はテディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションからのもの。9曲目以後は(チューが所属していた)キャブ・キャロウェイ楽団の録音です。同楽団でのラスト五曲は、若き日のディジー・ガレスピーがロイ・エルドリッジの影響を聴かせたりするのも興味深いところ。

 

アルバム終盤のそれら五曲のうちでも、最後の三曲(1940、41年録音)は、とりわけキャブ楽団がチューのテナーにフォーカスした演奏内容で、彼の持ち味もよくわかる名演です。「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」「ロンサム・ナイツ」「テイク・ジ・"A"・トレイン」。ご紹介しておきましょう。

 

「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」https://www.youtube.com/watch?v=GzHCpklaEdM
「ロンサム・ナイツ」https://www.youtube.com/watch?v=a6-7JBwMKdw
「テイク・ジ・"A"・トレイン」https://www.youtube.com/watch?v=geeChTEC3hE

 

特に最初のバラードふたつが絶品ですよね。チューのテナー吹奏の魅力がよくわかるものだと思います。まずはテーマ・メロディをうまくフェイクしながらなめらかに演奏し、その後徐々にそのヴァリエイションを歌うがごとく朗々と吹き続ける暖かみのあるサウンドに感心します。バラードと言いましがが、正確には二曲ともやや違って、孤独やさびしさを扱った内容です。それをここまで真に迫って演奏できるチューの才能のすばらしさ。決して絶望や諦観ではなく、ハート・ウォーミングな心情を感じさせるのがこのテナー・マンの魅力ですね。

 

これら三曲では、上でも書きましたがブレイク前のディジー・ガレスピーがトランペットを吹いています。「ロンサム・ナイツ」「テイク・ジ・"A"・トレイン」で聴けるミューティッド・ソロがディジーなので、短いですが耳を傾けてみてください。まだビ・バッパーといえるだけのスタイルを確立していませんが、ちょっとおもしろいんじゃないでしょうか。

 

チュー・ベリーは、これら三曲より前に収録されているもの(1937、38年録音)でも、ソロ時間は短いながら立派に自己の表現をはたしているなとわかる立派な演奏です。もっとも、チューは自己名義のバンドを率いたことがなく、自身名義のレコードだってそのときだけの臨時編成で名義だけチューになっているというもの。しかも総数がかなり少ないのです。音楽生涯のほぼすべてをほかの偉大なリーダーのバンドの一員として過ごしました。といってもキャブ・キャロウェイ楽団在籍中の1941年にわずか31歳で亡くなってしまったんですけどね。

2019/07/14

これまたグラント・グリーンのファンク・ライヴ

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https://open.spotify.com/album/4NL6PN6GkMqI7Ztz4iGPU6?si=skjpcCOXS966RYu-lJANfw

 

どうしてこんなにカッコイイんだぁ〜、グラント・グリーン1970年のライヴ盤『アライヴ!』。完璧なるジャズ・ファンクですよね。もともとが真っ黒けな資質のギターリストであるとはいっても、70年代のグラントはなにかに取り憑かれたかのようにリズム&ブルーズ/ファンク/ソウル・ジャズ路線を突っ走っていました。ライヴでもそうでした。『アライヴ!』もまたそんな一枚。

 

『アライヴ!』は1970年8月15日、ニュー・ジャージーでのパフォーマンスで、編成はボスのギター、クロード・バーティーのテナー・サックス、ウィリアム・ビヴンズのヴァイブラフォン、ニール・クリークかロニー・フォスターのオルガン、イドリス・ムハンマドのドラムス、ジョゼフ・アームストロングのコンガ。

 

やっている演目も、数曲のグルーヴ一直線などファンク一路線からハービー・ハンコックの新主流派「処女航海」までと幅広いんですけど、でもやっぱりアルバム・オープナーがクール&ザ・ギャングの「レット・ザ・ミュージック・テイク・ユア・マインド」であることに、このアルバムの音楽性が典型的に象徴されていますね。いやあ、ションベンちびりそうなほどグルーヴィでコテコテです。

 

その「レット・ザ・ミュージック・テイク・ユア・マインド」もカッコイイし、続く2曲目「タイム・トゥ・リメンバー」(ニール・クリークのオリジナル)もメロウ R&B みたいなバラード調。ヴァイヴラフォンがいい感じで効いているのも甘美なムードをもりあげたり、それとグラントのギターがユニゾンで進むところにテナー・サックスがからんだり、もうタマランですよ。メロウでソフトでデリケートで、夜の音楽ですね。

 

3トラック目のバンド・イントロダクションに続き、4曲目の「スーキー、スーキー」(ドン・コヴェイ)が、たぶんこのアルバム『アライヴ!』最大の目玉にして白眉、聴きものでしょう。このグルーヴのキメかたったらないですね。イドリス・ムハンマドのファンク・ドラミングは全曲で見事ですが、特にこの「スーキー、スーキー」では抜きに出ています。グラントのギター・ソロもファンキーでかっちょええ〜。ワン・リフ反復で演奏の土台ができていることに最注目しないとですね。

 

この『アライヴ!』でも、演目やリズムやグルーヴはソウル/ファンク・ミュージックのそれで、ビシバシきめているけれど、なんだかんだ言って楽器ソロの時間が長く、それがギター、テナー・サックス、ヴァイブ、オルガンと続きまわすというのが中心ですから、そこはジャズ・マナーだといえばそうです。でもこんなねえ、クール・アンド・ザ・ギャングだとかドン・コヴェイだとかギャンブル&ハフだとかロナルド・アイズリーだとかの曲を、しかもこんなにファンキーにコテコテにやってみせたジャズ・マンが、1970年時点でほかにいましたか?!グラント・グリーンだって、どうして1970年代はここまでのことになっていたのか、60年代も黒っぽかったとはいえああだったのに?と思うと、まあ快哉を叫ぶしかないわけですよ。

2019/07/13

ミジコペイのスムースなシンコペイション

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https://open.spotify.com/album/0cBvFiydjZLqHO5dZL454n?si=aj75pNPmQxipUgXHvkLiBg

 

トニー・シャスールのライヴ盤二枚組はしっかり聴いていたものの、ミジコペイのアルバムは今回はじめて耳にしてみたぼくです(DVDは不便ですから)。2019年の『クレオール・ビッグ・バンド』。アルバム題どおり、ビッグ・バンド・ジャズのサウンドですね。それも旧来的な伝統のビッグ・バンドのそれで、目新しいところはありません。でもそういったことがこのアルバムにちょうどいいくつろぎをもたらしているので、ポイントは高いと言えましょう。

 

伝統的ビッグ・バンド・ジャズだと言いましても、それでもやはりミジコペイならでは、という部分はしっかりあります。ぼくにとっては二点。ひとつがトニー・シャスールをはじめみんながどんどん歌うこと。もう一点はこのリズムです。ストレートなメインストリーム・ジャズのビートの格好をしているものも多いんですけど、それだけじゃなく、いかにもカリブのバンドというだけあるシンコペイションを効かせているものがありますね。それでニンマリするんです。

 

たとえば、この新作のなかでの最有名曲は3曲目の「スターダスト」ですけれど、ストレートな4/4拍子系じゃないでしょ。ガチャガチャと跳ねていますよ。そこが実にいいと思うんです。ヴァースをふたりが歌い終えてリフレイン部に入ったら、ドラマーが強いシンコペイションを叩いていますでしょ。旧来的なビッグ・バンド・ジャズで「スターダスト」みたいな曲を、というと古くさ〜くなってしまいそうですけど、このリズムのおかげでそうはなっていないわけですね。

 

こんなカリビアン・リズムの活用法はこのアルバムの至るところで聴けて、ぼく的にはミジコペイ最大のポイント、長所となっているように思うんです。「スターダスト」では歌が終わってピアノ・ソロになっても、やはりリズムは強く跳ね、背後のホーン・リフもスタッカート気味に入っていますしね。なめらかさも際立っていますけど、突っかかって跳ねるような要素がありますよね。そこがいい。

 

こういったことが、しかしアルバム『クレオール・ビッグ・バンド』ではひとつながりのスムースさで表現されていますので、スーッと聴きやすく、聴き手は意識しないで流してしまうだろうと思います。そのおかげで、これはただのふつうのジャズ・ミュージックじゃないか、という感想を抱くばあいも多いんじゃないでしょうか。それでいいと思うんですけど、このアルバムの音楽の心地よさの源泉は、特にクレオール系音楽に親しんでいる身からしたら、そんなリズム・シンコペイションにもあるなと考えていますよ。

 

リズムのちゃかちゃかっていう跳ねかたは、このアルバムの多くの曲でどんどん聴けますので、みなさんもさがしてみてください。上で書いた、ヴォーカル・ナンバーが多いのでぼくなんかは好きという点は、しかし旧来的なジャズ・ファンのみなさんには共感していただきにくいのかもしれませんけどね。また、『クレオール・ビッグ・バンド』はスタジオ録音作ですが、全編とおしてライヴ一発録りみたいな雰囲気があるというか、そんな音響なのも特長といえます。

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