2018/10/16

Thanks for sharing! Sometimes i LOVE the internet!

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と、言われることが、最近、増えてきた。ちょっと前、そうだなあ、数年前まではあまりなかったことだ。主に自分で YouTube にアップロードしている音源へのコメントとして付くのだが、Spotify での自作プレイリストについても言われることがある。っていうか、Spotify など(音楽その他の)ストリーミング・サーヴィスが普及一般化したので、みなさんの音楽聴きの意識も変化してきたということじゃないかと思うんだ。それで YouTube ファイルにつくコメント内容も傾向が変わってきたのかなと。

この点、同じくインターネットを利用するものだけどダウンロード・サーヴィスは性格が異なっている。以前も書いたけれど、手元に物体があるかなしかだけで、LP や CD などフィジカル商品を買うのとダウンロード購入は、同じことだ。そのひと個人だけもので、他人は関係ない。一人で所有するということだから。どっかのサーヴァーに音楽を置いて、必要なときにそれをみんなが参照しにいくというのが YouTube や Spotify(その他)のストリーミング聴取で、個人所有じゃなくて公共共有。かなり違った考えかたじゃないかな。

ネットでそうやって音楽を聴くためにサーヴィス内を検索したりして、あるいはどなたかの紹介で、見つけるようになって、個の手もとにそれを収録したものが(フィジカルでもデジタル・ファイルでも)存在しなくとも、アクセスすれば聴けるという、そういった考えかたは、まさに2010年代型インターネット時代の音楽享受のかたちじゃないかな。ネット活動そのものも、かつてのようなダウンロード型は激減し、アクセス型になったよね、ほぼ100%近く。

(ネットにつながった)スマホでもパソコンでも一個あれば、あとはヘッドフォンでもスピーカーでも出力装置さえあれば、たったそれだけで音楽を手軽に楽しむことができる。自分で所有していなくてもいいんだ。まあぶっちゃけますが、ぼくはいまだなんだかんだで CD 買う人間だから、ネット聴きがメインにはなっていないんですけれども、いまのところはさ。そんなぼくでも、CD はそれでしか入手できない音楽を聴くためにだけ買うというようなことに、今後、なるかもしれない。あるいはネットで聴けてもなおどうしてもこれは所有したいというものだけに限定するとか。

一言にすれば、音楽好きのみんなで共有する、シェアするという楽しみ、幸福感が出てきつつあるということじゃないだろうか。名前も顔もどんな人かもわからなくていい、ただ、この音楽家が、アルバムが、曲が、好きだという、その一点だけでつながっていくことができる。笑われるかもしれないが、それが同好の友人となって、どんどん増えていき、体験が、人生が充実していく。すくなくともぼくはそんなふうにちょっぴりだけなりつつある。

そうだからこそ、反面、せめてときどきは路面店に足を運び、商品のフィジカル・リアリティを目にし手にとって、現実の友人と顔を合わせ言葉を交わし 〜〜 っていうようなことを求めるようになっているのかもしれないよね。どんなお店の商品もネット経由でオーダーし仕入れているとは思うんだけどさ。多くのみなさんがふだんはデジタル・ファイルの世界に住んでいるから、ときどきは現実の物体や人間に触れ合いたいとかさ、そういったことがあるのかも。

ぼくのばあいはその点、徹頭徹尾、ヴァーチャルな世界で生きているのだと言えるかも。書いたようになんだかんだで CD を買っているから、それを売る商売が消滅するまでは買い続けると思うから、ここだけ現実物体での充足感があるってことかなあ。でも、そうやって CD で聴いた音楽がよかったなと感じて(Spotify でも YouTube でも)ネットでシェアして、結果、サンキューとか言われると、楽しさや充実感倍増だよ。

モノを手元に置いておかないと気が済まない、音楽を買った、聴いたという気になれない、というのは、ぼくもいまだそう。だけど、そんな時代は急速に去り行きつつあるというのが現実だ。一ヶ所に置かれたファイル(群)に、ネット経由でみんながアクセスして聴く、シェアするというのが、ごく一般的なふつうの音楽の聴きかたになってきている、あるいはもうそうなったという、これが2018年秋にわかった真実だ。

YouTube や Spotify のできる前は、物体をコピーして、あるいは買い増して、配りまくってい人間の独り言でした。

2018/10/15

あらさがしをするな 〜 エリック・クラプトン篇(其の二)

1990年代のエリック・クラプトンについてこんな記事題ばかりつけていると、アンタ本当はあらしか見つけていないんでしょ?!とか思われるかもしれないが、本意ではない。失恋歌ばかりの1994年のブルーズ・カヴァー・アルバム『フロム・ザ・クレイドル』にもいい部分があるから、そんなところを見て書いておきたい。こんなやつ、こんなもの、としか自のことでも他のことでも思わないようになったらオシマイだ。

具体的な内容に入る前に、『フロム・ザ・クレイドル』最大の功績かもしれないと思うことを。それはこのアルバム、この音楽家と限った話じゃなくて、この世代の英国(ブルーズ・)ロッカーのかなり多くに言えることだけど、きっかけにして、ブルーズなどアメリカ黒人音楽の世界へ分け入る道案内になってくれたかもしれないということだ。

『フロム・ザ・クレイドル』では、それまでクラプトンがあまりやらなかった、というか正式アルバムには収録しなかったブルーズ・ソングをとりあげているから(15「ドリフティン(・ブルーズ)」が『E.C. ワズ・ヒア』にあったのが唯一の例外か)、ますますオリジナル・ヴァージョンのブルーズを聴いてみようと、ロック・ファン、クラプトン・ファンに思わせてくれたかも。

こういったことは、原作者をほぼ100%近くクレジットしなかったジミー・ペイジ&ロバート・プラント(レッド・ツッェペリン)を除き、英国ロッカーたちに感謝しないといけないとぼくだったら思う。ブルーズ・ロック勢を手引きにしてアメリカ黒人ブルーズに入り、実際、プロのブルーズ演奏家にまでなったひとだっている。亡くなったハーピストの妹尾隆一郎さんだってそうだった。

クラプトンの『フロム・ザ・クレイドル』。よくないなあと感じている部分からまず先に書いておくと、ガナり節ヴォーカルだ。特にひどいのが1曲目「ブルーズ・ビフォー・サンライズ」(リロイ・カー)と10曲目「イット・ハーツ・ミー・トゥー」(タンパ・レッド)の、二曲のエルモア・ジェイムズをカヴァーしたもの。リキみすぎだろう。なんでこんなにガナりたてるのか?もっとナチュラルにすっと歌えばいいじゃないか。まあしかしそういうのも「表現しなくっちゃ!」という強い気持ちの素直な表れだと、好意的に解釈したい。

そしてこの二曲も、エルモアをそのままコピーしただけとはいえ、ギターでのスライド・プレイはかなりいいよね。ギター演奏はアルバム『フロム・ザ・クレイドル』全般にわたって上出来だと思う。ほぼエレキに専念しているから、アクースティック・ギターを弾くのは三曲だけ。7「ハウ・ロング・ブルーズ」(リロイ・カー)、11「マザーレス・チャイルド」(バーベキュー・ボブ)、15「ドリフティン」(ジョニー・ムーア)。これら三曲がまたいいよね。

ある意味、エレキでぐいぐい弾くものよりも、リラックスしたフィーリングのあるそれら三曲のほうがいいかも。エレキだと、ヴォーカルほどでないにしてもやっぱりギター演奏にリキみが聴けるばあいもある。アクギだとそれがスッと抜けているからね。特に7「ハウ・ロング・ブルーズ」がかなりおもしろいよ。なぜならここでのクラプトンはジャグ・バンド・ミュージックに解釈しているからだ。

リロイ・カーの「ハウ・ロング・ブルーズ」が、どれほど多くカヴァーされてどれほど多様なヴァリエイションとなって姿かたちを変えているかは、ぼくが説明する必要などない。だからクラプトンがこんなフィーリングで料理したって驚くことはない。リロイの原曲はピアノとギターでやる洗練された北部のシティ・ブルーズだった。クラプトン・ヴァージョンの肝はハーモニカをくわえたこと。それでグッと身近で下世話な米南部ふうのテイストが出ている。前作『アンプラグド』でも、ジャグ・バンド・スタイルでやる「サン・フランシスコ・ベイ・ブルーズ」がよかったじゃないか。

そのハーピストはジェリー・ポートノイ。マディ・ウォーターズのバンドで吹いたひとだよね。ジェリーのハーモニカは、エレキ・ブルーズも含め、アルバム『フロム・ザ・クレイドル』全般にわたって最高なのだ。この作品でのソロでも歌をラップするオブリガートでも、いちばん聴けると思うのがジェリーのハーモニカじゃないかな。どの曲が、と指摘する必要はない。ぜんぶ、いい。

エレキ・ギターを弾きながら、基本、1950〜60年代のシカゴ・ブルーズを土台にしたようなことをやっているものだと、歌でガナらずギターでもスムースにやって弾きすぎない曲なら好きだ。たとえば2「サード・ディグリー」(エディ・ボイド)、同じくエディ・ボイドの5「ファイヴ・ロング・イヤーズ」(イントロ弾きはじめがカッコいい、ちょっと派手すぎかもだけど)、おなじみの3「リコンシダー・ベイビー」(ロウエル・フルスン)、オリジナルどおりブギ・ウギでやる6「アイム・トア・ダウン」(フレディ・キング)など、好き。ほかにもいいのがある。

そしてなんたって、当時からいまでも、クラプトンの『フロム・ザ・クレイドル』でいちばんいいと感じているのが、上で書いたジャグ・バンドふうに楽しい「ハウ・ロング・ブルーズ」を除けば、13曲目「サムデイ・アフター・ア・ワイル」なんだよね。これはオリジナルであるフレディ・キングの1962年フェデラル録音とはすこし違っている。

フレディ・キングがナチュラルに弾き歌うのに比べたら、クラプトンはやっぱり格好つけすぎみたいな部分があるけれども、でもそんなところも含めて、この、ずっと12小節音楽をやってきた音楽家の一途な思いが伝わってくるようなこの「サムデイ・アフター・ア・ワイル」のことがぼくは心から好きだ。しかも、気持ちが入っているなとわかるにしてはガナっていないし、ギターもひたすらエモーショナルなだけ。歌もギターもすばらしいぞ、これ。ホーン・セクションのリフも効果的。バンド全員で颯爽と上昇するのが大好きだ。

2018/10/14

ナット・キング・コール、トリオ時代の歌とピアノ

現在(でも売っているかどうか、実は知らないが)一枚の CD アルバムになっているナット・キング・コールの『ヴォーカル・クラシックス&インストルメンタル・クラシックス』。ご存知ないかたでもタイトルだけで御察しのとおり 2in1 盤で、LP レコードではヴォーカルものとインストルメンタルものがバラ売りの二枚で発売されていた。大学生のころからかなりの愛聴盤だ。そりゃあもうナット・キング・コールとフランク・シナトラとサム・クックなどの男性歌手が好きなのだ。画像左の緑色のが『インストルメンタル・クラシックス』。

レコード二枚をそのままくっつけただけだから 2in1嫌いのみなさん(ぼくもそう)にはイマイチかもしれないが、でも考えてみればこの時期(1940〜47)キャピトルに録音していたナット・キング・コールの音楽は、一枚片面一曲単位の SP で発売されていたんだし、これはヴォーカル作品、これはピアノ演奏だけと、ことさら区別して考えていたわけじゃない。LP レコードにする際に会社が分けただけのことだから、あまり堅苦しく考えなくていいんじゃないかな。

CD『ヴォーカル・クラシックス&インストルメンタル・クラシックス』では、12曲目の「トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ」までがヴォーカルもの、13曲目の「ザ・マン・アイ・ラヴ」以後がインストルメンタルもので、どっちもぜんぶ、基本、ピアノ・トリオ(ちょっとだけのラテン・パーカッション参加あり)。この当時はピアノ+ギター+ベースの編成が標準的だった。

前半部、ナットの歌が入るものはもちろんいい。なめらかでヴェルベットのような声。それで歌詞を大切に扱いつつ、しかし同時にフレイジングでおふざけっぽい遊びも入れているよね。それを端的に言えばジャイヴ風味ということになる。キャピトル時代の前のデッカ録音ではそれがもっと顕著で辛口だけど、甘さが混じるようになったキャピトル時代初期のこういったトリオものでの歌いまわしは、ジャイヴ味を残しつつ円熟味が出て、まろやかになって、いいねえ。とろけそう。

実際、ナットはキャピトル時代のトリオ活動あたりから人気が出て、アメリカ中でモテモテだったのだ。そりゃこんな声と歌いかたでラヴ・ソングをやられたら、女性も男性もコロッとイかれててしまうよなあ。このへんのセクシーさもサム・クックは受け継いだけれど、ナットの持つ、甘さとないまぜのクールなジャイヴ味は、あまり真似されていないよねえ。ナット自身、オーケストラ伴奏で歌うようになってからは辛味が消えた。この時期のトリオ録音でだけ聴けるワン・アンド・オンリーなミックスだった。

大学生のころはこれを真似してソラでそっくりに歌えた「スウィート・ロレイン」でもそんなところが聴けるし、有名になった「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」にも同様の陰影がある。「フォー・オール・ウィー・ノウ」みたいなひたすらスウィートなだけのバラードも悪くないし、しかし恋愛対象を称える「エンブレイサブル・ユー」などでは、途中ちょっとリズムを変化させて辛味ニュアンスを付け、甘いだけのものにはしていない工夫も聴きどころ。こういったリズムの変化、チェンジ・オヴ・ペースは、ヴォーカルものでもインストルメンタルものでも、このアルバムで同じようにたくさんある。

こういったチェンジ・オヴ・ペースは、聴けば、あらかじめアレンジされていたものだとわかる。アレンジはたいていがピアノとギター(ほぼすべてオスカー・ムーア)とのユニゾン・デュオで表現されている。そのあいだベース(ほぼジョニー・ミラー)は定常ビートを刻みながら支えるといった仕組みになっているよね。ピアノとギターでこういうフレーズを合わせようというのは、たぶんナットの発案だったんだろうなあ。

ヴォーカルのうまさについては世にたくさんの褒め言葉や賞賛者がいるナットなので、アルバム後半のインストルメンタルものを中心に、ピアノ・スタイルのことにも触れておこう。ナットは、大ヒットを出しスター歌手となってからのある時期以後はスタンド・マイクで歌うようになり、まれな例外機会を除きピアノをあまり弾かなくなった。ただしかしそうなってからでも、しかもドラマーも参加するようになってからでも、名義が<ナット・キング・コール・トリオ>だったことからも、察せられるものがあるはず。

アルバム『ヴォーカル・クラシックス&インストルメンタル・クラシックス』前半部のヴォーカルもののなかでナットのピアノの味がいちばんよくわかるのは、9曲目の「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」(これもリズム・アレンジに要注目)かな。ここでもピアノとギターのユニゾンで変形テーマを弾いているが、歌が終わってギター・ソロも終わってのピアノ・ソロ部で、右手シングル・トーンでアール・ハインズ直系の弾きかたを聴かせるが、ナットの持ち味はアタック音が強烈で歯切れがいいってことなんだよね。緩さがまったくない。

ここはヴォーカルと対比させたらおもしろい。発声と歌いまわしはあんなに甘いナットなのに、ピアノのキーを叩くのとフレイジングには辛さ、厳しさ、そしてスムースさよりも、強すぎる?と思うほどの一音一音のアタックでぶつ切りにしてぶつけてくるような味がきわだっている。歌とピアノで好コントラストになって、トリオでの演唱全体に幅と奥行きを持たせているなあと思う。

アルバム13曲目以後のインストルメンタルものになると、甘いヴォーカルがないせいか、ナットはたぶんそこに気を配り、さほどの強さ、厳しさをピアノ・サウンドで表現していない。かえってスムースさを前面に出したような弾きかたになっているよね。でもちょっとだけだ。ナットのピアノ・スタイル本来の味である、右手単音弾きでの歯切れいい強靭さは、やはり全体を通し言えること。

同時期のジャズ・ピアニストで、同じくアール・ハインズ直系のひと(って、まあ全員そうなんだが)で比較するとなれば、たとえばテディ・ウィルスン。テディも名手だが、かなり洗練されていて、ややフェミニンな優しい味もある。比してナットのピアノは男性的に力強く、しかも(ヴォーカルの味とは反対に)黒人音楽家らしいファンキーさすら感じられる、というのがぼくの見方。さらにスピーディで爽快。

インストルメンタルものには、ゲストでボンゴ奏者が参加するラテン・タッチな曲が三つある。18「バップ・キック」、22「ルンバ・アズール」(かの有名曲ではない、ナット自作)、24「ラフ!クール・クラウン」。この1940年代後半に、ジャズのピアノ・トリオ演奏にボンゴだけ入ってラテン調エキゾティズムを出すのは、あまりなかったかこともしれない。

しかしナットが直接関係していたわけじゃなくても、まったく同時期にチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらビ・バッパーたちは、どんどん積極的にジャズとキューバ音楽の接合に取り組んでいたじゃないか。同じジャズ界のなかで同じ時代を生きて、ナットがちっとも意識しなかったとは思わない。無縁ではありえなかったはずだ。ジャズのなかには誕生期からラテンがあるんだし。

そんな部分も、戦後になってオーケストラ伴奏でラテン・ソングを、それもスペイン語のままで歌うようになるナット・キング・コールの姿を、ある意味、予見していたと考えていいかも。関係ないのかも。

ギターのオスカー・ムーアがぼくも本当に好きで、マジでうまいなあと思うんだけど、今日は話題をナットの歌とピアノに限定したので、割愛するしかなかった。また別の機会に。

2018/10/13

ジョガドール、ベンジョール 〜『アフリカ・ブラジル』

(『ラティーナ』誌2018年10月号に掲載された今福龍太さんの文章に触発されて書きました)

ことブラジルにおいてはサッカー(フチボル)は音楽だ。一体化していて関係は深い。1916年作曲とされるピシンギーニャの「1対0」が最有名なフチボル賛歌だと、ぼく(だけ?)は思っているが、ジョルジ・ベン(ジョール)にしても同じこと。ベンジョールとサッカーは切り離せないんだ。1976年の傑作『アフリカ・ブラジル』もまさにそう。

ベンジョールのこのサンバ・ファンク名盤においては、音楽の律動はまさにサッカーの律動そのものだ、とサッカー好きの音楽好きが聴いたら間違いなくわかると思うんだよね。アルバムに三曲のサッカー・ソング(1「アフリカの槍先〜ウンババラウマ」、4「わが子たち、わが宝」、9「ガヴィアの背番号10」)があることを指してだけ言っているのではない。音楽のグルーヴが、アルバム全体で、サッカーのそれと同質だという意味なんだ。

だからぼくの言うベンジョールの音楽『アフリカ・ブラジル』はサッカーだというのは、歌詞内容のことじゃない。サッカーがこのアルバムの<テーマ>だとかいうんじゃないんだ。この音楽のリズム、あるいはグルーヴが、まさしくサッカーそのものだということなんだよね。どの曲が?とかいう問いは成立しない。音楽アルバム全体を貫く根幹のグルーヴのありようが、ピッチ上で展開されるサッカーの躍動感と同じなのだ。

ぼくの持つこの感覚を(通常の)言葉で的確に表現するのはむずかしい。サッカーの試合が行われるスタジアムでの生観戦で、あるいはテレビやラジオやネットでのサッカー中継放送で、ばあいによってはハイライトだけを抜き出して編集したダイジェストみたいなものでもいい、とにかくサッカーの試合の様子を観(聴き)ながら、あるいはかつてサッカー選手経験のあるかたがたなら、ベンジョールの『アフリカ・ブラジル』を聴いて、このフィーリングに共感いただけるかもしれない。

後方の守備陣でゆっくりボールをまわしているときのリズムは、この『アフリカ・ブラジル』にはあまりない(つまり、すこしはあるんだけど)。中盤から前線で、ミッドフィルダーやアタッカーが相互にからみあいながら攻撃に転じてギアを上げゴールを狙う動きに出たときのチームの動物的感覚が、このベンジョールのアルバム『アフリカ・ブラジル』の音楽だ。グルーヴの種類が酷似している。

サッカーのピッチ上での選手の動き、ステップの踏みかた、走りかた、ボールをまわしパスを出したりドリブルで突進したりする、そして最終的にシュートを放つ、そんな一連の律動は、音楽アルバム『アフリカ・ブラジル』におけるリズム感覚 〜 特に打楽器群の織りなすグルーヴ +エレキ・ギターの特にカッティング・ビート、いや要はリズムを形成しているものすべて 〜 と完璧に同質ものじゃないか。

それでもやはり特にこの曲が、ということはあるので選り出すと、あんがい1「ポンタ・ジ・ランサ・アフリカーノ(ウンババラウマ)」、4「メウス・フィーリョス、メウ・テソウロ」はそんなにサッカー感が強くない。9「カミーザ・10・ダ・ガーヴィア」は、やはりフラメンゴ時代のジーコのあのゆるやかで華麗な動きをよく表現できているなと感じる。

しかしもっともっとサッカーの、特にオフェンスの躍動感と同じグルーヴだなと感じるものがいくつもある。ぼくの印象では、たとえば2曲目「エルメス・トリズメジスト・エスクレヴェウ」は、アタッカーにボールがわたる前の攻撃的中盤の選手がボールを持っているときのリズムだし、ブラジルというよりカリブ音楽みたいな3「オ・フィロゾフォ」や5「オ・プレベウ」もそう。

6曲目「タジ・マハール」、8「ア・イストリア・ジ・ジョルジ」、そしてなにより最高の歓喜を、それはサッカーでシュートがゴールに突き刺さりスタジアムが沸くときのそれと同じ大きな歓喜を、招くようなフィニッシュである10「カヴァレイロ・ド・カヴォーロ・イマクラード」と11「アフリカ・ブラジル(ズンビ)」が、最高のサッカー賛歌だ、というよりサッカーそのものだ。いやあ、しかしそれにしてもこの10、11曲目の激しい躍動感はすごい。ここまでサッカーの動きとよろこびを表現する音楽って、なかなかないんじゃないかなあ。

2018/10/12

マイルズB面名盤のA面三つ

以前、マイルズ・デイヴィスのプレスティジ時代にある B 面名盤三枚のことを書いた。これら三つ、ある意味、B 面のほうがおもしろく出来もいいという見方ができる面があると思うんだ。
それでも、リリース順に『コレクターズ・アイテムズ』(1956.12)、『ウォーキン』(1957.6)、『バグズ・グルーヴ』(1957.12)のそれぞれ A 面のなかにだってなかなかいいものがあるので、というかふつう A 面が話題になるものだからその話を今日はしたい。まず、なかなかいいどころか大傑作に違いないのが『ウォーキン』A 面の二曲。どっちも12小節定型ブルーズだ。

これら二曲「ウォーキン」「ブルー・ン・ブギ」(後者はディジー・ガレスピー作)については、以前一度詳しく書いた。ここにぼくの意見は載せておいた。これ以上の感想はいまのところない。一点だけ、ホレス・シルヴァーの重要性を、この記事の時点でもまだ見くびっていたと気づきはじめている。各ホーン奏者のソロ背後で弾くピアノ・フレーズのリズムの跳ねかたを聴いてほしい。
三枚の A 面は、録音順だと『コレクターズ・アイテムズ』のものが1953年1月30日といちばん早く、二番目が『ウォーキン』A 面の1954年4月29日録音、三番目が『バグズ・グルーヴ』A 面の1954年12月24日。前者ふたつのセッション・デイトにはそれら収録曲しか録音されていないが、最後者の日付には「ベムシャ・スウィング」「スウィング・スプリング」「ザ・マン・アイ・ラヴ」も収録されていると、ご存知のとおり。

最も話題性が高いのが「バグズ・グルーヴ」の2テイクなのでその話からしよう。説明不要、ミルト・ジャクスン作の超有名スタンダード・ジャズ・ブルーズだけど、このマイルズ・ヴァージョンって、あぁ、正直に言ってしまいますけれど、楽しいのだろうか?ブルーズがあんなにうまいミルトが参加している自身のオリジナル・ブルーズなのに、ぼくにはイマイチ。おもしろくないような…。

そう感じる理由も自分なりにはハッキリしている。セロニアス・モンクがピアノを弾いているからだ。嫌いじゃないんだけど、ぼくがブルーズに求めるものをモンクは表現しない。一言にすれば湿り気。言い換えればブルージーさ。むろん、乾いて硬質なジャズ・ブルーズを好ましく思うときだって、そういう演奏だって、あるんだよ。チック・コリアの「マトリクス」とかさ。

しかし時代と、その日のモンク以外の演奏メンツの資質を考えあわせると、どうもこのピアノ・スタイルだけが浮いているような気がして、しかもマイルズの背後では指示により一音も出さないし、う〜ん…。だからミルト・ジャクスンのソロのあいだはまだそんなに悪くないように聴こえなくもないが、ピアノ・ソロ部は…、う〜ん、まぁちょっとその〜〜。「バグズ・グルーヴ」という曲だって、ほかの演奏機会、たとえばミルトみずから参加の MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)ヴァージョンなどでもいい内容に聴こえるので、曲のせいじゃないんだなあ。

ただ、たぶんセロニアス・モンクのおかげでこんなフィーリングになっていると思うここのこのブルーズ演奏「バグズ・グルーヴ」だけど、録音した1954年よりもっと先、ちょうど1960年前後あたりになってからは、たとえばエリック・ドルフィーらが似たような演奏をやりはじめたように思う。はたまた、2010年代的なジャズ・ブルーズ演奏に聴こえなくもない。そう考えると、空恐ろしくなるモンクの先見性なのだけど。

同じヴァイブラフォン奏者が同じような時期に同じトランペッターのレコーディング・セッションに参加してのブルーズ演奏というと、いつもいつもこれの話ばかりで恐縮ですけれど「ドクター・ジャックル」(『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』、1955年8月5日録音)。これは文句なしにサイコーだよ。これをお聴きいただければ、「バグズ・グルーヴ」についてのここまでの発言は理解していただけるかも。
そんなわけでアルバム『バグズ・グルーヴ』にかんしては B 面しか聴かないのだ。残るは『コレクターズ・アイテムズ』A 面。はっきり言ってこれも B 面しか聴くことはないんだけどね、ふだんは。A 面は B 面となんの関係もない。ただ一点、どっちにもソニー・ロリンズが参加しているということを除いては。

『コレクターズ・アイテムズ』A 面最大の話題は、かつてのボス、チャーリー・パーカーの、それもテナー・サックスでの参加だね。だからソニー・ロリンズとのツイン・テナーで三管編成のコンボ。バードが参加しているせいか、あるいは録音時期のせいか、まだビ・バップの香りが残っているのを感じ、ハード・バップとの端境期みたいな演奏に仕上がっているよね。

でもかつてのパーカー・コンボ時代との最大の違いは、トランペッターの大成長だ。も〜うまったく違う。4トラックともオープン・ホーンで吹いているが、音色に艶が出はじめているし、歯切れも粒立ちもよく、フレイジングも立派だ。しかもマイルズ独自の味である水平的メロディ重視の展開(=アンチ・ビ・バップ的)も成熟に近づきつつある、ように聴こえる。

そういうのが約一年後の『ウォーキン』A 面録音セッションで(ほぼ)完成を見たと考えていいんじゃないかな。かつての(というか、マイルズのなかでは終生そうだった)師匠チャーリー・パーカーの、へなへなに衰えていた時期とはいえ参加を得て、ぼくの成長を聴いてくださいというような気持ちがあったような、そんな演奏だよね。音だけ聴いてそういった気持ちだったと判断できるように思う。

2テナー体制の二名。1953年のパーカーとロリンズはかなり似ているので、音だけ聴いて判別するのはやや困難。だけどやはり聴き分けポイントがある。「ザ・サーペンツ・トゥース」2テイクでは、連続して出てくるテナー・サックス・ソロの先発がロリンズ。「コンパルジョン」ではパーカーが先発。「ラウンド・ミッドナイト」では、ラスト合奏部分を除き、パーカーだけ。

さてさてところで、チャーリー・パーカーがアルトじゃなくテナー・サックスを吹いた正式録音機会は生涯で二回しかない。そのうち一回がこれ。もう一回は自分のバンドでの1947年8月14日のサヴォイ録音で、4曲12テイク残っている。そのサヴォイ・セッションも、レコードの名義はマイルズ・デイヴィス・オール・スターズだった。

2018/10/11

ビートルズのつくりかた 〜 BBC ライヴ

1994年に CD 二枚組でリリースされたビートルズの『ライヴ・アット・ザ BBC』。2013年に Vol. 2 がやはり二枚組で発売されているが、今日は1994年盤だけを話題にする。ぼくにとってのこのアルバムのおもしろみは、既発曲のラジオ・ライヴではなくて、四人の雑談、司会者との会話(どっちもジョークがちりばめられていて楽しい)などが聴けるのと、それ以上に、ビートルズ・ヴァージョンは初お目見えだった米リズム&ブルーズ/ロックンロール・ソングがどんどん聴けるところ。附属解説を読むと、レコード・デビュー前にバンドのレギュラー・レパートリーだったものも多いらしい。コンテンポラリー・ヒットもある。

まず先に、一曲だけ収録されているレノン - マッカートニーのオリジナル楽曲だけど未発表だったものでここではじめて世に出たものがあるのでそれから。ディスク1の7曲目「アイル・ビー・オン・マイ・ウェイ」。1963年4月4日録音、同年6月24日放送。ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタズに提供されたもの。これのビートルズ・ヴァージョンは、まあでもどうってことないかなと思う。

ビートルズによるものは初リリースだったカヴァー・ソングをぜんぶ抜き出して、録音、放送年月日と合わせ、アルバムでの登場順に、以下、一覧にしておく。

I Got A Woman (Ray Charles) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.13
Too Much Monkey Business (Chuck Berry) rec. 1963.9.3, trans. 1963.9.10
Keep Your Hands Off My Baby (Goffin-King) rec. 1963.1.22, trans 1963.1.26
Young Blood (Leiber-Stoller-Pomus) rec. 1963.6.1, trans. 1963.6.11
A Shot Of Rhythm And Blues (Terry Thompson) rec. 1963.8.1, trans. 1963.8.27
Sure To Fall (In Love With You) (Perkins-Claunch-Cantell) rec. 1963.6.1, trans. 1963.6.18
Some Other Guy (Leiber-Stoller-Barrett) rec. 1963.7.2, trans. 1963.7.16
That's All Right, Mama (Arthur Crudup)
Carol (Chuck Berry)
Soldier Of Love (Cason-Moon)
Clarabella (Frank Pingatore)
I'm Gonna Sit Right Down And Cry (Over You) (Thomas-Biggs) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.6
Crying, Waiting, Hoping (Buddy Holly)
To Know Her Is To Love Her (Phil Spector)
The Honeymoon Song (Theodorakis-Sansom)
Johnny B. Goode (Chuck Berry) rec. 1964.1.7, trans. 1964.2.15
Memphis, Tennessee (Chuck Berry) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.30
Lucille (Collins-Penniman) rec. 1963.9.7, trans. 1963.10.5
Sweet Little Sixteen (Chuck Berry) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.23
Lonesome Tears In My Eyes (J and D Burnette-Burison-Mortimer)
Nothin' Shakin' (Fontaine-Calacrai-Lampert-Gluck)
The Hippy Hippy Shake (Chan Romeo) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.30
Glad All Over (Bernnett-Tepper-Schroeder) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.20
I Just Don't Understand (Wilkin-Westberry) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.20
So How Come (No One Loves Me) (Felice and Boudleaux Bryant) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.23
I Forgot To Remember To Forget (Kesler-Feathers) rec. 1964.5.1, trans. 1964.5.18
I Got To Find My Baby (Chuck Berry) rec. 1963.6.1, trans. 1963.6.11
Ooh! My Soul (Richard Penniman) rec. 1963.8.1, trans. 1963.8.27
Don't Ever Change (Goffin-King)
Honey Don't (Carl Perkins) rec. 1963.8.1, trans. 1963.9.3

ビートルズのばあい、黒人リズム&ブルーズをそのまま下敷きにしてあることも多いけれど、白人ロッカーによるカヴァーがあるものはそれを参照しているのが、当然のような気もするけれどおもしろい事実だ。たとえば「アイ・ガット・ア・ウーマン」。レイ・チャールズのオリジナルではなく、間違いなくエルヴィス・プレスリー・ヴァージョンに沿って展開している。

この世代の UK ロッカーたちには、そういうケースがかなりあったんじゃないかと、そのほかのバンドや歌手、ミュージシャンたちの例を見てもよくわかる。ローリング・ストーンズみたいに黒人ブルーズやリズム&ブルーズ楽曲をそのまま真似て、というのは、どっちかというと少数派だったかも。

アーサー・クルダップの「ザッツ・オール・ライト、ママ」についてもまったく同じことが言える。そのほか多くがそうなので、みなさんご検証いただきたい。レコード・デビュー前から1964年ごろまでのビートルズが、どこからどう学んで、なにをとりあげどうやって、それをお手本に自分たちのオリジナル曲もどうやって創っていくようになったか、よくわかる。初期の自作曲も『ライヴ・アット・ザ・BBC』に多いので、比べたら楽しい。

こないだデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』に聴けるラテン・シンコペイションのことを書いた。BBC ライヴにおける初お披露目だったものでも、同様のリズム・スタイルが聴けるばあいがわりとある。ジャズやブルーズやロックなどをそのまま聴くだけでは気が済まず、特にカリブ中南米要素を探しもとめる癖のあるぼくは(まるでフレモー&アソシエみたい)、ビートルズの BBC ライヴでもそのあたりにニンマリする。

随所にそういったものがあるけれど、なかもで顕著だなと思うのが、リトル・エヴァの歌った「キープ・ユア・ハンズ・オフ・ベイビー」、アーサー・アレクサンダー(ジョンのお気に入りだったようだ)の「ソルジャー・オヴ・ラヴ」、ジョディマーズ「クララベラ」、エルヴィスの「アイム・ゴナ・シット・ライト・ダウン・アンド・クライ」、バディ・ホリーの「クライイング、ウェイティング、ホーピング」。

それから、マリーノ・マリーミの「ザ・ハニムーン・ソング」、チャック・ベリーの「メンフィス、テネシー」、リトル・リチャードの「ルーシール」、ジョニー・バーネットの「ロンサム・ティアーズ・イン・ユア・アイズ」(最高だ!)、チャン・ロメーロの「ザ・ヒピー・ヒピー・シェイク」、リトル・リチャードの「ウー、マイ・ソウル」とか、そのくらいかな。

もちろんビートルズならでは、という独自解釈を施した結果なのではなく、カヴァーした先のヴァージョンが元からそうなっているだけではあるけれど、そんなところも、しばらくが経過してオリジナル楽曲にしみこんでいくことになっているので、いわば彼ら四人が教科書を見ながら学習している記録として、のちの全盛期へつながるものを聴きとれば、楽しさ倍増。

カントリー・テイストな曲だってあるし、さらにまた、ジョンのややザラついた濁り成分を持つ声質に比し、ポールの、ロック・シャウターとして迫力があって、かつ、なめらかなバラディアーとしてもうまいという部分の好対照も、どんどん続けて飛び出してくる『ライヴ・アット・ザ・BBC』の聴きどころかも。

2018/10/10

リー・モーガンに聴くブリティッシュ・インヴェイジョン #BlueNoteBoogaloo

くどくてごめんなさい、大好物なんで。これまた #BlueNoteBoogaloo のひとつ、リー・モーガンの『ザ・ランプローラー』(1965年録音、66年発売)。それにしてもこのレーベル公式プレイリストには本当にいろいろ教えていただいて、それは数の問題だけではなく、とても大切なことを学んだ。それでいくつも CD 買ったよ。買わなくても Spotify で聴けるものばかりだけど、そこは、ほら、やっぱりね、そうなんだよ、ぼくも。でもさ、音源がちゃんとあって、データ類もネットにぜんぶきちんと載っているものばかりなんだなあ…、マジでそろそろ考えないと…(なにを?)。

まず最初に書いておくが 'The Rumproller' はアンドルー・ヒルの曲だけど、この曲以外でこんな英単語をぼくは見たことがない。ヒルの造語かなあ?rump と roll でくっつけて…?、ってことはこりゃまたスケベな意味のニュアンスがあるのかなあ。わからない。どなたかちゃんとおわかりのかた、教えてください。どうでもいいようなことかもしれませんが。

んでもって、リー・モーガンのアルバム『ザ・ランプローラー』も、これまたドラムスがビリー・ヒギンズなんだよ。う〜ん、多いぞ。というかぜんぶを調べるのが面倒だからやっていないけれど、レーベル公式プレイリスト『ブルー・ノート・ブーガルー』の曲は、ぜんぶビリー・ヒギンズが叩いているかもしれない。ブルー・ノートじゃなくても、たとえばエディ・ハリスの『ジ・イン・サウンド』もヒギンズだったし、ほかにもいっぱいありそう。ってことはやっぱり裏テーマはヒギンズなのか?

リー・モーガンのアルバム『ザ・ランプローラー』でブルー・ノート・ブーガルー的と言えるのは1曲目「ザ・ランプローラー」、3曲目「エクリプソ」(あれっ、トミー・フラナガンの1970年代作品に同題があったなあ)、4曲目「エッダ」と、この三つかな。5曲目「ザ・レイディ」なんか、ハーマン・ミュートを付けて吹くモーガンのバラード吹奏がきれいでいいけれども、今日の話題からは外れる。

もう一個よけいなことを。2曲目「デザート・ムーンライト」は作者がリー・モーガンにクレジットされているが、みなさんおわかりのとおり日本の童謡「月の沙漠」だ。これってトラディショナルとか PD とかじゃなくて特定の個人作者がいるんだけど、いいのか、モーガン?日本と縁深いジャズ・マンだから、どこかで聴き憶えたんだろうなあ。

話題にしたい三曲。これらのうち、「エクリプソ」はボサ・ノーヴァ調と言えるよね。だからビリー・ヒギンズのドラミングがぴったり似合っている。でも淡々とした曲調じゃなくて、どっちかというと爆発的に激しくハード。ソロはリー・モーガンのより、こういうのをいくつもやってきたテナー・サックスのジョー・ヘンダスンのほうがいいように思う。マッコイ・タイナーとハービー・ハンコックを折衷したようなピアノのロニー・マシューズが弾く新感覚も好き。

「エッダ」はウェイン・ショーター作。いかにもこのころのウェインが書きそうな曲で、サビ部分でだけ4/4拍子のストレート・ジャズになるけれど、それ以外の部分ではラテン調の8ビートで楽しい。まあでも和音構成やリズム・スタイルもあわせ、当時のいわゆる新主流派ジャズに分類できそうな典型だ。

で、新主流派ってなんだったのか?ということを、今年五月からずっと話題にしてきている<ブルー・ノート・ブーガルー>も混ぜて、というかたぶんそれら不可分一体だったから、アルバムの最重要曲である1曲目「ザ・ランプローラー」も含め、ちょっと考えてみたいんだけどね、今日というよりそのうちジックリと。さっきパッと思いついたことは、いわゆるブリティッシュ・インヴェイジョンを当時活躍中の米ジャズ・メンなりに消化した結果がそれらだったんじゃないかということ。

もちろんそれらジャズ曲の録音時期と英国ロック勢のアメリカでの大流行時期とその両方を見ると、前者のほうがちょっとだけ早い。ハービーの「ウォーターメロン・マン」が1962年、モーガンの「ザ・サイドワインダー」が63年の録音だけど、ビートルズの北米上陸は1964年だったよね。同年一月にシングル「抱きしめたい」(I Want to Hold Your Hand)が出現、爆発してからじゃないかな。

だからそれ以後のジャズ・メンの録音にロック・ビートの影響が出るようになって、今日とりあげているリー・モーガンの『ザ・ランプローラー』もその地平線上にあるのは間違いないように、最近ぼくは考えるようになっている。アメリカのジャズ、それも新主流派やブーガルー・ジャズのなかにビートルズがイコンとなったロック・ビートがあった、それが1964年以後のファンキー・ジャズ、ソウル・ジャズ、ジャズ・ファンクを産んだトリガーだった、とは、いままで読んだことがないけれど、どうやら間違いなさそうな気がする。

しかしその約二年ほど前からのジャズ・ブーガルーのなかにある、あんなポップでファンキーでノリのいい8ビート演奏は、たぶん1960年代ロックンロール・クレイズの先取り、あるいは同時期の共振だったのかもしれないよな。ビートルズやローリング・ストーンズ、キンクスなどなど英国でのロック爆発の大元の源流と、米国のブーガルー・ジャズのルーツは、重なっているじゃないか。そう考えれば自然だ。

UK ロック勢は、もちろんアメリカの黒人ブルーズやリズム&ブルーズや白人ロックンロールを範として学び、というか初期はもろコピーして、そのまんまやっていた。彼らのお手本となった北米大陸産のそんな音楽にカリビアン〜ラテンなビートが抜きがたく流入しているとは常識的だ。その根源は西アフリカにあり?だから、アメリ合衆国に上陸した英ロッカーたちは、侵略というより、ある意味<帰国>だった。本人たちは理解していたんじゃないか(と当時からの各種発言でわかる)。

となると、ハービーやモーガンやらがはじめて、その後ひとつの流れになって、今年五月にレーベルが公式プレイリストまで作成し公開した『ブルー・ノート・ブーガルー』とブリティッシュ・インヴェイジョンとの関係、同一性も見えてくるはず。それらジャズでもロックでも、カリビアン/ラテン・ビートなグルーヴ・オリエンティッド・ブルーズだってこと。

グルーヴ・オリエンティッドなラテン・ブルーズが、ジャズへ行けばこうなって、ロックへ行けばああなったということだったんじゃないだろうか?同じ1960年代に、もとをたどれば同じ故郷からやってきたと言えるものを変化させ、一を足し二を引いて我がものとし、自分たちの衣装を着せて表現した。それがブルー・ノート・ブーガルー(や新主流派)であり、ブリティッシュ・ロック。

2018/10/09

ある秋の夜、プリンスの「グッバイ」が終わったら鈴虫の音が聴こえてきて、最高だった

という体験を、今年、実はなんどもしている。一度目がすばらしすぎたので忘れられず、夜がふけて鈴虫の音が聴こえだすとアルバム『クリスタル・ボール』三枚組(やほかのなんらかのプレイリストみたいなものでもおーけー、ラストにあれば)を聴いてしまう。この曲と体験にグッバイできない。

(アルバム or プレイリストの)ラストだから音が消えると同時に鈴虫の鳴き声が…と言っても、「グッバイ」がよすぎるので、いっときになんども反復再生しているんだよね。たぶんだけど、いまの気持ちではプリンスのありとあらゆる全楽曲中、この「グッバイ」がいちばん好き。美しい。あまりにも美しすぎる。プリンスのファルセット・ヴォーカルは、ときどきキモいと言われることがあるけれど、そんなことないよ。特にこの「グッバイ」では、まさに美じゃないか。

美しいというのはこの曲「グッバイ」の歌メロディと歌詞がそうだから。歌詞のどこがどう、なんて詳しいことは書けないが、それを表現するメロディはどこをとっても全体がきれい。こんなにきれいなバラード(トーチ・ソング?)は、滅多に聴けるもんじゃない。すくなくともぼくの聴いている範囲の全アメリカン・バラード中、というとウソみたいだから全プリンス楽曲中と言いなおすけれど、最もきれい。と断言したい。

その美しさには、出だしからため息しかでないが、特にコーラス部はなんど聴いても涙が出る。"For that matter, whatever to make you reconsider / Is there truth when you make love to a lie?" 部分で、メロディがなんども折り重なってぐいぐい上昇していくところ。なんてすばらしいんだ。毎コーラスでこれが反復される(同メロを持つアウトロ部では違う歌詞)。

そして、ここは毎コーラスもアウトロ部も同じ歌詞の "Excuse me, but is this really goodbye?" で、ボロ泣き。ここから取った '(Excuse Me Is This) Goodbye' がこの曲のオリジナル・タイトルだったらしい。曲の最初から最後までずっと指を鳴らす音がきわめて効果的に使われているのもイイ。スウィート・ソウル系の音楽ではわりとよくある。プリンスだってほかにも使ってある曲があるね。

出だしはベース・ドラム音の反復だけで入ってくる。最近はそれが聴こえはじめただけで胸いっぱいになってしまうんだけど、そのベース・ドラムはコンピューターを使って出しているデジタル・サウンド。そのほかこの曲「グッバイ」のベーシック・トラックの大半はコンピューターで創っているはず。それらはおおよそ1991年ごろにミネソタのペイズリー・パーク・スタジオで録音済みだったようだ(Prince Vault の情報)。いわゆる『(ラヴ・シンボル)』アルバム向けの初回セッションでのことだったそう。

ヴォーカルをいつ重ねたのかは判然としないが、コーラス・ハーモニーはもちろんぜんぶがプリンスひとりでの多重録音。そのコーラス・ワークには1950年代のドゥー・ワップ・シンギングの痕跡があるよね。そういえば、曲「グッバイ」の、甘くつらく切なく哀しい曲調もドゥー・ワップ・ソングに多いもので、1990年代におけるプリンスのそんな reminiscent。

オーケストレイションはいつものようにクレア・フィシャーが手がけている(とライナーノーツに書いてある)。といっても生演奏のストリングス(ホーンズはないはず)だけじゃない。シンセサイザー・サウンドも混ぜてある。そのフワ〜っとしたヴェールのようなサウンドをクレアが書いたんだね。混デジタルだってオーケストラ・アレンジと言えるけれど、それが録音されたのは1994年12月と、これまた Prince Vault による。

それで当初プリンスは、『イマンシペイション』にこの '(Excuse Me Is This) Goodbye' を収録する予定だったらしいが、あの三枚組収録曲は、ほかにもたくさんなんども差し替えがあったように「グッバイ」もとりやめとなり、代わりに「ザ・ホーリー・リヴァー」が入ったようだ。聴き比べたら、どうしたって「グッバイ」のほうがいいけれど、結果的にはちょっぴりひそやかに、未発表集アルバム『クリスタル・ボール』のクローザーとして、そっと「グッバイ」が置かれたので、結果オーライかな。

同じく三枚組の『イマンシペイション』にも、こんな感じのトロトロ大甘ソウル・ナンバーみたいなのがいくつかあるよね。オリジナルもカヴァー・ソングもどっちにも。しかもつらく苦しいハート・ブレイキングな曲も、これまたどっちにもある。「グッバイ」がどっちの傾向なのか、いまのぼくにはちょっと判断がつかないが、とにかく、美しい。あまりにもきれい。ここまで美しい歌は、ない。最高に大好き。とにかくいまは、これがぜんぶの音楽のなかで、いちばん。

2018/10/08

世に言う名盤ニガテ盤 10

(キング・クリムズンとハレドは配信されていないようです)

世間的に名盤とされていてなんどもトライしてるのだが個人的にピンとこないアルバム。みなさん、おありのはず。それを書くのは、生涯にわたっての愛聴盤十選を書くよりも、自分の個性や趣味や考えかたがクッキリ出るんじゃないかという気がする。十作どころじゃない、かなりたくさんあるけれど、とりあえずいますぐパッと思いつくのだけ、リリース年順に並べた。

ソニー・クラーク『ソニー・クラーク・トリオ』(ブルー・ノート)(1958)
エリック・ドルフィー『アウト・トゥ・ランチ』(1964)
オーティス・レディング『オーティス・ブルー』(1965)
ザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(1968)
キング・クリムズン『イン・ザ・コート・オヴ・ザ・クリムズン・キング』(1969)
サイモン&ガーファンクル『ブリッジ・オーヴァー・トラブルド・ウォーター』(1970)
ジョン・レノン『イマジン』(1971)
ボブ・マーリー『キャッチ・ア・ファイア』(1973)
フェラ・クティ『ゾンビ』(1976)
ハレド『クッシェ』(1988)

説明なしでも、ふだんのぼくの文章を読んでくださっているかたがたならこのまま理解していただけそうなものと、やはり付言しておいたほうがいいのかなと思うものとが混じっているように思う。いずれににしても、ぜんぶについてちょちょっとメモしておこう。

『ソニー・クラーク・トリオ』。ぼくがこのジャズ音楽家のことを好きなのは、いままでも書いてきているがコンポーザー、アレンジャー、バンド・リーダーとしてであって、この点ではちょっぴりホレス・シルヴァーにも相通ずるものがあるとすら高く評価している。いっぽうでいちピアニストとしてはイマイチに感じているんだよね。だから、作編曲能力を存分に活かせる複数ホーン奏者参加の編成じゃないピアノ・トリオ作品では、自作曲で構成されたタイム盤が好き。

エリック・ドルフィーのことは大好きだ。ぜんぜん苦手じゃない。だがしかしこのブルー・ノート盤だけ、35年以上前からなんど聴いてもおもしろみがわからない。どうしてだろう?自分でもこの己がフィーリングを理解できない。乾いて硬質な感触なのがダメなのかなあ?いやあ、わかりません、マジで。チャールズ・ミンガスとやったのなんか、最高に好物なのに、これだけ真反対の印象。ドルフィーのリーダー作だって、ほかは愛聴盤なのになあ。

オーティス・レディングは、ぼくにサザン・ソウル苦手意識を植え付けた歌手。それもビートルズやローリング・ストーンズの曲をやっているのを聴いて、生理的に受け入れられないと感じてしまったが、しかしその大学生のころから「ドック・オヴ・ザ・ベイ」とかには好印象だった。そのほかの(ロック・ナンバーではない)ものだって好きなんだけど、最初に持ってしまった苦手意識がなかなか完全には払拭しきれていない。アルバムはぜんぶ持っていて聴いている。『オーティス・ブルー』だって二枚組のデラックス・エディションを聴いているけれどね。

ザ・バンドの『ビッグ・ピンク』は、しかし近年ぐんぐん好印象へと急変化しつつあるので、今日ここに選んだのはちょっとおかしいけれど、長年どうもちょっと…、だった。二作目も苦手で、ザ・バンドでいいなと思っていた(いる)のは、長年、『カフーツ』とライヴ盤の『ロック・オヴ・エイジズ』だった。あ、やっぱり趣味がモロに出ちゃってる…。

どうにもダメなキング・クリムズンはおいといて、サイモン&ガーファンクルとジョン・レノン。二名ともソングライターとしてはかなり好きな部類に入るんだけど…。S&Gではアートが歌っていることも多いよね。う〜ん…。ジョンだってビートルズのころには、特に1967年前後に書いて歌ったものは、超絶的に好きだけどね。「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」「アイ・アム・ザ・ウォルラス」とか、全ポップ史でも比肩しうるものがないかも?と思うほど、好き。

ボブ・マーリーとフェラ・クティは、はっきり言っちゃいますが、レゲエとアフロビート、のルーツ的なそれっていうかジャンル本来の部分としてっていうか、かなり苦手、全体的に。だから選ぶのはどのアルバムでもよかった。要はぜんぶ嫌いだからどれでも一枚なんでもいい。でもレゲエとアフロビートが嫌いなのは、たぶん音楽そのもののことじゃないね。まとわりつく言説がだ〜っいきらいなだけだ。ちょうど1960年代末〜70年代前半ごろのジャズ喫茶でアルバート・アイラーやジョン・コルトレインについてやかましかったのに嫌悪感があるのと同質のものだ、ぼくのなかでは。いわゆる砂漠のブルーズのことを大好きなのは、そういった言葉が出はじめる前に知ったから。

ハレドの『クッシェ』になぜかなじめなかったぼく。個人的マグレブ音楽体験は、前から繰り返すように1998年の ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)のデビュー・ライヴ・アルバムではじまったけれど、それ以前に一枚だけ持っていて聴いていたのがハレドの『クッシェ』だ。そのくらい超有名盤だったもんねえ。これにはまっていたら、ライやその他マグレブ音楽への接しかたが、またすこし違ったものになっていたかも。でも、ハレドのことはその後大好きになって、現在まで来ている。

2018/10/07

ロックにおけるラテン・シンコペイション(1)〜 ビートルズのデビュー・アルバム篇

アメリカ(産、由来の)音楽のどこにでもあるラテン・ビートなアクセント。ロックにもあるからビートルズにだってある。そのデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』(1963)は、レコードでは片面七曲づつだった。アメリカン・ソングのカヴァー六曲、オリジナル八曲で構成されている。そのなかで、特にラテンっぽいシンコペイションが聴けるなと、個人的に感じすぎかもしれないが、列挙すると以下のとおり。カヴァー・ソングはオリジナル歌手名も付記。

3「アナ」(アーサー・アレクサンダー)
5「ボーイズ」(シレルズ)
6「アスク・ミー・ワイ」
7「プリーズ・プリーズ・ミー」
9「P.S. アイ・ラヴ・ユー」
10「ベイビー・イッツ・ユー」(シレルズ)
11「ドゥー・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ザ・シークレット」
14「トゥイスト・アンド・シャウト」(トップ・ノーツ)

これらのなかで、というだけでなくアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』のなかでいちばんの好物なのが、勢いのいい元気なロックンロールである幕開けの「アイ・ソー・ハー・スタンティング・ゼア」を除くと、3「アナ」(アンナ)と10「ベイビー・イッツ・ユー」。

「アナ」と「ベイビー・イッツ・ユー」で聴けるリズム・パターンは同じだ。この、ちょっともたついているかのようでもあるけれど、ひっかかって跳ねているようなビートの感触が好きなのだ。主にドラマーがスネアとベース・ドラムでそれを表現している。ベースやリズム・ギターもそれに協調。

「アナ」がアーサー・アレクサンダーの、「ベイビー・イッツ・ユー」がシレルズの、どっちもコンテンポラリーなポップ・ヒットだけど、両者ともアメリカン・ブラック・ミュージックの歌手たちだ。1960年代初期のアメリカ大衆音楽というと、リズム&ブルーズの流行からロックが誕生し、その最初の大隆盛期を終えて落ち着いて、黒人音楽界だとモータウンなどまた違ったポップさを持つ音楽が生まれはじめていたころだ。

その時期には、黒人白人問わず、ポピュラー・ミュージックにおけるラテン・ビートの痕跡は、ばあいによっては抜きがたいどころかますます強調されるようになっていたのかもしれない。プロフェッサー・ロングヘアなどニュー・オーリンズ(出身)の音楽家もリズム&ブルーズ界で活躍していた時期だ。はたまた、ラテン・アクセントが表面上は薄められていたばあいもあったのかもしれないなあ。

「ベイビー・イッツ・ユー」の作曲者はバート・バカラック。ティン・パン・アリーの流れを汲むブリル・ビルディングのソングライターだ。あっ、『プリーズ・プリーズ・ミー』にはジェリー・ゴフィン&キャロル・キングのコンビもいるなあ。4曲目「チェインズ」。これは特にラテン・ビートとは関係なさそうだけど。

ともかく、1950年代半ば〜後半のロックンロール・クレイズが冷めてこそのブリル・ビルディング産音楽の流行だったのだ。しかし、ロックのなかにあるラテン・アクセント(はもともとリズム&ブルーズの、さらにさかのぼってジャンプ・ミュージックの、さらに言えば古典ジャズのなかにあるカリブ要素の継承だ)は、表面上はやわらかくまろやかに薄められたとはいえ、ポップ・ソングを書く職業ソングライターたちのペンのなかにだって、やはり忍び込んでいたのだ。

レコード・デビューの直前直後あたりのビートルズには、アメリカン・ソングのカヴァーが多いよね。四人もそんな曲群のなかに混じっているラテン・シンコペイションを、意識してかせずか、もちろん嗅ぎとっていたはずだろう。それはちょうどリヴァプールという、奴隷貿易で栄えた港町の歴史を、あたかも DNA 的に背負い込んでいたかのようじゃないか。

5「ボーイズ」もシレルズの曲だけど、これ、リズム・パターンが曲「ルシール」なんかでも典型的に用いられている例のやつだよね。ブルーズ〜ロックンロールで聴けるごくごくあたりまえなものだけど、そんなビートの跳ねかた aka シンコペイションをビートルズもそのまま表現している。

6「アスク・ミー・ワイ」もラテン・ビートが確実にある。リズム・ギターがシングル・ノートで弾くのとそれに合わせたベースの合奏リフが跳ねている。ストップ・タイムをうまく使っているのと軌を一にしているじゃないか。

7「プリーズ・プリーズ・ミー」にも、かなり薄いけれど、特に「カモン、カモン!」と反復する部分などにラテンなビートの跳ねかたの痕跡があるし、9「P.S. アイ・ラヴ・ユー」は、次のアルバムにあるラテンなポップ・カヴァー「ティル・ゼワ・ワズ・ユー」の予兆のように聴こえるリズムだ。特に和音で弾くリズム・ギター。

ジョージの「ドゥー・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ザ・シークレット」とか、ただ砂糖をまぶしただけの取るに足らないラヴ・ソングだと思われていそうだけど、主旋律が出てからの毎Aメロ終わりで「say the words you long to hear」と歌うところの「ヒア」部分で、リズムをまくしたてるように重ねるあたり、ラテン・シンコペイションを、ぼくだったら薄くだけど感じる。

アルバム中最も有名な歌になって、ビートルズの書いたオリジナル・ソングだとすら思われているらしいラスト14曲目「トゥイスト・アンド・シャウト」は、そもそもトップ・ノーツのオリジナルからしてほんのり薄いラテン・テイストがあったじゃないか。ってか、ツイストというダンスにラテンなノリがあるよね。ビートルズが直接下敷きにしたアイズリー・ブラザーズのヴァージョンともなれば、まごうかたなきラテン R&B だ。

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