2019/03/25

これまた2010年代のアマジーグ・フォロワーだ 〜 フリークレイン

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これはフリークレインっていうほうがバンド名で、『ノマド』は作品名か。な〜んも知りませんがゆえ、いまようやく把握いたしましたこの2017年のアルジェリア盤 CD。しか〜し、中身の音楽はそんなに知らないものじゃないぞ。端的に言えば、これまた21世紀に蘇りし1998年のグナーワ・ディフュジオンというか現代版アマジーグ・カテブにほかならない。人気だなあ、アマジーグ。


昨年もこのブログで書いた、なんだっけなアルジェリア出身のバンドが、もろグナーワ・ディフュジオンだったけれど、っていうかこのバンドはアマジーグのワン・マン体制なのでアマジーグの影響ということか、どうもこの2010年代に入ってそれが若い世代のアルジェリアのバンドに顕著に出てきているような気がする。シーンを把握するのが苦手な性格なのでわかりませんが、なにかこう、現代版アマジーグとでもいうような傾向が見えるような見えないような…。


2010年代のアマジーグがいまのアルジェリアのバンドに見えるというのは、このフリークレインの『ノマド』にしてもそうなんだけど、ライ(はアマジーグにはないのだが)と、それからシャアビを根底に置きながら、音楽の方法論としてはレゲエやロックやラガマフィンなどをまとうという、そういったサウンド・メイクのありように最も顕著にあることなのだ。アマジーグ・フォロワーのぜんぶのバンドがこの方向性を取っている。


フリークレインのばあいは、それプラス、リード・ヴォーカリストの歌いかたにもアマジーグ唱法の直接の痕跡がはっきりと聴ける。声の出しかた、張りかた、ワン・フレーズの終わりで「アァ〜〜」と声をサステインさせるときのその声のトーンなんかもそっくりじゃないかな。ちょっと揺らぎながら哀しみを込めて、しかし強く訴えかけるように濃いヴォイスで伸ばすところ。同じだ。


『ノマド』にはレゲエもはっきりと(直接的、間接的に)聴けるし、またそれ以外の曲の多くはビートがロックのそれだなと聴こえたり、しかしグナーワ・ディフジオンと違ってストレートなシャアビなんかは聴けない。徹底的にポップ・ビートの衣をまとわせているのが今様なのかな。エレキ・ギターの単音弾きはここでもやっぱりカルロス・サンタナっぽい。って、サンタナの影響拡散力もこれまたすごいものがあるなあ。


だいたいフリークレインの『ノマド』には「Amazighia」なんて曲題のものがあるくらいで、その1曲目なんか聴いたら、な〜んだグナーワ・ディフュジオンのコピー・バンドじゃん、って感じちゃうくらいクリソツなんだけど、2曲目以後ラストまではそれなりのこのバンドらしい個性もうかがえて、微笑むところ。なかなか完成度も高いし、楽しめる一枚です。

2019/03/24

超爽快なバンドリン・ジャズ 〜 カラピッショ・ランジェル

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この作品、bunboni さんに教えていただきました。感謝します。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-01-19


いやあ、カッコイイなあこのブラジリアン・ジャズ。そう、ジャズに違いない作品だ。主役は(ジャズというよりショーロで頻用される)バンドリンだけど、こういったジャズこそ、現在進行形のもののなかでは、いまのぼくにとって理想形のひとつ。も〜う、カッコイイのひとことに尽きるほど爽快にカッコイイぞ。まるでイケメンが颯爽と疾走するかのごとき風景を感じるサウンドだ。おかしいですか、この表現?


このアルバムでの主役バンドリン奏者はカラピッショ・ランジェル(Carrapicho Rangel)。アルバム名は『Na Estrada Da Luz』(2018)で、編成はバンドリン、ピアノ、ベース、ドラムスのカルテット。まず、いちばんグッと来るのがアルバム・ラスト8曲目の「Brisa」(作はパウロ・アルメイダ)。こ〜れが!もう!特にリズムのキメが爽快のひとことに尽きる!カッコイイなんてもんじゃない。ピアノ+ベース+ドラムスの三人がビシバシ決めまくるんだけど、いやあ、すんごくいいぞ!


曲「Brisa」では出だしからそのキメが入るので、みなさんすぐにおわかりいただけるはず。キメが演奏されたまま、そのまま上にカラピッショのバンドリンが乗っていく。それもうまくて舌を巻くような技巧だけど、決してメカニカルに無機的ではない。ぬくもり、あたたかさ、リリカルさを感じられる弾きかたなのがいいね。しょんべんチビリそうなほど超絶クールなキメの上をバンドリンが走るさまは爽快。快感だね。キメたまま曲じたいが終わる。いやあ〜、たまりませんね。


「Brisa」の前の7曲目「Partindo Pro Alto」だって同様のカッコいいキメが(ここではピアノとドラムスのデュオで)ビシバシ入るし、だいたいこのカラピッショのアルバム『Na Estrada Da Luz』は全体的にとてもよくアレンジされ練りこまれている。合奏パートが多く、その合間を縫うように入るソロは必要最小限で曲全体を壊さないように、というのが考え抜かれているんだよね。


それでここまでカタルシスがあって、しかもアルバム全体がたったの37分間で、しかもそれで食い足りない感じなんて全然なくって大満足っていう、こうなるとアメリカ合衆国の1960年代ジャズなんて、いったいなんだったんでしょうか?と言いたくなってしまうが、音楽の種類が違うんだから比較は無意味ですね。いまの即興系なんかも、ちょっとその…(モゴモゴ)。


カラピッショの『Na Estrada Da Luz』。ここまで乾いてクールなキメというかアレンジをやりまくるのに、ぬくもった情感があって、それはあたかもショラール感覚と言ってもいいようなものなんだけど、それは主役がバンドリンを弾いているせいなのか、あるいはそういった持ち味の音楽家でそういった音楽なのか。ちょっと2010年代後半の新世代ブラジリアン・ジャズって、おそろしいほど上質だ。

2019/03/23

渋谷で5時

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1991年に渋谷にメイン・キャンパスがある大学に就職したけれど、その前は東急東横線の都立大学へ通っていたから結局やっぱり渋谷駅がターミナル。そんなわけで1984年の上京時から2011年に愛媛に帰ってくるまで、ずっと渋谷がぼくのホーム・グラウンドだった。レコードや CD も、渋谷でいちばんたくさん買った。だから渋谷にあったレコード、CD ショップには、ほぼ入りびたり状態だったなあ。


いまでこそワールド・ミュージック・ショップ、エル・スールでめっちゃたくさん買っているが、このお店はぼくの東京時代、宮益坂にあった。現在は公園通りの NHK ホールへと向かう道中にある。しかし東京時代にそんなにたくさん通ったわけじゃなかった。ぼくが上京したころ、まだなかったように思うんだけど、間違っていたらゴメンナサイ。


タワー・レコード渋谷店も1984年にあったかどうか、記憶が定かでない。あったかなと思うんだけど、ぼくが憶えているのは宇田川町のジーンズ・ショップの二階にあったタワレコ渋谷店。80年代なかごろ?か後半からか?そこに通いはじめ、輸入盤のレコードや CD を、それこそ山のように買いまくった。都立大学から渋谷まで帰ってきて買って、自宅へ向かう山手線に乗る前に荷物を抱えて、という感じだったなあ。


アナログ→ CD の移行もタワレコ渋谷店で体験した。以前も書いたが、ぼくがはじめて買った CD はマイルズ・デイヴィスの『オーラ』で、当時これが CD しか店頭に並ばなかったためだ。まずそのソフトを買って、すぐにプレイヤーを買った。マイルズの『オーラ』CD をタワレコ渋谷店で買ったんだよね。でも当初、レコードはないのか?!と店内をさがしまわり、店員さんにも聞いたんだよ。


渋谷にメイン・キャンパスがある大学に就職してからは、サムズが最頻店となった。大きな歩道橋を渡った渋谷警察署の裏のビル二階にあった時代の話だ。渋谷駅を降りて大学まで歩いていくちょうどその道中にあったのでそれで発見し、通うようになった。ここはアメリカ黒人音楽の専門店。そりゃあも〜う、買ったなあ、サムズで。現在持っている CD の総量でいえば、サムズで買ったものがかなりの割合を占めるはず。


サムズには毎日(のように、ではなく文字どおり毎日)行っていた。小さなお店だし、そんなに行っていたらもちろん顔と名前を憶えられてしまう。好きな黒人音楽の趣味も把握されてしまい、ある時期以後は店内で物色しているとお店のかたから「戸嶋さん、こんなの出ましたけど、どうですか?」などとオススメされることも増えたのだった。その多くがブルーズ。1990年代はブルーズ・ブームだったしね。いやあ、サムズではとにかく買った。移転してからは行きにくくなってしまい残念。いまはもうない。


それからいままでもぼくの文章でしばしば名前を出しているが、渋谷東急プラザ(も、いまはもうないんだっけ?)内にある新星堂でもたくさん買ったなあ。ここでは CD しか買わなかった。仕事のとき、ぼくは常に早めに渋谷駅に到着してしまう習慣があったので、まだ大学まで歩いていく時間じゃないなと思ったとき、井の頭線のホームから近いので東急プラザによく立ち寄ってブラブラしていたんだ。紀伊国屋書店も入っていたので、そこもよくぶらついていたよ。


ディスクユニオン各店だって渋谷にもあるし、HMV も Wave もあったし、なんというか渋谷は(いまはどうだか知らないが)レコード、CD ショップがひしめく激戦区みたいな印象が1980年代後半〜90年代いっぱい、つまり20世紀末にはあったと記憶しているんだけど、違うかなあ。もうホント、時間がいくらあっても足りないんだよね、そんなに音楽ショップがあったら、その街をぶらつくのにさ。半日くらいはあっという間に過ぎてしまう。


そんな街だからなのか関係ないのか、1995年に参加してサーヴィス終了まで夢中でやっていたパソコン通信 Nifty-Serve の音楽部屋のオフ会は、どれも必ず渋谷で行われていた。レコード/CD ショップがたくさんあるのでみんなでグルグルまわり、食事をするお店にも困らないし、最後は老舗ロック喫茶の BYG(道玄坂)でゆっくりしながら、その日の収穫物をみんなが報告し、あとは雑談。楽しかったなあ。

2019/03/22

UK ブルーズ・ロック 9

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ブルーズはアメリカ産のものなのに、ブルーズ・ロックとなると、むろんアメリカ人もやっているけれど、断然ブリティッシュ勢、それも1960年代発信のものがおもしろいし、すぐれているように見えるし、熱心でもあって、成果を残しているよね。ポール・バタフィールド、オールマン・ブラザーズなどアメリカにもいるが、イギリスだと、たとえばローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ジェフ・ベック、エリック・クラプトン、ヴァン・モリスン、などなど、嗚呼、瞬時にどんどん名前があがるじゃないか。いくらでもいる。やっぱりね、そうだよ。


そんなわけで、今日は個人的にお気に入りの UK ブルーズ・ロックのアルバム九枚を並べておくことにする。ベストテンじゃなく九枚なのは、ひとえに上掲画像のようにタイルしたかったから。それだけ。以下、2019年3月時点での個人的好み順に一位から並べておいた。上掲正方形画像も同じ順で左上から貼ってある。


1. Fleetwood Mac / Fleetwood Mac (1968)
2. The Rolling Stones / Exile On Main Street (1972)
3. Led Zeppelin / Led Zeppelin (1969)
4. Jeff Beck / Truth (1968)
5. Free / Free (1969)
6. Cream / Wheels of Fire (1968)
7. John Mayall & The Bluesbreakers With Eric Clapton (1966)
8. Them / The Angry Young Them (1965)
9. The Animals / The Animals (1964)


フリートウッド・マックは、例のアルバム以後大人気になったけれど、ブルーズ・ロック観点からはもちろんピーター・グリーン時代だ。同様にゼムもやっぱりヴァン・モリスン時代がいいってことになるよね。アニマルズも似たような傾向があると思うので、これら三者、そういった時期のそういったアルバムでいちばん好きなものを選んでおいた。


エリック・クラプトン関連が二作となったのはあれだけど、でも当然という気もする。1960年代の英国で、ブルーズ・ベースの(ロックのような)音楽をやっていたなかで、いちばん輝いていたのはやはりクラプトンに違いないから。クリームにかんしてはもっと違うアルバムがよかったような気がしないでもないが、『ウィールズ・オヴ・ファイア』がぼくは好き。それだけ。ジョン・メイオール関連はもちろんこれだ。ひょっとしてブルーズをやるクラプトンの生涯ナンバー・ワン?


レッド・ツェッペリンとジェフ・ベック・グループのブルーズ・ロックはファーストと『トゥルース』で決まりだと、たぶんみなさんも思うんじゃないかな。フリーについてのぼくの選出はイマイチかも。でもこれも(ジャケット含め)好みの問題だから、しょ〜がないよ。


ローリング・ストーンズのブルーズ・ロックというと1960年代ものをみなさんあげるんじゃないかと思う。異論はないんだけど、個人的見解としては、1972年の『エクサイル・オン・メイン・ストリート』こそ、最高に消化・昇華されたブルーズ・ロック、でもない、もはやこれはブルーズそのものの味わいだと言いたくなるほど。それほどぼくは好きだし高く評価している。UK ロック勢が生み出したさまざまな作品のなかで、いや、別のいろんな意味でも、ロック界最高傑作じゃないかな。

2019/03/21

大編成オーケストラの時代

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クラシック音楽の大規模管弦楽とか、ジャズのビッグ・バンドとかは、なんたって生演奏現場の隅々にまで音を届けなくちゃいけないからあんな大人数編成になっていたというのが、誕生当時のまずもって最大の理由。少人数編成での生音では大きな会場の隅々にまで音楽が行き渡らない。電気拡散技術、すなわち PA(Public Address)なんかまだなかった時代の話。


ってことは、PA なしでも、聴衆規模が小さい時代やばあいには、あんな大編成は不要だと考えることも可能。実際、クラシック音楽のシンフォニーなんかでも、モーツァルトが生きていた時代あたりだと、聴衆のいる場所がまださほどの大きさじゃなくて、だからいわゆる古楽っていうんですか、楽器もあの時代のものを再現したものを用い、演奏するオーケストラの規模も抑えてわりと小さめの編成で再現した交響曲のレコードなんかがあるよね。大学生のころ、そんなモーツァルトのエインシャント・シンフォニーが新鮮でときどき聴いていた。


裏返せば、聴衆規模の、すなわちコンサート・ホールの大規模化は、19世紀の一般市民社会の誕生と軌を一にしていた。19世紀には、ほかにもオリンピックの復活現代化や、万国博覧会、百科事典、デパートメント・ストアの誕生など、似たようなことだったかなと思える事象が発生している。網羅的に大規模化し、それが一般大衆に行き渡ることを最大の目的とするといったことがらがね。


ジャズのビッグ・バンドも、こっちはまずもってアメリカ国内でダンスの伴奏をするのが第一目的で、誕生が、クラシック音楽でいう大編成シンフォニーの時代よりすこしあとだったのでとうぜん会場規模は大きい。もちろんニュー・オーリンズで誕生したころのジャズはそんなことなかったのだけど、シカゴ、ニュー・ヨーク、カンザス・シティなどのダンス・ホール、ボール・ルームなどでやるようになってからはビッグ・バンドじゃないと音量不足だったことは明白だ。


ダンスの伴奏音楽としてのジャズ音楽が会場で踊る客みんなに聴こえないといけないわけだから、コンボ編成ジャズ・バンドの、まあドラムスやピアノなんかはもとから音がデカいのでそのままでいいが、管楽器は同じものの人員を三人とか四人とかに増幅し、音量増大を図ったんだね。むろん、クラシックの管楽、すなわちブラス・バンドや、ひいてはマーチやポルカのバンドなども参照したに違いない。


古典的クラシック音楽(ミョ〜な言いかただけど)のコンサートではあくまでアクースティック・サウンドを届けることになっているのでいまでもそうだけど、ポピュラー音楽ではある時期以後マイクで拾った音を電気で拡大して大きなスピーカーで鳴らし、それでパブリック・アドレス目的は果たされることとなった。だから少人数編成だろうが、アクースティック・ギター弾き語りだろうが、そのまま野球場でもライヴ・コンサートを開催できる。


で、実際そういうことになっているけれども、ポップスやジャズやラテン音楽などのビッグ・バンドはやっぱり途絶えない。音量増幅というだけなら意味はなくなったわけだからそこじゃなく、なにか大規模編成、特に大人数管楽器同時演奏になんらかの魅力があって、それはコンボ演奏では実現できないものだからみんな聴くということになっているんだよね、きっと。


純音楽的内容から離れるような離れないようなわからないが、ビッグ・バンドは一種の祝祭、ハレの空間&時間&サウンドであるということもあるんじゃないかと思う。いまぼくは、たとえば渋さ知らズのような集団を念頭に置いているのだが、生でもなんどか観聴きしたこのビッグ・バンドは、CD で聴いてもわかる非日常性を実現している。コンボ編成ではちょっと実現不可能なような、まあ有り体に言えばニギヤカシだよね。それが(音だけ CD で聴いても)チョ〜楽しい。


そのほか、ビッグ・バンドだと、複数管楽器のトゥッティがもたらす分厚いハーモニーやユニゾンが、ある種のウネリを生んでいると言える。一糸乱れずクラシック音楽みたいに整然と演奏されるのとは若干異なる重なり合いが濁りみとなり、聴き手に快楽をもたらす、そんなことがあるんじゃないかな。


ここ10年くらいかな、大規模なジャズ・バンドが復権しつつあって、それにはラージ・アンサンブルというニュー・タームが使われているが、ビッグ・バンドと言わないのにはなにか明白な理由があるに違いない。いまでも銘柄として現役活動している古典的名門ビッグ・バンドと区別したいというだけじゃない、なにか音楽的な違いがさ、あるんだろうね。評価と人気が高いらしいマリア・シュナイダーとか挾間美帆なんかも不精してまだちっとも聴いていないが、もちろんきっとそのうち聴きますよ。渋さ知らズみたいなのが好きなぼくだけどね( ͡° ͜ʖ ͡°)。

2019/03/20

マイルズの電化トランペット時代はマチスモ志向

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それから今日書きたいテーマ向きの端的ないい写真が見つからなかった。ずいぶん前、紙媒体の雑誌かなにかで、マイルズ・デイヴィスの持つトランペットからケーブルが出ているのを直接とらえた写真をいくつか見ていた記憶があるんだけど、画像検索しても出てこない。


現在までに公式発売されている全音源でたどるかぎり、マイルズがはじめて電気トランペットを吹いたのは、1970年6月3日録音の「リトル・ハイ・ピープル」でのこと。現在ふたつのテイクが公式発売されているが、テイク7、テイク8との表記なので、アーリー・テイクがあるんじゃなかろうか。どんな様子だったのか、知りたいもんだ。ともあれ「リトル・ハイ・ピープル」は『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』(2003)で聴ける。それまで完全未発表だった。


マイルズに電気トランペットを提案したのはチック・コリアだったとのことなんだけど、実際、「リトル・ハイ・ピープル」のセッションに参加している。がしかしアイデアはもっと前にチックが持ちかけていたものなんだろう。それでおもしろいとボスも思ったのか思わなかったのか、しかしその後すぐには電気トランペットを吹かなかった。


本格的に電気トランペットを吹くようになったのは、公式発売音源だと1970年12月のセラー・ドア・ライヴから。その後翌71年もライヴで吹き続け、この年はスタジオ入りがなぜだかまったくないのだが、72年にスタジオ・セッションを再開したらもう全面的に電気トランペットしか吹かないという具合になって、そのまま75年夏の引退まで続け、81年に復帰したらやめていた。


だからほんの五年間だけのマイルズの電気トランペット時代だけど、その前後と比較して、やはりトランペットの音もトータルでの音楽性も、かなり異なっていたように思うんだよね。ひとことにすれば、マチスモ・ファンク時代。リズムが強靭になり、サウンドも激しく電気増幅されてハードになり、だから最大の上物である自身のトランペットの音も強化すべしと考えたかもしれないよね。


以前から書くように、ジャズ・トランペットにはそもそもマチスモ的なイメージがつきまとう。それを変えたのがほかならぬマイルズだった。音量も音色も小さくか細く、まるで女性的(女性のみなさん、ごめんなさい)。およそ猛々しくないやさしくソフトなサウンドでしか吹けないのがマイルズで、かのチャーリー・パーカーだってそんなマイルズの特徴がちょうど自分のアルト・サウンドといいコントラストになると踏んでバンド・レギュラーに起用したのだろう。


自身のバンドを結成してからも、マイルズはただでさえ音量の小さいソフト・サウンドである自身のトランペットに、さらに弱音器まで付けてもう一段小さく細くしてしまうというやりかたでトレード・マークとしたくらいなのだ。そんなハーマン・ミュートでのプレイで必要最小限の音数しか使わず、繊細にていねいに、薄〜っいガラス製品を扱うがごとき演奏で評判をとり、人気も定着した。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-0e78.html


1970年暮れから五年間の電気トランペット時代は、そういった方向性とはまるで真逆だよね。猛々しく荒々しい音色だし、しかもその時代、マイルズはかなり音数多めに吹きまくっている。女性的な繊細さとはほど遠いマチスモ・イメージがあって、しかも1981年にカム・バックして以後は、またふたたび従来のソフト路線に回帰したかのようだったので、70〜75年のあいだだけの特異現象だったかもしれないんだなあ。


マイルズの電気トランペット時代は、ジャズ・トランペットというものの本来的特色を再獲得し回帰しただけだったと言うこともできようが、マイルズの音楽キャリア全体を見ればちょっとそれも違うような気がする。あの1970年代のロック/ファンク時代に合うように自身の楽器の音もチューンナップしていたと、それも一時的なものだったと見るのがふさわしいんじゃないだろうか。


あんなハードな電化ファンクへと変貌していたマイルズ・ミュージックだから、自身のか弱いトランペットの音(しかこのひとは生では出せない)ではそぐわない、バンド・サウンドのなかに埋もれて消えてしまう、なんとかしなくちゃ!と考えて採用したのが、トランペットにピックアップ・マイクをつけ、ケーブルでアンプに接続し電気増幅するという手段だったんだろう。必然的に音色も、吹奏全体も、バンド・サウンドも、デリケートさよりワイルドさのほうが勝るようになる。


1970年代マイルズのファンク志向と一体化していた電気トランペットの吹奏は、このひとにしては珍しいマチスモ志向だったのだと見ることができるかも。


2019/03/19

トランプ時代のアメリカ音楽 〜 メイヴィスの『ライヴ・イン・ロンドン』

ロンドンのユニオン・チャペルで2018年7月に録音されたメイヴィス・ステイプルズの『ライヴ・イン・ロンドン』(2019)は、完璧にオールド・ファッションドな音楽だ。1曲目「ラヴ・アンド・トラスト」出だしのブルージーなエレキ・ギターを聴いただけで、まるで50年くらい時代をさかのぼったような気分になる。メイヴィスは80歳ほどなわけだし、ちょうどいちばん元気があったころのそんな音楽をいまに再現していると言えるかも。

元気があったころと書いたけれど、でも『ライヴ・イン・ロンドン』でのメイヴィスも相当元気だよ。そして、実際、いま2018〜19年も、ちょうど50年前くらいと似たような時代状況になってきているのじゃないだろうか。メイヴィスの音楽が、変わっていないのに老いず衰えず(と聴こえる)訴求力を放っているようなのは、きっとそのせいに違いないと思える。おそらくこの歌手はこのことに自覚的だ。だからこんなライヴ・アルバムをリリースしたのだろう。

とりあげているレパートリーも、トラックリストで曲名をざっと一瞥しただけで想像できそうな、まったくそのとおりの内容の歌が続いている。いま、2018/19年ごろに、アメリカ(だけでなく世界)で失われようとしているかのように見えるものを取り戻さんとでもいうべきメッセージというかアピールだよね。しかも、社会的、政治的であると同時にきわめてパーソナルな日常の現実にも密着している。

そんな内容を綴るメイヴィスの歌声に変わらぬ力強さがあって、失礼ながらとうていこの年齢の歌手とは思えぬ張りと艶を感じる。いま2019年にこの年齢の歌手のなかでは、世界で最もしっかり歌える存在じゃないだろうか。まぁあれだ、愛と信頼とか、あなたは決してひとりじゃないのよとか、そんな内容はちょっといまのぼくは信じられない気分もあるんだけど、メイヴィスにこうやって歌われると違ったフィーリングにもなってこようというもの。

しかも『ライヴ・イン・ロンドン』は伴奏がシンプルだ。ギター&ベース&ドラムスの三人だけでオーヴァー・ダブもなし。あと、バック・コーラスが二名いて、本当にたったこれだけ。この、いわばスカスカに空間のあいたサウンドが、かえって主役歌手のヴォーカルの存在感、ナマナマしさをきわだたせる結果となっているから大成功だ。飾り付けない音楽で、メイヴィスが歌い伝えたい内容がダイレクトに響いてくる。そんな気がする。

昨2018年にはライ・クーダーの『ザ・プローディガル・サン』があったけれど、メイヴィスの『ライヴ・イン・ロンドン』といい、いまのこの時代の、しかもアメリカ合衆国人じゃないと産み出しえない音楽作品じゃないかと思うんだよね。

2019/03/18

三天皇といっしょにツェッペリンのフィルム・コンサート(夢)

(BGM はこれで)

この夢を見てから時間が経過しているので内容を忘れている部分もあり、すこしあやふやだけど、憶えていることと、それからしょせんは夢なんだからもう一回想像力を働かせて盛ってふくらませて、記しておこう。今朝の夢のなかでぼくは、昭和、平成、次代の三天皇の居並ぶ同席で、クラスメイトといっしょに、レッド・ツェッペリンのライヴを収録したフィルム・コンサートを見た。

だから、やっぱり夢だよねえ。いまの皇太子が平成の次の天皇になるその元号は決まっていないし、昭和天皇はこの世にいない。それに天皇家がレッド・ツェッペリンのような音楽を聴くかどうかもわからない。マスコミ報道などではクラシック音楽の楽器演奏をおやりのかたもいらっしゃると見るけれど、だからハード・ロックの、それも生演奏ライヴじゃなくてフィルム・コンサートなんかにいらっしゃるとは思えない。

まあでも英国王室で、ずっと以前、どなただったかがアメリカのジャズに夢中で…、云々みたいな話を読んだこともあるし、世界の王族・皇族がたのなかで、ポピュラー・ミュージックに興味を示されるばあいがあってもそんなに不思議じゃない気がするよね。それでも、日本の三天皇がレッド・ツェッペリンとはなあ。

ぼくがツェッペリンの大ファンであることは前からご存知のとおり。それから第二次世界大戦後の皇室に対し好意を抱いていることもたしかだ。特に平成天皇以後かな、共感するようになったのは。このツェッペリン好き&皇室好きのダブルであいまって、夢のなかでそんなことになったんだろうか。う〜ん、わからない。とにかくそのときは高校のクラスでフィルム・コンサートを見るという会で、それに三天皇が同席された。

あらんことか、ぼくはそのコンサート終了後、平成天皇とことばも交わしたのだった。その内容はぜんぶ忘れたが、たぶんツェッペリンの音楽についてどうお聴きになりましたか?みたいなことをしゃべったんだという気がする。日常のご公務にかんしてもなにか話したかもしれない。う〜ん、忘れちゃった。

それでそのツェッペリンのフィルム・コンサートは、(愛媛県松山市の)高校のクラスで見るものだったにもかかわらず、サハラかどこか、とにかく砂漠のなかに会場が設営されてあって、スクリーンがあって、席は急ごしらえのパイプ椅子を並べただけだった。不思議なことに、コンサート終了後に平成天皇とことばを交わした際、はしごのようなものを降りてきつつだったように憶えているので、ってことは会場は階上だった?う〜ん、わからない。とにかくふつうにしゃべっただけでなく、はしごか階段を下りてきながら会話した。

フィルム・コンサートで観たツェッペリンのライヴじたいは、たぶん例の『永遠の詩』(The Song Remains The Same) ではなかった。あれは実際に映画として上演されたもので、ぼくも松山市の映画館で観た、高三のときに。まさにフィルム・コンサート然としていたが、あの映画にはマディスン・スクウェア・ガーデンでのライヴ演奏シーンだけでなく、さまざまにフィクショナルなシーンが挿入されているので、ライヴ体験というのともちょっと違う面がある。

その意味では、21世紀になってから公式発売された『DVD』(か『VHS』)はコンサートの模様だけを収録したものだから、あれをスクリーンに投影すればツェッペリンのフィルム・コンサートみたいな感じにはなるなあ。いちばん上でリンクを貼った CD 三枚組ライヴ・アルバム『ハウ・ザ・ウェスト・ワズ・ウォン』は、『DVD』と同時期に姉妹商品のようにして発売されたものだった。

いまでも鮮明に憶えているのは、その三天皇同席のフィルム・コンサートでは、ラスト・ナンバーが「ロックンロール」だった。これは間違いない。だってね、曲の最終盤のストップ・タイムを使ったア・カペラ部 "lonely, lonely, lonely, lonley time!" を、うれしくなったぼくは同時に叫ぶように歌ったんだもん。でもって、そこの lonely と time のあいだの間合いは、四枚目のスタジオ・アルバムにあるオリジナル・ヴァージョンと同じで、間合いをかなり空けることもある各種ライヴ・ヴァージョンのものではなかった。

2019/03/17

シームレス連続再生のために

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音楽狂いで、片時も音楽から離れられないというみなさん、どうなさっているでしょうか?ぼくを含むそういった音楽キチガイのばあい、音楽再生装置をどこにでも持ち歩く以外ないと思うんですけど、なかなかたいへんなばあいもありますよねえ。しかも音質だってあまり犠牲にしたくない。どうすれば、どこへ行っても変わらず音楽を聴き続けられるか、悩むところであります。

寝ているあいだと仕事のあいだを除けば、ぼくもず〜〜〜〜っと音楽を聴いているという人間だから、それなりに工夫をしないといけません。カセットテープを聴くウォークマンを大学生時分に買って以来、いろいろと音楽の携帯を試してきたんですけど、シームレス連続再生という観点もあわせ考えると、最近、ひとつの結論にたどりつきつつあるのかもしれないです。

それは Spotify(でなくともいいんですけど)でストリーミング再生し、しかも出力は Bluetooth 機器を用いるという方法です。この Bluetooth 機器を用いるという点が肝心で、ぼくは現在のところその手の音楽出力装置を(常用しているものだけだと)三種類使い分けています。それをいちばん上の写真で示しました。二個までがスピーカーで、残り一個がイヤフォンです。ときどき使うといった程度なら、これら以外にもう三個、Bluetoothスピーカーやヘッドフォンも持っています。

どうして Bluetooth 機器であることが肝心かと言いますと、これがまさにシームレス連続再生を可能とするものだからです。たとえばですよ、長時間の(フィジカルだとボックス・セットに相当する)一個の音楽作品を、ずっと自室のスピーカーの前にすわって聴くのはなかなかたいへんです。事実上、不可能じゃないでしょうか。五時間とか八時間とか、ばあいによっては半日とかも再生時間がかかる音楽作品は、その長さのあいだに出かけたり、いろいろとするじゃないですか。

そんなとき、Bluetooth 機器で鳴らしていれば、たとえばスピーカーで聴いていて、別な Bluetooth スピーカーやヘッドフォンやイヤフォンの電源を入れるとですね、自動的にそっちへスウィッチしてくれ、そっちから音楽が流れてくるんですよ。オートで切り替わるんです。タイム・ギャップもありません。音楽がシームレスに流れつながります。これはぼくも最初、知らなかった仕様で、最近はたいへんありがたく活用しています。

音楽を聴いていて、途中で席を立ちたいとなったとき、というかそうならないなんてことはありませんよね、人間ですからトイレに行ったり、キッチンに立ったり、お仕事やお買いもので外出したり、などなど、さまざまな必要に迫られます。ふつうの(音楽狂ではない)人間なら、音楽を聴くのはそこでストップ、となるのでしょうね。ところがぼくはそれがイヤなんです。ず〜〜〜っと聴き続けていたいんです。有り体にいって、ぼくにとっての音楽とは空気、酸素だから、呼吸を止めるわけにはいかないんです。

だから、どこででも音楽をシームレス連続再生したいんです。上記のようなケースにくわえ、最近ぼくは毎夜のお風呂前に30分間のウォーキングを欠かさなくなりました。毎晩八時半ごろから歩くんですが、もちろんそれまで部屋でずっと音楽を聴いています。その聴いている音楽を途切れさせず、そのままウォーキングの BGM として持ち歩きたいんです。というか、現実にそうしています。シームレス連続再生で、途切れず、聴きながらそのまま外出し、そのまま聴き続け、帰宅したら、部屋の Bluetooth スピーカーの電源を入れたら、またそっちにシームレスに音楽再生が移動します。

ウォーキングから帰ったらすぐにお風呂に入りますので、今度は防水ポータブルの Bluetooth ミニ・スピーカーを使いますが、それの電源を入れたら、また自動的にそっちに再生が移動し、またシームレスでそのまま連続再生。お風呂で聴いて、出てからだを拭いて、部屋のスピーカーでまたそのまま連続再生…、てな具合で、部屋に座っていても立って移動しても、どこへ外出しようとも、ぼくのばあい、音楽を途切れずそのままシームレスで連続再生し聴いています。

だから、途中でなにかしてもしなくても、部屋にいても外出しても、長時間の(ボックス・セット相当の、あるいはどんどんたくさんのアルバムやプレイリストの)音楽をそのまま連続再生し続けて、最初から最後まで八時間でも十時間でも、聴けています。どんな長さの音楽でも次々とスウィッチしながら、どんどん聴くっていう具合です。

音楽狂で、いつでもどこででも音楽と肌身離れずくっついていたいというぼくみたいな人間にとっては、ホントこれ以外の方法はないと思うんですね。どこへ行くにも音楽をシームレス連続再生できるので、日常生活のどんなことも一層楽しくなりました。いつでもどこででも、音楽といっしょ。これが理想です。実現している理想です、ぼくのばあい。

なお、Bluetooth 出力装置さえ使えば、べつに Spotify(とかその他ストリーミング・サーヴィス)である必要はありません。スピーカーなりイヤフォンなりヘッドフォンをパソコンとペアリングすればいいだけですから、音楽ファイルがパソコン内にあれば、同じシームレス連続再生が実現できます。しかしですね、外出時に本体からあまり離れると Bluetooth の電波が入らなくなります。だから、現実的にはスマートフォンを持ち歩きながらストリーミング・サーヴィスを使いながらでやる以外ないと思うんですね。

どうです、音楽好きのみなさん?

2019/03/16

ドゥドゥ・タッサの『エル・ハジャール』で『ラテン・プレイボーイズ』を思い起こした

昨日、イスラエルのアラブ・ロッカー、ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティスの『エル・ハジャール』のことを書いたけど、これをまず一回目に聴いたとき最初に思ったのは、まるで『ラテン・プレイボーイズ』みたいだなということだった。アメリカ西海岸のチカーノ・ロック・バンド、ロス・ロボスの別働隊であるラテン・プレイボーイズの1994年第一作だ。実態はデイヴィッド・イダルゴ、ルイ・ペレス&ミッチェル・フルーム、チャド・ブレイクの四人。

『ラテン・プレイボーイズ』がどんなふうに創られた音楽なのかはさておいて、『エル・ハジャール』がそれに似ていると感じたのは、おおざっぱな聴感上の類似だけのことで、たとえばドラムス・サウンドとエレキ・ギター、エレベの音が、ミキシングを経てこんな感じに大きく聴こえて、なんだか強調されているなと思うっていう、そんなところが共通しているなと思っただけ。

『ラテン・プレイボーイズ』だと、たとえば1曲目の「Viva La Raza」なんかでも、イントロを経て本編に入ると、突然ドラム・セットとエレキ・ギターの音がかなり大きく強調されている。ドゥドゥ・タッサらの『エル・ハジャール』でも、たとえばナスリーン・カドリが歌う2曲目で、ヴォーカルに続き大きくそれらが聴こえるし、ドゥドゥみずから歌う3曲目なんかでもそうだ。このズンズン来るドラムスの音、それがいいなとぼくだったら思う。それは『ラテン・プレイボーイズ』でも同じだ。

「Viva La Raza」は、なんだか曲調もアラブ音楽ふうだと感じないでもないような…、そんな気がしないでもないような…、どうですか?そういえば、同じアルバムの5曲目「Manifold De Amour」ではコントラバスが使ってあるけれど、この曲もなんだか哀感調がアラブ歌謡ふう…、じゃなくてラテン音楽の切なさなんだけど、でもなんだかちょっとこれ、相通ずるものがありそうな…、そうでもないですか?

サウンドの全体的な触感も、ロー・ファイな技術を駆使した『ラテン・プレイボーイズ』と、特別そんなことはしていないだろう『エル・ハジャール』では似ていないはずなのに、なんだか共通する印象を持ってしまうのはぼくだけだろうか?ん〜、うまく言えないんだけど、どっちも音がザラついている。そんな触感がある。しかも隙間がよく空いている。そしてかなりナマナマしい肉体性を感じる。

ま、ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティスの『エル・ハジャール』で『ラテン・プレイボーイズ』を連想するのはぼくだけかもしれないけどね。音楽創りの姿勢や手法なんかは、まるで正反対のように思うし。

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