2019/10/23

大好きな『ソニーズ・クリブ』

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https://open.spotify.com/album/469Y1IVCrttWSp2qQYzioA?si=lsIl30ouSwquRW0QSRyd7Q
(オリジナル・アルバムは5曲目まで)

 

初期ソニー・クラークでいちばん好きなアルバムが『ソニーズ・クリブ』(1957年録音58年発売)。この作品のばあい、アルバム・タイトル曲を収録した B 面は個人的にイマイチで、スタンダードばかり三曲で構成された A 面こそがずっと好きで聴いてきました。いちピアニストとしてより作編曲家としての才能が抜きに出ていたと思っているソニー・クラークですが、このアルバムにかぎってはスタンダード曲サイドのほうがいいですね。

 

まずオープニング1曲目の「ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート」。この急速調にアレンジしたのが大成功ですよね。A 面三曲はいずれもスタンダード・ナンバーなため、ソニー・クラークがどんなアレンジを施すかによって勝負が決まると思うんですけど、三曲ともいい仕事です。なかでもこの「ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート」のテンポ設定はいいですね。

 

トップ・バッターで出て爽快にかっ飛ばすドナルド・バードのトランペット演奏も見事。さらにもっと見事だなと思うのは、そのドナルドに対位法的にからむジョン・コルトレインとカーティス・フラーのオブリガートです。彼ら二名、テナー・サックスとトロンボーンのフレーズは、あらかじめソニー・クラークが書いて用意していたのか、それとも二名のアド・リブだったのか、そのへんは判然としませんが、きれいに決まりすぎているので、アレンジされていたとみてもいいですね。

 

もちろんそういったからみはテーマ演奏部のあいだだけで、各人のソロに入ればなくなります。ソロまわしとその内容については今日は省略しましょう。まあビ・バップとかハード・バップとかフリー・ジャズとかって、結局ソロを聴くしかない音楽だなと思うんで、音楽作品としての全体的把握みたいなことは薄くなっちゃいますよね。あ、でもぼく、カーティス・フラーのこのちょっとくぐもったような音色は大好きなんで、彼のトロンボーンが出てきただけでいい気分です。

 

とにかく、ふだんはバラード調でやることも多いこの「ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート」という曲を、こんなアップ・テンポにアレンジしてソロを取らせただけでも大正解。アルバム幕開けにまことにふさわしい雰囲気で、アレンジャー、ソニー・クラークの面目躍如だと言えましょう。最終テーマ終了時の三管でのまわしもいいアイデアです。爽快に幕締めとなっていい気分。

 

2曲目の「スピーク・ロウ」は A メロ部分でラテン・リズムを使ってあるのが特色ですね。以前、ソニー・クラークのふだんのなかにもいっぱいラテンがあるぞという記事を書きましたが、実際多いんですよね。「スピーク・ロウ」はそんな感じにアレンジされることが多い曲であるとはいえ、メインストリーム・ジャズなどアメリカ合衆国音楽のなかにも中南米要素は抜きがたくあるということです。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-4a2c.html

 

3曲目の「カム・レイン・オア・カム・シャイン」。カーティス・フラーがあの音色でテーマを演奏するのがなんともいえず大好きなムード。ぼくはホ〜ントこのトロンボーニストのことが、特に音色が、たまらなく好きなんですね。ここではテンポがとまりそうになるほどのゆっくりした調子でやっていますが、こういったテンポ設定はたぶんボスのソニー・クラークの指示ですね。ソニーのピアノ・ソロも親しみやすくてグッドです。この曲はワン・ホーン・カルテットでやったほうがよかったかも。

 

(written 2019.9.26)

2019/10/22

アンジー・ストーンが心地いい(2)〜『ドリーム』

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https://open.spotify.com/album/2hDF82eJV1l8SQ75qC7U0G?si=8ZgjzztOST2jdFEqfTN4hw

 

アンジー・ストーンの過去作をざっと聴いてみて、いちばんピンと来たのが2015年の『ドリーム』です。まずなんたって出だし1曲目がいいですよ。ビートの効いたアップ・テンポの「ダラー・ビル」。大好き。トラック・メイキングも見事だし、それにこういったソウル・ジャンパーに乗るときのアンジーの声の出しかた、置きかたがすごく好きなんですよね。いいノリじゃないでしょうか。

 

もうこんな「ダラー・ビル」だけでじゅうぶん好きになってしまうアルバムなんですが、その後はやっぱりどっちかというとしっとりめのバラード系のもののほうが中心ですかね。2曲目はデイヴ・ホリスターをゲストに迎えてやるヘヴィなナンバー。ひきずるようなビート感が特色ですね。デイヴが目立っていますが、こういった重たい曲想のものでもアンジーの発声は見事です。

 

3曲目「クローズ・ドント・メイク・ア・マン」は、たぶんこれ、モーニング娘。の「LOVE マシーン」を…、じゃなくてバナナラマの「ヴィーナス」(ショッキング・ブルーのかもしれないけど)のリフをサンプリングして使っていますよね。けっこう派手なワン・ナンバー。ちょっとケバケバしい感じもしますが、派手なソウル・ジャンパーを歌うときのアンジーの発声が大のお気に入りで心地いいぼくには楽しい。

 

その後、4「マグネット」、5「ドリーム」と続くしっとり美しめのバラード・セクションがこのアルバムのハイライトなんでしょう。実際、すばらしい。2019年最新作をふくめ何枚かアンジーのアルバムを聴いていると、こういったおとなしめのしっとりきれいなバラードを歌うのが本領のひとなんですかね。なんだかそんな気がします。表現力があるし、立派に聴かせるできにしあがっていて、アルバム『ドリーム』でも文句なしです。

 

アルバムではその後もどっちかというと落ち着いた曲想のものが続いていますが、9曲目の「シンク・イット・オーヴァー」はバラードでありながらややドラマティックなフィーリングも持ったスケールの大きな曲ですね。淡々としたなかにもりあげるアンジーのヴォーカル・パフォーマンスもすばらしいものです。トラック・メイクも見事ですね。特にバック・コーラス。

 

切なく哀しい9曲目「フォーゲット・アバウト・ミー」を経て、アルバム・クローザーの10「ドント・ブレイク・ミー」はふたたびテンポのいいアップ・ビート・ナンバーで、大好き。やっぱりどうしてもこういったビートの効いた曲を歌うときのアンジーがいちばんのお気に入りなんですよねえ。『フル・サークル』の「セイム・ナンバー」で惚れちゃったせいですかねえ。

 

(written 2019.9.17)

2019/10/21

アンジー・ストーンに癒されて(1)

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https://open.spotify.com/album/6KhoIz4SDYW5zEnl0O9bRB?si=z3n7GbzCSS2SI2Q5h2gcuw

 

bunboni さんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-09-12

 

ぜんぜん存在に気づいてもいなかったレイディ・ソウル・シンガー、アンジー・ストーン。いやあ、実にいいですねえ。こんなにいい歌手がいたんだなあ。最新作の『フル・サークル』(2019)を聴いてみたら一発でハマっちゃって、過去作もざっと聴きましたが、すばらしいのひとことです。今日は『フル・サークル』のことだけ。

 

アンジー・ストーンって、いままでなにも知らなかったからわかりませんけど、けっこうクラシカルなソウル・シンガーなんですかね。アルバムを聴いているとそんな気がします。近年のヒップ・ホップ R&B シンガーみたいな感じは薄いです。でもしっかりした土台があって、その上で間違いない歌を聴かせてくれていますよね。

 

最新作『フル・サークル』のばあい、ぼくはまず2曲目の「セイム・ナンバー」で KO されちゃいました。このテンポのいいアップ・ビート・ジャンパー、気持ちいいったらありゃしません。バック・トラックのつくりかたも完璧だし、歌うアンジーのリズムへのノリも文句なし。いやあ、こんな気持ちいいソウル・ナンバーはなかなかないですよ。快感というしかないです。

 

アルバムのぜんぶの曲が「セイム・ナンバー」だったらいいのに、と思うほどなんですけど、ちょっと書いておくと、アンジーのこのアルバムをはじめて聴いたとき、ぼくはちょっと個人的に落ち込むことがあって気分が暗く憂鬱だったんですね。ところがこの「セイム・ナンバー」ですっかり癒されて元気になっちゃったんです。ぼくを癒し救ってくれたのがアンジーの歌う「セイム・ナンバー」だったんですよね。

 

しかしアルバムではこの手のアップ・ビート・ナンバーはこれだけ。ほかはもっと重心の低いミドル・グルーヴァーですね。でもそれらも完璧に見事です。1曲目「パーフェクト」から、まるでブラック・コーヒーを飲んでいるかのような味わいのアンジーのヴォーカルは絶好調。3曲目「ダイナソー」もすばらしい。この3曲目はアルバムのなかでも目立ってできがいいかもしれないです。

 

続く4曲目「ゴナ・ハフ・トゥ・ビー・ユー」ではジャハイムとのデュオ歌唱で。ちょっとスティーヴィ・ワンダーが書きそうな曲ですね。特に曲終盤でファズの効いたエレキ・ギターが粘っこいソロを弾きながら終わるっていう展開もなかなかグッド・アイデアで胸に迫ります。

 

アルバム全体ではホント落ち着いた曲調のものばかりなんですけど、それでも終盤の9曲目「ワイル・ウィ・スティル・キャン」、10「レット・ミー・ノウ」ではややラフなサウンド・タッチをわざと施して、ドラマティックにもりあがる感じがありますね。この二曲が、個人的にはこのアルバムで「セイム・ナンバー」の次に好きです。

 

(written 2019.9.16)

2019/10/20

秋の夜長に 〜 ブルチュ・イルディス

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https://open.spotify.com/album/09q2PIt0pjTkX2xjENNsqZ?si=Cukq8AsASZOiz8aKqAP28w

 

トルコのハルク歌手ということなんですけど、Burcu Yildiz というこの名前はどう読めばいいのでしょう、ブルチュ・イルディス?とりあえずそういうことにしておきましょう。2019年の(たぶん)デビュー・アルバム『O Günler』がなかなかいいですよ。しっとりしていて落ち着けて、これからの秋にはピッタリの内容じゃないでしょうか。

 

このアルバムの編成の基本は、アクースティック・ギター+ベース(ときにエレキ)+ドラムスで、これを中心とし曲ごとにゲスト参加のミュージシャンがかわるといった具合。どんな楽器がゲスト参加しているかは本当に曲によってさまざまで、ウードだったりネイだったりストリングスだったり管楽器バンドだったりで、そこに一貫性みたいなものはあまりないみたいです。

 

1曲目「Suskun」でギター・トリオの演奏にウード(アラ・ディンクジアン)がくわわってフォーキーな演奏をはじめ、そこにブルチュのヴォーカルがしっとりとからんでいくあたりから、すでに引き込まれてしまいますよね。実にいい雰囲気じゃないでしょうか。演奏も歌も決して派手に盛り上がらず、ずっと一定の落ち着いたムードをたたえたまま進みますが、そんなところもいい感じです。

 

2曲目のゲストはたぶんチェロ奏者でしょうか。ここではリズムがやや快活、というほどでもないんですけどこのアルバムのなかでは目立つほうでしょう。途中からやや劇的なストリングスも入ります。それに乗ってブルチュのヴォーカルにもすこし力が入っているような。ドラマーもリム・ショットで派手にやります。こういうのもありですね。

 

3曲目の管楽器隊はちょっとバルカンブラスみたいで、だから曲全体もやや東欧的な感じがします。リズムも2曲目よりもっと派手になって、ぐるぐる回転するようなにぎやかなものですよね。バック・ヴォーカルが聴こえますが、これはブルチュの多重録音の可能性があると思います。こんなにぎやかな3曲目はこのアルバムではやや例外的かもしれません。やや大道芸的な音楽?

 

しかし4曲目以後はふたたび1曲目同様のしっとり落ち着いたハルク路線に戻って、秋の夜長をうるおしてくれますよ。夜長などといってもこのアルバムはたったの33分しかありませんけどね。4曲目ではネイやクラリネットがゲストの模様。哀しげ&切なげな演奏と歌の雰囲気でこの曲も貫かれています。でもドラマーは背後でけっこうやってますねえ。

 

5曲目以後もずっとそんな暗くしっとりした陰なムードが一貫しているんですが、ブルチュのヴォーカルは開放的な発声をしていて好感が持てますね。しっとり感を維持しつつ伸びやかさを保っています。アルバム・タイトルになっている5曲目はウードとギターのデュオ演奏で歌い、6曲目はストリングス+ホーンズ入り。ここでもホーンズがちょっぴり東欧的に聴こえますけど、トルコと地理的に近いせいなんでしょうか。6曲目は若干ドラマティックに盛り上がるかもしれません。

 

ウードのアラ・ディンクジアンと男性歌手オニク・ディンクジアンをゲストに迎えた7曲目はウード+ギター・トリオだけの伴奏でどこまでもしっとりと。これを経てアルバム・ラスト8曲目ではアラのウード一台の伴奏だけでブルチュが歌っています。7、8曲目ではブルチュの声の美しさがきわだっていて、特筆すべきできばえですね。ウードだけで歌う8曲目なんか実にすばらしく、個人的にこのアルバムのベスト・トラックです。

 

(written 2019.9.18)

2019/10/19

大は小を兼ねるというけれど

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https://open.spotify.com/album/0Oivkm8f3O3YIIvPEJJr05?si=7Xrk9YWpSJOIEpXRtSe3cw

 

大学生のころ、クラシック音楽マニアだった英文学教授が言うにはですね、「若いころは大規模なシンフォニーとか、そりゃあ好きで、気合を入れてどんどん聴いていたけれど、この歳になるとそういうものはちょっとしんどい、短い小品なんかがちょうど具合いいんだ」と。そのときはへえぇ〜と思っただけでして、ぼくは大学生でジャズに夢中で、レコード二枚組の大作なんかも平気でどんどん聴いていました。

 

むかしはそういった大きな作品を聴くのがしんどいなんて思ったことなかったんですけど、最近ですね、ちょっとそんな感じが出てきているんですね。ひとつには加齢ということがあるでしょう、というかこれがたぶん最大の原因です。体力・気力が徐々に落ちてきているせいで、集中力が持続しにくくなってきていますよね。前段で引用した教授の話もこのたぐいのことです。

 

これはおそらくだれでもそうなっていくんでしょう。ただ BGM としてだらだら流しているだけなら途切れないほうがいいから長大なアルバム(やプレイリスト)がいいんですけど、しっかり向き合って気持ちを入れて集中して聴ける時間の長さには、年齢的な限度の変化があるでしょう。だからぼくも最近短めの小品のほうが、どっちかというと聴きやすいと思うことが多いです。

 

もうひとつには、いままでなんどかくりかえしていますが、最近音楽アルバムの長さが短めになってきているなというのも原因のひとつかもしれないです。CD だと一枚で最長80分が収録できますけどそんなのは最近なくなって、一枚のアルバムで30分とか40分とかが主流になってきているでしょう。なかには25分くらいなのもあったりして、かつての LP 時代よりも短時間になってきているような気がします。

 

音楽アルバムの長さが短くなったのは、どう考えてもネット聴き、それもストリーミングで聴くのが世間の主流になったからですよね。それで CD など物体で聴くときでも同じ短さで、ぼくもそんな傾向にすっかり慣れちゃったというのがあるんじゃないかと思います。聴取習慣というか、一個40分程度までっていう、なんというか心理的な区切り、フレームみたいなものができてしまったかもしれません。

 

そんなわけで二つの理由 〜 年齢的な衰え、アルバムの短時間化 〜 によって、長い収録時間のアルバムを聴くのが、まあ流し聴きなら問題ないんですけど、気持ちを入れて向き合うのはややしんどいと感じるように、最近なっています。集中力を途切れさせず維持したまま一気に聴けるのは、アルバム一枚40分か45分くらいまでじゃないですかね。一時間以上あると、聴く前に「うぇ〜」と感じちゃうようになりました。

 

だからそんな一時間超えの長さのアルバムなどは、途中でいったん休憩したくなっちゃいます。これはだから、長大なアンソロジーとかコレクション(SP 時代の音源集大成とか)なんかだと、実際休憩しやすいですからいいんですよね。そういった長いものはそもそも続けて一気にぜんぶ聴くことは想定されていないと思いますから。ぼくの言っているのはオリジナル・アルバムということです。

 

長いものより短めのもののほうがいいっていうのは一曲単位でも言えることで、最近はシングル曲基準の三分程度が最も心地よくて、五分とか八分とかあると長い、長すぎるとか感じてしまうこともあります。これはむろん例外も多くて、最近だとたとえばヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのウォマド1985ライヴ。1曲目も2曲目も20分を超えていますが、わりとあっという間に聴けてしまいますからね。長いと感じたことがありません。

 

な〜んだ、音楽的にすばらしければ長さを感じない、楽しければあっという間だと、そういう世間のみんなが知っているだけのことなのか、と言われそうですけど、まあそれが事実です。でも曲単位ならそうでも、アルバム単位となると充実作でも長いとちょっと…、と思うことはままありますね。なんというか人間としての生理というか、やっぱりあんまり長い時間は集中できないですよねえ。だから創り手、届け手さん側にもちょっと考えてほしいと思うこともあるんです。

 

(written 2019.9.25)

2019/10/18

気持ちいいスキャットマン・クローザーズ

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この CD のリリースは bunboni さんに教えていただきました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-08-21

 

ジャスミン盤アンソロジーの『ロックンロール・ウィズ・スキャット・マン』(2019)、いやあ、爽快で気持ちよくカッコイイですよねえ、スキャットマン・クローザーズ。ジャズ/ブルーズ/ジャイヴでかっ飛ばすこのシンギングがたまりません。スキャットマンのヴォーカルには、どこか夢中になりきっていない醒めたクールネスもあって、そんなところもジャイヴな味といえましょう。ちょっとキャブ・キャロウェイにも通じるところででしょうか。

 

でもハチャメチャなナンセンス・シラブルを速射砲のように繰り出すスキャットマンの歌で、ぼくのほうはすっかり夢中。ガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」とかファッツ・ウォーラーの「手紙でも書こうか」とか、このヴォーカルのスウィンギーさといったらたまりませんね。軽快で爽快で胸をすく思いです。

 

ぼく個人の感想と断っておきますが、ロックンロール・ヴォーカルに通じるものだって感じました。それは「ビ・バップ・ア・ルーラ」「ハウンド・ドッグ」といったロック・スタンダードを歌っているからというわけでは必ずしもなく、もっとこう、このスキャットマンの持つスピード感とテンションの高さ、リズムのハネといったものがロック・ミュージックに通じる部分もあるなと思うわけなんです。

 

「イグザクトリー・ライク・ユー」「アイ・ガット・リズム」などのこのパワフルさやハチャメチャ、キテレツな破裂ぶり、「マイ・ブルー・ヘヴン」「手紙でも書こうか」などの痛快にハネるスウィング/ドライヴ感、「(アイ・ウォント・トゥ)ロックンロール」「キープ・ザ・コーフィー・ハット」などのこのタメの深い(R&B ふうな)ノリなど、それらはたんにジャズ・ヴォーカル、ジャイヴ・シンギングという枠におさまりきるものではありません。

 

思えば、ジャズとロックは、ジャンプ・ミュージックをあいだにおき、ひとつづきなんです。スキャットマンのすこし前、1940年代に一世を風靡したルイ・ジョーダンは、基本ジャズのひとですけど、ジャンピング・ジャイヴともいうべき独特の芸風で、約10年後のチャック・ベリーの先駆となりました。ジャズ/ブルーズ/ジャイヴのルイ・ジョーダンは、そのままロックンローラーにつながっているんですね。

 

今回ちゃんとしたリイシューがなったスキャットマン・クローザーズは、ジャイヴ/ジャンプ・シンガーでありながら、というかそうであるからこそ、ジャズとロックの中間あたりで、あるいは双方をまたにかけて、歌芸を爆発させたヴォーカリストだったんじゃないか、というのがぼくの見方です。

 

参考プレイリスト。
https://open.spotify.com/playlist/3ALeKbDAMHeESPhYeQYewH?si=YRi9SxzFQRuffgPv8cfr4w

 

(written 2019.9.13)

2019/10/17

ロバート・ランドルフの高揚感が戻ってきた 〜『ブライター・デイズ』

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https://open.spotify.com/album/0O2cq6Qpljvqt4zBas4On2?si=fNSgavWlQLqvorIKx0PFgA

 

実はファミリー・バンドで活動するようになってからのロバート・ランドルフにはイマイチ乗り気でなかったんですね。ペダル・スティール・ギターをぐいぐいとジミ・ヘンドリクスばりに弾きまくるのが大好きだったんですから、歌もやり、ギター・プレイは全体の一部として構成のなかに入れてしまうというのになんだかなじめなくて。でもアルバムが出れば買ってきたし、決してやっている音楽のレベルが下がったとかいうことじゃなかった。セイクリッド・スティールを集中的に聴きたかっただけ。

 

で、ロバート・ランドルフ&ザ・ファミリー・バンドの今年の新作アルバム『ブライター・デイズ』(2019.8.23)。このアルバム題や収録曲の一部の曲題から、ちょっぴりのルーツ回帰というか宗教的、ゴスペル的な含みもあるのかなと想像して聴いてみましたら、たしかにそんな雰囲気がありますね。この独特の高揚感、ペダル・スティールを弾きまくってぐいぐいともりあがるこれこそ、セイクリッド・スティールの世界ですよ。

 

1曲目の「バプタイズ・ミー」からエネルギー全開でぶっ飛ばすロバート。このアルバムでもやはり歌っていますけど、いままでに比べてややギター演奏に比重が置かれているかなと感じられるのも個人的には大歓迎。ヴォーカルのあいまあいまに入るオブリガート・フレーズも今作ではめっちゃキレているし、ソロに入ればかつての興奮を取り戻したような豪快な弾きっぷりで、すばらしい。

 

2曲目「ドント・ファイト・イット」はファンクとロックの中間みたいな感じでスライ&ザ・ファミリー・ストーンみたいですけど、異様な熱を帯びるのはテンポが止まっての中間部の掛け合いパートです。ヴォーカルとギターのコール&レスポンスがとても熱いですよねえ。沸騰しています。そのパートが終わったらリズムが前半部とはガラリと変化して、ロックンロール・ビートみたいになっていますよね。そうかと思うともとに戻って曲が終わります。

 

これらの曲でも典型的に表現されている(ペダル・スティール・ギター弾きまくりを中心とする)音楽の高揚感、それはまさにゴスペル・ミュージックが持っているものですけどそれをポップ・フィールドに応用転化して表現する異様な盛り上がり、こういったことが今回のアルバム『ブライター・デイズ』を貫く基調なんですね。

 

4曲目の「ハヴ・マーシー」しかり、激アツな5曲目「カット・エム・ルーズ」も同様、ファンクな6曲目「セカンド・ハンド・マン」でもそうなら、スピリチュアルな曲調の7「クライ・オーヴァー・ミー」でも同じです。アルバム終盤の二曲ではロバートのギター・ソロがかなり聴かせる場所をつくっているし、バンド全体としてもどこまでも熱く高揚するような演奏で、なかなかいいです、今回のこの新作。

 

(written 2019.9.15)

2019/10/16

マグレブ・ロックなサブリ・モスバ

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https://open.spotify.com/album/73xyZLpWt7P6n4YirKhKEm?si=i-NQJOfVSm6rdAZMJb2Ypg

 

サブリ・モスバ。30代のチュニジア人だそうです。アコール・クロワゼ盤2017年のデビュー・アルバム『Mes racines』にいまごろようやく気づきました。これ、聴きやすくてなかなかいいんですよね。アルバム題は「マイ・ルーツ」の意なので、チュニジア音楽のルーツへの回帰をもくろんだ作品ということになるんでしょうか。でもなかなかロックっぽい曲もけっこうあったりしますけど。

 

チュニジア音楽のルーツといってもぼくはなにも知りませんのでわかりませんが、汎マグレブ音楽的なものを感じないでもないですね。なかでもこのサブリ・モスバにぼくが強く感じるのはモロッコのグナーワ音楽の痕跡ですね。あの独特の反復パターンが産む呪術的催眠効果が、サブリのこの『マイ・ルーツ』にもあるように思います。

 

それをしかしストレートにではなく、まるでブルーズ・ロックに展開したかのようなサウンドで聴かせてくれているっていう、そんな音楽でしょうか。また、アクースティック・ギターやウードで弾き語る、ややフォーキーなテイストの楽曲もありますよ。ちょっぴりだけスアド・マシっぽい?というのはぼくの勘違いでしょうか、でも独特のあの憂いがサブリのアクースティック・サウンドにもあるんですよね。

 

アルバム『マイ・ルーツ』の全10曲は五曲づつ前半と後半に分けられると思います。5曲目まではファズの効いたエレキ・ギターのサウンドが組み立ての中心になっていて、3曲目のアクースティック・サウンドだけが例外なんですけど、それ以外はちょっとロックっぽい感じがあります。エッジの尖ったハードなサウンドですね。ドラムスの音も派手に目立っています。リズム・パターンがロックではなく、やっぱりマグレブ・ビートかなとは思うんですが。

 

6曲目でしんみりとウードの音が聴こえてきたら、アルバムの後半では様変わり。このパートは基本弾き語りですね。ちょっぴりだけアリジェリアのシャアビっぽい感じがなきにしもあらず。ヴォーカルなんかは多重録音でコーラスにしていますので、必ずしも弾き語り一発録りじゃないんですが。哀感と憂いが強く、こういったフィーリングはマグレブ音楽特有なんですかね。このアルバム前半部のアッパーな感じとはかなり違っています。

 

打楽器も、アルバム後半ではドラム・セットを基本的には排し、北アフリカ地域の伝統パーカッションを使うようにしている工夫が見てとれますね。そんななかで、特に7、8曲目はグナーワ・ディフュジオンにちょっと似たようなものがあったような気がするんですが、気のせいしれません。でもこのサブリ・モスバのほうがもっとローカルな伝統色が強いような。

 

あれっ、と思うと8、9曲目ではエレキ・ギターとドラム・セットが使われていて、曲の仕上がりもややロックっぽい感じがしますね。グナーワ・ディフュジオンっぽいマグレグ・ミクスチャー音楽ということなんでしょう。10曲目だけはサブリひとりでのアクースティック・ギター弾き語りで、伴奏はいっさいなし。暗く沈み込むようなつぶやきヴォーカルが印象的です。

 

(written 2019.9.14)

2019/10/15

なんだって、いちばん最初は手入力(川柳)

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今日はグチしか書いていません。

 

iTunes に CD からインポートする際に出る音楽家名、アルバム名、曲名などは、もちろん iTunes がそのデータを持っているわけじゃなく、ネット上の CD データベースを読みにいってコレだというものを表示しているわけです(だから間違うこともあり)。ぼくの憶測ですけど、たぶん Spotify や Apple Music などの音楽ストリーミング・サーヴィスだって、いちからぜんぶ手入力したわけないと思いますから(あまりにも膨大)、大部分が同様にネットにあるデータベースを参照しているんでしょう。

 

データベースにないものは出ませんので、自分で手入力しないといけませんね、だから。あまり有名でない CD を iTunes にインポートしたことのあるみなさんなら、そんな経験もなさっているでしょう。ぼくもなんどかあって、つい先月もエンリッキ・カゼスの2019年新作が Spotify にないので iTunes に入れようとしたらなにも出ませんでしたので、自分で手入力しました。それをもちろんデータベースに上げています。

 

つまりどんなばあいもおおもとはすべて CD データベースです。これが諸悪の根源なんですね。ハナから存在したわけがありませんので、どんな一般的なデータだっていちばん最初はだれかがしこしこキーボードを叩いて手入力していったわけですよ。考えたら気の遠くなる作業です。いったいああいったデータベースに、有名人気 CD だけでもどれだけあることか。

 

で、問題は、たとえば今日上で貼った画像みたいなのです。ガブリエル・グロッシのライヴ・アルバムですが、アルバム・タイトルに「ライヴ」とあるのに、曲名欄でもぜんぶ同様に「ライヴ」の文字がくっついているでしょう。こういうのがぼくはうっとうしいわけです。ライヴ・アルバムなんだから全曲ライヴ音源に決まっているでしょう、それをいちいち書くのはなぜなのか?ワケわかりませんよねえ。ライヴ盤のなかにスタジオ音源があったら知らせてほしいかもですけど。

 

ライヴ・アルバムでぜんぶの曲名に「ライヴ」と書いてあってウンザリするなんてのはすごく多いわけですけど、似たようなことはたくさんありますよ。たとえばビートルズの『アンソロジー』シリーズ。たとえば『アンソロジー 3』のばあいも、ぜんぶの曲名の次に「アンソロジー 3 ヴァージョン」と併記されています。そんなんいらんちゅ〜ねん。いまぼくが聴いているのは『アンソロジー 3』なんだから!とかって、ちょっとイラっとしちゃいます。

 

この種のことが iTunes に CD をインポートする際も Spotify で見ても完璧に同一なもんで、だから iTunes が読みにいっているデータベースと同じものを Spotify も参照して曲名など表示しているんだなと推測できるわけです。そんで、iTunes では CD からインポートする際、ぼくはぜんぶこういったわずらわしいだけの不要情報を手作業でデリートしていました。

 

だって、ライヴ盤の曲名に「ライヴ」とか「ライヴ・ヴァージョン」とか100%不要ですから。iTunes にインポートする際はだからそうやってカスタマイズできるんですけど、Spotify の曲名表記なんかはいじれませんからねえ。うっとうしくなっているのをそのまま眺めているだけで、最近ぼくは音楽を聴く時間の大半が Spotify で、ということになりましたので、さすがにもうやや慣れたというか、このうっとうしさもあきらめ気味なんですね。

 

この種のことは、もとを正せばすべてネットにある CDデータベースの表記に問題があるせいなんですけど、そのデータベースは、いちばん最初はといえば、個人が手作業で入力していってそれをアップロードしたものです。あの種の(複数ある)データベースの発足時にはまずかなりの量を当事者のかたがたが入力なさってサーヴィスがはじまったということじゃないでしょうか。

 

いずれにせよ、まずいのいちばんは手作業によるコツコツ入力だったわけですよね。ぼくがイラッとくるライヴ盤の曲名ぜんぶに「ライヴ」と入っていたりするのも、だからどなたかが(親切心で??)併記してくださりやがったということなんでしょうか。ああ、つまらんことをしてくださったもんです。いちばん最初の手入力作業で、ちょっとおかしなことをしてくれたわけですねえ。

 

その最初の手入力作業のおかげで(たぶんこの先もずっと末代までも)ライヴ盤の曲目ぜんぶに「ライヴ」と書いてあったりするというおろかな表記を目にし続けないといけないわけですね、ぼくたち音楽好き人類は。Spotify にはもはや無限といってもいいほどの音楽があるわけですから、いまから修正するなんてことは不可能でしょうし、ぼくも求めません。ただただこの状態に慣れていく、それしかないんです。

 

(written 2019.9.8)

2019/10/14

ミシシッピのディープ・ブルーズ 〜 R.L. バーンサイド

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https://open.spotify.com/album/30AT3tYydbsfhO5EDu5UKp?si=MYksOPNKSwa8g-rDLcWo4w

 

昨日ノース・ミシシッピ・オールスターズの新作のことを書きました。そのなかに R.L. バーンサイドの「ピーチズ」があったわけですけど、そうしたら俄然聴きなおしたくなって聴いたんですね、RL の『トゥー・バッド・ジム』(1994)を。そうしたら、そのブルーズ表現にあらためて感銘を受けちゃいました。いやあ、なんてすごいディープさなんでしょうか。

 

今回特に感心したのは RL ひとりでの弾き語りナンバーで、『トゥー・バッド・ジム』のなかには三曲あります。3「ショート・ヘアード・ウーマン」、7「ミス・グローリー・B.」、9「デス・ベル・ブルーズ」。これら以外もほぼドラマーひとりが伴奏につくだけというシンプルなアルバムですけど、本質的にブルーズの歌いかた、ギター奏法が弾き語りナンバーでは異なっていますね。その意味では、ドラマー伴奏が付くとはいえ2曲目の「ウェン・マイ・ファースト・ワイフ・レフト・ミー」も弾き語りみたいなもんです。

 

こういった RL だけでの弾き語りブルーズではギターの味も特徴的で、エグ味があって、まるでとぐろを巻くようにどす黒いですよね。でも本人はあんがい軽〜く弾いています。こういったブルーズ演奏は生活の一部なんで、ミシシッピの深南部ではですね、だからなんてことないふだんの姿ですけど、それがぼくらにはこれ以上ない極上の味わいに聴こえるわけです。

 

ヴォーカルのほうも、うめくような漂うような、叫ばず、こっちも普段着のまま軽くすっと歌っているだけなんですけど、この上なくディープですよね。日常生活のなかにこういったブルーズを歌う姿がどこにでもある、そんなヒル・カントリーの黒人たちの伝統のなかに RL もいて、ただそれを淡々と表現しているだけなのが、こっちにはたまらないディープさになるんです。

 

アメリカ黒人ブルーズ・メンのなかにギター弾き語りを披露するひとは、それこそ無数にいますけど、こんな深南部のディープでコクのあるブルーズを聴かせるとなると限られてきますよね。RL は間違いないホンモノのひとりでした。肩の力の完全に抜けた日常のフィールでこんなにも深い表現ができるんですから、ブルーズがからだの深奥にしみこんでいるということですよね。

 

RL は、1994年の『トゥー・バッド・ジム』のあとはバンドで演奏することばかりになって、しかもロッカーなどとの共演も多くあり、今日話題にしているようなひとりでのギター弾き語りブルーズをやることはなくなりました。いまふりかえると、ちょっともったいなかったなという気もします。複数回の来日といった人気獲得とひきかえに手放したものがあったかもしれないですね。

 

(written 2019.10.12)

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