2017/11/20

僕の大好きなビリー・ジョエルのマイ・ベスト 〜 プレイリスト





僕の洋楽初体験がイギリスのレッド・ツェッペリンだったのかアメリカのビリー・ジョエルだったのか、分らなくなってきている。もはや正確なことは憶えていない。う〜ん、どっちだっけなあ?どっちにしてもこの二者がその後の僕の音楽人生の土台を形作ったことだけは間違いない。ツェッペリンはアメリカ黒人ブルーズの世界へ、そしてワールド・ミュージック嗜好へもつながっている。ビリー・ジョエルは都会的に洗練されたポップ・ミュージックの世界へと僕をいざなった。

そう考えると、この、どちらに先に出会ったのか忘れてしまったツェッペリンとビリー・ジョエルが、その後の僕の音楽嗜好を現在まで支配し続けているってことになるなあ。洋楽、特にジャズに目覚める前の僕は、歌謡曲や演歌のファンだったのだが、このあたりは最近どんどん思い出すようになっている。岩佐美咲と原田知世のおかげでね。

洋楽好きになり、そのすぐあとにジャズ狂になる前の、思春期の僕は(演歌を含む)歌謡曲と一緒にときを過ごしていた。このことについては、機会を改めてジックリ思い出してみようと思っている。まあその前にキューバン・マンボを聴いてはいたけれどもさ。

そんなマンボ幼少期のことや、J-POP 少年期のことなど、そんなことぜ〜んぶ、たぶん17歳でジャズに出会って、そのあまりの素晴らしさの大ショックで、まるでハードディスクを一瞬で消去するみたいに、ジャズの一撃で記憶のなかから消し飛んでいたのだった。と、そんな消えていたということじたいが消えていたということも、今年、いろんなことがあり、思い出しはじめている。変貌しつつある、いや、もとの自分に戻りつつある僕。

まだまだ戻ってはいないので、というか戻れない、戻ったとしても、その後に知った世界の音楽を聴くのはやめられない。だから今日は、僕がふだん聴いている自作の、大好きなビリー・ジョエルのベスト・セレクション・プレイリストを公開したいと思う。いちばん上でその Spotify のリンクを貼ったのでもはや説明不要だけれども。僕はこのプレイリストを、Spotify に登録するずっとずっと前に自分の iTunes で作成して楽しんできた。いまでも同じだ。Spotify で同じもの(とはいかなかった部分があるが、それは後述)を作って公開したのだ。こうやって実に簡単に、ネット環境さえあれば、自分の趣味をほかのみなさんとシェアできるのが Spotify の良さだ。

そんなわけで書く必要もないだろうが、いちおう以下にその曲名一覧を記しておこう。括弧内が収録アルバム名で、その右がアルバム発表年。

My Billy Joel - A Playlist

1. Say Goodbye To Hollywood  (Turnstiles) 1976
2. Laura (The Nylon Curtain) 1982
3. Piano Man (Piano Man) 1973
4. New York State Of Mind (The Stranger : The 30th Anniversary Edition)peformed June 1977, released 2008
5. Just The Way You Are (The Sranger) 1977
6. Scenes From An Italian Restaurant (The Sranger)
7. The Longest Time (An Innocent Man) 1983
8. This Night (An Innocent Man)
9. Rosalinda's Eyes (52nd Street) 1978
10. Zanzibar (52nd Street)
11. Leave A Tender Moment Alone (An Innocent Man)
12. Keeping The Faith (An Innocent Man)
13. Souvenir (Streetlife Serenade) 1974

1曲目「セイ・グッバイ・トゥ・ハリウッド」は、まさにフィル・スペクター流儀のサウンド。ドラムスの音ではじまるのが、なにかの幕開けにふさわしいんじゃないかなあ。曲も、つらかったロス・アンジェルス時代に別れを告げてニュー・ヨークに戻ってきたよ!っていう、さぁここからが僕の本当の人生だぞっていう、そういうものだしね。

2曲目「ローラ」は、全体的にシリアスな社会派作品である『ザ・ナイロン・カーテン』にあっては、やや数の少ないラヴ・ソング的なもの。やっぱりそんなにシンプルな恋愛の歌じゃない部分もあるが、僕はこの曲のこのサウンドが好きなんだよね。グシャとロー・ファイにつぶれたドラム・セットの音とか、スネアの叩きかたも好きだ。リズムもいいし、エレキ・ギター(間奏のソロも含め)もいい。

3曲目は、まあやっぱりビリー・ジョエルの代名詞的なものだからと思って入れておいた。4、5曲目のバラード・メドレーが、ビリー・ジョエルの曲ではこの世で最も有名で、人気があって、最もたくさんカヴァーもされていて、しかもそれだけの理由が十分あるという名曲だ。4曲目「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」でのアクースティック・ピアノもいい響きだ。歌詞は、他人がどうだろうと関係ないよ、ムダにできる時間なんてもうないから僕は僕の道を行くというもので、これもいいなあ。それで、残念ながら Spotify にある「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」は、サックス部だけ差し替えたものだ。それしかない。残念無念。いまや、そっちが標準なのか?

そんなわけでかなり悔しいが Spotify で作ったプレイリストでは、「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」を、2008年リリースの『ザ・ストレインジャー』30周年記念盤二枚目収録の1977年ライヴ・ヴァージョンにしておいた。こっちのテナー・サックスは正真正銘リッチー・カタータだ。しかも曲の終盤で無伴奏サックス・ソロを吹くのが、ちょっとした聴きもの。ジャズの世界ではふつうのものかもしれないが。なお、僕の iTunes にある同じプレイリストでは、ここはオリジナル・スタジオ録音が入っている。

5曲目「ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー」(ありのままの君らしい君が好き)のフェンダー・ローズの柔らかく暖かい響きと、それにからむアクースティク・ギターのカッティングの、なんと心安まることか。君のありのままの素顔、そのままの姿かたちでいて、そんな君らしい君をこそ愛しているよっていう素晴らしい歌詞を、やさしいサウンドに乗せてソフトにビリー・ジョエルが綴る。フィル・ウッズのアルト・サックスも文句なしの代表作となった。

6曲目「シーンズ・フロム・アン・イタリアン・レストラン」は、ドラマティックな変化がある曲展開と、各種管楽器(ソロをとるのはぜんぶ木管だけど、金管のチューバが効果的に使われていたりする)がいいと思うなあ。テンポやリズムや曲調がどんどんチェンジしていくなかでサックスやクラリネットがソロを吹くのを聴くのは楽しい。アップ・ビート部分とスロー部分とのコントラストが見事で、ソングライターとしてのビリー・ジョエルの充実を感じる。

7、8曲目の「ザ・ロンゲスト・タイム」「ディス・ナイト」は、ビリー・ジョエル自作のドゥー・ワップ・ソング・メドレー。どっちもかなりシンプルなラヴ・ソング。単純明快で、しかもブラック・ミュージックふうのヴォーカル・コーラス(は、基本、どっちもビリー・ジョエル一人の多重録音)とリズム・フィール。「ザ・ロンゲスト・タイム」では、指を鳴らす音とエレベ以外は本当に人声のみだけど、曲としては楽器伴奏の入る「ディス・ナイト」のほうがすぐれている(サビはベートーヴェンの引用)。こんな歌詞、泣かずに聴けますかって〜の。

夜となったところで、9、10曲目がある。ジャズという意味のアルバム・タイトルの『5nd ・ストリート』からの曲。「ロザリンダズ・アイズ」はかなり鮮明なラテン調。「ザンジバル」のほうでは大御所ジャズ・トランペッター、フレディ・ハバードが参加してソロを吹く。いまの僕にはジャジーな?「ザンジバル」よりも、ラティーナな「ロザリンダズ・アイズ」のほうがいい感じに聴こえるけれどね。

トゥーツ・シールマンスの、いつもながらのスウィート&メロウなハーモニカが入る11曲目のバラード「リーヴ・ア・テンダー・モーメント・アローン」と、エレキ・ギターが3・2クラーベのパターンを刻む12曲目「キーピング・ザ・フェイス」が、この自作プレイリスト最終盤の盛り上げ役だ。前者でたっぷりと甘い時間を味わったあと、後者で賑やか陽気に踊れるじゃないか。

13曲目「スーヴニア」は、プレイリストの幕をおろすためのコーダとして置いた。ビリー・ジョエル独りだけのピアノ弾き語り。ある時期の(まあ全盛期の)ビリー・ジョエルは、この曲を自分のライヴ・コンサートの最後の締めくくりとして使っていた。どんな思い出もしだいにゆっくりと色褪せていくものだ。

2017/11/19

ポップで聴きやすいザッパのデビュー・アルバム



フランク・ザッパのアルバムってぜんぶ Spotify にあるんだね。いままで探したものはぜんぶあったので、ほかのものもきっとあるんだろう。これはいい。いまでは CD の入手がやや難しめになっているものがあるんだそうだし(数年前、Twitter で『ザ・イエロー・シャーク』CD 新品が、路面店でもネット通販ショップでもぜんぜん見つからないと嘆くクラシック音楽ファンのかたがいらっしゃった)、またそうでなくたって、ザッパにおそれ?をなして近づかなかった音楽リスナーが、その音楽にアクセスできる最も簡便な方法じゃないか。CD などを買わなくたってちょっと試聴さえしてもらえれば、先入見、偏見だって消し飛ぶん可能性が高い。

さて、ザッパのデビュー・アルバム『フリーク・アウト!』(といっても、ザ・マザーズ・オヴ・インヴェンションとしかジャケットには記載がない)を、日本でまず褒めたのは中村とうようさん。そして植草甚一さんだ。一般にかなりとっつきにくいものだと勘違いされているかもしれない。たしかに歌われている歌詞内容はポップじゃないばあいが多いかもだけど、個々の曲じたいはけっこうポップで明快で分りやすく、メロディも流麗でキレイで、聴きやすいように思うよ。

だからザッパが変人だとか、その音楽は難解だとかってのは、やっぱり先入見、色眼鏡なんだよね。『フリーク・アウト!』だってけっこうポップで、キャッチーさすらあるもんね。しかもその土台にはアメリカ黒人ブルーズ、ドゥー・ワップ、リズム&ブルーズがしっかりと流れていて、そういう部分はこのデビュー・アルバムでだってしっかり聴きとれるよ。歌詞内容だって、他愛のないラヴ・ソングもけっこうある。

そういう部分から話をすると、全体の4曲目「ゴー・クライ・オン・サムバディ・エルスズ・ショルダー」。これはふつうのなんでもないラヴ・ソングだ。しかもドゥー・ワップ・ナンバー。君は一年ぶりに戻ってきたけれど、僕は君のことをもう愛していないから、だれかほかの人の肩で泣いてくれっていう、女をフる内容なのかなあ?でもえらく楽しそうだよなあ。曲はホントなんでもないポップなザッパ自作のドゥー・ワップ・ソングだ。

6曲目の「ハウ・クド・アイ・ビー・サッチ・ア・フール」もドゥー・ワップ調のリズム&ブルーズ・ナンバーで、きわめて分りやすいラヴ・ソング…、っていうか失恋歌。う〜ん、哀しく切ない。君の愛を得ていたころは本当に嬉しかったけれど、いまやそれも失って涙を拭いているなんてっていう、そんな歌…。でも曲の調子にそんな悲哀感はない。左チャンネルのマリンバはだれだろう?いい効果を出していて、少しあとからのルース・アンダーウッドが、ザッパ・バンドでこんなのを本格化することになる。

6曲目がマリンバ(ほんとだれ?)がいい感じに聴こえるポップ・ソングなら、続く7曲目「ウーウィ・ズーウィ」もそう。これもザッパ自作のドゥー・ワップ・ソングなんだよね。かなり分りやすくとっつきやすい。ここまで書いた三曲ぜんぶポップでキャッチーで明快で、ごくごくふつうの他愛のないポップ・チューンこそが好きなリスナーでも抵抗感ゼロのはず。だからさぁ〜、ちょっと聴いてみてよねっ。いちばん上で Spotify のリンク貼ってあるから〜。

ドゥー・ワップふうの自作ポップ・チューンはその後もどんどん続いて、8曲目「ユー・ディドゥント・トライ・トゥ・コール・ミー」、9曲目「エニイ・ウェイ・ザ・ウィンド・ブロウズ」、10曲目「アイム・ナット・サティスファイド」、11曲目「ユー・アー・プラバブリ・ワンダリング・ワイ・アイム・ヒア」(はちょっとあれだ、少しあとからの滑稽なヴォーカル風味もすでに出ているが)。それからさかのぼって5曲目の「マザリー・ラヴ」。これらぜ〜んぶごくごくふつうの明快ポップ・ソングなんだよね。サーフ・ロックっぽいような要素すらあるもんなあ。

な〜んだ、ザッパの『フリーク・アウト!』ってけっこうなポップ・アルバムなんじゃないか。少なくとも全15曲中ポップ・ソングがいちばん数が多い。また、アルバムのオープナー「ハングリー・フリークス、ダディ」は、まあやっぱり歌詞内容はちょっとあれだけど(ってか英語が理解できないと分らない部分がすこしあるなあ、たしかにザッパは、う〜〜ん)、曲はカッコよく颯爽としたもので、しかもポップなメロディを持っていて、それから左チャンネルで聴こえるザッパの弾くエレキ・ギターもブルージーで上手い。

2曲目「アイ・エイント・ガット・ノー・ハート」、3曲目「フー・アー・ザ・ブレイン・ポリス?」も、ちょっとだけ抽象化されたブルーズ楽曲みたいなもので、ブルーズといえば、12曲目の「トラブル・エヴリ・デイ」はもろのブルーズだよなあ。ブルージーなハーモニカだって入っているのだが、これってレイ・コリンズかなあ?ってことはこの曲のリズム&ブルーズっぽいリード・ヴォーカルもレイなのか?たぶんそうだよね。はじめて自覚した(^_^;)。

その「トラブル・エヴリ・デイ」が、『フリーク・アウト!』オリジナルの二枚組アナログ LP では、二枚目のトップだったらしい。問題はそのあとに続く、現在では3トラックになっている(って、それ以前は実感がない僕だけど)「ヘルプ、アイム・ア・ロック」「イット・キャント・ハプン・ヒア」「ザ・リターン・オブ・ザ・サン・オブ・モンスター・マグネット」だ。

それら三曲は、主にドラマーが表現するリズムはかなりキャッチーで明快でノリやすいものなんだけど、その上でサウンド・コラージュが繰り広げられていて、ふつうのポップ・ソングしか聴かない人だと、こりゃいったいなにやってんの〜〜??ってなるんじゃないかと思う。特に15曲目なんか12分以上もあって、現代音楽みたいな感じだし、ムジーク・コンクレートでもあって、ポップ/ロック・ファンなら、みんなこんなの嫌いだよなあ。ビートルズにも一曲だけあるけれど、やっぱりあれもみんななにも言わないもんな。

あっ、ビートルズといえば、今日の話題であるザッパ『フリーク・アウト!』と、その英国の、というよりも世界で最も有名な四人組との関係は、でもしかし書く必要はないんだろう。ボブ・ディランとの関係はどうだろう?『フリーク・アウト!』がロック界初の二枚組レコードだという声もあるけれど、発売順だとディランの『ブロンド・オン・ブロンド』のほうが約一ヶ月だけ早い。ディランのは1966年5月16日。ザッパのは6月27日発売だ。誤差、というかほぼ同時みたいなもんか?

まあでもザッパはディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」シングル(1965年7月20日発売)を聴いて感動し、これで世界が変わらなかったらウソだ、自分が音楽家になってやることはなくなったと思い、しかしどうやら変わりそうもないので、やっぱり自分もレコード・デビューすることにしたというような人なので。だからディランの動向には鋭敏だったはずだと思うんだけどね。同じ国の同じ世界にいたわけだしさぁ。

2017/11/18

スアド・マシさんご本人に直接謝りに行きたいレベルです

(Spotify にあるこのアルバムは全17曲だけど、僕の持つ同じ人の同じタイトルの CD は14曲の収録です。)



現在、パリに住みフランスを中心に活動する女性歌手スアド・マシ。出身はアルジェリアで、ベルベル人(カビール系らしい)。いままでに六枚だったかな?ソロ・アルバムが出ていて、今世紀のマグレブ音楽家としては最も面白い存在の一人かもしれない。聴くと、やっぱりいかにもアルジェリア音楽だという部分があって、伝統的なシャアビなどを基調としながらも、広くマグレブ音楽を吸収し、それに米英産のロック・ミュージックをブレンド。さらにこれはどうだか自信がないが、ポルトガルのファド歌手の歌いかたの影響もあるような…、気がするけれど、どうだろう?

いまでは僕も大好きなスアド・マシなんだけど、わりと最近までこの音楽家の魅力に気がついてなくて、ずっと苦手だなあ〜って思っていたのがどうしてだったのか、いまとなっては自分でもぜんぜん理解できない。だいたい僕がスアド・マシを最初に買ったのは(どのアルバムからだったかは忘れちゃった)、アルジェリアの歌手だということだったからであって、マグレグ音楽好きの僕としては聴き逃せないだろうと思ったのだ。

ところが、ホントどのアルバムだったか、聴いてみても濃厚なアラブ節が聴こえず(とそのころは思っていた)、若手歌手でも、例えばパレスチナのムハンマド・アッサーフ(はそろそろ二作目を出してほしい)みたいな、濃厚なアラブ古典歌謡の発声とコブシ廻が好きな僕だから、スアド・マシにはそれがないように最初のころは聴こえていて、なんだかアッサリしてんな〜、そっかアルジェリアのジョーン・バエズとか呼ばれてんのか、それじゃあ僕はちょっと遠慮したいなぁっていう、そんな気分だったんだよね。

昨年暮れか今年頭ごろに、ちょっと気を取り直してという気分でもういっかいスアド・マシを、っていうか僕のばあい、気に入らなかった音楽 CD も処分せずに部屋のなかで寝かせておいて、しばらく置いて時間が経ってのち、ふたたびチャレンジするという人間なわけで、するとこ〜りゃ素晴らしい!と世間に大きく遅れて感動することがしばしばあるんだ。だからさ〜、やっぱ音楽 CD なんかをそうそう処分しちゃダメなんだってば。

そんなわけでスアド・マシも聴きなおして、あぁ〜、こりゃ素晴らしい、どこがアラブ色が薄いもんか!たっぷり濃厚じゃないか、シャアビなどのアラブ音楽が最大のベースになっているぞ、たしかにフォーキーな音楽性があるかもしれないが、あんまりフォーキーフォーキー、ジョーン・バエズバエズだとか言わないほうがいいぞ〜…、ってこりゃたんに僕がバエズのことが気に入らないだけの狭量なだけなんだけど(^_^;)。

スアド・マシの、それまで買っていない CD アルバムもぜんぶ買ってぜんぶ聴いて、なかにはそれでもやっぱりイマイチかも?と思うものがあったような気がするけれど、面白いものが多いし、どう聴いても僕好みの音楽家なので、少しずつとりあげて書いていくつもり。一度に複数枚をまとめて、しかも手短で簡潔に凝縮して書くという、いわゆる文才のない僕だから、今日はデビュー・アルバム『Raoui』(ラウイ?でいいの?読みは?フランス語題の10曲目を除き心配だから、これ以下の曲名もアルファベット表記でいく)だけをとりあげたい。

スアド・マシのアルバム『Raoui』は2001年のソロ・デビュー作。そして彼女のいままででぜんぶで六枚あるアルバムのなかでは、いまのところ僕のいちばんのお気に入り。その理由は、まださほど米英フォーク、ロックなどの色彩が濃くないから。あ、いや、かなりフォーキーではあるな。でもそのフォーキーさは、アルジェリアのカビール人としての自然発生的な弾き語り様式から来るもののように、いまの僕には聴こえる。

うん、たしかにアルバム『Raoui』でも、スアドのアクースティック・ギター弾き語り部分が大きいんだ。オープニングの「Raoui」からしてそう。でもこの曲、アルペジオで演奏されるギター・ノーツはアラビアンだし、スアドのヴォーカルが出ると、こりゃもう間違いなくアラブ音楽の歌手だと分る歌いかた。アッサリ味ではあるけれども。しかもなんだか哀しそうというか、深い憂いを帯びているように聴こえる。どうしてこんなにメランコリックなんだろう?このメランコリーは、例えばアラブ・アンダルース音楽のそれから来ているものだけじゃないような気が、ボンヤリとしている。

アルバム1曲目の「Raoui」は最初から最後までスアド一人での弾き語り。2曲目「Bladi」でウード奏者が参加し、スアドのギター・カッティングとからむ。そのウードが奏でるフレーズは、北アフリカ地域のアラブ音楽を聴き慣れたみなさんなら違和感なく受け入れられるものだ。スアドの歌のほうには、しかしそんなに濃厚なアラブ節はないような気がする。二曲目も最後まで伴奏はスアド自身のギターともう一名のウードだけ。

3曲目の「Amessa」!これが素晴らしいんだ。まずゲンブリ(モロッコのグナーワなどで主に用いられる低音三弦の楽器)が聴こえ、あ、いいな、と思っているとドラム・セットがバンバン!と入って強くて激しいビートが入り、同時にカルカベ(鉄製カスタネット、これもグナーワで使われる)がチャカチャカ刻みはじめ、ゲンブリ+カルカベのサウンドにかなり弱い僕としては、快哉を叫びたいほど。

エレキ・ギターも入り、ドラマーが叩き出すビートはどんどん強くなっていき、しかもフィル・インが気持いいし、上物であるスアドのヴォーカルも躍動的で文句なしに素晴らしい。これはアルジェリアとかモロッコとかシャアビとかグナーワとかいうんじゃなくって、汎マグレブ的な音楽要素を、そんな楽器も使いつつ、同時にロック・バンド様式で表現したものだ。う〜ん、この3曲目「Amessa」はグルーヴィだしカッコイイなあ。素晴らしい。

そんなノリの曲が、アルバム『Raoui』だとほかに五つある。6曲目「Nekreh El Keld」、7曲目「Denya」、11曲目「Awham」、12曲目「Lamen」、13曲目「Enta Dari」。これらはすべてドラム・セットが使われていて、テンポが高速でも中庸でもビート感が強烈で、ノリよくグルーヴィで、しかも根幹にはアルジェリア(やその他マグレブの)の伝統音楽や現代大衆音楽がある。

モダン・シャアビな6曲目「Nekreh El Keld」も、このスアドのアルバム『Raoui』では僕の大のお気に入り。男性歌手とからみながら歌うスアドは、この曲のばあい、シャアビふうに濃厚なアラブ節をやっているのが本当に僕好みなんだよね。ドラマーはちょっとオカズ入れすぎかもしれない。特にハイ・ハットが少しうるさいかも。もっと淡々と叩いてスアドのアラビアン・ヴォーカルを際立たせたほうがよかったかも。5曲目「Hayati」も(バンド形式ではないが)シャアビっぽいね。

11曲目「Awham」と13曲目「Enta Dari」は、ほほアルジェリアン・ロック・ナンバーの趣だが、12曲目「Lamen」は、なんだか分らない(シンセサイザーの電子音?でもクレジットでは鍵盤奏者なしだからエレキ・ギターだね、きっと)音が浮遊するようにアラブ音楽ふう、というかアザーンのような旋律をふわふわと奏で、そこにスアドのアクースティック・ギターがからみ、エレキ・ギターとエレベとドラムスのリズムも入ってきて、スアドが、やはりここでもフォーキーに歌っている。でもその声の質に独特の翳りというか、上のほうでも書いたが憂いがあるんだよなあ。なんだろうこれは?

これら以外の曲は(ロックふうな)バンド形式ではなく、やはりスアド一人でのアクースティック・ギター弾き語りか、そこにウードやその他若干名の伴奏が入るだけのシンプルなもの。アルバムの曲を書いたのもぜんぶスアドだし、だからやっぱりシンガー・ソングライターには違いないのだが、それでもいま聴きかえすと、それらでもけっこうなアラブ臭があっていいなあ。

アラビア語の歌詞内容が理解できないのでなにも言えないが、この独特の憂い、哀しさとか、あるいはまた曲によってはかなり戦闘的、それも政治的意味合いを帯びた闘いの歌であるような雰囲気が、曲調と声の質、カラー、出しかた、節廻しなどに感じるばあいがあるスアド・マシのアルバム『Raoui』。ホントそのあたりなにがあるんでしょう?僕の持つ CD は輸入盤なので…、と思ったら、あっ!附属ブックレットに曲名も歌詞もフランス語訳が載っているじゃないか!マジでここまで書いてきてたったいま気がついた(^_^;)。これから読もうっと。

2017/11/17

マイルズのカリブ&ラテン&アフリカ(2)〜 パン・アトランティック・グルーヴ




マイルズ・デイヴィスが(ギル・エヴァンズとのコラボレイションで)1968年の6月と9月に録音したアルバム『キリマンジャロの娘』から、1975年夏の一時隠遁前のラスト・スタジオ録音である同年5月の「ミニー」まで、マイルズのやったカリビアン〜ラテン〜アフリカンなジャズというと、鮮明なのは五曲だけ。録音順に「キリマンジャロの娘」「フルロン・ブラン」、それから「カリプソ・フレリモ」「マイーシャ」「ミニー」。

だけど、このころ、特に1970年代のマイルズ・ミュージックでは、特に鮮明でなくとも中南米〜アフリカの音楽を志向する部分があった。いちばんはっきりしているのがポリリズムで、もはやジャズの保守本流ビートは、この時期、かえりみられなくなっていて、ファンク度をかなり強めていた。マイルズのばあいも、そのポリリズミックなファンク・ビートにはラテン〜アフリカンなアクセントが、そこはかとなくではあっても、漂っていたのだ。

この事実はマイルズだけのことじゃない。そもそも北米合衆国のファンク・ミュージックとは、ラテン音楽をルーツの一つにしていたような部分がある。反復しながら強く跳ねてシンコペイトするリズム・パターンなどは、間違いなくラテン・ビート由来だ。マイルズだって、直接はジェイムズ・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンから学んだんだろうが、これら二者の音楽にラテン・アクセントがあることを、鋭敏に嗅ぎ取っていたはずだ。

マイルズのばあい、ファンク・ミュージックとの出会い以前からラテン要素があったことは、先々週と先週金曜日の文章で指摘したし、またジャズ・ミュージックはそもそもそういうものとして産まれ流れてきたものだということも、前から指摘してある。ジャズにあるそんなラテン要素は、1940年代のジャンプ・ミュージックを経て、その後のリズム&ブルーズ、ロック、そしてファンクへも受け継がれたので、じゃあ<アメリカ>音楽ってなんなんだってことになっちゃうなあ。ラテン・アメリカ音楽との境界線を、英語/スペイン語ということ以外で引けるのか?という根源的な問いが頭をもたげてくる。

そんな根源的な疑問は、1970年代マイルズを聴いていると、やはり強く持つものなんだよね。だからいちばん上でご紹介したプレイリスト作成には、少し時間がかかった。最初に書いた五曲はあまりにも鮮明だけど、そうでなくともラテン/アフリカン・ジャズなんて至るところにあって、マイルズ・ミュージックのなかに消化されて溶け込んで具現化しているから、いったん気になりはじめると、アッこれも、これもだ、となってしまって、ぜんぶ入れないとダメじゃないかという気がしてきたのだった。

それでも絞りに絞った結果、やはり長めの三時間弱のものになってしまったのだ。Spotify のリンクを貼ったプレイリストに入れなかったものでも、中南米音楽やアフリカ音楽の痕跡があるなと感じる曲、トラック、テイクは多いので、その点はご承知おきいただきたい。

オープニングを『キリマンジャロの娘』から(アルバム収録順ではなく録音順に)二曲チョイスしてある。曲「キリマンジャロの娘」は、1968年6月21日のセッションでの録音で、マイルズが率いたかのセカンド・レギュラー・クインテットのラスト録音だ。すでにハービー・ハンコックもロン・カーターも楽器をエレクトリックなものに持ち替えている。これと、九月録音でチック・コリアやデイヴ・ホランドといった新バンドになった「フルロン・ブラン」は、本当に面白い。

この「キリマンジャロの娘」「フルロン・ブラン」二曲のことは、いつになるか分らないがアルバム『キリマンジャロの娘』一枚をフルでとりあげた文章にするという腹づもりでいるので、今日は書かない。聴けばだれでもサウス・アフリカン・ジャズだと分るほど鮮明、というか露骨にマイルズの学習成果が表面化していて、う〜ん、いま2017年末の僕としては、マイルズが残した1949〜91年の全アルバム中『キリマンジャロの娘』が最も面白いようなきがしてきている。だ〜れもそんなこと言わんけれどもだなぁ。

そんなわけで話はプレイリストのその次「スプラッシュ」「スプラッシュ・ダウン」となるのだが、これらは1968年11月の録音で、当時は未発表のままだった。といっても前者だけは短縮編集ヴァージョンが1979年リリースの LP 二枚組未発表集『サークル・イン・ザ・ラウンド』に収録されてはいた。後者は完全未発表のもので、前者のフル・ヴァージョンとあわせ、2001年のレガシー盤ボックス『ザ・コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』で日の目を見た。

「スプラッシュ」も「スプラッシュダウン」も、曲調がカリビアンなばかりか、なかでも特にトニーのドラミングに鮮明にラテンふうポリリズムを聴くことができる。チックとハービー二名同時演奏のフェンダー・ローズも、コード・ワークやトーナリティに南洋ふうのものを聴きとれると僕は思う。しかもかなりファンキーだよね。アメリカ黒人音楽で聴けるようなファンキーさだ。ってことはつまりやっぱりああいったファンクネスは、ラテン由来だったのかも。

これの次が1969年8月21日録音の「スパニッシュ・キー」で、アルバム『ビッチズ・ブルー』に収録されてリアルタイムで発表されていた。曲題どおりスパニッシュ・スケールを使ったところに最大の特色があるものだ。中南米音楽も、リズムはアフリカ由来かもしれないが、旋律の創りかたはスペイン(やポルトガル)人が持ち込んだものがあるので、1969年8月21日のマイルズも、スパニッシュ・ナンバーをやりながら、リズムはアフリカ大陸のほうを向くということをやっているんじゃないかなあ。僕にはそう聴こえるけれど、みなさんどうでしょう?

「スパニッシュ・キー」に続く「グレイト・エクスペクテイションズ」「オレンジ・レイディ」は、最初1974年リリースの二枚組 LP『ビッグ・ファン』に、一枚目 A 面いっぱいを占めるメドレー形式で収録されていた。69年11月19日録音で、もちろん別個に演奏されたもの。でもつなげたテオ・マセロはやはり素晴らしかった。同日録音だからということもあって、サウンドに統一感があるし、さらにどっちもラテン、というかブラジリアン・ジャズっぽい。

「グレイト・エクスペクテイションズ」にも「オレンジ・レイディ」にもアド・リブ・ソロはなく、三本の管楽器はただひたすら同じモチーフを反復するばかり。だからソロ演奏を聴きたいふつうのジャズ・リスナーにはオススメできないが、モチーフ反復の背後で、主に複数の電気鍵盤楽器が織りなすサウンド・テクスチャーのカラフルな変化や、リズム・セクションの演奏するビート感のやはりカラフルさや動きかたの変化に聴きどころがあるはず。僕はこういうの悪くないと思うんだけど、マイルズ愛好家にもジャズ・ファンにも、そしてそれ以外の音楽リスナーにも、きわめて評判が悪い。

8曲目の「デュラン(テイク4)」は、『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』からとったもの。ふつうのアメリカン・ファンク・チューンで、1970年3月17日録音。右チャンネルで叩くビリー・コバムが(この時期のマイルズ・スタジオ・セッションで叩くものはぜんぶそうだけど)えらくファンキーなドラミングでカッコイイ。タイトで斬れ味良く、しかし複雑なポリリズムを表現しているあたりに、僕はラテン/アフリカ由来のリズム・ニュアンスを感じとるので、今日のプレイリストに選んでおいた。ふつうのファンクだけど、ふつうのファンクがそもそもアフリカ志向の音楽だったから…、って上でも書いたので。

9〜13曲目は、もちろん『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』からの選曲。今日の話題からするとあまりにも鮮明な、10「カリプソ・フレリモ」、12「マイーシャ」、13「ミニー」のことは書いておく必要がないはず。このあたりの(リアルタイム・リリースだと)『ゲット・アップ・ウィズ・イット』期のマイルズ・ミュージックでは、ラテン・ファンク路線が一つの売り物だった。

がしかし、9曲目「チーフタン」や11曲目「エムトゥーメ」などで聴ける、リズムがちょっとよれて突っかかるような変拍子系ポリリズムや、また、リズム・セクションは小さく細かく刻むのを繰り返しながら、上物の管楽器ソロ(はふつうの音楽でいえばヴォーカルだ)は大きくゆったりと乗りうねるあたりのフィーリングとか、そのへんにもアフリカ音楽の影響を僕は強く感じる。

バックは細かくせわしなく刻みながら、同時にトランペットやサックスその他上物が大きく乗って、この感覚の異なる二種類が同時に(ぶつかりあいながら)進むことで、その波動で独自のグルーヴが産まれるんだよね。それはどこの国のどの音楽がというんじゃなく、ほぼ全世界のいろんなアフロ・クレオール・ミュージックに共通するものだ。このころのマイルズもまた、その一翼を担っていたのだった。

2017/11/16

どんどんよくなる岩佐美咲の「初酒」

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Unknown










(11/17 23:17付記)まずは、これを聴いていただきたい。わいるどさん、ありがとうございます。
https://gyao.yahoo.co.jp/player/00164/v09889/v0986800000000541620/

いままでにぜんぶで六つある岩佐美咲のオリジナル楽曲。最初のころの僕がカヴァー・ソングのほうがいいなあと感じていたのは、たんにそれらは有名曲だから耳馴染があるというだけの理由だったと、すでに自分でも分っている。いまではオリジナル・ナンバーのほうが岩佐のチャーミングさ、素晴らしさ、特徴が一層よりよく表現されていると考えるようになっている。しかしたったの六つだからなぁ。そろそろ新曲を、と思うのだが、たぶん来2018年になったらリリースがあるんじゃないかと、無根拠ながら勝手に想像している。

そんなわけで、ぜんぶ入れてもたったの24分しかない岩佐美咲のオリジナル楽曲篇プレイリスト。これをみなさんでシェアできれば、簡便にネットで聴けたらなあ〜って、このごろ強く思うのだが、辛抱強く待つしかないよなあ。まあわさみん関係の僕自身は、リリースされればぜんぶ CD で買いますがゆえ〜、ネット配信がなかろうと困ることはありませんが〜、ほかのみなさんにもちょっと耳を傾けてほしい、試聴できるようにしてほしいという、やっぱり強い願望がある。Spotify なんかで聴ければ、それは正規販売ですから〜、だから聴いてさえもらえれば、いままで僕が熱心に書いてきていることも、少しは納得していただけるはずだという思いがある。あるいは涙腺が大崩壊するかも?歌にそういう破壊力を持つ歌手だ、岩佐美咲は。

そのたった24分の岩佐美咲オリジナル楽曲篇プレイリストを毎日聴いている僕だけど、それら六曲のなかで、最近の僕の最大のお気に入りになってきたのが「初酒」だ。2015年4月29日発売の四作目シングル。2016年11月30日発売の二作目のアルバム『美咲めぐり ~第1章~』にも収録されている。

まずはどっちを買うべきかというオススメを、まだお聴きでないみなさん向けに書いておく。アルバム『美咲めぐり ~第1章~』には、最新シングル曲「鯖街道」より前の、五つの岩佐美咲オリジナル楽曲がぜんぶ収録されている。もとはすべてシングル盤で発売されたもの。それらがまとめて聴ける。さらにこのアルバムのために歌いおろした絶品カヴァー・ソングもたくさんあるということで、一定の洋楽リスナーに多い<アルバムで聴く>志向のみなさんには、この『美咲めぐり ~第1章~』をオススメしたい。その初回限定盤のほうには、僕が岩佐から離れられなくなったきっかけの「涙そうそう(アコースティック・バージョン)」もあるしね。

ただ2015年4月29日発売のシングル CD「初酒」の初回限定盤のほうには、あの「20歳のめぐり逢い」がカップリングされているんだよね。これは今年8月23日発売の「糸」や、こないだ発売されたばかりの新作 DVD 収録の「ノラ」が出るまでは、岩佐美咲の歌ったカヴァー・ソングのなかでも超がつく逸品だったものだ。「20歳のめぐり逢い」こそがナンバー・ワンだったんだよね。それを CD で聴こうと思ったら、シングル CD「初酒」の初回限定盤を買うしかないんだ。

そんなわけで、たただんに岩佐美咲の「初酒」を CD で聴きたいというだけなら、シングル盤でもアルバム『美咲めぐり ~第1章~』でも、どっちでもいい。どっちでもいいからどっちか買ってくれ!そして聴いてくれ!岩佐の歌を!お願いします!

さて岩佐美咲の「初酒」。以前僕はこの曲にかんし、ファースト DVD のオープニングで歌われているのを聴くまで馴染めなかったかのようなことを書いたけれど、それがいまや正反対だ。これこそ岩佐美咲の全オリジナル楽曲のなかでいちばん好きなんだよね。しかしあれだよね、こんなにいい曲の魅力になかなか気づきにくいなんて、やっぱり僕って鈍感だなあ。いや、マジでいい曲です、「初酒」は。

あ、ショート・ヴァージョンだったら YouTube にあるじゃないか。気がついていなかった。これはあれか、CD 購入促進のためのティーザーみたいなものなのか?しかしやっぱりあっという間に終わってしまう。フルで 4:11 ある曲だからね。でもほんのかすかに雰囲気みたいなものは分るのかも?
まあお酒がテーマの曲なわけで、下戸でほぼ一滴もアルコールが飲めない僕としては、その部分だけは共感度が低いのだが、それ以外の部分の歌詞には心底納得できる。というかいつもいつも「初酒」を聴くたびに励まされている僕。歌詞は例によって秋元康が書いて、曲は早川響介が書いている。しかしいちばんいいのは野中”まさ”雄一の書いたアレンジだ。野中は AKB48やその関連グループで、最もたくさんの編曲を書いているメイン・アレンジャー。

僕は苦手だと以前の記事で書いたズンドコっていうあの典型的な演歌調リズムが、いまではとても心地良く響くので、我ながら不思議だ。しかし岩佐美咲の「初酒」で野中”まさ”雄一の書いたアレンジで、僕がいちばん好きなのは、ヴォーカルのオブリガートで左右一本ずつ聴こえるギターの音色とフレーズなんだよね。オブリガートじゃないものとしてセンターに定位するギターもあるが、それについてはさほどでもない。あくまで左右で歌のオブリガートを弾くギター二本が、僕は大好き。

「初酒」イントロが終わって岩佐美咲が歌いはじめ、「生きてりゃいろいろと、つらいこともあるさ。」部の、この読点部分にはさみこむように、まず左チャンネルでナイロン弦ギターが入り、句点部分でもやはり弾く。そもそも左チャンネルのナイロン弦ギターは、曲中ずっとヴォーカルにからんでオブリガートを弾く。それが〜、実にいい!

もっといいのが2コーラス目(1:45)に入ってから。岩佐美咲が「だれかがそばにいる」と歌うと、次いで右チャンネルで、今度はスティール弦のアクースティック・ギターがオブリガートを弾く。と思った刹那、その右のスティール弦に、左のナイロン弦ギターがちょろっとからむんだよね(1:49〜50)。しかもその次に岩佐が「やさしさ身に沁みる」と歌ったら、左チャンネルのナイロン弦が、1:49〜50と同じフレーズのヴァリエイションをオブリで弾くんだ。最高だ。あの瞬間、僕は最高に気持ちいい。

天才だ、このアレンジを考えた野中”まさ”雄一は。岩佐美咲も、ふつうみんな人生はつらいことばっかりっていうのをはげますかのような歌詞を、そんな言葉をそっとやさしく、そっとチャーミングな声質で、歌ってくれているのも素晴らしい。我慢しなくていい、心の荷を下ろし、泣いて弱音を吐け、幸せも不幸せも両方合わせてが人生ってもんだ、って、こんなの当たり前のことではあるけれど、聴いていると、ちょっぴりだけ泣いちゃうもんね。

野中”まさ”雄一のアレンジも絶品なもんで、しかもあのズンドコっていうリズムは人生の応援歌的なマーチ調ってことだよなあ。まあ最終的には、だから二人で飲もうよ、ってところに帰着する歌なので、そこだけが下戸の僕としてはちょっとアレなんですが(^_^;)。でも野中”まさ”雄一の素晴らしいアレンジに乗って、岩佐美咲が可愛く、そして強く、歌うので、まさしく「だれかがそばにいる」ときの「やさしさ身に沁みる」今日このごろ。

いやあ、しかしそれにしても、2コーラス目の左右二本のギター・オブリからみあいは素晴らしいなあ。なんどもなんどもそこを聴きたいがために「初酒」をなんどもなんども聴いちゃってるもん。

2017/11/15

泡のようにはかなく消えやすい恋 〜 原田知世と伊藤ゴローの世界(3)

今2017年の夏ごろ(だっけか?)リリースされた原田知世の最新作『音楽と私』。全11曲が、知世自身の過去曲の再録で、新たな解釈で伊藤ゴローがプロデュースとアレンジもやりなおし、演奏しなおして、歌手が歌いなおしているものだ。一曲目の「時をかける少女」みたいな知世最大の代表曲もある。素晴らしかったので、ぜんぶオリジナルも聴いて比較してみようと思って、この歌手の過去の作品も買って聴いている。

がしかし『音楽と私』収録の全11曲の、その再演とオリジナルを一度にぜんぶとりあげるのは僕には無理なので、なかでも特に印象に残った「うたかたの恋」についてだけ今日は書く。いい曲なんだよね。曲題だけで、もうヤバいでしょう?見ただけで泣きそうだ。

ところで、この「うたかたの恋」というタイトルの曲は宝塚にもあるし、藤あや子(だっけな?)にもあるが、ぜんぶ違う曲。うたかたの恋というのはよくある常套句なので、いろんな人が使っているふつうの表現なんだよね。原田知世のは彼女のオリジナルで、歌詞は知世自身が、曲は伊藤ゴローが書いている。

その知世の「うたかたの恋」オリジナルは2014年の『noon moon』収録で、このアルバムも伊藤ゴローがてがけた作品。ってことで、上掲(1)で書いてあるように、『恋愛小説』シリーズ二枚でこの伊藤&知世コンビにぞっこん惚れてしまった僕は、『音楽と私』のリリース前に、この二名コンビ作はぜんぶ買って聴いていた。だから『noon moon』だって聴いていたのだった。忘れていたような部分もあったけれども…(^_^;)。この14年作でいちばん好きになったのが二曲目にある「うたかたの恋」。

まあやっぱり曲題と歌詞内容がちょっとこりゃ…、ヤバいんだ、ここ数ヶ月来の僕にはね。特に最初と最後の一行 〜 「離れるほどつのる想いは」と「夢なら覚めずにこのままあなたと」だよなあ、ヤバすぎるのは。みんなが持つありきたりの恋情を知世も書いただけの歌詞(と曲題)だろうけれど、う〜ん、これはイケマセン。泣いてしまいます。

こんな内容の歌詞に、あとから伊藤ゴローが曲を付けたのか、あるいはその逆だか分らないのだが、その歌詞と旋律の一体感が素晴らしい。いまちょうどだれかに恋していて、その恋はうたかた(泡沫)のように簡単にはじけて消えそうなはかないもので、しかしできうれば消えずに、ほんのちょっとのあいだだけでも、夢のようなものでもいいから、少しのあいだは味わわせてほしいっていうそんな気分を、伊藤ゴローの書いたメロディとアレンジが際立たせていて、この二名の作詞作曲したもののなかでは、これが最高傑作だと思う。少なくとも僕はいちばん好きだ。

「うたかたの恋」。アレンジとプロデュース・ワークは『noon moon』ヴァージョンと『音楽と私』ヴァージョンで、もちろんかなり違っている。『noon moon』収録の「うたかたの恋」では、鍵盤楽器中心のサウンド。まずアクースティック・ピアノが出てドラムスがちょっとフィル・インしたかと思うと、その後はフェンダー・ローズが伴奏のメインになっている。アクースティック&エレキ・ギター(はもちろん伊藤ゴロー)はやや控えめ。ドラマーがやや跳ね気味に刻んでいるのも印象に残る。ドラムス&フェンダー・ローズが刻むのは、ちょっぴりレゲエっぽいフィーリングのあるビートだと言えるかも。シンセサイザーがサウンド・エフェクト的に入っている。

そんな「うたかたの恋」は、最終盤で突然放り出すように終わってしまう。中断してしまったかのようで、まるで本当に泡とかシャボン玉とかがパチンと割れて消えてなくなってしまったかのようなんだよね。その突然のエンディングは、まるで異性に突然別れを告げられたかのごとき終わりかたで、なんだか計算し尽くされているよなあ。まさにうたかたの恋だ。まだご存知ない方は、最初のほうでリンクを貼った自作 Spotify プレイリストで聴いてほしい。

これまたその自作プレイリストで聴いてほしいのだが、『音楽と私』収録の最新ヴァージョンの「うたかたの恋」でも、そのプツッと突然別れを告げられたように中断するようなエンディングは同じだ。この曲はこういうものなんだろう。うたかた(泡沫)だもんね。でも曲全体のアレンジとプロデュースは、『noon moon』のものとはかなり違っている。

アクスーティック・ピアノのイントロではじまるのは同じだが、『音楽と私』の「うたかたの恋」では、その部分で二本の管楽器が泡のごとく浮遊するサウンド・エフェクトみたいにからんでいる。トランペットとソプラノ・サックス。この二管は知世が歌いはじめてからも曲終盤までずっと入っていて、なかには二管アンサンブルで演奏するパートもあるが、たいていは離れて少しずつズレながら音をくわえる。しかしアンサンブル・パート以外でもそれら二管はアド・リブでは吹いていないと思う。伊藤ゴローの事前指示どおりに演奏しているんじゃないかな。

このトランペット&ソプラノ・サックスの二本が点描的にくわえる漂うサウンドが、この「うたかたの恋」をジャジーな感じの曲に仕立て上げ、またそれがなくとも、アクースティック・ピアノや、伊藤ゴローの弾くクラシック・ギターのサウンドもあって、しかも後半部ではフェンダー・ローズの優しく柔らかい音色も入り、そこにやっぱり二管がからんだりして、う〜ん、なんだかアンビエント・ジャズみたいだ。

「うたかたの恋」というこの曲の持つ本来の持味とか特性を考えたら、そんな『音楽と私』ヴァージョンのほうが出来がいいんだっていう考えに、僕も至るようになっている。このはかない恋情をよりよく表現しているよね。『noon moon』ヴァージョンだと、まだ少し泡沫でもないみたいな心情、というかメンタル面での強靭さがサウンドに出ているようだった。特にドラミングとビート感と、ヴォーカル録音の質に。

それが『音楽と私』ヴァージョンの「うたかたの恋」では、本当に泡沫みたいな浮遊するサウンドになっていて、知世の声の質(は録音のせいかもしれないが、それだけじゃないかもしれない)もそれに近い表現をしているように聴こえる。例えば『noon moon』ヴァージョンでは部分的に知世自身の多重録音ヴォーカル・コーラス部があったが、『音楽と私』ヴァージョンにはそれがない。細くデリケートな感じのヴォーカル・サウンドになっていて、細いとは、このばあい、悪い意味ではない。いまにも消えそうな、夢なら覚めないでというはかない恋の想いを、よりよく具現化できているように感じる。

しかしながら、2017年作『音楽と私』ヴァージョンの最新「うたかたの恋」でも、ドラミングだけはそこそこ強靭なビートを刻んでいる。スネア、特にリム・ショットの使い方と、ベース・ドラムの踏み方がやや込み入ってもいて、そんな部分に強めのビート感を聴くこともできる。

2017/11/14

太田裕美「木綿のハンカチーフ」〜 アルバム・ヴァージョンとシングル・ヴァージョン

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太田裕美の三枚目のアルバム『心が風邪をひいた日』。CBS ソニー盤で、1975年12月の発売だった。このころ僕は13歳。以前も書いたように、中学時代の最親友クリタセイジが熱烈な太田裕美ファンだったおかげでこのアルバムも…、かというと、その記憶はまったくない。ハッキリと憶えているのは、45回転のアナログ・シングル盤「木綿のハンカチーフ」ばかりなんどもなんどもクリタんちで聴いたということだ。アルバムだって聴いたかもしれないが。

しかし太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は、オリジナルであるアルバム・ヴァージョンと、その後発売されたシングル・ヴァージョンで内容が違うんだよね。長年僕は、その違いなんて微々たるものだろうと思い込んでいた。ところがジックリと聴きなおすと、かなり大きく違うじゃないか。う〜ん、気がついていなかった。というか僕はずっとシングル・ヴァージョンしか意識していなかったかもしれない。ある時期にアルバム『心が風邪をひいた日』 LP レコードも自分で買ったはずなのだが、まあちゃんと耳を傾けていなかったんだなあ。

今年八月末に太田裕美の『心が風邪をひいた日』の SACD が発売されたのだ。僕は今月になってそれを買った。それまでの通常の CD だって同じものを持っているのだが、買わずにおられないというくらい好きになっているから〜。裕美さんのことが〜、じゃなくて、いや、それもあるが、なによりもあのアルバムで聴ける音楽、裕美の歌声が、そりゃもう大好きなんだよね。SACD だろうとなんだろうと買わずにおれらますかって〜の。だいたいそれまで聴いていた CD だって、買い増した Blue-spec 盤で、その前に、たしか1990年ごろに発売されたふつうの CD だって持っている。

ふつうのアルバムとしても Spotify にはない太田裕美の『心が風邪をひいた日』。その SACD は、都会の大手路面店ならふつうに置いてあるんじゃないかと思うけれど、アマゾンなど通常のネット通販では買えない。Stereo Sound Online でしか買えないんだよね。これは謎だ。こんな素晴らしい歌手の最高傑作(ではないという声もあるが)アルバムの SACD 盤をふつうに買えるようにしないなんて…。どうしてだろう?…、と思ってパッケージをよく見たら、これはソニー盤じゃないのか?Stereo Sound 盤ってこと?それであっても、ふつうに買えたらもっといいのに…。
まあいい。地方人にも買えないわけじゃない。問題は高音質盤だとかいうことじゃない。たんに好きだからっていう、だから何枚も持っておきたいっていう、ただそれだけの理由で太田裕美の『心が風邪をひいた日』SACD を買ったのだ。だいたいそれまでのリイシュー CD と違って SACD 盤は紙ジャケットだし、それもいい。ところが、僕んちに届いたそれを聴いて、だいたい Stereo Sound の購入サイトでも商品もよく見ないで、ただ届いたものをかけたのだ。するとかなり大きなことがあった。

それは SACD のアルバム末尾に、「木綿のハンカチーフ」のシングル盤ヴァージョンが収録されているのだってこと。オリジナル・アルバムのラスト12曲目「わかれ道」を聴き終わり、いつもどおり素晴らしかったなあとため息をついていると、次の瞬間に流れてきたんだよね、「木綿のハンカチーフ」のシングル・ヴァージョンが。あっ!と思って、そのとき、はじめてダブル・ジャケットを開くと、たしかにボーナス・トラックとして記載がある。ジャケット・デザインはミニチュア LP 的なオリジナル仕様再現だから記載なし。したがって歌詞が書いてある附属の紙にも記載はなし。

つまり『心が風邪をひいた日』SACD を買えば、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」のアルバム・ヴァージョンとシングル・ヴァージョンの両方とも聴けるってことだ。こりゃいい!素晴らしい!僕はもう今度この SACD 盤しか聴かないぞ。ってことで、たぶん生まれてはじめて僕は、この名曲の両ヴァージョンを一枚のアルバムのなかにあるものとして、かなりじっくりと聴き比べたのだった。

「木綿のハンカチーフ」が一曲目に収録されたアルバム『心が風邪をひいた日』は1975年12月5日に発売されているが、45回転シングルの「木綿のハンカチーフ」は同21日発売だった。再録音されたものだということだから、そのあいだにもう一回やったということだよね。伴奏も太田裕美のヴォーカル表現も、もちろん録音やミックスも、ぜんぶかなり違うんだ(ってことに、SACD ではじめて気がついたわけですが(^_^;)。

歌詞もちょっぴり違っているというネット情報を得て聴き比べたが、これはかなり分りにくい。たった一箇所だけなんだ。三番の歌詞「恋人よ、君は素顔で、口紅もつけないままか」。これがアルバム・ヴァージョンだが、シングルでは「恋人よ、いまも素顔で 〜〜」となっている。ここだけ。これは違いというより誤差みたいなものだけど、これも作詞の松本隆が書きなおしての指示だったんだろうか?あるいは録音時に太田裕美がアド・リブ的にそう歌っただけなのか?ひょっとして瞬時に間違えた…、なんてことはありえないよなあ。

でもこれはどうでもいいことだ。もっと大きなことは、伴奏のアレンジや、したがってサウンドやリズムがかなり大きく違っているということだ。太田裕美のヴォーカル表現もかなり違っている。「木綿のハンカチーフ」の音源をまずご紹介しておこう。

アルバム・ヴァージョン https://www.youtube.com/watch?v=6PTO2XQ17u4
シングル・ヴァージョン https://www.youtube.com/watch?v=4kavnmW3EqA

アレンジが相当違うよね。まず耳をひくのは、シングル・ヴァージョン冒頭で、渦を巻いて迫ってくるかのようなストリング・アンサンブルだ。対してアルバム・ヴァージョンではエレキ・ギターではじまっている。好みの問題でしかないように思うけれど、長年シングルのほうしか頭になかった僕でも、いまではアルバム・ヴァージョンのイントロのほうが好きなんだよね。

曲全体でもアルバム・ヴァージョンでのストリングスは控えめで、あくまでエレキ・ギター&ベース+ドラムスのリズム・セクション中心の伴奏で、弦楽器は軽く控えめだ。アルバム・ヴァージョンではエレキ・ギターがかなり目立つように活躍し、イントロやオブリガートや間奏などなど、たくさん弾いている(どなたなんでしょう?ずいぶん前にお名前をうかがったように思うのですが、忘れました)。

シングル・ヴァージョンのほうでは、ストリングスと木管アンサンブルがやや大きめに入っている。太田裕美が歌っているあいだの伴奏は、やはりあくまでエレキ・ギターを中心とするリズム・セクションが伴奏しているが、シングル・ヴァージョンには存在しない木管アンサンブル(たぶん複数本のフルート)やシンセサイザーも、またかなり小さくうしろのほうで女声バック・コーラスも、入っている。ストリングスのフレーズも違えば、ミックスによる(ものだと思うのだが)ストリングスの音の大きさも、アルバム・ヴァージョンとはぜんぜん違う、と言ってしまいたいほど違っているじゃないか。

さらにリズム・アレンジの違い。基本的なフィーリング 〜 A メロ部分でラテン音楽ふうに跳ねて、サビ部分でフラットに進むビート感になる 〜 は同じであるものの、特に A メロ部分でのリズムのラテンふうなシンコペイションが、アルバム・ヴァージョンよりもシングル・ヴァージョンのほうが、特にベースとドラムスによって、より鮮明で強く表現されている。ここだけはいまの僕もシングル・ヴァージョンのほうが好きだ。

太田裕美の歌いかたは、逆にアルバム・ヴァージョンのほうがスタッカート気味のフレイジングを多用している。シングル・ヴァージョンでは、たとえば歌詞の一番から四番のすべての出だしになっている「こいびとよ」部分でスタッカートせず、言葉は悪いかもしれないが、のっぺりと平坦な感じ。「こっ、いっ、びと、よっ」がアルバム・ヴァージョンでの歌いかただけど、「こいびとよー」がシングル。そのほか同じような歌唱法の違いが随所に聴けるのだが、ここも作曲の筒美京平が書きなおし指示したことなんだろうか?

ヴォーカルの音量の大きさは、これもシングル用のミックスということなんだろう、そっちのほうがポンと前に出ていて大きく聴こえるので、ふつうならングル・ヴァージョンのほうが聴きやすい。あくまで太田裕美の歌を聴かせたいという意図で、シングルのほうのミックスはやったんだろう。ストリングスや木管やシンセサイザーなどや、また伴奏アレンジの違いも、裕美の歌を際立たせたいという意図で、萩田光雄(と筒美京平の共同アレンジらしい、シングルのほうは。アルバムのほうは萩田光雄単独のアレンジ)がやりなおしたってことだろうね。

「木綿のハンカチーフ」のシングル盤発売に際して再録音するとなって、作詞作曲編曲のトリオと主役女性歌手が仕事をやりなおした結果、シングル盤の「木綿のハンカチーフ」は、たしかにアルバム・ヴァージョンのものよりも出来がいい。とふつうのリスナーのみなさんには受け止められるはず。僕もそういう出来栄えに違いないと考えてはいる。

個人的な好みだけでいえば、ちょっと違うんだけどね。

あれれ〜っ?しかしアルバム『心が風邪をひいた日』には、ほかにもいい曲がたくさんあって、ボサ・ノーヴァだってあるんで、それらぜんぶ書こうというつもりだったのだが、今日はもうその余裕がないなあ。「木綿のハンカチーフ」についてだって、まだまだ書きたいことがある。歌の出だし「恋人よ、僕は旅立つ」の「旅立つ」の「つぅ〜」でスッとファルセットに移行する部分のナチュラルな美しさがとてもキラキラ輝いていて…、ってキリがないなあ。

しょうがない。また今度にしよう。と言うときは、世間一般のみなさんと違って、いままで僕はは必ずその「今度」を実行してきているのだが、しかし太田裕美のアルバム『心が風邪をひいた日』では、「木綿のハンカチーフ」があまりにも突出して素晴らしすぎるように思うので…。

2017/11/13

池玲子のポルノ歌謡

東映のポルノ女優だった池玲子。1953年生まれなので、もちろんお元気でいらっしゃると思う。この方はスクリーン・デビューが1971年の『温泉みすず芸者』で、ってことは当時の池は19歳。僕自身は池が出演する映画を映画館でも自宅でも観たことは一度もないのだが、池がそのデビューの年にテイチクに録音して発売された一枚の音楽アルバム『恍惚の世界』。これがひどいのだ(笑)。全12曲で計36分間、完璧なるセックス・ワールドが展開されている。

僕はリイシュー CD で池玲子の『恍惚の世界』を持っているのだが、それはストレートなテイチク盤ではない。そのままではとてもリイシューできなさそうだ。っていうかそもそも1971年のテイチクだって、よくこんな LP アルバムを発売できたもんだよねえ。僕が持つのは TILIQUA と書いてあるレーベルからのリイシュー CD なんだけど、どこだろうこれ?いちおうテイチクのライセンス下で云々と(英語で)記してある。ダブル・ジャケット体裁や、その他もろもろ、オリジナル仕様を復元しているんじゃないかなあ。

まあお仕事ですがゆえ〜。ポルノ界と縁がない音楽家だってセックス・ソングはよくやるものだ。性は人生にとって最も重要なもので、日常生活のことだから、特に音楽が日常生活と密着するようになった時代以後は、本当に多い。アメリカ大衆音楽界だと、最初のティン・パン・アリー時代のソングブックはわりとお上品なというか、はっきり言ってしまうと浮世離れしたものが多く、庶民のふだんの生活に寄り添うようになるのは1940年代のジャンプ・ミュージック以後だ。ルイ・ジョーダンや、その流れをくむリズム&ブルーズ、そしてチャック・ベリーあたりから、セックスが日常であることをさほど隠さないようになった。

それでも池玲子の1971年テイチク盤『恍惚の世界』ほど露骨なものはなかなかない。セックスは人間の日常生活云々と書いたけれど、池の『恍惚の世界』は、こりゃ日常ではないエクスタシーが音に存在する。いちばん上でご紹介した Spotify リンクで聴いていただきたいのだが、そうすればどなたでもこのことが納得できるはず。こんな世界はふつうの人間の日常生活にはないものだ。

それでもセックス、というかエクスタシーの世界を徹底追求した結果、池玲子の『恍惚の世界』は、ある種の美しさを獲得していて、その美しさにおいては価値観が逆転してしまい、ティン・パン・アリーの世界と同質の、ちょっとこう、現実離れした高みにあるというか、リスナー側としては手の届かない夢の世界を妄想して、なんとなくボヤ〜っといい気分にひたるっていう、そんなアルバムじゃないかなあ、池玲子の『恍惚の世界』は。

などと書いてはみたものの、池玲子の『恍惚の世界』はひどいというか露骨だ。これ、しかしこんな声をレコーディング・スタジオでシラフで出していたわけだから、やっぱりプロの仕事だなあ。録音当時の池は19歳だったわけだけど、彼女のプロフェッショナルな姿勢、ありようを賞賛したい。10代のデビュー当時とはいえ、ポルノ女優としてこれくらいの仕事は難なくこなしたってことかなあ。

池玲子の『恍惚の世界』。収録の12曲はぜんぶカヴァー・ソング。一番上でリンクを貼った Spotify にあるものは表示がぜんぶ英語なので(それしかなかった、日本語そのままではとてもリイシューできなさそう)、中身は日本語で聴けばだれだって分る有名歌謡曲ばかりだけど、いちおう以下にそれを一覧として記しておこう。僕の持つ TILIQUA 盤リイシューの CD では、ぜんぶ日本語表記だから(でも肝心な部分が英語だったりするのだが(^_^;)。

池玲子『恍惚の世界』(1971)ー 括弧内は初演歌手とそのレコード発売年

1. 女はそれをがまんできない(大信田礼子、1971)
2. よこはま たそがれ(五木ひろし、1971)
3. めまい(辺見マリ、1971)
4. 雨がやんだら(朝丘雪路、1970)
5. 夜明けのスキャット(由紀さおり、1969)
6. さすらいのギター(小山ルミ、1971)
7. 私という女(ちあきなおみ、1971)
8. 雨の日のブルース(渚ゆう子、1971)
9. 恋の奴隷(奥村チヨ、1969)
10. 経験(辺見マリ、1970)
11. 天使になれない(和田アキ子、1971)
12. 愛のきずな(安倍律子、1970)

もとからセクシーな香り漂う曲が多いが、これらが池玲子の手にかかると、どこからどう聴いても完璧なポルノ・ミュージックへと変貌している。池の手にっていうか、所属していた当時の東映のスタッフと、それからテイチクの製作陣の仕事として、デビューしたての池を売ろうとして、プロモーションの一環として『恍惚の世界』みたいなものが企画されたってことかなあ。池はそのアイデアに乗って歌った、というかレコーディング・スタジオであえいだだけだったかも。

そう、アルバム『恍惚の世界』での池玲子はもちろんメイン・ヴォーカリストとして歌っているが、それ以上にメイン・ウィスパラーというか、あえぎ担当として、東映映画で握る刀をマイクに持ち替えて、そんな声ばかり出しているんだよね。いわゆるふつうの意味で歌っている時間よりも、セクシーに、いやそのまんまのセックス描写として、あえいでいる時間のほうが長い。

歌の内容はみなさんご存知の曲がほとんどなので、なにも説明する部分はない。また池玲子の歌いかたというかあえぎかたも、まったく説明しておく必要はないはず。必要があったとしてもそれを克明に記せばただの猥褻文にしかなりませんがゆえ〜。いちばん上でリンクを貼った Spotify のプレイリストでお聴きいただきたい。それだけでなにがどう展開されているのか、みなさん分ります。

露骨なセックス関連ではないことも、最後にちょっぴり書いておこう。それは池玲子の『恍惚の世界』で聴けるバンドの伴奏サウンドについてだ。マジメなジャズ・ファン向けのことからまず書いておくと、アルバム・ラスト12曲目の「愛のきずな」にはソプラノ・サックスの短いソロが挿入されているが、それは完璧なジョン・コルトレイン・スタイルだ。そこだけ転調するしね。

1971年録音だから、ソプラノ・サックスの吹きかたはコルトレイン一色に塗りつぶされていたはず。あんな感じのソプラノ・サックスが、ポルノ・ミュージックの一部として機能して、淫美に響くのも面白い(…、ってやっぱり怒られそうだ)。この部分以外のアルバム全体で聴こえるテナー・サックスは、サム・テイラーみたいなムーディさ…、って当たり前だ。

池玲子の『恍惚の世界』アルバム全体で最も目立つ伴奏サウンドはクイーカの音だ。例のブラジリアン・パーカッション。豚の鳴き声みたいな、あのクゥイ〜〜っという音は、みなさんも耳にしたことがあるはず。僕のばあいマイルズ・デイヴィス・バンドでブラジル出身のアイアート・モレイラが使っているのではじめて耳にした楽器だ。クイーカのあのクゥイ〜っていう音が池のあえぎ声にからんで、なんだか…。こういう効果を出すことができるパーカッションだったんだ…。

アルバム『恍惚の世界』全体の伴奏サウンドは、やっぱり1971年当時の日本の歌謡曲のそれだけど、ちょっと違う部分もある。それはサイケデリック風味が強く出ているところだ。アメリカのロック・バンド、13th ・フロア・エレヴェイターズとか、あのへんのサイケ・ポップ〜ロックなサウンドに(アルバムのぜんぶでないが)とてもよく似ている。

1971年のテイチク・スタジオで、ミュージシャンたちがサイケを意識したかどうか分らないが、そもそもサイケデリアって幻惑感、陶酔感をもたらす知覚混乱の表現だから、池玲子のイクスタティック・ワールドを表現するのにはもってこいの音楽スタイルだよねえ。

2017/11/12

ジャンプ・ミュージックとはロッキン・ジャズ

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日本語題が『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』で、英語題が『Let It Roll - The Jumping Forties』となっている2000年の MCA ジェムズ盤 CD。だから選曲・編纂・解説は中村とうようさん。これ、”Let It Roll” っていやらしい意味だから、そのままストレートには書きにくいのだが、このアルバム17曲目に収録されているラッキー・ミリンダー楽団の同名曲では、メイン歌手の女性アニスティーン・アレンが “Let it roll, let it roll” と歌うと、男性陣のバック・コーラスがすかさず “All night long!” とリスポンスするので、それだけで英語に疎い方でもだいたい想像がつくはず。
ところでこのラッキー・ミリンダー楽団の「レット・イット・ロール」は1947年録音で、お聴きになって分るようにピアノがブギ・ウギのパターンを弾き、主役歌手のコールとバック・コーラスのリスポンスがあって、フル・バンドで怒涛のようにジャンプするという、この1940年代に黒人に最も人気だったダンス・ミュージックのスタイル。解説文でもとうようさんがお書きだが、フル・バンド・ジャンプの迫力なら、ラッキー・ミリンダー楽団とライオネル・ハンプトン楽団が覇を競っていた。

そのハンプトン楽団はといえば、アルバム『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』で、ラッキー・ミリンダー楽団の「レット・イット・ロールの直前16曲目に「ビューラーズ・ブギ」が収録されている。これもすごい。聴き手を乗せずにおくもんか!っていうようなものすごいど迫力のサウンドとダンス・リズムだ。大好きだなあ、こういう音楽。
この手のラッキー・ミリンダー楽団とかライオネル・ハンプトン楽団とかのジャンプ・サウンドって、まあジャズではあるけれど、(黒人)大衆の日常的共同体基盤から離れよう離れよう、常に上へ上へとのぼっていこうっていう上昇(芸術)志向にアイデンティティを見出すようにやってきたのがレゾン・デートルであるジャズ史からしたら、やっぱり<ハミ出しもの>だったんだよなあ。

だってさ、ジャンプ・ミュージックはあくまで泥臭く泥臭く、黒人ブルーズに強く根ざして、サウンドもリズムも、また歌のあるばあいはその歌詞も、黒人日常生活のふだんのありように密着してやっていた音楽で、ダンス向けということしか考えられていない音楽で、日常生活に根ざすということはもちろんセックスのことなんかも当たり前に出てくるし、それを隠さないばかりか露骨にアピールしているようでもある。ダンス・ビートの反復だってセックス行為の隠喩だ。

そういうアティテュードって、ジャズというよりもリズム&ブルーズとかロック・ミュージックの態度だよなあ。っていうか年代順に語れば、(やっぱりあくまでジャズである)ジャンプ・ミュージックがそんなありようの音楽だったからこそ、そこから派生誕生したリズム&ブルーズ、またそれを土台に成立したロックも、ダンサブルなセックス表現を隠さない。こういうのこそが<大衆の>音楽っていうもんですよ。

とうようさんが『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』を編んだ際の意図もまさにそこにあったに違いない。だから、今日僕が記事題にしたように、1940年代のジャンプ・ミュージックは、ロッキン・ジャズだっていうんだよね。そのダンス感覚は、1940年代にあって、20世紀末ごろからの黒人系ダンス・ミュージック、すなわち R&B とかヒップ・ホップを先取りしていた。そんな歴史的位置付けもできるし、そんなことは無関係に、とにかく聴いたら魅力的で、いつでも元気になれるんだよね。だから僕は(ブログ記事にするしないはともかく)よく聴くんだ、ロッキン・ジャズ的なジャンプ・ミュージックを。

『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』に全25曲収録されている黒人ジャンプ・サウンドは、21世紀の若いリスナー、それも二十歳前後あたりの大学生世代にも訴えかけるパワーがあるみたいだ。ってことを、あれは何年のことだったか、とにかく21世紀だけど、かつての勤務大学の音楽の講義で、この MCA ジェムズ盤から二、三曲かけた際に僕は痛感した。

その日の講義終わりにではなくて、何週か経ってからの講義終了後に教室を去ろうとする僕に、とある男子学生が話しかけてきたんだよね。戸嶋先生、こないだの『ブラック・ビートの火薬庫』っていう CD は、いまでも買えるですか?!って、あれ、よかったです、僕もほしいので中古 CD 屋さんで探してみます!って、言ってくれたんだった。どの曲を僕がチョイスして授業でかけたのかは憶えていないが、ジャンプ・ミュージック特集の週だったはずだから、ハンプトン楽団の「フライング・ホーム」やアースキン・ホーキンズ楽団のコーラル盤ヴァージョン「アフター・アワーズ」なんかと並べたはず。ホント何年のことだっけなあ?と思って mixi 日記で探したら2007年の6月26日だ。この年のこの授業二週目に、ある方と初めてお会いしたんだった。

その2007/6/26の mixi 日記を読みなおすと(この年、僕はこの講義内容のレジュメを mixi 日記に書いていた)、この日はブギ・ウギからジャンプの流れを説明し、それがリズム&ブルーズ、ひいてはロック誕生につながったことを説明している回だ。この当時の僕は歴史的仮名遣で書いていたのがそのまま出てくるのも懐かしい。それにしても僕って、聴いている音楽やそれについて語る内容が、10年経ってもまぁ〜ったく変わっていないじゃないか(苦笑)。

とうようさん編纂の『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』では、ラテン・テイストも聴き逃せないところ。こっちのほうは2007年にはそんな強くは自覚していなかったが、いまやこのアンソロジー編纂の隠し意図に違いないと確信するようになっている。

例えばアルバム6曲目、スキーツ・トルバート楽団の「ルンバ・ブルーズ」(1941)ー 英語では「”ランバ”・ブルーズ」の読みが正しいし、実際そう歌っている ー とか、18曲目ルイ・ジョーダンの「ラン・ジョー」(1947)あたりは、聴いたらだれでもカリビアン〜ラテンなジャンプ・ブルーズだと分るほど鮮明。
露骨にラテン・アクセントを隠さないのはこれら二曲だけなんだけど、どっちもトランペッターがあの有名なキューバン・ソン楽曲「南京豆売り」のフレーズを吹いている。1930年のあの全米大ヒットが、どれだけ大きなものを北米合衆国の大衆音楽にも残したのか、よく分るよなあ。スキーツ・トルバート楽団の「ルンバ・ブルーズ」もルイ・ジョーダンの「ラン・ジョー」も、あえて意識して「南京豆売り」を下敷きにして曲づくりしたのか?と思えてくるほど。

その他、アンソロジー・アルバム『ブラック・ビートの火薬庫 ー レット・イット・ロール』でも、中南米、あ、いや、中米だけか?の音楽の痕跡は随所にある。1940年代からの黒人ジャンプって、基本的にはブルーズ、それもブギ・ウギを土台にして、ジャズ・ミュージックのなかでビート感を強め、日常生活の猥雑さもとりこんで、というかもとからあるものだからそれを隠さず出して、そこにこれまた抜きがたいカリブ音楽なまりをも隠さず表現したっていう、端的に言えばこんな音楽だと言えるかなあ。

だからリズム&ブルーズやロック・ミュージックがあんな感じになっているのも当たり前なんだよね。僕自身はどっちかというと耳がジャズ寄りの人間だから、それら同系統の音楽のなかではジャンプ・ミュージックにいちばん親近感があって、これら三者ではふだんから最もよく聴くものなんだよ。前々から毎度毎度同じことの繰返しでスンマセン。

2017/11/11

キューバン・ジャイヴ歌手ミゲリート 〜 歌のなかの演劇

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日本でも著しく評価が高いアルセニオ・ロドリゲス。ひょっとしたらいま、熱心なキューバ音楽愛好家のなかで最も高く評価されているのがアルセニオじゃないかなあ。実際、それほどの価値のある音楽家だ。そのアルセニオの無名時代、キューバで最も早い時期に目をつけた一人が、ミゲリート・バルデースにほかならない。ミゲリートは人気歌手だったから、彼が歌ってくれたおかげでアルセニオの認知度が上がった面もあるんじゃないかあ。

ミゲリートの録音をいま日本盤で買おうとしたら、格好のものが二枚ある。どっちもいつもどおり中村とうようさん編纂のもので、発売順に1998年の MCA ジェムズ盤『アフロ・キューバンの真髄〜マチートとミゲリート』、2003年のライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』。前者はタイトルで分るようにマチートにフォーカスしたような面があるので、今日は後者ライス盤のことだけを話題にしたい。MCA ジェムズ盤のこともそのうち書こう。

ミゲリートのライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』の二曲目「ブルーカ・マニグァー」であれば、キューバ音楽は例のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ関連のものだけ聴いているという方々(はけっこう多いと思う)だって耳馴染があるはずだ。同プロジェクトでイブライム・フェレールがこの曲を歌ったからだ。これ、アルセニオ・ロドリゲスの書いた曲なんだよね。
https://www.youtube.com/watch?v=s4MPKz3U8vs

ライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』に収録の「ブルーカ・マニグァー」は、オルケスタ・カシーノ・デ・ラ・プラージャ時代のもので、1937年の録音。37年なんて、アルセニオのことをたぶん知っている人のほうが少なかったはず。しかもそんなアルセニオの曲をやろうとしたのは、バンドの意向というより所属歌手だったミゲリートの取り計らいだったようだ。この「ブルーカ・マニグァー」にミゲリートが目をつけたのには、大きな意味があったと思うんだよね。アルセニオ個人を云々というよりも。

っていうのも「ブルーカ・マニグァー」という曲は、アフリカ生まれの黒人の心境を歌ったもので、しかし曲はホンモノのアフロ・キューバンというよりも、ちょっとした偽アフロみたいなもんで、アルセニオは黒人だけど、ミゲリートは混血(ムラート)だったのか白人だったのか、はっきりしない。本人は白人だと語っていたようだが、ムラートだとする研究もあるみたいだ。

そのあたり、ミゲリートが白人か混血か、イマイチはっきりとしないのだが、いずれにしても肝心なのは「ブルーカ・マニグァー」に宿る演劇性なんだよね。ミゲリートが白人だったとするならば、この曲をもっともらしく歌うのは、いわば<ウソ>だ。言い換えればそれが歌における演劇性で、歌手本人の実生活における姿と歌う内容がピッタリとはりつきすぎず、虚構性(=ウソ)を持ち、演じることで、かえって歌に迫真性が出るんだよね。

しかもミゲリートが歌うオルケスタ・カシーノ・デ・ラ・プラージャ1937年の「ブルーカ・マニグァー」は、後半部(最後の約一分間)がモントゥーノになっていて、バンドが同一パターンを反復する上で、ミゲリートがヴォーカル・インプロヴィゼイションを披露している。ソンの伝統スタイルだから、これじたいはいまさら強調するべきものではないはず。

だけど、ミゲリートのばあい、結局その歌手人生をとおし、この二要素(歌の虚構性、モントゥーノ部での即興歌)に最も力を入れて追求したんじゃないかと言えるかもしれないんだよね。ライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』だと、ほかにも例えば、やはりアルセニオの書いた4曲目「キャラメル売りが行く」(1938年録音のこれのトレスがアルセニオ自身)、やはりアルセニオの7曲目「ルンバに惚れた」(1941年、ザビア・クガート楽団時代)12曲目「空ビン買い」(1942年、マチート楽団と)、13曲目「血は赤い」(1940年代末?)、15曲目「オー・ミ・タンボー」(40年ごろ?)、16曲目「ババルー」(47年)など、すべて、この二大要素を表現したものなんだよね。

つまり歌の中身は黒人性(アフリカン・ルーツ性)を打ち出したもので、ことによってはミゲリートだとそれはウソだ。歌の中身を表現するのに、それが歌手の心の底から湧き出てくるようなもの、すなわち歌手自身の体験とか生い立ちとか立場からナチュラルに出てくるようなものだからこそ<ホンモノ>になりうるのだとお考えのみなさんにとっては、ミゲリートのこんな歌の数々は腹立たしくさえあるものかもしれない。

芸能(芸術でもいいが)表現における真のリアリズムとは、そんな薄っぺらいものじゃないんだよね。ドラマを演じる、つまり表現者本人とは異なる立場の役割を演じるお芝居、要はフィクショナルな装置によって、音楽でも文学でも作品は生み出されるのであって、ってことはぜんぶウソなんだよね。ウソという言葉が悪いならば虚構なんだ。つくりもの、でっちあげたもの、ニセモノ 〜 であるからこそ本物よりもホンモノらしい表現ができる。

ミゲリートはキューバ人歌手のなかで、歌というものが持っているこの根源的なフィクショナリティを最も素晴らしく体現した人物だった。だから彼が本当のところ白人なのか混血なのかは、そんな追求しても意味は大きくないと思う。大きな意味は、ミゲリートがそういう表現スタイルをとって歌い、聴き手にイリュージョンを体験させたのだという、こっちは間違いない事実だ。

歌のモントゥーノ部でのヴォーカル・インプロヴィゼイションにジャイヴ風味があるのだということにも少し触れておこう。それはまさに北米合衆国のキャブ・キャロウェイに通じるスタイルで、っていうかキャブの楽団だって人気があった1930年代にはキューバ公演をやることがあったはずだから、ミゲリートもそれに触れたはずだし、それがなかったとしてもキャブのレコードは間違いなく聴いていた。疑えないほど似ているばあいがある。

例えばライス盤『アフロ・キューバンの魔術師』の15曲目「オー・ミ・タンボー」。これの後半モントゥーノ部において、スキャットを交えながら即興でミゲリートが歌い囃しているところなどは、どう聴いてもキャブのイミテイションだ。実際、アメリカ時代のミゲリートは、ひとからキャブの歌いかたに似ていると言われることがあったそうだし、この曲だけでなく、ライス盤でも随所でそんなような姿が聴ける。がしかし、この曲だけは意識して故意に真似している。
キャブ・キャロウェイにしろミゲリートにしろ、アメリカン・ジャイヴやアフロ・キューバン・ジャイヴなど、その他すべてのジャイヴ表現は、歌のなかに演劇舞台を設定し、そこで主役歌手(など)がお芝居を演じ、聴き手とのあいだに共有できる空間をつくりだして、フィーリングをシェアするっていう 〜 こういうものなんだよね。音楽(や各種表現)が虚構だというというのは、こんな意味なんだ。

だからキューバ人歌手ミゲリートが似非アフロを歌ってリアルにやって、ジャイヴィなヴォーカル・インプロヴィゼイションを披露するっていう、この二つはピッタリはりついた同じことなんだ。そんなふうにやったからこそミゲリートは、キューバ音楽、ラテン音楽という枠すら超えた、世界の混血音楽文化の最も偉大な実践者の一人だったと言えるかもしれない。

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