2017/07/28

「ミストーンなんてない」〜 パーカーからマイルズがもらったもの

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 6)

マイルズ・デイヴィスが、サイド・メンや、あるいは自分が雇っているのではないほかのミュージシャンたちに対してでも、いろんな謎の指示言葉を発していたのはご存知の通り。「そこにあるものを弾くな、ないものを弾け」「お前が分っている音をオレに対してぶつけるな」などなど、いっぱいある。

それでも次の二つは、言われた当人もまだ理解しやすかったんじゃないかなあ。

一つ。「イン・ア・サイレント・ウェイ」の録音セッションにて、ジョン・マクラフリンに「ギターの弾き方が分らないというふうに弾け」。これは出来上がりの作品を聴けば誰だって納得できる。あの、ギター素人がフレット上で音を探りながらポロン、ポロンとおぼつかない様子で(あるかのように)シングル・トーンを弾いているあれだ。

しかし後年の述懐によれば、ジョン・マクラフリン当人は、ボスのマイルズにそう言われた瞬間は、やはりどうもナンノコッチャ?とハテナ・マークが頭のなかに浮かんだらしい。ご存知のようにマフラフリンは超絶技巧ギタリストで弾きまくりタイプだからね。でもボスの言うのはこういうことなのかな?と理解できないなりにちょっとやってみてボスの顔を見たら、「そうだ、その調子だ」というような表情に見えたからそのまま続け、しかもそれはリハーサルのはずだったもので、そのつもりで(同じくリハだと思っていたベースのデイヴ・ホランド含め)軽い気持でちょっとトライしてみただけなのに、発売されたレコードを聴くとそれがそのまま商品になっていた。

アルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』になったものを録音した1969年2月のセッションでは、例えばフェンダー・ローズのハービー・ハンコックやドラムスのトニー・ウィリアムズあたりは、マイルズのこのスタジオ・セッションのやり方 〜 ワケの分らない謎指示を出す、リハーサルも本番もなくぜんぶ録音している 〜 に既に慣れていたはずだ。同じくフェンダー・ローズのチック・コリアとベースのデイヴ・ホランドは、マイルズ・バンドに正式参加してまだ一年も経っていなかったので、やっぱり新鮮というか驚きだったのかなあ。

もう一つ。マイルズの謎指示で、こっちは分りやすいだろうと思うのが「ミストーンなんてないんだ」というもの。 "Do not fear mistakes. There are none." ってやつ。「ミスをおそれるな、そんなものはない」。この「ミスをおそれるな」部分だけであれば、世界中のどんな人間もだいたいみんな誰かに対して言うものだ。ミスを犯すのをおそれていてはなにもできない、ミスは恥ずかしいことじゃない、失敗は成功の母、成長過程では、あるいはすっかり成熟しても、人間みんなミスを犯すものなんだから、ましてや若手初心者は失敗をおそれずどんどんやれ!という、ごくごく当たり前の言葉。なにかを教えるいう職・立場にある人間ならなおさら、これを言わない日はないんじゃないかと思うほど。

マイルズもまず第一義的にはそれを言いたいだけだろう。そういえばこれに関連してのマイルズの言葉で、たぶんこれは1940年代のチャーリー・パーカー・コンボ在籍時の経験から来ているものだろうと思うけれど、「まだ成長過程にある若手ミュージシャンを、激励もせずただこき下ろすだけなんて、絶対に間違っている」というものがある。パーカー・コンボ時代のマイルズは、まああんな感じだったからさ。クビにしろとかなんとか、そりゃ罵倒を浴びたんじゃないかと思うんだよね。後年、心臓に毛が生えたみたいな存在になったけれど、あの当時はかなりウブだったマイルズ。そんなウブでナイーヴなメンタリティは、1991年に亡くなるまでわりと残ってはいたんだよね。

くだんのマイルズの発言で「ミスをおそれるな」に続く部分は、考え込むとちょっとややこしそうだ。「そんなものはない」。つまり、音楽演奏において失敗なんてないんだ、いや、音楽というより、やはりジャズと限定するべきなのかなあ。そうなるとジャズにミストーン、間違った音はないんだと言っているんだと解釈できるよね。そういえば、1959年録音の『カインド・オヴ・ブルー』についての研究書に、「ジャズには間違ったノートはない」(Ashley Kahn "Kind of Blue: The Making of the Miles Davis Masterpiece" )というマイルズの発言が紹介してあった。

このたぐいのことを、マイルズは生涯通じて繰返し発言している。そんなの当たり前じゃん!とか思わないで。確かに間違った音なんてないんだから、失敗をおそれずどんどん前に出て積極的にトライしろよ、その結果面白いものができあがるんだぜ、失敗するときというのは、たいがい少なくともなにか新しいことをやろうとしているわけだから、とか、そんな気分が第一優先ではあったんだろう。だから今日、そんな深刻にとりあげなくてもいいかもしれない。

そういう解釈だと、マイルズはこれをかつてのボスで恩師であるチャーリー・パーカーからなんども繰返し言われていたようだ。「ジャズに間違いなんかないんだ」「どんなキーでどんなコードを使っているときでもどんな音を鳴らしてもいいぞ」「おそれずどんどん前に出てやれ」などなど、パーカーはマイルスによく言っていた。上で一節引用したアシュリー・カーンの『かインド・オヴ・ブルー』本には、こういうのも出てくる 〜 「オレがジュリアードをやめたばかりの未熟なガキのころ、バードは『ミスをしてもそれをもう一回繰返し、そのあとでもう一回やるんだ、そうして三回同じことをやってみろ、そしたらわざとそういうふうに演奏していると思われるだろうよ』と言ってニヤリとした」。

そんなパーカーから吸収して、マイルズも自分のバンドを持つようになって以後は、自分のバンドのサイド・メンやほかのミュージシャンたちや、インタヴューを取りにくるジャズ・ジャーナリストなどに、まったく同様の発言を繰返していたんだろう。死ぬまで言っていたみたいだから、つまりマイルズはパーカーの薫陶よろしきを得た見習い時代のことをずっと憶えていて忘れなかった。僕たち一般人の世界でも、どなたかから教わったり優しくされたりしたことをそのまま同じように別の続く人たちに教えたり優しくしたりするのと同じで、マイルズもそうだったんだろう。

これで今日の文章は終りにしたいのだ、本当は。難しいことを考えなくちゃいけなくなるからね。

音楽、というかジャズに間違った音はないというパーカーやマイルズの発言は、しかしやっぱりたんに「失敗をおそれるな」と若手初心者をエンカレッジしているだけではない、なんらかの音楽的「真実」を含んでいるような気が、僕はするんだよね。う〜ん、やっぱりこりゃちょっとやっかいそうだぞ。だからこのあとほんのちょっぴり表面をそっと撫でるかのように触れるだけにしよう。

録音時期的に最も早いもので、この「ジャズに間違った音はない」を実感できる具体例が、1928年のルイ・アームストロングのオーケー録音に(瞬時に思い出せるものだけだと)二曲ある。普通の聴き方だと、こりゃサッチモは絶対音を外したな、ミスだなと判断するしかないものだ。いま耳が聴こえにくいので億劫だが、それでも iTunes のヴォリューム・スライダーを最右端にした上で、アンプのヴォリュームつまみを(時計の)11時の位置くらいにまで廻せばなんとかなるんだ。11時の位置ってヤバイよね。ご近所さん、ごめんなさい。

いずれも1928年12月録音。
一つは「ノー、パパ、ノー」で、0:34、1:43の二回。
もう一つは「セイヴ・イット、プリティ・ママ」。こっちは 0:42までの一回目のコルネット・ソロが、どことピンポイントで指摘できないほど全般的にどうもちょっと”オカシイ”。特に最後の 0:42 の一音は、こりゃなんだ?完全に”外れて”いる。”ミス”だ。後半のヴォーカル部分でも、2:29 "save it all for me" の "me" がオカシイ。ほかの部分でも歌が全般的に調子外れだ。アトーナル?フリー・ジャズ?
もちろん1928年にスケール・アウトという概念は存在しない。いまなら上記例はいわゆるスケール・アウトの典型例であって、まったくなんの問題もない音の出し方として片付けられる。ジャズ界でまだスケール・アウトの考え方がなかったころでも、1950年代末からのフリー・ジャズ手法や、コーダル、モーダルでもそれに影響された1960年代以後の演奏法でも同じことはやっている。もちろんマイルズだって60年代後半からはどんどん活用するようになって、和声面での表現を拡大した。

しかし僕の言いたいことは、ジャズってたぶん「自由に音を出していい」ものなんじゃないかなということなんだよね。つまりそもそもの音楽のありようとして<フリー>なのがジャズ全般。1928年のサッチモがそうなんだから、まだ本格的に、というか自覚的方法論としては和声拡大していない1956年のマイルズが、「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」(プレスティジ盤『ワーキン』)で音を”外して”いたって別に問題ないよ。一番鮮明なのが 0:34 だ。シャーリー・ホーンはマイルズ本人に向かって「あれは吹きミスね」と指摘してくれちゃったそうだけどさ。
パーカーが実行し、マイルズに教え、そしてマイルズも自分のバンドで同じことをやり、また他のミュージシャンたちにもジャーナリストたちにもどんどん伝えようとしたこと:「ジャズにミストーンはない」は、ひょっとしたらこんなようなことも含んでいたのかもしれない。よく分らんのだが。

2017/07/27

プリンスってニッチ?

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 5)

少し前に発売されたプリンスの『パープル・レイン』拡大盤。僕はもちろん問答無用で四枚組の方を買ったのだが、届いたそれを聴いて(いまではない、いまは耳が聴こえない、届いてすぐ聴いたころの記憶)、結局、二枚目までで十分というか、それで完璧なかたちになるのだという結論に達し、iTunes では二枚目までを一つにしたプレイリストをつくってある。よしっ、僕、えらいっ!と思ってアマゾンで改めて見てみたら、まさにそうなっている二枚組を売っているじゃないか。な〜んだ、僕、アホやっ!

『パープル・レイン』の拡大盤については、耳がちゃんと聴こえるようになったらまた聴きなおし、しっかり書いてみたい。書きたいことがあるんだよね。

我慢できないからちょっとだけ先走ると、二枚目の未発表集一曲目「ザ・ダンス・エレクトリック」は完璧なファンク・チューンで、しかもそのグルーヴ、ノリは僕の大好きな『パレード』B 面トップの「マウンテンズ」にクリソツ。スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「スタンド!」からの影響である終盤のキー&リズム・チェンジは、「ザ・ダンス・エレクトリック」のほうにはないものの、11分以上もあって、快感が持続して最高なんだよね。しかもなんだかタマ(西アフリカのトーキング・ドラム)みたいな音が聴こえるぞ。

この未発表集一曲目が「お、これええよ、としまさん買いなさい」と、なかなか『パープル・レイン』拡大盤を買おうとしない僕にハッパをかけてくれた、二児の母である松山市在住の熱狂的プリンス・マニアの方に感謝します。しかし彼女の耳はやっぱりちゃんとしてるよなあ、さすがはプリンス狂じゃないかと感心してしまった。失礼な言い方になってしまったが。

ここまでぜんぶ記憶に頼って書いた。あぁ〜、早く耳聴こえるようにならないかな!

そんなわけでまだ耳があまりよく聴こえないので、『パープル・レイン』拡大盤についてではなく、その松山市在住の女性プリンス狂の方が以前から繰返している、こっちはやっぱりちょっとどうなんだ?と思うことについて、このあとちょっとだけ書いておこう。ごめんな。決して否定したいとか悪口言いたいとかではないんやで。ちょっとどうなん?と思うだけ。それを言いたいだけなんや。分ってくれ。

その女性に言わせればプリンスは「ニッチ」だということになるらしい。みなさんご存知のとおり、ニッチって隙間産業、小規模分野ってこと(もとは建築物にあるくぼみの意)。ってことはプリンスが好きで聴く、どんどん買うなんていう人間はそんなにたくさんはいない、どっちかというと少数派で、プリンスは決して大人気のスーパー・スターではない、ジャンジャン売れまくっているわけではないちょっとした日陰の存在的な音楽家 〜 こういうことになってしまうよなあ。

あぁ、しかしこう書いてみて、さすがにその松山市の女性もこんなふうにプリンスのことを捉えて「ニッチ」だと言っているんじゃないんだと、いま初めて気がついてしまった^^;;。なんて鈍感な僕…。だってプリンスがアメリカでも他国でも、もちろん日本でも、これだけ売れまくっている大人気音楽家で大金持ちで、マジョリティ側の人間で、決して小規模産業なんかじゃないということを、いくらなんでも捉えそこなっているとは絶対に考えられない。分っているはずだ。

ってことは、今日はもうこれ以下の文章は書かなくてもよくなったなあ。困った。まあいいや。頭のなかにあることをやっぱり綴っておこう。

思い出すのは僕が東京都立大学の英文学研究室の助手として勤務していた三年間(1988〜1990)のこと。そのころ、僕は薄給なのに、勤務が終ると後輩大学院生をなんにんも引き連れて、行きつけのとんかつ屋へ行き、全員にとんかつ定食の一番値段の高いやつとビール(僕は下戸なので飲まず、後輩だけ)を奢り、ぜんぶ奢ってやっているんだからというんじゃなく、僕は単なるおしゃべり好きで、誰かを相手にすぐ単独講演会を開催してしまうタチの人間なので、英文学を中心にいろんなことについて、僕だけがペラペラとウンチクを垂れまくっていた。

しかし、あの(東急東横線都立大学駅前にあった)とんかつ屋での講演会。間違いなく毎週、というか場合によっては二日に一回程度もやっていたんだけど、ホントどこにそんなお金があったんだろう?本当に毎回毎回全員に奢っていたけれど、不思議だ。いまでもそうだけど、僕は誰かなにかをする、食事を奢ったりなにかをプレゼントしたりなどなど、どんどんしてしまう人間で、やることじたいが自分の快感なだけだから、相手がそれで喜ぶどうかなどはまったく眼中になく、だからましてやリターンなんかぜんぜん求めない。そんな発想じたいが頭のなかにない人間なのが僕。

しかしホントあれ、毎週数回も、不思議だなあ。当時の僕(は東京都の公務員)がもらっていた月給なんて、確か20万円あったかなかったか程度だったはずだ。それで自分は自分のレコード(や CD)をどんどん買い、そして本職である英文学作品や研究書も買いまくっていた。まあ英語の原書は、研究職にある人間だからということで、都立大学の英文学研究室に出入りしていた取次の丸善に丸ごと全部借金していたんだろうなあ。出世払いみたいなことで。

その上でどんどん大勢に奢りまくるって、マジでどこからそんなお金が出てきていたのか、いま振り返ってもサッパリ理解不能だ。単にお山の大将的なことを気取っていい気分になっていたんだろうけれどね。

プリンスとは無関係な廻り道に入ってしまった。そのとんかつ屋での食事会という体裁の講演会だけど、たまに二人とか三人程度になることもあって、あるとき大学院在学中の後輩女性と二人でとんかつを食べることになり、その女性(ニシダさん)は英文学徒にしてアマチュア・ヴォーカリストでもあるので音楽の話になって、1980年代末だから当時人気のあったマイケル・ジャクスンやマドンナや、その他いろんな英語圏の歌手のことをしゃべり、そしてとうとう話がプリンスに及んだのだった。

するとその後輩女性は、プリンスなんて大嫌いです、すごく気持悪いんです、まるで爬虫類みたいじゃないですか!?と、僕が大のプリンス好きであると言っているにもかかわらず、そう言い放ってしまったのだ。あのとき初めて、そっかぁ〜、人によってはあの感じは爬虫類的気持悪さに見えてしまうんだな、特に女性にとってはそうかも?と認識した。

どうだったんですか?EPO の曲などをアマチュア・バンドで歌っていたというニシダさん?あの爬虫類的な気持悪い感触、と人によっては見えてしまうものは、裏返せば極上のセクシーさということじゃないかと僕は思うんだけどね。

まあセクシーさといっても、プリンスの場合かなりの粘着質で、しかもかなり変態的(僕が音楽とセックス関連で「変態」と言うときは褒め言葉なので、僕に向けられてもそう受け取る)だから、しかもそれがルックスだけじゃなく歌い方や演奏にも露骨に表現されているから、それらが総合的にあいまって、やはり人によっては生理的に無理、受けつけられないということになってしまうかもなあ。

プリンスはそんな人なわけだから、「万人受け」は決してしない音楽家で、しかしだいたい万人に受け入れられる音楽家なんて果たしてこの世に一つでも存在するのか?と思ったりもするけれど、例えば引き合いに出すのはどうかと思うけれど、イギリスのビートルズみたいな受け取られ方はプリンスにはありえないとも思う。

そのビートルズにしてからが、やはり嫌いだ 、買わないという人が、それも大の音楽愛好家のなかにだってたくさんいると僕は知っているから、そうなると、ようやく話を戻せるけれども、やっぱりプリンスは「ニッチ」なのか?あんなに大人気で、いつでもどこででも聴けそうな『パープル・レイン』ですら隙間産業で小規模分野なのか?

あと、もう一つ、自分が心から本当に愛しているというものや人の場合、こんなに素晴らしく輝いている存在はみんなに知ってほしい、みんなに愛されるようになってほしい、どんどん人気が出てほしいと強く願う一方で、その反面、自分だけのものにしたい、誰にも邪魔されないよう、自分だけが愛でることができるように隠しておきたい、百歩譲ってひそやかな内輪の愛好対象というにとどめておきたい 〜 こんな気分もあるんじゃない?

この一枚の紙の表裏みたいな相反する気分、アンビヴァレンスって、う〜ん、やっぱりあるんだろうなあ。プリンスがニッチだと言う松山市在住の女性プリンス狂二児の母の気持は僕には分らないが、まあなんとなくね、ちょっと考えてみました。としまさんのブログは長文すぎるけん読めんといつも言うとるけれども、どう?ぜんぶ読めた〜?

2017/07/26

なんでも聴くって本当ですか?

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 4)

音楽なら「なんでも聴く」「雑食だ」というのを標榜する方の場合、よく観察すると、たいてい限られた狭い範囲の同質のものを単食しているにすぎない場合が多い。(複数の)どなたか特定の方を念頭に置いての発言ではない。僕自身が完璧にこのタイプの人間だったのを振り返って言っているだけのこと。

このタイプって、いままでの僕の経験からすると、ジャズ(中心)・ファンとクラシック(中心)・ファンに多いような気がするけれど、そうでもないのかなあ。他人のことはぜんぜん分らないので僕自身の内面(もやっぱりよく分らないことが多いが)を振り返って考えるに、本気で「僕はなんでも全部聴くんだぞ」と自覚して公言していたのではなく、ある種の「格好つけ」にすぎなかったように思う。他人に対し、自分はこんなにすごいんだぞと威張ってみせているだけだった。

もちろん僕もジャズばかり聴いていた17〜23歳ごろには「なんでも聴く」という威張り方はしていなかった。そうじゃなく、ジャズってこんなにもすごい音楽なんだぞ、どうしてアンタ方はこんな素晴らしいものをを聴かないんだ?アホちゃうのんか?そんなのを聴いている自分、偉いっ!とか、もうあんまり憶えていないが、おそらくはこんな感じの内容を(このままの言い方ではないが)他人に対してしていたんだろうなあ。いま考えたらどうにもこうにも恥ずかしすぎて、誰にも見られないところに消え入りたいが、レッキとした事実だから認めなくちゃ。

これがちょっと(外見だけ)変化してきたのが、24歳でキング・サニー・アデに出会って、まずアフロ・ポップ、その後そこから少しづつ広げて、アメリカ産のジャズだけじゃなく、ちょっとだけいろいろ聴くようになってからだ。僕のうぬぼれは、ジャズって、みんなが聴いていないそれを聴いている僕って、偉い、から、みんなこんないろいろ聴かないだろ?せいぜいアメリカ産のジャズとかロックとか(日本人含め)それ系のポップ・ミュージックだけだろ?そんなの、音楽世界のごくごく一部なんだぜ、僕はその広い世界に分け入っているんだぜ 〜〜 (だから)僕は音楽ならなんでも聴くんだよ、な〜んてうぬぼれへと変化した。

言うまでもないことだが、2017年7月現在でも、僕が聴いてきている音楽世界なんてきわめて狭い。耳にしているのはごくごく一部であって、しかもこれを聴いてみたいと気持があっても、どうにも触手が伸びない、興味がわかない、生理的に無理そうだ、ピンと来ないだろうっていうものだって多い(でも実際聴いてみたら素晴らしくて惚れてしまうことも多く、だから聴いてと薦めてくださる方々には本当に感謝している)。僕の音楽趣味はすごく偏っている。音楽的偏食者だ。

あっ、偏食と書いたので、また脱線する。僕は音楽(その他いろいろ)も偏食だが、文字通りの偏食人間なのだ。食べられないというものがかなりある。しかし一つ言っておきたいのは、偏食者に対し、それを「好き嫌い」があるんですねと表現する人がかなり多いけれど、それはやめてほしい。好きとか嫌いとかで食べたり食べなかったりするんじゃない。生理的に不可能なのだ。身体が受け付けない。ダメなものも以前から僕はいろいろチャレンジはしているが、どの場合でも戻してしまうのだ。人前で戻すことはできないから、それで食べない、というか食べられない。好みの問題じゃないんだ。好き嫌いとか興味があるという点でだけ言えば、僕だっていろんな料理にすごく興味があるし、まあ「好き」だ。食べたいんだ。でも無理。

音楽的偏食でも、人によっては生理的に無理、受け付けないという場合もあるみたいだよね。気持悪くなっちゃうとかあるらしい。僕はといえば、音楽にかんしてはいままでのところそれがまだ一度もない。単に、フ〜ン、これ、どこが面白いの?ぜ〜んぜんツマラナイじゃん、もう二度と聴かないよとなるだけで、(気分的な意味で)戻したりすることはまだない。でも人によってはそれがあるんじゃないかと思うから、そうなると正真正銘の音楽偏食だよね。

そしてさらに、最近この思いがどんどん強くなっているのだが、世界中のいろんな音楽をいろいろたくさん聴いている方々だって、多かれ少なかれ、みんな音楽的偏食者なんだということ。言い換えれば単食主義者だ。真の意味での雑食聴き、なんでも聴きリスナーなんて、本当はこの世に存在しないだろう。それなのに「私は雑食です」「なんでも聴きます」「この世で”音楽”と名のつくものことごとくありとあらゆるものに興味があります」などとプロフィール欄に記載があったり発言したり、それぞれ一名ずつ計お三方、パッと思い浮かぶネット知り合いの実人物がいるんだけど、具体例を出して話をするのは遠慮しておく。僕も大差ないからだ。お三方とも同質の音楽しか聴かない単食主義者にすぎないことが、ふだんの発言内容から判断できる。

この種の話は、ネットでちょっと検索するとたくさん出てくるものなんだけど、そういうものを読むと、僕が今日ここまで書いた内容とは少し質が違っているみたいだ。単食/雑食、狭い範囲聴き/なんでも聴きの判断根拠が、ある特定の分野だけに限定されている。例えば日本の歌謡曲(J-POP)世界内での単食/雑食とか、そんなたぐいの話ばかりなんだよね。それはそれでぜんぜん構わないけれど、例えばアメリカ産ジャズと、トルコ古典歌謡と、ナイジェリアのフジと、インドネシアのクロンチョンと、などを並べてある例は一つもなかったなあ。

う〜ん、こう書くと、アンタやっぱりそう思ってんじゃないの?と思われそうなんだけど、単食/雑食の話をするのに均質分野のなかだけで判断するのも、ちょっとどうなんだろうなあ?つまり、例えばクラシック音楽ファンで、バロックもロマン派も現代音楽もぜんぶ同じように並べて聴くから雑食、古典的なものしか聴かない人は単食とか、例えばジャズ・ファンなら、ニュー・オーリンズ・ジャズもスウィングもビ・バップもハード・バップもフリーもぜんぶ聴くから雑食だなんて、そりゃちょっとおかしな判断じゃないかなあ。

僕の場合は、いまだになんだかんだ言ってやっぱりジャズ・ファンでブルーズ好きだ。ここがいまでも一番大切。でも「知っている」か「聴いている」かどうかを問われれば、ある程度ちょっとだけ自負があるのはマイルズ・デイヴィスだけ。本当にこの人だけだ。さらにマイルズについても、僕なんかよりずっとたくさんしっかり聴いている方々が、日本人に限定してもたくさんいるし、世界中を見渡すことができれば無数にいると分っている。だからマイルズ関係についてすら、僕はどっちかというと「知らない」部類に入るはず。

ってことはマイルズ・マニアを標榜している僕は、いったいぜんたい音楽でなにを知っているというんだろう?なにも知らない、なにひとつ聴いていないということになってしまうよなあ。そんでもって事実その通りだろうと最近思う。井の中の蛙みたいなことに気がついていなかった時期よりは少しマシになっているのかもしれないが、井の中からまだ出ていないもんなあ。聴いていないものが実に多い。そして一番どうしようもないのが、これこれこのような音楽がこの地球上にあるのだという、その存在じたいにまだまったく気がついてすらいないもの。たくさんあるはずだ(はず、としか言えない、だって存在すら知らないんだから)。

僕もふだんこんなことを意識して考えることなんてなくて、ただのんきに音楽聴いて楽しんでいるだけなんだけど、まあいま耳が聴こえにくくて、音源聴いても、全然聴こえないなんてことはないんだけど、どんな姿かたちなのか細部が把握しにくいからさ。だからボンヤリ聴こえるなにかを適当に流しながら、そして中耳炎とはまったく関係なく、最近どうも「私は雑食のなんでも聴き音楽リスナー」を標榜しつつ、実は狭い範囲の均質のものばかり聴いているという具体例に遭遇することが複数回あって、それで人のふり見て我がふり直せとばかりに考えたことを、今日はちょっと書いてみただけ。

2017/07/25

ヒップ・ホップが打ち砕いてくれた近代西洋のオリジナリティ信仰

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 3)

アクースティクであれエレクトリック/エレクトロニックであれ、人力演奏の方がいまでもやっぱり断然好きである僕。そうではあるけれど、近代音楽史、というかあるいはひょっとしたら人類近代史における大転換/大逆転についてはとりあげて、高く評価しておかないとダメだよね。それは(主にヒップ・ホップ・ミュージックとその手法の普及以後に拡散した)サンプリングその他のことだ。

サンプリング(とレコード・スクラッチもあわせて)の手法は、個性・オリジナリティこそが音楽にとって最も重要なものであるという考えを、まあそれは幻想かも?と僕は思うんだけど、木っ端微塵に打ち砕いた。サンプリングを死体処理だとか破壊行為だとか言う方々もいるけれど、僕はそうは思わない。正反対に面白いことをやりはじめてくれたと評価している。一度「死んだ」ものに息を吹き込んで蘇らせてくれているとも思うので、死体処理・破壊行為どころか、むしろその逆じゃないか。

その人にしかない(悪く言えば押し付けがましい)独自個性とかオリジナリティとかいう考え方、それこそが音楽表現において最も重要なもので、それがない音楽作品なんてなんの値打ちもないのだとする考え方 〜 これは僕も前々から繰返しているが、近代西洋の考え方なんだよね。こと西洋に話を限定しても、このオリジナリティ第一優先主義の歴史は浅いし、また20世紀後半以後は既にこの歴史は終っているように見える(ポスト・モダニズム)。

西洋に限定しなければ、この独自個性第一優先の考え方が支配している場所や歴史の方が少ないんじゃないかなあ。あたかもそれが支配している(いた)かのように見えるのは、近代西洋のそんな考え方が最も分りやすい、というかはっきり言ってしまうが、最も音楽業界の経済流通がしやすい、もっと端的に言うと「お金儲けしやすい」システムに直結するからだ。

このことは20世紀以後なら世界最大の音楽マーケットであるアメリカ合衆国の事情をちょっと考えれば誰だって分る。おそらく19世紀末〜20世紀初頭のティン・パン・アリーの時代に、そんなジャンジャンお金儲けできる音楽産業システムが成立した。曲や歌詞を書く人が「独自考案した」新曲の譜面は「オリジナリティ」の発揮であって、そのソングライター個人の才能にだけ由来するものだから法的独占「権利」を主張できるのであって、それを別の人が使用するなら「金銭」が当然のごとく発生する 〜 このシステムでアメリカ音楽産業は2017年までずっと変わらず動いてきている。

もちろんアメリカにだって、そんな個性=権利=金銭という考え方とは無縁に存在していた音楽世界もいろいろある。一つだけ例をあげれば、南部の黒人コミュニティ内におけるカントリー・ブルーズの世界にはこんな考え方はない。このことはいままで散々繰返しているので今日は詳述しない。「曲」(とかいうもの)も(主にギターの)演奏パターンも、すべてが社会の共有財産で、それを誰か個人のブルーズ・マンが受け継いでそのまま表現しているだけだ。そこに個性なんかない。だから権利も金銭も(ほぼ)発生しない。

それがあたかも発生しているかのように見えるのは、アメリカのレコード会社がこの世界に入り込んで録音し、レコード商品として売るようになったからだ。レコードにはふつう曲名・作者名・演唱者名がレーベル面に記載される。それが権利と金銭の発生する「オリジン」であるとみなされることになるわけだけど、それが「自分のもの」ではないと分っている当の南部黒人ブルーズ・メンはどうだっただろうなあ。

アメリカ音楽業界はこの著作権の世界に一世紀半以上しがみついてきた。これこそが業界秩序で、これがなかったらなに一つできない、というかまたまたはっきり言うが、商売にならない。お金が入ってこないのだ。そういうシステムになってしまった。最初のころは白人支配だったアメリカ音楽業界も、最近は上層部にだってアフリカ系はじめいろんな人たちがいるはず。それでもまったく同じ著作権ビジネスをやってきているじゃないか。

ヒップ・ホップの台頭まではね。

ヒップ・ホップは音楽に限定された用語ではないはずなので、ヒップ・ホップ・ミュージックと言わないといけないが、それが多用するラップ・ヴォーカルは、おそらくジャマイカ由来。ジャマイカでレゲエ・ミュージシャンがつくったダブ(カラオケみたいなもの)に乗せ DJ がしゃべる(トースト)。これはキング・タビーと彼が起用した DJ である U・ロイあたりが最初なのかなあ、まあそのあたりだよね。彼らが既存音源をいじくって「別のなにか」を編み出して、その上におしゃべりを乗せるということをやりはじめ、それがヒップ・ホップ・ミュージックの基本手法のはじまりだ、たぶん。U・ロイは元祖ラッパー。 はっきりしないが1960年代末あたりのこと。けれどジャマイカでも一般化するのはあくまで70年代以後だよね。

キング・タビーだけじゃなく、ジャマイカのレゲエ(系)・ミュージシャンは、アメリカ合衆国の黒人音楽から非常に強い影響を受けている。それは上で書いたようにあくまで秩序を守った業界主導のレコード商品、それを(権利金を払って)流すラジオ放送などによるもの。だが著作権(=オリジナリティ)を水戸黄門の印籠のようにふりかざすアメリカ音楽業界内で誕生した流通商品から影響を受けてやりはじたのだとしても、ダブとトーストの基本手法は、完璧にそんな秩序を破壊する方向へ向かい、アメリカ合衆国に逆輸入されたのだと言える。

ジャマイカにおけるダブと DJ によるトーストの手法。これは、その影響でアメリカ合衆国において1970年代末以後、特に80年代半ばからどんどん大流行しはじめ、いまやこれなしでは誰も音楽作品を創れないかのようになっているサンプリング手法と、それを活かしたヒップ・ホップ・ミュージックの直接かつ最大のルーツだ。ジャマイカ黒人たちのそれはゲリラ的な発想(貧乏人音楽だったから)だったのだが、それがアメリカ合衆国に持ち込まれ、やはりゲットーの貧乏黒人たちの共感を呼び、サンプリング、ラップ、スクラッチなどアナーキーな方向へ突っ走り、どんどん支持を拡大して、その結果、大資本の音楽業界主流にまで食い込んで、いや、食い込んでいるなんてもんじゃなく、いまや完全に逆転支配しているじゃないか。

アナーキーと書いたが、これは誇張とかある種の格好つけとかじゃない。アナログ・レコードの盤面をターンテーブル上でわざとギシギシと、それも手で逆回転させ、針を乗せたままだから引っ掻くような音がするのを商品に入れて、それを「演奏」と等価なものとして扱うスクラッチ。既存の音楽商品から許諾なしに(最近は許諾を得ることも)音の一部分を切り取って、それをそのまんま「自分の」音楽作品のなかに無断借用し、それを流通商品化するサンプリングとブレイクビーツ 〜〜 これらはアメリカ音楽業界を、いや近代西洋以後の人間世界を牛耳ってきた個性とかオリジナリティの考え方を完全否定しているわけだから、近代西洋思想を根底からぶち壊してしまうものでなくてなんだというんだ?アナーキーとはそういう意味。

人間世界、文化全般なんて大きな話は僕には無理なので、ポピュラー・ミュージックの世界にだけ限定して書いたが、特に20世紀以後のアメリカ音楽業界が高度にシステム化した、曲・歌詞を書き歌い演奏する人間が持つ個性、オリジナリティ(らしきもの)で著作権利を担保し、それでこそ金銭が発生するという、これを大前提とした業界経済の全歴史を、ヒップ・ホップは盛大に裏切ってしまった。僕の言う裏切りとかアナーキズムとかは、この場合はもちろん最大級の称揚の言葉だ。

ある種の人たちにとっては、そんなものはやはり単なる音楽の破局・終焉を意味するものかもしれない。しかししつこく繰返すがオリジナリティという考え方は近代西洋だけのものだ。考え方ですらなく、それは一種の信仰。そしてこの信仰の強さが招いた巨大収益システムもまた近代アメリカが組み上げたもの。歴史的・地理的に大きく俯瞰すると、世界の音楽はそんなものでは動いていない。このことをヒップ・ホップ・ミュージックは教えてくれているんじゃない?

2017/07/24

アメリカ黒人音楽史の真実と岩浪洋三

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 2)

『スイングジャーナル』誌の編集長だった時代もあるジャズ・ジャーナリストの故岩浪洋三さん。あまり、いや、ぜんぜん面白くない人だったように思うんだけど、この岩浪さんは愛媛県松山市生まれで、僕の母校である松山東高校の先輩 OB なのだ。これを僕が知ったのは、まだジャズ・ファンになる前の東高在学二年目のとき。秋の文化祭の講演で岩浪さんが来たんだよね。

といってもまだジャズなんかちっとも知らなかったから、「岩浪洋三」という名前と、それとあわせ演題が大きく垂れ幕(?)かなにかに書いてあった(はず)けれども、その人と題とがどなたでなになのか分るわけもなく。ただ校長だったか誰かの紹介で我が校 OB なのであると言われたので、ああそうなんだ、でもなにやってる人なんだろう?有名人かな?知らないなぁとか、その程度で、もちろん講演で岩浪さんがしゃべった内容なんかまったく1ミリたりとも理解できるはずがない。何十分間かがひたすら退屈で、体育館で腰掛けてただただ内的苦痛にもだえながら耐え忍ぶばかり。

まあ確かに取り柄の少ない(ない?)岩浪洋三さんで、僕としては尊敬もせず、ジャズ関係の執筆などの活動も評価できないと思っているんだけど、それでも生講演に接する機会なんて、その後から振り返って考えればまずありえないと知ったわけだから、ちょっともったいなかったよなあという気持もある。その高二のときに既に僕がジャズ・ファンで「岩浪洋三」という名前の意味するところを知っていたならば…、とは思うのだ。

僕が個人的に岩浪洋三さんをポジティヴな意味で面白いと思わず評価もできないと考えているのはともかくとして、日本でジャズ評論家の看板を掲げているフリーランスのジャーナリストさんたちの、ある時期の代表的存在だったことは疑いえない(のはちょっぴり悔しいが)。21世紀に入ってからかその少し前か、まだ島田紳助と石坂浩二が司会だった時代のテレビ東京の『開運!なんでも鑑定団』に、ブルー・ノート・レーベルの全アナログ・レコードのオリジナル・プレス盤コレクションを見てほしいと、 ある素人ジャズ愛好家の方が出演したことがあった。

あの『開運!なんでも鑑定団』の鑑定士軍団(と番組が呼ぶもの)には、レギュラー出演の方々にまじり、そういったときどき出現する、ふだんはない特殊専門分野の鑑定依頼があると、それにあわせ臨時にその分野を鑑定できるプロを呼んでいた。ブルー・ノートのオリジナル・プレス盤コンプリート・コレクションの鑑定士として出演したのが岩浪洋三さんだった。小川隆夫さんでもよかったような気がするが(小川さんはブルー・ノートのオリジナル盤コンプリート・コレクターとしても有名だ)小川さんの本職は医者だから、専業プロの岩浪さんが呼ばれたんだろうなあ。

岩浪洋三さんは「間違いなくすべて完璧なオリジナル・プレス LP です」とかなんとか言っていたような気がするけれど、そのへん、レコードのオリジナル・プレス盤とかいう(「音」が違うとありがたがられているらしい)世界にまぁ〜ったくなんの興味もない僕は、いろんなブルー・ノート盤のジャズ・レコード・ジャケットが続々とテレビ画面に映し出されるという、この世でまずありえない、見ることなど不可能な光景を嬉しがっていただけ。ホントあのとき一回だけじゃないかな、ジャズのアナログ盤ジャケットがあれだけどんどんたくさん民放地上波テレビ番組に出現したのは。

その面白さもさることながら、岩浪洋三さんがそういう鑑定ができる人物なのだと(かなり失礼な言い方だ)いうことを、僕はあのときちゃんと知って、でも考えてみればそりゃ専門家だからなあ、できるんだろうなあ、なんでもオリジナル・プレス盤かどうかを判別する術があるらしい、レーベル面記載か?ジャケット記載か?の番号とか?が違っているらしい(が僕はマジ興味ないから知らない)から、ジャズ・レコードの専門家なら見分けられるのかとか、そう思ったんだよね。

岩浪洋三さんのジャズ評論文章なんて、いまでは一顧だにする気もない僕だけど、それでも大学生のときに読んだこれ一個だけは、心の底からうなずける、納得できる、素晴らしいといまでも本当にそう思うものがある。1970年代に来日した際のクインシー・ジョーンズに岩浪さんがインタヴューした内容が、岩浪さんのなにかの単行本に載っていたものだ。

その文章のなかで岩浪さんはクインシーに「ジャズの伝統的な4ビートというものは、アフリカから奴隷として連れてこられた黒人たちが白人社会に合せるために、自らの黒人性を薄めて白人社会にいわば”迎合”しようと、あえて選んでいたものじゃないんですか?1970年代に入る前後から8ビートでファンキーなものがジャズ界にもどんどん出てきたのは、彼らが自らのアフロ・ルーツな文化を取戻しただけということなんじゃないんですか?」(括弧に入れているが引用ではない、手許に本はないので記憶だけ、だから正確じゃない)と聞いていた。

するとクインシー・ジョーンズはすかさず「その通り、あなたの言う通りだ」と答えていたように記憶している。クインシーのこの返事は、来日時に日本のジャズ・ジャーナリストにインタヴューされてのリップ・サーヴィス的な社交辞令まじりだったのかもしれない。がしかし本音がかなりあるように僕は大学生当時も感じていて、その思いはいまではどんどん強くなっている。アメリカのブラック・ミュージックの歴史ってそういうもんだよね。

お前、岩浪洋三の悪口ばかりふだん言っているじゃないか、そもそも岩浪の単行本なんか買って読んでいたのか?とか思われそうな気がちょっとだけするから書いておく。そう、買って読んでいたのだ。しかもどんどんたくさん。自らすすんで買って読んだんだ、岩浪さんの本を、何冊もね。最初のころはそもそもどなたが信用できる面白いジャズ・ライターで、どなたがそうじゃないかの区別なんかできていなかったというのもあるが、もっとはるかに大きな理由がある。それは要するに「ジャズに惚れた」ということ。これだ。

ジャズでもなんでもゾッコン惚れてしまうと、なんでもかんでも手当たり次第追いかけて、根掘り葉掘り漁りまくって、レコード(でもなんでもいいが)をなんでもぜんぶ聴きまくり、それに関係するあらゆる文章という文章を誰のなんでもいいから「すべて」熟読する 〜 こういうもんじゃないの?好きになる、惚れるってことは?音楽だけじゃなく人間でもなんでもね。インターネットの普及でやりやすくなっているはず。

ジャズに惚れてしまって、それ以外のことが頭のなかから完全に消えてしまっていたかのような一時期の僕は、レコードも自宅やジャズ喫茶で聴きまくるけれど、聴きながらジャズ関係の雑誌や単行本を、これまた自宅やジャズ喫茶で読みふけっていた。入手可能なもの文字通り「すべて」をね。新刊・中古の別問わず本屋で買えるものは、お財布事情的に可能な範囲でぜんぶ買い、それが不可能でもジャズ喫茶の書棚に置いてあるものはそこで読み。だから音楽レコードを聴きながら本を読む、こればっかり。な〜んだ、55歳のいまでもちっとも変わってないじゃないか(苦笑)。

そんなことで単行本や雑誌でもジャズ関係の文章は可能な限りすべて読んでいたので、たくさんあったと記憶している岩浪洋三さんの単行本だってもちろん自らすすんで僕は買って読んだ。そのなかのどの本かはもう分らないのだが、上でご紹介した岩浪さんとクインシー・ジョーンズとのやりとりがあったのだった。

ふだんどんなにつまらない、いい加減だと思っている人間だって、本当にまったくどこにも取り柄がないなんて、学ぶところがマジでまったくないなんて、そんな人はいないよねえ。場合によっては反面教師的な意味合いになってしまうかもしれないが、上でご紹介した岩浪さんとクインシーとのやりとりは、そういうことではぜんぜんない。岩浪さんは立派に、正面切って、アメリカ黒人音楽史の真実を突いたのだ。それもクインシーのような大物を相手にして。

だから、この一点を除くと、まあやっぱりジャズ評論家としては信用できない、面白くないと僕は思う岩浪洋三さんだけれど、僕みたいなちっぽけな人間のなかに、たった一つだけでも、心に残る宝石みたいな(は言いすぎか?)ものを残すことができたっていう、もうこれだけで岩浪さんは立派に「仕事をした」と言えるのかもしれないよ。最近、僕はそう考えるようになっている。岩浪さんだけじゃなく、ほかのどんな人でも自分自身のことについても。ほかの人の心にほんのちいさなカケラをたった一個だけでいいから残すことができたら、それで…(でも僕がどなたかほかの方の心を一瞬でも打つことなんてないはずだ)。

ここで正直にやっぱり告白しておく。ジャズでもなんでもアメリカのブラック・ミュージック史をじっくりたどると、時代を遡れば遡るほどブラックネスが薄くなっていて、下れば下るほど逆に音楽的人種意識が高揚し、リズムやサウンドにネグリチュードが濃厚に出現するようになっていて、いまではアメリカ黒人音楽家の誰もこれを薄めたり隠したりはしない 〜 このアメリカ黒人音楽史の真実にかんし、そうなんだと指摘しているのを僕が生まれて初めて読んだのが、上でご紹介した岩浪洋三さんとクインシー・ジョーンズとのやりとりだったんだよね。これは間違いないという記憶がある。これがいままでず〜っと僕のなかに残ってきているんだよね。まず最初のとっかかりが岩浪さんのあれだった。

このアメリカ黒人音楽史の真実が具体的にどう出現しているのかは、僕もいままでなんかいも書いてきたつもりだ。ふだんジャズ関連でも書いているし、ブルーズ関係でも、リズム&ブルーズでも、新興ジャンルのソウルやファンクなどについても、僕なりに書いた。いますぐパッと思い浮かぶものだけ二つ、過去記事のリンクを貼っておくが、これら以外にもいっぱいあるよ。今後もかたちを変えて書くだろう。
う〜ん、ってことは岩浪洋三さんはちょっとどころではない大きなものを僕のなかに残してくれたってことになっちゃうなあ。面白くない音楽関係者だと断じているだけになんだか悔しいが、これは間違いないと認めなくちゃいけない。55歳の僕は、もうこのあたり、自分の気持にウソはつかないことにした。もうそんなことをして稼げるだけのたっぷりな時間はなくなりつつある人生だから、素直に、正直に、認めて言葉にしておかないといけない。好きなものは好き、いいものはいいとストレートに言わなくちゃ。自分、あるいは対象が消えるときに後悔しそうだからさ。

2017/07/23

聴界

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視界と言うけれど、これと同等の言葉が聴く方にはないような気がする。それで今日、僕は「聴界」というものを提案したい(と書いてからネットで検索すると、お使いの方が若干名いるが、みなさん「こんな言葉はないですよね?」と断り書きしている)。視界とは、狭いとか広いとかふさがるとかひろがるとか、目で見える空間範囲のことだけど、僕の言う聴界とは音の範囲だけでなく、もうちょっと意味を拡大して使いたいものだ。僕は音楽キチガイなので、それも最近はヘッドフォンを使わず、スピーカーから空気的に音を鳴らして聴くことがほとんどなので、そんなケースにだけ限定して話をしたい。聴界は日常生活にだってもちろんある。がしかし、今日はスピーカーで聴く音楽の話だけ。

聴界なる言葉をどうしてひねり出したのかというと、目下、僕の右耳はよく聴こえないのだ。耳鼻科医の診断では中耳炎。だから深刻なものではなく、現在使用中の薬でまもなく治るだろう。耳鼻科医によれば、約二週間かかるそうだ。だいたい小学生のころの僕は耳が弱くて、朝起きると、また学校にいるあいだに、耳のなかが痛くなるだとかそんなことが頻繁で、家では親、学校では職員室や保健室の先生に、耳が痛い、つらいと半泣きで訴えて、しかし学校の先生だってどうしようもなかったよなあ。下校すると耳鼻科へ。するとだいたいいつも中耳炎との診断で、しばらく通ったり。

この手のことは、体が大人になっていくまでの成長期によくある不安定さだということだったのかもしれない。いま55歳で再びなっているのは、今度は老齢化へ向けてまた肉体が変化しつつあるんだろろう。 高校生くらいになると、耳のなかが痛いとか中耳炎だとかいうことはなくなって、その後しばらくして音楽狂になってしまったので耳は酷使することになり、その酷使状態がいまの55歳までずっと続いている。ある時期以後はヘッドフォンで爆音を聴くことがほぼなくなった僕。あれを続けていたら、あるいは、空気的に鳴らすのでも、クラブなどでの大爆音を浴び続けていれば、いまごろ僕の聴力はもっと弱くなっていたはずだ。

音楽の微細な部分まで鮮明に聴きとっていると自分では思っている僕だけど、それがいま2017年7月16日以後、あまり分らないという状態におちいっている。右耳が中耳炎でダメで、そして左はというと、僕の左耳はもうずいぶん前から、え〜っと、20年ほど?前から、聴力が右に比べてかなり弱い。右耳をなにかで完全にふさぐと、左耳だけではあまり聴こえないんだよね。だから電話の受話器を左耳に当てて通話したことが20年以上ない。それをやると聴きとれないからね。もっとも、いま自宅(その他)では iPhone を使っていて、音声通話時にはスピーカー・モードで話をするので、もはや右耳にだって電話機を当てることはなくなった。ちなみに五年前から僕んちに固定電話は存在しない。NTT 西日本との契約そのものをやめた。

そんなわけで右が、目下、中耳炎で聴こえず、左耳の聴力はずっと前からかなり低い僕なので、いま音楽はなにを聴いてもあまりよく分らない。特にダメなのがステレオ録音の音楽だ。ステレオ録音は(同じ程度の聴力の)両耳で聴くのが大前提なわけだから、いまの僕にはこの音楽がどんな姿なのかボヤ〜ッとしか分らない。がしかし非常に既知の音楽については、耳の前で鳴る音をしっかり把握できなくても脳内で自動補正されるので、まだマシ。ダメなのは初めて聴く音楽だ。どうなってんのか、どういう姿なのかあまり把握できないんだよね。特にステレオ録音の場合はね。

あと、これはどうしてだか科学的根拠が僕には判然としないが、低音がクッキリしない。ベース(アクースティックもエレクトリックも)やバスドラなどがボヤけて、鮮明でタイトなサウンドのベース音やバスドラ音で録れていて、僕んちのスピーカーでそれがしっかり再生できているとよく知っているはずの既知音源でもそうなんだよね。だから未知音源の低音なんか、もはや入っていないのと同じだと思うほど。音楽ってボトムスがしっかりしないと全体像もボヤけて、だからいまの僕はだいたいなにを聴いても、その音だけではちっとも面白くない。ツマンナイんだ。既知音源で脳内補正して、それで楽しんでいるだけなんだよね。

実はこういうことは、去る五月にもあった。5月13日土曜日の朝起きたら突然、なぜだかそのときは左耳がまったく聴こえず。書いたようににずいぶん前から聴力がかなり低い左耳だけど、ここまで聴こえないのは、ゼロなのはありえないと焦って、週明けの月曜に耳鼻科に行ったら、神経性の突発性難聴を疑いますと言われた。経口薬が何種類か出て、しかし医者には「左耳の聴力は戻らないかもしれません」とも言われてしまっていた。まあそれは医者が患者によく言うステレオタイプな警戒メッセージというだけだったかもしれないが。

左耳の神経性突発難聴が治るまで(はい、治りました)三週間ほどかかかったんだけど、治るまでのあいだ、音楽の聴こえ方が、上で書いたようないまの状態と完璧に同じだったのだ。ステレオ録音のものがダメで、ボトムスが聴こえず、したがって全体像もボヤけ、いったいぜんたい、いまなにが鳴っているんだろう?どんな姿かたちの音楽なんだろう?と、未知音源、そんななんども聴いていない音源にかんしてはそうなっていた。だから非常に既知の音源ばかり聴いては脳内補正。もうこればっかりの数週間。いままたちょうど同じ。これがまだしばらく続くのか…。

さて、ここまでお読みになってお分りのように、モノラル録音、それも第二次世界大戦前の SP 時代の古いものだと、この状態が緩和されていた(る)のだった。そりゃ片耳で聴いたって十分オーケーな音楽だしなあ。熱心なモノラル録音信奉のオーディオ・マニアのなかには、スピーカー二個ではなく一個で聴いたりする人もいるらしいじゃないか。そんなこともある世界だからね、モノラル録音音楽は。

でも(本当になぜだか)低音部は、やはりモノラル録音でも聴こえにくかったので、やはり音楽の全体像はややボヤけてしまう。それでも、ステレオ録音の音楽よりはずっとマシな聴こえ方だったし、いま中耳炎で右がダメな現在もそうだ。だから目下、僕はモノラル録音のものばかりどんどん聴いている。しかも幸いな(?)ことに、僕の所有する全音源のたぶん約六割以上がモノラル録音、それも SP 時代のものなんだよね。これはラッキー(?)だった。もしかりにこれがステレオ録音のものしか持っていない音楽狂の方で、片耳がおかしくなったりしたら、さぞやその絶望は深いだろう。

5月13日に発症した僕の左耳の神経性突発難聴の方は、六月初旬に快癒した。とは僕だけの自覚で、耳鼻科医はコンピューター画面に映し出される聴力検査のグラフを示し、まだまだダメと言うのだが、聴力なんて自分が(仕事・趣味含め)生活でまったく困っていなければそれでいいだろう。それで6月9日の診察時に「もう大丈夫です」と医者に告げ、(いちどは)僕の耳鼻科通いは終了。僕の聴力回復の判断根拠は、言うまでもなくもちろん音楽だ。よ〜く知っている状態の良いステレオ録音の音源をスピーカーで鳴らして、以前からよ〜く知っているのと完璧に同じに聴こえるようになったと自覚できるので、僕は快癒したと判断したのだ。

それで本当に心の底から安堵して、また元通りの音楽狂いライフだなと思って毎日楽しんでいたら、7月16日に今度は、まあただの中耳炎だとはいえ、右耳がダメになって、いま再びちょっと暗い気分の音楽生活を送っている。

結局、「聴界」という言葉の意味をあまりちゃんと説明しなかったように思うけれど、視界同様、聴界も狭くなったり広くなったりふさがったりひろがったりするんだよね。しかも視界と違って聴界には、広がりだけでなく高低もある。もちろん音域の。いろんな楽器や、また人声でも物音でも、ピッチの高い/低いがあるけれど、それもまた耳の状態によって聴こえたり聴こえなかったりするよね。今日、僕も、片耳やられているだけでなぜだか低音部が分りにくいと書いたが、これは実感なんだ。また、高音部なんかは、誰しも歳取ると聴こえが悪くなっていくらしいじゃないか。僕はまだそうなっていないけれどね。

高音部だけでなく、加齢によってそもそもの聴力全体が弱くなるみたいだね。ビートルズを手がけたのが最も有名な音楽プロデューサー、ジョージ・マーティンも、晩年は補聴器を使っていた。この敏腕音楽プロデューサーが業界からリタイアしたのは、このせいなんだよね。聴こえなくなったので、もう仕事はできないと判断したようだ。

僕にもいつかきっとそんな日が来る。

2017/07/22

キューバの愛の歌をあなたに

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『キューバ恋歌集』(Cansiones de Amor desde Cuba)…、と、こうスペイン語題を付記したものの、これは日本盤しかない CD で、西村秀人さんと竹村淳さんの選曲・編纂でテイクオフから1997年に発売されたもの。しかし僕は今年になるまでこのアルバムの存在を知らなかった。知ったのは今年二月ごろの『ラティーナ』誌にディスク・レビューが載ったからで、それによればオフィス・サンビーニャからの配給だった。

それでオフィス・サンビーニャの公式サイトでこれを買った僕。メール・アプリに残る購入履歴では、今2017年2月21日に商品が発送されたとなっている。だから22日か23日あたりに僕んちに届いて聴いたんだよね、『キューバ恋歌集』。いま僕の手許にあるそれも、ジャケット裏に「1997」と記載があるのだが、それをどうして今年二月にオフォス・サンビーニャが売ったのかは分らない僕。でもそんなことはどうでもいいよね。だって、キューバのラヴ・ソング集、それも失恋関係は一切なく、対象への求愛や告白や褒め称えたりするものばかりが21曲どんどん流れてくるから、いまの僕の気分にはピッタリすぎるほどピッタリ。

キューバン・ソングでそんなような恋愛歌というなら、たいていボレーロとかフィーリンだろうとお考えのみなさん、当たりです。『キューバ恋歌集』の収録21曲は、すべてボレーロかフィーリン。それだけ。ゆったりとしたテンポで甘く優しくスウィートに愛を歌っているものだけが選曲されているのだ。こ〜りゃいいね。二月に買ってなんどか聴いたときは、うんイイネと思っていただけだが、もういまはこういう音楽アルバムこそが、僕にはこれ以上なく嬉しくて楽しめて、しかもここ最近の僕の気分をそのまま代弁してくれているじゃないかとなってしまうのだ。

実際、『キューバ恋歌集』附属ブックレットでは、最初の見開きに曲目と歌手一覧が書いてあるが、それをめくると白紙のページがあって「from 〜〜〜」、改行して「to 〜〜〜」とあり、その下に罫線が引いてあり。だからこれは誰か好きな相手にメッセージを添えて送る、それで愛を告げる、そういうための CD アルバムなのかもしれない。ブックレット本文には竹村淳さんの詳しい解説文に続き、収録全曲のスペイン語原詞と日本語訳詞も掲載されれている。だから、このテイクオフ盤『キューバ恋歌集』は、想いを寄せる異性への愛のプレゼント品として活用されることを想定してあるな、きっと。

いまの僕には、そんなことをしたい、『キューバ恋歌集』を、そのブックレットに相手のお名前と僕の名前を書いてメッセージを添え、CD を送りたい女性がいるんだけど、僕自身この CD を手放したくないので、もし贈るならもう一つ買わなくちゃいけないよなあ。買っちゃおうかなあ。僕が今年二月に買おうとしたときにはアマゾンで品切れだったのでオフォス・サンビーニャ通販で買ったのだが、いま見たらアマゾンでも復活している。どうしよう?

な〜んて、僕の個人的な事情はみなさんにとってどうでもいいことだから、アルバム『キューバ恋歌集』の中身の音楽の話をしておかないとね。書いたように収録の全21曲がボレーロかフィーリンなんだけど、ホントこの手のラヴ・ソングをやらせたら、ボレーロやフィーリンのキューバの歌手、演奏家たちほどうまい音楽家は、世界中探してもいないんじゃないだろうか。もしこれがスペイン語ではなく英語の歌だったりしたら、全世界でもっともっと人気があると僕は思う。しかしそうならない、ちょっとひそやかな世界であることも、いまの僕にとってはいい感じに映る。

『キューバ恋歌集』のなかにはかなりの有名曲もある。5曲目の「君こそわが栄光」(La Gloria Eres Tu)、8曲目の「シボネイ」(Siboney)あたりは誰でも知っているスーパー・スタンダードだよね。

ほかにも、4曲目の「コモ・フエ」(Como Fue)、6曲目の「黒い涙」(Lagrimas Negras)、11曲目の「二輪のクチナシ」(Dos Gardenias)、12曲目の「人生は夢まぼろし」(La Vida Es Un Sueño)、14曲目の「あなたが私を愛してくれたら」(Si Me Pudieras Querer)、18曲目の「しおれたバラ」(La Rosa Mustia)。これらも人気・知名度があるはずだ。僕が知っているくらいなんだから、キューバ〜ラテン歌謡ファンの方なら当然ご存知のはず。

歌ったり演奏したりしているのも有名人が多い。ベニー・モレー(「コモ・フエ」)、オルケスタ・アラゴーン(君こそわが栄光」)、セサル・ポルティージョ(「遠く離れていても一緒」)、ロベルト・ファス(「あなたが私を愛してくれたら」)、オマーラ・ポルトゥオンド(「あなたが必要」)、ホセ・アントニオ・メンデス(「私の恋人」)、アンヘル・ディアス(「しおれたバラ」)、ミゲリート・クニー(「恋人よ、また明日」)。

歌詞の中身の話をあまり詳しく書いてもちょっとなあ…、という気分なのと、もしかりにそんなことをしたら僕の気分がどんどん高揚してしまい、いろんな意味でヤバいことになってしまう(^^;;)ので、やめておこう。こうやって曲題を書いているだけでちょっぴり妙な気分なんだからさぁ〜。やはりサウンドやリズムのことを、このあと本当にほんの少しだけ書いておく。

アルバム『キューバ恋歌集』には、ヴォーカル抜きのインストルメンタル演奏が二つある。トップとラスト。1曲目エルネスト・レクオーナの「いつも私の心に」をやるコンフント・パルマス・イ・カーニャと、21曲目「どんな結末にも」をやるコンフント・ペドロ・フスティス。前者はレキント・ギターをかき鳴らす音に続きクラリネットが主旋律を吹き、その背後はボンゴのみ。と思っているとパッとリズム・パターンが変わりレキント・ギター(たぶん二台)が前面に出る。そして再びクラリネット。クラリネットが吹くあいだは官能的で甘いムードだが、レキント・ギター部分ではちょっぴり快活。

21曲目「どんな結末にも」はほぼアクースティック・ピアノ独奏に近い。伴奏はボンゴのみというかなりシンプルな編成で、ロマンティックなメロディをひたすらスウィートに演奏してくれる。これらインストルメンタルがアルバムのオープニングとクロージングになっているのは、間違いなく竹村淳さんの意図だ。前置きと余韻みたいなもんだよなあ。前置きとはすなわちアレで、余韻とはすなわちアレ。

本番(?)のヴォーカル・ナンバーが続く2〜20曲目でのサウンドとリズムは、どの曲もよく似通っている。これも間違いなく選曲意図が感じられる。愛の歌をひたすら甘く官能的に優しくムーディに歌うのを、そのまんま同じスタイルの伴奏サウンドとリズムで支えているものを、あえて続けてどんどん並べているんだよね。でもリズム、というかビート感はやはりラテン・ミュージックらしく強靭さがある。まあそれが感じられないとね、どんな音楽も。

アルバム中、八曲目の、これまたエルネスト・レクオーナ作の「シボネイ」だけ、ガクンと録音が古い。前後とのギャップがあまりにも明白だ。1947年結成のトリオ・タイクーバによる演唱だが、40年代末か50年代初頭か、そのあたりの録音じゃないかなあ(それにしては古い音だが?)。録音年の記載は全曲ないので分らないのが残念。

10曲目「遠く離れていても一緒」は、作者であるフィーリンの音楽家セサル・ポルティージョ本人によるアクースティック・ギター弾き語り。ギターもヴォーカルも素晴らしいが、ギター一台だけでの弾き語りで、こんな「遠く離れていても君は僕と一緒」(contigo en la distancia / amada mia estoy)なんて歌詞、ヤバいだろう?こんなふうに弾き語りできたらなあ…。

自作自演といえば17曲目の「私の恋人」。作者であるホセ・アントニオ・メンデス自身が歌うのだが、これは残念ながらギター弾き語りではなく、ピアノ(兼オルガン奏者)を中心とするコンフントによるものだ。ホセのちょっと鼻にかかったハスキー・ヴォイスがとってもセクシーでいいね。ホセ(ギターは弾いていないみたい)と鍵盤以外にはボンゴだけなんじゃないかなあ。

16曲目、これもホセ・アントニオ・メンデス作「あなたが必要」を歌うオマーラ・ポルトゥオンドの伴奏もアクースティク・ギター一台だけ。弾いているのはオマーラじゃないだろうが、かなりロマンティックな弾き方で、これもいいなあ。アルバム中この曲の録音が一番新しそうだ。かなり最近の音に聴こえる。オマーラの歌い方は、特に「あなたが足りない」(me faltabas tu)という最終盤でかなりグッと迫る節回しだ。

その他、まあキリがないのでやめておくが、管楽器が大きめの音で鳴っているオーケストラ・スタイルでの伴奏も複数あったりするが、だいたい基本的にはシンプルな少人数編成での伴奏が多い。しっとり、じっくり、ゆっくりと情感を込めてのサウンドとリズムで、テンポも落ち着いて緩く、そんな伴奏の上で歌手たちが愛を告白したり、語り合って愛し合ったりしているんだよね。

だからこの『キューバ恋愛歌』の全72分は、僕だけのたった独り暮らしの部屋のなかで、どなたか女性のことを夢想しながら聴いてもかなりいい気分だが、もしかりに一緒に聴けたりなんかしたら、最高の雰囲気になるんじゃないだろうか?

2017/07/21

僕のオススメ 〜 マイルズの必聴曲10選

この手のことを書こうとすると、マイルズ・デイヴィスについてふだん書いている内容のリピートになるだけで、だからいつも僕の文章をお読みのみなさんには目新しい内容がぜんぜんないものに仕上がるはず。マイルズでなにがオススメかなんて、どんどんいつも書いているもんなあ。でも「10曲」まとめて並べるというのは僕はまだやっていないので、まあその点でだけちょっとは読んでもらえる部分があるかも。

こういうことを書いてみようと思い立ったのは、英紙『ザ・ガーディアン』の電子版が、今2017年4月付で以下のような記事を掲載していたからだ。題して「マイルズ・デイヴィスのベスト10曲」。三ヶ月ほど前のものになるのでいまさらだけど、マスコミが出すマイルズ関係のこの手のものに対し、なにかちょっと言わないと気が済まない性分な僕なもんで。申し訳ない。
でもこの『ザ・ガーディアン』紙のマイルズ・ベスト10曲は、かなりよくできた内容じゃないかと僕は思う。マイルズ専門家やジャズ専門家が同じことをやっても、だいたい似たようなものができあがりそうだ。なぜならば、この『ザ・ガーディアン』紙の選出基準もまた、時代を形作ってきた先進的音楽家としてマイルズを捉えて、その基準で10曲選んでいるからだ。専門家だってみんなそういう視点でマイルズを見ているもんね。だからそう違ったものにはならないはず。

しかしはっきり言うが、リンクを貼った記事をお読みになれば分るように「マイルズは音楽の流れをなんども変えた」とか、ま〜たまたこれかよ…、って、もうウンザリなんだよね。少なくとも僕はそう。マイルズだけじゃなく、音楽をそんな視点でしか捉えないなんて不幸じゃない?だからいつもみんなからそうとしか捉えてもらえないマイルズはすごく可哀想だと僕は思うんだよね。音楽の楽しみ・本質って、そういう部分には「ない」。絶対に。

だから僕もちょっと10曲選んでみよう。それでちょっと違ったマイルズ・ベスト10曲を書いておく。たぶん半分程度は『ザ・ガーディアン』紙の記事のチョイスそのままで、残り半分程度が入れ替わるはず。マイルズであれ誰であれ、いまの僕が音楽のオススメを選ぶ基準は、先進性、斬新さなどではなく、聴いて楽しいか、美しく感じられるか、リラックスできてくつろげて部屋のなかがいい雰囲気になるかどうか 〜 こういうことだ。新しい時代を招いたかどうかだけで、それで楽しさや美しさを犠牲にするなんてありえないだろう? 

以下、僕の選んだマイルズのオススメ・ベスト10曲。録音年順に。括弧内が収録アルバムで、その右が録音年。


1. Dr. Jackle (All-Star Sextet/Quintet With Milt Jackson)- 1955

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 またま〜たこれか!お前、いつもこればっかり推薦してんな!って言われそう。でも本当にいいもんねえ、このブルーズは。いいのはボスじゃなくミルト・ジャクスンのヴァイブラフォンだけどね。この曲、このアルバムがマイルズの推薦品になったことがないっていう事実が、いかにみんなしっかり「音を聴いていない」かという確固たる証拠だよ。マジで楽しいぜ。みんな、楽しいの、嫌なのか?
2. In Your Own Sweet Way (Collector's Items) - 1956

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 デイヴ・ブルベックの書いたこのプリティなバラードをマイルズは二回録音している。どちらも1956年。有名なのはファースト・レギュラー・クインテットでやった『ワーキン』収録ヴァージョンだけど、僕にはこの、ソニー・ロリンズやトミー・フラナガランらと共演したものの方が美しくチャーミングに聴こえる。
3. Solea (Sketches Of Spain) - 1960

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 ギル・エヴァンスとのコラボでやったものから、『ザ・ガーディアン』紙の記事は「アランフェス協奏曲」(『スケッチズ・オヴ・スペイン』)を選んでいるが、う〜ん、どうもあれはちょっとなあ。『マイルズ・アヘッド』から僕はできれば選びたかったが、あのアルバム、A面B面がそれぞれ「一つ」のメドレーみたいにつながっている(録音後の編集で)。一曲単位では抜きにくいんだよね。だから「アルバム」の10選には『マイルズ・アヘッド』を入れた僕だけど、「曲」単位では、同じ『スケッチズ・オヴ・スペイン』から、アルバム・ラストの「ソレア」を。マイルズの大好きだったスパニッシュ・スケール・ナンバーを一つ入れたかったというのもある。この曲のトランペット・ソロは絶品だ。

4. My Funny Valentine (My Funny Valentine) - 1964

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 1960年代中期のハービー・ハンコック&ロン・カーター&トニー・ウィリアムズ時代のライヴからこれを。『'フォー’&モア』の「ソー・ワット」でもいい。どちらも問題ない推薦品なんだけど、アクースティク時代のマイルズによるバラード吹奏最高傑作じゃないかと僕は(たぶんみなさんも)考えている、この「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を。リズム・アレンジも面白いが、(この YouTube 音源だと)6:29〜6:33 のハイ・ノート・ヒットに続き、そこから 下る 6:39 までが極上のカタルシス。
5. Frelon Brun (Filles De Kilimanjaro) - 1968

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 現在、僕が個人的にどハマり中の『キリマンジャロの娘』から、かなり面白いオープニングのこれを。こんなカッコいいクウェラ・ジャズ、なかなか聴けないよね。マイルズもこれ(と同アルバム四曲目の「キリマンジャロの娘」)しか、こんなアフリカン・ジャズはやっていない。この1968年前後のマイルズにいったいなにがあったのか?というのが、僕が目下探求中のテーマ。
6. In A Silent Way / It's About That Time (In A Silent Way) -1969

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 これはぜひ一曲(ワン・トラック)扱いでお願い。そうじゃないと11曲になってしまう。1968年末から共演をはじめるジョー・ザヴィヌルとマイルズの関係は、いままで僕もしばしば書いてきた。この二名共演のベスト・トラックがこれじゃないだろうか?だろうか?っていうより、僕のなかではこの評価はおそらく永遠に揺るがない。
7. Miles Runs The Voodoo Down (Bitches Brew) - 1969

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 同じ1969年録音から二つ選ぶのもどうかとは思ったが、上の六つ目とはグルーヴが違っているので許して。左チャンネルで叩くドン・アライアスのドラミングは、まるでニュー・オーリンズのミーターズのジガブー・モデリステみたい。グルーヴのタイプ、フィーリングも「なんちゃら・ストラット」みたい。あ、ニュー・オーリンズの音楽に似ているって、マイルズのこれはヴードゥーと曲名にあるじゃないか…。いま初めてこの意味のニュアンスに気が付いたような気がするぞ(^^;;。
8. Right Off (A Tribute To Jack Johnson) - 1970

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 ロックなマイルズ。ジョン・マクラフリンのギターもビリー・コバムのドラムスも完璧なロック・マナー。でもエレベのマイケル・ヘンダスンの弾き方は、やっぱりリズム&ブルーズ/ファンク系だ。少なくともブラック・ミュージックのものだよね。フロントで吹くマイルズのオープン・ホーンも絶好調。この1969/70年あたりは、64年ごろと並び、マイルズのオープン・ホーン・トーンが最もブリリアントだった時代の一つ。いやあ、カッチョエエ〜。
9. Prelude (Agharta)- 1975

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 やっぱり1973〜75年のツイン・ギター・バンドのライヴから一つ選んでおこう。僕の一番好きな1975年2月1日大阪公演盤の一つ『アガルタ』一枚目のトップ・トラック。ピート・コージーの一回目のギター・ソロが終わって、しばらくしてボスのオルガン・インタールードをはさみ、その後テーマ・モチーフみたいなものを二管で吹く前までの18:08〜21:58 までの展開は、なんど聴いてもいまだにシビレる。マイルズの全録音中、この約三分間こそが僕はいちばん好きだ。なんど聴いてもいまだに「いちばん」好き。この音楽家の全生涯で「いちばん」。
10. The Doo Bop Song (Doo-Bop) - 1991

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 1981年復帰後のものを一つ入れたかったというよりも(『ザ・ガーディアン』紙の記事は75年一時隠遁までからしか選んでいないね)、これを選んだ理由は、ヴォーカルものを一個だけは入れておきたかったということ。ジャズでもなんでも人声の歌が聴こえた方が楽しんじゃない?いまの僕はそういう気分なんだけどね。でもマイルズでヴォーカルものというと、あまりパッとしたものがないんだよね。イージー・モー・ビーと共演したこの「ザ・ドゥー・バップ・ソング」も、人によっては面白くないかもしれないが、僕はけっこう好きだよ。

2017/07/20

グナーワ大学で学ぶアフリカネス

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七曲目で非常によ〜く知っているものが聴こえるなあと思ったら、ありゃ、これウェザー・リポートの「ブラック・マーケット」じゃないかぁ!(と最初に聴いた時にも思ったはずだけど、忘れていた^^;;)。だからさぁ、以前も一度書いたけれど、ジャズ・フュージョンとオルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス(ONB)って関係あるんだよな。といってもジョー・ザヴィヌルが書いた「ブラック・マーケット」が七曲目にあるのは ONB のアルバムではない。結成当初のこのバンドの中核メンバーで、僕が以前フュージョン色が濃いと書いた(http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/onb-6742.html)ONB の1998年デビュー・ライヴ盤『アン・コンセール』でも活躍している、ゲンブリ奏者のアジズ・サハマウイ2011年作『グナーワ大学』のことだ。

アジズ・サハマウイは ONB の二作目まで参加して離れ、その後ジョー・ザヴィヌルに誘われて彼のバンド、ザヴィヌル・シンジケートでやっていた時期がある。そのころのアルバムもあって、2005年のライヴ盤『ヴィエナ・ナイツ』。でもこれじたいはあんまり面白くなかったような気がする。もうだいたいあのころのザヴィヌルの音楽は、もはやなんというかまあその〜…。

でもアジズ・サハマウイは、ザヴィヌルが2007年に亡くなるまで音楽活動をともにしていたので、衰えていたとはいえこのマイスターからいろんなことを吸収したんだろうと思う。2011年の『グナーワ大学』で「ブラック・マーケット」をやったりしているのも、ある意味、恩返しなのかなあ。グナーワ法で料理した師のフュージョン・ナンバーの出来栄えを聴いてほしいみたいな気持があったかもしれないよなあ。

素材をとりあげただけではない。アジズの『グナーワ大学』のレギュラー・バンド編成は、ザヴィヌル・シンジケートのそれに近い。アジズはゲンブリ奏者なのにあまり弾かず、アルバムの多くの曲で弦の低音はエレベ奏者に任せているが、そのエレベ奏者アリウン・ワデ(セネガル)とアジズは、ザヴィヌル・シンジケートで知り合った仲なのだ。そのほかエレキ・ギター、ドラム・セットを使って、米英のポップ・ミュージックふうのメンツなんだよね。

ヴォーカル・コーラスもたくさんフィーチャーされているが、これは米英産大衆音楽やザヴィヌルも(ウェザー・リポート後期から)たくさん使うものであるとはいえ、グナーワ・ミュージックでもむかしからコール&リスポンス的に多用される。だからアジズもそれら両方のやり方のいいところを取って『グナーワ大学』で活かしているんだろう。

『グナーワ大学』でのリーダーのアジズは、メイン・ヴォーカル以外に楽器は、ゲンブリはあまり弾いてないならなにをやっているかというと、メインはンゴニ。たぶんアルバム・ジャケットで抱えているのがゲンブリに似てはいるが、たぶんンゴニだ。かたちや大きさが似ているから、あれだけだとちょっと断定できないが、アルバムのなかではゲンブリをあまり使っていないんだから、それをジャケット撮影のためだけに抱えたというのはありえないようにも思える。

あ、待てよ、いま流れてきたアルバム『グナーワ大学』11曲目の「ミムナ」。これのブンブン鳴る弦の低音はゲンブリっぽい響きだなあ。しかもなにかもう一本聴こえる。う〜ん…、と思って一曲ごとにパーソネルが記載されている附属ブックレットをめくったら、「ミムナ」ではやはりゲンブリをアジズが弾いているとなっている。11曲目の「ミムナ」では、ゲンブリと、もう一つの弦音が絡んでいるように聴こえ、それは記載を見たらアジズのンゴニだから多重録音だ。楽器伴奏はそれらゲンブリとンゴニだけ。その上でアジズが歌っている。グナーワ・(ポップ・)ミュージックでは実に頻繁に出現するので、なんのことかいまだにサッパリ分からないなりに、なんだかお馴染の言葉になってしまった「ミムナ」を。

ところで「ミムナ」は上記 ONB の1998年デビュー・ライヴ・アルバムでもやっている。しかもオープニング・メドレーの一曲目。そしてその三曲メドレーの二つ目が「サウウェ」なんだけど、これもアジズの『グナーワ大学』にある。九曲目。こっちもかなりシンプルな伴奏編成で、弦の低音(もどうやらゲンブリらしい)+カルカベみたいな金属打音+ヴォーカル・コーラス。これだけに乗ってのアジズがリード・ヴォーカル。

これら「ミムナ」「サウウェ」二曲を、ONB の『アン・コンセール』ヴァージョンと、それにも参加していたアジズの『グナーワ大学』ヴァージョンで聴き比べると面白い。二曲ともトラディショナル・ナンバーで、ONB ヴァージョンでのアレンジャーは「ミムナ」がアジズとの記載、「サウウェ」がユセフ・ブーケラとなっている。ONB のそれら二つは、かなりポップなんだよね。これはマグレブ音楽をまったく聴いたことのない音楽ファンだってポップだ、聴きやすい、親しみやすいと感じるはず。これには自信がある。なぜなら1998年当時の僕がまったく同じだった。

ところがその ONB ヴァージョンにアレンジと演唱で参加しているアジズの、『グナーワ大学』ヴァージョンの「ミムナ」「サウウェ」二曲にはポップさがかなり薄く、というかほぼなくて、モロッコのグナーワ儀式現場での生のグナーワ音楽の姿にちょっと近いような仕上がりだ。だからこっちはグナーワの伝統的なところを少しだけでも聴いていないととっつきにくいかもしれない。アジズは ONB ではあんな感じだったけれど、『グナーワ大学』でのこんな姿が本来のありようなのかなあ?

そういえば一番上で書いたウェザー・リポートのカヴァー「ブラック・マーケット」。『グナーワ大学』ヴァージョンでは、オリジナルにあった冒頭部での市場での雑踏音もそのまま再現し、またもとの曲がポップでファンキー(なんですよ、あのころからのザヴィヌルの曲は、だから次作にある「バードランド」は当然)だから、そんなフィーリングがやはり少し残ってはいるものの、全体的にはかなり渋いグナーワ・アレンジでの演奏だ。アジズが歌っているアラビア語の歌詞は自分で書いたものなんだろう。ザヴィヌルが鍵盤で弾いたお馴染の例のポップなリフを、アジズはンゴニ(?ゲンブリ?)で奏で、歌いはじめてからもグナーワ流儀でのヴォーカルのコール&リスポンス。しかも一瞬ジャマイカのダブふうな音処理がある。そのあと後半部ではいかにもグナーワというヒプノティックな反復になって、テンポもだんだん速くなっていき高揚して、これ、たぶんグナーワ儀式現場とかなら興奮のあまり失神したりする人もいるようなもんなんだろう?

アジズの『グナーワ大学』。ここまで僕が前からよく知っている三曲の話しかしていないが、実はこれら三つ以外の曲で僕が最も強く感じるのはアメリカ産黒人ブルーズだ。濃厚なノリのディープさが実によく似ている。グナーワのノリって、やっぱりブルーズとかリズム&ブルーズのそれに近いのかなあなんて思っちゃうんだよね。アジズの『グナーワ大学』ではどの曲もグナーワか、グナーワにアレンジしたものだけど、アメリカ産黒人ブルーズを強く感じる僕は、米黒人ブルーズ・ミュージックの聴きすぎなのか?

でもさあ、例えばアルバム四曲目「カヒナ」のミドル・スロー・テンポでゆったりと大きく乗りグルーヴするあたりとか、六曲目「アルフ・ヒラート」の細かく刻みながら全体的にはやはり余裕のあるうねりを感じるあたりとか、十曲目「ロフラン」でも似たようなブルージーなノリだしなあ。アメリカ産の、例えば1940〜50年代のジャンプ・ブルーズ〜リズム&ブルーズに同じようなもの、いっぱいあるよ。

僕が考えるに、こういうことはグナーワのブラック・アフリカン・ルーツをアジズが掘り下げてくれたってことじゃないかと思うんだよね。つまりグナーワのアフリカネス。黒さ。上でセネガル人エレベ奏者が参加していると書いたけれど、基本的には六人編成であるグナーワ大学バンドは、そのうち三人までがセネガル人なんだよね。さらに、アジズ自身、ゲンブリよりもンゴニを多用しているという点でも、またコラだって入っている曲があるし、やはりサハラ以南アフリカを感じるものだ。間違いなくアジズはこれを意識したよね。

その他いくつか理由があって、アジズの『グナーワ大学』は、基本、どこまでもモロッコのグナーワに則りながら、マグレブ音楽ではあまり聴いたことのない(ブラック・)アフリカネスに包まれている。University とタイトルを付けた(のはプロデューサーのマルタン・メソニエかもしれないが)のは、大学って学問的に掘り下げてルーツも学ぶところだろう?グナーワのルーツがサハラ以南のアフリカにあるのは周知の事実なんだから、アジズはそんなグナーワ・ミュージックに本来あるそんなアフリカネスを掘り下げて、その探求成果を実際の音で表現してくれたってことじゃないかなあ。

もちろんアメリカ産ブルーズのルーツが(西)アフリカにあるとは言えないだろう。あのスケール(音列)はアフリカ音楽には見いだせないと思う。アフリカから強制移住させられた黒人たちが産み出したものではあるけれど、あくまでアメリカ合衆国という場所でしか誕生しえなかった音の使い方だ。だけれども、アジズの『グナーワ大学』を聴いて、(僕だけかもしれないが)アメリカ産ブルーズのノリと同質のものを感じるのは、きっとなにかあるよね?そしてアジズのこういった探求のきっかけをつくったのは、やっぱりジョー・ザヴィヌルだったんじゃないの?

2017/07/19

これが盛り上がらずにおられよか 〜 マルチニークのトニー・シャスール

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今2017年、いままでリリースされたジャズ系のアルバムで、レユニオンのメディ・ジェルヴィルの『トロピカル・レイン』の次に気に入っているのが、マルチニークのトニー・シャスールの30周年記念ライヴ盤 CD 二枚+DVD一枚の『ライヴ・ラク・ランム:30・アノス・ドゥ・カリエール・ア・ラ・シガール』。マジでこの二つを超えるジャズ作品は今年は出ないだろ?二つともそう思っちゃうくらい素晴らしいが、それにしてもレユニオンとかマルチニークとか、フランス系が来ているのか、今年のジャズ界隈は?そのへん、まったく鼻が利かない僕だけど。

メディ・ジェルヴィルの『トロピカル・レイン』については以前の記事(http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-4cf2.html)をお読みいただくとして、今日はマルチニークのトニー・シャスールのライヴ・アルバムの話。これは上で書いたフル・タイトルでお分りのように、トニー・シャスールの芸歴30周年記念でフランスのパリにあるラ・シガールで行われた2016年10月31日のパフォーマンスを収録したもの。DVD の方は観ていない僕だけど、それは二枚の CD に収録されているものと音源だけなら同一内容だと判断しているからだ。同一だよね?

このあたり、僕は映像はいらない、音源だけでいい人間だというのは前から繰返しているので。というわけでトニー・シャスール率いるミジコペイのいまのところの最新作は DVD しかないので、なかなか買う気にならず、やはりいまでもどうしようかあと思っているままなのだ。ダメだよねえ、こんな音楽愛好家は。音楽家の動く演唱シーンをテレビの歌番組以外で体験できることなんて、生コンサートに出かけていくしかほぼありえない時代に、しかもその生コンサートもなかなか体験できない地方都市に住んでいながら完全な音楽キチガイになってしまったことに由来するであろうこの習性は、どうやら一生抜けそうにない(岩佐美咲など、一部例外を除く)。

トニー・シャスール。今日話題の『ライヴ・ラク・ランム』も DVD が附属していると知り、もうそれだけで買おうかどうしようかちょっとだけ迷ったほどなんだもんなあ。それでも二枚の CD がちゃんとあるというので買ったのだった。もし DVD だけだったら、いまごろどうだったか…。 最初は DVD が CD 二枚と同内容(だと観もせずに勝手に判断しているだけだが?)だとは分らなかったから、エル・スールで買って、届いたら CD だけ聴こうかなと思っていて、実際いままではそうなっている。しか〜し!この二枚のライヴ CD は本当に素晴らしいグルーヴが満載。

トニー・シャスールはマルチニークのジャズ・ヴォーカリスト。だから『ライヴ・ラク・ランム』でも歌を歌っていて楽器はやっていない。二枚の CD はタイトルが異なっていて、それは音楽的テーマみたいなものを表現しているみたいだ。CD1は「Lakou Wouvè Live」。CD2は「Lakou Bo Kay Live」。これだけじゃなんのことか分らない僕だけど、いろんなことが書かれてある附属リーフレットに、一枚目は「クレオール・ジャズ」、二枚目は「ズーク・エ・シャンソン・クレオール」とあり、内容を聴いてもこれは納得できる。

そのリーフレットに書かれてあるバック・バンドは、CD1が(アクースティック・)ピアノ、エレベ、ドラムス、パーカッション。これに曲によってエレキ・ギターやゲスト・ヴォーカリストが参加する。CD2は種々鍵盤、エレベ、ドラムス、パーカッション、エレキ・ギター+コーラス隊+ホーン隊+ストリングス隊。こっちも少しのゲスト参加がある。基本的には二枚ともコアになっている部分は同じような編成だ。創り出すグルーヴもよく似ていて、ことさら(クレオール・)ジャズだ、シャンソン(ポップ)だと区別することはないんじゃないかなあ。

ところで CD1の方でエレベを弾いているのはミシェル・アリボーだ。メディ・ジェルヴィルの『トロピカル・レイン』でもレギュラー参加で弾いている。録音はメディのアルバムの方が早かったみたいだけど(なんでも二、三年前に完成していたという話だ)、聴衆の面前でお披露目し、CD&DVD になって発売され、日本でも買えるようになり、みなさんが話題にしはじめたのはトニー・シャスールの『ライヴ・ラク・ランム』の方がずっと先だった。みなさんがいいぞいいぞと言っているのを読むものの、上で書いたように DVD が附属するというだけで躊躇していたアホな僕。メディ・ジェルヴィルの方を先に買って先に聴いていた。

聴いてみたら、トニー・シャスールの『ライヴ・ラク・ランム』も、メディ・ジェルヴィルの『トロピカル・レイン』に負けず劣らず素晴らしい。というかふつうラテン〜カリブなジャズ(系のもの)がお好きな一般のみなさんは、トニーのライヴ・アルバムの方がとっつきやすく聴きやすく、また評価も高いじゃないかと僕は推測する。実際、トニーのこの三枚組の話題はよく見るけれど、メディの方の高評価はほぼ見かけないもんね。荻原和也さんと Astral さんと僕、この三人だけじゃないかなあ、まだ。

まあメディ・ジェルヴィルの『トロピカル・レイン』の方は、やや分りにくいような部分があるのは確かだ。全曲変拍子だし、スリリングな緊張感に満ち満ちていて、ふだんリラックスして聴くのには向かないアルバムだ。僕はそういう音楽もいまだにやっぱり好きなんだけど、トニー・シャスールの『ライヴ・ラク・ランム』の方が世間的(といってもほんの一部だろうけれど)にウケる、人気があるのは納得だ。そんでもって僕はトニーの方も大好きだ。

マルチニークの歌手にしてプロデューサー、サウンド・クリエイターであるトニー・シャスールがやっているだけあって(リーフレットにしっかり "Direction musicale"と記載もある)、やっぱりこれはジャズ系のカリビアン・クレオール・ミュージック?と思うと、あんがいそんなことは意識しない。僕はね。ほぼまったくと言っていいほどそんな歯ごたえはない(いい意味で)。どうしてかって、1970年代後半以後のウェザー・リポートのジョー・ザヴィヌルが同系の音楽をいくつかやっていたから、すっかり聴き慣れている…、もののようにトニーの『ライヴ・ラク・ランム』は聴こえたけれど、僕の勘違い?じゃないと思うけどなあ。トニーのこのライヴ盤を褒めるみなさん、ウェザー・リポートをちゃんと聴いてないでしょ?

クレオール・ジャズをやるマルチニークのトニー・シャスールみたいに、歌詞のある部分とスキャット部分をないまぜにしながらスポンティニアスに歌うヴォーカルだって、ある時期以後のジョー・ザヴィヌルはどんどん起用してウェザー・リポートの果実にしていた。だいたい1980年代の同バンドのレギュラー・パーカッショニスト&ヴォーカリストのミノ・シネルの父はマルチニーク人だ。同バンドでのミノも、英語とフレンチ・クレオールとのピジンで歌ったものだってある。その背後でアクースティク・ピアノ含め鍵盤楽器+リズム・セクションが支えるとか、もうソックリじゃないか。だから、僕には、ある意味<保守的音楽>にすら聴こえるトニー・シャスールの『ライヴ・ラク・ランム』なんだけどね。

このあたりの1970半ば〜80年代前半あたりの(ジャズ・)フュージョンが、21世紀のいまのジャズ系の音楽にどうつながっているのかは、どなたかちゃんとしっかり考えて文章にしてほしい。できそうな方のお名前が何名かすぐにパッと思い浮かぶんだけど、いまだにまとまったものがないよなあ。トニー・シャスールなんて相手にしてくれていないのか?いま在庫切れ状態だけど、日本のアマゾンでだって普通に売ってるぞ、『ライヴ・ラク・ランム』は。

さてさて、さほど大きな音楽的違いはないと書いたトニー・シャスールの『ライヴ・ラク・ランム』CD1と CD2だけど、それでも一枚目はやっぱりかなりストレートにジャジーだ。トニーのヴォーカルも都会風にソフィスティケイティッドされていて、バック・バンドもときおり4/4拍子で伴奏したりして、その上でサラリと流れるスキャットを聴かせてくれたりもする。CD2では大編成のホーン、ストリングス、ヴォーカル・コーラスが入っているので、聴感上の印象だけならやはり相当違っている。「違わない」と僕が書いたのは根幹のグルーヴの種類が、という意味。

僕はジャズ・ファンなんだから、ポップなフィーリングの CD2「ズーク・エ・シャンソン・クレオール」よりも CD1「クレオール・ジャズ」の方が気に入っているんじゃないかと思われる可能性があるかもしれないが、完全に逆なんだよね。むかしならいざ知らずいまの僕は、ポップ・ミュージックを賑やかに聴かせてくれる方がいいんだぞ。CD2の方では(聴いていないがミジコペイのライヴ DVD もそうだったらしい)カリビアン・ビッグ・バンド・ジャズを展開していて、トニーのヴォーカルも CD2の方により一層の伸びやかさを僕は感じる。CD2の方が出来は上だよね。特にジャズ好きではない一般の音楽愛好家のみなさんにも CD2の方が受け入れてもらいやすいはず。

CD2の方には長尺のメドレーが3トラックある。三つとも13〜15分程度もあるのだが、トニー・シャスールのアルバム『ライヴ・ラク・ランム』ぜんぶでの最大の聴きどころが、間違いなくその三つのメドレー、特にアルバムを締めくくるラストのメドレー二つだろう。その直前に「カリベアン」というそのまんまな曲題の、リズム・フィールもいかにもカリブ風に強く跳ねるものがあったりもするが、それもクライマックスへのプレリュードだ。

アルバム・ラストの二つ連続のメドレーでは、リズムはやはりカリビアンな跳ねる感じ。エレキ・ギターも気持よく刻みながら、エレベがうねり、ドラマーもパーカッショニストも軽快でたおやかで、本当にリズム・セクション全員がキレキレで素晴らしい。あ、ストリングス・セクションに聴こえるものは鍵盤奏者のシンセサイザーなのか?いや、リーフレットをよく見たらやっぱり生楽器奏者が(管楽器同様)いるなあ。でもシンセサイザーでも似た音を出して重ねてあるの?

女性バック・シンガーたちもいい。あくまでトニー・シャスールの影となって支えているだけだが、これがあるとないとでは大違い。ライヴ・パフォーマンスらしく、トニー自身も頻繁に(バンド連中にも客席にも)しゃべりかけながら軽やかでしなやかに歌い、ヴォイス・パーカッションも披露。鍵盤奏者がときおりエフェクト的に奏でるシンセサイザーでのキラリンという音も効果満点。

特に CD 二枚のラスト・トラックである最後の15分12秒間続くメドレーなんか、これがアルバム全体の大団円なんだろうけれど、 もうねえ、これが盛り上がらずにおられよかといった場面の連続で、すごくキモチエエ〜。超快感で、聴き終えるのが本当に惜しい。

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