2017/09/25

僕のシャーリーナ!

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1996年と死後のリリースになったが、フランク・ザッパの生前に完成していたプロジェクトらしい『ザ・ロスト・エピソーズ』。僕はそんな大したザッパ愛好家じゃないので、詳しいことはぜんぜん知らないし、事実関係については実を言うとあまり興味も湧かない。作品化された「音」にだけ関心がある。ただ CD アルバムになったものを聴いて、これは楽しい、美しい、面白いんじゃないかということだけ、今日も少し書いておこう。『ザ・ロスト・エピソーズ』、スタジオ・アウトテイク集らしいが、しかし、かなりの録音癖だな、ザッパ。

『ザ・ロスト・エピソーズ』で最初に僕がオッとなるのは2トラック目の「ロスト・イン・ア・ワープール」だ。これは1958年か59年の録音らしく、曲はザッパが歌詞はドン・ヴァン・ヴリート(キャプテン・ビーフハート)が書いて、それぞれギターとヴォーカルを担当。フランクが弾く背後で、やはりギターでリズムを刻む音が聴こえるのがボビー・ザッパらしい。なんでもないふつうの12小節定型ブルーズで、ふつうのみなさんには音楽的にはさほど面白いものじゃないかもしれないが。
あ、待てよ、『ザ・ロスト・エピソーズ』フル・アルバムで YouTube に上がっているじゃないか(笑)。このアルバムは、ある意味、ザッパとキャプテン・ビーフハートとのフレンドシップ・メモリアルみたいな側面もあるような気がして、実際、ビーフハートがヴォーカルを取っているトラックも多いし、その点にも注目したら面白いのかもしれない。
次に僕の耳を惹くのが7トラック目のインストルメンタル「テイク・ユア・クローズ・オフ・ウェン・ユー・ダンス」っていう、この曲題はなにかのメタファーなんだろうか?そこはちょっと分らないが、なにが面白いかって、これはボサ・ノーヴァなのだ。1961年録音。違う録音が1968年リリースの『ランピー・グレイヴィ』ラストにも収録されているが、そのアルバムは CD でも(それぞれ A 面 B 面だったものが)1トラックになっている。つまり連続しているので、一曲単位で抜き出せないので、聴きかえすのがやや面倒。確か1950年代米〜60年代前半英ふうにポップなビート・ナンバーで、しかもサーフ・ロックみたいだったような?記憶違いかもしれないので、指摘してください。

『ザ・ロスト・エピソーズ』の「テイク・ユア・クローズ・オフ・ウェン・ユー・ダンス」はちょっと違っていて、間違いなくこれはボサ・ノーヴァだ。ドラマー、チャック・グローヴがスネアのリム・ショットで、それを典型的に刻んでいる。あ、この曲、『ウィア・オンリー・イン・イット・フォー・ザ・マニー』 にも入っているなあ。これはトラックが切れているから楽に聴きかえせたが、やはりビート・バンドふうだ。僕はこの『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンがいちばん好き。
次の8トラック目「タイガー・ローチ」なんか、これもドン・ヴァン・ヴリートがヴォーカルだけど、1962年か63年録音というのが笑えるほど納得できてしまうビート・ナンバー。ガレージ・ロックふうでもある。でもアメリカにまだビートルズの影響はあまりなかったはずの時期だから、ザッパのこういうもののばあいは、1950年代の米ロックンロールから直接来ているものなのかなあ?
10トラック目の「ファウンテン・オヴ・ラヴ」(1963)、12トラック目の「エニイ・ウェイ・ザ・ウィンド・ブロウ」(63)、14トラック目の「チャーヴァ」(63)あたりまでは、本当に時代を感じるサーフ・ロックふうにポップなビート・ナンバーで、いかにもこの時代をザッパも生きたんだなと、マジで笑えるほど分りやすい。

マザーズ名義になる16トラック目の「ウェディング・ドレス・ソング」からの3トラック一続き(1967)は、録音年からしても演奏メンツからしても、もはやお馴染のザッパ・ミュージックだ。したがって特になにも言う必要はないだろう。それよりも、22トラック目の「ザ・グランド・ワズー」で、やはりキャプテン・ビーフハートが朗読していたりする(1969)のは面白い。楽器演奏も聴こえるが、それはシンクラヴィアをザッパが1992年にかぶせたものなので、オリジナルはビーフハートの無伴奏朗読だったんだろう。

25トラック目の「Rdnzl」(1972)は本当に素晴らしい。1978年の『スタジオ・タン』で発表されていたものだが、約八分間のそれよりも、約三分間の『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンのほうがいいなあ。完璧なるジャズ・ロック・フュージョンだ。後半は4/4拍子になって、エレベのトム・ファウラーがラニング・ベースを弾き、その部分でジョージ・デュークがジャジーなエレピ・ソロ。
27トラック目の「インカ・ローズ」は大好きな一曲なんだが割愛して、28〜30トラック目の、アルバム・ラストを盛り上げるクライマックス、「リル・クラントン・シャッフル」(1970)「アイ・ドント・ワナ・ゲット・ドラフティッド」(79)「シャーリーナ」(70)のことに書いておかなくちゃ。だってね、ホント〜ッに楽しい三連発なんだもんね。

「リル・クラントン・シャッフル」はふつうの12小節定型ブルーズ・シャッフルだけど、あまりにも素晴らしいドン・シュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリンが大活躍。曲全体の約五分間、もっぱらシュガーケイン・ハリスがヴァイオリンでソロを弾きまくるだけのインンストルメンタル・ナンバー。大好きだぁ〜、こういうの。これは1996年の『ザ・ロスト・エピソーズ』まで完全未発表の曲だったらしい。
「アイ・ドント・ワナ・ゲット・ドラフティッド」はテリー・ボジオがドラムスを叩く、軽快でポップなディスコ調ナンバー。だけどこれは徴兵されるのは嫌だという曲だよね。1981年のアルバム『ユー・アー・ワット・ユー・イズ』のラストに「ドラフティッド・アゲイン」という曲題で収録されて発表されていたもののオリジナル・ヴァージョンだ。
さてさて、いままで書いてきたことぜ〜んぶ含め、アルバム『ザ・ロスト・エピソーズ』でいちばん楽しく美しく、いちばん素晴らしいのが、ラスト30トラック目の「シャーリーナ」だ。名前を唱えながら女性に愛を捧げる内容っていう、例によってよくあるパターン。これは1970年のアルバム『チャンガズ・リヴェンジ』に収録されて発表されていたものだが、こりゃもう絶対にだれがどう聴いたって『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンのほうに軍配をあげるはずだ。ドン・シュガー・ケイン・ハリスがやはりヴァイオリンを弾き、ザッパとのコーラスで歌の可愛くてチャーミングな旋律を歌っている。まずヴォーカル、次いでヴァイオリン・ソロ、そしてザッパのギター・ソロ、最後にまたヴォーカルが出る。あぁ、シャーリーナ、大好きだぁ〜っ!

2017/09/24

女性への敬愛を表現するソロ・モンクの適切さ

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僕の Twitter フレンドさんのなかに男性アマチュア・ジャズ・トランぺッターが一人いらっしゃるんだけど、けっこうなセロニアス・モンク好きみたいだ。彼がふだんよくツイートするのがモンクがソロ・ピアノでやる「アイ・サレンダー、ディア」で、本当にこれをよく言うもんだから、僕もなにかちょっと書いてみようという気になった。もちろん書いて公開する以上は、彼だけに宛てたプライヴェイト・メッセージなどではありえない、っていうか、そもそも最近、読んでんのか、このブログ?

モンクがソロで弾く「アイ・サレンダー、ディア」と言うと、僕がいますぐパッと思い浮かべるのは二種類。間違いなくこっちが有名であろう1956年録音のリヴァーサイド盤『ブリリアント・コーナーズ』収録のものと、こっちは地味な存在かもしれない1964年録音のコロンビア盤『ソロ・モンク』収録のもの。しかし知名度とは逆に演奏の出来は、64年コロンビア・ヴァージョンのほうがいいと僕は思う。

そのあたり、みなさんで聴いて判断していただきたいので、まず音源をご紹介しておく。

「アイ・サレンダー、ディア」
1956年リヴァーサイド版  https://www.youtube.com/watch?v=7CkSGUxVw3Q
同じようなものに聴こえるかもしれないが、1931年にビング・クロスビーが歌ったのが初演であるこの古いラヴ・ソング、女性に対し「君なしではにっちもさっちもいかなくなっちゃったよ、もはや君に降参だ」という愛の告白ソングの、その古くさくて湿った情緒は、64年のコロンビア・ヴァージョンのほうがうまく表現できているように僕は思うんだけどね。

ちなみにこの「アイ・サレンダー、ディア」という曲は、ビング・クロスビーによる初演と同じ1931年にルイ・アームストログもやり、そのオーケー盤レコードを聴いたに違いないライオネル・ハンプトンもやって、またチャーリー・クリスチャンを擁していた時代のベニー・グッドマン・セクステットや、戦後ローマ録音のジャンゴ・ラインハルト(のものは盟友ステファン・グラッペリとのラスト共演になった『ジャンゴロジー』完全盤に収録)もやった。

ちょっとモダン・ジャズ界には存在しにくいフィーリングの曲である「アイ・サレンダー、ディア」なので、1940年代半ばのビ・バップ勃興以後はとりあげる人がかなり少なくなってしまった。例外が、以前ご紹介したアート・ペッパーとセロニアス・モンクなんだよね。そしてこの両者とも、いや、モンクのほうは特に、モダン・ジャズふうではない資質を持つというか、最初に書いた男性友人が大のビ・バップ好きなのを承知ではっきりと言っちゃうが、ビ・バップ・ミュージックの乾いた硬質感とは水と油である音楽家なのかもしれないと、僕は少し考えている。

ここでまたほんみちジャズからそれてよりみちするけれども、「アイ・サレンダー、ディア」は、レイ・チャールズとアリーサ・フランクリンもとりあげているんだよね。レイのヴァージョンはヴォーカルなしのインストルメンタル・ジャズ演奏(レイがたくさんジャズ演奏を録音していて、ジャズ・ピアニストとしての腕前も一流だとは、僕も以前記事にした)。しかしこれ、レイはどうして歌ってくれなかったんだろうなあ?まあジャズ演奏をやるんだというプロデュースだったからだろうが、いい歌なんだから、少しもったいなかったよなあ。
アリーサ・フランクリンの「アイ・サレンダー、ディア」は、コロンビア時代のアルバム『ジ・エレクトリファイイング・アリーサ・フランクリン』収録。 6/8拍子のリズム伴奏とストリングスに乗せてアリーサが愛を告白してくれているのだが、これはイマイチ面白くないような気がする。ジャズ歌手がよくやるスタンダード・ソングやブルーズをたくさんやったコロンビア時代のアリーサが好きな僕が聴いても、どうもちょっとなあと思う。だいたいアリーサは、気高く近寄りがたいように振舞ってくれているときのほうが素晴らしく聴こえる歌手なんだから、こういった曲はう〜ん…。
よりみち終り。ジャズ界のセロニアス・モンクに話を戻す。上で触れたような、モンクのある種の(いい意味での)古くささが、1964年のコロンビア盤『ソロ・モンク』にはよく表現されていると僕は思うんだ。だいたいねえ、このアルバム、オリジナル LP 収録の12曲がぜんぶラヴ・ソング、それもだいたいすべて女性に愛を告白したり称えたりなど、そんな曲ばかりで、しかもオリジナル・コンポジションがすごく多い音楽家であるにもかかわらず、カヴァー・ソングのほうをたくさんやっていて、それもですね、「アイ・サレンダー、ディア」みたいな、モダン・ジャズ・メンがほぼやらないオールド・スタンダードがかなり多いんだよね。

『ソロ・モンク』現行 CD には九つのボーナス・トラックが附属するのだが、LP 収録曲の別テイクとかはどうでもいいからそれを外すと、「ダーン・ザット・ドリーム」だけというに近い状態になる。このマイルズ・デイヴィスも『クールの誕生』になった録音セッションでとりあげた曲は、ちょっとひどい失恋歌なんだよね。これは『ソロ・モンク』のなかでは、やや例外的。レコード収録曲のなかにも「エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー」みたいなトーチ・ソングがありはするけれど。「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」もあるが、これは失った古い恋を想い出してシンミリしている内容だから、ちょっとフィーリングが違うよね。

これら以外は、文字どおりすべてが女性を賛美したり、愛を告白したりする曲ばかりで、しかも古い曲が多い。「ダイナ」(あぁ、日本ではディック・ミネが得意にしたこの曲を、モダン・ジャズ・ピアニストの演奏で聴けるなんて!)、「アイム・コンフェシン」「アイ・ハドゥント・エニイワン・ティル・ユー」「アイ・シュッド・ケア」など。モンク自身のオリジナル・ピースでも「ルビー、マイ・ディア」などは典型的な女性賛美曲。

しかもそれらの曲をピアノ一台だけでやるモンクの弾き方が、これまたモダン・ジャズふうではない。ハーモニー感覚だけは現代的だったモンクで、実際ビ・バッパーが使うようなコードをよく使うが、デューク・エリントンなんかはそれをもっとずっと前から使っていたわけだしなあ。和音の使いかた以外のピアノ・スタイルは、まったくどこもモダンではなく、1920年代あたりのジャズ・ピアニストと同質であるモンクの、そんなありようが、1964年コロンビア盤『ソロ・モンク』ではよく分る。

最初のほうで「アイ・サレンダー、ディア」だけ音源をご紹介したけれど、ほかにも例えば「アイム・コンフェシン」。これもサッチモとかライオネル・ハンプトンとかがやっているが、曲じたいが古いからというんじゃなく、この弾き方、演奏感覚は完璧にオールド・クラシック・ジャズのものじゃないか。可愛くて、ユーモラス、ちょっと滑稽で、「君のことを愛しているって、いま、僕は告白しているんだよ」という台詞を、かなり下手くそにしか言えない男がやっているみたいなピアノの弾き方だ。
「アイ・サレンダー、ディア」でも「アイム・コンフェシン」でも、左手で低音部を弾くベース・ノートの入れかたに注目してほしい。こういうふうに左手でベース・ノートを弾く、というか置くようなスタイルは、1920年代のストライド・ピアノと、そこから出発して独自スタイルを確立した<父>アール・ハインズや、ハインズの影響下にあった、例えばテディ・ウィルスンあたりまでは残っていた。典型的ビ・バップ・ピアニスト、バド・パウエルでこれが消えちゃったんだよね。

「ダイナ」とか、あるいはこっちはモンクのオリジナルである「ノース・オヴ・ザ・サンセット」あたりだと、ジャズ・ピアニストとしてのモンクの、そんなクラシカル・スタイルが非常にクッキリと分る。あまりにクッキリしすぎているくらいなので、モダン・ジャズ愛好家にはイマイチな評判になってしまうかも。
モンクのオリジナル・コンポジションのなかでも代表的な一つ「ルビー、マイ・ディア」は、モンク自身、ホーン奏者(たいていいつもテナー・サックス)を加えてなんども繰返し演奏し、公式に録音もされ、いくつか聴ける。リヴァーサイド盤『モンクス・ミュージック』収録のヴァージョンでは、コールマン・ホーキンスの美しいバラード吹奏が聴けた。それも大変に素晴らしい。
『ソロ・モンク』ヴァージョンの「ルビー、マイ・ディア」でも曲の流れと和音構成はまったく変わっていないが、上で書いたようなコン、コンっていう左手のベース・ノート置きを、それもあたかも素人ピアニストがやっているかのように、わざとやや不細工に弾き、それでもって曲の持つスウィートなフィーリングを適度に和らげて、甘さ、ロマンティシズムに流れすぎず過剰にならない程度の、ちょうどいい感情表現がうまくできていると思うんだよね。

2017/09/23

ナイルの詩とナイルの調べ

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JVC(ビクター)のシリーズと並び、世界の音楽をシリーズでたくさん出しているキング・レコード。キングのばあい、あれだけどんどんリリースし続け、そのカタログを維持し続けることができるのは、AKB48が売れまくって稼いでくれているおかげでもあるんだよね。正確には系統の You, Be Cool! レーベルだけど、キングのワールド・ミュージック・シリーズの恩恵に浴している音楽リスナーは、AKB48のことも頭の片隅に置いてくれてもいいんじゃないかなあ。

いきなり余談から入ってしまったが、キングのシリーズのなかから今日は『エジプトの古典音楽と近代歌謡』CD 二枚組の話をしたい。二枚の構成は、一枚目がエジプト近代歌謡篇で、オープニング曲を除きすべてヴォーカル・ナンバー。二枚目がエジプト古典音楽篇で全編インストルメンタル演奏。それも四曲すべて、それぞれ一つの楽器の独奏だ。

楽器独奏が四つ並ぶ二枚目も面白い。四つといっても、うち二つがカーヌーン独奏(ホッサーム・アブドル・ラフマン)だから、楽器は三種類。ほかの二つはナーイ(ネイ)とウードの独奏だ。まあはっきり言ってしまうと、この二枚目はアラブ音楽探究派以外にはあまり面白く聴こえないだろうと思う。僕は面白く聴けるが、一個の楽器独奏で、しかも延々と一個のタクシームが続くマカームで、実に淡々としていて、地味なんてもんじゃないほど地味だ。アラブ音階を学ぶには好適だが、ふつうはそんなものちょっとねえ。

それでも二枚目三曲目の「マカーム・クルド(ウード独奏)」は、単純に聴いて楽しむ演奏としても素晴らしい。ウード奏者サイード・フセインの素晴らしい技巧が最高に発揮されていて、めくるめくキラメキがあり、実に細かい高速のフレーズを正確きわまりない指さばきで弾きこなす。特に後半部での盛り上がりかたには、聴いている僕まで興奮してくるほどすごいものがある。20分以上もあるが、まったく飽きず最後まで聴ける。

がしかし、これを除く二枚目のほかの三曲は、特にアラブ音楽を追求するわけではないふつうのリスナーのみなさんには退屈に響くかもしれない。一個の楽器独奏だからかもしれないが、なぜだか音量も小さい。一枚目を聴くのにちょうどいいヴォリューム位置で二枚目に入ると、つまみを廻す(or スライダーを動かす)ことをしないといけないのだ。 だからこれ以上話はせず、ほぼすべてが歌入りである一枚目の話だけをしたい。

『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目は、すべてエジプト国立アラブ音楽アンサンブルによる演唱となっているが、だれがどの楽器と歌をやっているとの記載もないし、そもそもなんの楽器奏者と歌手がどれだけ使われているかもまったく記載なし。だが、聴いた感じ、けっこうな大編成のようだ。とにかくヴォーカル・パートは、一人の歌手の単独歌唱が出る部分も少しあるが、基本的に大人数コーラスだ。ホント書いておいてほしかったが、とにかく10人未満程度の人数には聴こえない。相当なマス・クワイアだ。

伴奏の楽器編成も、まあホント分らないのだが、こっちはさほどの大編成でもないように聴こえる。上で書いた二枚目で、それぞれ単独で演奏するカーヌーン、ナーイ、ウード(がそれぞれ複数台かもしれない)、それにくわえ複数の打楽器が参加している。さらにヴァイオリンなど西洋弦楽器も聴こえる。これは当然だ。エジプトにも、おそらく英国の植民地だった時代からなのか、西洋クラシック音楽の様々な要素が取り込まれた。種々の洋楽器も積極的に活用しながら、基本の土台はアラブ古典音楽に置きながら、その延長線上に近代アラブ歌謡が誕生した。

そんな近代アラブ歌謡の旗手が、以前僕も触れたエジプトのサイード・ダルウィーシュで、またその後1930年代頭ごろ?、同国で体系化されたアラブ音楽を背負って立ち時代を代表し頂点に立った稀代の天才女性歌手がウム・クルスームだ。ダルウィーシュ、ウム、そしてまた、例えばムハンマド・アブドゥル・ワッハーブや、またフェイルーズなどのスターたちが輩出し、アラブ近代歌謡は花盛りとなった。

エジプト国立アラブ音楽アンサンブルが演唱する『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目には、上の段落で書いたすべての音楽家の曲が登場する。書いたように一曲目が露払い的なインストルメンタル・ナンバーだが、二曲目「ムニャティー・アッズ・イスティバーリー(待ちきれない)」、三曲目「オグニヤト・アッ・シャイターン(魔王の歌)」、八曲目「ヤー・バフガト・ッ・ローホ(有頂天)」がサイード・ダルウィーシュの作品、四曲目「サカナ・エッ・レイル(夜のしじま)」がフェイルーズのレパートリー、五曲目「マダーム・トゥヘッブ(愛しているなら)」、七曲目「ハカーブル・ボクラ(あした会います)」がウム・クルスームのレパートリー、九曲目「ハムサ・ハーエラ(絶えざるささやき)」、十一曲目「ガザル・バナート(恋のからかい)」がムハンマド・アブドゥル・ワッハーブの作品。

どれも美しくて言葉がないのだが、いちばん僕が感じることは、アラブ(系)の音楽ではだいたいいつもそうなんだけど、旋律美なんだよね。華麗で繊細で眩惑的な美しいメロディを歌手や楽器奏者がやっているのを聴くだけで、僕は快感なんだよね。エキゾティックな感触を抱いているだけだろう?ブルー・ノート・スケールを聴いてもそんな感想は浮かんでこないだろう?と言われそうだが、僕にとってはどっちも同種の興奮、同種の快感だ。

『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目では、特にコーラスで歌う女性たちの声と歌い方が素晴らしい。それが男性ヴォーカルと入り混じったりする瞬間のスリルとか、前奏や間奏などあいまあいまに楽器だけの演奏パートがはさんであって(これはアラブ音楽だと現代大衆歌謡でも同じ)、それが終ると再び歌いはじめる瞬間に、背筋がゾクゾクするほど気持イイ。

こんなスリルや快感は、フェイルーズその他たくさんいる現代アラブ歌謡歌手で味わえるのは言うまでもないが、例えば ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)や、シャアビをやるときのグナーワ・ディフュジオンや、やはりシャアビふうにシャンソンを料理するときの HK など、こっちもたくさんいるモダンなミクスチャー・バンドにもしっかりと受け継がれていて、同種のものを味わうことができるんだよね。

私見ではたぶんウム・クルスームあたりで完成され築かれた現代アラブ歌謡の壮大な音楽遺産。いまなお、そんな遺産がエジプトはじめアラブ各国で愛されているようだし、現代的なミクスチャー・ポップ・ミュージックもそれなくしては成り立たなかった。がしかしウムでもフェイルーズでも、本格的にちょっと聴いてみようというのが気後れするような部分があるのかもしれないし、そもそもアラブの古典音楽と近代歌謡の関係と成立、そしてちょっとどんなものなのか、その世界を覗いてみたいだけっていう人も多いかもしれないよね。

イスラム教徒が多い中東アラブ圏については、アメリカなんかでもなんたって例の9.11以来、ひどい偏見と差別にさらされるようになっているし、フランスやヨーロッパ各国では、それと関係あるのかないのか、以前から北アフリカ地域やトルコなどから来ている人たちが、やはり差別的な扱いを受けたり、またここ日本でも近年、某「イスラム国」のせいかどうか、中東アラブ圏に対し風当たりが強くなっている。

そんなときは、中東アラブ圏のイスラム教徒たちってこんなにも美しく素晴らしい音楽をやるんだぜと、少なくとも僕はそれを聴いて、心の安寧を保ち気持を落ち着けることにしている。特にここ数年ね。みなさんもどうですか?さしたる理由なくなんらかの反感を抱く前に、なんらかの文化に触れて少しでも理解しようと、ちょっとアラブ音楽でも聴いてみませんか?エジプトはアラブ音楽のメッカだったから、キング盤『エジプトの古典音楽と近代歌謡』なんか、格好の二枚組だと思いますよ。

2017/09/22

マイルズ『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』

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五週連続のマイルズ・デイヴィス、”アナザー”・シリーズ。マイルズが完全にトチ狂っていた1969〜75年で繰り広げてまいりましたが、本日とうとう最終回とあいなりました。さぞや名残惜しかろう…、なんていうような部分はおそらくみなさんにはぜんぜんなく、あぁ、ようやく終ってくれるのか、清々するぞというのが正直なところであろうと推察いたします。

がしか〜し、たった五回のシリーズであります。これが終っても、僕のマイルズ探求は命ある限り続くはずなので、また来週からも毎金曜日、マイルズ関連を書いてはアップしていくつもり。お目障りな方はどうぞ無視してほしい。興味のある記事だけ読んでいただければ、それで僕は十分幸せ。

『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』も、先週同様、2007年リリースの『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』から音源をとってあるが、今週はすべて1973年以後75年までのものだ。このボックスで言えば3〜6枚目。プレイリストは、やはり元の『ゲット・アップ・ウィズ・イット』みたいに CD で二枚組という体裁を、不要とは思いつつ、採用した。

CD1

1, Big Fun / Holly-wuud (take 3)
2. Mtume (take 11)
3. Hip-Skip
4. What They Do
(total 45 min)

CD2

1. Big Fun
2. Holly-wuud
3. Mr. Foster
4. Peace
5. The Hen
6. Minnie
(total 45 min)

以下、録音データ。場所はすべてニュー・ヨーク・シティのコロンビア・スタジオ。

CD1

1. Recorded July 26, 1973

Miles Davis - trumpet, organ
Dave Liebman - soprano sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

2, Recorded October 7, 1974

Miles Davis - trumpet, organ
Sonny Furtune - soprano sax
Reggie Lucas - guitar
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - percussions
Pete Cosey - percussions

3. Recorded November 6, 1974

Miles Davis - trumpet, organ
Sonny Furtune - flute
Reggie Lucas - guitar
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Pete Cosey - drums
Mtume - congas

4. Recorded same date as 3

Miles Davis - organ, trumpet
Sonny Furtune - alto sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar, percussions
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foister - drums
Mtume - congas, percussions

CD2

1 & 2. Recorded July 26, 1973
Miles Davis - trumpet 
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

3. Recorded September 18, 1973

Miles Davis - organ, trumpet
Dave Liebman - tenor sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

4. Recorded July 26, 1973

Miles Davis - organ
Dave Liebman - flute
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

5. Recorded January 4, 1973

Miles Davis - trumpet, organ
Dave Liebman - soprano sax
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas

6. Recorded May 5, 1975

Miles Davis - trumpet
Sam Morriosn - tenor sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

この『ゲット・アップ・ウィズ・イット』期、というか正確には1973〜75年期のマイルズ・ミュージック。この音楽家の全生涯で僕が最も好きな時代なんだけど、たぶんみなさんはそうでもないんだよなあ。中山康樹さんや僕など熱心なマイルズ・マニアはだいたいここが大好きだし、それを熱心に語りすぎて他人には口うるさいしで、どなたもなにも言わない、言いにくいというような状況になっているのだということに違いない。

でも好きなものは好きなんだからしょうがないよなあ。自分の愛好だけは今後も熱心に語っていく。だがほかの人が口を挟みにくいような状況をつくってきてしまったのは僕たちの責任なので、この状況だけは少し改善しなくちゃね。特に熱心なマイルズ・マニアじゃないみなさんが、マイルズ・ミュージックのなにを聴いてどう考えてどう発言しようとも、少なくとも僕だけは、今後めんどうくさいことを言わないことにすると、ここに宣言する。

さて『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』になった、マイルズ1973〜75年のスタジオ音源。既発のものは CD2の1「ビッグ・ファン」と2「ハリ・ウード」だけだが、これとて73年に45回転シングル盤の AB 面となって公式発売されただけで、その後はまったく再発されず。どんな LP にも CD にも収録されず、ブートレグでなら聴けたが、公式には2007年の『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』の六枚目ラストに連続収録されたのが初で、いまでもそれが唯一。
こんなのオカシイよなあ。こんなにカッコよくて、しかも軽やかで、爽やかな風がサッと吹き抜けるようなファンク・ミュージックなんて、マイルズといわずだれといわず、ほかになかなかないのになあ。この二曲についての僕の思いは、以前、あらかた書き尽くしたので、こちらをご覧いただきたい。
これら二曲のシングル・チューンこそが、僕にとっては、1973〜75年のマイルズ・スタジオ録音で最高傑作だ。だから上記プレイリストでは、CD1のトップに、それらの元音源である編集前の「「ビッグ・ファン/ハリ・ウード(テイク3)」を置き、CD2のトップに二つのシングル・ヴァージョンを置いた。編集前のテイク3はこれ。
CD1の2「エムトゥーメ(テイク11)」は、オリジナルの別のテイクからもっと長めに編集されたものが、1974年リリースの『ゲット・アップ・ウィズ・イット』二枚目に収録されていた。演奏の基本パターンは同じだが、テイク11のほうがグッと引き締り、実際、演奏時間も短めだし、こっちのほうが出来がいいように僕は思うんだけどね。後半部のマイルズのソロ云々よりも、リズム・セクションの演奏が緻密でイイ。
CD1の3「ヒップ・スキップ」では、なぜだかドラム・セットをピート・コージーが叩いている。それはいいが、冒頭からしばらくのあいだ鳴っているファットな感じのシンセサイザー音みたいなのはなんだろう?マイルズが弾くオルガンの音を歪めてあるのか、あるいはドミニク・ゴーモンがギターに深いエフェクターを効かせているかのどっちかじゃないかと思うんだけど、やはりどうも判然としない。ここでもトランペット演奏云々よりもリズム・セクションだよね、聴くべきは。ソニー・フォーチュンもフルートだからいいと思う。
CD1の4「ワット・ゼイ・ドゥー」は、1975年あたりならライヴ・ステージでよくこういう演奏を繰り広げていたという典型例。スタジオ録音では、しかしこれだけなんだよね。いきなりピート・コージーが弾くブルージーなハード・ロックふうギター・ソロもカッコイイが、リズムのストップ&ゴーもなかなか快感だ。そのストップしているあいだにはエムトゥーメのコンガが気持ちよく入る。まさに『アガルタ』『パンゲア』っぽいじゃないか。この曲ではギターが三本聴こえるが(三本ってのはこの曲だけだと思う)、深めにファズを効かせてソロを弾きまくっているのがコージーだろうと判断した。ボスが後半部でちょろっとトランペットを吹くものの、それ以外はまったくなにも音を出していない。がしかし「演奏に参加していない」とは言えないだろう。
CD2に行って1と2の「ビッグ・ファン」「ハリ・ウード」については上で書いたので割愛。リンク先をご覧あれ。3の「ミスター・フォスター」という曲題はドラマーへの言及だろうが、実際の演奏で目立っているのはデイヴ・リーブマンのテナー・サックス。実際、このマイナー調の曲は1974年からライヴ・ステージで定番曲となり、「フォー・デイヴ」と(ブートでは)題されるようになった。75年になると、ソニー・フォーチュンがフルートで吹くようになる。
CD2の4「ピース」では、マイクル・ヘンダスンのエレベにエフェクターがかかっていてずいぶん歪めた音でリフを弾くが、しかし曲想はまったくゴリゴリ・ファンクではない。どっちかというと静かで美しいナンバー。デイヴ・リーブマンのフルートが聴きもので、これも『アガルタ』『パンゲア』のそれぞれ二枚目っぽいよなあ。
CD2の5「ザ・ヘン」は1973年1月4日録音で、この一曲がシタール奏者とタブラ奏者を起用したラストで、さらに1984年までにボス以外の鍵盤奏者を起用したラスト録音になる。そのせいで、この『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』のなかではやや異質なサウンドを持っているが、カッコイイもんなあ。これを選ばないわけにはいかないよ。冒頭のエレキ・ギター、いいよね。後半部のボスのトランペット・ソロは、まあなんというかその〜、あれだ…。
CD2ラストの6「ミニー」という、人気女性歌手ミニー・リパートンに言及した曲題のこれは、以前も触れたがポップでスウィートなラテン・ファンク。1974年の公式盤『ゲット・アップ・ウィズ・イット』一枚目 B 面トップの「マイーシャ」の系列だけど、「ミニー」のほうが聴きやすくてイイネ。こんな甘くてポップなものが、75年のマイルズ・ミュージックのなかにもすでにあったんだよね。トランペット・ソロなしなのもいい。しかもこれ、かなりアレンジされているよなあ。

2017/09/21

濃密にセクシーなザッパのクラシカル・ピース

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フランク・ザッパ生前のラスト・リリース作品である1993年『ザ・イエロー・シャーク』。いままで一度軽く触れただけで書いてこなかったのは、完全に守備範囲外のもの(西洋クラシック音楽)だからなんだけど、不案内な守備範囲外のものは書かないなんて言っていると、僕のばあいマイルズ・デイヴィスについてしか書けなくなってしまう(え?そうしろって?)。

それにまた、これは不案内で慣れない分野だけどちょっとトライだけしてみようと思い書いてみて、しかしこんなものでいいのか?とまったく自信なく心配気におそるおそる公開したものが、あんがい共感を呼んだりした(例えばマクピーク・ファミリーの記事など)経験もあるので、クラシック音楽だからかなり心配ではあるけれど、ザッパの『ザ・イエロー・シャーク』について書いておこう。だって、これ、僕、大好きなんだ。

クラシック音楽だと繰返してはいるが、ザッパのクラシカルな管弦楽作品のばあい、そればかりだとは言い切れない面もある。確かにイーゴリ・ストラヴィンスキー(特に「春の祭典」)やエドガー・ヴァレーズなどからの影響が濃いものの、それはアメリカン・ブラック・ミュージック要素と完全分離しているのではなく、いろんな作品のなかに渾然一体となって溶け込んでいて、その様子はロック(など大衆音楽)作品とクラシック音楽作品の両方で聴くことができる。

ザッパのいわゆるシリアス・ミュージック路線の作品のなかでは『ザ・イエロー・シャーク』が最高傑作に違いない。最大の理由はアンサンブル・モデルンの演奏能力だ。ザッパの書く難度の高い譜面を作者の満足のいくように演奏しこなすことは、だれにとってもなかなか大変なことらしく、実際、アンサンブル・モデルンと出会う前のオーケストラ作品には、ザッパ本人は満足していなかったらしい。そんなせいもあって譜面をそのまま自動演奏できるシンクラヴィアを使うようになったのかもしれないよなあ。

こんなことを踏まえると、『ザ・イエロー・シャーク』で聴ける、ドイツの室内楽集団アンサンブル・モデルンの演奏能力は驚異的だ。どれほど驚異的かはアルバム・ラストに収録されている一曲「G・スポット・トルネード」を聴くだけでも分る。まさかこれを人力演奏で聴く日が来ようとは、ザッパ本人だって想像していなかったかもしれない。1986年の『ジャズ・フロム・ヘル』収録のものが初演だが、それはやはりシンクラヴィアを使ったものだった。

ザッパ本人は、『ザ・イエロー・シャーク』になったライヴ・コンサート(三回かな?)について、「100%ではなかった」と言ったらしいのだが、それでもここまで完璧に近い、というか僕の耳にはまったく完璧な演奏を、ザッパの難譜面でやりこなしているわけだから、アンサンブル・モデルンの演奏能力には脱帽するしかない。そしてそんな高度な能力を持つ演奏集団のおかげで、フランク・ザッパという人物のコンポーザーとしてのスケールの大きさが自ずと立ち上がり、この生前ラスト作品以前に61枚あるどのアルバムよりも、曲を書く人物としての存在感が際立って素晴らしく輝いている。

『ザ・イエロー・シャーク』収録の18曲(1トラック目はスポークン・イントロダクション)には、上記「G・スポット・トルネード」以外にも過去曲がたくさん含まれている。3、4トラック目の『アンクル・ミート』からのメドレー、7トラック目の「ザ・ガール・イン・ザ・マグネシウム・ドレス」は『パーフェクト・ストレンジャー』から、8トラック目の「ビ・バップ・タンゴ」はお馴染『ロキシー&エルスウェア』の収録曲、16トラック目の「パウンド・フォー・ア・ブラウン」は『アンクル・ミート』収録が初演で、その他『ザッパ・イン・ニュー・ヨーク』など。17トラック目の「エクササイズ #4」も『アンクル・ミート』から。

これら以外は書き下ろしの新曲なんだろう。ビックリするのは、例えば『アンクル・ミート』は、ルイ・ルイ」とかもやっている1969年のアルバムであって、ロック・バンドであるマザーズの作品なんだよね。いやあ『ザ・イエロー・シャーク』にさすがに「ルイ・ルイ」はないでしょっ?!って言われそうだけど、あんがいあるかもしれないぞ。「ビ・バップ・タンゴ」だってそんなものだしなあ。人力演奏不可能だった「G・スポット・トルネード」含め、それらぜんぶポップなコマーシャル・チューンだ。

それらと、最初からクラシカルな室内楽演奏を想定して作曲されたほかの曲群がふつうに並び、なんらの違和感もなくスムースに聴こえるし、ロック・バンド形式でやったような曲でも、まったくのクラシカル・ピースに聴こえるし、その逆にクラシカルな室内楽演奏のはずがポップに響いたりもして、つまりザッパの書くスコアには、もともと最初からそれら両者の区別、境目はないんだよなと『ザ・イエロー・シャーク』では実感できるんだよね。

2、3トラック目の『アンクル・ミート』からのメドレーでは、最初突っかかるようなリズムでブラス群と打楽器がヨタヨタしているなと思っていると、木管群が柔らかくスムースに入ってくる。少ししてトランペット・セクションがキラキラした音でパッと広がる瞬間は快感だ。もっともこのメドレーのアレンジはザッパ本人ではなく、アリ・N ・アスキンみたいだ。

これの次の4トラック目「アウトレイジ・アット・ヴァルデス」は、『ザ・イエロー・シャーク』のなかで僕がいちばん好きな曲。なんでも社会派なモチーフらしいものだけど、僕はたんになんて美しいメロディとアンサンブルなんだと、毎回聴くたびにため息をもらすだけ。この曲、管楽器が出る前に、かなり小さい音でシェイカーが鳴っているのだが、通常の聴きかたではほとんど分らないだろう。そこも好きなんだが、やはりホーンが出てからの、物悲しいようなあまりの美しさに息を飲む。しかもポップだ。

ポップな断片はその後も随所にあって、5トラック目「タイムズ・ビーチ  III」、6トラック目「III リヴァイズド」のなかでも聴ける。前者は1970年の『いたち野郎』(Weasels Ripped My Flesh)収録の「ジ・エリック・ドルフィー・メモリアル・バーベキュー」に相通ずるような部分もあって面白い。「タイムズ・ビーチ  III」のほうは、完全記譜音楽なのにスポンティニアスな即興演奏に聴こえるのが、ザッパがコンポーザーとして秀でている証拠だ。

10トラック目「ナン・オヴ・ジ・アバヴ」〜13トラック目「タイムズ・ビーチ III」で一つ、14「フッド・ギャザリング・イン・ポスト・インダストリアル・アメリカ 1992」 &15「ウェルカム・トゥ・ザ・ユナイティッド・ステイツ」で一つ、16「パウンド・フォー・ア・ブラウン」〜18「ゲット・ワイティ」で一つ、と、これらは三つそれぞれノン・ストップで聴くべき流れ。

アメリカン・ブラス・バンド・ミュージックではじまる15「ウェルカム・トゥ・ザ・ユナイティッド・ステイツ」では、その後、例によって寸劇みたいな展開になって、どんな種類の音楽でもいつものザッパお得意のパターンだが、後半部でキューバン・ミュージックが出てくるのも興味深い。しかもこれはアメリカ入国の税関に掲げてあるあのカードをそのまま歌詞?にしただけのものなんだよね。あれをここまで音楽的にできる人間もいないだろう。

三つ目の16「パウンド・フォー・ア・ブラウン」〜18「ゲット・ワイティ」が、そしてあまりにも美しい。個人的には「アウトレイジ・アット・ヴァルデス」がアルバム中いちばん好きだけど、アルバム『ザ・イエロー・シャーク』のクライマックスはふつうここだろう。素朴で綺麗なフレーズやモチーフが続々と登場し、ハッと心臓が止まりそうになる瞬間だってある。特に18「ゲット・ワイティ」は静謐で美しいことこの上ない作品だ。

18「ゲット・ワイティ」こそが天上のメロディとアンサンブルだから、これの次のアルバム・ラスト「G・スポット・トルネード」は、いわばアンコール的しめくくりのようなもの。『ザ・イエロー・シャーク』全編で言えることだけど、たんに複雑難解な譜面を正確に演奏して、ザッパのコンポーザーとしての物凄さが分るというだけではない。その実、シンプルに美しく、また官能的だ。濃密にセクシーであるというのがザッパ・ミュージック最大の特長で、それがクッキリ表現されているのもまた、アンサンブル・モデルンの演奏力の高さだろう。

2017/09/20

ポリリズミックなアトーナル・ブルーズ 〜 ビーフハートの『トラウト・マスク・レプリカ』

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フリー・ジャズ好き&カントリー・ブルーズ好きにはけっこう聴きやすい面だって あるかもしれない、キャプテン・ビーフハートの1969年盤『トラウト・マスク・レプリカ』。どうしてかって、このアルバムは大半がアトーナル・ブルーズなんだろうと思うからだ。生のままの、しかしそれでもかなり抽象化された無調のカントリー・ブルーズ。ってことはつまりフリー・ジャズじゅないか。そして一部のアフリカ音楽にも近いように感じるときがある。

『トラウト・マスク・レプリカ』がアフリカ的だというのは、主にそのポリリズミックなありように僕は感じるんだよね。以前、ローリング・ストーンズの「ダンス」(1980年『エモーショナル・レスキュー』)について書いたのと同じようなことが、『トラウト・マスク・レプリカ』の大半の曲に当てはまる。演奏とヴォーカルのすべてのパートが異なったリズム・フィギャーをとりながらそのまま並んで同時進行し、さらに調性的にもやはり異なったまま同時並行。だから、ちょっと聴いた感じものすごく難解な音楽に聴こえる、というかそもそもこれは音楽なのか?という疑問すら抱くかもしれない。

『トラウト・マスク・レプリカ』ほどアメリカ大衆音楽でポリリズミックかつアトーナルな演奏を、それもアルバム全編にわたって繰り広げているものはないから、異形のものだとされて、しかも褒められかたがこれまた異様にものすごく、なんだかとんでもない超大傑作だとかいう持ち上げられようなんだけど、アメリカ内でも南部の一部のカントリー・ブルーズには同質のものがあるし、アフリカやヨーロッパに目を向けたらそんなに物珍しいマスターピースでもない。

しかも『トラウト・マスク・レプリカ』のばあい、一曲一曲がぜんぜん長くない。全28トラックが、いちばん長いものでも17トラック目の「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」の 5:18。ほかに4分台のものがちらほらあるが、あとは3分もないものばかりがどんどん流れてくる。長めの曲でも複数パートを組み合わせてそうなっているだけだから、結局一個一個のピースはぜんぶ短いものばかり。

ところでその「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」なんかはまだ相当分りやすいんじゃないだろうか?まあノリやすい定常ビートらしきものが、特にドラミングに、この曲だけでなくアルバムのほとんどの曲で存在しないから、とっつきにくいかもしれないが、エレキ・ギターが短いパッセージを延々と反復し、ほかの楽器はそれを聴きながら、それに合わせるでもなく別のパターンを演奏し(でもときどき合わせている)、その上にビーフハートがハウリン・ウルフみたいなあの塩辛いダミ声でブルーズ・シャウトを乗せて、そのあいまにサックスでフリーキー・トーンをブロウしているというもの。
実際、演奏しやすいらしく、しばらくのあいだライヴでも披露していたみたいだ。YouTube で検索すると、1970年代初頭あたりのライヴが数個見つかった。この「ウェン・ビッグ・ジョーン・セッツ・アップ」もアトーナル・ブルーズだけど、でもワン・コードで合わせているように聴こえる部分もあって、リズムも複合的でありながら、同一パターンに一斉に乗っかっているように聴こえる部分もある。特にドラマーがシンバルを叩くタイミングは完全にエレキ・ギターのシングル・トーン・リフを聴いて、そのタイミングにピッタリ合わせているよね。

ビーフハートの吹く各種サックスも、フリー・ジャズ好き、あるいはフリーではないがエリック・ドルフィーのフリーキー・トーンを聴き慣れている(人はかなり多いはず)ならば、そんなに珍しがることも難解に感じることもない。オーネット・コールマンみたいにフリー・ジャズの旗手とされながら、その実、モーダルであることの多い人みたいな明快さはビーフハートにはないが、以前書いたようにアルバート・アイラーが最初から分りやすかった僕としては、その後出会ったビーフハートのサックスはぜんぜんどうってことはない。

僕が『トラウト・マスク・レプリカ』でいちばん分りくいと感じる部分は、ボスのヴォーカル&ナレイション、特に後者なんだよね。特に楽器伴奏なしでただしゃべっているだけ、それもさほど抑揚もなくリズミカルでもなく、音楽的なしゃべりに感じないものはちょっと苦手かも。そういえばフランク・ザッパにも、アルバム一枚が丸ごとぜんぶそうであるような作品があったよなあ。なんだっけ(^_^;;。あれはもう一回聴こうという気にいまのところはなれない。僕が熱心なザッパ信者じゃないせいかもしれないが。

そういう無伴奏ナレイション・トラックじゃないものでも、『トラウト・マスク・レプリカ』でのビーフハートの歌いかたはメロディアスではない。ふつうのいわゆる歌には聴こえないのだが、この人のばあい、ヴォーカルだけは前からそうだ。デビュー・アルバム『セイフ・アズ・ミルク』でもヴォーカルはそうだったじゃないか。ただ、バンドの演奏がきわめて明快なデルタ〜シカゴ・スタイルのブルーズで定常ビートも刻んでいたから聴きやすいものだったのだが、『トラウト・マスク・レプリカ』でもその基本は変わっていない。そこからちょっと、いや、かなり、抽象化しているだけだ。

明快なブルーズだって『トラウト・マスク・レプリカ』に一曲だけとはいえあるもんね。11曲目の「チャイナ・ピッグ」。もろ南部風、というかデルタ・ブルーズそのまんまで、このアルバムのなかにこんなに典型的で従来形式にのっとった演奏があるのが不思議なくらい、だれでも分るカントリー・ブルーズ。弾き語りではなく、ギターは(バンド・メンバーではない)ダグ・ムーンが弾いている。
これほどモロそのまんまな明快さではないものの、アメリカ音楽に前からあるような従来路線を利用したような曲はほかにもあって、例えば6曲目の「ムーンライト・オン・ヴァーモント」(あの有名スタンダードの曲名もじりか?)、9曲目「スウィート・スウィート・バルブズ」、12曲目「マイ・ヒューマン・ゲッツ・ミー・ブルーズ」、13l曲目「ダリズ・カー」、19曲目「シュガー・ン・スパイクス」 、25曲目「ザ・ブリンプ(マウストラプリプリカ)」、そしてラスト28曲目「ヴェテランズ・デイ・パピー」あたりがそう。

特に25曲目「ザ・ブリンプ(マウストラプリプリカ)」なんか、わりとポップでファンキーだもんなあ。リズムも明快(でもポリリズミックではある)。冒頭からリズム・セクション(ドラムス&ベー&ギター)が一定のリズミカルなパターンを反復するのだが、ボスらしきものはヴォーカルもサックスもなし。だれかの声が乗っている(女性?)が、ファンキーな、ほぼインストルメンタル演奏だ。
ラスト28曲目「ヴェテランズ・デイ・パピー」(退役軍人の日のポピーってどういうことだろう^^;;?)なんか、スウィートなフィーリングすらあるもんね。特に約2分目あたりからエレキ・ギターが弾くパターンが甘くてメロウな感じだ。ポリリズミックであるがアトーナルではない。『トラウト・マスク・レプリカ』の全体は、ひたすらハードでハーシュでパンクに突き進んでいたかのように聴こえるから、70分目ごろのラストでこういう演奏が来るのは意外でもあるが、締めくくりのスウィーツとしてはなかなかいいんじゃない?

2017/09/19

プロデューサーズ

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ジャズ・ファンの一部には、あ、いや、こういう言い方はよくないな、僕だけかもしれないので僕のばあいはと言いなおすけれど、演奏家をあまりに著しく重視する一方で、(一部例外を除き)曲の作者やプロデューサーは軽視、というかほぼ無視する傾向があった。

うんまあ作曲者はそれでもかなり重視してはいたんだけどね。しかしそうはいっても、聴き手に届けるのは演奏家でしょ〜、演奏家がなにもしなかったらなにも起きないわけでしょ〜、それなのに、例えばクラシック音楽の世界とか、演奏家より作曲家のほうが上だ、偉いんだなんて、なんなの〜?とか思っていたことは事実だ。僕の場合ずいぶんと長いあいだ、演奏家最重視派だった。

これはジャズみたいなもので音楽の世界にどっぷりはまるようになったせいもあるんだろう。書かれた曲、つまりテーマ・メロディなんか、たんにコード進行を使うだけの素材でしかないばあいも多いし、というかモダン・ジャズならほぼぜんぶそうなんだし、なかには作曲部分がまったくなく、最初から最後まで丸ごと即興で組み立てられている演奏もけっこうあったりするじゃないか。だから演奏家第一優先になって、作者なんてどうでもいいんじゃないの?っていう、まあどうでもいいとは思っていなかったが、それに近い気分があったのは否めない。

作者についてすらそう考えていたんだから、演奏しないプロデューサーなんて、いったいぜんたいこのレコードでなにをやっている人なんだろう?はたしてなにかをやってんの?ってサッパリ分っていなかった。少数の例外を除き、レコード・ジャケット裏に記載されていた(と思うが記憶すらない)プロデューサー名なんか完全無視に近いというか、ほぼ一瞥もくれなかった。だってホントなにをやる人なのかぜんぜん分ってなかったんだもんね。

一部例外的プロデューサーの代表が、僕にとってはジョン・ハモンドとテオ・マセロ。この二名は音楽に具体的にどうかかわっているのかが、むかしの僕にもきわめて明快だった。ジョン・ハモンドのばあいは、レコード・プロデュースもさることながら、タレント・スカウト能力とか、発掘して契約させたり、またあるいは調整役とか、そんな部分だってかなりはっきりと見えていた。ベニー・グッドマン楽団1935年の爆発的大ブレイクはハモンドなくしてありえなかったのだと、大学生のころの僕でも知っていた。そんな部分だってもちろんプロデューサーの定義に含まれる。

狭義だと、僕にとってはテオ・マセロだ。テオのばあいは、やはり僕はマイルズ・デイヴィスをプロデュースした人物だと認識していて、演奏録音後のテープを切ったり貼ったりする人なんだという考えだった。これこそ僕にとってプロデューサーとしてレコードに名前が明記されている存在のうち、なにをやっているのかいちばん分りやすかった。だからある時期の僕は、レコード・プロデューサーのやる仕事とは、テープの切り貼り作業なのかと思ってたくらいだもんね。テオこそが僕にとっては音楽プロデューサーの典型というような感じだったなあ。

じゃあほかのプロデューサーたちはいったいなにをやっているんだろう?と思うと、むかし僕はまったく分っていなかったんだよね。例えばプレスティジのボブ・ワインストックにしろブルー・ノートのアルフレッド・ライオンにしろ、レーベル・オーナーも兼ねているインディペンデント系の人たちは、サウンドに携わるというんじゃなく、もっとこう、経済的、会社運営的立場でレコーディング・スタジオにもいるのだろうか?スタジオの手配を含む各種調整とかはやるんだろう?とか、なんだかその程度しか推測できていなくて。だから当然いわゆるレーベル・カラーみたいなものも意識せず。

でもブルー・ノート(アルフレッド・ライオン)やアトランティック(ジャズ部門はネスヒ・アーティガン)らと比較して、もっとぐっと新興の ECM(マンフレート・アイヒャー)なんかは、やっぱり音楽の傾向がなんだかちょっと(本当に当時はちょっとだけしか自覚できなかった)違うよなあとは感じていたが、それはレーベル・カラーとか、それの源泉になっているオーナー兼プロデューサーの音楽趣味志向とかによるものではなくって、たんに演奏しているジャズ・メンの資質の違いに由来するものだと信じ込んでいたもんね。

演奏家の資質によってできあがる作品の特色が決定づけられるという部分は、やっぱり大きいんだといまでも信じているのだが、そこにプロデューサーがどう入り込んでいるのかが、むかしは分っていなかった。ジャズのばあいだって、どのメンツでやるか人選して呼ぶ、どの曲をやるかチョイスするなんてのは当たり前だが(当の演奏家本人がこれをやることだって多い)、ときには曲を書いたりアレンジしたり、または楽器演奏の具体的な中身に踏み込んだり、歌手の場合は歌唱指導までしたり、その他サウンド・メイクの全般に深くかかわっているのだと分ってきたのは、僕の場合、わりと最近の話だ(^_^;。

例えば最近、僕は原田知世の歌にどんどん没入しつつあるのだが、っていうか、しつつあるというよりももはや完全に脱出不可能な次元にまでハマってしまっているが、彼女のばあい、近年の伊藤ゴローがプロデュースする作品では、同じ曲を歌ってもイメージが、というより音楽や曲そのものがガラリと変貌して、魅力がものすごく上昇している。とんでもなくチャーミングで美しく聴こえるもんね。聴こえるっていうか、実際マジで美しい。

「時をかける少女」っていう松任谷由実が書いた曲が、原田知世が1983年に同名の映画に主演して主題歌として自ら歌った有名なものなのは、僕だって以前からいちおう知ってはいた。長年封印していたらしいこの曲を、2007年の『music & me』のラスト12曲目で歌っている新ヴァージョン(それよりもっと新しいリメイク版が一つリリースされている)が、こりゃもうオリジナルとはぜんぜん違っている。『music & me』も伊藤ゴローがプロデュースしたアルバムなんだよね。

2007年『music & me』ヴァージョンの「時をかける少女」では、ナイロン弦ギターで完璧なるボサ・ノーヴァを演奏するのも伊藤ゴローだ。アレンジだってサウンド・メイクだって、原田知世にこう歌ってほしいというアドヴァイスだって彼がやっているはずだ。ギターも素晴らしいが、原田知世が故意にちょっと不安定気味にというか、わざとヘタクソ気味にというか、ノペ〜ッと平坦に歌ってボサ・ノーヴァ・ヴォーカルの典型を表現しているのは、プロデューサー伊藤ゴローによる歌唱指導だとしか思えない。
日本の音楽のなかで、縁あって最近知り合ったもののなかでは、こんな原田知世と伊藤ゴローのコンビは、歌手とプロデューサー(兼ギタリスト兼アレンジャー)の理想的関係の一つに思える。主役の女性歌手の美しさを最大限にまで引き出して極め、最高にチャーミングなヴォーカリストに仕立て上げ、同時にギタリストでありかつプロデューサーである自らの音世界をも表現できている。

『music & me』収録の「時をかける少女」を具体例に出したが、この2007年ヴァージョンは、今年のこないだ8月23日に発売された原田知世のベスト盤 CD『私の音楽 2007-2016』の冒頭にも収録されている。僕の大好きな『恋愛小説2 - 若葉のころ』の「September」も入っているし、全体の流れも考え抜かれているし、ぜんぶ伊藤ゴローの絶品アレンジ&プロデュースだしで、オススメ!

このベスト盤と、これより少し前にリリースされていた、代表作のリメイク・アルバム『音楽と私』(これに最新ヴァージョンの「時をかける少女」がある)とを聴きくらべ、またなにか書くことがあるだろう。

2017/09/18

レスター躍動す

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以前、猫ジャケというくくりでご紹介したエピック・イン・ジャズのシリーズ。
このときには書かなかったが、このシリーズ、猫ジャケであるデザインも中身の音楽も、すべて大学生当時から知ってはいたが、自分でレコードを買ったことがない。ほしくてたまらなかったのだが、僕が存在を知ったころにはすでに入手がかなり困難だった。買えなかったんだよね。ぜんぶジャズ喫茶で聴きジャケットも眺めていただけだ。あ、ご存知のようにジャズ喫茶では、いまかけているレコードとしてジャケットが見えるようにしてくれる。いまでもそうなの?煙草をやめてからは、ヤニ臭くなってしまう場所には足が向かなくなった。このジャズ喫茶観も時代錯誤?

そんなエピック・イン・ジャズ・シリーズのなかから、今日は『レスター・リープス・イン』のことを書いてみよう。タイトルどおりテナー・サックス奏者レスター・ヤングにスポットライトを当てた一枚だ。上記のような事情で自分ではレコード持っていなかったから、これを含め、エピック・イン・ジャズのシリーズは、すべて、リイシュー CD で揃えたのが自分で買って持った最初。でも A 面 B 面の切れ目がどこだったかは記憶がある。『レスター・リープス・イン』の場合は、CD 七曲目「レスター・リープス・イン」が B 面トップだったはず。

さてエピック盤ということは、レスターに限らずこのシリーズはすべてコロンビア系の音源なわけだけど、『レスター・リープス・イン』のばあい、収録の全12曲は1936、39、40年の録音だ(日本語解説文の岩浪洋三は、これを一ヶ所”わざと”間違えて、36年録音の三曲を39年と書いている)。しかし、レスター・ヤング名義のレコードは一つもない。当然ながらすべて当時のボス、カウント・ベイシー名義のビッグ・バンドかコンボ編成録音だ。

1936年と書くと、エッ?と思われるファンの方もいらっしゃるかも。36年のベイシー楽団はデッカと契約していたので、コロンビア系レーベル(『レスター・リープス・イン』収録曲のばあいぜんぶヴォキャリオン)に堂々と名前を出せるわけがない。だから36年録音はジョーンズ - スミス Inc というコンボ名でレコード発売されたのだが、メンツは全員ベイシー楽団からのピック・アップ・メンバー五人(どうしてだかギターのフレディ・グリーンが異例の不参加)で、だから完璧なるベイシー・コンボ。いまではベイシー名義のコロンビア録音集ボックスにだって収録されている。岩浪洋三が39年録音だと誤記したのが故意だと僕が判断するのは、36年と書いたらそれはデッカ時代だから、ファンがエッ?となるはずだと岩浪も想定したんだろうということ。

『レスター・リープス・イン』には、ベイシーのヴォキャリオン初録音である1936年11月9日の四曲から「イヴニング」を除く三つが、それもアルバム・ラストに収録されている。「シュー・シャイン・ボーイ」「オー、レイディ、ビー・グッド」「ブギ・ウギ(アイ・メイ・ビー・ロング)」。「ブギ・ウギ」(と未収録の「イヴニング」)では、ブルーズ歌手ジミー・ラッシングが歌っている。デッカにも録音があるし、ラッシングも戦後ヴァンガード盤で再演しているしで、お馴染のはず。

アルバム『レスター・リープス・イン』は、やはりいちおうはレスター・ヤングをフィーチャーしようとしたコンピレイションなので、そこに話を絞りたいが、1936年11月9日の三曲では、以前も触れた「シュー・シャイン・ボーイ」でのソロが圧倒的に素晴らしく leap in している。このセッション・デイトでの管楽器はカール・スミスのトランペットとレスターのテナーだけなので、ソロも長めで分りやすい。「オー、レイディ、ビー・グッド」でのテナー・ソロも文句なし。
アルバム・ラストに収録の「ブギ・ウギ」はジミー・ラッシング・ナンバーだが、これは8ビートのブルーズ・シャッフルなんだよね。8ビート・シャッフルは、むかしからデューク・エリントンその他みんなやるのだが、むかしのジャズのビートは2拍子か4拍子だってのはウソなんだよね。8ビート・シャッフルをやるのは、要は踊りやすいから。ベイシーの場合カンザス・シティ出身なわけだから、より一層そうなる。KC ジャズはダンス・ミュージックなんだもんね。
録音順に並び替えると次に来るのが、アルバム『レスター・リープス・イン』 CD だと六・七曲目と連続する「ディッキーズ・ドリーム」「レスター・リープス・イン」の二曲。カウント・ベイシーズ・カンザス・シティ・セヴン名義の六人編成による1939年9月5日ヴォキャリオン録音。39年でようやくボスの名前を出すことができた。しかしやはりフレディ・グリーンが不参加なんだなあ。ディッキーとは、このセッションにも参加のトロンボーン奏者ディッキー・ウェルズのこと。

この二曲では、やはり「レスター・リープス・イン」における主役のテナー・ソロがあまりにも素晴らしい。自在に躍動するブロウとはまさにこのことだ。この曲はジャム・セッションの素材になりやすいので、チャーリー・パーカーらもとりあげた。あっ、パーカーもカンザスの人間じゃないか。以前も書いたが、カンザスはサックス・タウンでもあるんだ。
録音順で次になるのが、アルバム『レスター・リープス・イン』ではトップに並ぶ五曲で、それらはカウント・ベイシー・オーケストラでの演奏。1939年3月19日(「ロック・ア・バイ・ベイシー」「タクシー・ワー・ダンス」)、39年4月4日(「ジャンプ・フォー・ミー」)、39年4月5日(「トゥウェルフス・ストリート・ラグ」)、39年8月4日(「クラップ・ハンズ!ヒア・カムズ・チャーリー」)。

それらはビッグ・バンド録音であるがゆえ、ソロも入れ替わり立ち替わりいろんな人が取って、テナー・サックスだけでもレスターだけじゃなくバディ・テイトも吹くし、アルトのアール・ウォーレンも吹くしで、レスターの名人芸にだけ集中しにくい面がある。しかも「ロック・ア・バイ・ベイシー」と「ジャンプ・フォー・ミー」ではレスターのソロはなし。

それでもソロ時間が短めだとはいえ、出てくると一聴でレスターだと分る独自スタイルがあるのはさすがだ。特に「タクシー・ワー・ダンス」「トゥウェルフス・ストリート・ラグ」ではメロディアスによく歌い、それでいながらよく跳ねる見事なソロを吹いている。「クラップ・ハンズ!ヒア・カムズ・チャーリー」では、最初アール・ウォーレンが短いアルト・サックス・ソロを吹くが、その後はずっとレスター一人が華麗に吹く。
残す二曲、CD だと八、九曲目の「ソング・オヴ・ジ・アイランズ」(1939年8月4日録音)「モーテン・スウィング」(40年8月28日録音)もカウント・ベイシー・ビッグ・バンドでの演奏。前者のアイランズとはハワイ諸島のことで、曲も元はハワイアン・ナンバーだが、それをスウィング・ジャズ化している(冒頭のバック・クレイトンのトランペットに、かすかなハワイアンの痕跡があるよね)。後者は KC ジャズ・アンセムなんだけど、残念ながらレスターのソロはなし。後半部のフル・バンド・スウィング怒涛の迫力を楽しんでほしい。

2017/09/17

僕はマンボ(マンボ No. 2)

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Unknown








昨日ああいった文章を書いたら、やっぱり我慢できなくなってベニー・モレー&ペレス・プラード共演集のディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』をなんどもなんども聴きまくってしまった。そうせずにおられないという麻薬的中毒性の高い音楽だよなあ、マンボって。それで昨日は、これについて書くのは先になるのだというような匂わせかたをしたけれど、もう今日書いてしまう。こんなこらえ性のない人間でゴメンナサイ。ベニー・モレー&ペレス・プラード、やっぱり最高の一枚だ。

さて、昨日触れようと思っていたのに書き忘れてしまったことを二つ、最初に。一つ、キューバのビッグ・バンド・ミュージックには、北米合衆国におけるジャズ・ビッグ・バンドの影響がかなりありそうだ。一つ、それにもかかわらずマンボはかなりアフリカ的な音楽だ。しかしこの二点は聴けばだれにでも分りそうなものだという気がするので、これ以後詳述しておく必要はないのかもしれない。

ディスコロヒア盤の解説文で田中勝則さんもお書きだが、『素晴らしき出会い』に収録されている、ベニー・モレーとペレス・プラードのメキシコでの共演録音は、すべてベニーが主役の録音セッションで、レコードもベニー名義で発売された。その後ペレス・プラードは北上しアメリカ合衆国に渡り 、あまりにも目覚ましい大活躍をして、同楽団の代表的なマンボ楽曲は、文字どおり世界中に普及した。ペレス・プラードのほうがあまりに超有名になりすぎてしまっているが、共演録音はあくまでベニーのレコードだったのだ。

ところでやっぱり書いておいたほうがいいのかなと思うのだが、ベニー・モレーを知ったのは大人になってからだが、以前から再三再四書いているように、ペレス・プラード楽団のマンボは幼少時から知っていた僕。知っていたなんてもんじゃない、カラダに染み込むように体験していた。父のマンボ好きのせいでね。でも詳しいことはだいぶ忘れてしまった。記憶で鮮明に遡れる僕の私的音楽史の1ページ目は10歳のときの山本リンダ「どうにもとまらない」なのだが、マンボ体験がそれより先だったことだけは絶対に間違いない。上でも書いたが、それくらいペレス・プラードのマンボは世界中にとどろいていたんだよね。

でもあれだよなあ、ほぼ自覚なしだったがそんなマンボ体験のせいで、山本リンダの「どうにもとまらない」みたいなもの、すなわち超ダンサブルなキューバン歌謡曲にノックアウトされてしまったのかもしれない。いや、かもしれないっていうかねぇ、いま振り返って考えると、絶対に間違いなくそうだ。父が、運転するクルマの助手席に小学校低学年の僕を乗せ、8トラ・カセット(もはやだれにも通じないであろう物体)のペレス・プラード楽団ばかりどんどんかけていたおかげで、そんな教育というか躾というか、そんなようなもののおかげで、ラテン好き素地が僕のなかにできあがってしまった。

その結果、山本リンダのアフロ・キューバン・アクション歌謡で音楽に目覚め、その後七年ほど経ってジャズにハマって本格的に極悪道に染まってしまって以後も、ラテン要素にオッ!となってしまうようになったし、そのもっとあとで中南米音楽(的なものも含め)そのものが大好きになったという、そんな人間ができあがる歴史のまず最初の1ページ目が、幼少時に父のクルマのなかで無自覚にとはいえ、どんどん聴きまくったペレス・プラードだ。

つまるところアメリカ合衆国音楽(ジャズ、ブルーズ、リズム&ブルーズ、ロック、ソウル、ファンク)のなかにある中南米要素だとか、中南米音楽のルーツを辿るかのようにしてアフリカ大陸に渡ったり、トルコ音楽やアラブ音楽やギリシア音楽や東南アジア音楽や日本の歌謡曲(含む演歌)を聴いても、やはりラテン・テイストを見出しては喜んだりっていう 〜 こんな人間なわけだよね、僕は。ってことは、すべてが幼少時に父がクルマのなかでかける8トラ・カセットのペレス・プラード体験のせい、というかおかげなんだよね。これはもはや認めないといけない。思い出したぞ、僕はマンボだ。

そんなわけだから、ディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でベニー・モレー&ペレス・プラード共演を聴いても、はっきり言って冷静な気分ではいられない。いくらベニー・モレーのための録音セッションで、ベニー名義のレコードで発売され、そもそもベニーのほうが先輩で先にメキシコに来て活動していて、そこへあとからやってきたペレス・プラードはベニーの歌の伴奏をやっただけだ、素晴らしいのはベニーのヴォーカルだと、こんなことを知ってはいても、僕の耳は、例えば伴奏楽団のブラス群の咆哮やリード群のウネリへと向かってしまい、ベニーの歌をあまり聴いていない。

そんな僕にディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』を語る資格などないのだが、なんとか勘弁してもらって、だから耳にイマイチ入ってこないベニー・モレーの歌ではなく、僕にはこの時期のでもすでにぐいぐい迫るペレス・プラード楽団のマンボ・サウンドについてだけ、メキシコにわたった直後に、ビクターのマリアーノ・リベーラ・コンデの商略でベニーと出会い、つまり仕組まれて<政略結婚>し、あくまでビジネスとしてやった結果、たくさんのかけがえのない宝石を二人で産んだ片方であるペレス・プラード楽団のマンボ・サウンドについてだけ、少し書いておきたい。ベニーのヴォーカルそのものや、それがいかにペレス・プラードを成長させたのかを書かないのでは、このディスコロヒア盤についてものを言ったことにはならないが。

まず、みなさんにエッ?!と思われそうなことを書く。深沢美樹さんの『パームワイン・ミュージック・オヴ・ガーナ』収録の音源のなかには、ペレス・プラード楽団のマンボみたいなものがある。僕がいちばんハッキリこれを感じるのが、二枚目三曲目 E.K.’s Band の「Hwe Me Yeye」だ。これは1963年らしいので、ペレス・プラード楽団のマンボ完成よりもあとだ。しかしメカニカルに一定のパターンを反復するあたり、よく似ているよなあ。これは偶然みたいなものとは思えないけれど、どうだろう?一方が他方を聴いて影響されたとかいうたぐいのことではない。アフロ(・ルーツ的)音楽の普遍的特性ってことじゃないかなあ。

たまたま昨夜遅くにディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』とエル・スール盤『パームワイン・ミュージック・オヴ・ガーナ』を続けて聴いてしまい(どうしてだかそうしたい気分になった)、それでオッ!とこれに気づいただけであって、この件にかんしても僕に深い考察などない。ただなんとなくフィーリングが似ている、っていうか相通ずるものがありそうだ、そうだそうだと、深夜にひとりごちてしまっただけなのだ。

最初にマンボはアフリカ的な音楽だと書いたのには、まあこういうことがあるんじゃないかなと思うのだ。ソンのモントゥーノ部だけを取り出して拡大発展させたのがマンボなわけだし、それは短い一定パターンを延々と反復するものなわけで、アフリカ音楽的なものに違いない。キューバに強制移住させれたアフリカン・ルーツな人たちが活かした音の記憶の蘇り、回帰というかさ。

ディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でベニー・モレーの伴奏をやっているものだって、ペレス・プラード楽団はそういうことをやっているんじゃないかと思う。打楽器群がというだけじゃなく管楽器群が、金管と木管がせめぎあいながら短い同一パッセージを反復している場合が多いよね。言い換えればメカニカルで、なめらかな旋律(=西洋)には流れず、吹きつけるというかまるで叩きつけるかのように、ホーン・セクションが咆哮する。

叩きつけるで思いが及んだので書いておく。ペレス・プラード自身が弾くピアノって、まるでアメリカ合衆国ジャズ界のセロニアス・モンクの弾き方みたいだよね。録音年から判断して、モンクの師匠格デューク・エリントンに似ていると言うべきか。右手のシングル・トーンでなめらかでスムースな直線的ラインを弾くことがほぼなくて、だいたいいつもブロック・コードで、それも不協和なハーモニー(矛盾した表現だ)を、ガンッ!ガンッ!と叩きつけるように、引っかかるように弾く。それがペレス・プラードのピアノ・スタイル。

どこで聴けるかなんて問わないで。そりゃもうディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でだってオープニングからラストまで、ほぼ全曲で聴けるもんね。不協和音を激しくぶつけてくるじゃないか。まるで打楽器を演奏するみたいにガンッ!ゴンッ!と、引っかかりながら叩きつけるようにね。これはもちろんアフリカ的なピアノ奏法だと言えるはず。

ピアノは西洋白人音楽の、それも平均律の、権化みたいな楽器だが、世界のいろんなピアニストがそうじゃない弾き方を独自工夫し、開発して実行している。中北アメリカにおけるデューク・エリントン、ペレス・プラード、セロニアス・モンクなどらは、そんななかの一種類のスタイルとして、つまりアフリカン・ピアノ奏法を実行しているという点で、だれがだれに影響を与えたとかいうことじゃなく、軌を一にしているわけだよ。

あ、そういえばディスコロヒア盤『素晴らしき出会い』でもはっきり聴けるものだが、ペレス・プラード楽団の場合も、まるでデューク・エリントン楽団やアルセニオ・ロドリゲス楽団みたいに、ホーン・アンサンブルのサウンドが<濁って>いるというか<歪んで>いる。そんな響きがするよね。

ペレス・プラード楽団の場合では、特にトランペット合奏にこれを感じる。音の濁り、三味線でいうさわりっていうやつ。エレキ・ギターの電気増幅で音をわざと歪めたりするのは、いったんは西洋的に洗練された楽器のアフリカ回帰だと、いろんな方々が言っている。ホーン・アンサンブルが濁って聴こえるのもまた、アフリカ志向なんじゃないかなあ。

ペレス・プラード楽団のブラス、っていうかトランペット群のばあいは、音量を限界まで上げて目一杯ブロウするから結果的に歪んで聴こえるってことかもしれないが、これってエレキ・ギターの音を歪ませるのと、原理は同じことなんだよね。

いやあ、しかし主役であるはずのベニー・モレーのヴォーカルについて、本当にまったく一言も書いていないよなあ(^_^;;)。こんな文章を公開して許されるのだろうか……。

2017/09/16

キューバのダンス・ミュージックと、トランペットと、マンボ誕生(マンボ No.1)

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キューバのハバーナでは、ヘヴィー級ボクサーのジャック・ジョンスンも試合をしたことがあるんだよ。そう、あの黒人初のヘヴィー級王者になった人で、のちのモハメド・アリが敬愛を表明したり、マイルズ・デイヴィスのアルバム名になったりなどしている、あのジャック・ジョンスン。

あまり関係ない話だったが、さてつい最近、ベニー・モレーとペレス・プラード楽団の共演録音集が田中勝則さんのディスコロヒアから出て、かなり好評みたいだ。それまでこの人からキューバ音楽の話を特に聞いたことがないというような音楽ファン、特にエル・スール・ゴーワーズのなかにでも、このアルバムのことを熱心にしゃべる方がいらっしゃる。そりゃそうだよなあ、トロピカル音楽の一つの頂点だもん。

そんな方は、ひょっとしてそのベニー・モレー&ペレス・プラード共演盤がキューバ音楽入門だったりするのだろうか?もしかりにそうだとしたら、次にこれを聴いてほしいというのが、中村とうようさん編纂・解説の2003年ライス盤『キューバ音楽の真実』。このなかにはディスコロヒア盤にも収録されているベニー・モレー&ペレス・プラード楽団共演の一曲「ババラバティリ」だってあるんだよ。とうようさんいわく「この曲はモレー、プラード両者にとって代表的な名演だと思う」(ブックレット p. 19)。

そう、つまりライス盤『キューバ音楽の真実』は、まさしくマンボに焦点が当てられている。とうようさん自身はこれをさほどはっきりとは明言していないけれども、このアンソロジー編纂の意図は間違いなくマンボ誕生の経緯を、実際の音源で辿るというものだ。この非常に強く鮮明な編纂意図がとうようさんにあったことを、僕はまったく疑わない。その際、トランペットが最重要楽器だったとも示すこともあったはず。

それと一緒に、マンボの勃興と実は軌を一にしていた同時期のキューバ音楽であるフィーリンを並べ、この二つともが第二次世界大戦後のキューバ音楽における新解釈、新感覚というもので、実は同じような動きだった、音の表層は異なっているかもしれないが、マンボもフィーリンもモダン・キューバン・ミュージックとして相通ずるものがあったと示すこと、これもまた『キューバ音楽の真実』におけるとうようさんの編纂意図に間違いない。

そのために、もちろん『キューバ音楽の真実』は第二次大戦前の音源からはじまって、それがアルバム全体の25曲中16曲目まで続く。基本的にはボレーロとソン。この二つはそのまま発展して、第二次大戦後にフィーリンとマンボになったわけだから当然だ。<ボレーロ&ソンからフィーリン&マンボへ>。この流れを、『キューバ音楽の真実』を聴いていると僕ははっきりと感じる。

9曲目のセステート・アバネーロ、10曲目のセプテート・ナシオナルなど典型的なソンだって収録されている。ナシオナルのほうにはすでにトランペット奏者がいて、アバネーロのほうにも後年同楽器奏者が加入してセプテートとなるのだが、このトランペットが入るか入らないかの違いは非常に大きい。最初は一本だから自由にアド・リブで吹いているのだが、1940年代に入ったあたりから複数本のトランペットを使うようになり、そうなるとトランペット・セクションの演奏はかっちりアレンジされるようになる。

それが『キューバ音楽の真実』で分るのが13曲目のラ・ソノーラ・マタンセーラ、14曲目のアルセニオ・ロドリゲスあたりから。後者アルセニオの「キラとキケとチョコラーテ」ではサルサまで見えるかのようだが、この話は今日はしない。すでにマンボの祖型みたいな、ハードでメカニカルなソン・モントゥーノ演奏が聴けるという部分に注目したい。
がしかしアルバムのもっと前の収録曲にだって、似たような音傾向のものがある。例えば7曲目オルケスタ・オテール・ナシオナルの「ロス・ダンディーズのコンガ」などはそれだ。1942年のレコードで、トランペットはまだ一本だがアド・リブで吹かず、ほかの管楽器との合奏で短い機械的なフレーズを反復。また、打楽器群によるリズム演奏がハードな疾走感、スピーディさに満ち溢れていて、もうすでにマンボっぽい。
17曲目に来て、そして続けて18曲目と続けて、アンセルモ・サカーサスが収録されているが、『キューバ音楽の真実』のとうようさんは、だれがマンボを創りだしたのかというキューバ音楽史最大の命題への回答候補第一として、このアンセルモ・サカーサスをあげている。確かに17曲目の1943年「B フラット・マンボ」を聴けば、すでに完璧なマンボが完成しているのだとみんな納得するだろう。甘さを徹底排除した、乾いて硬質なサウンド、メカニカルな反復などマンボ「らしい」なんてもんじゃなく、100%ピュアなマンボそのものだ。以下の YouTube 音源では「1949」と見えるが、この流通しているデータが誤りであることも、とうようさんは指摘している。
その後、合間にホセ・アントニオ・メンデスの名曲「至福なる君」(ラ・グローリア・エレス・トゥ)などのフィーリンを挟みながら(う〜ん、どうやら今日はやはりこっちを述べる余裕はなさそうだ)、21、22曲目のベニー・モレーへと辿り着く。21曲目の「サンタ・イサベール・デ・ラス・ラハス」もコクのある素晴らしいマンボだが、なんたって22曲目でペレス・プラード楽団と共演した「ババラバティリ」が凄すぎる。もんのすごく硬いサウンドで、しかも猛烈にスピーディ。ロック・ミュージックの世界で言えば、1960年代末〜70年代のブリティッシュ・ハード・ロックを聴いているかのような、思い切り突き抜ける快感がある。いやあ、凄い凄い。
これの続きは、最初のほうで書いた、今年リリースのディスコロヒア盤ベニー・モレーとペレス・プラード楽団の共演録音集『素晴らしき出会い』で書くとしよう。また、それとは別個にホセ・アントニオ・メンデスらのフィーリンにかんしても、ちゃんとまた一度書く腹づもりでいる。さあいつになるやら…。

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