2018/09/23

声と身体が乖離する音楽性の楽しみかた 〜 21世紀型腹話術

(この朝日新聞デジタルの記事を下敷きにして書きました)

というようなものが出現しているように思うんだよね。ひょっとしたら確立されつつあるのかもしれない。2010年代か、あるいはもうすこし前からね。だから、これは音楽のありよう、楽しみかたの存立の根本が変容しつつあるということなのかもしれない。ライヴ・コンサートでも、カラオケ伴奏や口パクがあたりまえの前提として受け入れられて、楽しまれているのだろうから。

口パク(リップ・シンク)は、まずもって大きなタブーだった。ことにライヴ会場でそうなのは絶対に許されないことだった。テレビの音楽番組などではずいぶん前から、これはそうなんじゃないかという憶測というより確信に近いものがあったけれど、それにしたって口パク OK を大前提にして出演していたわけじゃない、バレではいけないものだった。伴奏もバンドの生演奏があたりまえで、コンサートではいまだやはりそうかもしれないが、テレビの歌番組でもむかしは生演奏だったんだよ。

こういうことは、すなわち「音楽とはなにか」「音楽を受け入れる、楽しむとはなにか」というテーゼは、音楽とは《いまここで》歌われ演奏されているという、ヴァーチャルではないリアリティにこそ存立の根幹があるということを踏まえている。いや、あった、と過去形でいまや言うべきなのかもしれない。コンサートやラジオやテレビ出演などはもちろんそうだった。レコードや CD などの金太郎飴複製商品も、あくまで疑似的現場体験(のようなもの)だったよね。聴きながら、歌手や演奏者がいま目の前でやってくれているというヴァーチャルな快感にひたるというものだったんじゃないかな。

ぼくは世代も考えかたも古いから、それからもう一点、音(声)と身体が分かちがたく一体化せざるをえない(古いタイプの)ジャズ・ミュージックこそが好きだから、やっぱりいまでも自室で録音音楽を聴く体験とは、やはりこういった(ヴァーチャルでも)リアリティを楽しんでいるんだと思っている部分がかなり大きい。生演唱のライヴ・コンサートも、やはり少なくとも歌だけは生声が聴きたい、たとえ伴奏がカラオケでもいいから、せめてそこだけは…、と思っていることを否定しない

ところが、日本だけでなく世界で、アイドルや人気歌手のライヴ・コンサートでは、たぶんだけど、この伴奏と声という二大要素ともヴァーチャルになってきているみたいなんだよね。上掲の朝日新聞デジタルの記事で、Perfume のライヴはステージングとダンスこそが売りもので、歌は口パク、だからおそらく伴奏も録音済みのものを使っているに違いないと知った。会場に足を運ぶ(ドームだと数万人規模にもなるという)ファンのみなさんも委細承知の上で、Perfume のそんなパフォーマンスを楽しんでいらっしゃると。

ぼくの大好きな岩佐美咲のことを書くけれど、美咲のコンサートにおいて、主役は生声で歌っている。しかしファースト・コンサートはバンドの生演奏だったけれど、ほかはアクースティック・ギター弾き語りコンサート(や、それ以外でもそのパート)を除き、その後すべてカラオケ伴奏だ。パッケージ商品化された作品や、今年二月に恵比寿で生体験した際も、すでに CD 化されている曲はそれと変わらない伴奏だった。

この件にかんしては、以前の記事で美咲について書いたものにネガティヴなコメントが付いたことがある。そのかたは美咲のファースト・コンサートに足を運ばれ、セカンド・コンサートにも行かれたようだけど、二回目はカラオケだったからガッカリした、もう二度と美咲のライヴには行かないとコメントくださった。その際、「戸嶋さんは耳の肥えていらっしゃる音楽ファンだとお見受けしますが…」(それなのに、なぜ…?)とも付言なさってあったのだ。

しかしですね、そんなみなさんもほかのいろんな歌手の CD 商品などはお聴きになるわけでしょう。それら、いまどき歌手とバック・バンドの一斉同時演唱で一発録りなんてやっているケースはほぼゼロ%に近い。生演奏命みたいなジャズでだって、わりと古くから同様の手法をとっている。マイルズ・デイヴィスも1972年の「レッド・チャイナ・ブルーズ」からそうなったし、1986年のワーナー移籍後は、すべての録音作品が、バック・トラックだけ先に完成させておいて(カラオケ)、それを聴きながら主役がトランペットを吹き重ねる(歌)というやりかたになった。

ましてや(アイドルを含む)ポップス・シーンなどでは、まず間違いなく100%カラオケ・トラックだけ先に完成させている。アイドル歌手ではないポップス界でもそうだろう。こんなことは、上で2006年ごろからのライヴ・ステージでの Perfume の例をあげたけれど、ライヴ・コンサートで伴奏も歌もヴァーチャル、となるずっと前からレコード録音ではあたりまえのやりかたになっていたじゃないか。

そうだからこそ、せめてコンサート現場では生(演唱)を…、となるのかもしれないし、実際、21世紀に入るごろまではライヴ・パフォーマンスが主流だったかもしれない。それがどうやら最近変わりつつある、ファンの楽しみかたも変容しつつある、となると、音楽とはその場でリアルに発せられる(身体と一体化している)音声にこそ価値や存在意義がある、という根底が崩れつつあるのかもしれないよね。

もはや、そういったことは音楽の楽しみの中核ではなくなりつつある、音楽体験のなにに価値を見出すかが変容しつつあるということを示唆しているのかもしれない。むしろ、メディアに媒介され変換されたコミュニケーションこそ、リアリティを持つものとなりつつあるのではないか。

メディアに媒介された声や音は、「声と身体」との自然主義的なつながりを混乱させ、その混乱が逆に快楽を生むというようなことがあるかもしれないよね。混乱させられた眩暈の快感とでもいったようなことがあるのかも。そんなことないのかもしれないし、そうなってきているような気もするし、ぼくはいまだよくわからない。がしかし、音楽産業と受け手の双方でなにかが変わりつつある、と感じている。

2018/09/22

ニジェールの河内音頭か浪曲か 〜 タル・ナシオナル

このニジェールのバンド、タル・ナシオナルの2018年作『タンタバラ』というアルバム、今年春前に bunboni さんの以下の記事で教えていただいてすぐ CD で買いました。ロックには聴こえませんけれど、いい作品。
最近、盆踊りだとかお祭りビートだとか河内音頭だとか阿波踊りだとか(は言ってないのか)、そんなことばかりいろんな音楽をつかまえては書いているような気がするぼくだけど、でもタル・ナシオナルのこの新作はマジで日本のお囃子だ。河内音頭かな、いちばん近いのは。でも浪曲っぽくもある。

なんたってすっごい迫力とナマナマしさじゃないか。だから、ばあいによってはかなりヤカマシイというか、ウルサイのだよねえ〜。つまり、気分によってはさ。音楽ってだいたいどんなもんでも興味ないひとにはヤカマシイものだけど、タル・ナシオナルの『タンタバラ』はどう聴いたって河内音頭なんだから、そりゃあウルサイよ(笑)。

みなさんがタル・ナシオナルのこのアルバムに好意的なのも、まさにこれが河内音頭だからに違いない。まずアルバム1曲目「Tantabara」を聴けば、リズムが出る前にそれを実感できる。だれが歌っているのか、アルバム一曲ごとに違う声が聴こえるが、この1曲目イントロで、語りに続きコブシをまわすヴォーカリストと、その背後での打楽器の使いかたを聴いてほしい。河内音頭だとぼくが言うのはまっとうだとご納得いただけるはず。

そうはいっても、リズムが出てからはハチロク(6/8拍子)になるので、そこからは河内音頭や浪曲からやや遠ざかる。けれど、2曲目以後も含め、入れ替わり立ち替わりリード・ヴォーカルをとる全員のコブシまわしの流儀、エレキ・ギターの細かいリフ弾きの反復、バンドのつんのめるような迫力と高揚感など、河内のダンス・ミュージックに相通ずる要素は濃いよなあ。

それから『タンタバラ』で聴けるドラムスの音、特にスネアのそれは、ややイジってあるようだ。ハイ・ファイなサウンドには聴こえない。でも bunboni さんのおっしゃるように故意にロー・ファイを狙った意図的ミキシングでもない。たぶんこれは一発録りのライヴ感を重視したということなんだろうね。一発録音かどうかはわからないというか、違うんだろうけれど、そういった生、ライヴ感のエネルギーを活かそうとしたと、そういうことじゃないだろうか。

ドラムスだけでなく、エレキ・ギターの音も、歌手の声も、2018年作にしてはハイ・ファイな録音&ミキシングからちょぴり遠い『タンタバラ』だけど、直前で書いたように、ライヴ感、ナマナマしさを、というのはつまり、どうやらタル・ナシオナルは現場で本領を発揮するライヴ・バンドなんだそうだから、そんなサウンドをなんとか CD(や配信や)などの商品に詰めようとした結果なのかもしれない。

そんなライヴな現場感重視のレコーディング・プロダクションも、河内音頭に似ている。

2018/09/21

マイルズの7インチ

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いつごろからか CD でもネット配信でも聴けるようになったマイルズ・デイヴィスの7インチ・シングル盤音源。といっても1981年復帰後のもののことじゃなくて、1970年代にリリースされたものの話だ。ぜんぶで六枚九曲。どうして12曲じゃないのかというと、六枚のうち二枚の両面は同じもののパート1、パート2だから。

リリース順に整理すると、以下のとおり。

「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン/スパニッシュ・キー」1970
「グレイト・エクスペクテイションズ/リトル・ブルー・フロッグ」1970(モノラル)
「モレスター、パート1/パート2」1972/9/29
「ヴォート・フォー・マイルズ、パート1/パート2」1973/3/16
「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」1973/11/2
「レッド・チャイナ・ブルーズ/マイーシャ」1975/4/1

これらのうち、「モレスター、パート1/パート2」、「ヴォート・フォー・マイルズ、パート1/パート2」、「レッド・チャイナ・ブルーズ/マイーシャ」は、いまだ公式 CD(配信でも)リイシューがない。しかし「レッド・チャイナ・ブルーズ」だけは、アルバム『ゲット・アップ・ウィズ・イット』収録のものが約四分程度なので、ほぼ変わらない内容だったかもと推測できる。それ以外はとにかく公式リイシューがないので、聴いて判断していただけない。

「モレスター」というのは聞き慣れない曲名かもしれないが、これはアルバム『オン・ザ・コーナー』A 面ラストの「ブラック・サテン」だ。ブートレグでなら聴けるので、このことを知っている。そのほか、聴いていないものもあるけれど、アルバム収録のものと同題だから、まあだいたいこんな感じかなと内容を推測できるかもしれない。

上記六枚のうち、公式 CD リイシューが早かったのは「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」で、2007年の『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』六枚目の最後に収録されている。この7インチ・シングル一枚の両面二曲こそ、ぼくはマイルズの生涯ベスト・ソングふたつだと信じていて、実際、カッコイイよなあ。ファンクだけど暑苦しくなく、軽やかで爽やかな風がサ〜ッと吹き抜けるかのよう。上のプレイリストで聴いていただけたらと思います。

「モレスター、パート1/パート2」「ヴォート・フォー・マイルズ、パート1/パート2」「レッド・チャイナ・ブルーズ/マイーシャ」は公式リイシューがないので、今日はそんな詳しく書かないことにする。ブートで聴ける「モレスター」(aka「ブラック・サテン」)はなかなかいい。なぜなら『オン・ザ・コーナー』収録の「ブラック・サテン」は、イントロとアウトロ以外、どこを切り取っても同じっていう反復だけで成り立っている金太郎飴だから、7インチ用の約三分程度に短縮しても魅力があまり減らない。

裏返せば、ほかのものはアルバム収録の(展開のある)長尺曲をばっさりとカットしてあるわけで、リイシューがあるから聴いて確認できる「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン/スパニッシュ・キー」「グレイト・エクスペクテイションズ/リトル・ブルー・フロッグ」(これら四つは2015年発売の『ビッチズ・ブルー:40th アニヴァーサリー・デラックス・エディション』四枚組収録)にしたって、アルバム・ヴァージョンと比較したら魅力が落ちてしまう。

例外が上で書いた傑作「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」で、はっきりしている理由が二つ。一つは7インチ・シングルとして美味しいようにテオ・マセロの編集の手が込んでいて丁寧だ。もう一つはこの2トラックのソース音源もわりと長い(七分以上)のだが、それは当時リアルタイムで発表されなかった。『オン・ザ・コーナー』ボックスが出たときが正真正銘初リリースだったんだよ。
そんなこともあってか、「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」の編集に際しては、テオがかなりちゃんとした仕事をやっていると、お聴きになればわかっていただけるはず。比べて「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン/スパニッシュ・キー」「グレイト・エクスペクテイションズ/リトル・ブルー・フロッグ」は、たんに頭の部分から約三分だけを持ってきたのみなど、イージーだよね。

それら安易な編集だとぼくは感じるシングル四曲のオリジナル・アルバム・ヴァージョンは、すべて『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』で聴けるので、もしご興味のあるかたはご確認いただきたい。
そんなわけでぼくの見解では、マイルズの1970年代もの7インチでかなり聴けると思うのは、「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」だけ。上で触れた「モレスター、パート1/パート2」はいまだ公式リイシューがないが、これも悪くないので、出せるなら出してほしい。ほかは、まあちょっと…、どうでしょう?

しかしいずれにしても1970〜75年のマイルズの音楽を、プロデューサーやコロンビアも腐心して、なんとかポップ(ロック)・マーケットに売り込もうと目論んでいたっていうことは証明できる事実だ。45回転の7インチ・シングルとは、基本、ラジオ放送やジューク・ボックスや、購買力の弱い若年層向けのものだからね。それを70年代にはマイルズだってリリースしていたんだ。

マイルズのばあい、1969年ごろからのスタジオ・セッションで録音されたものはどれも一曲の演奏時間が長すぎて、本人がいくらあんなふうに発言しても、そのままでは一般のロック/ポップ・リスナー層にはアピールしにくかったはず。45回転の7インチにしようという提案は、たぶんコロンビアのクライヴ・デイヴィスから持ちかけたことだったんじゃないかとぼくは見ている。クライヴは、マイルズ・バンドの(東西)フィルモア出演を実現させた人物だ。

2018/09/20

ブルーズがブルージーになったのは大恐慌のせい?〜 ブラインド・ウィリー・マクテル

(このプレイリストは、以下で話題にする CD アルバムの内容と似たようなもんです)

SoulJam 盤2017年のブラインド・ウィリー・マクテル『ダーク・ナイト・ブルーズ:1927-1940 レコーディングズ』。CD 二枚組で全51曲。現在ではこのアンソロジーがこの音楽家入門にはいちばんいいかも。入門者だけでなくファンでもふだん聴きにはこれで充分じゃないだろうか。この時期のブラインド・ウィリーは JSP の四枚組ボックス(2003)も持っているが、ソウルジャム盤に付け加える必要はあまりないし、リマスターされて音質も向上している。フィジカルでなら、っていう話だが。

ところでブラインド・ウィリー・マクテルが、最近のある時期以後リヴァイヴァルした(でしょ?)のは、ボブ・ディランのおかげだよね。1993年の『奇妙な世界に』(World Gone Wrong)とかあのへんから、ディランだけでなくアメリカの多くの音楽家のなかで再評価の動きが高まった。そのずっと前からタージ・マハールや、それを下敷きにしてオールマン・ブラザーズ・バンドが「ステイツボロ・ブルーズ」をやったりしたが、1990年代以後のディランらのとりあげかたは、ちょっと意味合いが違うように思う。

ディランはそのもっと前からブラインド・ウィリー・マクテルのことを語っていて、関連曲だって1960年代からありはする。オリジナル楽曲での直截の言及だって遅くとも1980年代にはできていたけれど、おおやけになるのは1990年代に入ってから。あのへんから、なんというかこう、アメリカーナ的なもの&その根源や周辺の検証が進んでいくようになっている。ディランなんかはそんなムーヴメントを牽引するひとりかもしれない。

そのすこしあとのちょうど21世紀に入ったころから、ブルーズに、世間一般で言う典型的ブルーズ臭さが薄くなりかけていると感じているんだけど、同じ時期にブラインド・ウィリー・マクテルのような人物が再評価されているのが偶然だとは思えない。アメリカ(産)大衆音楽史でブルーズが典型的にあんなに<臭く>なったのは、1960年代のリヴァイヴァル以後か、1950年代のシカゴ・ブルーズからか、はたまたあるいは、もっと前の1930年代あたりから以後かもしれない。

ジョージア・ブルーズ・マン、ブラインド・ウィリー・マクテルのばあいレコーディング・デビューは1927年10月18日だけど、そのすこし前の20年代半ばにはすでにギターとヴォーカルの腕前が完成していたようだ。ソウルジャム盤『ダーク・ナイト・ブルーズ』は、そのデビュー・レコードからはじまっている。しかしこのアルバム題から、似たようなタイトルの、たとえばブラインド・ウィリー・ジョンスンの「ダーク・ワズ・ザ・ナイト、コールド・ワズ・ザ・グラウンド」みたいなドロドロのエグい世界を想像したら大外れ。

ブラインド・ウィリー・マクテルのブルーズは、暗かったり重かったり苦しみの(直截の)表現だったりなんてことはほぼない。レパートリーだってブルーズもあるが、伝承曲もバラッドもラグタイムもポップ・ソングもヴォードヴィルもヒルビリーも宗教歌もある。そんなところを上のプレイリストでも聴きとっていただけるはず。黒人/白人という区分でぼくたち素人が抱くかもしれない音楽性の差だって、ないんだ。

それらの多くがカラリと明るく、ライトでポップだ。なかにはモーン調というか、たとえば「ママ、'テイント・ロング・フォ’・デイ」「ロー・ライダー・ブルーズ」とか、あるいはルース・ウィリスといっしょにやった「ペインフル・ブルーズ」とか、ルビー・グレイズとやった「ロンサム・デイ」とかはブルージーと言えるかも。ここまで録音は1932年以前で、CD では一枚目の話。

CD『ダーク・ナイト・ブルーズ』だと二枚目になる1933年以後録音になると、ブルージーなモーン調が増えているという事実が興味深い。さらに共演者が定期的に入るようになり、それはだいたいセカンド・ギターのカーリー・ウィーヴァー。当時の妻ケイト・マクテルがサイド・ヴォーカルで参加しているものもある。「デス・ルーム・ブルーズ」「ダイイング・ギャンブラー」「イースト・セントルイス・ブルーズ」「コールド・ウィンター・デイ」「クーリング・ボード・ブルーズ」「ダイイング・クラプシューターズ・ブルーズ」など、ブルージーでメランコリックなものがいくつもある。

ブルージーといっても戦後のシカゴ・ブルーズみたいなものとはすこし違うのだけど、あきらかに1933年録音以後のブラインド・ウィリー・マクテルの音楽は、それ以前に比べたらやや落ち込んでいて暗く沈んで憂鬱そうに嘆いているかのように聴こえる。明るいダンシングなラグライムや陽気なポップさは失っていないものの、やや調子が変化しているよね。

ブラインド・ウィリー・マクテルのこの変化の原因に、1929年以後の、かの大恐慌があったのは間違いないように考えるのが妥当な判断だと思うんだよね。あそこからアメリカ社会が経済的に本格復帰したのは、第二次世界大戦に参戦してようやくというところだった。ダウ平均株価が1929年10月の水準に戻ったのなんて、1954年のこと。

そんな1929〜1941年のあいだに、アメリカ音楽のありようが大きく変化したと思うんだよね。ロック台頭につながるリズム&ブルーズの母胎だったジャンプ・ミュージック、の源流たる黒人スウィング・ジャズ・ビッグ・バンドなど、このあいだに誕生している。この問題は大きなテーマなので、ぼくひとりで考えて書ける日が来るとは思えず、今日のところはおいておく。

ブラインド・ウィリー・マクテルのばあい、CD『ダーク・ナイト・ブルーズ』二枚目になると、キリスト教信仰のことを歌ったものがグッと増えているという事実もある。一枚目には「ロード・ハヴ・マーシー・イフ・ユー・プリーズ」一曲しかなかったのに、二枚目には「ロード・センド・ミー・アン・エンジェル」「エイント・イット・グランド・トゥ・ビー・ア・クリスチャン」「アイ・ガット・レリジョン、ソー・アイム・グラッド」「ガッド・ドント・ライク・イット」「アイ・ガット・トゥ・クロス・ザ・リヴァー・ジョーダン」(ヨルダン)と、こんなにあるもんね。ちょっぴりそんなことが織り込んである曲だったらもっとある。

べつにブラインド・ウィリー・マクテルに限った話じゃなくて、大恐慌前〜中〜後のアメリカを生きた音楽家に共通して言えることなのかもしれない。こんなようなことは、たとえばかの9.11(2001年)以後のアメリカ音楽はそれ以前と決して同じではなくなったとか、例のハリケーン・カトリーナ(2005年)以後もまたそうだとか、そのあたりはリアルタイムで知っている最近のことだけど、1929年以後の大恐慌がアメリカ音楽にどれだけの激変をもたらしたのかは、時代も音楽の種類も録音も、遠く古いせいか、あんがいふだん意識にないばあいがあるかもしれない、ぼくはね。

ボブ・ディランがブラインド・ウィリー・マクテルをおおやけに本格的にとりあげ再評価した1990年代以後表面化したことと、アメリカーナの動きと、このふたつを踏まえた上でこの古いブルーズ・マンの音楽について書こうかなという心づもりではじめて途中まで進んだが、論の筋道が変わっちゃったなあ。まあいいや。このまま手直ししないでアップしようっと。

2018/09/19

チック・コリアのスパニッシュ 〜 個人的履歴書

どうして好きなのか自分でもわからないジャズ・メンのやるスパニッシュ・スケール・ナンバー。イタリア系とスペイン系のあいだに生まれたチック・コリアのばあい、デビュー期にウィリー・ボボやモンゴ・サンタマリアと仕事をしていたのでスパニッシュ・ナンバーがあるのかも。ぼくがはじめて聴いたのは「ラ・フィエスタ」でも「スペイン」でもなく、「セニョール・マウス」だ。それもスタジオ録音オリジナル(『クリスタル・サイレンス』)じゃなくて、1979年のチューリッヒ・ライヴのもの。

その「セニョール・マウス」は本当にすばらしい。こっちを先に聴いたのは、間違いなくこれがリアルタイムでの最新盤として大評判だったからで、『スイングジャーナル』誌の、え〜っとなんだっけ、金賞?だったか年間大賞?だっけか、そんな名前のトップの名誉を、たしかギル・エヴァンズの『ライヴ・アット・ザ・パブリック・シアター』と分けあった。だから、それら二枚組と一枚は発売年(1980年だったかな)に買って聴いた。

そのチック・コリア&ゲイリー・バートン『イン・コンサート、チューリッヒ、オクトーバー、28、1979』がすごくよかったんだ(ギルのも最高)。アルバム全体もいいが、ぼくのばあい、オープニングの「セニョール・マウス」でぶっ飛んでしまって、なにこれ!?!こんなすごいピアノとヴァイブラフォンのデュオ演奏があるの!?と、ブッタマゲちゃった。ゲイリー・バートンのことは、たぶんこのときはじめて知った。

あまりの感動の大きさにひたりきるあまり、このデュオには ECM レーベルに過去作があるのだと知りもせず、そんなことを調べるなどもまったく頭に浮かばず、ただただチューリッヒ・ライヴの「セニョール・マウス」を聴き狂うばかりだった大学生のころ。チックのマイルズ・デイヴィス・バンドでの活躍は聴いていたが、リターン・トゥ・フォーエヴァーとかのことは、意外かもしれないが CD リイシューがあるまで耳にしていない。ジャズ喫茶でもぼくは出会わなかった。

ってなわけで、マイルズ・バンドじゃない、チックのリーダー(シップ)作品は、わりと長いあいだ、ゲイリー・バートンとのチューリッヒ・ライヴしか知らなかったんだよなあ。あぁ、恥ずかしい。でも正直に告白することにしたのだ。ぼくはこんなもんです。いやあ、でもねえ、あのチューリッヒ・ライヴ冒頭の「セニョール・マウス」は、マジでそれくらいの、もうこのピアニストの音楽なら人生でこれだけでいい!って思えるほどの最高度の充実演奏だよ。ぼくだけ?

しかしながら「スペイン」という曲の知名度がかなり高かったがゆえ、そんな曲があるらしいぞという、目で見る知識だけ持っていた。そんなチックの「スペイン」をぼくがはじめて耳にしたのが1991年のマウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァルでのゴンサロ・ルバルカバとのピアノ・デュオ演奏↓
これもすごいねえ。冒頭のチックとゴンサロの会話でおわかりのように、これは当夜のこのデュオの余興というかアンコール的なものだった。「"スペイン"?」と言い出したのはゴンサロのほうだよね。自身、キューバのピアニストだからちょっとこれを、というのとチックの超有名代表曲だから、というこのふたつが理由だったのかな?事前に予定していなかったものみたいだよね。

これの前を含むこのデュオのフル・コンサートも YouTube に上がっているので、もし気が向いたらご覧ください。ゴンサロは最初からドラム・スティックを持ち出してピアノのところまで来て脇に置いている。「スペイン」最終盤でこんなふうにスティックを使うだなんて、あるいは想定していたのかなあ?ともかく、これですばらしい曲だと知ったものの、リターン・トゥ・フォーエヴァーの第二作『ライト・アズ・ア・フェザー』CD を買ってオリジナル・ヴァージョンを聴いたらツマンナイの!ってガッカリしちゃった。

「セニョール・マウス」にしろ「スペイン」にしろ、ぼくにとっては最初の出会いの感動が大きすぎた。あまりにもすばらしかった。だからふりかえってスタジオ録音のオリジナルも聴こうと、年月が経過することがあってもそうなるのは自然なことだ思うけれど、結果、残念に思えてしまうのもやむをえないことだったのか?

そんなわけでチックのスパニッシュ・ナンバーのうち「セニョール・マウス」「スペイン」は、(ぼくにとっては)決定的ライヴ・ヴァージョンが最初にできちゃって、その後2018年現在でもこれがまったく変わっていないんだよね。ゲイリー・バートンとのチューリッヒ・ライヴを聴き、ゴンサロ・ルバルカバとやったマウント・フジ・ライヴの、当時(たしか日テレで)テレビ地上波放送されたのを VHS に録画したのを観聴きし、近年は YouTube にあるから音源だけダウンロードして iTunes に取り込んでいる。

そんなぼくにとって、スタジオ録音(オリジナル)で聴くチックのスパニッシュ・ナンバーは「ラ・フィエスタ」しかないということになってしまうが、それで充分だ。その前に、今日のプレイリスト冒頭にも入れた『ナウ・ヒー・シングズ、ナウ・ヒー・ソブズ』一曲目「ステップスーワット・ワズ」後半部分もあるけれど(これがチック初のスパニッシュ?)、まぁ半分だしね。

半分といえば、その後のチックが一曲フルのスパニッシュ・ナンバーを書いて演奏するようになってからでも、「ラ・フィエスタ」とか「スペイン」とかは、サビなどでストレート・ジャズ・パートも持っているのだった。そこでは4/4拍子になって、キーもスパニッシュじゃなくなるねえ。「セニョール・マウス」もそうだなあ。う〜ん…。これはチックのスパニッシュ楽曲の特色なの?

まあいい。「ラ・フィエスタ」のことは、以前、スタン・ゲッツの話をしたときに書いたつもり。録音はリターン・トゥ・フォーエヴァーでやったものがほんの一ヶ月だけ先(ってことはほぼ同時)で、レコード発売も数ヶ月先だけど、どう聴いてもゲッツの『キャプテン・マーヴェル』ヴァージョンのほうがいいよなあ。ぼくにはそう聴こえる。
ただし、アルバム『リターン・トゥ・フォーエヴァー』で聴く「ラ・フィエスタ」は、フローラ・プリムの歌う「サムタイム・アゴー」とメドレー状態になっているのはポイント高し。レコードでは B 面がこのメドレーのワン・トラックだけだったらしいが、CD(かネット配信)でしか聴いていないので。

で、CD(かネット配信)なら、「サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ」は、やはりフローラ・プリムの歌う「ワット・ゲーム・シャル・ウィー・プレイ」と連続して流れてくる。ほら〜、レコードもいいけれど、CD やネット配信で聴くメリットだってあるじゃないか。この2トラックでひとつの流れになるもんね。いい感じだ。

三作目以後のリターン・トゥ・フォーエヴァーはちゃんと聴いているわけじゃないので、なにも言えません。

2018/09/18

原田知世、2007年の音楽と私

2004年の伊藤ゴローとの出会いによってシンガーとして蘇った原田知世。二名のタッグによるフル・アルバム第一作『music & me』(2007)は、しかしまだそれまでの知世ミュージックからいくつかを引き継いでいるし、曲によってゴローは参加していない。鈴木慶一が手がけているものだって一つある。

しかし全体的にはやはり伊藤ゴローのカラーというか、それまでテクノ・ポップみたいだったりエスノ・ロックみたいだったりした知世の音楽が、どっちかというとアクースティックな響きが中心のオーガニック・テクスチャーなものへと変貌しているよね。まだ過渡期の印象もあるけれど、間違いない変化を感じとれる。

たとえば高橋幸宏が手がけている4曲目「Are You There?」。これはバート・バカラック・ナンバー(歌ったのはディオンヌ・ワーウィック)だけど、この知世のヴァージョンではやはりほぼ全面的にコンピューターを使ったデジタル・サウンドが使われていて、アレンジもプログラミングも幸宏がやっている。

しかしかつてのようなテクノ・ポップ路線から離れつつあるように聴こえるんだよね。もちろん幸宏の手腕がそれだけすぐれているから、デジタル・サウンドに有機的な肉体性を宿らせることに成功しているから、なんだけど、もともとのバカラックのペンの抜きん出た資質とあわせ、知世の成熟したやわらかい声が、それこそが、この「(私じゃない)ほかの女の子といたの?」っていう曲にナマの息吹を吹き込んでいる。フリューゲル・ホーンも効果的だ。

それなもんだから、「Are You There?」に続けて5曲目にビートルズの「I Will」が来ても、なんらの違和感もないんだ。ポールのこじんまりしたアクースティック・ギター弾き語りだったビートルズのオリジナル(『ザ・ワイト・アルバム』)をなぞるかのように、知世の「I Will」も、伊藤ゴローの弾くギターとパーカッショニストだけという地味で落ち着いた演唱。これはしかしかなりビートルズ・ヴァージョンに近く、ゴロー&知世のタッグならでは、という独創性は薄いかも。

でも言いたいのはこういうことだ。知世の「I Wil」はまさしくオーガニック・ポップなんだけど(あっ、そういえばビートルズの『ザ・ワイト・アルバム』も1968年のオーガニック・サウンド・アルバムだねえ、いま気がついた)、表面的にはテクノ的なサウンド・メイクをしてある4曲目「Are You There?」と連続して流れがいいってこと。有機質感のサウンドが芯を貫いているなと感じるっていうことだ。

この視点でいけば、アルバム中唯一鈴木慶一が参加している7曲目「菩提樹の家」は、メロディ・ラインの特色なんかはいかにも慶一節だなと感じるんだけど、音創りは変化してきている。かつて『GARDEN』『Egg Shell』をやったときのような勢いのいいロック・テイストは消え、しっとり落ち着いたやわらかいポップス路線に転向したような雰囲気に仕立ててあるよね。アクースティック・ピアノやフルートも効果的。

そんな21世紀的なオーガニック・ポップス路線を、知世の『music & me』でいちばん象徴しているなと感じるのが、続く8曲目「シンシア」と、アルバム・ラストの必殺「時をかける少女」新ヴァージョンだ。このふたつは本当にすばらしい。伊藤ゴローの力を借りて、あ、いや、逆か、伊藤ゴローが自らの音世界を具現化するための最好適なベスト・シンガーとして原田知世を選び、二名コンビで新しい高みにあるような音楽を表現できているじゃないか。

「シンシア」も「時をかける少女」もボサ・ノーヴァにアレンジしてあって、伊藤ゴローの弾くナイロン弦ギターを中心に少人数のアクースティック楽器しか用いられておらず(ベースもコントラバス)、ふわりと暖かい空気のように漂うアンビエントふうな音像に乗って、知世のややハスキーになりつつある、声量の小さい、決して張らないヴォーカルが、やさしみを増している。

だいたいにおいてブラック・ミュージック(的なもの含む)の愛好家であるぼくで、ファンキーで強靭なガツンと来るリズムとサウンドが好きで、ヴォーカルなんかも、たとえばジェイムズ・ブラウン(アメリカ)や サリフ・ケイタ(マリ)やヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(パキスタン)みたいな、あんな声の出しかたが好きなんだけど、いつもいつもそういうものばかりじゃない。

端的に言えば "TPO” ということだけど、あ、いや、ぼくも歳とったということか、気分や時間帯や季節や年齢などの変化によって聴きたいものの傾向と種類が大きく変貌することもある。最近の個人的メンタルに、こんな<伊藤ゴロー&原田知世>コンビの音楽が真に沁みるなぁ〜って、本心からそう思う。

どんな音楽を聴きたいか、実際どんなのを聴いているかは、やっぱりそのときさまざまなんだけど、 ま、いま当面は知世ちゃんで。

2018/09/17

原田知世の、なんて楽しくなんて美しい世界

鈴木慶一がプロデュースした原田知世のアルバムが、いつの間にか Spotify で聴けるようになっているじゃないか。昨晩(2018.9.6)深夜11時半過ぎまでウッカリ気づかずにきたぼくががおろかだった。だから、昨年12月の記事で書くことを諦めた知世マイ・ベスト・セレクションを、そのまま Spotify のプレイリストとして作成することができたのでやっておいたのが上のリンク。昨年12月の記事とはこれ↓
おっと、こっちこそしっかりアルバム音源のリンクを書いておこう。鈴木慶一プロデュースの知世ちゃん二作、『GARDEN』と『Egg Shell』。伊藤ゴローがプロデュースしたものは前からぜんぶある。

・原田知世と鈴木慶一の世界(1)〜『GARDEN』
・ムーンライダーズな原田知世 〜 原田知世と鈴木慶一の世界(2)
これら二作、それぞれ昨年10月と12月にこのブログで文章を書いたものだけど、そのリンクは恥ずかしいから書きません。CD でお持ちでないかたも、この Spotify にあるやつで<知世+慶一>の音楽を聴いていただければそれで充分幸せです。どうか、よろしくお願いします。

鈴木慶一プロデュース作も Spotify で聴けるようになったのでシェアできる知世マイ・ベストのプレイリストは以下。もし興味をお持ちになって CD でも買ってみたいとおっしゃるかたでもいらっしゃればと思い、収録アルバム名を付記しておく。

1) September(恋愛小説2 - 若葉のころ)
2) 月が横切る十三夜(Egg Shell)
3) さよならを言いに(GARDEN)
4) 中庭で(GARDEN)
5) 夢迷賦(GARDEN)
6) UMA(Egg Shell)
7) キャンディ(恋愛小説2 - 若葉のころ)
8) 年下の男の子(恋愛小説2 - 若葉のころ)
9) SWEET MEMORIES(恋愛小説2 - 若葉のころ)
10) ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ(音楽と私)
11) うたかたの恋(音楽と私)
12) 天国にいちばん近い島(音楽と私)
13) くちなしの丘(音楽と私)
14) ときめきのアクシデント(音楽と私)
15) 時をかける少女(music & me)

ぼくがこういったプレイリストをつくるばあいのくくりは、多くのばあい CD-R に焼く際一枚におさまるか、ということだ。この知世マイ・ベストも1時間10分だから可能。もちろんその限りではない二時間超のセレクションもあったりするが(たとえば「プリンス 30」)、レコード片面とか CD 一枚という尺は、やはり意味のある時間の長さだったという気がする。

1「September」の歌詞内容はつらく苦しい失恋だけど、アレンジとプロデュースの伊藤ゴローは楽しく快活なジャンプ・ナンバー、言ってみればファンク・ミュージックっぽいグルーヴァーに仕立ててあるのがとてもいいよね。沁み込みすぎない中庸の、楽しくやわらかい、そしてなにより爽やかな情緒を持たせることに成功している。

同じグルーヴァーでも、2「月が横切る十三夜」、6「UMA」などと聴き比べれば、伊藤ゴローと鈴木慶一との持ち味の違いが鮮明になってくる。ロック・ファンなら鈴木慶一の手がけた曲のほうに共感度が高いかも。しかしそうでなくとも、「月が横切る十三夜」のこのノリなんかは文句なしに最高じゃないか。知世のヴォーカル資質とも合致していて、も〜う、たまら〜ん!

2〜6曲目の鈴木慶一&知世作品群には、エスノ・ポップ/ロックという趣を持たせるという意図もぼくにはある。ムーンライダーズ的でもある。3「さよならを言いに」では沖縄音階を使いつつダブ(ジャマイカのレゲエから発展したひとつ)ふうな音処理を施してあるという絶妙な逸品。4「中庭で」は無国籍アンビエント。5「夢迷賦」は中国音階だけど、人声やパーカッション(デジタル・サウンド?)の使いかたはホルガー・シューカイっぽい?

7曲目以後の伊藤ゴロー・プロデュース楽曲については昨年あれほど書いたので、繰り返さない。7〜9がカヴァー・ソングで、10以後は知世自身の過去レパートリーに新しい衣をまとわせて歌いなおした再演。すべてがとても美しい。ゴローのサウンド・メイクが絶品だけど、知世の声と歌いまわしがやはり大きな落ち着きと豊かな表情を獲得している。ゴローもそんな歌手としての知世を最大限に活かすべくペンをふるっている。あるいはゴローの表現したい世界に知世の声がよく似合っているというべきか。

なかでも特に9「SWEET MEMORIES」(松田聖子)。ここでもソプラノ・サックスが聴こえるのが伊藤ゴロー・アレンジの目立った特色だと思うんだけど、それ以外にはほぼ弦ハープ一台だけ。それに乗って知世がこの、失った恋を想う哀しく切ない歌を、しっとりと綴るのがたまらない美しさ。歌詞は松本隆。

10曲目以後のオリジナル楽曲再演篇でもきれいな知世だけど、ことに坪口昌恭のピアノ伴奏だけで歌う12「天国にいちばん近い島」なんか、絶品美。泣きそうになっちゃうよ。坪口はどうしてこんな和音を弾けるんだろう?これは坪口のスタイル?伊藤ゴローの指示?どっちにしても、愛を美しく語るこの知世のヴォーカルでトロトロに蕩けてしまう。

セレクション・ラストの15「時をかける少女」。2007年のアルバム『music & me』のラストに収録のヴァージョンで、それは昨2017年8月リリースのベスト盤『私の音楽 2007-2016』のトップをも飾っていた。知世最大のヒット曲で知名度があまりにも高いが、昨年に縁あってはじめてちゃんと聴いてみた知世の音楽のうち、まず最初「September」でガンと感動し、このボサ・ノーヴァな「時をかける少女」で完璧に骨抜きにされてしまった。

あぁ、なんて美しい世界、このまま溶けてしまいたい。

2018/09/16

ドナルド・バードのスロー・ドラーグ

1967年録音68年発売のドナルド・バードのブルー・ノート作品『スロー・ドラーグ』。もちろん #BlueNoteBoogaloo のひとつで、これまたドラムスがビリー・ヒギンズ。ルー・ドナルドスンの『アリゲイター・ブーガルー』の年でもあって、だからさ、あのへんのみんながさ、この1960年代後半〜末ごろに同じファンキーなラテン・ジャズ路線を歩んでいたと思うんだよね。個人的大好物だから、書き続けている。

ドナルド・バードのアルバム『スロー・ドラーグ』は、もうなんたってオープナーの「スロー・ドラーグ」で決まりだ。2曲目以後もかなり聴けるものがいくつかあるが、1曲目の牽引力があまりにも大きい。ところで slow drag は音楽用語で、スコット・ジョップリンなんかも使っているもの。ゆっくりしたテンポで重たく引きずるような(ダンス用であることも多い)粘っこい曲調を指すのがスロー・ドラーグ。

ブルー・ノート(じゃなくても)・ブーガルー・ジャズ全般に言えることだけど、さほど速すぎないテンポでタメを効かせ、じんわりと炎を燃やし徐々に昂まっていくような、そんな作風のジャズ楽曲・演奏が、こういった傾向の作品には多いと思うんだよね。「スロー・ドラーグ」もまた同じ。

曲「スロー・ドラーグ」では、シダー・ウォルトンの、強烈なゴスペル感を持つ重たいリフからはじまる。ピアニストは、曲全体を通し、ほぼずっとこのヘヴィ・リフを弾き続けている。毎コーラス終わりのコード・チェンジ部分でだけ、その変形みたいなものになるけれど、こういったブーガルー・リフをピアノが弾くのを曲の土台とするのは、ハービー・ハンコック「ウォーターメロン・マン」(1962)、リー・モーガン「ザ・サイドワインダー」(1963)からずっと変わらぬ創りだ。

曲「スロー・ドラーグ」の目立ったユニークさは、ヴォーカルが聴こえること。メイン・テーマ演奏前のイントロ部ですでにしゃべっているのがビリー・ヒギンズ。それが実にいいフィーリングをかもしだしているよねえ。大好きだ。これ、1967年5月12日録音なんだけど、この当時、こんなファンキー・ヴォーカルが聴けるジャズって、あったっけ、なかったよね。

ビリー・ヒギンズのヴォーカルは、トランペット、アルト・サックス(ソニー・レッド)と続くソロのあとすぐまた入ってきて、今度は本格的にしゃべっている。そこはいちおうはピアノ・ソロ部なんだけど、これはもはやヴォーカルをフィーチャーしたパートとでも言うべき。独り言というかツイートみたいなもんだけど、リラックスもしていて、「スロー・ドラーグ」という曲想によく似合っているしゃべりだ。

それが終わるとそのままメイン・テーマ最終演奏になるんだよね。ストレートに音を出さずベンドを多用するドナルド・バードのトランペット・ソロ、ソニー・レッドのアルト・サックス・ソロも、きわだって見事。前者のノート・ベンドはハーフ・ヴァルヴを多用しているのかな(あるいはリップ・スラー?)ブルージーさや重たいファンキーさを出し、後者も(いつでもそうだが)独自の発音でフレジングも強く、フリーキーな感触すらあるトーンがカッコよく、五人一体となって、曲「スロー・ドラーグ」は真っ黒けだ。

いやあ、1967年録音で、こんなにもカッコいいブーガルー・ジャズがあったんだろうか、なかったよね。曲もドナルド・バードが書いたものだけど、「スロー・ドラーグ」、最高だ。ぼくのばあい、このトランペット奏者にファンキー路線の作品があると承知はしていたつもりだったけれど、まったく不明だったと告白しないといけない。今年五月のレーベル公式プレイリスト #BlueNoteBoogaloo で教えていただいたのだ。「スロー・ドラーグ」には、はっきり言ってひっくり返るほどビックリしましたね、あまりにカッコイイんで。
ドナルド・バードのアルバム『スロー・ドラーグ』。ほかの収録曲もちょっとだけ走り書きしておこう。ラストの6曲目「マイ・アイディール」は、アルバム唯一のポップ・スタンダード。これと2曲目「シークレット・ラヴ」、5曲目「ザ・ローナー」は、新主流派寄りのトーナリティとリズムだけど、まあふつうのメインストリーム・ジャズかなと思う。

3曲目「ブックズ・ボッサ」、4曲目「ジェリー・ロール」は、ブルー・ノート・ブーガルー的と呼んでいいような要素がちょっぴりあるのかもしれない。前者は曲題どおりボサ・ノーヴァ調で、このアルバムでベースを弾くウォルター・ブッカーの作品。ビリー・ヒギンズのドラミングがやはりうまいのと、シダーのピアノ・リフがいい。異様なソニー・レッドのソロも聴きものかな。

そんなソニー・レッドをフィーチャーしたのが、4曲目「ジェリー・ロール」。ピアノ・リフや、ソロ背後で入るホーン・リフを聴いてほしい。笑っちゃうほど「ザ・サイドワインダー」でのバリー・ハリスのパターンにウリ二つじゃないか。曲題ほどは猥雑感と粘っこさのないあっさりジャズ・ロックだけど、これはひょっとしてリー・モーガンの『ザ・サイドワインダー』に参加していたビリー・ヒギンズが主導権を握っていたかもしれないね。ドラミングといい、曲全体のリズム・パターンを主導している印象がある。

2018/09/15

ローザ・エスケナージ

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わりと好きな女性レンベーティコ歌手、ローザ・エスケナージ。

持っているのはぜんぶで20曲。ローザの歌にかんしては、トルコのカラン・レーベルがリリースした『レンベーティカ』(Rembetika Aşk Gurbet Hapis ve Tekke Şarkıları、2007)と、イギリスの JSP(なぜここが?) リリースの『レンベーティカ』(2006)、『レンベーティカ 2』(2008)、『レンベーティカ 8』(2012)収録のものを持っているだけ。JSP は同シリーズをもっとたくさんリリースしていてぜんぶ買ったけれど、ローザが入っているのはこれだけじゃないかな。

それらからローザ・エスケナージの歌だけを選び出して、iTunes でひとつのプレイリストにまとめてあるのだった。CD-R にも焼いているし、iPhone にだって入っているのでどこででも聴ける。ローザのことは、たぶんぼくが聴いた範囲のレンベーティコ歌手のなかではいちばん好き。性別・年代問わず、大好き。

上記 CD アルバム収録曲は、レコード(録音?発売?)年の記載がないものもあるので、たんに収録アルバムごとにずらっと並べたぼくのローザ・エスケナージ・プレイリスト全20曲が以下のとおり。年の記載があるものは右に書いておいた。Rozika 名になっているのも同じひと。注意しないといけないのは iTunes に取り込む際、演者名欄が "Various" になってしまうものが数曲あった。

1. I Dzerkeza (The Circassian Girl)
2. Gazeli Sabach, Sti Mavri Yi Chrosto Kormi (I Owe My Body To The Black Earth)
3. Mas Kynigoun Ton Argile
4. Ime Prezakias
5. Merakli Rast Manes (1932)
6. Binda Yiala (1932)
7. Voliotissa (1934)
8. Mes' Tou Zambikou Ton Teke (1932)
9. Aravi Sabach, Dounia Pos Me Katindeses (1933)
10. Yiannoula (1934)
11. Yiannousena (1934)
12. Pali Mou Kanis to Vari (1936)
13. Hijaz Gazel, Polles Fores Ki I Kardhia (c. 1950s)
14. Gazel Nihavent (1936)
15. Hariklaki (1932)
16. Arapi Gazel Uşak (1934)
17. To Kanarini / Kanarya (1934)
18. Kadifes /Kadife (1930)
19. Çakıcis / Çakıcı (1954, Intanbul)
20. Min Orkizese Vre Pseftra / Yemin Etme Yalancı Kadın (1936)

1〜4 from "Rembetika" (JSP)
5〜7 from "Rembetika 2" (JSP)
8〜13 from "Rembetika 8" (JSP)
14〜20 from "Rembetika Aşk Gurbet Hapis ve Tekke Şarkıları" (Kalan)

ローザ・エスケナージは1883〜90年ごろのコンスタンティノープル(イスタンブル)生まれ。ユダヤ人の、いわゆるセファルディの娘で、第一言語はトルコ語だけど、多言語話者。かなり若いころにギリシア(テッサロニキ、その後アテネ)に移住。1929年ごろからレコード録音を開始したらしく、その後1970年代まで活動したとのこと(レコーディングは1960年代末あたりまで?)。亡くなったのは1980年12月2日。ってことは、上のセレクションはほぼ第二次世界大戦前の古いものばかりってことか。そういったアルバムしか持っていないんだから当然だ。

ローザ・エスケナージはスミルナ派レンベーティカの大きな存在らしく、しかしスミルナ派とピレウス派の味わいはたしかに違っているな、やっぱりスミルナ(イズミル)派のほうがいっそう魅力的だなとは聴けばわかることだけど、ローザがレンベーティカ史においてどんな存在なのかは、不勉強なのでよくわからない。

ただただローザ・エスケナージの歌が(同時に楽器をやっているばあいもある)、というか声が、魅惑的だなあと、そこにとても強い引力を感じ、ほかのレンベーティコ歌手ではやっていない単独プレイリストを数年前から作成して楽しんでいるっていうわけ。どのへんにそんなに強く惹かれるのか、自分でもロジカルにはちゃんと説明できない。

ローザ・エスケナージの声に漂っている強いメランコリー、ってことなのかなあ。なにか大切なものを喪失した、あるいはもとから一度も得られたことのない、そんな人間の持つ感情、自分は永遠にだれにも理解などされない、満たされることなどないのだという、そんなフィーリングを心情の根底に持つ人間だけが表現できる、ある種の憂い 〜〜 みたいなことなのかどうなのか、わからないが、ローザの声のトーンにはそんなものがあるような気がするような。

ローザの歌にぼくが強い共感をおぼえるのはこういったことなんだろうか?

上で書いたセレクション・プレイリストで聴けるローザの歌はどれもすばらしく美しいが、個人的な実感としては特に、たとえば2「Gazeli Sabach, Sti Mavri Yi Chrosto Kormi」(記載がないが、これもたぶん1930年代ごろだろう?)、16「Arapi Gazel Uşak」、20「Min Orkizese Vre Pseftra / Yemin Etme Yalancı Kadın」などは絶品中の絶品だ。

端的に言えば、これぞスミルナ派レンベーティカの真髄だと言えるチャームなんだけど、少人数編成の伝統的な伴奏をともなって、ローザが強い色気を薫らせながら強い声でフレーズをまわし、クラシカル・ヴォイスで典雅な気品をも香らせ、精神的に定まらない放浪の哀しさ、さびしさ、あこがれを美しく表現している。伴奏陣との掛け合いのタイミングも絶妙だ。

決してどこにも所属しない、なんの仲間にも入れてもらえようがない、入るつもりもない、どこともだれともつながりがない、帰るところがないが行く宛もない 〜〜 簡単に言ってだれも愛さずだれにも愛されない "exile" の悲嘆を、ローザ・エスケナージの声質に聴きとることができるように思う。

そんなローザのことが大好きなんだ。

2018/09/14

オールド・ワイン、ニュー・ボトル、になりかけ? 〜『マイルズ・イン・ベルリン』

マイルズ・デイヴィスの『マイルズ・イン・ベルリン』。このジャケットをご覧いただきたい。右上に「ステレオ」って堂々と書いてあるよね。ものによってはこれがない(日本盤はむかしもいまもない。ドイツ盤も?)。そりゃそうだよ、ウソだもん。中身はリアル・ステレオじゃない。「ステレオ」と銘打ったものは擬似ステレオっていうやつ。現場ラジオ局のスタッフが録音したオリジナル・テープは、モノラルのものしかない。

『マイルズ・イン・ベルリン』は1964年9月25日の西ベルリンでのライヴ収録で、まずドイツ CBS から1965年2月1日に発売されたレコードが初版。それをもとに日本でも1968年にレコード発売された。母国アメリカで発売されたのがいつのことか、調べてもわからなかった。データを自力で発見できなかったけれど、どなたかご存知のかたがいらっしゃると思いますので、教えてください。さらにどの段階で疑似ステレオで発売され(アメリカでだけ?最初から?)、いつごろのリイシュー CD からちゃんとモノラルに修正されたか(ドイツと日本ではずっとモノ盤だけのような?)も、きちんとしたデータを見つけられなかった。どうかお願いします。

ぼくの記憶が間違っていなければ、35年以上前の大学生のころに買ったレコードは疑似ステレオだったように思う。21世紀に入りしばらくしてからのぼくがふだん聴く日本ソニー発売の CD はリアル・モノラル。しかも一曲、レコードにはなかったボーナス・トラックがあって、旧 B 面の「ソー・ワット」と「ウォーキン」のあいだに「ステラ・バイ・スターライト」が入っている。これで当夜のフル・コンサートをそのままの曲順で再現だと、データ的な資料でわかっている。

ここまでは瑣末な周辺情報だった。みなさんご存知のとおり『マイルズ・イン・ベルリン』は、ウェイン・ショーターがバンドのレギュラー・メンバーとなってはじめての演奏記録だ。公式でもブートレグでもそう。ベルリンの前が、サム・リヴァーズ参加の『マイルズ・イン・トーキョー』で、このあいだには非公式音源も存在しない。

ウェインが参加してバンド・サウンドにどういった変化があるか?がやはり最大の着目点になると思うんだけど、実際、変わりはじめているよね。特にリズム面。ボスのマイルズの演奏スタイルに大きな違いは聴きとれないが、サックス・ソロ、ハービー・ハンコックのピアノ・ソロ、それら二者の背後でのリズム・セクションの動きに、柔軟性、躍動感、そして崩壊一歩寸前に達さんとする抽象化の動きまで読みとれる。しかもそれがリリシズムと一体化しているケースだってある(「枯葉」)。

マイルズの音楽はずっと生涯にわたりそうだったけれど、リズム面での革新に大きな意味を持たせているばあいが多い。『マイルズ・イン・ベルリン』で聴けるウェイン効果もやはり同じくリズム面での刷新が大きいと思う。(現行)アルバムの全五曲中、それが最もわかりやすいのが「枯葉」と「ウォーキン」じゃないかな。実際、この二曲がこのライヴ盤のハイライトだ。

「枯葉」では、絶妙きわまりないリリカルさを発揮するマイルズのソロがやはりいちばんいいんだけど、みんな、その次、二番手のウェインのソロをあまりにも軽視しすぎだ(特に某ナカヤマさん)。テナー・サックスで吹くフレイジングの表情にリズミカルな変化をつけ(発音の質、音量も多彩だが)、細かくクネクネとうねったり、大きな同一フレーズをシンプルにリピートしたりなどしながら、リズムの三人を刺激している。実際、ピアニスト、ベーシスト、ドラマーは、マイルズのバックでの淡々とした伴奏では聴けない変幻するカラフルな表情を見せているよね。

三番手ハービー・のピアノ・ソロ(四番手ロン・カーターのベース・ソロはなんでもない)だって、ウェインがつけたリズムの陰影をそのまま引き継いでいるじゃないか。かなり刺激されているとわかる。テナー・サックス・ソロの最終盤でウェインが同一フレーズを反復し、その背後でリズム三人がブロック・リフを合奏して、四人でグイグイ盛り上がるところは最高なんだけど(某ナカヤマさん、聞いてますか?)、そのままサックス・ソロが終わるので、次のハービーのソロへの大きなお膳立てにもなっているんだよね。

こういったことがさらに顕著になっていてわかりやすいのが「ウォーキン」。この演奏で、新クインテットの新化学反応を最も強く感じることができる。やはり三番手ウェイン、四番手ハービーのソロが聴きもの。ウェインはかなりな程度まで抽象化を推し進めているよね。ことにテンポの扱いが柔軟というか、種々の変化をつけて、あわせてフレイジングも変えている。ってか、こんなフレーズを吹きたいからこんなふうに自在にテンポ・チェンジするってことか。もはやソロ全体の均衡や統一性を欠く一歩手前まで来ている。

背後の三人、特にハービーがあまりにも強くそんなウェインのソロ内でのテンポ・チェンジに影響を受けたバッキングをしているでしょ。ウェインがソロの最後で、曲「マイルストーンズ」のテーマ・リフを引用して終わると、次の四番手ハービーのソロは、途中からガクンとテンポ・ダウンし、スロー・ブルーズになってしまう。しまう、というのは悪い意味じゃなく、とても美味しい。エイヴリー・パリッシュの「アフター・アワーズ」みたいで、とてもいいよね。

そこだけじゃなく、一個のピアノ・ソロのなかでこんなにどんどんテンポを多彩にチェンジさせながら弾くハービーは、この「ウォーキン」でしか聴けないんじゃないかと思う。ベーシストとドラマーもすべての局面で即応しているしね。ピアノ・ソロの最後にはもとどおりの急速調になって、テーマ合奏に戻る。

『マイルズ・イン・ベルリン』の全六曲は、他作スタンダードもマイルズ自作も、すべて古いもの。『E.S.P.』を録音するまでは新レパートリーがないんだから当然だけど、それにしても古酒だ。しかし1963年以来マイルズが繰り返してきたライヴ・ツアーのその記録されているもののなかでも、ベルリン・ライヴは新めの容器に入っている、やりかたが斬新だという感があって、やはりな、さすがはウェイン、そしてそれを見抜き招いたマイルズだけあるな、と感心する。

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