2019/11/12

クラシック・ロックは金持ち中高年の愛玩品となったのか?

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大きなボックス・セットばかり出るのはもういいかげんウンザリなんです、クラシック・ロック界。ビートルズにしたって今2019年は『アビイ・ロード』50周年記念ということで、数枚組サイズのでかい、つまり価格も高いボックスがリリースされました。ぼくはもはやおつきあいする気が失せていますので、Spotify で聴いて済ませています。CD を買う気はまったくなし。

 

ビートルズは昨年も『ワイト・アルバム』の50周年記念ボックスがありましたよね(来年は『レット・イット・ビー』の箱が出る?)。そこまではぼくも買っていたんですけど、もうなんか、古い(評価の定まった)ロック・ミュージシャンの再発ものって、こんなのばっかりになりましたよね、最近。いつごろからでしたっけ?10年くらいはこんな状態が続いていると思います。

 

だからもちろんビートルズだけでなく、エルヴィス・プレスリーをはじめとして1950/60/70年代に活躍したロック・ミュージシャン、バンドの再発ものはぜんぶそう。高価なボックスものばかりになって、それがまたどんどん次から次へと出るもんですから、ぼくなんかもう完全に息切れしていてギヴ・アップ状態なんですね。

 

ひとつには経済的事情もあります。お金をどんどん使うのはわさみん(岩佐美咲ちゃん)関係でということになりました。わさみん歌唱イベントがぼくの日帰りできる地元で開催されるなんてことはないので、生歌を聴きに会いに行くばあいは必ず往復の交通費とホテル代が必要です。その上イベント現場にいけば握手券目当てでどんどん CD を買うので、だからお金がかかるんですね。

 

わさみん関係でお金をどんどん使うようになりましたので、そのほかのことはなるべく緊縮財政でいかないとお財布が持ちません。クラシック・ロックではないほかの音楽の新作 CD やリイシューものだって(特に Spotify で聴けないばあいは)買いたいのに、内容がほぼ知れている古いロック・ミュージシャンの大部なボックスなんて遠慮しちゃうんですよ。万円単位がふつうですもん。

 

もうひとつ、ロックでもなんでもそうですけど大衆音楽は身近で親しみやすい、近づきやすいという点が大きなメリットで、もともとが金持ち特権階級の趣味だったクラシック音楽なんかとはそこが根本的に違うのに、一巻数万円もするような高価なボックス・セットをどんどん売るという商売はいったいどうなんだ?という大きな疑問だってあるんですよね。

 

なかでも特にロック・ミュージックは庶民性、卑近さがウリだったはずでしょう。近付きがたい高貴な人物が特別なことをやっているんじゃなくて、そこらへんの近所のおにいちゃんたちが安い楽器を持ってわかりやすいことをやっているという、なんというか原初的動機がロックのばあいとても大きなものでした。ボブ・ディランだってビートルズだってローリング・ストーンズだって、もともとはそんな連中でした。

 

彼らが現役で大活躍していた(ディランとストーンズはいまだ現役だけど)時代に青春時代を過ごし、知って聴くようになってファンになった世代が、いまちょうど還暦ちょい(だいぶ?)過ぎあたりになると思うんですよね。若い時分にはお金がなくて、一枚のレコードを舐め尽くすようにくりかえし味わっていたそんなみなさんもすっかりエスタブリッシュメントになって、お金と生活にゆとりができるようになっているかもしれません。

 

レコード会社はそんな世代を狙い撃ちしているんですよね。一巻で軽く一万円を超えるような大くて高価なクラシック・ロックのボックス・セットを、後追いで彼らを知った若いファンが買っているとはあまり思えません。なかには買っているひともいるでしょうが、そんなボックス・セット購買層の大半が50歳過ぎの中高年に違いありません。

 

つまり要するにぼくの言いたいことは、ロック・ミュージックの存在理由・価値観が薄れているんじゃないかと思うわけですよ。失せてはいなくても確実に変質はしています。大部なボックス・セットの相次ぐ発売に象徴されるように、1970年代くらいまでのクラシック・ロックは、いまや金持ち中高年層のための趣味となってしまいました。そこにヤング・ジェネレイションや若くてナイーヴな感性が共感できるような内容はもうないんです。

 

(written 2019.10.22)

2019/11/11

「私は(北米も中南米も)アメリカという一つの大陸として見ている」 〜 ガビー・モレーノ&ヴァン・ダイク・パークス

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https://open.spotify.com/album/5fJPmkm2zrCmEFyxkADcri?si=dpijWLVvTkaAaoJc4dfRdw

 

うわあ、これはかなりの傑作ですね、『スパングルド!』(2019)。グアテマラ人歌手ガビー・モレーノとアメリカ合衆国のヴァン・ダイク・パークスのコラボレイション・アルバムです。ガビーもヴァン・ダイクも、いまはロス・アンジェルスで活動していますよね。そこにいながらにして、中南北を俯瞰したような汎アメリカン・ミュージックをこの作品では指向したと言えます。

 

この『スパングルド!』でぼくがいちばん感動したのはヴァン・ダイクのアレンジですね。実に見事なオーケストレイションじゃないでしょうか。ガビーも素直な発声できれいにスムースに歌っていて、好感が持てます。ガビーのヴォーカルには特にこう、ひっかかりというか、大きな強い特色みたいなものがないと思うんですけど、そのナチュラルさがこのアルバムではかえって楽曲やアルバム全体での普遍性をきわだたせることになっていて、大成功です。

 

そんなガビーとヴァン・ダイクがたぶん共同で曲を選んでいったんんじゃないかと思いますが、楽曲はアメリカ合衆国のものもあれば中南米のものもあって、わりとまんべんなくチョイスされているなといった印象です。英語圏の歌は英語で、ラテン系の曲はスペイン語かポルトガル語でガビーは歌っていますね。グアテマラの歌手だからといって、ラテン系楽曲ばかりにはしたくなかったとのガビーのことばがありますが、汎アメリカ性みたいなことに配慮した結果なのでしょう。

 

さらに、楽曲の選択もさることながら、このアルバムに統一感をもたらしているのは、なんといってもヴァン・ダイクのオーケストレイションでしょう。北米の曲も中南米の曲も自然な感じでスーッとつながるように、なんというかラテン系の曲でもエキゾティズムや国の音楽アイデンティティを出さず、極力それは消して、スムースにというか <アメリカの>音楽として一つに聴こえるよう、アレンジに腐心したのがうかがえます。

 

そんなヴァン・ダイクの尽力のおかげで、『スパングルド!』を聴いているぼくは、どの曲がどこの国のものだみたいなことをほとんど意識せず、アルバム全体をひとつながりのものとしてスーッとスムースに聴けるんですね。じっくりたどってみると多様な曲が並んでいるのに、どの曲も同じ<アメリカ>の音楽に聴こえるからすごいです。ガビーとヴァン・ダイクがつとめてそうなるようにしたというのがわかります。

 

そんな<アメリカ>とは、だから実はどこにもないものです。架空のというか仮想のもの、ファンタジーですよね。でも音楽の世界では、南中北アメリカ一体となった統一感、一体感をガビーとヴァン・ダイクは表現することに成功していて、それこそがこのアルバムの勝利であり、実は国境なんかないんだよ、そんなもの越えていこう、ひとつになろう、というのがこのアルバムの意図なんじゃないかなと思えてきます。

 

ってことは、いまガビーもアメリカ合衆国に住んでいるわけですし、この国の大統領が実行している国境分断政策やらといった政情に強くアピールする色濃い時事性、政治性をも帯びた作品であるとも言えますね。トランプ時代になって、音楽の世界でもライ・クーダーやメイヴィス・ステイプルズなど、音楽を使った発言が増えていますが、ガビーとヴァン・ダイクの『スパングルド!』もまたそんなひとつと言えましょう。

 

(written 2019.10.17)

2019/11/10

リベリアのアフロ・ジャズ・ファンク、カピンジーがかっこいい

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https://open.spotify.com/album/2g2XdoOf0PLsR9i23L7Jcn?si=k-hNXVqnRhS8naI4ijYHow

 

bunboni さんに教えていただきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-10-12

 

カピンジーと読むらしい Kapingbdi。リベリアのバンドです。その編集盤『ボーン・イン・ザ・ナイト』(2019)はこのバンドの三枚のレコードからの抜粋みたいで、しっかしこ〜れが!カァ〜ッコイイんですよ。リベリア音楽のことをまったく知りませんが、このアルバムで聴くかぎり、1970年代のアメリカにけっこうあったアフロ・ジャズ・ファンクですね。

 

アルバムの全10曲、テンポのいい快速グルーヴ・チューンばかり続くのはコンピレイションだからなんでしょう。このバンドの魅力をギュッと凝縮して届けたいという編纂者の意図が伝わります。実際、カピンジーの『ボーン・イン・ザ・ナイト』を聴くと、猛烈にグルーヴするカッコいいバンドだって納得しますよね。リーダーはサックス(&たぶんフルートも)のコジョ・サミュエル。編成はコジョのほか、たぶんギター、キーボード、ベース、ドラムス、パーカッションっていう感じでしょう。

 

とにかくアルバム1曲目の「ドント・エスケイプ」。この曲の出だしから三分すぎまでのテンポ・ルパートな導入部はぼくにはどうってことないですが、その後ドラマーが激しく叩きはじめ、強いビートが効きだしてからが本番ですよ。もうそこがなんといっても超カッコイイんでシビレます。グルーヴがね、生きていますよね。コジョのサックスはもちろんいいんですけど、個人的にはこのギターリストが大の好みです。伴奏で刻んでいるときもソロでも、実にカッコいい弾きかたですねえ。どの収録曲でもそう。

 

アルバムは全体的に似たような感じで進みますが、曲によってコジョはフルートを吹いたり、また歌ったり、あるいは男声バック・コーラスみたいなのも頻繁に聴こえるのはバンド・メンバーによるものでしょうか。1曲だけ女声リード・ヴォーカルの曲もありますね。でもどの収録曲もつくりの根本は同じです。手数の多いドラマーの叩きかたも好みですねえ。

 

4曲目の「アワ・ヘリティッジ」もすごいグルーヴだし、この曲ではコジョはフルートですけど、吹きまくるテナー・サックスで聴いてみたかったと思わせるいい曲です。コジョのサックスの吹きかたはちょっとジョン・コルトレインとかそのフォロワーみたいな感じで、1960〜70年代にはたくさんいたあのスタイルですね。それがアフロ・ジャズ・ファンクとこんなに相性いいんだから、トレインだってもっと長く生きていれば…。

 

8曲目の「マリ・フィーリング」でもギターリストがとてもいいですが(まるでギターを弾くトレインみたい)、このリズム、ビート感こそ命ですよね。アフロ・グルーヴに乗って、ここではコジョがサックスを吹いてくれます。そのソロが実に聴かせる内容で感心しますよね。リベリアにこんなにすばらしいサックス奏者がいたんだなあ。しかもこんなにもカッコいいアフロ・ジャズ・ファンクをやってくれていて、こんなにもグルーヴィだっていう。はっきり言って降参しちゃいました。

 

(written 2019.10.16)

2019/11/09

岩佐美咲『美咲めぐり 〜 第2章 〜』を聴く

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こちら愛媛県大洲市という超ど田舎にも、発売日翌日の11月7日に岩佐美咲(わさみん)のニュー・アルバム『美咲めぐり 〜第2章〜』が届きました。もうなんども聴いていますので、ちょっとした感想を記しておきたいと思います。通常盤と初回限定盤の二種ありますが、上に写真を出したのは初回限定盤。そっちには通常盤の全曲を収録してなおかつ独自にオリジナル曲の近年ライヴ・ヴァージョン三曲があります。

 

『美咲めぐり 〜第2章〜』の目玉は、一般的には「魂のルフラン」と「千本桜」ということになるのかもしれませんが、個人的には「雨」と「秋桜」ですね。それからライヴ・ヴァージョンの「初酒」「もしも私が空に住んでいたら」、特に「もし空」です。これらは本当に絶賛すべきできばえに違いありません。すばらしいのひとこと。

 

「雨」(森高千里)と「秋桜」(山口百恵)はちょっと似たような傾向の曲です。歌詞内容はかなり違いますが、曲調が似ていますよね。しっとりと落ち着いた大人のおだやかな情緒を表現したもので、それを歌い込むわさみんのヴォーカルは以前よりもぐんとセクシーさを増しています。ここまでとは正直言って予想していましたが、それでもやはり驚きの完成度ですよね。

 

セクシーさ、言い換えれば色艶を声のトーンそのものに持てるようになったということで、わさみん個人の人間的成長もさることながら、ソロ歌手として10年近いキャリアを持ちいろんなタイプの楽曲をどんどん(ほぼ毎日)歌い込み続けてきているという経験が、ヴォーカルにこれだけの大人の色艶をもたらしているのではないかと推測します。

 

声が丸くなっておだやかさを増し、しかも落ち着いてきていますよね。「雨」はつらい失恋を歌った曲ですが、このまま濡れておきたい、雨が気持ちを流してくれるからという、そんな歌詞を表現するわさみんの歌声に聴きとれるのは、決して切なさや哀しさではありません。この恋を流して、さぁ前を向いて歩んでいきたいという肯定感こそがそこにあると思うんですね。

 

「秋桜」は、はっきり言って山口百恵の名唱がありますから、わさみんでもそれを凌駕できているかどうかわからないのですけど、それでもわさみんなりのしっとり情緒をうまく出せているなと思います。楽曲そのもののよさ、アレンジ、主役歌手の表現力など諸要素をトータルで考えれば、この「秋桜」が、今回の新作アルバムで個人的にはベスト・トラックです。エンディング部の演奏というか音量変化がちょっと妙ですけど(最初 CD の再生不良かと思った) 、それでも、いやあ、すんばらしい。

 

いやいや、ちょっと待ってくださいよ。初回限定盤の末尾にボーナス・トラックとして収録されている近年ライヴ・ヴァージョンのオリジナル曲三つのうち、「初酒」「もし空」の二曲は、もっといい出来の歌唱を聴かせているかもしれませんねえ。なんどもなんどもそれこそ無数に歌い込んできている持ち歌だけにそのことによって、またわさみんのここ二年ほどの大幅な急成長によって、曲そのものが違って聴こえるほど大充実しているのではないでしょうか。

 

「初酒」にしろ「もし空」にしろ、わさみんは(シングル CD とは違う)ライヴならではの独自フレイジングを聴かせてくれているんですが、それ以上に声そのものの色がぐっと丸くて太くなっています。張りと伸びと幅が出てきているというか、余裕と艶を増しています。特にアルバム・ラストの「もし空」ですね。これはわさみんオリジナル曲のいままで発売されたヴァージョンのなかでも絶頂を記録したものと言ってさしつかえないと思います。

 

「もし空」はわさみんファンのみなさんが声をそろえるように名曲だとぼくも思うんですが、この新作アルバム・ヴァージョンはすごみに満ちていますよね。迫力があるというか壮絶さすら感じます。こんな「もし空」はいままで聴いたことがありません。2018年2月の恵比寿でのコンサートで収録したものだからぼくも現場で聴いたはずですが、ここまでの見事なものだったとは失念していました。特に終盤部での歌唱の節まわしと発声なんか、なめらかさにおいて絶品ですよねえ。

 

全体的に見てわさみんのニュー・アルバム『美咲めぐり 〜第2章〜』は、楽曲のすばらしさ、堅実なアレンジ、そして主役歌手のヴォーカル・トーンと表現力の大幅な充実によって、三年前の「第1章」を大きく超える傑作に仕上がったものと言えましょう。いまの日本で、演歌、歌謡曲、J-POP、アニソン、ヴォーカロイド曲など、ここまで多彩な楽曲の数々を自分の土俵にひきつけて、均一かつ着実にこなせる歌唱能力を持った歌手がほかにいるのなら、ぜひ教えていただきたいものです。

 

(written 2019.10.8)

2019/11/08

ディランとキャッシュのロカビリー・セッション 〜『トラヴェリン・スルー』

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https://open.spotify.com/album/1euXUeJobzra05wyBIrdtH?si=qxttU0cHRsuUNGxdPW2yyQ

 

ボブ・ディランのブートレグ・シリーズ、最近のものはちょっとやりすぎだとぼくは思っています。未発表音源集の CD で10枚組近いとか以上というようなサイズを、それもやつぎばやにポンポンと立て続けにリリースされたってお財布事情が許さないし、追いつけたって味わう時間もないっちゅ〜ねん。そんなわけでここのところの同シリーズは買わずにスルーを決め込んでいました。どうしてだか Spotify では抜粋のサンプラーしか聴けませんしね。

 

ところが今2019年11月の頭に発売された Vol.15はそうはいかないですよねえ。なんたってジョニー・キャッシュとの共演をふくむ1967〜69年の音源集で、そりゃあもう『ジョン・ウェズリー・ハーディング』と『ナッシュヴィル・スカイライン』が最愛のディランであるぼくなんかには、そこをメインとする未発表録音集で、しかも今回は CD 三枚組とあまり大きすぎないサイズですからね、もう感涙。

 

それで三枚組の CD を買いましたが、それでもやはり今日は Spotify で聴けるそこからの抜粋サンプラーに沿って話を進めたいと思います。やっぱりなんといっても聴けるかどうか、みんなでシェアできるかどうかは大きな違いですからね。ボブ・ディランとコロンビア側にも、ブートレグ・シリーズぜんぶをフルにストリーミングで聴けるようにしてもらいたいと強く願っておきます。

 

さて、その『トラヴェリン・スルー』(サンプラー)。中心は(CD でもそうですが)ジョニー・キャッシュとの共演音源でしょうね。サンプラーのほうでは7〜12曲目がそれと、やはり中核を成しています。既発アルバムだと『ナッシュヴィル・スカイライン』に「北国の少女」一曲があったのみですが、やはりかなりたくさんのセッション音源があったんですね(CD だと25トラック)。

 

ディランとキャッシュの共演最大の特色は、ロカビリー/ロックンロール色を強く帯びているということじゃないでしょうか。キャッシュとの共演でありながら、カントリーというよりエルヴィス・プレスリー的なロカビリー・ミュージックに近づいていると思います。そんな部分は『ナッシュヴィル・スカイライン』ではわからなかったことですよね。ロック・ミュージックの持つ(黒人ブルーズ的以外の)白人音楽要素を前面に出したとでもいいましょうか。

 

たとえばサンプラーにはカール・パーキンスの「マッチボックス」が収録されていますよね。たしかにカントリーに寄ったような色彩もありますが、これはほぼロックでしょう。CD だとほかにも「ザッツ・オールライト」や「ミステリー・トレイン」といったエルヴィスのレパートリーだった曲での共演が収録されているんですね。どうせだったらそれらをサンプラーにも入れてくれたらこのセッションの特色がもっとハッキリしたのになぁと思うんです。

 

がしかしそれをせずロック・スタンダードは「マッチボックス」一曲だけをサンプラーに収録したのは、サンプラーゆえの制限と、もうひとつあまり(ブルーズ的な)ロック・サイドに寄りすぎないようにとの配慮があったかもしれません。『ジョン・ウェズリー・ハーディング』『ナッシュヴィル・スカイライン』といったあたりのディランの音楽は、かなり鮮明にカントリー(・ロック)に傾いていましたから。そうはいってもサンプラー9曲目「ビッグ・リヴァー」や11「ゲス・シングス・ハプン・ディス・ウェイ」もロック・ナンバーっぽいのではありますが。

 

サンプラー10曲目の「北国の少女」(リハーサル・テイク)。大好きな曲なんですが、ディランもキャッシュもまだ手探りといった状態で、『ナッシュヴィル・スカイライン』で聴けるような、冬の冷たくて引き締まった空気がピンと張るような清廉なアトモスフィアはありません。しかしキャッシュのほうはそれでもしっかり歌っていると言えるのではないでしょうか。

 

『ナッシュヴィル・スカイライン』の録音期に行われたジョニー・キャッシュとの共演セッションからの曲群の前後は、サンプラーだとそのアルバムと『ジョン・ウェズリー・ハーディング』からの未発表テイクが中心です。それらではディランもしっかり歌っているし、曲としても完成に近づいている、あるいはこっちをアルバム収録してもよかったと思えるほどのいい出来のものだってありますよね。

 

なにしろカントリー色を濃厚に出して少人数のアクースティック編成でこじんまりと歌うそれらの時期のディランがぼくの大好物なもんですから、未発表音源でも聴けばただただ楽しいのひとことです。なかにはサンプラー3曲目の「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」のように本テイクとかなり様子の異なるものだってありますが、それもまた一興です。

 

サンプラーのラストに「見張り塔からずっと」が収録されています。これは『ジョン・ウェズリー・ハーディング』セッションのときの曲ということで、三枚組 CD では一枚目に入っているものです。しかしそれをくつがえしてサンプラーではラストに持ってきたというあたりには、発売側のこのテイクにかける自信のようなものがうかがえますね。実際、本テイク以上といってもいい迫真の歌唱じゃないでしょうか。今回の『トラヴェリン・スルー』収録のもののなかで最高のワン・トラックでしょうね。

 

(written 2019.11.7)

2019/11/07

くつろぎのジャズ・ボッサ 〜 ルイス・ロイ・キンテート

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https://open.spotify.com/album/3O1G4pumjlwgHymvNjnPsm?si=2pAezMYpT8OOyBqcmro7zQ

 

ルイス・ロイ・キンテートといえばエリス・レジーナの伴奏バンドとして名を成したんでしたね。ぼくはあまり知らないんですけど、そのルイス・ロイ・キンテートのアルバム『ルイス・ロイ・キンテート(1966)』が、ついこないだ CD リイシューされました。例のジスコベルタスのシリーズのおかげです。このアルバムがあるということも知らず、リイシューがあってはじめて存在を知り、聴いてみました。

 

そうしたらなかなか心地いい演奏ぶりじゃないですか。ぜんぶで35分もありませんけど、ちょっとした休憩時に、カフェか自室かどこかで流し聴きしてくつろげる、良質のイージー・リスニング、BGM だと思うんですね。そう、どこか特にひっかかるというかグッと来るところのない音楽で、このバンドの演奏を集中して聴くとかいうようなものじゃないですけど、肩肘こらない内容でなかなかいいですよ。

 

全編歌はなしでインストルメンタル・オンリーな『ルイス・ロイ・キンテート(1966)』。ちょっと覗いてみていただけないでしょうか。軽いというかソフト・タッチのジャズ・ボッサみたいなものじゃないですかね。たとえば9曲目のスタンダード「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が有名曲かなと思いますが、だからそれを聴けば、ルイス・ロイ・キンテートのスタイルがよくわかります。

 

ボサ・ノーヴァのリズムを効かせ、軽いノリでふんわりと、決してリキを込めずさらりと流すように、演奏していますよね。ドラマーの叩きかたなんかはだいたいどの曲でもこんな感じでリム・ショットを多用しているのがいかにもボッサふうですね。ピアノで伴奏をつけながらホーン二管のアンサンブルが走るっていう。

 

いちおうホーンズやピアノのアド・リブ・ソロも入るんですけど、その内容に特筆すべきものはありません。このルイス・ロイ・キンテートのつくりだすふわっとした雰囲気を味わって、なんとなくいい気分でカフェや部屋でリラックスしてたたずむとか、読書でもするとか友人とおしゃべりを楽しむとか、そんなこと向けの BGM にすぎません。でもそのためだったらフルに機能しますし、これだけぜいたくな音楽もないもんだなと思いますよ。

 

(written 2019.10.15)

2019/11/06

アート・ブレイキー生誕100周年にあたり

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https://open.spotify.com/album/00kSJu1snceWGZ0yYkTZXr?si=F5hhXBwMSBK88wNacEobYQ

 

ついこないだ、10月の10日すぎにアート・ブレイキー生誕100周年になったということで、ブルー・ノート・レコーズの公式 Twitter がなにか称賛のことばを送っていました。そうです、ブレイキーと、ジャズ・メッセンジャーズはまさにブルー・ノートの鼓動を打つ心臓みたいなものでしたもんね。そして生誕100年記念でブルー・ノートは "Art Blakey : The Finest" というストリーミング・プレイリストを公開したんです。

 

そのプレイリスト1、2曲目が予想どおり1954年のバードランド・ライヴ幕開けでして、ピー・ウィー・マーケットのイントロダクションと「スプリット・キック」をひさしぶりに聴きかえしたんですね。そうしたら、これ、完璧なワン・ナンバーじゃないかということに気がついちゃいました。しかも爽快ですし。いやあ、ここまですばらしい一曲だったとは、むかしから知っていたつもりでしたが認識をあらたにしたんですね。

 

それでブレイキーの『バードランドの夜 Vol. 1』を丸ごと聴きかえしました。やっぱりなんど聴いてもオープニングの「スプリット・キック」(ホレス・シルヴァー)が完璧だとしか思えないですよねえ。しかもブレイキーのドラミングだって非の打ちどころが一分もないですよ。テーマ合奏部〜三人のソロ〜ルー・ドナルドスン&クリフォード・ブラウンのかけあい〜ブレイキーのソロ〜最終テーマ合奏と、見事に完成されています。

 

ホレスによって徹底的にアレンジされている「スプリット・キック」でぼくが特に感心するのは、オープニング・テーマ演奏時のブレイキーのドラミングです。ラテン・リズムを使ってある曲なんですけど(ホレスに多し)、まず最初はがが〜っとスネア・ロールで出てホーン二名の合奏に。その後ラテン・ビートを叩きだし、メイン・テーマの演奏に入ります。

 

そのラテン・ビート・パートに入るときのブレイキーのドラミングのタイミングがまた絶妙だと思うんですね。シンバルを中心とする叩きかた全体もいいです。ホレスがピアノでラテン・リフを奏でているのとピッタリ合致して、フロントの管二名のリフをがっちりバッキングしています。あいまあいまにスネア・ロールを入れて装飾しながら、緩急自在、オープニング・テーマ演奏をブレイキーはこれ以上ない完璧なものに仕立て上げていますよね。

 

こういった演奏こそグループのリーダーたるドラマーのとるべきまさにお手本というようなドラミングじゃないでしょうか。ソロ・パートに入ってからも要所要所で手綱をとってみんなをしっかり盛り立てたり引っ張っていったりしていますよね。ただたんに4ビートを刻んでいるだけではありません。バンドの心臓部となって、グルーヴを牽引しています。

 

そうして「スプリット・キック」という曲ができあがっているわけですけど、このバードランド・ライヴは1954年の2月なんですね。というとハード・バップの夜明け直前といった時期じゃないでしょうか。ハード・バップは1955年か、あるいはモダン・ジャズ界全体がしっかりその方向を向いたのは名盤がこぞって録音された56年と見るべきでしょうね。

 

でもその前の1954年の「スプリット・キック」で、もはやブレイキー(やホレス・シルヴァーたち)は完璧にハード・バップをつくりあげています。実際、二枚の『バードランドの夜』ライヴ盤はハード・バップの夜明けを告げたものと位置付けられることも多いと思うんですけど、今回「スプリット・キック」をじっくり聴きかえし、その完成度の高さにびっくりしちゃいました。

 

それをもたらしているのは、むろん曲を書きアレンジしたホレス・シルヴァーや立派なソロを吹くクリフォード・ブラウンらの力量もありますが、ぼくの見るところバンド・リーダーのアート・ブレイキーの牽引統率力にほからならないです。この1954年バードランド・ライヴのときのバンドは、実質的にジャズ・メッセンジャーズの前身ですが、このライヴのあとそれを結成したら、ブレイキーはまさにハード・バップの、ブルー・ノートの、ハートビートとなっていくのでした。

 

(written 2019.10.14)

2019/11/05

「バスタブの太っちょさん」〜 リトル・フィート『ディキシー・チキン』

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https://open.spotify.com/album/4xtCtXkGuTbHQwTaVd5FCF?si=FWgPJdCyTS-Ry8wjMMQlJw

 

リトル・フィートのアルバムを発売順に聴いていくと、三作目の『ディキシー・チキン』(1972年録音73年発売)でいきなり大化けしたように思えます。ウェスト・コーストのバンドでありながら大胆に米南部ニュー・オーリンズの音楽要素をとりいれて、そしてずいぶんと都会的に洗練されたサウンドになって、ときどきジャジーにも響くっていう、しかも全般的にビートが強化されているという、そんなバンドになりましたよね、突然変異的に。

 

ベースがロイ・エストラーダからケニー・グラッドニーに交代、さらにポール・バレーア(ギター)とサム・クレイトン(パーカッション)の二名があらたに参加したというバンドのメンバー変更も、音楽性の激変に寄与したのでしょうか。でもロウエル・ジョージ自身以前からニュー・オーリンズ音楽には興味を持っていたようですけどね。リッチー・ヘイワードのドラミングまで根本から変化しているのはなぜなんでしょうか。

 

そのへんのラディカルな音楽性の変化の原因はぼくにはわからないのですけど、ともあれアルバム『ディキシー・チキン』では、まず出だし1曲目のタイトル曲こそシグネチャーですよね。ロウエル亡きあと再結成されたフィートでも現在に至るまでライヴで必ず演奏される、このバンド最大の代表曲になりました。こんな曲をロウエルが書いたという事実に、それまでのフィートのことを考えたら、驚きます。

 

しかし、ことニュー・オーリンズのセカンド・ライン・ファンクという面にフォーカスを当てると、むしろ8曲目の「ファット・マン・イン・ザ・バスタブ」のほうが直截的でわかりやすいと思うんです。みなさん曲「ディキシー・チキン」のことばかりおっしゃいますが、どっちかというと「ファット・マン・イン・ザ・バスタブ」のほうでしょ。わりとタイトな曲「ディキシー・チキン」に対し、「太っちょさん」ではもっとルーズでゆるい、スキマのあいた、そしてそのあいた空間で大きく跳ねるような、いかにもニュー・オーリンズのセカンド・ライン・ビートというものが表現されていますよね。アクースティック&エレキのギター・カッティングも3・2クラーベのパターンです。

 

ところでこの「太っちょさん」でもそうなんですが、ロウエルがスライド・ギターを弾いていますよね。しかしこのひとがこのバンドで弾くばあい、あまり目立ってソロで弾きまくるとかはせず、あくまでバンド・アンサンブルの一部としてうまく溶け込むようになっていますよね。だからいちスライド・ギターリストとして聴いたらイマイチに響くかもしれず、実際、ロウエル・フォロワーはほとんどいないというのが事実です。フィートのロウエルのばあい、アルバム・プロデュースもやってバンド全体のサウンド・メイクに気を配っていたからかもしれません。

 

さて、ニュー・オーリンズ・ビートのフィート流活用ですけど、あんがいかなり好きなのが、アルバム2曲目の「トゥー・トレインズ」ですね。歌詞も大好きなんですけどそれよりも、このリズムですね。こんな躍動的なビート感は最初の二枚目までのフィートにはありませんでした。いかにも米南部的と言えるイキイキとした肉感的なリズムですよね。リッチー・ヘイワードもいい仕事をしています。

 

アルバム4曲目の「オン・ユア・ウェイ・ダウン」はアラン・トゥーサンの曲。いかにもアランが書きそうなややエキゾティックなメロディ・ラインでぼくは大好き。しかも都会的に洗練されていて、このフィートの演奏にもジャジーさをぼくは感じます。この意味ではロウエルの曲ですけど続く5曲目「キス・イット・オフ」もなんだかアランっぽい感じのメロディじゃないですか。それをロウエルが書いたという事実がニュー・オーリンズどっぷりぶりを表しているなと思うんです。

 

アルバム最終盤の二曲はかなりジャジーというかフュージョンっぽいですよね。特に10曲目の「ラファイエット・レイルロード」は歌なしのインストルメンタル・ナンバーで、ロウエルのスライド・ギターをフィーチャーしているとはいえ、実のところ共作者のビル・ベイン(キーボード)がかなり貢献していそうな気がします。こんなジャズ・フュージョン路線は、この後フィートのなかで比率が大きくなっていくのでした。

 

(written 2019.10.13)

2019/11/04

ブルー・ノート 50

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https://www.udiscovermusic.com/stories/the-50-greatest-blue-note-albums/

 

疑いなく史上最もアイコニックなジャズ・レーベルであるブルー・ノート。1939年の創設以来、今年でちょうど80年。その長きにわたる歴史のなかでリリースしてきたレコードは1200枚近く。そのなかからベスト50というものを uDiscovermusic が選び掲載したのが上にリンクした記事です。ちょこっと簡単に感想を記しておきましょう。

 

このブルー・ノートの50作品という記事は、ただ単なる好事家の楽しみというだけでなく、初心者向けの格好のディスク・ガイド、ジャズ入門のためのガイダンスにもなっているなと思うんですね。モダン・ジャズへの道案内としてはこれ以上ないセレクションじゃないでしょうか。その意味でも幅広いみなさんにご一読願いたいところです。

 

50作品のチョイスと順位は妥当なところじゃないかと思います。第1位がキャノンボール・アダリー名義のマイルズ・デイヴィス『サムシン・エルス』なのは納得ですよね。これ以上の名盤はなかなかありませんから。だいたいだれが選んでもこれがトップに来そうな気がしますね。

 

2位以下やはり名盤の数々が並んでいますが、なかには個人的にイマイチなものもあります。たとえば3位のウェイン・ショーター『スピーク・ノー・イーヴル』ですけど、ぼくのなかではそんなに評価は高くありません。あくまで個人的な趣味ですけどね。だいたいぼくは1960年代のショーターがやや苦手といった側面があって…。エリック・ドルフィーの『アウト・トゥ・ランチ』が生理的にムリという話は以前しました(ドルフィーは好きだけど)。

 

あと、10位のアンドルー・ヒル『ポイント・オヴ・ディパーチャー』は、今回のセレクション50のなかで唯一 CD で持っていない作品です。たぶんいままで聴いたこともなかったものです。苦手だとかなんだとか、なにか理由があるわけじゃありません。なんとなくヒルと縁遠かっただけなんで、これを機にちょっと…と思い Spotify で聴いてみたらかなりいいですよねえ。どうしていままで聴いてこなかったんでしょう?不思議です。

 

でもこれら以外はあまのじゃくのぼくが見ても黄金の選盤といった感じで、選者がどなたであれ、こんなような50作品になるのではないでしょうか。ブルー・ノートですからハード・バップとそれ以後のものが中心で、そのあたりのジャズを味わうには持ってこいの選盤ができるレーベルですよね。ここに名前があがっている50作品を聴いていけば、だいたいモダン・ジャズのおおまかな見取り図が描けるのではないかと思うほどです。

 

50セレクションのなかに二枚だけ、21世紀的新世代ジャズがふくまれていますね。42位のカサンドラ・ウィルスンと45位のロバート・グラスパー。ふたりとも最近のジャズ界を引っ張っている存在なので、ここに名前があるのは納得です。彼らと48位のシドニー・ベシェ(は古いひと)以外は、すべていわゆるモダン・ジャズのアルバムで占められていますよね。

 

こうしたセレクション50を眺め、あれが入っていないとか、これは外すべきだとか、順位付けに不満があるとか、いろいろ言うのはカンタンです。ですけれど、ちょっとした概観とガイダンスとして活用・応用すればいいのであって、従来からのブルー・ノート・ジャズのマニアはただ微笑んでいればいいし、ジャズの世界にあまり縁がなかった向きにはピッタリの入門選だし、特に文句なしだとぼくは思いますよ。

 

(written 2019.10.8)

2019/11/03

アシュリー・ヘンリーが心地いい

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https://open.spotify.com/album/0vgHCgQXFyO6z7OCZKSu52?si=aMrJ7e_CTDyat2OUteaaBA

 

bunboni さんに教えていただきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-09-28

 

どうしてだかなんどもくりかえし聴いてしまう『ビューティフル・ヴァイナル・ハンター』(2019)。ロンドンのジャズ・ピアニスト、アシュリー・ヘンリーのデビュー・アルバムです。これが第一作目かと思うと、おそろしい完成度ですね。なんども聴いてしまうのは気持ちいいからだと思うんですけど、ぼくの感じているこの気持ちよさの原因がこの音楽のどこにあるのか、それはまだちょっとよくわからないです。

 

いちおうジャズ音楽作品には違いありませんが、ネオ・ソウル、今様 R&B、ヒップ・ホップなどを自在に横断してみせているところも好感度高し。ピアノを弾くタッチは端正で古典的ですけど、音楽的には冒険的、野心的ですね。しかしできあがった音楽はそれを感じさせないスムースさで、すーっと聴くがわのなかに入り込んでくる心地よい肌ざわりがあるのがこのアルバムの大きな特長です。

 

おかげで約一時間、聴いていて引っかかったりすることもなく、そのままスッと時間が経っていくのを感じます。ぼくが個人的に特に好きなのはヴォーカル曲や管楽器をフィーチャーしたのではないピアノ・トリオ中心の演奏で、たとえば6曲目「クレインズ(イン・ザ・スカイ)」とか11「プレッシャー」とかで聴かせるパッションですね。パッションはドラマーの演奏にも強く感じます。

 

熱く燃えあがるような激情的なジャズ・ピアノ・トリオ演奏なんですけど、でもどこか完璧にはのめり込んでいないような、一歩引いて演奏者自身が自己を外側から客観視しているような、そんなクールさも感じられ、つまり適度に抑制が効いているあたりも心地よさの原因になっているかもしれません。そんなクールネスはヴォーカル・ナンバーだといっそう際立っていますけどね。

 

とにかくこのビート感が気持ちいい、聴いていて心地よく、スムースにぼくのなかにすべりこんでくるような音楽であるアシュリー・ヘンリーの『ビューティフル・ヴァイナル・ハンター』、もうすでにヘヴィ・ローテイション盤になっていますし、今年はこれからもくりかえし聴くと思います。と〜にかく聴いていてなめらかで快感なんですよ、このサウンドの質感とビートが。

 

(written 2019.10.7)

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