2021/01/25

ピーター・グリーンズ・フリートウッド・マック

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(3 min read)

 

Fleetwood Mac / Fleetwood Mac (1968)

https://open.spotify.com/album/4gJDG1h0eFxWeYIVJsT8ks?si=4bUjFScSTfCeJTijULfvjw

 

英国のロック・バンド、フリートウッド・マックにかんしては、ピーター・グリーンが在籍していたブルーズ・ロック・バンド時代のことにしか興味ないんですけど、そのころのフリートウッド・マックのことはほんとうに大好きなんですね。

 

なかでも最高だと思っているのがデビュー・アルバム『フリートウッド・マック』(1967年録音68年発売)。しかしこれもSpotifyにはオリジナル・アルバムどおりのがないんですね。拡大版だけ。もとのレコードは12曲目の「ガット・トゥ・ムーヴ」まで。上にジャケット写真を出したのはリイシューもの。

 

このアルバムのころのフリートウッド・マックはほんとうにストレートなブルーズ・ロック・バンドで、1968年の作品ですから、UKブルーズ・ロック・ムーヴメントにあってはちょっと先駆け的なポジションだったかもしれませんね。その後、ジェフ・ベック・グループやレッド・ツェッペリンなど有名バンドがいくつもデビューしました。

 

ご存知ないかたも聴いていただければそのサウンドで納得できると思いますが、この独特のザラっとした質感のギター・サウンド、それこそがピーター・グリーン時代のフリートウッド・マックの特徴です。鍵盤専門奏者がおらず、2ギター(ヴォーカル兼任)+ベース+ドラムスだけっていうシンプルさなんですが、ファットでリッチな響きをしているのもおもしろいところですね。

 

実際、このアルバムでもピアノなど鍵盤楽器はほとんどゼロに等しくて、もっぱらギター・サウンドで組み立てたブルーズ・ロックなのが大好きなんですね。レパートリーはアメリカ黒人ブルーズ歌手がやった有名曲とマックのオリジナルとが半々くらいかな、でもオリジナル・ソングもまったく米黒人ブルーズ・ソングそのまんまのスタイル。

 

オリジナルだって、聴けばハウリン・ウルフとかエルモア・ジェイムズとかオーティス・ラッシュを想起させる部分も大きいこのアルバム、じゃあマックのオリジナリティは?と問われると思わずちょっと口ごもっちゃいますけど、1967/68年当時、英国で、白人が、これだけ真摯にストレート・ブルーズを追求したんだっていうひとつの記録ではありますよね。やっぱりブルーズ・ミュージックとはならずにブルーズ・ロックになっているのは彼ららしいところ。ピーター・グリーンとジェレミー・スペンサーのツイン・ギター・サウンドが快感でしょう。

 

(written 2020.10.29)

2021/01/24

あのころのオリヴェッティはいまのiPhoneだった

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(8 min read)

 

オリヴェッティ(Olivetti)というイタリアのタイプライター・メーカー。いまはパソコンなどつくっているのかもしれませんが、よく知りません。ぼくのなかでは英文タイプライター機のイメージしかない会社です。

 

どうしてイタリアのメーカーが英文タイプライターをつくっていたのかも知らず。ただたんに中学生のときからこの会社のタイプライターを個人的にずっと愛用していたわけで、それで憶えているだけなんです。オリヴェッティのレッテラ・ブラックという手動式のポータブル機種を。

 

どうしてオリヴェッティのレッテラ・ブラックを使っていたのかというと、ぼくの世代の日本人は多くのばあい中学に進学すると同時に英語を習いはじめますけど、それでぼくがタイプライターをほしがったか、あるいは教育熱心だった父親がみずからすすんで買い与えたか、どっちかだったんでしょう。中学一年生か二年生のときだったはず。

 

ぼくは買いものにはついていかず、自宅にいたらある日突然、父がレッテラ・ブラックを抱えて帰ってきたんです。それにしても父は松山市街のどこで、どうして、イタリア製のタイプライターを買ったんでしょう?ブラザーなど日本のメーカーもタイプライターをつくっていましたのに。

 

そこらへんはもうなにもわかりませんが、オリヴェッティのポータブル・タイプライターは機能的に過不足ないばかりか、ルックスもスマートでおしゃれでした。いまもパソコンやスマホ、タプレットなどApple製品しか使わないっていう、マシンに対するぼくのデザイン重視志向は、中学生のころからオリヴェッティのタイプ愛用で養われたものだったかもしれません。1970年代のオリヴェッティは2010年代のiPhoneだったと言えるかもですね。

 

オリヴェッティのタイプライターが機能的にもデザイン的にもすぐれていたというのは、高校生になってESS(英会話部)の部室に頻繁に入りびたるようになって実感しはじめたことです。ESSの部室には三台か四台のメーカーの異なるタイプライターが常備されてあって、みんながヒマなときに打って遊んでいましたからね。

 

ぼくはといえば、中学のときから英文タイプライターを愛用していたおかげで、高校に上がるころにはQWERTY配列の英文字キーだったら見なくてもタッチ・タイピングできるようになっていました。ESSの部員(ぼくは部員じゃなくて、よく遊びに行っていただけ)のなかにはそういうひとがわりといましたね。

 

一定の英語の文章をどれだけ速くどれだけ正確にタイプライターで書写できるかを複数人で競ったりなどもESSの部室でよくやっていて、そんなこともあって、中学のころに基礎ができたぼくの英文タイプの腕前は、高校生のときにほぼ完成されたとして過言ではありません。

 

大学の英文学科に進学し、すると(どうしてだか)英文科では卒業論文を英語で書くんですけど(あれはホントなんで?仏文科がフランス語で、独文科がドイツ語で、なんて聞きませんけどねえ)、提出する卒論の完成品はタイプライターで書かなくちゃということになっていて、しかしぼくのばあいは、だからそれにはまったく手こずりませんでした。英文科でも学生みんながタイピングに習熟していたわけではなかったのですけど。

 

大学院に進学しての修士論文も、上京の際当然のように肌身離さず持参したオリヴェッティのレッテラ・ブラックで書き、そもそもぼくのばあい最初段階のメモや草稿からしてはじめからぜんぶタイプライターで書いていたんですね。英文にかんしては手書き感覚とほぼ違わないようになっていましたから。

 

以前書きましたように博士課程に進学したらワープロ機を買いましたから、それからはタイプライターの出番が徐々に減っていったんですけど、それでもディスプレイを見ながら打ち、確認してから印刷する、というプロセスを経ないで、タイプしたものがそのままダイレクトに紙に出てくるタイプライターのほうが感覚的にわかりやすいし使いやすいと思って、学生のころはまだときどき使っていました。

 

ワープロ機を買ってもパソコンを使うようになってからも、ぼくが英語はもちろん日本語もQWERTY配列のキーボードでローマ字入力する癖がはじめからすっかり身についていて、迅速&正確にタイピングできるのは、中高大生時代のオリヴェッティ体験のおかげです。記号類の並びがメーカーによって少し異なりますので、そこはあれですけども。MacとiPhoneとiPadでも違っているという、あれはなんでだ?Appleさん?

 

QWERTY配列のキーボードがあまりにも指になじみすぎて手書き感覚になっているせいで、スマホやタブレットなどでのソフトウェア・キーボードでもそれで入力している現在のぼく。スマホとかだと12キーによるフリック入力のほうが圧倒的にラクだし速いんだとみなさんに勧められ試してみたものの、ぼくのばあいQWERTY配列での入力のほうに親しみすぎていて。

 

人前にてiPhoneで日本語を入力していると、ときたま見ているかたにビックリされることもありますね。英文字、英文を入力する機会はいまでも多いので、同じ並びのキーボードを切り替えずそのまま使えるというのは、ぼくのなかでは、皮膚感覚的にとても大切なことです。

 

オリヴェッティのレッテラ・ブラックについては、都立大学英文学研究室の助手だったころ、(もとはシェイクスピアが専門で)アフリカ文学研究者の、当時は助教授だった福島富士男さんが、ワープロ機はめんどくさい、短い手紙程度だと(ダイレクトだから)タイプライターがいいんだけどもうあまり売ってなくて買いにくくなっている、戸嶋持ってないのか?とおっしゃるので、使用頻度激減だったぼくは躊躇なくさしあげました。

 

いまではもはや紙にアウトプットするということがなくなって、そもそも紙の使用は削減したい、なるべく紙類は使わないようにしたいというのが個人的感覚(社会的にもそうなりつつあるでしょう)ですから、一度もフィジカル出力せずデジタルのままで最後まで処理できるパソコンやスマホに頼りっきりです。

 

(written 2020.9.19)

2021/01/23

ギリシアのペニー・バルタッツィ、ソロ作ではバルカンふうながらも、ラテン・テイストがいい

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(3 min read)

 

Penny Baltatzi / Ena Fili

https://open.spotify.com/album/5kxTXI8L6LlnEN1k1VXACu?si=O404Ov4nRmqIXhnFqmSBag

 

ペニー・バルタッツィという読みでいいんでしょうか、Penny Baltatzi、ギリシアの歌手です。そのソロ・デビュー作『Ena Fili』(2019)がなかなかいいですよね。ペニーはペニー&スウィンギン・キャッツのリード・ヴォーカルとして活躍していた(いる?)歌手です。

 

ソロ作『Ena Fili』では、やっぱりオールド・タイミーなジャジー・ポップスを踏まえながらも、もっとグッとギリシア〜バルカン色をただよわせる音楽をやっているかなと思います。1曲目からそれはあきらかじゃないでしょうか。エレキ・ギターも使うものの、アクースティックな楽器を中心に、バルカン・ブラスふうなホーン・セクションも交えながら、独特の哀感をペニーがつづります。

 

それでもバルカン的情緒がさほど濃厚に出ているわけではなく、もっとポップな方向性のなかでそれはそこはかとなくただよっているっていうのがペニーらしいところなんでしょう。そんなところ、2〜6曲目でもわりとはっきり出ていると思います。3、5曲目あたりはホーン陣、特に低音の、これはチューバかスーザフォンか、を中心に進むアンサンブルがいかにもなバルカンふう。

 

しかしそんな雰囲気が7曲目のアルバム・タイトル・チューン「Ena Fili」で一変します。ここからラストまでの三曲にギリシア/バルカンふうなところはまったくなく、陽気でポップなラテン・ミュージックを展開しているんですよね。まるでアルバムがぷっつりと二分されていますけど、このラスト三曲のラテン音楽(いや、7曲目だけかもだけど)は、ぼく、大好きですね。

 

7曲目はチャチャチャ。ここでアンサンブルを聴かせているホーン・セクションはたぶん6曲目までと同じメンバーなんじゃないかと思いますけど、しかし雰囲気がもうぜんぜん違っていますよね。7曲目ではトランペット・ソロもキューバ音楽スタイルで、楽しいったら楽しいな。このチャチャチャのリズムがいいですよね。ペニーのヴォーカルも軽快。

 

8、9曲目にラテン・テイストはあまりありませんが、バルカンふうなところだってちっともなく、どっちかというとユニヴァーサルなポップスになっているかなと思います。ペニー&スウィンギン・キャッツでのああいった雰囲気を出しているのはこれら7〜9曲目で、6曲目までのバルカン路線と齟齬がある感じすらしますが、どっちもペニーの味なんでしょう。

 

(written 2020.12.2)

2021/01/22

ターキッシュ・サイケ・ジャズ・ファンク?〜 スヴェン・ワンダー

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(4 min read)

 

Sven Wunder / Eastern Flowers

https://open.spotify.com/album/1Z821RvawUQZ5ExkogGKCU?si=GcGiPzbNQTqrQgoueeodBA

 

スヴェン・ワンダー(Sven Wunder)はスウェーデンの音楽家らしいんですけど、なにしろネットで調べてもほとんど情報がない謎の存在なんですよね。そのファースト・アルバム『イースタン・フラワーズ』(2020)のめくるめく世界に幻惑されてしまいました。

 

『Eastern Flowers』は、スヴェンが地元スウェーデンで2019年にひっそりとリリースしていたデビュー作『Doğu Çiçekleri』を、そのまま世界デビューさせたものだとのこと。

 

ヨーロッパから見たときのイースタンということですからもちろんアジア地域のことで、アルバム『イースタン・フラワーズ』には、ジャズ・ファンクやサイケ・ロックを媒介に、中近東・西アジア地域を思わせるメロディがちりばめられています。

 

ところで、ヨーロッパから見て東だからイーストとかオリエントになるというわけですが、日本からしたら西方なんで、だから前段でも西アジアと言いましたが、このへんは相対的な表現でしかないので、ぼくら日本人がかならずしもイーストとか東方、中近東と言わなくてもいいよなぁと思わないでもありません。地球をぐるっとまわれば西も東もないわけで。西側諸国という表現だって実はおかしいでしょう。

 

それはいいとして。使用楽器も、モダンなジャズやロックで使われるドラムス、ベース、ギター、キーボードを軸としながらも、そこにウード、サズ、シタールなど、アジア系の弦楽器を混ぜ込んで、しかもそれら弦楽器はすべて強く電化アンプリファイドしてあるという具合です。

 

メインはサズみたいですね。だいたいどの曲でも旋律を奏でるのがサズで、しかもエレキ・サズ。ここまで電化してエフェクトもかけちゃうと、はっきりいってエレキ・ギターと区別つかないよ、とちょっと聴いていて思ってしまいますが、じっくり耳を傾けると、独特のエキゾ風味を感じられるでしょう。

 

そう、エキゾ。このことばこそこのアルバムの音楽やスヴェンの姿勢を的確に表現したものでしょう。特に電化サズをメインに使っているということでトルコ方面のテイストを中軸として音楽を組み立てているのかなと思いますが、スウェーデン人が感じるちょっとしたエキゾティック・テイスト、異国情緒をそのまま具現化した音楽のように思います。

 

だから、言ってみればモンド・ミュージックの世界っていうか、インチキ・ワールド・ミュージックとでもいうか、トルコとか西アジア地域の音楽がなんとなく魅惑的だなぁ異だなぁってスヴェンも感じているんでしょう、そのエキゾ感覚をそのまま活かして作品化しているように思えますね。

 

だからあまりマジな気分で聴かなくてもいいですし、なんとなくBGM的に部屋のなかで流して、それでたぶんぼくら日本人が聴いても(西東が逆になるけど)エキゾティックだなと感じる要素満載ですから、それであぁおもしろい〜って、そんな軽い気分にひたっていればそれでOKっていう、そんな音楽じゃないでしょうかね。

 

世のなかには「辺境」「辺境音楽」とかっていうことばを好んで使うひとたちが一定数いますよね。そんなメンタリティをぼくは心底軽蔑していますけど、スヴェン・ワンダーのこの『イースタン・フラワーズ』なんかはまさにそんな辺境テイストに満ち満ちた音楽だなあ、そっち方面でもてはやされそうだなあって、そう思います。

 

(written 2020.11.30)

2021/01/21

ファビオ・ペロンの2015年作、けっこう楽しい

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Fábio Peron / Fábio Peron e a Confraria do Som

https://open.spotify.com/album/3Z7XuPFsCr4qpYTRatgkZW?si=6bRjfIb0SEG749hecVLVZA

 

ブラジルのバンドリン奏者ファビオ・ペロン。以前、2016年の『Affinidades』について記事にしたことがありますが、その前作、2015年の『Fábio Peron e a Confraria do Som』のことがけっこう好きなんですよね。だれひとり話題にしていないというか、言及していてもイマイチな作品っていう見方ですけれども、なかなかどうして、楽しいアルバムだと感じています。

 

ショーロなのかジャズなのかよくわからない、ショーロ・バンドリン奏者にしてこの2015年作ではけっこうジャジーなアプローチも聴かせているということと、曲ごとにメンバーを替えて多彩なゲスト・ミュージシャンを招きすぎているというのと、この二つで印象がぼやけてしまうというのが、そういったイマイチ評価の原因じゃないかと思うんですが、ぼくに言わせたらその二点こそこのアルバムの楽しさです。

 

特に多彩なゲストをどんどん参加させているというところ。個人的にはこういった、なんというかごちゃごちゃのおもちゃ箱をひっくりかえしたようなアルバムがむかしから大好きで、ずっと前にLP二枚組偏愛主義ということを書きましたが、つまりそういうことなんです。ビートルズの『ワイト・アルバム』、ローリング・ストーンズの『エクサイル・オン・メイン・ストリート』、レッド・ツェッペリン『フィジカル・グラフィティ』、プリンス『サイン・オ・ザ・タイムズ』などなど、どれも雑多なごった煮状態で焦点が定まりませんが、そういうのが好きなんだからしょうがないです。

 

あっちこっちとひっくり返しながら聴ける、そのたびに違ったおもしろさがあるという、そんな楽しみかたができるなって思うんですね。ファビオ・ペロンのこの2015年作も収録時間一時間越えという長さ、レコードだったら二枚組ですよね。この曲はピアニスト、ここではフルート奏者、こっちではクラリネット、あそこでは7弦ギターリスト、はたまたエレベがフィーチャーされたり、あるいはドラムスが入ってジャズ・コンボみたいになったりと、楽しさ満載で飽きさせません。

 

ジャジーな演奏スタイルだってけっこう聴けますし、一曲だけミナスふうなヴォーカルが入るMPBっぽいものがあったりして。それでもぼくはやっぱりしっとりとメロディーを歌わせるショーロな演奏が好きですね。フルートとのデュオ中心でやる2曲目、ギターリストとのデュオの6曲目なんかもバンドリンの響き、フレーズの泣きが絶妙です。

 

クラリネット奏者とのデュオの8曲目(ファビオは7弦ギターを弾く)もいいし、ヴァイオリンとギターとのトリオでユーモラス&コケッティシュにやる10曲目も楽しい。ラスト14曲目は、全 3:34 のうち2分過ぎごろからドラムスをふくむバンドが入って猛然とスウィングしはじめますが、そこまでのバンドリン独奏パートがほんとうに美しくって、聴き惚れますよね。

 

(written 2020.10.4)

2021/01/20

パット・マシーニーの『スティル・ライフ』が大好きすぎて

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(6 min read)

 

Pat Metheny Group / Still Life (Talking)

https://open.spotify.com/album/5YnUbwAzrorRuvSJ0sCj7n?si=VPATeRRwTm-MCRctwGrkHA

 

昨年八月末にパット・マシーニー・グループのアルバムをぜんぶ聴きかえすきっかけがあって、記事にもしたわけですが、そのなかでもやっぱりなんど聴いても大好きだ、快感だ、と心から思えるモスト・フェイヴァリットが、やっぱり『スティル・ライフ(トーキング)』(1987)。ふたたびのヘヴィ・ローテイションとなっています。だから、以前も一度しっかり書いたけど、いまの気分をもう一回記しておきたいと思うようになりました。

 

『スティル・ライフ』でなにが好きといって、ぼくにとってはリリカルなメロディ・ラインがすべてじゃないかと思います。それはもちろん演奏前から書かれアレンジされ、しっかり準備されていたものです。たとえば1曲目「ミヌアノ(シックス・エイト)」でも、ヴォーカルとパットのギターとがユニゾンで演奏するテーマ・メロディが、もう美しいなんてもんじゃないと思うんです。絶品な抒情。

 

甘くて切なくて、だいぶ前、このブログではじめてパットのことを書いたときに、パットは感傷こそ持ち味だみたいなことを言ったんですけど、このことはまさにそうだなといまでも思います。そんな部分、ギター・ソロ・パートでもわかるんですが、テーマ・メロディやアンサンブル・パートのアレンジによりよく、わかりやすく、表現されているなと思います。

 

アルバム1曲目「ミヌアノ」のことが、ぼくはもう大好きで大好きで、こういう音楽にこそいつもずっと触れていたいと思うほど、愛しています。ビート感というかリズムも極上だし、ヒューマン・ヴォイスの活用だってすばらしいですよね。最初幽玄なムードではじまって、ビートが効きだしてからシンフォニックに展開するあたりのパットのアレンジ能力には脱帽するしかありません。ギターとヴォイスとのユニゾン・アンサンブルも美しい。

 

2曲目「ソー・メイ・イット・シークレットリー・ビギン」のメロディ・ラインも切なさきわまっていますけど、もっとすごいのが言うまでもなく3曲目の「ラスト・トレイン・ホーム」。エレクトリック・シタール(の音にチューン・アップしたギター・シンセサイザーかも)でつづるこの曲のテーマ・メロディは、いつだれが聴いても「あぁ、切なく美しい」と感銘を受けるものでしょう。大甘でベタすぎて、クサいと感じることすらあるかもですけど、いまのぼくはこういったメロディをそのままストレートに受け入れることのできる人間になりました。

 

「ラスト・トレイン・ホーム」ではテーマをエレキ・シタールのサウンドで弾き終えると、間をおかずそのままソロに入っているのもグッド。その終盤で二名のヴォーカリストによるからみが出て、そのあいだパットは休んでいますけど、そこで思わず感極まって泣きそうになってしまいます。ヴォーカルが引っ込むとふたたびの最終テーマ演奏。いやあ、なんど聴いてもみごとにセンティメンタルで、郷愁をそそるメロディと曲構成ですよね。

 

こういったラインを書き、アレンジし、演奏するというのがパット・マシーニーという音楽家の最大の持ち味に違いない、というか1980年代後半のブラジルはミナス音楽路線のころのパット・マシーニー・グループはそうだったと、ぼくは確信しています。パット個人のソロ・アルバムにはいろんなのがあって、もっと硬質な音楽もやっていますけど、ぼくがいちばん好きなのは『スティル・ライフ』みたいな、こんなにも甘くて切なくて、郷愁をかきたててくれるようなセンティメンタル路線です。

 

そういった傾向は4曲目の、ライル・メイズのピアノ・ソロも抜群な「(イッツ・ジャスト・)トーク」を経て、5曲目の「サード・ウィンド」まで続いています。どの曲でもヒューマン・ヴォイスの活用が効果的で、ほんとうに感心します。ミナス音楽から学んだ部分ですけど、もはやパットの音楽のなかのオリジナリティとして完全に昇華されていますよね。

 

「サード・ウィンド」はジャズとミナス音楽とアフロ・ラテンなリズムとが三位一体となって溶け合った傑作曲。アルバム『スティル・ライフ』のなかではオープニングの「ミヌワノ」とこの「サード・ウィンド」の二曲が抜きん出てすばらしく、中心軸となって作品を支えていますね。「サード・ウィンド」ではパーカッション群も大活躍し、ライルの弾くキーボードとの相乗効果で、みごとな小宇宙を表現しているというのも大きな特色です。この「サード・ウィンド」だけはアルバム中さほどの甘さ、感傷がなく、もっとシビアでハードな感じがします。

 

(written 2020.10.28)

2021/01/19

住民交換前のアナトリア半島にレンベーティカの祖先を見出す 〜 カフェ・アマン・イスタンブル

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(5 min read)

 

Cafe Aman Istanbul / Fasl-ı Rembetiko

https://open.spotify.com/album/3wkQ6UkSOxIQAD0jA9DUmE?si=WVTxXgn8SOyEtwFlbw95DQ

 

カフェ・アマン・イスタンブルというグループというかバンド。2009年結成らしく、ギリシアとトルコのミュージシャンたちのミックスとのことです。その2012年デビュー作(いまだこれしかないはず)『Fasl-ı Rembetiko』を思い出すきっかけがありました。

 

2012年にエル・スールでこのアルバムのCDを買ってなんどか聴いたんですけど、そのときはさほど強い印象を抱かず、そのまま忘れてしまっていたような気がします。こないだ、たまたま偶然Spotifyで遭遇し、あっ、これ見たことあるジャケットだぞ、グループ名も、って再会したというわけです。

 

それで、あのころはイマイチな印象だったけど、ジャケットはずいぶんいいし、ちょっと聴きなおしたらどんな感じかなぁと思って、Spotifyで聴いてみたんです。すると、けっこういいな、楽しい音楽だなと感じましたから、時間が経つと音楽の印象って変わるもんですよ。こういうことがあるから、一、二聴してイマイチだと感じた音楽をすぐに見捨てちゃダメです。

 

カフェ・アマン・イスタンブルのアルバム『Fasl-ı Rembetiko』は、トルコの老舗レーベル、カランからリリースされていますが、バンドの編成はヴォーカル、ヴァイオリン、ブズーキ、ウード、パーカッション、ギター、ベース、カヌーン。それにダンサーが複数名くわわっているそうです。これだけとってもトルコ/ギリシア混成だっていうのがわかりますね。

 

しかし肝心の音楽の中身はというと、トルコ(古典歌謡)とギリシア(レンベーティカ)の折衷というよりも、もっとグッとギリシアのスミルナ派レンベーティカ寄りになっていますよね。バンド人員にトルコ人もいるわけですが、あのころの、つまりオスマン帝国時代には、アナトリア半島にギリシア人コミュニティがあったし、ギリシア音楽ともトルコ音楽とも区別のつきがたい音楽をやっていて、そこにトルコ人も協力していたはずですから。

 

正確には、トルコ領内のギリシア正教徒とギリシア領内のイスラム教徒がいたわけで、希土戦争後の1923年の住民交換で、前者はギリシアに、後者はトルコに、それぞれ送還されました。それ以前の、アナトリア半島内で育まれていたオスマン音楽のなかに、のちのトルコ古典歌謡&ギリシアのレンベーティカの祖型みたいなものが育まれていて、それにかかわったという意味ではトルコ人もギリシア人も同じだったのです(トルコ共和国設立が正確には1924年)。つまりはトルコもギリシアも、オスマン帝国内では同一国家の領土内だったのであって、だから音楽の交流もどんどんあっただろうなと想像できるわけですね。

 

それにしては、カフェ・アマン・イスタンブルの『Fasl-ı Rembetiko』はスミルナ派レンベーティカの色が濃いですが、ギリシアのレンベーティカの故郷というかルーツを、19世紀末〜20世紀初頭のイスタンブルをはじめとするアナトリア半島に見出そうとする試みなのだということでしょう。だから、トルコ歌謡色は薄く、ほぼ全面的にギリシアのレンベーティカ色に染まっているというわけです。

 

こういった音楽、いまのトルコで聴くことはできない、っていうか1923年の住民交換後はアナトリア半島で聴けなくなってしまったわけですけど、文化の歴史というものはそうそう簡単にゼロになったりするものではなく、21世紀になってもカフェ・アマン・イスタンブルのこのアルバムがトルコのカランからリリースされたりするのでもわかるように、いまでも脈づいているものなんでしょうね。

 

(written 2020.10.12)

2021/01/18

快感ファンキー 〜 ルーベン・ウィルスンのソウル・ジャズ

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Reuben Wilson / Blue Mode

https://open.spotify.com/album/0e0wYhumzrbDwoAhhZihs8?si=RaTeKouKQ1Kll5-pNPk5aQ

 

どれかのブルー・ノート・レーベル公式プレイリストで偶然出会ったオルガン奏者、ルーベン・ウィルスン(Reuben Wilson)。ネットでこのひとのことを調べていると、このアルバムが聴きたいぞと思えるものがSpotifyになかったりしてもどかしい思いをしますが、いまのぼくはあきらめるしかないんですね。

 

それで、きょうピック・アップしたのは『ブルー・モード』(1969年録音70年発売)。個人的にジャケット・デザインが好みじゃないですが、中身は文句なしのファンキーなオルガン・ジャズです。オルガン・ソウル・ジャズっていう感じかな。編成はボスのオルガンに、テナー・サックス(ジョン・マニング)、ギター(メルヴィン・スパークス)、ドラムス(トミー・デリック)。

 

ちょうどメンフィス・ファンクでもあるっていうか、たとえば2曲目でエディ・フロイドの「ノック・オン・ウッド」をやっていたりもしますし、そんな感じの音楽でもありますね。ブッカー・T&ザ・MGズみたいな、あんなインストルメンタルをもっとグッと拡大してジャズ寄りにしてっていうような雰囲気。1990年代的にみればレア・グルーヴ的とも言えますね。

 

リズムはどれも16ビートで、ドラマーがファンキーに叩くのが快感ですよねえ。ジョン・マニングのテナー・サックスもたくさんソロを吹きますが、このひとがアルバムでいちばんジャズを感じさせる要素です。うねうねと、まるでジョン・コルトレインみたい、っていうか1969年録音ですからね、トレインの影響は爆大なるものになっていました。

 

そしてそれ以上にメルヴィン・スパークスのギターがぼく好み。箱物ギターの音色ですけど、このギターリストがブルー・ノートのソウル・ジャズ系作品で弾いているものはだいたいどれも好きなんです。カ〜ッコイイじゃないですか。メルヴィンのギター・ソロを聴いている時間はほんとうに快感です、シングル・ノートでびょんびょんってやっているのがマジ気持ちええ。

 

アルバムのなかでは、特に1曲目「バンブー」、4「オレンジ・ピール」、そしてラストのタイトル曲「ブルー・ムード」の三つが超絶グルーヴィで、もうカッコいいったらありゃしない。特に「オレンジ・ピール」ですかね、なんなんですかこのファンキーさは。ボスのオルガンの音色も快感だし、二番手のテナー・サックス・ソロも聴かせるし(ちょっぴりアヴァンギャルドっていうかアトーナル気味にアウトするのもいい)、ギター・ソロがないのだけが残念ですけど、ビートが気持ちよくって。

 

(written 2020.10.11)

2021/01/17

レー・クエンをSpotifyで聴こう

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(5 min read)

 

日本でも(一部で?)熱狂的なファンを持つヴェトナム歌手、レー・クエン(Lệ Quyên)。いつのまにか、Spotifyで主だったアルバムが聴けるようになっています。これはすばらしい。言うことなし。CDがなかったり、持っていてもパッとすぐ聴けるという状態にないばあいなどでも、手軽にパソコンでもスマホでもレー・クエンが聴けるっていう、こんなにうれしいことがありましょうか。

 

思えばレーのアルバムCDを日本で買えるショップは、東のエル・スールと西のプランテーションのみ。個人的にお世話になってきたエル・スールのホーム・ページをいまちょっと覗いてみたら、レーのアルバムはぜんぶ品切れ状態になっています。たぶん、これはもうこのまま、再入荷しないままの状態でおいておくということでしょうけど、CDを固定ファン向けに売り切ったらそれで終わり、っていうんじゃ、あまりにもさびしいですよね。

 

といってもレー・クエンのファンが日本にはたしてどんだけいるのか?100人もいないんじゃないか?っていうような感じかもしれませんが、これほどまでの歌唱力・表現力を誇る恋愛バラード歌手です、ひょっとしたら現在世界最高のバラード歌手かもしれないレー・クエンです、今後も新規ファンを獲得し、ファン層を拡大していく可能性はあるんじゃないでしょうか。いや、そうじゃなくちゃいけません。

 

でも興味を持ったかたが聴くこともできないんでは、入り口にすら立てないではありませんか。レーのCDがいまや日本ではまったく入手不可能なんですから、いつまでもそれにこだわっていてはファンが増える可能性はありません。こんなにもすばらしい歌手、なるべく多くの音楽ファンに聴かれてほしいと思うのはぼくだけ?そんなことないでしょう、ひろく紹介したいでしょう。でもCDはいまや買えない。

 

そんなとき、Spotifyですよ。Apple Musicのほうでも見てみたんですけど、あるにはありますが品数が少ないです。Spotifyでなら、たとえばぼくがレー・クエンに一発で惚れて骨抜きにされてしまった2014年の『Vùng Tóc Nhớ』も聴けます。CDとはカヴァーが違いますけどね。
https://open.spotify.com/album/5lDifyQcZl854oJFaiWJaI?si=P1sdiCriROiheNfCpzeMMA

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いまのところの最新作である(EPっぽい)2019年作と(後半ゲストをどんどん迎えている)これも2019年作の二枚もあるし、
・『”Tình Khôn Nguôi』https://open.spotify.com/album/2orcbXsIhoh34ZG4YLw2SH?si=ZlXNhkw8SResrkJfPID49w
・『Khúc Tình Xúa 5』https://open.spotify.com/album/3LTDAw02F8S3HjkaDHnvZV?si=ndC_CpeHTiWs_gcWnKCEHg

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レーを2011年のヴェトナム旅行で発見し日本に紹介したbunboniさんが最初にエル・スールに持ち帰った『Khúc Tình Xúa』(2011)だってあります。日本のファンにとってはこれが最初のレー・クエンだったはず。
https://open.spotify.com/album/1wVDUWmmUJaGPe60pX3t9h?si=UfZeGp4HQRGj9-JMJrVYcA

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チン・コン・ソンを歌った2018年作『Trịnh Công Sơn』もあるし
https://open.spotify.com/album/7q7gJ6gz8yKanj9tcMff5E?si=ekou8IWTS0CEsWmkfwYgCw

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レーのいままでのところの最高傑作なんじゃないかとぼくは思っている2017年(リリースは2016年)のラム・フォン集『Khúc Tình Xưa - Lam Phương』だってありますよ。このアルバムは、いつも濃厚なレーが、比較的おだやかでクールに抑制されたあっさり風味で歌った内容で、ほんとうにすばらしいんですよね。
https://open.spotify.com/album/6tU12rqkM74LsmPAm5scy0?si=XVZnuI5HTNS4L-jTWs_i0w

Lequyen2016_20210116133901

 

これと同じくらいの傑作であるそれの前作2016年作『Còn Trong Kỷ Niệm』もバッチリSpotifyで聴けます。
https://open.spotify.com/album/0mCM33tzfg0Q3QNo0Cqjdn?si=bi7Od4EFSSuU2YzhaMqs9Q

Lequyen2016_20210116133902

 

そのほか、あれもこれもあるっていう。いやあ、Spotifyできわめて手軽に、ちょちょっとクリック or タップするだけでレー・クエンが聴けちゃっていいんでしょうか。ねえ。うれしすぎてもう涙が出てきそうですよ。みなさんもぜひちょっとSpotifyでレー・クエンをさがしてみてください。だれでもカンタンに聴けるようになっているということで、日本でさらにレーのファンが増えるといいですね。

 

(written 2020.11.7)

2021/01/16

ひばりの最高傑作は「河童ブギウギ」と「上海」である

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(6 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/7JMaSpbTmsPqsISCuV16Wf?si=Gp0Uu2UARyq-GVYlEXu-0w

 

以前からくりかえしていますが、きょうも同じ話です。といいますのも、このへんのことは世間でなかなか認知・理解されていないような気がしてならないからです。

 

美空ひばりの歌はデビュー期に近ければ近いものほど、ぼくは好きですし、実際すぐれていると思います。デビュー曲の「河童ブギウギ」(1949)と最初期のカヴァー「上海」(53)なんか、もう絶品中の絶品ですよね。

 

1937年生まれのひばりのステージ・デビューは47年。翌48年に川田晴久と出会い劇場公演に抜擢されたのがひばり飛躍の大きなきっかけでした。まだロックも演歌も生まれる前、日本でもポピュラー音楽といえばスウィング・ジャズ系の軽快に跳ねたりするポップス、流行歌が中心だった時代です。

 

そんな時代に即応するようにひばりは才能を開花させたんですよね。ちょうど笠置シヅ子のブギ・ウギものが流行していたころで、ひばりはそんな笠置のブギ・ウギ・レパートリーを真似してステージで歌い、人気を博しました。ひばり名義でレコード化されたもののなかに服部良一が(笠置に)書いたブギ・ウギものは一曲もないんですが、かろうじてデビュー曲の「河童ブギウギ」(藤浦洸&浅井挙曄)だけがその面影を残しています。

 

上にSpotifyのリンクを貼りましたので、いままでご存知なかったかたもぜひひばりの「河童ブギウギ」を聴いてみてください。こんなにもウキウキと陽気で軽快に、ブギ・ウギのリズム・パターンで跳ねるようにうれしげに歌いこなすことのできる歌手なんですよね、ひばりって。曲のおかげもあってちょっとユーモラスっていうかコミカルな要素だって聴きとれるのがまたいいです。

 

こんな感じ 〜 ブギ・ウギ・ベースのスウィンギーで軽妙洒脱なジャズ系歌手だったような、そんなひばりの資質は、自身が10代だったころは維持していていましたが、のちに演歌路線に転じてからは消滅してしまい、まったく聴けなくなってしまいました。演歌だからダメっていうんじゃありません、ぼくは大の演歌ファンですからね。そうじゃなく、ひばりという歌手本来の資質が奈辺にあったかを考えるとき、演歌調は必ずしも合っていなかったのでは?と思うんです。

 

そんなひばり本来の資質は、カヴァー・ソング(JLシリーズ)での最初期曲である「上海」でも鮮明に聴けるんじゃないでしょうか。だれひとりとして言及しない、一個も文章の見つからない、ときには二曲目の「悲しき口笛」がデビュー曲とされたりなどもするという、そんなひどい扱いを受け続けている「河童ブギウギ」に比べたら、「上海」のほうはそれでもまだ絶賛するひとがちょっとはいます。

 

「上海」はドリス・デイが歌った曲で、ひばりヴァージョンはそのコピーなんですね。1953年の日本に、ここまでスウィングできるジャズ系ポップス歌手は皆無だったとして過言ではありません。なんというものすごいスウィング感でしょうか。ドリスのオリジナルを軽々と超えています。ドリス・ヴァージョンを丸コピした英語歌詞の発音だって完璧ですし、ハンド・クラップも効果的な2コーラス目の日本語訳詞パートでは、もはやひばりのオリジナル・ソングと化していますよね。

 

日本コロムビアのJLシリーズでたくさん英語のジャズ・ソングを歌ったひばり。そのなかの最高傑作が最初に録音した「上海」なんですが、ご存知のとおりひばりは晩年までジャズを得意としていてライヴでも定番レパートリーにしていましたよね。でも演歌でヒットを飛ばし国民的歌手となってからのひばりのジャズからは軽快なスウィンギーさが失われ、ベッタリと重く、ジャズを歌っても魅力の乏しいものとなっていたことを指摘せざるをえません。

 

比するに10代のころのひばりのジャズ・カヴァーには、曲が本来持っているジャジーなスウィング感を存分に表現できるだけの資質が備わっていたんです。洋楽カヴァーも、「河童ブギウギ」みたいなオリジナル・ソングも、同じ一個の軽快なジャンピーなフィーリングで軽く歌いこなしてみせた若き日のひばり。オリジナルとカヴァーのそれぞれ最初のレコードである「河童ブギウギ」と「上海」こそ、生涯にわたるひばりの最高傑作だったと、この歌手本来の資質をフル発揮したものだったと、ぼくは断言します。

 

(written 2020.9.18)

2021/01/15

アーバン(Urban)

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(6 min read)

 

というこのことば、昨年初夏以降、音楽用語としては、かなり使いにくくなってしまったといいますか、もはや禁止されているというに近い(っていうか実態はアメリカ音楽業界内の自主規制ですけど)とまで言ってもいいくらいですよね。

 

理由は端的に言って、むかしの「レイス・レコード」と同様の黒人差別的な意味合いを帯びてしまうようになったからで、直接的には2020年のブラック・ライヴズ・マター(BLM)・ムーヴメントと関係があります。

 

日本ではあまりなじみのないアーバン、アーバン・コンテンポラリーといった音楽用語が、アメリカでいつごろどうやって使われるようになり、その後どのように拡散増殖したか、などについては、調べればくわしい解説記事も出ますので省略するとして。

 

2020年6月8日、ユニヴァーサル・ミュージック傘下のリパブリック・レコーズが、音楽用語としての「アーバン(Urban)」を今後いっさい使用しません、との声明をSNSで出しました。


https://twitter.com/RepublicRecords/status/1268949608664829955


https://www.instagram.com/p/CBD5HfyFnD0/?utm_source=ig_embed

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リパブリックといえば、アリアナ・グランデ、ドレイク、ニッキー・ミナージュ、ザ・ウィークエンド、ポスト・マローンなどがいて、テイラー・スウィフトもいまはいるっていう、まさに現代アメリカの音楽シーンを代表する会社なだけに、この声明は業界に大きな衝撃を与えました。ビルボードもBBCも即反応してこれを報道しましたね。

 

さらにこれを受け、グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーが、「アーバンやめます」との発表を6月10日に行いました。グラミーにはそれまで「最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞」や「最優秀ラテン・ロック、アーバン、オルタナティヴ・アルバム賞」があったわけですが、いずれもアーバンを使わずに言い換えていくことになります。
https://www.grammy.com/grammys/news/recording-academy-announces-changes-63rd-annual-grammys-releases-rules-and-guidelines

 

アメリカ音楽史上、当初、アーバンというこのことばには否定的な意味はなかったものの、時間の経過とともに意味合いが変化し、どのような音楽性であれ黒人音楽家の音楽全般を指すようになっていったというのが事実で、肌の色さえ黒ければ、黒人でありさえすれば、「アーバン」にされてしまうという業界の慣習に異を唱える黒人歌手も増えていましたよね。

 

2020年1月、タイラー・ザ・クリエイターが、グラミー賞のベスト・ラップ・アルバム賞を受けたとき、自身の音楽が「ラップ」や「アーバン」に分類され「ポップ」のカテゴリーに入れられないことを痛烈に批判、「アーバン」というのはたんにNワードをポリコレ的に言い換えただけのことばだとまで発言しました。

 

ビリー・アイリッシュも、人種や見た目、服装などによって音楽がジャンル分けされてしまう業界の現状に苦言を呈し、白人女性なら「ポップ」、黒人女性なら「アーバン」にくくられてしまうと批判し、グラミー賞でのタイラーの発言への共感を示すというようなこともありました。

 

考えてみれば、たんに「ヒップ・ホップ」「ラップ」「R&B」と、それそのものが指向している音楽性を指せばいいだけなのに、「アーバン」はこれらぜんぶをムリにたばねようとしていて、それゆえに問題視されたわけですよね。

 

平たく言うと、黒人がつくった今日的なポップ音楽のほとんどすべてを包括することばが「アーバン」なわけで、そこには(白人ではなく)黒人歌手だからアーバンと呼ぶという、つまりは人種差別的な考えかたが無意識にせよ業界内にあったと指摘されても反論できないはず。

 

白人/黒人、というだけで音楽用語を分けて呼ぶ、そこに実質的な音楽内容の差異が聴きとれなくても、ジャンルをまたいでいても、肌の色だけで区別してきたのが「アーバン」だったわけですからね。1990年代〜21世紀になって音楽性が人種の垣根を完全に超えているにもかかわらず、です。

 

カンタンにいえば、人種で、肌の色で、ひとまとめにするんじゃないよ!というのが「アーバン」という呼称廃止の動きの原動力となっている精神性なんですね。とみにここ最近、当事者である黒人歌手たちから評判の悪かった呼称が「アーバン」でしたから。

 

やっている人の肌の色で区別する必要など、あるわけがない、人種隔離政策じゃあるまいし、とぼくも思います。その一方で「ブラック・ミュージック」という表現はぼくもよく使います。黒人音楽、と言っても同じです。これもたんにその音楽をやっている人種だけで区別したことばで、2020年初夏のBLMとアーバン廃止以後、ブラック・ミュージックと言うときには胸がチクっとするといいますか、これでいいのだろうか?という疑問が刺さっているのは事実です。

 


※「アーバン」という音楽用語の発祥・展開については、この記事がよくまとまっていると思います。
https://note.com/ebs/n/nc77fa2ccb05d

 

(2021.1.14)

2021/01/14

洗練されたユニヴァーサル・アフロ・ポップ 〜 ガブリエル・チエマ

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(3 min read)

 

Gabriel Tchiema / Mungole

https://open.spotify.com/album/60tribTQfnCBZPU4wsqqsY?si=wOsa-ah5TL6P0c4VjurghA
(なぜかいま消えています)

 

bunboniさんに教わりました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-08

 

アンゴラのガブリエル・チエマ。上のbunboniさんの文章では二作紹介されていますが、どっちもSpotifyにありましたので聴いてみて、個人的には2013年の『Mungole』がお気に入りとなりました(ジャケットが違いますが)。アンゴラのチョクウェ人の音楽チアンダをベースにしているそうです。

 

といってもチアンダというものをまったくなにも知りませんので、このアルバムもそんなこと関係なくユニヴァーサルなポップスとしてぼくは楽しんでいるだけなんですが、実際それでじゅうぶんいけるんだからいいじゃないですか。洗練されていて、アフロ・ポップとすら言う必要がないほどの世界を獲得していると思います。

 

出だし1曲目を聴いただけで、このガブリエルの音楽がわかりやすい、みんなだれでも聴いて楽しめる普遍性を持ったものだとわかると思うんですけど、2曲目のキューバン・ボレーロっぽいバラードな雰囲気もいいし、ジャジーかつスムースでメロウですよね。コンテンポラリー・ポップスとして世界で通用する音楽じゃないですか。

 

3曲目以後もやわらかくて明快で聴きやすいポップネスをサウンド化しているガブリエル。曲を書いて歌う本人の才能もさることながら、プロデューサー/アレンジャーの腕前が光っていると思います。曲によっては派手にビートを刻むものもあったりして(たとえば5曲目、これはアフリカネスがわりと出ていますね)。

 

そんななかでも特にぼくのお気に入りは、9、10曲目。アルバムでもこのへんの終盤のもりあがりかたはなかなか計算されているなと感じます。これら二曲は、はっきりしたアフロ・ポップでありかつ、もっと世界に通用する、売り出せるユニヴァーサルさをも獲得していて、しかもビートも効いていてノリがよくて聴きやすく、なかなかの音楽だなと感心します。

 

なお、たぶんこのへんもふくめだいたいぜんぶSpotifyやApple Musicのサービスがある国や地域なら世界中どこででも聴けます(2021年現在消えていますけど)。だから、ワールド・マーケットに流通済みと言えるかもしれません。

 

(written 2020.11.17)

2021/01/13

文章書きは楽器演奏にちょっと似ている

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(7 min read)

 

この文章が完成したら、ブログ用の文章ストックが54個になります(2021年1月12日時点では60個)。どうしてそんなにためこまないと気が済まないのか、自分でもわかりません。54個(60個)って、ぼくは毎日一回ブログを更新する習慣ですけど、それでも一ヶ月半以上もかかっちゃうじゃないですか。そのあいだも毎日書き続けるでしょうから、ストックは減りませんよね。

 

毎日一回必ず更新したいから、平均したら一日一個のペースで文章を書いていくっていうことを維持しないといけないわけですけど、2019年までは書かない日がけっこうありました。というのはわさみんこと岩佐美咲ちゃんのイベントによく出かけていっていましたから、イベント当日と前後の移動日は書かないんですよね。そのほか、音楽コンサートにときたま行っていましたし。

 

ところが、2020年2月末ごろからのこのコロナ禍情勢下、わさみんだけでなくどんな音楽系イベントもコンサートも、客入れするものはほぼいっさいなくなってしまったでしょう。もう毎日どこにも行かないでずっと家にいるわけですよ。それでやることがないから常時音楽を聴きながらネットやったりなどでパソコンかタブレットかスマホを触っているという具合。

 

それで思いついたことをちょこちょこメモしているうちに、いつの間にか一個、二個、三個と文章ができあがってしまうわけです。2019年までみたいに書かない日があるからその分書きためておくということじゃなくなって、どこにも行かず毎日書くのにもかかわらず、さらにやっぱり複数個書ける日もけっこうあるから、それでストックが増えていく一方なんですね。

 

完成した文章のストックと同じくらいの数、これについて書こうという意味のメモもたまっていて、これもあれこれ音楽を聴きながら、あっ、これはいいアルバムだなとか、このテーマはおもしろいかもとかで、「準備中」というメモ・ストックもやっぱり50個以上あるんですね。

 

思いついたときにすぐに書かず、一ヶ月以上が経過してから聴きなおして書く、書き上げてもすぐにはアップロードせず寝かせておいて、やはり一ヶ月半くらいが経過してから上げる(いずれも例外あり)というのは、ぼくみたいな人間にとっては文章が穏便に落ち着くという効果、メリットもあります。

 

こ〜りゃいい!と感じたそのときのもりあがっている気持ちの勢いで書くと、文章がやや激しい感じになってしまうんですね、ぼくのばあい。鉄は熱いうちに打て、とは言いますが、そうでもない面だってあるんじゃないでしょうか。熱い気持ちを封じ込めるというか忘れないようにメモしておいてから、気持ちがほどほどに落ち着いてから書くと、文章が過激化しないんですね。ぼくは語気が強くなりがちな人間ですからね。

 

同様に、書き上がったものをすぐにアップせず、一ヶ月半以上寝かせておいてからもう一回読みなおし、修正・推敲してから上げる、というのも、文章のトゲトゲしさやカドをとって丸くする効果があって、ぼくみたいな人間だと結果的におだやかな文章に決着することができて、ある意味メリットなんです。

 

上で例外もあると言いましたように、まさに「熱いうちに」打っといたほうがいいだろうと判断できるような、時宜を逃すと意味を失ってしまうような、そんなタイムリーな話題のときは、すぐ書いてすぐ翌日くらいにアップしているんですけどね。でもそんなときはちょっと心配です、ぼくはこんな人間ですから、文章がとんがってしまうのではないかと。

 

毎日欠かさず書いているという一つの理由は、だからヒマで音楽ばかり聴きながらずっと部屋にいるからで、聴いて書くことがすっかり習慣化してしまっていて、特にこれといった用事もないなんでもない日に書かないでいると、もはや一種の気持ち悪さを感じるようになっているからですけど、もう一つ、技術を維持したいからでもあります。

 

っていうのは、文章を書くのって、自転車に乗ったりするのとはちょっと違うんですよね。自転車って一回乗れるようになれば、長く離れている期間があっても、やっぱり乗れるでしょ。コツをつかめば一生いけるっていうタイプのことはほかにもあります。料理なんかもそうかな、一回おぼえたら休眠期間があってもできるっていう。

 

でも文章を書くのはそういうのよりも、楽器演奏にちょっと似ていて、しばらくやらないでいるとレベル・ダウンしてできなくなっちゃうんですね。続けていないと維持できないものなんです。そこが文章書きと楽器演奏のちょっとした共通点ですね。

 

楽器って続けていないと、いつも触っていないと、演奏力が落ちてしまう、そもそも音が出せなくなってしまうものですよね。歌もそうかな、いつも歌い続けていないと、ずっと休んだままでいると、喉や腹筋が衰えてヘタクソになってしまいますよね。それでも放置しておくと、歌うための声すら出なくなってしまいます。語学もそうですね、常に触れ続けていないと、レベル・ダウンしてしまいます。

 

それを取り戻すのには、維持し続けているのよりもはるかに強く激しいリハビリ・トレーニングが必要。文章書きというのはちょっとそういった音楽活動、語学活動に似た面があるんですね。ずっと毎日ちょっとづつでも、軽くでも、続けていれば技術を維持できるけど、休み続けているとできなくなっちゃうんで、それもあってぼくは毎日休まず書いています。

 

(written 2020.9.23)

2021/01/12

ラテン・ジャズ・ファンクな「ギミ・シェルター」〜 カル・ジェイダー

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(3 min read)

 

Cal Tjader / Agua Dulce

https://open.spotify.com/album/2WH2F61riLGzebvDJVEOXe?si=OQ9C_2pZTaqyzXTgA7Y5hA

 

おなじみラテン・ジャズ・ヴァイブラフォン奏者、カル・ジェイダー(Cal Tjader)が、大好きな曲であるローリング・ストーンズの「ギミ・シェルター」をやっているのがあるぞと聞きつけて、Spotify検索し、アルバム『Agua Dulce』(1971)にたどりつきました。

 

問題のストーンズのカヴァー「ギミ・シェルター」はアルバム4曲目に収録。アナログ盤ではここまでがA面だったらしいです。肝心の内容は?というと、ストーンズ ・ヴァージョン(『レット・イット・ブリード』1969)を大きく換骨奪胎したラテン・ジャズ・ファンクにしあがっていて、こりゃいいですね。好みです。

 

しかもテンポをグッと上げ、パーカッシヴな感じにして、ある種の軽み、疾走感まで表現しています。この種の軽みはもともとラテン・ミュージックに備わっているものですが、ストーンズのオリジナルとはなにもかもが違うこのカル・ジェイダーの「ギミ・シェルター」、ここまでやれば、もはや曲は題材でしかないわけで、素材の味を活かした料理でもなく、まったく姿かたちを変えてしまっていると言えますね。

 

このラテン・ジャズ・ファンクな「ギミ・シェルター」、アルバム『Agua Dulce』のなかではさほど重要な位置を占めているというわけでもなく、ほんのちょっとした軽い息抜き、お遊び程度なだけですね。ラテンといってもロック・ナンバーに近いノリはかすかに残っていますしね。

 

アルバム全体では、むしろサルサ・ジャズみたいな方向に近寄っているんじゃないかというのがぼくの感想で、オープナーの1曲目「Agua Dulce」からしてそうですし、また「ギミ・シェルター」が終わってB面にくれば、冒頭二曲がどっちも完璧なサルサですよね。気持ちいい。

 

B面には、しかも二曲のメロウ・ラテン・バラードがあるのも聴きどころです。(アルバム全体の)7曲目「インヴィテイション」とラストの「モーニング」。甘美のきわみ。こういったちょっぴりボレーロっぽいラテン・バラードを味わってメロウな雰囲気にひたり妄想に耽るのは、いつだって好きですね。

 

(written 2020.10.14)

2021/01/11

これもまたギリシア的なのだろうか?〜 ト・ディエシ

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(6 min read)

 

Nto Diesi / De Fovamai To Avrio

https://open.spotify.com/album/06xaKTQB05QaMnUnCtbpaO?si=zpcQ4qepRWqJb0-exnCaKQ

 

ト・ディエシ(Nto Diesi)はギリシアの音楽デュオ・ユニット。作詞家で歌のペニー・ラマダニと、ギタリストで作曲家のディミトリ・ニティスという二人で編成されているみたいです。そのアルバム『De Fovamai To Avrio』(2019)がちょっぴり魅力的なんですよね。音楽的にギリシア色はとても薄く、というかほぼ聴きとれないですけれども、もっとユニヴァーサルなコンテンポラリー・ポップスとして佳作じゃないですかね。

 

ポップスというかポップ・フォークみたいな感触なんですけどね、このアルバム。地味で渋い感じで入ってきたなと思っていると、3曲目はレゲエですね。アクースティック・レゲエ。裏拍で刻みが入るレゲエのリズム・パターンだけ借用して、音楽的にはレゲエではないポップスに仕上がっています。聴きやすくていいですね。

 

ところでですね、ぼくは長年レゲエが苦手だったという話をずっと前にしたことがあるのは、音楽そのもののというよりも、ルーツ・レゲエにまとわりつくたくさんの言説が嫌いだっただけなんですよね。近年だったらフェラ・クティのアフロビートなんかにも同種の嫌な匂いを感じるんですけど、こう、なんというか硬派っていうか戦闘的というか社会派というか、ちょっと軽く流し聴いてはイカンみたいなことをいうファンや評論家が一部にいるでしょう。

 

ボブ・マーリーにしろだれにしろ、レゲエやアフロビートの音楽家が軽い感じでポップになったりスウィートになったりすると、もうそれだけで「裏切り」だ、とか「心変わり」だとか、そんなこと考えたり発言したりするひとたちのことが、ぼくはあんまり好きじゃありませんでした。ロックみたいなシリアス・ミュージックとレゲエの親和性が高いのは、そんなアティテュードも一因のような気がします。

 

ともかくそんなことで、レゲエ(とアフロビート)からは、もっと正確に言うとそれら音楽について語る一部のマジメなかたがたの発言からは、大きな距離を置いてきたんですよね。レゲエやアフロビートそのものが嫌いなわけじゃないと自分でわかっているのに、そんなかたがたのせいで音楽まで嫌いになりそうでしたから。

 

21世紀に入ったころからか、もっと前の1990年代からか、アフロビートのことはやっぱりよくわからないけど、レゲエはそのビート・スタイルだけちょこっと借用して自身の音楽の彩りとする音楽家が世界中にたくさん出てくるようになって、それでぼくも大きく安堵している次第です。やっぱりボブ・マーリー的な武闘派というか、社会派的にシリアスな姿勢をレゲエ・ビートに込めるっていう、一部のアフリカの音楽家とか、またアマジーグ・カテブ(グナーワ・ディフュジオン)とか、いるにはいますけどね。

 

話が大きくそれました。きょう話題にしたいギリシアのト・ディエシも、レゲエの裏拍で刻むビート・スタイルだけ借用しているのであって、レゲエ的社会派というわけでは決してありません。こういったレゲエの音楽効果はぼくも好きですね。3曲目だけじゃなく、実は4曲目も軽いレゲエ・ビートがそこはかとなく効いています。アルバムでレゲエ・ビートを使ってあるのはこの二曲だけ。ただたんにおもしろいポップ・ビートということでレゲエ使っちゃいけませんか?

 

5曲目以後も、やっぱり仄暗いっていうかどんよりとした曇天を連想させるような曲調のものが続いているんですけど、フォーキーだったりロック・チューンっぽかったりして、思うに地中海的っていうか、そう、アルジェリアの音楽なんかにもこういった感じがときたま聴きとれますが(スアド・マシ)、ギリシアとかバルカン半島的なムードともひょっとしたら言えるのかもしれないですね。

 

音楽的にはこのデュオの作曲者側のディミトリ・ニティスがかなりサウンドを支配しているみたいで、楽器もギターだけでなくトレスやマンドリンをやったり、またアレンジャーとして、チェロ、アコーディオン、カズー、ホーン陣ほかの配置もツボを得たスッキリとした感触で曲のよさを包み込むという、そういう仕事をしているなと思います。

 

なぜか心に残る、くりかえし聴きたくなる、そんな不思議な魅力を持ったト・ディエシのアルバム『De Fovamai To Avrio』。どうしてそう感じるのか、ちょっと考えてみたかったんですけど、きょうはどうもうまくいかなかったなと思います。ギリシア要素はこの音楽にはないと言いながら、やっぱりギリシア的なのか?とも思えたり。

 

(written 2020.11.27)

2021/01/10

コンサートやるなら、これからハイブリッド(字余り)

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(5 min read)

 

昨2020年初春以来のCOVID-19流行で、音楽ライヴがすっかり縁遠いものとなってしまいました。数少ない客入れライヴも、同時にネット配信も行うっていう、ハイブリッド・コンサート形式がほぼ定着した感があります。

 

いまは悲観的状況ですけど、ハイブリッド・コンサートをやるということそれじたいはたいへんよいことじゃないかと思うんですよね。音楽ライヴを現場とオンラインのハイブリッド形式でやる、これはもっと前からそうするべきものでありました。コロナ禍でようやくそれが定着するようになったということです。

 

現実問題、首都圏で二回目の緊急事態宣言が出ていますから、客入れコンサートはふたたびとうぶんできないということになってしまい、ライヴ・コンサートなどはやはり全面的にオンライン配信で、という事態を迎えておりますね。

 

肝心なのは、このコロナ禍が終息してのちのことです。終息してもなお、やはりコンサートはハイブリッド形式で企画・実施すべきだと強く願っているんですよね。現場の観客動員だけでなく、ネット配信もやるべきです。それが製作側、歌手サイド、そしてなんといってもファンのためになることなんです。

 

音楽ライヴ・イベント、コンサートなどは、やはり首都圏というか東京エリアで開催されることが多いでしょう。全国をまわる、なんていうのは一部の演歌・歌謡曲系の歌手だけです。東京エリアでしかやらなかったら、地方人の参加はなかなかきびしいことですよ。

 

もちろん、出かけていって体験する、というのはほんとうに貴重でスペシャルで思い出に残るものです。ですけれど、東京エリアでのコンサート観覧は、日程的、経済的に、地方民にとってはなかなかむずかしい面もあるんです。特に経済面ですかね、交通費、宿泊費、食費など諸々ふくめれば、コンサート・チケット代金の何倍もの大きな出費になりますからね。

 

だから特に応援しているこの歌手の特にこのコンサートだけ、といった感じで、たぶん年に一回か二回、出かけていって参加するということになりますが、それすらきびしいファンだっているんです。なにより(コロナ禍でない平時においては)音楽コンサートは年に無数と開催されていますが、音楽専門家でもなければ、地方在住民でどんどん上京できるなんていうひとはほぼいません。

 

日本国内/国外、といった視点で考えれば、このことは東京人のみなさんにだって理解できるはずです。日本在住の洋楽ファンが、当の音楽家が開催する、ニュー・ヨークでの、パリでの、ロンドンでの、リオ・デジャネイロでの、カイロでの、グラスゴーでの、コンサートの数々に飛行機を飛ばしてどんどん出かけていけるでしょうか。

 

2020年おおみそかには、例年どおりユッスー・ンドゥールがグラン・バルの年越しライヴを開催しました。コロナ禍まっただなかということで、今回はオンライン配信されたわけですが、だから日本にいながらにしてその中継を見られたというファンがいましたよね。例年どおりのセネガル現地での、現場だけでの、開催だったら、はたしてそこまで飛んでいけるファンは世界に何人いたでしょうか。

 

どうかお願いです、コロナ禍が終息して、平常どおりコンサート会場に観客が100%フル入場できる日が戻ってきても、それでもやはりそのコンサートを撮影してネット配信してほしいのです。それがあれば、遠隔地に住むぼくらだって音楽ライヴを楽しめるし、アーカイヴに残してもらえれば、都合のいい日時に観覧できます。

 

製作側、歌手側にとっても、現場観客数分の入場料収入だけでなく、それにプラスしてネット配信分のチケットもさばけるわけで、しかもそっちほうがペイが大きいわけですから、八方にとって歓迎すべきことじゃないかと思うんですよね。

 

(written 2021.1.8)

2021/01/09

知世の「小麦色のマーメイド」が好き 〜『恋愛小説 3』

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(5 min read)

 

松田聖子、原田知世 / 小麦色のマーメイド

https://open.spotify.com/playlist/1nlAzVTUjyiDJFIypXqjSW?si=J7wF6Y17R-C7aL8ElEXu6g

 

昨2020年10月の発売以来ずっとよく聴いている原田知世の『恋愛小説 3 〜 You & Me』。このカヴァー・アルバムのなかでいちばん気に入っているのは、3曲目の「小麦色のマーメイド」なんですよね。歌詞が松本隆、曲が呉田軽穂(=松任谷由美)。松田聖子が1982年に歌ったおなじみの歌で、いままで、知世以前にカヴァーしている歌手も多いですね。

 

それで知世の「小麦色のマーメイド」は自分の夢にもよく出てくるし、朝起きたとき自動脳内再生されていることも多く、だからベッドから出てすぐ聴いたりもよくするんですけど、これ、聖子のオリジナル・ヴァージョンよりもずっといいんじゃないかなというのが正直な感想です。上のリンクのSpotifyプレイリストで二つを並べておきましたので、ぜひ聴き比べてみてください。

 

いまのぼくのフィーリングにピッタリだということなんですけど、伊藤ゴローのサウンド・メイクも現代的っていうか、2020年的コンテンポラリーネスを発揮していると感じるんですね。聴き比べれば、聖子ヴァージョンは時代を感じるサウンドだろうかなあ、と思わないでもないです。

 

聖子ヴァージョンは1982年ですからね、聴けばおわかりのように当時のいかにもなフュージョン・サウンドで、実際その界隈のミュージシャンたちが演奏したんじゃないかと思います。アレンジは松任谷正隆。82年という時代を強く意識したジャズ・フュージョン/シティ・ポップな音に仕上がっているんじゃないでしょうか。

 

これはこれでいま聴いても悪くないっていうか、上質のワン・トラックになっているなと思います。1982年当時だったらこれ以上は求むべくもないっていう、そんなサウンドじゃないでしょうか。聖子のヴォーカルも、正直言ってぼくは苦手なんですけど、でもこれはじゅうぶんチャーミングなものでしょう。

 

いっぽう、昨年リリースされた知世ヴァージョンの「小麦色のマーメイド」のサウンドは、ちょっとクラシカルなテイストが強いです。アレンジは伊藤ゴロー。ストリングス、っていうかこれはたぶん弦楽四重奏かな、それをメインに据えた落ち着いたできあがりの音です。これも時代的っていうか、2020年代に即した同時代サウンドじゃないかと思うんですね。

 

だから、いまから数十年後には聖子ヴァージョンも知世ヴァージョンも古いって言われることになるかもしれないです。いまは2021年なんで、知世ヴァージョンのほうがしっくり来る、いまの時代のぼくのフィーリングにぴったり合っている、という気がするだけですね。しばらくのあいだはこっちの知世のヴァージョンでOKじゃないでしょうか。

 

個人的に最も大きなことは歌手の発声と歌いかたですね。聖子がダメっていうんじゃありませんよ、個人的にはこの舌足らずな感じがやや苦手なだけで。比べて知世、いまの知世の声はややかすれたようなハスキーさで、成熟と落ち着き感を強くただよわせるヴォーカルじゃないでしょうか。ややキーも低めのこの知世ヴォイスがぼくは大好きなんですよね。

 

「小麦色のマーメイド」という曲の持つ雰囲気にピッタリ似合っているのが、いまの知世の声だっていうことで、若年のかわいらしさをそのまま保ったまま大人になって深みや落ち着きを獲得したこの発声や歌いかたがほんとうに気に入っているということなんです。声の色っていうかトーンも、聖子のそれよりぼくはずっと好きですね。

 

ストリング・カルテットを中心とする伊藤ゴローの極上のサウンド・メイクと、落ち着いたハスキーな知世のヴォーカルで、「小麦色のマーメイド」という曲が2021年に軽やかによみがえったんだという気がします。

 

(written 2021.1.7)

2021/01/08

ポール・マッカートニー 『キシズ・オン・ザ・ボトム』

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(8 min read)

 

Paul McCartney / Kisses on the Bottom

https://open.spotify.com/album/5jOBxNZ2fXG1k0x8SYJ38e?si=hAG9wPsRSFSqGwMEkIO3eA

 

きのうブラッド・メルドーの『ブルーズ・アンド・バラッズ』をとりあげましたが、そのアルバム・ラストにあった曲「マイ・ヴァレンタイン」。これのオリジナルが収録されているポール・マッカトニーのアルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』(2012)のことを思い出していました。

 

『キシズ・オン・ザ・ボトム』は、ジャズ歌手でもないポールにしてはめずらしいポップ・スタンダード曲集。しかし喉が衰えたロッド・スチュワートその他大勢なんかが取り組んだようなものとは、ポールのばあいそもそも意味が違うんですね。ポールはビートルズ時代からそんなテイストを濃厚に持っていましたから。

 

たとえば「ウェン・アイム・シックスティ・フォー」(『サージェント・ペパーズ・ロンリー・クラブ・ハーツ・バンド』)、「マーサ・マイ・ディア」「ハニー・パイ」(『ワイト・アルバム』)のような、わざとレトロでヴィンテージなオールド・ジャズ・ソングに似せたようなものを、ビートルズ時代からポールは自分で書いていました。バンドの初期に「ティル・ゼア・ワズ・ユー」(『ウィズ・ザ・ビートルズ』)を歌ったのもポールでした。

 

ビートルズの四人は、っていうかあの世代は、若いころ古いティン・パン・アリーのポップ・スタンダードに親しんでいたひとたちですし、なかでもポールは特にそんな資質を強く持ち発揮してきたシンガー・ソングライターでしたよね。だから、ポールがレトロなポップ・スタンダードをジャジーに歌うのは、きのうきょう思いついたようなアイデアじゃなかったんです。そういう資質をもとからあわせ持つミュージシャンなんです。

 

それでも2012年にこのアルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』がリリースされたときにCD買って聴いたときは印象が悪くて、一、二度聴いただけでラックの奥にしまいこんでいました。最大の理由はポールの発声にありました。ふだんロック・ナンバーを歌うときとはあからさまに違えたソフトでメロウなフィーリングなんですね。

 

それがかなりわざとらしく感じられて、当時は鼻につくように感じたんですよね。こんなふうに声色を変えなくたって、いつもどおりストレートに声を出して歌えばいいのに、って曲そのものは好きなものが並んでいるからいっそう歯がゆく思ったもんです。

 

ところがブラッド・メルドーのおかげで曲「マイ・ヴァレンタイン」を思い出し、それが収録されているアルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』もちょっと聴きなおしてみようと思ったんだから、人生なにがきっかけで巡り巡ってくるか、わかりませんよねえ。今回はもちろんCDじゃなくSpotifyで聴きました。

 

今回、アルバムの印象がグッと向上したっていうか、ポールのばあいビートルズ時代から同じだったことを思い出したんですよね。たとえば『ワイト・アルバム』にある「ハニー・パイ」をちょっと聴きなおしてみてください。この曲はビートルズ時代にポールが書いて歌ったもののなかでは最もジャジーなヴィンテージ・ポップスふうなんですけど、やっぱりふだんとは違う声の表情を故意にみせているでしょう。ソフトな感じによそおっていますよね。
https://www.youtube.com/watch?v=0Sr0efOe8yk

 

つまり1960年代からポールはなにも変わっていないんだなあと、ぼくも2015年にブログをはじめてからビートルズのことを、特に大好きな『ワイト・アルバム』なんかはかなり頻繁に、聴きかえすようになりましたから、それで2012年のスタンダード集『キシズ・オン・ザ・ボトム』のことも、なにも特別視することはない、ヘンじゃない、オールド・ポップスをやるときのいつものふだんどおりのポールの発声だと、そう感じるようになりました。

 

アルバム『キシズ・オン・ザ・ボトム』は、かのトミー・リプーマのプロデュース。そしてトミーの進言でダイアナ・クラールがアルバムのための音楽アドヴァイザー役として起用されることになりました。伴奏のベーシストもドラマーもダイアナのバンドからそのまま持ってきているし、くわえてギターでジョン・ピザレリも参加。ダイアナは全曲のアレンジもやっているし、もちろんピアノを弾き、大活躍。ポールはほぼ全面的にヴォーカルに専念し、ほとんど楽器は演奏していません。ロンドン・シンフォニー・オーケストラも豪華なアンサンブルをくわえています。

 

収録曲のなかには、かなり有名なものとそうでもないものが混じっているように思いますけど、CDでお持ちでないかたも調べればぜんぶ出ますので、ご興味とお時間がおありのかたはぜひ。すべてがティン・パン・アリーのソングブックからで、オープニング1曲目「手紙でも書こう」(アイム・ゴナ・シット・ライト・ダウン・アンド・ライト・マイセルフ・ア・レター)はファッツ・ウォラーで有名でしょうけど、ファッツの書いたものではありません。アルバム・タイトルの「キシズ・オン・ザ・ボトム」はこの曲の歌詞の一節から。ラヴ・レターの末尾に添える “X” のキス・マークのことです。

 

おもしろいのはスタンダードに混じって、このアルバムのために書いたポールのオリジナルも二曲あること。8曲目の「マイ・ヴァレンタイン」(エリック・クラプトン参加)、14「オンリー・アワ・ハーツ」(スティーヴィ・ワンダーがハーモニカを吹く)。古くからの錚々たるクラシックスのなかに混じっても、なんら違わないように聴こえるのはさすがですね。考えてみればビートルズ時代、解散後のソロ時代とポールはそんな感じのポップなオリジナルをたくさん書いてきたわけですよ。

 

そもそもソング・ライティング・クラフトをティン・パン・アリーやブリル・ビルディングから生み出されたソングブックに学んだような痕跡が強いポールですから、それがビートルズ時代から生かされてきて、それで21世紀までずっときているポールなんですから、やっぱり曲を書く才能はすごいものがあるなと、あらためてうならざるをえません。スタンダード・ポップスを歌うヴォーカリストとしての資質同様、今回はコンポーザーとしての偉大さにも思いが至りました。

 

(2020.9.23)

2021/01/07

ブルーズとバラードを一体化させて弾く 〜 ブラッド・メルドー

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(6 min read)

 

Brad Mehldau / Blues and Ballads

https://open.spotify.com/album/68Z45vi66VWZw7nqcOQEwP?si=iyXG4RVUQt-H0uUlwqUE4w

 

ジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)のことをずっと苦手にしてきました。どうしてなんだか自分でもよくわかりませんが、それに、活動の中心がピアノ・トリオ形態でしょう、個人的にあまり好きなフォーマットじゃないですからね。ずっと気になってはきたんですが。

 

それでもこないだ、なにかのきっかけで知った『ブルーズ・アンド・バラッズ』(2016)という、これもやっぱりピアノ・トリオ・アルバムで、しかしブルーズやっているんだったらぼく向きかも、いや、ちょっと待って、メルドーの弾くブルーズでしょ、とやっぱりちょっとの警戒心も働いたんですけど、ともあれ聴いてみないとなにも言えないなと思って。

 

それで聴いてみたら、正解でしたね、『ブルーズ・アンド・バラッズ』、実に聴きやすい好内容。ここでもラリー・グラネディア(ベース)&ジェフ・バラード(ドラムス)という鉄壁のおなじみトリオ編成で、たしかにブルーズとバラードばかり、それも耳慣れたスタンダード中心の選曲なのがうれしかったです。

 

楽曲形式として12小節定型のブルーズというのは、実は4曲目の「シェリル」(チャーリー・パーカー)しかないんですけれども、それに近いかたちやフィーリングの曲をブルーズに解釈して演奏しているのものが実にいいできばえです。

 

たとえば1曲目の「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」。ダイナ・ワシントンも歌った有名曲ですが、ここでのメルドーの解釈は完璧なるブルーズ。粘っこいタッチのピアノの弾きかたをしていて、これはいい。しかもバラード・ナンバーでもあるっていうだけの弾きかたをちゃんとしています。

 

そう、このアルバムはここがポイント。ブルーズはブルーズ、バラードはバラードと区別して弾き分けているのではなく、メルドーはチョイスした多くの曲をブルーズでありかつバラードでもあるっていう、両要素を一体化させて解釈・演奏しているんですね。いやあ、すばらしい。

 

2曲目のポップ・スタンダード「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」(コール・ポーター)。バラードとして演奏されることが多い曲ですが、メルドーはブルージーなタッチも交えながらファンキーな味もちょこっと出しつつ、しかしやっぱりバラードであるっていう曲本来の味を損なわないようにていねいに演奏しています。グッときますねえ。

 

ブルーズをバラードとして弾く、バラード演奏にブルージーなタッチを混ぜ込む、っていうのは、実はずっとむかしから、それこそハード・バップ時代から、ブラック・ジャズ・ミュージシャンたちが得意にしてきたことであって、べつに目新しい方法論じゃありません。でも2010年代になって、メルドーのピアノでそれが聴けたっていうのがうれしかったんですね。

 

そうそう、2曲目の「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」は、リズム・スタイルがキューバン・ボレーロにアレンジされていることも書き忘れてはいけませんね。ボレーロはキューバにおいて恋愛歌をとりあげる際のむかしからの人気形式なんで、だから、この曲をそんなアレンジにしたのは、ある意味オーソドックスなバラード表現です。

 

ラテンな感じでバラードをブルージーに弾くといえば、このアルバム6曲目「アンド・アイ・ラヴ・ハー」(レノン/マッカートニー)もグッドですね。「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」と違い、こっちのほうはビートルズのオリジナルからしてすでにラテン香味が漂っていたもので、メルドーのヴァージョンはアルバムのクライマックスともいえる情熱的な演奏。ラテンなバラードをブルージーに弾きこなすスタイルも、ここに極まっています。

 

続くアルバム・ラストの「マイ・ヴァレンタイン」はポール・マッカトーニーが2012年のアルバムのために書いた当時の新曲で、スタンダードとは言えないでしょうが、美しいメロディを持っているバラードだということでとりあげたんでしょう。やはりちょっぴりブルージーなタッチも混ぜ込んでいますが、この曲でのメルドーはバラードをきれいに弾くことにほぼ専念しているように思います。

 

5曲目のスタンダード「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」もストレートなバラード解釈で聴きやすく。ぼくはこういったメロディのきれいなティン・パン・アリーのポップ・スタンダードを聴くのが大好きなんで、選んでくれただけでうれしいですね。ティン・パン・アリー発でも大半の曲が埋もれて消えたんであって、生き残ったごく一部のものだけがスタンダードになったんだと考えれば、それなりの理由、魅力はあると思います。

 

3曲目「リトル・パースン」はジョン・ブライオンという名前がコンポーザーになっていますけど、アルバム中これだけは曲も作者も知らないものでした。ラリー・グレネディアのベースもロマンティックでいいですね。

 

(written 2020.9.22)

2021/01/06

どこまでも伝統的なブルーズ 〜 キム・ウィルスン

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(3 min read)

 

Kim Wilson / Take Me Back!: The Bigtone Sessions

https://open.spotify.com/album/7xjNL5KWKBhdisk6oGbFOc?si=Wd5P6YI4RMGLE8Gl4QfVXA

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2020/10/21/take-me-back-kim-wilson/

 

ファビュラス・サンダーバーズのヴォーカル、キム・ウィルスンのソロ・アルバム新作『テイク・ミー・バック:ザ・ビッグトーン・セッションズ』(2020)。もちろんトラディショナル・ブルーズですよね。

 

この手の音楽ですから、アルバム収録曲はスタジオにバンド・メンバーを集めての一発録りだったみたいで、しかもモノラル録音だそうです。「だそう」っていうのは、いまぼくはスピーカー一個で音楽聴いていますから、わからないんですね。そう、パソコンとBluetoothで接続したスマート・スピーカー一個だけ。

 

昨年7月20日に引っ越してきて以来、それ以前に使っていたオーディオ機器はもちろん持ってきたんですけど、実家ゆえ住宅事情からそれを設置できないんですね。だから、Boseのスマート・スピーカー一個だけでそれ以来ずっと音楽を聴いています。ちょっとあれですけど、しょうがないんですよねえ。だからモノラルもステレオもわかりません。

 

そんなことはいいとして、キム・ウィルスンの『テイク・ミー・バック』。キムはヴォーカルだけじゃなくブルーズ・ハープもやるんで、しかもそれはがっちがちに歪んだ電化アンプリフェイド・ハープ。このアルバムでもそれが随所で聴こえますよね。ある意味、ハープのほうが主役なんじゃないかと思えるほどの内容かもしれません。

 

実際、インストルメンタル・ナンバーも四曲あるし、アルバム・タイトルにもなっている12曲目「テイク・ミー・バック」がリトル・ウォルターの曲だということもあって、キムはリトル・ウォルター直系のブルーズ・シンガー&ハーピストなのかもしれません。このアルバムでも快調なハープ・スタイルなんかは間違いないですよね。

 

もっとも、アルバムにあるカヴァー曲九つのうち最も多いのはジミー・ロジャーズ・ナンバーの四曲で、そのほかハウリン・ウルフ、ジミー・ノーレン、ラリー・ウィリアムズ、パーシー・メイフィールドが一個づつに、上記のとおりリトル・ウォルターが一個。

 

往年の、そう、つまり1950年代のシカゴ・ブルーズの匂いがアルバム全編で強く漂っていて、こういった音楽、もはや時代遅れだよと笑う向きもおありかもしれませんが、伝統を受け継ぐこと、守り抜くこと、それだって新しい領域を切り拓くのと同じくらいカッコよくて意味のあることなんですよ。

 

ブルーズってそんなもんだよねえって、そんなことをきょうもまた強く実感したキム・ウィルスンの新作なのでありました。目新しさ、音楽の進化、更新なんてこれっぽっちもここにはありませんけどね。

 

(written 2020.11.22 )

2021/01/05

ダイアナ・クラールの新作は心落ち着ける

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(6 min read)

 

Diana Krall / This Dream of You

https://open.spotify.com/album/2axVAnC2sE98xigU2BV1TY?si=mnHOSs7UTRqSUB1Lo8u5Sg

 

ジャズ歌手のDiana Krall。ところでこの名前をカナ書きすると、ダイアナ・クラールというよりはクロールに近くなるんじゃないかと前からぼくは思っているんですけれども、この歌手&ピアニストに特にどうという気持ちもないぼくは、長いものに巻かれとけ的発想で今日もクラールと書きます。

 

そんなダイアナ・クラール(クロール)の2020年最新作『ディス・ドリーム・オヴ・ユー』にはちょっとした背景があるんだそう。ダイアナは名匠トミー・リプーマに見出されてブレイクしたわけで、その後もリプーマがダイアナをプロデュースしたアルバムがたくさんあります。

 

そんなリプーマも2017年に亡くなってしまったでしょう、ダイアナとしては大きなショックだったみたいですよね。それで三年の時間を経てようやく世に出ることになったリプーマ追悼集が今作の『ディス・ドリーム・オヴ・ユー』なんだってことらしいです。

 

ダイアナとリプーマの最後のコラボは2017年の『ターン・アップ・ザ・クワイエット』(リリース直前にリプーマが亡くなる)だったわけですが、そのころ2016〜17年あたりにリプーマとともに録りだめてあった音源を蔵出ししつつ今回手を加えて完成させ、新録音も交え、できあがったアメリカン・スタンダード・カヴァー集が『ディス・ドリーム・オヴ・ユー』なんですね。

 

リプーマ追悼集という意味も帯びているせいでしょう、アルバム全体で静謐感が強くただようというか、やや重たい感触もありますね。そのへん、約50分間のこの作品全体を通して聴くとちょっと退屈だという印象を抱いてしまうばあいもあるんじゃないかと思います。

 

しかしなかなか雰囲気がいいし、おだやかで静かで、夜ひとりで心を落ち着けたいときなんかに聴くにはもってこいのアルバムじゃないでしょうか。そんななかでもオッと耳をひくものが数曲あります。まず6曲目「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」。全体的におだやかな調子で貫かれているこのアルバムのなかでは例外的にスウィンギーにドライヴするワン・トラックなんですね。

 

ヴァイオリンのソロとオブリも効いているし、こりゃなかなかみごとな演奏と歌ですよ。ところでこの「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」はナット・キング・コールもやりました。かの有名な戦後作『アフター・ミッドナイト』のオープナーでしたね。ナットのレパートリーをダイアナがとりあげるのは、やっぱりダイアナらしいなと思うんですね。

 

アメリカン・スタンダード・ポップスをたくさん歌ったナット・キング・コール。その道の第一人者といっていい存在だったわけですが、ダイアナ・クラールの世界ってちょっとそんなナットの世界を引き継いでいる部分があるなと前からぼくは感じているんですよね。ダイアナはナット曲集のアルバムも出しましたがそれだけのことじゃなく、ダイアナの世界観はナットの表現していたそれじゃないかと。

 

そう考えると、今作『ディス・ドリーム・オヴ・ユー』でもピアノ+ギター+ベース+ドラムスといった必要最低限のコンボで基本やっているし、そんな面でもナット・キング・コール・トリオを意識したのかなと思わないでもありません。ダイアナの今作のばあいは、それにちょこっとヴァイオリンが入ったり、ストリング・アンサンブルが伴奏をつけたりしますけどね。

 

10曲目「アイ・ウィッシュト・オン・ザ・ムーン」。ビリー・ホリデイが1935年に歌って知られるようになったポップ・ソングで、そのヴァージョンが至高のものであるわけですが、ここでのダイアナはちょっとテンポを上げ、これも快活な雰囲気と曲調にアレンジしなおしてあるのがいいですね。出だしのリフがこれまたナット・キング・コール・トリオのスタイルをそのまんま踏襲。

 

アルバム題になっている9曲目「ディス・ドリーム・オヴ・ユー」だけが新しい曲で、これはボブ・ディランが2009年の『トゥゲザー・スルー・ライフ』で歌ったボブ自作のテックス・メックス・ソング。そりゃあもう完璧なラテン・チューンだったものです。
https://open.spotify.com/track/5WsZ3nNApCUv3IoOtAA3kv?si=BgXwYMwGRAua5A5aG6R6cA

 

アバネーラ調のリズム・フィールも感じられるこのディランの曲を、今回ダイアナはもっとぐっと落ち着いたジャジーなヴァージョンに仕立て上げているその手腕が光ります。これは新録ですからトミー・リプーマはかかわっておらず、ダイアナ自身のプロデュースです。かすかにアバネーラ/テックス・メックスふうのラテン・フィールが香っているようにも聴こえ、なかなか極上のヴァージョンになったのではないでしょうか。いわばジャジー・テックス・メックス。

 

(written 2020.10.19)

2021/01/04

多彩な音色で楽しませる、アフリカ音楽ふうに解釈したハービー・ハンコック 〜 リオーネル・ルエケ

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(4 min read)

 

Lionel Loueke / HH

https://open.spotify.com/album/6ApdWZj0u2UOHzHwNiNnAi?si=-MiJjPpwS4-jEW-ky1GF2Q

 

ギターリスト、リオーネル・ルエケ(ベニン)のソロ新作アルバム『HH』(2020)は、そのアルバム題で察せられるとおりハービー・ハンコック曲集となっています。これがなかなかの快作なんですよねえ。

 

ハービーはリオーネルをバンドのギターリストに起用して育てあげてきた、いわば師匠ですから、『HH』は恩返し、オマージュ的な作品といえるのでしょう。ハービーの旧新楽曲をとりあげて、しかもリオーネルはなんとソロ・ギター・パフォーマンス、つまりギター一本だけでそれを表現しているんです。ビックリですよねえ。

 

基本このアルバムでのリオーネルはアクースティック・ギターを弾いているばあいが多いみたいですね。一部でエレキ・ギターも弾いてはいますし、アクギでも多彩なエフェクトを駆使したり、音を重ねたりヴォイスを使ったりしていますから、なかなか一筋縄ではいかないソロ・ギター・パフォーマンスです。

 

全体的に、聴いた感じ静謐でリラクシング、落ち着いたクールな印象がある作品ですが、ピンと張りつめた緊張感も伝わってきます。ハービーがバンドで実現していた曲の数々をソロ・ギター演奏で実現するわけですから、大胆な工夫は必要です。それでリオーネルは原曲をかなり換骨奪胎していますよね。

 

ちょっと聴き、ハービーの原曲を思い起こすことのできるトラックはあまりなく、あくまでソロ・ギター・ピースとして活きるように再解釈されています。ハービーの曲ってメロディがキレイで楽しくて親しみやすく口ずさみやすいっていうのが、いつの時代でも大きな特長だったんですけど、『HH』でそれが聴きとれるのは6曲目の「バタフライ」だけくらいなもの。ほかはほぼリオーネルの書いた新曲と言いたいくらいの内容です。

 

なかでも特におもしろいなと思ったのは4曲目の「アクチュアル・プルーフ」。ジャズ・ファンク・チューンだったんですけど、ここでのリオーネルのギターは完璧なるバラフォン・スタイル。アクギの音色もバラフォンのそれを再現しているし、フレーズのつむぎかたもバラフォンでのそれを模しています。西アフリカ音楽的に再解釈しているというわけですが、しかしこれ、どんなエフェクト使ったらアクギでこんなバラフォンの音色になるんだろう?

 

そのほかアクギでもエレキでも多彩なエフェクトを駆使して音色のカラーリングで楽しませてくれるというのは『HH』の多くのトラックで言えること。バラフォンだけでなく、親指ピアノの音色とフレーズつくりのスタイルを移植したような曲もあるし、全体的にハービーのアフリカふう解釈という印象がありますね。しかもこういったクールネスはアフリカ音楽に特徴的なものです。

 

11曲目「ロックイット」出だしのサウンドも楽しいし、14「ワン・フィンガー・スナップ」でのギター・サウンドは、まるでスティール・パンのそれにそっくりじゃないですか。だからトリニダードっていうかカリブ音楽ふうの一曲に仕上がっていて、これ、ハービーの原曲は1964年のジャズ・ナンバーだったんですけどね。これにもビックリ。リオーネルはスティール・パンふうにアジャストしたギター・サウンドで反復フレーズをつくり、そのヒプノティックなループの上にソロ・フレーズを重ねています。いやあ、降参。

 

(written 2020.12.3)

2021/01/03

ちょっぴりジャジーなアフロビート 〜 バントゥー

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(3 min read)

Bantu / Everybody Get Agenda

https://open.spotify.com/album/5rrJHG1mncGKjf344s9ig1?si=I6ahYmPfRV-fwyETNAT7Nw

 

bunboniさんに教わりました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-14

 

ナイジェリア系ドイツ人のアデ・バントゥーことアデゴケ・オドゥコヤが率いるナイジェリア人13人編成のアフロビート・バンド、バントゥー(Bantu)の新作『Everybody Get Agenda』(2020)がなかなかいいですよね。Bantuとはアデ・バントゥーのことじゃなく、Brotherhood Alliance Navigating Towards Unityの略だとのこと。

 

アフロビートにしては洗練されたジャジーなアンサンブルを奏でるのがこのバンドの特徴で、もっとゴツゴツと荒削りでゴッツいサウンドのほうがアフロビートとしてのパワーは増すんじゃないかと思わないでもないんですが、バントゥーはこれが持ち味ですね。

 

コーラスもメロウだし、ホーン・アンサンブルもジャジーで、でもしかし今作ではいっそう強度を増したビート感がグッと来ますよねえ。歌詞とかナイジェリア性みたいなことはなにもわからないぼくなんですが、このサウンドだけ聴いて魅力的なパワフルさだなと感じとることができます。

 

1曲目はじめ随所でトーキング・ドラムが派手に鳴っているというのもバントゥーの特徴で、アフロビート・バンドでトーキング・ドラムを使っているのってほかにないと思うんです。なかなか新鮮ですよね。西アフリカっぽい感じもするし、ビートが複雑化して聴きごたえがあります。

 

3曲目だけちょっと違ったタイプの音楽ですが、それ以外はアルバム全体でパワフルなビートが全開。カルロス・サンタナ的なエレキ・ギターが炸裂している7曲目もみごとだし(ここでもトーキング・ドラムが入る)、そう、以前どなたかおっしゃっていましたが、そもそもアフロビートとカルロス・サンタナ的ギター・スタイルは相性いいのかもしれません。

 

個人的にはこのエレキ・ギターのおかげで7曲目がアルバムでいちばん好きですが、クライマックスはシェウン・クティがゲスト参加しているラスト・トラックということになるでしょう。これも出だしがちょっとメロウだったりしますが、ビートが入ってからはハード・ボイルド。それでもちょっとの洗練を混ぜ込んである、というかどうしてもそれが出てしまう、というのがバントゥーらしさですね。

 

(written 2020.11.21)

2021/01/02

アキレス・モラエスとジョアン・カマレーロのデュオ・ライヴ

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(3 min read)

 

Aquiles Moraes e João Camarero / Programa Instrumental Sesc Brasil

https://www.youtube.com/watch?v=GS9DKFhdfIY&feature=emb_title

 

ブラジル音楽好き Rori さんのこのツイートで知りました。
https://twitter.com/quebon_1377/status/1336305521167540225

 

2020年12月7日にYouTubeで公開されたアキレス・モラエス(トランペット、フリューゲルホーン)とジョアン・カマレーロ(ギター)のデュオ・ライヴ動画。もちろんショーロですけど、これ、なかなか楽しいしステキなんですよね。たぶんこういうのはいまのCOVID-19情勢下、各国で次々と生産されネットで配信されていることでしょう。

 

といってもこのデュオ・ライヴでは一曲終わるごとに拍手が聴こえますので、現場に観客を入れて収録したんでしょうね。でも基本はコロナ禍でなかなかライヴ・ミュージックの実現がむずかしいなか、音楽ファンのため、そして音楽家本人たちにとっての、機会を提供しようという制作側の意図によって実現したものだと思います。

 

ギターとトランペットのデュオ・ショーロというものはぼくはこれまで聴いたことがなかったかもしれません。それが大好きなアキレス・モラエスとジョアン・カマレーロの二名だっていうんですから、文句なしでしょう。途中ジョアンとアキレスのごく短い紹介クリップをそれぞれはさみながら、トータル約53分間、演奏されるのは14曲。なかに一曲だけジョアンのソロ・ギター・ピースもあります。

 

曲目はそれぞれ演奏開始時に動画の左上にも出ますけどそれは一瞬なので。動画説明文下部にしっかりぜんぶ書かれてあります。ジョアンとアキレスの自作曲が多いみたいですし、そのなかにラダメス・ニャターリ、パウロ・モウラ、ドミンギーニョスなどのクラシックスもまじっていますよね。

 

トランペットなど管楽器の演奏についてはなにもわからないぼくで(いや、ほかのどんな楽器だってわかりませんが)、演奏シーンがアップになったところでオッと思う部分はあまりないのでは。やはりジョアンのギターですよね、右手や左手が大写しになっているショットも多いため、なかなか楽しめるんじゃないでしょうか。

 

押弦する左手の動きもなめらかですが、今回発見したのは右手で弦をはじく様子です。ジョアンは伸ばした爪で弦をはじいているんですよね。どうりでいままでCDやサブスクで聴いてきた、あのアタックのとても強い鋭いサウンドが実現するわけです。ジョアンひとりが写っている時間がかなりあるので、みなさん確認してみてください。

 

二人の息もピッタリ、細かいフレイジングでのユニゾン合奏なども折々に混ぜ込まれ、それも寸分の狂いもなくピタッと合っていますから、事前にリハーサルをしっかり積んだのでしょうねえ。全体的にとてもこなれた演奏ぶりで、ショーロの粋やリラクシングな雰囲気が横溢、聴いていてとてもくつろげる、いいライヴですね。

 

(written 2020.12.12)

2021/01/01

ポスト演歌とはなにか

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(13 min read)

 

演歌がヒットチャートに入らなくなって久しいですね。ちょうど21世紀に入って10年ほど経過したあたりからかもっと前からか、CDが売れなくなって、みんながパソコンやスマホを使ってネットでダウンロードしたりストリーミングで音楽を楽しむようになった時代と、演歌が聴かれなくなった時代はほぼ合致しているようにみえます。

 

そんな、演歌が廃れた演歌後の時代、すなわちポスト演歌の時代にあって、あたらしい、いままでにないフレッシュな歌いかたをする新世代の新感覚演歌歌手がどんどん出てきているようにみえるのはなかなか興味深いところです。生き残りをかけて、というか新時代に則して、演歌の姿も変わりつつある、アップデートされつつあるということでしょう。

 

そんな新時代、いわばポスト演歌時代の演歌歌手といえるひとたちのことを、最近考えるようになってきています。全盛期だった1970年代からの演歌・歌謡曲ファンのぼくですが、2017年に岩佐美咲に出会って以来、ふたたびそんな世界をディグするようになっているんですね。

 

だからぼくにとっては岩佐美咲こそポスト演歌の時代を代表する最大の存在なんですが、ふとその周囲を見わたすと、同じような、似たような、新感覚歌唱法を実践している演歌歌手が、美咲の先輩でも後輩でも、けっこういるじゃないかということに気がつきました。

 

時代は変わってきているんですね。

 

そういった新時代の、ポスト演歌時代の、新感覚演歌歌手たちに共通する特徴と具体的な歌手の例を、きょうはちょっとあげておきたいなと思ってキーボードを叩いています。

〜〜

まず、ポスト演歌時代の演歌歌手たちに共通する歌唱法の特徴は、ぼくの聴くところ、以下の10個。

 

1)(演歌のステレオタイプたる)おおげさで誇張された劇的な発声をしない。

 

2)だから、泣き節、シナづくりといった旧態依然たるグリグリ演歌歌唱法は廃している。

 

3)フレイジングも、持ってまわったようなわざとらしいタメ、コブシまわし、強く大きいヴィブラートを使わない。

 

4)濃厚な激しい感情表現をしない、エモーションを殺す。

 

5)力まない、揺らさない、ドスを利かせない。

 

6)端的に言って「ヘンな」声を出さない。

 

7)代わりに、ナチュラル&ストレートでスムースな、スーッとあっさりさっぱりした声の出しかたや歌いかたをする。

 

8)発声も歌唱法も、ヴォーカル・スタイル全体がおだやかで、クールに抑制されている。

 

9)それでも演歌歌手らしい強めのハリとノビのある声は維持している。

 

10)このようなヴォーカル・スタイルで、旧来の演歌が表現していた非日常的な演劇性、物語性を除し、ぼくたちのリアルで素直な生活感覚に根ざしたストレート・フィーリングを具現化している。

〜〜

次いで、ぼくの見つけている範囲でのポスト演歌の歌手を具体的に列挙しておきます。これらはあくまで目立ったほんの氷山の一角であって、若手新感覚演歌歌手はたくさんいます。カッコ内の数字はデビュー曲の発売年。

 

・岩佐美咲(2012〜)

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ポスト演歌の象徴的存在。AKB48出身という、いかにも2010年代以後の日本を代表する演歌歌手ですね。ヴォーカルにわざとらしさや誇張がいっさいなく、ぼくたちのすぐそばにいるような日常感覚をそのまま移植したようなナチュラル&ストレートな自然体歌唱法が最大の持ち味です。

 

美咲は、演歌も歌謡曲もJ-POPも、どれも奇妙にならず同じように歌える資質を持っているのが強みですね。1995年生まれですから完全にいまの時代のポップスを吸収しながら育った世代で、身につけた時代感覚をそのまますっと発揮してくれているような気がします。

 

カンタンに言って、無個性、素直さ、いわば無色透明容器になれるのが美咲。それでもってそのなかに入れる中身=歌そのものの持つ本来的な魅力やパワーをそのままリスナーに伝えてくれる、スムースに歌の世界に感情移入させてくれる、そんな歌手です。

 

美咲はそんなスタイルを学習や訓練によって身につけたのではなく、そもそもの最初から生得的・本能的に持ちあわせていたあたりも、新世代の新感覚演歌歌手らしいところでしょう。

 

どんな旧いタイプの演歌楽曲を歌っても決して「クサく」ならないのが美咲。ここだけは(たとえ新世代であっても)だれもついてこられないところです。シングル表題曲はすべてSpotifyにあり。

 

・坂本冬美(1987〜)

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旧タイプの演歌歌手でしたが、近年、ポスト演歌の時代にあわせてあきらかに変貌しました。

 

注目すべきは2016年から三年連続でリリースされた『ENKA』シリーズ三作。有名演歌スタンダード曲をとりあげながらも、シリーズのメイン・アレンジャー坂本昌之の施した軽くやわらかくクールな(演歌らしくない)伴奏に乗って、冬美も抑制の効いたおだやかでストレートな発声と歌唱法に徹しています。この『ENKA』シリーズは、ポスト演歌の大傑作ですよ。Spotifyにあり。

 

考えてみれば、たとえば1991年に忌野清志郎&細野晴臣とHISを結成したり(冬美と清志郎との交流はつとに有名)、2009年にビリー・バンバンの「また君に恋してる」をカヴァーしたりすることがありました。2020年にも桑田佳祐作の新曲を出しましたよね。

 

「あばれ太鼓」「夜桜お七」といったステレオタイプな演歌イメージでは決してくくれない歌手です。

 

・氷川きよし(2000〜)

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岩佐美咲と坂本冬美の中間あたりの世代で、現在最も派手に活躍しているスター演歌歌手が氷川きよしでしょう。デビュー期こそ「箱根八里の半次郎」「きよしのズンドコ節」といった従来的な演歌楽曲を与えられそれにあわせたイメージの歌唱をみせていましたが、徐々に新世代らしい本来のポップな持ち味を発揮するようになりました。

 

近年は「限界突破×サバイバー」「Papillon」「ボヘミアン・ラプソディ」など、完全に新時代、ポスト演歌の時代の歌に突入した感があります。2020年リリースのポップ・アルバム『Papillon -ボヘミアン・ラプソディ-』は必聴。曲単位でちょっとだけSpotifyにあり。

 

きよしは、スムース&ナチュラルな新感覚ヴォーカル・スタイルを実践しながらも、その歌世界は従来的な非日常性・劇場性を具現化しているのが特徴でもありますね。

 

・丘みどり(2005〜)

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オリジナル楽曲では従来的な演歌世界をみせる歌唱法を残しつつ、そのヴォーカルはイージー&スムースな持ち味を発揮しています。フレーズ末尾やコーラス終わりでのヴィブラートも軽い or ほとんどなし、コブシもまったくまわしません。それでいながら声そのものに強さやセクシーさをただよわせることのできる歌手ですね。

 

2018年のアルバム『彩歌〜いろどりうた〜』や19年の『女ごころ〜十人十色』などSpotifyにありますので、ぜひちょっと聴いてみてください。特に前者にある「喝采」(ちあきなおみ)は逸品。

 

・中澤卓也(2017〜)

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まだオリジナル・シングルは五つですが、どれも中澤卓也にしか歌えない世界です。ヴォーカルというかヴォイスがやさしくやわらかいテイストで、ふわりと軽く丸く、ノー・コブシ、ノー・ヴィブラートで歌い、なおかつ声にゆったりとした深みとコクと甘みを持たせることのできる才能は稀有。

 

男性では卓也こそ若手新感覚派演歌歌手の代表でしょう。このまま順調に成長すれば、あと10年くらいで日本歌謡界を代表する存在になっている可能性があります。それくらいぼくは卓也に期待しています。

 

Spotifyにわりとあり。

 

・杜このみ(2013〜)

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民謡界出身ながら(民謡を歌うとき以外は)コブシをまったくまわさない、ヴィブラートもなしの、さっぱりしたロック・シンガーに通じる持ち味の演歌歌手。そんな楽曲を与えられているというのもありますが、このみのヴォーカルがポップでリズミカルなスタイルだから、というのが大きいですね。若いころの美空ひばりにちょっと似ているかも。

 

シングル・コレクションの1と2がSpotifyにあります。「初恋えんか節」なんかすごいですよ。第二集に収録されているテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」や美空ひばりの「真赤な太陽」なんかもかなりいいです。

 

大相撲の高安との結婚、妊娠で、いまちょっと歌手活動を休んでいますが、これだけの才能、復帰してくれることを願っています。

 

・水森かおり(1995〜)

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歌世界も歌唱法も旧世代寄りですけど、ポップスのカヴァーもたくさん歌っていて、そんなときは歌にあわせて新感覚のヴォーカルを聴かせます。旧来的な演歌歌手たちは軽めのポップスを歌うときでも演歌的濃厚さが顔を出すことが多かったのですが、かおりともなればそういうことはありません。

 

曲によりけりですが、持ち歌や旧来的な演歌を歌うときでも、あんがいナチュラル&スムースな声の出しかたをしていますよね。コーラス終わりでもノン・ヴィブラートですっと声を伸ばしています。

 

歌唱力でいえば、坂本冬美とならび当代ナンバー・ワンかも。

 

Spotifyで一曲も聴けないのはなぜ?

 

・純烈(2010〜)

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ヴォーカル・コーラス・グループで、演歌というよりムード歌謡ですけど、演歌的なレパートリーもポップスも同じようにスムースにこなせる腕前は、岩佐美咲と同系といえるかもしれません。Spotifyで可。

 

・辰巳ゆうと(2018〜)

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まだデビューして三年、オリジナル曲も四つしかないにもかかわらず、次世代を担うかもと目されている存在ですね。演歌と歌謡曲の中間あたりでノリよくナイーヴ&ナチュラルに歌いこなすという持ち味で、ちょっと往年の野口五郎に似たフィーリング。もたらない歯切れいいリズム感のよさは特筆すべきです。シングル表題曲はSpotifyで聴けます。

 

(written 2020.11.17)

2020/12/31

21世紀のベスト20

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(12 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/1xolB6fHdllwTyjLqfwyAx?si=vmLjnijeQt-nty7dGKzNpA

 

21世紀に入り今年で20年が経過したということで、今世紀のベスト20アルバムというのを選んでみよう、自分のための記録として残しておこう、と思い立ちました。

 

基準は時代を代表しているかということよりも、自分のフィーリングにピッタリ合っているか、聴いていて楽しいか、なんども再生したかということです。

 

したがって、あくまで “ぼく好みの” 21世紀ベスト20。リリース年順に並べました。

 

1)坂田明 / Fisherman’s.com(2001、日本)

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日本民謡をヒップ・ホップ以後の先鋭的なジャズ・ビート感覚でヘヴィなダーク・ファンクに変貌させたという、突出した異形。ほんとうにカッコいいのに、話題にならないのはなぜなのか。Spotifyでグレー・アウトしている曲はYouTubeで探してみてください。
https://open.spotify.com/album/54xWKhuZjQdqGf3N2Awmik?si=zsQHYlg9SPiJEvoEUzOxvQ

 

2)Tinariwen / Amassakoul(2004、トゥアレグ)

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いわゆる砂漠のブルーズ。21世紀の最初の10年(ゼロ年代)はティナリウェンのデケイドだったと言えるんじゃないですか。そんな時代を代表する音楽とぼくの嗜好とがピッタリ合致したのは幸せなことでした。
https://open.spotify.com/album/5FPDGVaIIfWVH79NJoslSe?si=pYbBxC6ITkWma0V6bMtwoQ

 

3)Sona Jobarteh / Fasiya(2011、ガンビア/イギリス)

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ガンビア系ロンドナーのグリオ、ソナ・ジョバーテを知ったのは2018年のこと。曲を書き、コラやギターなど各種弦楽器を弾きながら歌い、バンドのグルーヴィな演奏(特にドラマーがいい)もあいまって、これ以上ないほどの快感をもたらしてくれますね。ほんとうに爽快な音楽で、くりかえし聴きたくなるヤミツキの味です。
https://open.spotify.com/album/7h7MgG54nO4RvaPj01CEX6?si=HaKWa_9GTJ27BBaOgzoP8w

 

4)SakakiMango and Limba Train Sound System / oi!limba(2011、日本)

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これもアフリカン・ルーツの音楽ですが、やっているのは日本人。しかも鹿児島の一地方というローカル・ベースに根差してみごとに発信したという充実作。これぞまさしく “グローカル・ビーツ”。発売当時はすごいすごい!と毎日聴いていました。
https://open.spotify.com/album/1dDbzYEtnQmW5DLEjbitQv?si=whV8U35HRJCKW52u8uFYXQ

 

5)Nina Wirtti / Joana de Tal(2012、ブラジル)

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知ったのは2018年になってから。こんなにもチャーミングでかわいいサンバ・ショーロがあるんだなあって、マジで惚れちゃいました。アルバムも短いので、なんども続けてくりかえし聴ける楽しい音楽。
https://open.spotify.com/album/0Oivkm8f3O3YIIvPEJJr05?si=l-hQvjH_QYSKH-KokD8POw

 

6)Paulo Flores / O País Que Nasceu Meu Pai(2013、アンゴラ)

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2017年に知った(その年になって日本で買えるようになったんだったはず)アンゴラのモダン・センバ。こんなにものすごい音楽があったんだという、21世紀の汎ブラック・ミュージック最高傑作かも。センバを知ったことは、ここ10年ほどの個人的音楽生活クライマックスの一つです。現在Spotifyからなぜか消えています。
https://open.spotify.com/album/6aS5aVX3EKAPieBrDFzLCz?si=g2b0BXrPTpKfLVPSEQZHiw

 

7)HK Présente Les Déserteurs(2014、アルジェリア/フランス)

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アルジェリア・ルーツの在仏音楽家HK(アッシュカー)が、シャンソンの数々をアラブ・アンダルースなシャアビ・スタイルで料理した充実作。つまらないと思うことの多いシャンソンも、こんなふうにやれば本当に楽しくグルーヴィ。
https://open.spotify.com/album/6OlZXEsBuOaKnbCrScwiWt?si=dKr7FiFqT8mPSlRsccca2A

 

8)Dorsaf Hamdani / Barbara Fairouz(2014、チュニジア/フランス)

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2014年暮れの発売でしたので、買ったのは2015年。もういやというほど聴き狂いました。シャンソン(バルバラ)とアラブ歌謡(フェイルーズ)を、斬新なアレンジと歌手の力量で融合させた意欲作。
https://open.spotify.com/album/1GDQ89kQyz1755fry29kVm?si=89sZJlJgRWK-oY3uhumaoA

 

9)Faada Freddy / Gospel Journey(2015、セネガル)

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セネガルの、アフリカの、という枕詞も必要ない、世界に通用する普遍的なポップネスを持つ傑作です。スピリチュアルでダウナーなサウンド・スケープはまさにいまの時代の音楽でしょう。
https://open.spotify.com/album/5yEEGo0p4rgsHsenkDEt0t?si=0qDXw_CsQzidn__3i-vl4w

 

10)Rumer / This Girl’s in Love: A Bacharach & David Songbook(2016、イギリス/アメリカ)

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今年知ったばかりの歌手、ルーマー。このバカラック集は、曲の資質と歌手の資質とぼくの嗜好が完璧に三位一体で一分の隙なく合致した文句なしの一作です。あまりにも美しく、そして音楽的。ルーマーは近年のアメリカーナ・シーンと共振する部分もあるんじゃないでしょうか。
https://open.spotify.com/album/6GCJb3dvt1ioLYCIZNYNYR?si=vPA4XJ5TSg-RuQdRLs6dIg

 

11)Irineu de Almeida e o Oficleide 100 Anos Depois(2016、ブラジル)

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オフィクレイドという失われた低音管楽器の再発見がきっかけで誕生したこのイリニウ・ジ・アルメイダ曲集、21世紀の20年で五作にしぼれ、いや、ベスト1はどれ?と問われても、これを推したいと思うほど。クラシカルなスタイルそのままのショーロでありかつノスタルジーじゃないっていう、30年に一枚レベルの大傑作です。
https://open.spotify.com/album/66VYD6RWN2iY6zrLPyFBSg?si=dbLfOzF3R2CE_Lwn2ct1xQ

 

12)Lệ Quyên / Khúc Tình Xưa - Lam Phương(2016、ヴェトナム)

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(一部で?)熱烈なファンを持つ抒情派ロマンティック・バラード歌手。良作が多いですが、いつもは濃厚かつ重く劇的に歌うレーが、抑制を効かせおだやかに軽くさっぱりした感じで歌った、いまのところの最高傑作と思う2016年のラム・フォン集をあげておきます。
https://open.spotify.com/album/6tU12rqkM74LsmPAm5scy0?si=VXjex_3KRT6NXoVK0RSxFg

 

13)Hiba Tawaji 30(2017、レバノン)

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マライア・キャリーの影響を消化するところから出発し、いまやアラブ世界を代表する実力歌手の一人にまで成長したヒバ・タワジ。技巧先行みたいな側面も薄れ、高度に洗練されたポップスを歌の内容で聴かせる立派な充実作でした。
https://open.spotify.com/album/2bWSCz86y72WFTDN1L18V4?si=bNtYAF7ISUyXafe6EDk7uw

 

14)Iona Fyfe / Away From My Window(2018、スコットランド)

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真摯なフォーク歌手でありながらポップに聴かせる力量もあわせ持ち、時代とも響き合うアイオナ・ファイフのこのデビュー・フル・アルバムは、まるで無垢な宝石みたいな透徹した輝きを放っていました。その後の伸び悩みも今後解消されていくものと期待しています。
https://open.spotify.com/album/324FKjzNz20DnQw2HNzAx8?si=SM2rQFXhQP6prOeWkVu-pw

 

15)坂本冬美 / ENKA III 〜 偲歌(2018、日本)

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2016年から三年連続でリリースされた坂本冬美の『ENKA』シリーズ三作。有名演歌スタンダードの数々を、フィーリンみたいなふわっと軽くクールなアレンジと、エモーションを殺し抑制を効かせたおだやかなヴォーカル表現で料理してみせ、新しい領域を切り拓きました。演歌が廃れた「演歌以後」の時代である2010年代に登場した新感覚演歌、いわばポスト演歌です。
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=uzaUR2FPTr2MbCmkH0FyEA

 

16)Martinho Da Villa / Bandeira Da Fé(2018、ブラジル)

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ベテラン・サンビスタのマルチーニョにして、この2018年作は新進の気概に満ちたニュー・サンバでした。1曲目からもうぐんぐん引き込まれる斬新な曲構成で、その後もファドふう歌謡サンバがあったかと思うとパーカッシヴなアフロ・ダンス・サンバもあり。背筋が凍りそうな不穏でダークで落ち着かないムードも表現していて、サンバでここまで2010年代的な時代の空気を的確に表現したものってないのでは。
https://open.spotify.com/album/4GpCmApC3QXUoeBguSqrHT?si=KcRAaoYGSq-8CAY9OcDqjg

 

17)Pinhas and Sons / About an Album(2018、イスラエル)

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真のワールド・フュージョン。日本では2020年に知られるようになったばかりですが、この先10年はないだろうという絶大なる衝撃でした。世界中のさまざまな音楽を混淆して意匠を凝らした緻密な難曲を超絶技巧で苦もなくこなしながら、楽しく聴きやすい愉快なポップ・ミュージックに仕立てあげる手腕は圧倒的で、稀有。20年のベスト3に入りますよね。
https://open.spotify.com/album/32yMMRYayASOhFb606XuAl?si=KpMKdZAtT6uril6VuTpZYQ

 

18)Angham / Hala Khasa Gedan(2019、エジプト)

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2018年、19年と立て続けに傑作をリリース、ただいま歌手人生で最も充実した時期を送っているであろう絶頂期アンガーム以上の存在は、いまアラブ圏にいないはず。こんなにも美しくとろける耽美の世界がどこにあるというのでしょう。
https://open.spotify.com/album/05enmrBRGHjSeAzjSvh64M?si=wL_KG9yxSg2h5D8TGNi1VQ

 

19)岩佐美咲 / 美咲めぐり〜第2章〜(2019、日本)

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2017年に出会って以来現在最も愛好する歌手が、2010年代的新感覚派、ポスト演歌の若手旗手、岩佐美咲。なにか琴線に触れる部分があるんです。演歌歌手の常道としてシングル盤中心の活動なので、すぐれた歌唱もシングル表題曲とそのカップリングにありますが、昨年リリースの最新アルバムをあげておきました。Spotifyにあるのはシングル表題曲だけなので、いちおうそれを。
https://open.spotify.com/playlist/3OxWmOFVeufNKmqHV3BTdV?si=F7ij6-edRpCbb5u7iO1BEA

 

20)Immanuel Wilkins / Omega(2020、アメリカ)

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21世紀、特に2010年代以後は、ジャズが再活性化したということが音楽シーンの大きな特徴としてあげられるでしょう。アップ・トゥ・デイトなビート・センス、ソロとインプロヴァイズド・アンサンブルのバランス感などなど、新しい表現が聴かれるようになっています。若手アルト・サックス奏者イマニュエル・ウィルキンスのデビュー作は、そんな新時代の表現法で黒人ならではのパッションをぶつけてみせた傑作でした。
https://open.spotify.com/album/2MxcrtQBHD4YbrPdCJaAY0?si=xx4BLIJyQImgy8n_ZWOLbg

 

〜〜〜

ほかにもシェバ・ジャミラ(アルジェリア)のライヴ、ベイルート(アメリカ)、マレウレウ(日本)、ソーサーダトン(ミャンマー)、ニーナ・ベケール(ブラジル)、ジョアナ・アメンドエイラ(ポルトガル)、ハッサン・ハクムーン(モロッコ)、ゴチャグ・アスカロフ(アゼルバイジャン)、アラトゥルカ・レコーズ(トルコ)など、選びたかった作品がいくつもあり、ずいぶん悩みました。

 

21世紀最初の10年の作品が少ないのは、ログが残っていないからです。1995年からずっと年間ベストテンを選びネットで発表し続けていますが、それを記したもとのテクスト・ファイルは2012年分からしか持っておらず、2005年にmixiをはじめる前のものは、もはや検索もできません。

 

だから、2004年までに愛聴した作品でなにか大切なものを忘れているんじゃないかという気がとてもしますが、思い出すよすががないんですからやむをえないです。

 

さあ、次の20年後まで元気でいられるでしょうか。

 

(written 2020.11.6)

2020/12/30

2020年ベスト10アルバム

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(5 min read)

 

https://open.spotify.com/playlist/5PO4zAUT1vnK9So74MocvB?si=zOByqN5gQ6iolUfQZS1V0A

 

今年から新作篇だけ。おおみそかに発表すると昨年から決めたんですが、今年だけはあした特別な企画を用意していますので、きょう出します。

 

毎年のことながら、傑作だとか時代を代表するだとかいうよりも、自分の好みやフィーリングにぴったり合うか、くりかえし聴いたか、で選んでいます。

 

すべてSpotifyで聴けます。

 

(1)Pinhas and Sons / About an Album(イスラエル、2018)

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今年になって日本に入ってきましたが、もうこればっかり聴いています。夢中です。真のフュージョン、ワールド・ミュージックだと思いますねえ。高度で複雑で難解な構成と技巧が、心地よく聴きやすく耳なじみのいい明快でポップな音楽性を下支えした大傑作。
https://open.spotify.com/album/32yMMRYayASOhFb606XuAl?si=LRtVVnQ6RQKtwI57alg47w

 

(2)Rumer / This Girl’s in Love: A Bacharach & David Songbook(イギリス/アメリカ、2016)

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四年も前のアルバムを選ぶのはどうかと思ったんですけど、これほどの宝石を知ってしまって無視することなど不可能。それほど美しい。ピンハス・アンド・サンズに抜かれるまでは、今年いちばん聴いた、いちばん惚れた作品でした。
https://open.spotify.com/album/6GCJb3dvt1ioLYCIZNYNYR?si=5zzWod4rSzC890M61zlOLQ

 

(3)Immanuel Wilkins / Omega(アメリカ)

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若手ジャズ・アルト・サックス奏者のデビュー作。今年も暮れになってこんなとんでもない傑作に出会ってしまうとは、大きな衝撃でした。強いパッションを新時代の新感覚ビート・スタイルに乗せて表現するカルテットの高い熱量に圧倒されました。
https://open.spotify.com/album/2MxcrtQBHD4YbrPdCJaAY0?si=iUJJjAvQRw-SDQ1piVoBMQ

 

(4)Kat Edmonson / Dreamers Do(アメリカ)

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とりあげているのはディズニー・ソングばかり。それをワールド・ミュージック的な視点から選んだ楽器とアレンジで斬新に料理し、いままでにないまったく違った様相に変貌させた手腕には脱帽です。コラとタブラを使った「星に願いを」とか、サンバになった「あななの夢ばかり」とか、いままでにあったでしょうか。
https://open.spotify.com/album/48vMJyoBaAUs7mRtVnENwh?si=5Frreq0fRSiILZrKOBPrdw

 

(5)Chelina / Chelina(エチオピア、2018)

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都会的に洗練されたモダン・ポップス。もうゾッコンで、一月ごろは毎日聴いていました。オーガニックなネオ・ソウル〜コンテンポラリーR&B的な色彩感が強く、ジャジーでもありますね。
https://open.spotify.com/album/3HtNWmhwolwjvqAV1RcJZK?si=PvjeiGPeQDGA6Lz8HUptTw

 

(6)Dino D’Santiago / Mundu Nôbu(ポルトガル、2018)

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ジャケットがいいので、それだけで聴いてみたくなります。デジタルな打楽器音をメインに組み立てる点描画法的なサウンド構築が大の好み。ダウナーでダークなサウンドスケープはいまの時代の音楽ですね。
https://open.spotify.com/album/2lNJ5yRhrfNmLgVWR7TGtw?si=Gem9M9qFTviEaIWBBeSatw

 

(7)Dilek Türkan / An(トルコ、2018)

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オスマン/トルコ古典歌謡。2018年の曲と1918年の曲をそれぞれやって同国100年の古典歌謡を俯瞰してみせた意欲的大作ですね。個人的にはギターやドラムスなども入った2018年分のモダンなふくよかさがお気に入りですが、オーソドックスで痩身な1918年分もみごと。
https://open.spotify.com/album/2JPi563PQa2U98d0rRcssP?si=sNtj2CExRwyd2hIkH1eG6Q

 

(8)Siti Muharam / Siti of Unguja: Romance Revolution on Zanzibar(ザンジバル)

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ベースとバス・クラリネットを中心とした低音メインのおどろおどろしくジャジーなターラブ・アンサンブルが魅惑的。主役歌手のヴォーカルもいいけど、バンドの演奏に聴き入りました。
https://open.spotify.com/album/3PFSo4rIUsm5YPOzxUSYe2?si=5AmqUWq1QF66_RoiMjSIbg

 

(9)Os Matutos / De Volta Pra Casa(ブラジル、2019)

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古典的そのままのショーロ・ミュージックは、いつだって好物です。このアルバムはその上、かわいくてキュートな魅力にあふれていました。オフィクレイドでエヴェルソン・モラエスが参加しています。
https://open.spotify.com/album/4oNIR1hnxTo6GtGvI11TFO?si=rAA-el14R3ug8RQ2MByl2A

 

(10)Nihiloxica / Kaloli(ウガンダ)

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ゴシックなエレクトロ・パーカッション・アンサンブル。ウガンダ現地の伝統リズムをベースに、現代的なクラブ・ビート感覚とも共鳴する内容で、おおいに感心しました。
https://open.spotify.com/album/60zIn86oH8QkyU2ry5z8hc?si=K3u9wjjIRNC1x2qjEeCVKw

 

ーーー

やむなく選外としたものを一部ご紹介。

・Karyna Gomes / Mindjer(ギネ・ビサウ、2014)
・Kem / Love Always Wins(アメリカ)
・里アンナ&佐々木俊之 / Message II - Reincarnation -(日本)
・SHIRAN / Glsah Sanaanea with Shiran(イエメン)
・Incesaz / Peşindeyim(トルコ、2017)
・Gustavo Bombonato / Um Respiro(ブラジル、2018)
・Lianne La Havas / Lianne La Havas (イギリス)
・Brian Lynch Big Band / The Omni-American Book Club: My Journey Through Literature in Music(アメリカ、2019)
・Soggy Cheerios / III(日本、2019)

リイシュー・発掘ものでは、プリンスの『サイン・オ・ザ・タイムズ』スーパー・デラックス・エディションをよく聴きました。

 

(written 2020.12.4)

2020/12/29

We have to be anti-racist 〜 Black Beauty

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(3 min read)

 

今年ほど、このブログのタイトルを「Black Beauty」にしておいてよかったと思った年はありません。いうまでもなくブラック・ライヴズ・マター #BlackLivesMatter 運動のもりあがりが大きい年ですからね、五月末ごろからずっと。

 

2015年9月にブログをはじめるにあたってタイトルを Black Beauty にしたのは、むろん何重かに意味を持たせたつもりではありましたけれども、あくまで第一義的にはブラック・ミュージックが好きだから、というだけのシンプルな理由でした。マイルズ ・デイヴィスがいちばん好きな音楽家で、マイルズはアメリカ黒人ですからね。

 

デューク・エリントンにも「ブラック・ビューティー」という曲があったりしますし、マイルズにも同題のアルバムがあったり、そのほかいくつかアメリカン・ポピュラー音楽界で意味を持つことばだったりして、社会的・人間的にも意味のひろがりを持ちうるんじゃないかという気持ちがありました。

 

でもいままでどなたかからこのブログのタイトルの意味を尋ねられたことは一度もなく。そりゃあなんでもないことばですからね。自分でもほかのタイトルのほうがよかったんじゃないかなどともまったく思わず、なにも考えず、こんにちまできました。

 

それが今年のこの様子ですよ。Blackということばに差別的な意味合いはないと思いますが、でもTPOによっては注意しなくちゃいけないばあいだってあります。それでも今年かちょっと前くらいから、アメリカ黒人(この「黒人」という日本語も差別的となるかどうかむずかしい)を中心に、大文字のBではじまるBlackという表現をみずからのポジティヴなアイデンティティを表示するものとして積極的に用いる動きが出てきていますよね。

 

いまやアフリカン・アメリカンというよりもむしろブラック・アメリカンという言いかたのほうがふさわしいと考える当事者たちも多くなっているようですからね。

 

その最たるものがBlack Lives Matterという表現でしょう。そんなムーヴメントの尻馬に乗っかって、2015年9月に考えたこのブログのBlack Beautyというタイトルを、ぼく自身は黄色の日本人ですけれども、アメリカのものだけでなくひろくブラック・ミュージックを愛する者として、今後も自覚と愛情を込めて使っていきたいと思います。

 

そして黒人差別をふくむ世界の人種差別がなくなればいいと、また、あらゆる(人種、民族、性、容貌、年齢、キャリア、居住地域、貧困、職種、障害などさまざまな)差別に徹底反対していくべきと、そう考え、テニスの大坂なおみ選手の言葉を借りれば、

 

(Being) not racist is not enough. We have to be anti-racist.

 

っていうスローガンを常に自己に言い聞かせ実践したい者として、Black Beautyというこのブログのタイトルにある種のプライドを持って、今後もやっていきたいと思っています。

 

(written 2020.9.17)

2020/12/28

ビートルズ『メディテイション・ミックス』の効用

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(5 min read)

 

The Beatles / Meditation Mix

https://open.spotify.com/album/3EBq3MYLSyBxxdxXJ4FBhN?si=0Wf-P7EIREiyVMAtZKtDBg

 

12月4日にリリースされたビートルズの『メディテイション・ミックス』(2020)というEP。ビートルズの公式Instagramで偶然発見しましたが、これ、たぶんストリーミングだけのアルバムで、ダウンロードもあるのかどうかわかりませんし、フィジカルはもちろんないでしょう。

 

っていうのは、これ、新ミックスとかじゃなくて、いままでに発売済みのものからちょこちょこっと六曲拾って並べただけの(プレイリスト的な)ものなんです。それでわざわざ『メディテイション・ミックス』と銘打って新リリース品として2020年暮れに紹介するのには、なにか理由があるのかもしれませんが、よくわかりません。

 

例の2009年リマスターとか、2018年の『ワイト・アルバム』拡大版ミックスとか、2019年の『アビイ・ロード』拡大版新ミックスなど、並んでいるなかで、ちょっと目をひくのは3曲目の「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」と4「シー・オヴ・タイム」ですね。

 

「マイ・ギター・ジェントリー」は『ラヴ』ヴァージョン。これはなかなかめずらしいですよ。『ラヴ』なんて、あれはいつだっけ?2006年か、シルク・ド・ソレイユのステージで使うためのリミックス集だったんですけど、いちおうCD買ったものの、一回聴いてつまんないと思ってそのまま放ったらかしでした。

 

「シー・オヴ・タイム」はビートルズのメンバーの曲ではなくジョージ・マーティンが書いたシンフォニーで、アルバム『イエロー・サブマリン』B面から。これもなかなかレアですよね。ビートルズのオフィシャル・ディスコグラフィからは外されることが多い作品ですし、B面にはビートルズのメンバーがかかわっていないですからね。

 

しかしこのEP『メディテイション・ミックス』のなかでは、これら二曲とも楽しく聴こえますので、これも一種のコンピレイション・マジックですよね。さて、ビートルズと瞑想といえば、まっさきに頭にうかぶのがマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとの関係。くわしいことはみなさんご存知なので省略しますが、関係は1967年にはじまって、四人でインドにも行ったし、ジョンはすぐ離れたものの、その後もしばらくメンバーは没頭していました。

 

今回の『メディテイション・ミックス』EPは、そこらへんの1967〜68年ごろの内省的な曲を集めているのかというとそうともかぎらず、またジョージがシタールやタブラなどを活用して哲学的な歌詞を歌ったあからさまにインドふうな曲もまったくふくまれておりません。

 

じゃあいったいなにがメディテイションなのか?2020年12月に考えられる瞑想とビートルズ・ソングとの関係とは?となるとよくわからないんですが、これも一種のCOVID-19パンデミックに起因するコンピレイションということなんでしょうね。ステイ・ホームがあたりまえになって、もちろん毎日通勤しているかたもおいででしょうが、自宅でのリモート・ワークがこれだけ一般的になり他人とも(密に)会わなくなれば、自然と自己内省的になるんじゃないでしょうか。

 

レコード会社側としても、そんな事情関係なくむかしもいまも大人気のビートルズの楽曲群のなかから、そんな自宅でくつろいだり、瞑想したりとまでは言わないまでもみずからをかえりみる時間を持つようになっている世界のみんなのために、ちょこっとコンピレイションでも届けてみれば、これまたあるいは楽しんでもらえるかもしれないっていう、そんな意図があったかもしれないですね。

 

自室でリラックスしてゆっくりのんびりしながら自省するための時間としては、この『メディテイション・ミックス』EPの約18分はぼくには短すぎるんですけど、だからこれをいいきっかけに、自分でプレイリストでもつくってみようかなと思います。リラクシング・ビートルズっていうか、決して激しかったり快活だったりしない、落ち着いた雰囲気のメディテイション向きの内省的な曲だけ集めてもそこそこの時間になるはずですから。

 

(written 2020.12.11)

2020/12/27

ベテラン・ロック・ミュージシャンの心意気 〜 ジ・イミーディエット・ファミリー

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(4 min read)

 

The Immediate Family / Slippin’ and Slidin’

https://open.spotify.com/album/1kpkjbDGDpDgGP1UnatUd5?si=ZYZrwCpGTVuceakqIy9iQg

 

ジ・イミーディエット・ファミリーとはアメリカ西海岸のベテラン・セッション・ミュージシャンたちで2018年に結成されたバンド。ダニー・コーチマーを軸に、リーランド・スクラー、ラス・カンケル、ワディ・ワクテル、スティーヴ・ポステルの五人です。2020年の新作EP『スリッピン・アンド・スライディン』を聴きました。

 

このひとたちは基本スタジオ・セッション一筋で、過去にだれかとレギュラー・バンドでも組んで定期的に活動するなんてということはなかったんじゃないかと思いますが、どういうわけで2018年にそうなったんでしょうか。年老いてきて、逆にだんだんそんな意欲がムクムクと湧き出てきたということでしょうか。

 

ともあれ、1970年代にキャロル・キングとかジェイムズ・テイラーなどなど数々の音楽家のセッションでバックをつとめてきたミュージシャンたちの、その音楽性が、21世紀だからといって変化しているわけもなく、聴き慣れた、おなじみの世界がEP『スリッピン・アンド・スライディン』でも展開されています。

 

いかにも西海岸のロック・バンドらしいなっていうのが第一印象で、ちょっと聴いた感じ、全盛期の(つまり解散前の)イーグルズっぽい雰囲気があるなと思います。その上、個人的にはフォーリナー風味も感じますね。特に2曲目の「ニュー・ヨーク・ミニット」のサビのリフレインはフォーリナーっぽい。

 

収録の五曲とも、2020年という時代とはまぁ〜ったく響き合わない、レトロな、時代遅れの、ロック・ミュージックなんですけれども、音楽の楽しさ、美しさ、真摯で真剣な姿勢は、そんなことと関係ありません。ぼくは世代的にも1970年代ロックに親近感をおぼえる人間なんで、こういう音楽は大歓迎です。

 

ほぼ全編エレキ・サウンドなのは、彼らの往年の仕事を知っているとやや意外な感じもします。アクースティックなサウンド、特にバンドの軸であるギターのダニー・コーチマーはそんなセッションが多かったように思いますからね。このEPではエレキ・ギターを中心に弾いていますよね。

 

といっても、地味に黙々とサウンドの下支えをするというダニーの本領はやはり発揮されていて、折々で聴こえる派手めなギター・ソロはたぶんぜんぶワディ・ワクテルによるものでしょう。スライド・プレイなんかもやっていて、それも実にいい感じに響くヴィンテージ風味。

 

4曲目だけ、演奏が終わったら拍手と歓声が聴こえるからライヴ・テイクなんだろうなと思ったら、しっかり「ライヴ」とトラック・リストに書いてありました。これだけしかしどうしてライヴを収録したんだろうと思わないでもないですが、基本ライヴ・ツアーを活動の中心に据えているバンドなんだと思います。

 

それがところが2020年はCOVID-19のせいで年間通じ(21年前半だっておそらく)ほぼライヴはできませんでしたから、一曲だけ過去に収録したライヴ音源を混ぜておいたということなんでしょうね。スタジオ・テイクとなんら違わない熟練の完成度なのはさすがの腕前です。

 

っていうかスタジオ収録だって、漏れ聞く話ではこのバンド、全員集合の同時一発なライヴ演奏でやっているそうで、しかもその際、通常だと立てられるついたてもなしだそうですよ。やりにくいんじゃないか、と素人だったら心配しますが、ベテラン・スタジオ・ミュージシャンたちは意に介さないんでしょうね。

 

(written 2020.11.20)

2020/12/26

サンタナのラテンの血を担ったホセ・”チェピート”・アレアスのソロ・アルバム

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Jose “Chepito” Areas / Jose “Chepito” Areas

https://open.spotify.com/album/0G2KA52MfPgGwwm7fLfYMh?si=bCRwLjpNQaqiiOKQSJtQkA

 

カルロス・サンタナ率いるサンタナは西海岸ラテン・ロックの雄。そのパーカッショニストとして1969年から74年まで大活躍した、ニカラグア出身、チェピートことホセ・アレアスの唯一のソロ・アルバム『ホセ・”チェピート”・アレアス』(1974)が2020年に話題になったのは、長らくレコードが廃盤状態だったところに、突如CDリイシューされたからですね。世界初CD化だそうです。

 

レコードは買わなかったファンも多かったらしく、廃盤になってその後まったく入手不可になってしまっていたみたいなので、CDリイシュー、しかも日本で、というのは歓迎されましたよね。ぼくのTwitterタイムラインでもそこそこ話題になっていました。Spotifyなどサブスクに入ったのもリイシューされたからだったのか、もっと前から聴けたのか。

 

チェピート人脈のラテン・ミュージシャン群が大挙結集してサポート。くわえて、初期サンタナ仲間のニール・ショーンやダグ・ローチ、リチャード・カーモード、トム・コースター、さらにはスライ&ザ・ファミリー・ストーンのグレッグ・エリコ、マロのハドリー・カリマンらも曲によって参加しているんですよね。

 

それでこんなにぎやかなラテン・ロック、ラテン・ファンクをくりひろげているわけですが、サンタナ三作目までのファンのみなさんであれば文句なしに楽しめる内容になっているなと思いますよ。初期サンタナでいかにチェピートがリズムの核だったのかもよくわかる内容で、実質的にサンタナとそう大きくは違わない音楽。こういうのがぼくなんかもほんとうに大好きなんです。

 

2曲目「ファンキー・フォルサム」とか3曲目「リメンバー・ミー」(これらで聴けるカルロス・サンタナばりのラテン・ロック・ギターはニール・ショーンでしょう、そうなると『サンタナIII』なんかでも実はけっこうニールが弾いていた?)なんかもたまりませんし、5曲目「モーニング・スター」とか、あるいは7「セーロ・ネグロ」もいいですね。

 

個人的クライマックスは8曲目「テレモト」の後半部。前半はトロンボーンを軸にクールな演奏なんですけど、中盤で3・2クラーベのリズムが入ってきたら突如、ほんとうに「地震」のような激しいラテン・グルーヴに移行。煮えたぎる血をこれでもかとぶちまけるような演奏に、そのまま聴き手はケイレンし瀕死状態におちいってしまいます。ラスト9曲目「グァグァンコー・イン・ジャパン」もすごい。日本へはサンタナで来たんでしょうね。

 

サンタナでは、自身のやりたいラテン・ミュージック的なことを思い切り存分にやり切れていたわけじゃなかったんだなということもちょっとは理解できる爆発ぶりで、キューバン・リズムを核とした灼熱のラテン・グルーヴ炸裂チューンのオンパレードで、血がたぎります。

 

このアルバムがレコード・リリースされた1974年というと、ラテン界はサルサ(ニュー・ヨーク・ラテン)の大ブーム真っ只中だったわけですが、東海岸のそれに対し、西海岸ではこんなラテン・ミュージックが展開されていたっていうこともよくわかる、格好の名作ですね。

 

(written 2020.11.19)

2020/12/25

マフムード・ガニアのディープ・グナーワ(2)

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(4 min read)

 

Mahmoud Guinia / Aicha

https://open.spotify.com/album/10EpOJqEiy3kShiBri6CJ2?si=m92v53dYTNmbFH9mRKNE_g

 

モロッコのマアレム、マフムード・ガニア(ギネア、ギニア)のことは、以前一度記事にしました。ディープなルーツ・グナーワを本領とするマスターで、ガニアの担当はゲンブリとヴォーカル。2017年の『カラーズ・オヴ・ザ・ナイト』のことをその翌年このブログでもとりあげたわけです。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-0d43.html

 

これをリリースしているハイヴ・マインドというレーベルはアナログ・レコードしかリリースしないCDを作らないという会社で、しかしダウンロードやストリーミングといったデジタル配信にはきっちり乗せてくれるんで、貧乏庶民のぼくなんかはそれで助かっています。

 

そんなハイヴ・マインドが、2020年もマフムード・ガニアのアルバムをリリースしてくれました。ガニアはもう故人ですが、『カラーズ・オヴ・ザ・ナイト』に続くもので、『Aicha』。これもCDはありません。レコードだってすでに完売状態ですから、配信でみなさんどうぞ。

 

『Aicha』は新作というわけではなく、モロッコ現地で1990年代後半にカセットテープでリリースされていたものをリマスターしてリイシューしたものらしいです。どうりで音質がちょっとショボいような気が最初しましたが、ヴォリュームを上げれば無問題。

 

それに音楽そのものは最高ですしね。前作『カラーズ・オヴ・ザ・ナイト』がテンションの高さを特徴としていたのに比べると、ややリラックスしているかなといった様子で、ガニアの故郷エッサウィラで気心の知れた仲間により形成される小編成バンドで録音されたもの。

 

仲間といってもこのアルバムで聴けるのは、ガニアのゲンブリ&ヴォーカルのほか、カルカベ担当が一名、+少人数の男声バック・コーラスと、たったそれだけなんですけどね。グナーワ・ミュージックを演奏する必要十分なミニマム編成というわけでしょう。

 

それでこれだけのグルーヴを表現できているのは、ひとえにガニアのゲンブリとヴォーカルの持つパワーゆえです。カルカベは複数名の演奏者がいることもグナーワでは多いと思いますが、このアルバムの音を聴くかぎりでは一名だけに違いありません。その鉄製カスタネットは両手に一個づつ持ってカシャカシャ鳴らすものです。

 

ガニアのゲンブリ演奏の低音の野太さは特筆すべきで、音量を上げて聴いていると部屋の床が鳴るほどズンズンとお腹に響いてきて、魅惑的。そのフレーズはシンプルでパワフルだけど、リズム的には複雑で、グナーワならではのつんのめるようなハチロク(6/8拍子)をカルカベともども奏でています。

 

こういった儀式グナーワは聴き手をトランス状態に導く力があって、だんだんと気持ちよくなってきて、日常とは違う異次元世界に連れて行ってくれます。それで、聴き終わったころにはすっかり癒やされているというスピリチュアルなヒーリング・ミュージックでもあって、結果、現実の見えかたが変わってくるという、そんな音楽ですね。

 

グナーワは、ポップ・ミュージックとのミクスチャでも決してその神秘性を失いませんが、ガニアのやるようなモロッコ現地の儀式そのままのシンプル&ディープなグナーワには、ほんとうに音楽ファンを惹きつけてやまない不思議な魔力がありますね。死ぬまで離れられそうにありません。

 

(written 2020.11.26)

2020/12/24

コロナ時代のクリスマス・ソング 〜 アイオナ・ファイフ

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(4 min read)

 

Iona Fyfe / In The Bleak Midwinter (Scots)

https://ionafyfe.bandcamp.com/track/in-the-bleak-midwinter-scots

 

今年もそろそろクリスマス記事を書きたいなと思っていたところ、ちょうどきょうの正午に一通のメールがBandcampから届きました。アイオナ・ファイフ(スコットランド)のニュー・シングル「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター(スコッツ)」リリースのお知らせです。上掲バンドキャンプのページでストリーミングやダウンロードできます。ぼくは1ポンドで買いました。

 

そう、そうなのでした、昨晩だったかな、アイオナは自身の各SNSアカウントで、明日朝ちょっとした一曲をリリースします、それはクリスマス・キャロルなんですよ、と告知してくれていたのでした。それで、それが公開されたというメールが(日本時間の)今昼バンドキャンプから来たわけですね。

 

「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」は英国の古典的クリスマス・キャロル。クリスティーナ・ロセッティが1872年に書いた詩にもとづくもので、メロディはその死後にグスターヴ・ホルストが書いたものがスタンダード。

 

アイオナはそれをスコットランド語に翻訳し、オリジナルにない三連目のヴァースもくわえて、あたらしいスコッツ・クリスマス・キャロルとして生まれ変わらせていますよね。スコットランド語がさっぱりなぼくですけど、バンドキャンプのページに歌詞が掲載されているので助かります(でも音で聴いたほうが英語に近いような)。

 

多くのクリスマス・キャロルは宗教的なおごそかさに満ちていて、当日に教会で静かに過ごす際のBGMとしてふさわしい雰囲気を持っていますが、そこは無宗教のポップ・ミュージック・ファンなぼくですから、にぎやかで派手な感じに解釈されたものをいままでの人生で楽しんできたわけです。

 

クリスマスが楽しくにぎやかなイベント、というのはキリスト教観点からしても、いいと思うんですよ。そういうふうに布教した、世界にひろめたと思いますし。実際、ポップ歌手がやる楽しげなクリスマス・ソングを人生でたくさん聴いてきました。それで気分が上がればオッケーと思うんですね。

 

ところが、今年は全世界的なCOVID-19パンデミック。大勢が近距離で集合したりすることは避けなければなりません。キリスト教圏で今年のクリスマスをどう過ごすのか、どんなプランが立てられているのか、まったく知りませんが、やはり例年どおりとはいかないでしょう。

 

そんなわけで、陰鬱で暗くつらかった今年のクリスマスには、派手でにぎやかでポップなクリスマス・ソングよりも、宗教的に敬虔な、静かでおごそかで、じっとひとりで部屋のなかで過ごすような、そんな様子にぴったり似合う「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」みたいなクリスマス・ソングがいいかも。

 

ましてやそれが愛するアイオナ・ファイフの歌で聴けるんですから、もはやこれ以上なにを求めようというのでしょう。今年のぼくにとっては、ピアノ一台の伴奏で歌うアイオナのこの「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」こそが最高のクリスマス・プレゼントです。

 

ありがとう、アイオナ、ぼくのサンタ。
xxx

 

(written 2020.12.4)

2020/12/23

圧倒的な祝祭感、ヘヴィロテ必至の超絶ミクスチャー・バンド 〜 驚愕のピンハス・アンド・サンズ

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(7 min read)


Pinhas and Sons / About an Album

https://open.spotify.com/album/32yMMRYayASOhFb606XuAl?si=o112hxM2QdG9L3AOBE3pZA

 

日本でも今年各所でいろいろ話題になっているイスラエルのバンド、Pinhas and Sons。これがピンハス・アンド・サンズなのか、ソンズか、はたまた違うのか、バンドの公式サイトの英文字記載から拝借してきましたが、もとはヘブライ語でפנחס ובניו 、読めません。かりにピンハス・アンド・サンズとしておきます。その2018年作『 מדובר באלב』(About an Album)がぶっとんでいますよねえ。

 

ピンハス・アンド・サンズは、リーダーでキーボード&ヴォーカルのオフェル・ピンハスを中心とする九人編成(パーカッション、ドラムス、ベース、ギター、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴォーカル)が軸。イスラエルで2016年にファースト・アルバムを出していますから、そのあたりから活動しているんでしょうか。2018年作では大勢のゲストを迎え、観客を入れてのスタジオ・ライヴ形式で収録した模様。

 

話題の2018年作、聴いてみての第一印象としては、かなりポップでほんとうに聴きやすい明快な音楽、楽しい祝祭感にあふれている、といったところです。どんだけすごいのかということをみなさんおっしゃっていますけど、テクニカルなことがこの音楽の本質じゃないような気がします。

 

とっつきやすい、聴きやすい、楽しく愉快にノレるといったあたりが最大の特徴で、しかしたしかに音楽的にはとんでもなく高度に洗練されていて、複雑怪奇。バンドの演奏能力だってとてつもなく高く、難技巧をあっさりこなすテクニカル、メカニカルなレベルの高さが、ポップな音楽性を下支えしていますよね。

 

そういう意味ではフランク・ザッパの音楽に酷似しています。1960年代末から90年代まで活躍したザッパの音楽こそ、変拍子やキメラなハイブリッド性、複雑怪奇な曲構成を、作曲と即興の超絶的な不可分一体化によって、結果的には心地よく楽しく聴きやすいポップ・ミュージックへと昇華していたわけで、まさにピンハス・アンド・サンズの先祖です。
https://www.youtube.com/watch?v=vAGVQM6IAKk

 

世界中の種々雑多な音楽のごった煮状態であるピンハス・アンド・サンズのこのアルバムの音楽。クラシック、ジャズ、プログレ、クレズマー、フラメンコ、アラブ、バルカン、ラテン、ブラジルといった幅広いジャンルの音楽をぶち込んでいて、しかも継ぎ目がないシームレスなスムースさでこなしています。

 

アルバムの曲はバンド・リーダーのオフェルがだいたい書いているみたいですけど、どうしてここまでのハイブリッド・センスを持ち合わせているのか、経歴というか音楽家としてのいままでのキャリア形成におおいに興味がわくところです。
https://musica-terra.com/2020/06/07/pinhas-and-sons-interview/

 

こういうものこそ「ワールド・ミュージック」「フュージョン・ミュージック」と呼んでほしいんですが、ピンハス・アンド・サンズの今作にある世界の雑多な音楽要素のうちぼくが最も強く感じるのは、ジューイッシュ音楽、中東系の音階、バルカンのリズム解釈、そしてブラジル風味とジャジーな演奏法です。

 

1曲目はJ・S・バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の第一番を下敷きにしていますけど、そこにクレズマーが混じっているという。そうかと思うと2曲目は聴きやすいポップなヴォーカル・ナンバーで、しかしその伴奏が変態テクニカル・フュージョン。
https://www.youtube.com/watch?v=SbJqMCjsOMs&feature=emb_title

 

3曲目はヴォーカル・コーラス・ナンバー(ゲストがいるんでしょう)だけど、4曲目は一小節ごとにリズムが変化し、しかも後半のフルート・ソロが絶品な美しさ。
https://www.youtube.com/watch?v=dwMsmlJXAQA&feature=emb_title

 

ジューイッシュ音楽とアラブ音楽を混淆したようでいて、伴奏は高度にテクニカルでジャジーな5曲目を経て、
https://www.youtube.com/watch?v=vYaOk2HPlOA&feature=emb_title

 

6曲目はテンションの強いジャジー&ファンキーなハーモニーと、バルカン音楽に影響されたリズム、中東的なメロディーがからんだキラー・チューン。
https://www.youtube.com/watch?v=MUgoBbRQwlc&feature=emb_title

 

とにかくどれも作曲、アレンジ、演奏ともに異様にレベルが高く魅力的で、しかも非常に複雑だけど、男女のツイン・ヴォーカルやコーラス・ワークもキャッチーで不思議とポップスのように耳になじむという、それが特色のバンドですね。

 

9曲目でゲストとしてSpotifyでクレジットされているシランは、ぼくも以前とりあげたテル・アヴィヴ在住のイエメン歌手シランのことでしょう。これは完璧にアラブ音楽、だけどリズムはバルカン的っていう折衷具合。

 

そう、どの曲も異種混淆なんですけど、ピンハス・アンド・サンズのばあいは、どれだけ多様な音楽を混合・折衷していても、まったくスムースに一つのものとして溶け合わせていて、違和感なく明快なできあがりで、聴きやすくノリやすいように仕上げているんですよねえ。すごいことです。

 

アルバムのクライマックスはラスト12曲目。メタルっぽいバロックふうなイントロが終わると、曲はサンバ/ショーロに影響を受けた怒涛のブラジリアン・テクニカル・フュージョンに展開。細かく上下する早口ヴォーカルと楽器演奏のラインをぴったりユニゾンで合奏させたり、ゲスト参加のブラジルの打楽器グループによるサンバ・アンサンブルが入り乱れたり。メロディ・ラインはビ・バップふうでもありますね。しかもこんだけ複雑なのにキャッチーで愉快なポップスであるっていう。なにより楽しい!
https://www.youtube.com/watch?v=payjVl-amnM&feature=emb_title

 

複雑かつ緻密な楽曲が、タイトなリズムでみごとなアンサンブルに昇華されるさまは圧巻。ワールド・ミュージックを聴く醍醐味が詰まったすばらしい作品ですね。

 

もうね、こんなにむずかしいことをやっているのに、こんなにも聴きやすくノリやすいポップ・ミュージックだなんて。ありえませんよ、こんなの。もう夢中です。間違いなく今年のベスト・アルバム No.1でしょう。

 

(written 2020.12.22)

2020/12/22

新旧センバ、どっちも好き 〜 ゼカックス

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(4 min read)

 

Zécax / Avó Sara

https://open.spotify.com/album/6iO7KQKLdsqLtrUplC5H0p?si=VwkBUcjcTsCF5khyh9QL9w

 

bunboniさんに教えていだだきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-10

 

アンゴラの歌手、ゼカックスことジョゼ・アントニオ・ジャノタ。Spotifyでは2016年とクレジットされていますけど、どうなってんの?ともあれ、リリースされた唯一のリーダー・アルバム『Avó Sara』は2パート構成。前半が新録音作品で11曲目まで。12曲目以後はゼカックスの往年のヒット曲を年代順に収録したもの。

 

やっぱりなんといっても前半11曲の新録音アルバム・パートが聴かせる内容で、とてもいいですよねえ。センバだといっていいと思いますが、アップデートされたモダン・センバとして工夫されています。サウンドも感覚的にも21世紀的。

 

出だし1曲目でもうじゅうぶんそれを聴きとることができますね。リズム、というかグルーヴがシャープでタイトでしょう。しかも甘さというかスウィートなフィーリングもあって、なかなか聴きごたえありますよね。ホーン・セクションもピシッと決まっているし。

 

スウィートさ、メロウさが2曲目以後も目立っているなという印象で、このへんは時代感覚ということなんでしょうね。ゼカックスのヴォーカルは決してうまいわけじゃないっていうか、ちょっと朴訥としていますけど、バックのサウンドが最高ですよ。DJマニャがアレンジしたようで、ゼカックス本人がどこまでかかわっているのかはわかりません。

 

3曲目「Fim de Semana」は往年のヒット曲のリメイク。(1980年代の?)オリジナルが17曲目に収録されているので聴き比べてみてください。3曲目の新ヴァージョンがいかに新感覚か、わかると思います。モダンにセンバを焼きなおすといったこういう試みがアルバム全体であふれていて、楽しいですね。

 

しかしですね、その17曲目のオリジナル版「Fim de Semana」にしてもそうなんですけど、個人的にはこういった往年のセンバもなかなかいいぞ、むしろそっちのほうが好きかも、自分のフィーリングには合うよなあと思う面があります。

 

たしかに感覚もサウンドもちょっと古くさいとはいえ、こういった黄金時代のセンバを聴くのがぼくは大好き。なぜでしょうか、自分でもよく説明がつかないんですが、とにかく聴けば気持ちいいんだからしょうがないです。チューニングのあいまいなホーン・セクションがあまり演奏していない、ギター中心の曲だと最高だと思っちゃいますよ。16曲目「Contentor」なんか、もうねえ。

 

図らずも今回のゼカックスのアルバムは新旧のセンバが並ぶことになっていますから、新しいのもいいけど古いのだって好きだぞという、ぼくのこの嗜好をいっそうはっきりと自覚することができました。もちろんパーカッションをフィーチャーした新録部分の10曲目「Mulher Angolana」なんかすごいなとわかりますが、ぼくは12曲目以後の古いセンバも同じくらい好きです。っていうか、どっちかというとそっちのほうが。おおらかでのどかな感じがするのがいいのかなあ?よくわかりません。

 

(written 2020.11.13)

2020/12/21

「あなたの記事が話題です!」(noteで)

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(4 min read)

 

https://note.com/hisashitoshima/n/nc63a2b3c3923

 

今年一月ごろから、それまでどおりブログBlack Beautyに毎日音楽関係の文章を発表するのと同時に、そのまま同じものをnoteとMediumにも毎日公開するようにしています。ちょっとどんなもんか興味があったんですよね。そのまま現在までずっと続いています。

 

といっても、Black Beautyのほうはもう五年半以上継続しているブログなので、過去記事も相当数になっていますけど、それらをnoteなどに転載することはまったく考えていません。新記事だけBlack BeautyとnoteとMediumの三つに同時アップするようになったんですよね。

 

それで、ぼくのばあい、noteでは各記事につく「すき」(いいねのことをnoteではこう言う)がいつも2個、3個、多くても6個程度なのに、こないだ一週間ほど前に公開した「現代に再創造されたブルー・ノート・クラシックス〜『ブルー・ノート・リ:イマジンド』」に突然大量のすきが付きはじめ、こりゃいったいなんだろう?と思ったんですね。

 

そうしたら、先週木曜日12月17日の夜に、この記事がnote公式マガジン「#音楽 記事まとめ」に選ばれて、次いで土曜19日の朝には「編集部のおすすめ」に選出されたみたいなんですよね。どうりでヴューやすきが急激に爆増したわけですよ。

 

それで現在12月20日午後時点で、note記事「現代に再創造されたブルー・ノート・クラシックス〜『ブルー・ノート・リ:イマジンド』」には計50個のすきが付いています。ヴューも9千回以上。いずれもぼくにとっては異常な数です。

 

公式だけじゃなくユーザーのマガジンにも、二本か三本、追加されたりして(noteは執筆者がそう設定してある記事を他のユーザーが自由に自分のマガジンにいろいろ追加して編纂できる)、気に入ってもらえているんだなあという気がします。

 

「編集部のおすすめ」選出が土曜日だったでしょう、だから週末にちょこっとnoteにアクセスして、さてどんなおもしろい記事があるかな?とさがして読んでみるみなさんにとっては絶好のタイミングでぼくのその記事がおすすめの上位に来てしまっていたわけですよね。

 

すきやヴューだけでなく、クリエイター(とnoteは呼ぶ)としてのぼくをフォローしてくれるかたもぐんと増え、さすが公式のまとめとかおすすめとかの威力は絶大なるものがあるんだなあと、いまさらながら実感しておりますね。どうしてぼくのその『ブルー・ノート・リ:イマジンド』の記事が選ばれたのかはわかりませんけれども。気持ちの入った好記事と自分では思うものをもっと書いてきたつもりでしたけどね。

 

ブログにしろ、その更新のお知らせを書いたツイートにしろ、noteにしろMediumにしろ、好意的な反応がたくさんあればそりゃもちろんうれしいものです。これからもそんなことがあるように、日々精進していきます…、と言うところかもしれませんが、ぼくはぼくでいままでどおり、なにも変わらずずっと同じように続けていきたいと思っています。

 

音楽を聴き、楽しんで、ポジティヴな感想がうかんだものについてはちょこっと自分なりの文章を記して、公開する 〜〜 たったこれだけの、いままでと同じことを今後も同じ気持ち、同じペースで続けます。よろしくどうぞ。

 

(written 2020.12.20)

2020/12/20

極上のカリブ風味と洗練されたアフロ・ポップ・センス 〜 カリナ・ゴメス

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(3 min read)

 

Karyna Gomes / Mindjer

https://open.spotify.com/album/3buevUWYS6HF4FfGRK9t1S?si=pIJ8867BROKdvM41ZUqBrg

 

bunboniさんに教えていただきました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2020-10-02

 

ギネ・ビサウの新進歌手、カリナ・ゴメス(Karyna Gomes)のデビュー・アルバム『Mindjer』(2014)。かなり内容がいいし大好きで、今年のベスト10アルバム有力候補だなと思ったら、六年も前のリリースじゃないですか。もうちょっと最近の作品なら、間違いなく2020年ベストのなかに選んでいたはずです。

 

と思うほどすばらしい音楽で、よく聴いています。なんといってもカリブ/ラテン風味ですね、気に入っているのは。たとえばアルバムの出だし1曲目がいきなりのサルサ・ナンバーじゃないですか。このグルーヴ感、リズム、サウンドが最高に心地いいですよね。カリナのやわらかくていねいな歌唱もみごと。これ、曲を書いたりアレンジしたりは、カリナ自身がやっているんですかね?だとしたら脱帽です。

 

アコーディオンがいい感じに入ってくるのには、サルサ(アフロ・キューバン)でありながら、クレオール風味を感じたりもして。もうこの出だし1曲目だけで、あっ、ぼくはこのアルバム大好きだぞ、と確信できる内容ですよ。キューバンというかカリビアンなラテン風味は、アルバム中ほかにも数曲あります。

 

3曲目のビート感なんかもそうですし、4曲目のイージーでリラクシングな感じはたしかにハワイ音楽を想起させますが、同時にこの明るい感じにはカリブの青い空をもぼくは連想したりもしました。リズムのノリにちょっぴりアバネーラっぽいフィーリングもありますからね。男声の語りではじまるラスト12曲目も、ビートが入ってきてからはキューバン・ミュージックふうに聴こえます。

 

正確にはカリビアンというよりアフロ・クレオール音楽ということでしょうけれどもね。ギネ・ビサウらしい西アフリカ音楽要素だってもちろん強く、たとえば数曲でコラがフィーチャーされていますけど、実に効果的。ところでぼくはコラという弦楽器の繊細な美しさ、その音色が最高に好きなんですけど、ねえ、ほんとうにすばらしいサウンドですよね。

 

たとえばこのアルバムのクライマックスというか白眉といえる6曲目「Mindjer Di Balur」でのコラ・サウンドの入りかたなんか、絶品ですよねえ。たおやかで美しい。曲づくりもアレンジも繊細で、しかも高度な洗練を感じます。コラの美しい音色とアコーディオン、カリナのソフト・ヴォイス、くわえパーカッションがからみあって、もうえもいわれぬ極上のアフロ・ポップに仕上がっていますよね。この「Mindjer Di Balur」を美しさでしのぐアフロ・ポップは、近年聴いたことがないぞと思うほど。

 

(written 2020.11.9)

2020/12/19

イタリア発、グルーヴ・オンリーのクラブ・ジャズ 〜 ジェラルド・フリジーナ

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(3 min read)

 

Gerardo Frisina / Moving Ahead

https://open.spotify.com/album/6n7NBhb8zDmIX1Rwwg8FBQ?si=avGM0RWaTfazvHa54VZN-g

 

イタリアのクラブ・ジャズ界の大物、ジェラルド・フリジーナの新作『ムーヴィング・アヘッド』(2020)が出たので聴きましたが、やはり今回もなかなかいいですよね。クラブ・ジャズということで、グルーヴ一発、踊れるようにっていう、それだけにフォーカスしたような音楽です。

 

くわしいパーソネルとか録音情報がわからないんですけど、グルーヴ・タイプはあきらかにアフロ・ラテンですよね、この音楽。アフロ寄りかな。じっとすわって聴き込むような音楽じゃなくて、フロアでダンスするためのものですから、延々と一種類のビート感が続くのも特徴です。だから対面して聴き込んでいると同じような曲がずっと並んでいるので飽きちゃうかも。

 

ってことで、部屋のなかにすわっているときでも、トラックリストを眺めながら真剣に耳を傾けるというよりも、ながら聴き、なにかをしながらBGM的に流す、というのに向いているアルバムだなと思います。グルーヴィさは極上ですから、気分はいいです。ちょうど1990年代的なアシッド・ジャズな感覚にも満ちていますよね。

 

このアフロ・ラテンなグルーヴ、たぶんこれ聴いた感じ、バンドの生演奏で実現しているんですよね、きっと。そう聴こえます。基調はあくまでドラムスとパーカッションの打楽器群。それが大きくバーンとフィーチャーされていて、そこに各種楽器音がちりばめられているといった配色でしょうか。

 

ちょっと異色なのはコラです。だれが弾いているのか、西アフリカのこの弦楽器、でもエキゾティックな雰囲気はまるでありません。あくまでジャズ・ファンクというか西洋ふうクラブ・ジャズのなかの一要素としてコラの音が混ぜ込まれているだけなんですけど、それでもオッと耳を惹きますよね。新鮮でさわやか。

 

多くの曲でアフロなグルーヴが実現しているなか、そのなかにいろんな打楽器で3・2クラーベのパターンも演奏され同居していて、このアルバム、一時間以上も、ただひたすらこのノリのいいグルーヴに身を委ねているだけで快感だといえる、そんな音楽ですよね。理屈抜きに楽しいです。

 

(written 2020.10.27)

2020/12/18

新感覚ファドの若手歌手 〜 サラ・コレイア

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(3 min read)

 

Sara Correia / Do Coração

https://open.spotify.com/album/73BFWOB4vxPVyaMU8bvVDP?si=zJEu1j9mQJulDHwxCH8nXQ

 

サラ・コレイア。ポルトガルにおけるファドの新世代若手歌手だとのこと。新作『ド・コラソン』(2020)ではじめて出会いましたが、こりゃなかなか魅力的な音楽ですよ。みずみずしくて、新しい感覚にあふれたニュー・ファドだと言っていいんじゃないでしょうか。

 

新鮮なのはなんといってもリズムですね、いままでファドでこんなリズムを聴けたことはなかったんじゃないかと思うような曲が並んでいます。出だし1曲目のギターの弾きかたからしてすでにフォーキーな雰囲気がただよっていますが、それ以上にビックリするのは2曲目です。ラテン/カリブ調じゃないですか。

 

こんな快活で陽気で跳ねるリズム・シンコペイションに乗ったファドって、いままでありましたっけ?ぼくは初体験です。リズムを表現するためにドラム・セットとエレキ・ベースが使われているのだって軽い驚き。ディオーゴ・クレメンテがアルバム全編でプロデュースをやっているそうで、その仕事なんでしょうね。

 

こんなリズム・フィールと曲調の明るさは、3曲目以後もアルバムを支配していて、軽快さをファドに持ち込むことに成功しています。サラ・コレイアの発声や歌いまわしは、それでもやっぱりファド歌手だなというのを感じる濃ゆいアイデンディティがありますが、新世代らしい軽妙さをも身につけていると言えましょう。

 

4曲目でアコーディオンを使って打楽器も入りややアバネーラ〜タンゴっぽいリズム・フィールを表現していたり(ベースはコントラバス)、スネアの硬いリム・ショット音とギターのフレーズが地中海〜カリビアンな明るさを表現する5曲目(ゲスト歌手としてアントニオ・ザンブージョが参加してサラとデュオで歌う)とか、ピアノを効果的に使った7曲目もいい。

 

さらに8曲目ではやはりふたたびドラムスとエレベを用いて軽快で強い跳ねるリズムを表現するポップな曲調。サラもさらっとやわらかく歌っているのが耳を惹きますね。これもポップでフォーキーなバラードみたいな9曲目とか、その後も従来的でない新感覚のファドを披露するサラとディオーゴ・クレメンテの試みが楽しいアルバムです。

 

(written 2020.10.25)

2020/12/17

ニュー・オーリンズ・ジャズのあの空気感 〜 ドク・スーション

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(8 min read)

 

Edmond “Doc” Souchon / The Lakefront Loungers and His Milneberg Boys

https://open.spotify.com/album/0PsHYdzjjJCPb0dfyNPcaR?si=G_MCZe8HSlmx1yMNmgNtPQ

 

きのう書いたスクィーレル・ナット・ジッパーズの新作アルバムはドク・スーションにフォーカスしたものでしたが、そんなわけでエドモンド・ドク・スーション、Spotifyにあるということで、実はいままで聴いたことなかったからいい機会だと思い、流してみました。

 

ドク・スーションは1897年にニュー・オーリンズで生まれたジャズ奏者&研究家。ギターやバンジョーを弾き、また歌い、1968年に亡くなるまでずっと発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズを仲間たちと演奏し、また古いニュー・オーリンズ音楽のレコードや同地のさまざまな文化物の蒐集・保存に力を尽くした人物です。

 

Spotifyに唯一あるドク・スーションのアルバム『The Lakefront Loungers and His Milneberg Boys』は、たぶんこれ、2in1 でしょう。いつごろの発売なのか、2in1でCDリイシューされたのは21世紀のことかもしれないけど、オリジナル・レコードは1960年代の発売だろうと思います(ドク・スーションは1968年没ですから)。録音年がはっきりしませんが、1950年代末〜60年代前半との情報もあります。

 

アメリカ南部ルイジアナ州ニュー・オーリンズでジャズが誕生したのがいつごろのことだったのか、19世紀の終わりごろだったんじゃないかという話ですけど、なにしろその当時の録音が残っているわけじゃないので、その姿そのままをぼくたちが聴くことはできません。

 

クラシック音楽と違ってジャズは譜面で保存することも不可能でありますから、なんにつけてもとにかくレコードが大切なわけですけど、ジャズの史上初録音は1917年(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド、ODJB)。その後はどんどんレコードが出るようになりましたが、すでにニュー・オーリンズ現地におけるジャズのピークは過ぎていたわけであります。

 

同地出身のキング・オリヴァーにしろサッチモことルイ・アームストロングにしろジェリー・ロール・モートンにしろ、録音したのはニュー・オーリンズを離れた1920年代以後のことで、その最初期録音ですら、もはや彼の地の、往年の、ジャズ最盛期の、空気感を嗅ぎとることは不可能です。ニュー・オーリンズ生まれで最も有名なジャズ音楽家は間違いなくサッチモでしょうけど、サッチモの残したレコードにニュー・オーリンズ・ジャズの香りはまったくなしですからね。

 

と、こう書けるのも、実は発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズの姿、スタイルをそのまま真空パッケージしたように保存した古老たちが例の1940年代ニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルでどんどん録音したレコードを聴いているからなんですね。バンク・ジョンスン、ジョージ・ルイス、スウィート・エマ・バレットなど、ああいったジャズ演奏家たちのレコードは、ぼくがジャズに夢中な大学生だった1980年代初頭にあっても問題なく買えたんです。

 

すると、それらで聴く発祥期そのままのニュー・オーリンズ・ジャズとは、キング・オリヴァーやサッチモ、モートンらの音楽となにもかも違っているじゃないかということに気がついたわけですね。まず第一にソロがほとんどなく、曲の最初から最後まで合同演奏で進みます。

 

曲のレパートリーだって違えば、さらに最大の違い、というか発祥期ニュー・オーリンズ・ジャズで最も顕著な特徴は、<あの空気感>としか呼びようのないオーラみたいなものです。ぼくはニュー・オーリンズ現地にちょっとだけいたことがありますが、あの土地で呼吸してみてはじめて理解できる、独特のヴァイブがあるんです。

 

そんな空気感を1940年代以後のニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルの古老たちは数十年が経過してもよく残していて、鮮明に再現してくれていました。なんというか南国の、あの強い日差しのもと、ジリジリ焼けつくような、音楽のサウンドやリズムにも反映されるあの空気感、雰囲気、それこそがニュー・オーリンズ・ジャズなのです。真夏に一週間も滞在すれば、だれでも感じることができます。

 

ドク・スーションは1897年生まれですから、1940年代のリヴァイヴァルで録音した古老たちよりはやや若い世代です。同地の生まれ育ちとはいえ、発祥期のニュー・オーリンズ・ジャズの姿はかすかに憶えているといった程度じゃなかったでしょうか。ドク・スーションのばあいは、生育環境もありましょうが、なにより後年の学習によって獲得した部分が大きいような気がします。

 

Spotifyにあるドク・スーションのアルバムを聴いていると、あの時代の、発祥期の(ジャズを中心とする)ニュー・オーリンズ・ミュージックの姿が鮮明によみがえります。それは1940年代のニュー・オーリンズ・リヴァイヴァルで録音した同地の古老たちがやったジャズに相通じるものなんですね。あの、ニュー・オーリンズの、独特の空気感、フィーリングをドク・スーションはよく再現してくれています。

 

ちょっとおもしろいのは曲のレパートリーです。「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」のような、リヴァイヴァル期の古老たちもよくやったようなスタンダードをたくさんやっていますが、これが初期ニュー・オーリンズ・ミュージックにふくまれるんだなあとちょっと驚いたものだってすこしあります。

 

たとえば、1920年代の北部都会派女性ブルーズ・シンガーたちがよく歌った「トラブル・イン・マインド」をジャズ・ミュージシャンがインストルメンタル演奏するのははじめて聴きましたし、またODJBの「オストリッチ・ウォーク」は彼らのオリジナルで、早い時期にレコード発売されましたが、これなんかも現地ニュー・オーリンズで演奏されていたとはねえ。「スタック・オ・リー」のような伝承フォーク・ナンバーもあるのはちょっとした驚きです。

 

このへん、ドク・スーションは特にニュー・オーリンズ現地に根付くジャズ・レパートリーと限定せず、あの時代の当地にゆかりのある文化遺産的な意味合いで、後年レコードで聴いて自身の演奏曲目に追加したんじゃないかという気がします。もとはといえばジャズとは演奏の方法論であり、曲そのものにジャズ・ソングなんてものはないわけです。同時代のポップ・ソングでもなんでも、なにをやってもジャズ・スタイルで料理したものがジャズなのです。

 

そんなこともまた、発祥期のジャズとニュー・オーリンズ文化を研究しつくしたドク・スーションならではあるな、このひとはわかっている、ホンモノだったなと実感できたところで、ジャズ・ミュージックのことを再確認しました。

 

(written 2020.10.24)

2020/12/16

あのころのニュー・オーリンズ音楽のように 〜 スクィーレル・ナット・ジッパーズ

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(7 min read)

 

Squirrel Nut Zippers / Lost Songs of Doc Souchon

https://open.spotify.com/album/2FIbpWkYB3X5lGjLQuoiLq?si=oTLWT8B1S9uDG1KN8wS87A

 

きのうジンボ・マサスの名前を出しましたが、このひとが中心人物であるバンド、スクィーレル・ナット・ジッパーズ(Squirrel Nut Zippers)。だから、もちろんきのう書いたニュー・ムーン・ジェリー・ロール・フリーダム・ロッカーズからひもをたぐって辿り着いたわけです。もう1990年代から活動しているバンドなんだそうで、知らなかった…。最新作『ロスト・ソングズ・オヴ・ドク・スーション』(2020)のことをきょうはちょっと書いておきます。

 

スクィーレル・ナット・ジッパーズはいわゆるグッド・タイム・ミュージックをやるバンドで、だから20世紀初頭から前半ごろのヴィンテージなジャズ〜スウィングを現代に再現しているバンドです。あれですかね、いままでにこのブログでも話題にしたことのあるジャネット・クラインとかダヴィーナ&ザ・ヴァガボンズなどと同系列なんでしょうか。

 

そんなスクィーレル・ナット・ジッパーズの2020年新作はドク・スーションことドクター・エドモンド・スーションにフォーカスしたもの。ドク・スーションは1897年生まれのアメリカはニュー・オーリンズのギターリスト&シンガーで、古いニュー・オーリンズ音楽の保存に力を入れた人物みたいですよ。だから、スクィーレル・ナット・ジッパーズみたいな音楽性のバンドにとってはもってこいの題材ですよね。

 

ドク・スーションのレパートリーだったものを中心に、スクィーレル・ナット・ジッパーズならではの曲やアレンジも交えて、楽しく愉快にオールド・ジャズ・ミュージックをこれまたやっているアルバムっていうことになるんでしょう。1曲目がジェリー・ロール・モートンもやった「アニミュール・ボール」で、もうここですでにレトロ趣味全開のスウィンギーさ。

 

耳を惹くのは、次の2曲目「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー」。フランキー・ヴァリでおなじみ「君の瞳に恋してる」ですから、みなさん聴きおぼえがあるはず。このスタンダード曲をスクィーレル・ナット・ジッパーズはタンゴっぽいアレンジで、いや、タンゴというよりぼくの耳にはアバネーラ寄りのフィーリングで料理しているように聴こえます。アバネーラとタンゴの中間あたりでしょうかね。アバネーラはタンゴの前身にもなった音楽です。

 

途中で突如ヨーロッパふうのワルツになったりもするおもしろいアレンジのこの「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー」。タンゴというよりもアバネーラふうだと考えれば、ニュー・オーリンズとの関係もよくわかります。アバネーラはキューバの音楽ですからね、カリブ音楽はニュー・オーリンズ音楽に多大なる影響を与えております。実際このヴァージョンはザクザクっていうタンゴの歯切れじゃないなとぼくは感じるんですよね。もっとカリブ寄りのリズム・シンコペイションでしょう。

 

3曲目以後はしばらくジンボ・マサスのオリジナルが続きますが、それもドク・スーションが蒐集した古いニュー・オーリンズ・ミュージックの意匠にのっとってつくられたものです。完璧な20世期頭ごろのニュー・オーリンズ・ジャズのスタイルじゃないですか。こういうのはも〜うほんと〜に大好きなんですよね。4曲目「トレイン・オン・ファイア」は伝承フォークっぽい感じ、トーチ・ソングの5「ミスター・ワンダフル」もいいですね。

 

その後はふたたびカヴァー曲セクションに入り、レトロなヴィンテージ・ジャズに仕上がっているフレッド・レインの6「アイ・トーク・トゥ・マイ・ヘアカット」と、ニューオーリンズ・ウィリー・ジャクソンの8「クッキー」なんか、最高に大好きです。特に「クッキー」かなあ、完璧にあのころのニュー・オーリンズ・ジャズが持っていた雰囲気を再現できていますよね。

 

アルバム前半のハイライトが「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー」なら、後半のそれは7曲目の「プーリーム・ナイグラム」でしょう。これは歌なしのインストルメンタル。クレズマー・ジャムみたいなもんでしょうね。ご存知のとおり東欧のクレズマー・ミュージックは初期のジャズにとても大きな影響を与えていて、その痕跡は1930年代後半のベニー・グッドマン楽団あたりにまで及んでいるわけなんです。

 

19世紀後半〜20世紀頭ごろのニュー・オーリンズ・カルチャーにはもちろんヨーロッパ由来の要素も大きくて、それが主にクリオールたちを中心にして誕生期のジャズのなかに活かされたわけなんですね。そんなありよう、空気感を、ドク・スーションを媒介にして、スクィーレル・ナット・ジッパーズも嗅ぎとって再現しているというわけでしょうね。ジャズ界初のレコーディングを1917年にやったオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(ODJB)のレパートリーにもクレズマーはあったんですよ。

 

アルバム・ラストの10「サマー・ロンギングズ」は、最初聴いたとき、なんだかスティーヴン・フォスターが書いた曲そっくりじゃないかと感じたんですけど、実はやっぱりフォスターの曲みたいです。そっかぁ。19世紀なかごろのものですかね。この曲だけはニュー・オーリンズ音楽やドク・スーションとの関係がわかりにくいです。

 

(written 2020.10.23)

2020/12/15

極上のイナタさ 〜 ニュー・ムーン・ジェリー・ロール・フリーダム・ロッカーズ

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(4 min read)

 

New Moon Jelly Roll Freedom Rockers / Vol 1

https://open.spotify.com/album/1fvXByhPytBg03OSJi0My5?si=cFIvoKLTQnOwPRr8Qhp6ew

 

萩原健太さんのブログで知りました。

https://kenta45rpm.com/2020/09/30/vol-1-new-moon-jelly-roll-freedom-rockers/

 

ニュー・ムーン・ジェリー・ロール・フリーダム・ロッカーズ(長い)は、ジンボ・マサスとルーサー・ディッキンスン&コーディ・ディッキンスン兄弟(ノース・ミシシッピ・オール・スターズ)とが組んだユニット。ルーツ・ミュージック・プロジェクトみたいなもんですかね。

 

これら三名にくわえ、チャーリー・マスルワイトやアルヴィン・ヤングブラッド・ハートも参加して 10年以上も前にレコーディング済みだったアルバムが『ヴォリューム 1』(2020)らしいです。監督役を当時存命だったジム・ディキンスンがやったそう。

 

ルーツ・ロックっていうか、要はこのグループ、米南部に根差したブルーズ・ロックをやっているということでしょうけど、曲によっては20世紀初頭ごろのオールド・ジャズを香らせているものもあったりして、つまりまだブルーズとジャズが一体化していて、なんだかわかんないけどゴチャゴチャと猥雑だった<あのころ>の音楽をよみがえらせているということでしょうか。

 

だからその意味でも南部的ですね。そんなところ、アルバムの出だし1曲目から鮮明です。バンド形式の電化シカゴ・ブルーズっぽいですが、フィーリングは完璧にダウン・ホームな南部感。ブルーズ・ハープが実にイナたくてステキです。そう、こういうのをステキと思っちゃうような趣味の持ち主ですよ、ぼくは。

 

2曲目はなんとチャーリー・パットンの「ポニー・ブルーズ」。デルタ・スタイルのブルーズ・ギターをルーサーが弾いていますが、歌っているのはアルヴィンですね。オリジナルは弾き語りでしたが、ここではやはりドラムスも入ってバンド形式でやっています。これもクッサ〜い。

 

こういったクサさ、イナタさがこのアルバム全編を支配しているわけですが、いかにもなアメリカ南部的ルーツ・ブルーズ色全開ですね。1960年代後半ごろのブルーズ・ロック勢に通じる感覚もありますが、そもそもそれらだってデルタ〜シカゴ・ブルーズなどを規範にしていたわけですからね。

 

ちょっと都会的な雰囲気を香らせている3曲目「ナイト・タイム」を経て、故ジム・ディキンスンが歌う4曲目「カム・オン・ダウン・トゥ・マイ・ハウス」(ガス・キャノン)はグッド・タイム・ミュージック、つまりオールド・ジャジーなポップ・チューンですね。やはり猥雑なブルージーさもあります。

 

ヴィンテージ・ジャズを匂わせているのはこの一曲だけ。ほかは古い戦前ブルーズをそのフィーリングのまま現代化したような曲が並んでいます。異色は9曲目の「ストーン・フリー」。なんでここでジミ・ヘンドリクスが出てくるのか。

 

しかしこの「ストーン・フリー」もですね、もしもジミヘンが1920年代の人間だったなら?という仮説を具現化してみせたみたいなフィーリングでの演唱なんですよね。この雑で荒っぽい感じがなんともいえません。ブルーズ・ハープがこんなふうに炸裂する「ストーン・フリー」なんて、聴いたことなかったですよねえ。いやあ、うすぎたない(╹◡╹)。

 

(written 2020.10.22)

2020/12/14

マット・ラヴェルのデビュー作には黒人音楽要素&ラテン色がある

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(5 min read)

 

Matt Lovell / Nobody Cries Today

https://open.spotify.com/album/47dRM2ojoQd7g02NNDbYTb?si=flaM-VtjSq-T3a4POfhxOg

 

萩原健太さんに教えていただきました。
https://kenta45rpm.com/2020/09/15/nobody-cries-today-matt-lovell/

 

まったく知らないマット・ラヴェルというアメリカ人シンガー・ソングライター。ナッシュヴィルを本拠としているそうです。そのデビュー作『ノーバディー・クライズ・トゥデイ』(2020)を健太さんに教えていただいて、聴きました。なかなかいいですよね。

 

マットは生まれが南部らしいんですけど、いつごろからナッシュヴィルで活動しているんでしょうねえ、同地の音楽家らしいカントリー色が濃いのかというとそんなこともなく、ブラック・ミュージックっぽいもの、カリブ/ラテン系とか、たった31分のアルバムながら、多彩です。

 

マット・ラヴェルのこのデビュー作でも、個人的にはやっぱりソウル、うんホワイト・ソウルですか、それっぽいものとか、それからラテン色とかに惹かれます。オーガニックでアクースティックな音像感もきわだつこのアルバム、そのへんは現代アメリカン・ポップスの大きな潮流の一つなので、ぼくも聴き慣れています。

 

アルバムでは、たとえば2曲目「90 プルーフ」。これなんかソウル・ナンバーっぽい曲調ですよね。こういうの、大好きです。あ、そういえばブルーズなんかでもアメリカ黒人がやるのはもちろんステキだけど、UK白人ロッカーがやったりするのがあんがいもっと聴きやすいしわかりやすいかもと思ったりするというぼくの嗜好は、ソウルについても言えることなのかもしれません。

 

さらに、6曲目のアルバム・タイトル・ナンバー「ノーバディー・クライズ・トゥデイ」。これなんか完璧なブルー・アイド・ソウル(死語?)じゃないでしょうか。大好き。ハチロクのリズムで、ちょっとゴスペル・ミュージック・ライクな雰囲気もあって、いやぁいいなあこれ。やわらかいエレピの音色とハモンド・オルガンのサウンドもたまりませんが、なんといってもソング・ライティングが光っています。

 

こういった、ソングライターとしてなかなかいいぞ、このマット・ラヴェルというひとは、というのは、ラテン色が強く出た曲でも言えます。たとえば7曲目の「ディメ・アディオス」。曲題もスペイン語ということでラテン・ミュージックっぽいのかと想像して聴いたらビンゴ。女性歌手をゲストに迎えて二人で歌っていますが、ちょっとメキシカン・テイストな曲ですよね。

 

ところでですね、前から疑問に感じていることをちょっと付記しますが、いつもお世話になっている萩原健太さんのブログ、だれのどんな音楽の記事でも、ラテン傾向のことにはいつもまったくノー・タッチ。アメリカ合衆国の音楽には抜本的に抜きがたく中南米カリブ要素が渾然一体化して溶け込んでいて、ひじょうにしばしば表面に出てくるのに、健太さんはいつもひとこともないんですよね。『マット・ローリングズ・モザイク』の1曲目なんか、あんなに鮮明なキューバン・アバネーラはないと思うほどだったのに、やっぱり言及なし。あたりまえのことだからかなあ。
https://open.spotify.com/track/32JIF1fZls7W3gXGmZ3ABj?si=moAFRzxlRcCBJGg3HV6yqg

 

それはおいといて。マット・ラヴェルのきょうのこのアルバムでも、7曲目の「ディメ・アディオス」に続く8「ザ・ゴスペル」にもかすかなラテン香がただよっているように思います。アコーディオンの入りかたなんかは完璧にテックス・メックスふうじゃないですか。曲のメロディだってちょっぴりラテンだし、サウンドだって。

 

マット・ラヴェルは南部の出身なんでしょ。いまはナッシュヴィルで活動しているとはいえ、そういった出自や生育環境が、黒人音楽的&ラテン音楽的っていうこのデビュー・アルバムのちょっとしたアナザー・サイドに影響を与えている可能性だってあるかもしれませんよね。

 

いや、むろん、そんなこと関係なくたって、アメリカン・ポピュラー・ミュージックにそれらは必然的に混じり込む不可欠な要素なものだから、っていうことでもあるんですけどね。

 

(written 2020.10.21)

2020/12/13

ほとばしるパッション 〜 イマニュエル・ウィルキンスのデビュー・アルバムがすごい

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(8 min read)

 

Immanuel Wilkins / Omega

https://open.spotify.com/album/2MxcrtQBHD4YbrPdCJaAY0?si=g6njC-zaSy-uX9dtgRfH8A

 

大傑作。とんでもない衝撃。若手ジャズ・アルト・サックス奏者、イマニュエル・ウィルキンスのデビュー・アルバム『オメガ』(2020)のことです。八月に出ていたらしいですが、こりゃすごい。五年に一作出るかどうかというレベルのどえらい傑作じゃないですかね。

 

これを知ったのは12月はじめごろ。ニュー・ヨーク・タイムズが「Best Jazz Albums of 2020」というのを発表したんですよ。New York Times Musicの公式Twitterアカウントをフォローしているんで、それで流れてきて気づきました。
https://www.nytimes.com/2020/12/02/arts/music/best-jazz-albums.html

 

一位に選出されていたのがイマニュエル・ウィルキンスの『オメガ』だったんですけど、読んだときはふ〜ん知らない名前だなと思っただけでそのまま。それでもこの記事、Spotifyプレイリストが埋め込まれているんで、数日経ってからちょっと流してみたんですね。

 

トップにイマニュエルの『オメガ』からの一曲が来ているんですが、それで、ちょっと待って!となって、あらためてアルバム『オメガ』をちゃんと聴いてみて、はっきり言って脳天ブチ割られました。絶大なるショック。これほどのジャズ・アルバムが今年出ていたのかと。

 

それが昨晩のことで、あまりにもビックリしてこればかりリピートして聴いてしまい、頭から離れなくなってほかの音楽が入ってこなくなりました。それできょう、あわてて文章にしているというわけですよ。いやあ。

 

もうぼく、今年の「ベスト10アルバム」記事は12月4日に完成済みだったんですよね。あとは年末まで約一ヶ月、ゆっくりのんびり音楽聴いていられるだろうとノンキに構えていたところにこの衝撃が来て、ひっくり返っちゃって、完成済みのベスト10記事も書きなおさなくちゃなあ。

 

現在23歳のイマニュエル・ウィルキンスはペンシルヴェイニア州フィラデルフィア近郊の出身。2015年にニュー・ヨークに移り、ジュリアード音楽院で学ぶかたわらすでに音楽活動をはじめていたようで、知名度のあるジャズ・ミュージシャンのサイドについて世界をまわっていたそうです。日本にも来ているみたいですよ。

 

調べてみたら2019年のジョエル・ロスのデビュー・アルバム『キングメイカー』に参加していたんですね、イマニュエル。う〜ん、そのときはこれという強い印象を持ちませんでした。あのアルバムではとにかくジョエルのなめらかなマレットさばきに夢中でしたから。イマニュエルにとっては最初期のサイド・レコーディングだったみたいです。

 

そして今年の八月にブルー・ノートからリリースされた自身のデビュー・アルバム『オメガ』。ジェイスン・モランのプロデュースで、演奏メンバーはイマニュエルのアルト・サックスのほか、ミカ・トーマス(ピアノ)、ダリル・ジョンズ(ベース)、クウェク・サンブリー(ドラムス)という自身のワーキング・バンド。知らない名前ばっかりだぁ。

 

アルバムでいちばん印象に残るのはカルテットが表現するとても強いパッション、ハンパない圧倒的な熱量の高さです。それを込めるビート感、グルーヴ・センスも新時代のアップ・トゥ・デイトなもので、カルテット四人の一体感もみごとだし、曲によってはバンド全員でぐわ〜っと昂まっていく高揚感は尋常じゃありません。

 

そうしたパッションの源泉は、何世紀にもわたってアメリカで黒人が経験し続けている苦難や痛みを現代に表現したかったということだとイマニュエルは語っていて、このアルバムは、あたかも2020年的ブラック・ライヴズ・マター組曲といった趣きになっているんですね。

 

1曲目「ウォリアー」という曲題だって1960年代の公民権運動以来続くアメリカ黒人の社会運動の象徴ですし、2「ファーガスン - アン・アメリカン・トラディション」は、2014年にミズーリ州ファーガスンで起きた18歳の黒人少年が白人警官によって射殺された事件がテーマ。

 

アメリカの伝統(American Tradition)になってしまった社会の構図に抗議をするというテーマは、同じことばを使った4曲目「メアリー・ターナー - アン・アメリカン・トラディション」でも同じ。21歳の妊婦と胎児の命を奪った1918年の悲惨な事件を描いたもので、アメリカの一部にいまもはびこる白人至上主義の問題を深く嘆く作品です。

 

3曲目「ザ・ドリーマー」は全米黒人地位向上協会(NAACP)の会長をつとめたジェームズ・ウェルドン・ジョンスンの人生を讃えた曲ですし、5「グレイス・アンド・マーシー」も社会性を帯びたスピリチュアルな曲なのはあきらか。

 

こうしたアルバム『オメガ』前半における展開は、そこに込められた音楽家の思いの強さ、情熱ゆえに、それがサウンドにも反映され、激情的でしかし反面クールにも聴こえるっていう、そんなフィーリングでの演奏になっているかなと感じます。

 

アメリカ黒人音楽家の怒りやパッション(苦難、激情)が深く刻まれたされたイマニュエルのこのアルバムの音楽、リリースされた2020年のBLMとも強く共振する内容で、まさしく今年出るべくして出た、いまの時代のアメリカ音楽だなとの思いを強くします。

 

アルバム後半の6〜9曲目はパート1〜4と題されていますので、アルバム内組曲みたいなものなんでしょう。ジュリアード音楽院在籍時代に書いていた曲だそうで、なかでも9曲目「パート4. ガーディッド・ハート」でのフリーキーでパッショネイトなアルト演奏が印象に残ります。強い激情があふれんばかりにほとばしるという意味ではアルバム全体のクライマックスですね。曲後半での爆発ぶりはほんとうにすごい。

 

続くラスト10曲目はアルバム・タイトル曲「オメガ」。これは1「ウォリアー」、5「グレイス・アンド・マーシー」とならび、このイマニュエルのデビュー作を象徴するできばえのスピリチュアルでハードなグルーヴ・チューンですね。コンポーザー、アレンジャー、バンド・リーダーとしてもすでに完成されているし、バンドの四人全員で密接にインプロヴァイズド・アンサンブルを重ねるようにして上昇していく2020年的なアップ・トゥ・デイトなグルーヴ感、ビート・センスには完璧に降参です。

 

(written 2020.12.8)

2020/12/12

COVID-19時代の音楽 〜 HK

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(3 min read)

 

HK / Petite Terre

https://open.spotify.com/album/5i0lIRODZjRaa0eDeDsUVZ?si=bdo7trReS5mpF8YMTpkcRA

 

秋にリリースされた、フランスで活動するアルジェリア系音楽家、HK(アッシュカー)の新作『Petite Terre』(2020)は、ほぼ全体的にレゲエ・ビートを基調としながらも、そこにアルジェリア系楽器やシャアビ的な作法も混ぜ込んで、哀感たっぷりに聴かせるポップ・アルバム、とでもいったらいいでしょうか。

 

そんなところ、1曲目のアルバム・タイトル曲から鮮明です。音楽的にはポップ・レゲエ・ナンバーですが、HKのばあいはいつものことながらこのアルバムでも歌詞が社会派ですから、フランス語ゆえ聴解できないとはいえ、それなりの内容はともなっているんだろうと思います。

 

サルタンバンク名義のアルバムでもソロでも、レゲエ・ビートに政治家批判など社会派リリックを乗せ、わりかしシリアスに聴かせることの多いHK。だからボブ・マーリーやそのフォロワーたちのアティテュードを継承しているのかもしれませんね。HKの音楽そのものはもっと明快でポップですけれども。

 

『Petite Terre』2曲目からはアルジェリア色が出てきます。これ、たぶんウード、あ、いやマンドーラか、使ってありますよね。それでもってシャアビなめくるめくフレーズを演奏していて、いいなあこれ。でもフランス語で歌っているし、シャンソンでもなくシャアビでもないんですよ。HKにしかできないコンテンポラリー・ポップスっていうか、独自の世界ですね。

 

そして、これはアルバム全体がそうですけど、わびしい感じ、さびしい感じがとても強く出ています。曲調も快活にグルーヴするものがあまりなくて、ミディアム〜スローで寂寥感を表現しているものが多く、72分間を通して聴くとちょっと沈鬱なっていうか重苦しい空気を感じないでもありません。

 

それで、たぶんこれが2020年という時代の空気感じゃないかなとぼくは思うんですね。COVID-19の全世界的パンデミックによって、フランスなんかも特に閉塞的な状況が続いているじゃないですか。そう、世界の閉塞感、それをサウンドにしたのが今回のHKの新作『Petite Terre』じゃないかという気がするんですね。

 

そんな重苦しい閉塞感を音楽で表現するのに、レゲエの沈むこむようなビート感はまさにピッタリじゃないかと思います。+シャアビふうな哀感とわびしさ、フランス的な諦観+退廃があわさって、このアルバムのHKの音楽をつくりあげているのかなと、そう思います。

 

COVID-19時代の音楽だ、それ以外のなにものでもないな、というのが率直な印象ですね。つくづく、大衆音楽は時代の鏡です。

 

(written 2020.12.6)

2020/12/11

現代に再創造されたブルー・ノート・クラシックス〜『ブルー・ノート・リ:イマジンド』

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(5 min read)

 

v.a. / Blue Note Re:imagined

https://open.spotify.com/album/5wFRcZFehmF2egAQmIWpaV?si=ACXHh92QR4CHIsFiUwUbuQ

 

10月16日にようやくサブスクでも解禁になった『ブルー・ノート・リ:イマジンド』(2020)。ブルー・ノートと英デッカが全面タッグを組んで、1960〜70年代のブルー・ノート・クラシックスの数々をUKの最新鋭ジャズ〜R&Bミュージシャンたちが再解釈したカヴァーを収録する、一種のコンピレイション・アルバムです。といってもすべてこのための新録みたいですけどね。

 

これがなかなかおもしろいんですよね。カヴァーされているブルー・ノート・クラシックスは有名なものばかりですけど、演唱している若手UKミュージシャンたちのなかにぼくの知っていた名前はほぼなし。聴いたことがあったのはエズラ・コレクティヴとシャバカ・ハッチングズだけくらい。ほかは初めて知る名前ばかりで、調べてみたらやはり最近シーンに登場してきたひとたちが多いみたいです。

 

カヴァーされている原曲は、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ボビー・ハッチャースン、ジョー・ヘンダスン、ドナルド・バード、エディ・ヘンダスン、マッコイ・タイナー、アンドルー・ヒルなど、時代をかたちづくった名曲ばかり。ブルー・ノートは昨2019年に創立80周年を迎えており、過去の名カタログを見なおすプロジェクトを進めています。

 

その一環として『ブルー・ノート・リ:イマジンド』も位置付けられるものでしょうが、結果としては遺産の偉大さを示すというよりも、現代のUK最新鋭ジャズ/R&Bのおもしろみがきわだつ内容となっているのが楽しいところ。原曲の面影をまったくといっていいほどとどめていない再解釈もあり、完全なる新曲みたいなものすらあります。

 

たとえば3曲目、ポピー・アジュダの「ウォーターメロン・マン(アンダー・ザ・サン)」。これ、ハービーの書いた曲はどこにあるの?1974年にハービー自身がファンク化して再演したヴァージョン冒頭に入っていたあの例の(瓶を吹くような)リフしかないっていう、その後はまったくのポピーの新曲になっていますよねえ。しかしリスペクトの念はあるといいうことなんでしょう。

 

これは極端な例ですが、このアルバムでは多かれ少なかれブルー・ノート・クラシックスは換骨奪胎、解体・再構築されているばあいが多いです。キーになっているのはビート・メイクと、中域を抜いた低音の重視でしょうか。ビートは生演奏ドラムスを使ってあるばあいと、デジタルな打ち込みと、その両方が混在しているようです。生演奏ドラミングにしても、かつてはコンピューターでつくっていたようなビート感を再現しているわけですから、感覚的には同じですね。

 

中音域を抜いて重低音をメインにダウン&ヘヴィなサウンド・メイクをするのも、現代的な意匠と言えましょう。ここ数年の(アメリカふくめ)最新R&Bでも顕著な傾向で、結果としては上物の楽器演奏やヴォーカルがポンと目立つことになっていて、そうしたかったから中域はジャマで、どかそうってことだったのかもしれません。

 

ヴォーカル・ナンバーが多いのもこのアルバムの特色でしょう。ブルー・ノート・クラシックスのほうにヴォーカル・ナンバーはほとんどありませんから、だいたいぜんぶが今回あらたに歌われたわけです。図らずも原曲の持つメロディのよさがきわだつ結果に思えるのはすばらしいところ。といってもかなりフェイクしてあったりしてわかりにくかったりしますけどね。

 

オリジナルがはっきりわかるというか聴こえてくるものだってあり(エズラ・コレクティヴの「フットプリンツ」、ミスター・ジュークスの「メイドン・ヴォヤージ」など)、それらではオリジナルのメロディの下支えをヒップ・ホップ以後的なビートが裏打ちしているので、新旧合体っていうか、古典の現代化のありようがよくわかるものかもしれません。

 

いずれにしても、ぼくがビート好き人間だからなのか聴いていてほんとうに心地いい時間を過ごすことのできるこのアルバム『ブルー・ノート・リ:イマジンド』。かつて1960〜70年代に書かれ演奏されたブルー・ノート・クラシックスの2020年的最新の再解釈集として、ちょっとした楽しみになりえるものでしょう。レーベル設立以後ずっとコンテンポラリーなブラック・ジャズを世に送り出し続けてきているブルー・ノートの伝統がここになっても生きているという証左でもありますよね。

 

(written 2020.10.20)

2020/12/10

『ビギン・アゲン』の延長線上において聴きたいノラ・ジョーンズの2020年新作

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(4 min read)

 

Norah Jones / Pick Me Up Off the Floor

https://open.spotify.com/album/3pi6NXntLETosIkAuaZEhW?si=G21xOJQiQOKPVosa7xh_6g

 

ノラ・ジョーンズの新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』(2020)。この今年の新作、夏前ごろだったかなリリースされたとき聴いたんですけれども、そのときはふ〜んと思っただけで特になんとも思わず。悪いとも感じなかったけど、これといって感想もなかったんですね。

 

ちょっと思いなおして気を取りなおし、秋口にもう一回聴いてみました。そうしたらとてもいいアルバムだなと感じましたから、やっぱり時間をおくと音楽に対する感想も変わってくるもんですよね。そんなわけできょうはちょこっとだけノラのこの新作についてメモしておきましょう。

 

ノラのアルバムというと、昨2019年『ビギン・アゲン』が出ていて、しかし大勢のみなさんがそれを飛ばして2016年の『デイ・ブレイクス』以来のオリジナル新作フル・アルバムとお書きですよねえ。ぼくはちょっとそれ、どうかと思うんですよ。今年の『ピック・ミー・アップ・オン・ザ・フロア』は、あきらかに『ビギン・アゲン』があったからこその音楽ですからね。

 

『ビギン・アゲン』は、配信でリリース済みのシングル曲をちょこっと集めただけの企画ものEPだったということなんでしょうけれども、だからディスコグラフィから外されちゃうということなんでしょうけれども、あの『ビギン・アゲン』で聴けたピアノのブロック・コード・プレイ、それに乗せてブルージーに、まるで酔っ払いみたいに、フラフラとしゃべるように歌うという、あのノラの調子は、新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』でも同じじゃないですか。

 

たとえば2曲目「フレイム・ツイン」。これ、『ビギン・アゲン』で聴ける肌触りに瓜二つですよ。ブルージーで、ざらざらした演奏とヴォーカルの質感。ぼくはこういう音楽がわりと好きなんですよね。スモーキーな声の感触はいつものノラの調子ですけどね。歌詞をしっかり鮮明に発音せず、まるでろれつがまわらないみたいなヨタったフレイジングも好きです、ブルージーに聴こえて魅力的。

 

それに、実際、今年の新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』も、昨年リリースの『ビギン・アゲン』のもとになった各種セッションで誕生した曲群がもとになっているみたいで、落ちこぼれたそれらをノラもくりかえし聴いているうちに離れられなくなったんだそうですからね。

 

それで、やはり今回も『ビギン・アゲン』のとき同様、曲が書かれたセッションごとに少しずつ色合いの違う作品群が共存する一作に仕上がっているというわけですね。そんな寄せ集め感が、この新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』でもノラの多様な様相を見せてくれることに成功していて、演奏メンツも曲によってさまざまのようです。

 

ぼくが大好きで、はっきり言ってこれでノラに惚れちゃったといってもいいくらいだった昨年の『ビギン・アゲン』の、あくまでその延長線上に今年の新作もおいて聴きたいです。

 

(written 2020.10.17)

2020/12/09

ラテンに解釈したホレス・シルヴァー 〜 コンラッド・ハーウィグ

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(5 min read)

 

Conrad Herwig / The Latin Side of Horace Silver

https://open.spotify.com/album/6Plg1VTOVvb6kt2Gxcd7Ix?si=YIw_GOAFTRKl-Qv7oLz49g

 

Astralさんに教わりました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2020-08-28

 

ラテン・ジャズ・トロンボーニスト、コンラッド・ハーウィグの『ザ・ラテン・サイド・オヴ・ホレス・シルヴァー』(2020)。78分。大作ですよねえ。うげぇ〜。しんどい。最近はアルバムの長さが70分を越えているのをみると、もうそれだけでつらく感じちゃいますが、なんとか聴きました。

 

『ザ・ラテン・サイド・オヴ・ホレス・シルヴァー』はライヴ・アルバムで、バンドの編成はボスのトロンボーンのほか、トランペット、テナー・サックス、アルト・サックス&フルートの四管+ピアノ、ベース、ドラムス、コンガのリズム・セクション。2、3、8曲目ではゲストでミシェル・カミロ(ピアノ)が参加しています。リズムがにぎやかだから複数のパーカッショニストがいるんじゃないかと、最初聴いたときは感じていました。管楽器奏者なども手が空いているあいだ小物を叩いているのかも。

 

コンラッド・ハーウィグはもうずっと「ラテン・サイド」シリーズを続けていて、25年にもなるそう。だから一種のライフ・ワークですよねえ。マイルズ ・デイヴィスやジョン・コルトレインなど、名の知れたジャズ・ミュージシャンたちの曲をラテン・アレンジで再解釈するということをずっとやってきているみたいです。Spotifyにあるのはホレスのと、コルトレイン、ウェイン・ショーターと、それだけ(なんでや?)。

 

今回はホレス・シルヴァーが題材ということで、しかしホレスのばあいはマイルズとかトレインなどほかのひとたちと違って1950年代からラテン香味のあるオリジナル・ソングをたくさん書いているし、そんなアルバムだってあって、もとからアフロ・キューバンなテイストの濃いジャズ・ミュージシャンだったとも言えるわけで、そのホレスのラテン解釈といったってなにをいまさら、との第一印象がありました。

 

がしかしコンラッド・ハーウィグの解釈を聴いてみたら、これはこれでけっこう楽しいのでうれしくなっちゃいましたね。特に新しい世界だとか斬新な容貌をみせているだとかいうことはないなあとは思うんですけど、ラテンなリズムをいっそう強靭化して、ぐいぐいとパワフルに迫るバンドの演奏は、文句なしに心地いいです。

 

1曲目「ニカズ・ドリーム」から楽しさ全開ですが、もっとよくなるのは2曲目「ソング・フォー・マイ・ファーザー」と3曲目「ザ・ガッズ・オヴ・ヨルバ」。これらにはゲスト・ピアニストとしてミシェル・カミロが参加。その弾きまくりラテン・ピアノがもう絶品なんですね。だからこれら二曲での最大の聴きどころはなんといってもミシェルのピアノ・ソロ。サルサなタッチも色濃く混ぜ込みながらブロック・コードでがんがん弾く迫力に、思わずのけぞりそうになっちゃいますね。

 

ミシェル・カミロのラテン・ピアノ弾きまくりに大興奮のそれら二曲のあと、ミシェルはもう一曲アルバム・ラスト8曲目「ナットヴィル」にも参加していて、でもここではそれほど聴かせるピアノを弾いていません。むしろ管楽器奏者たちのソロと全体のアンサンブルに重点が置かれているという感じでしょうか。ミシェルはむしろ脇役にまわって支えているあたりにうまあじを発揮していますよね。

 

これら以外のアルバム中盤の曲でもピアノ奏者(ビル・オコーネル)がけっこう活躍していて、なかなかいいぞと思える内容です。サックス二本のソロはうねうねジャジーでそれもいいし、二つあるバラード調のものがちょっぴりボレーロっぽいフィーリングをくゆらせたり、「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」はもとからああいった曲ですから想像の範囲は超えていないんですけど、それでも聴けば十分楽しい内容です。

 

ストレートなラテン・ジャズ・アルバムで、いまの新世代ジャズがラテン・リズムを取り込みながら伸縮自在の柔軟な演奏を聴かせたりするものとは違う、オーソドックスな作品でしょうし、テーマ合奏〜ソロ・リレー〜テーマ合奏という、これも従来的なフォーマットをそのまま踏襲していて、目新しさ、ジャズとしての新時代性みたいなものは聴きとれないですけどね。

 

(written 2020.10.5)

2020/12/08

ルデーリの三作目ライヴ・アルバムでもダニエルのドラミングがいい

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(4 min read)

 

Ludere / Live at Bird’s Eye

https://open.spotify.com/album/5bWiteJSxHA7naQAB2jff0?si=lHrdoiSQRlq-bQu7kpm07g

 

国籍を問わず現代最高のジャズ・グループなんじゃないかと思うルデーリ(Ludere)。ブラジルのひとたちですけど、ルデーリのジャズにブラジル色は皆無です。ユニヴァーサルな、どこへ持っていっても通用する音楽をやっていますよね。某デスクウニヨンのサイトなんかには「現行ブラジリアン・ジャズの最高峰」とかって書いてありますけども。

 

そんなルデーリの、いまのところの最新作(2020年10月時点)はライヴ・アルバムで、タイトルも『ライヴ・アット・バーズ・アイ』(2019)。スイスはバーゼルで行われた生演奏を収録したものですね。これ、ぼくの聴くところ、まだ三作しかないとはいえ、ルデーリの最高作と思える内容なんです。

 

ルデーリのことは、それまでの二作品ともこのブログで書いてきましたが、いちおうくりかえしておくと、リーダー格がフィリップ・バーデン・パウエル(ピアノ)で、くわえてルビーニョ・アントゥネス(トランペット)、ブルーノ・バルボーザ(ベース)、ダニエル・ジ・パウラ(ドラムス)のカルテット編成。活動をはじめて四、五年経つようです。

 

最新作『ライヴ・アット・バーズ・アイ』を聴いてもよくわかることですけど、ルデーリのキモを握っているのはダニエルのドラミングなんじゃないかというのがぼくの見方。+フィリップ・バーデンのピアノの躍動感ですけれども、リーダー格のフィリップ・バーデンとダニエルの相乗作用で演奏全体にイキイキとしたグルーヴが生まれている、それがルデーリ最大の魅力じゃないかと思えます。

 

『ライヴ・アット・バーズ・アイ』だと、たとえば1曲目、2曲目あたりの快活なアップ・ビート・ナンバーでそれが特に顕著。個人的にダニエルのドラミングの大ファンなんで、そればっかり聴いてしまうというようなところもありますが、ひいき目を抜きにしても最高のドラマーだなと思いますねえ。スネアの込み入った使いかた、シンバル・ワークの繊細さなど、細かい神経が行き届きつつ、ビートを細分化して全体として躍動を生み出すドラミングですよね。

 

それを引き出しているのが、ルデーリではフィリップ・バーデンのピアノ演奏ではあるんですけれども。ライヴ演奏だということもあって、いっそう四人のプレイぶり熱く、ノリのいい集団演奏を聴かせてくれているなという印象です。21世紀の現代ジャズはソロとアンサンブルのバランスをとりつつ、ソロばかりでなくアンサンブルのカラーといいますか、スポンティニアスなアンサンブル・ワークでも聴かせるという、そのアンサンブルはあたかも即興演奏であるかのような、いわばインプロヴァイズド・アンサンブルとでもいうような演奏で、ソロをそのなかに効果的にはめ込んでいくという、そういった手法を採用していることが多いです。ルデーリもまたしかり。

 

ルデーリは、それでもまだ個人ソロの比率が高いかなと思いますね。アルバムは3曲目以後やや落ち着いたフィーリングで進みますが、どの曲でもバックのダニエルのプレイぶりが際立っていますね。グループの躍動感が最高潮に達するのがラスト8曲目の「アフロ・タンバ」。二作目にあった曲ですが、ここでは後半ドラムス・ソロもはさみつつ、その終盤からテーマ合奏部が出てくるあたりのリズムのスリルはほんとうにすばらしいです。

 

(written 2020.10.1)

2020/12/07

ストーンズ『ゴーツ・ヘッド・スープ』デラックス版は、『ザ・ブリュッセル・アフェア』が聴きもの

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(7 min read)

 

The Rolling Stones - Goats Head Soup (Deluxe Edition)

https://open.spotify.com/album/5Q7oMv5dx9VinYxveFZNsn?si=o98sFAZSSKS2w8N0BHo2hA

 

長年ザ・ローリング・ストーンズの『ゴーツ・ヘッド・スープ』(1973)を苦手にしてきたぼく。だってね、問題はオープニングの1曲目ですよ。『スティッキー・フィンガーズ』(71)が「ブラウン・シュガー」でしょ、次の『エクサイル・オン・メイン・ストリート』(72)では「ロックス・オフ」で、ああいったかっ飛ばす爽快なロックンロールで幕開けしてきたのに、『ゴーツ・ヘッド・スープ』はなんですか、この「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」って。どよ〜ん。

 

アルバム全体もギターより鍵盤楽器のほうが目立つようなサウンドで(実はそんなこともないんだけど)、いま考えたらこれはソウル/ファンク寄りの米ブラック・ミュージック志向ということなんですけど、むかしはストーンズにギター・ブルーズ・ロックしか求めていなかったですからねえ。テンポよく快調に飛ばす曲もアルバムにあまり、というかほとんどなしで、だからちょっとねえ、スロー/ミディアム・ナンバーばっかりで。

 

でも今年9月5日に『ゴーツ・ヘッド・スープ』のデラックス・エディションがリリースされました。出る前からいろいろと話題になっていたもので、それはいかにもいまどきのSNS全盛時代らしい盛り上がりかただったんですけど、そんなわけでSpotifyで流し聴きしてみたんですよね。そうしたらちょっと思うところがあったんで、感想を書いておきます。

 

Spotifyにある『ゴーツ・ヘッド・スープ』デラックス・エディションは、フィジカルでいう3CD版ですね。音質の違いなんかはぜんぜんわかりませんが、今回の拡大版発売で個人的にいちばんグッと来るのは、CDだと三枚目にあたるライヴ・サイドです。なんとこれはかの名作『ザ・ブリュッセル・アフェア』じゃありませんか。もうこれだけで大歓迎。この名作ライヴ・アルバムが配信で聴けるようになったのいうのは快挙ですよ。も〜う、大好きなアルバムなんです。これからはSpotifyで聴けるんだと思うだけでうれしい。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-95822c.html

 

『ザ・ブリュッセル・アフェア』は『ゴーツ・ヘッド・スープ』発売から約三ヶ月後の1973年10月ライヴということで、中盤にその新作披露セクションがあるんですね。5「スター・スター」、6「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」、7「ドゥー・ドゥー・ドゥー・ドゥー・ドゥー」、8「アンジー」と。その前後は黄金のストーンズ流ロックンロールのオンパレードですけど、ファンキーな『ゴーツ・ヘッド・スープ』セクションが異彩を放っています。

 

こうやってライヴで聴くと、なかなか悪くないなと思える『ゴーツ・ヘッド・スープ』セクション。それでもやっぱり「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」とかはイマイチおもしろみがわかりません。う〜〜ん。でも続く「ハートブレイカー」なんかはかなりいいじゃないですか。スタジオ・ヴァージョンよりいいかも。ビリー・プレストンの弾くクラヴィネットがファンキーに粘りつきます。むかしギターでよく練習していた「アンジー」は、いまではそうでもないかもなあ。

 

とにかくですね、この80分近い『ザ・ブリュッセル・アフェア』がCDでも配信でも正規にいつでも聴けるようになったということの意義は大きいです。もともと『ゴーツ・ヘッド・スープ』発売記念キャンペーン・ツアーの一環だったから今回のボックスに入ったわけですけど、ライヴそのものはもっと前からの代表曲をたくさんやっているし、なんたってミック・テイラーの弾きまくりギター・ソロやオブリガートが超うまあじで。

 

この『ザ・ブリュッセル・アフェア』がふくまれていることだけでも、今回の『ゴーツ・ヘッド・スープ』デラックス・エディション発売の意義があろうというものですよ。

 

『ゴーツ・ヘッド・スープ』本編は、聴きなおしてもやっぱりいまだに苦手なんですけど、レコードでいうところのB面はそれでもわりと聴けますよね。1曲目の「シルヴァー・トレイン」とラスト5「スター・スター」がお得意のチャック・ベリーふうロックンロールでカッコいいし、2「ハイド・ユア・ラヴ」はピアノ・リフ中心の正調ブルーズ。好きです。

 

おもしろいのはB面4曲目「キャン・ユー・ヒア・ザ・ミュージック」ですね。この、笛みたいな音はいったいなんの楽器でしょうか?米英欧の音楽で使われる一般的な管楽器じゃありません。あたかもかつてブライアン・ジョーンズがモロッコの音楽に入れ込んで制作した例のアルバムで聴けるような、そんな北アフリカ系のなにかの笛みたいに聴こえ、それがこの「キャン・ユー・ヒア・ザ・ミュージック」全体で効果的に挿入されています。オカリナっぽい気もしますが、違うようにも思います。

 

だいたいストーンズはこういったちょっぴりのエキゾティック・テイストを混ぜ込むのが以前から得意で、ときどき無国籍な曲をやったりするんですけど、『ゴーツ・ヘッド・スープ』を録音した1970年代初頭あたりまでだと、まだまだそれが残っていたんですね。こういったシックスティーズ的な、異国文化(というかインドとかアフリカとか)への憧憬みたいな部分は、70年代半ば以後のストーンズからは消えちゃいました。

 

(written 2020.10.8)

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