2022/06/27

不思議とクセになる官能 〜 ラスミー

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(2 min read)

 

Rasmee / Thong-Lor Cowboy
https://open.spotify.com/album/3Y15o4O2ZzpyD4ebt3dyN4?si=wBjx5wpPTmWBYNM5Ngay6Q

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-04-07

 

タイはイサーン地方出身のモーラム歌手、ラスミーの最新作『Thong-Lor Cowboy』(2021)は、なぜかニュー・オーリンズの先鋭新世代ジャズ・プロデューサー、サーシャ・マサコフスキーと組んでの、ハイブリッドでオルタナティヴな、クセになる不思議な甘美と官能に満ちた一作。

 

特に官能性というかセクシーさですね、ぼくが強く惹かれるのは。そのおかげで、なじみのないよくわからない音楽なのに、もう一度もう一度とくりかえし聴いてしまいます。そうした引力はイサーンの臭みの強いヴォーカル・ラインにだけでなく、打ち込みメインのサウンドというかビートにもあります。

 

サーシャ・マサコフスキーというのはまったく知らない音楽家なんですが(ラスミーもだけど)、本作ではシンセサイザーとプログラミングを担当、さらにニュー・オーリンズから鍵盤奏者、ギターリスト、ベーシストを連れてきていて、それでこのなんともいえない独特のサウンドをつくりあげているんですね。

 

ビートにメロウネスがこもっているというか、曲はラスミーの自作なんですが、こんなふうに仕立て上げることで、タイのモーラム音楽でありながら、新世代ジャズ・ヴォーカルの文脈でも聴けそうなハイブリット・ミュージックになっているのがすばらしいですね。

 

なにもわからない音楽なのに、不思議となんども聴いてしまうチャームを感じ、離れられないっていう本作、得体の知れないセクシーさに満ちていて、いまのところはそうしたわからないなりの解析できない快感に身をゆだねています。

 

(written 2022.6.21)

2022/06/26

21世紀のスタンダード・ジャズ・ヴォーカル 〜 みんなエラが好き

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(4 min read)

 

v.a. / We All Love Ella: Celebrating The First Lady of Song
https://open.spotify.com/album/2aNwDScTeNVRQEiqa42tVs?si=_KOz5NmYSwqRxTaz-MAhwg

 

Astralさんの紹介で知りました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-02-19

 

あれっ、いつのまにか15曲目ディー・ディー・ブリッジウォーターの歌う「コットン・テイル」がグレー・アウトしているぞ。こだわってもしょうがないので聴けるもので書こう、エラ・フィッツジェラルド・トリビュート『ウィ・オール・ラヴ・エラ:セレブレイティング・ザ・ファースト・レイディ・オヴ・ソング』(2007)。

 

かのフィル・ラモーンがヴァーヴのためにプロデュースしたコンピレイション・アルバムで、エラの生誕90周年を記念してリリースされたもの。現代のさまざまな歌手たちがエラのレパートリーだったスタンダード・ソングを一曲づつ歌うっていう趣向で、このアルバムのための新録じゃないものもありそう(わかりませんけど)。

 

あきらかに新録じゃないのは14曲目「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オヴ・マイ・ライフ」。もちろんスティーヴィ・ワンダーの曲で、なんとエラとスティーヴィの共演 at 1977年ニュー・オーリンズ・ジャズ&ヘリティジ・フェスティヴァルっていう。エラ本人が登場するのはここだけで、本作の目玉みたいな発掘音源でしょう。

 

メロディを歌うだけでなく、スティーヴィもエラばりのスキャットを披露し本人と応酬して、なかなか聴きごたえあります。エラの代名詞の一つでもあった器楽的な速射砲スキャットといえば、アルバム・ラスト16「エアメイル・スペシャル」をやるニキ・ヤノフスキも聴かせます。

 

ベニー・グッドマン楽団時代の1941年にチャーリー・クリスチャンが書き同コンボで初演したものですが、すべてのジャズ・ファンは1957年ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにおけるエラの名唱で記憶しているだろうもの。ニキのこのヴァージョンもほぼ忠実にそれを再現しています。

 

しかし器楽的なスキャットばかりとりざたすのでは歌手エラの真価を理解したことになりません。ティン・パン・アリー系などスタンダードな歌メロも深く咀嚼してしっかりと美しくつづるさまに本領があった歌手だとぼくは理解していて、このアルバムでもほとんどの歌手はエラのそういった部分を再現していますので好感が持てますね。

 

さほどコンテンポラリーなアレンジとサウンドがたくさん聴けるというわけでもなく、こうしたジャズ・ヴォーカルの世界は永久不変のものなんだということもよく伝わります。それでもそれなりに新時代のディープなビート感みたいなものが聴けるトラックもあります。

 

いちばんそれを感じたのは10曲目グラディス・ナイトの「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」。アクースティック・ギターのアルペジオと、軽いけれどしっかりシンコペイションを効かせたドラムスが表現するグルーヴ感は間違いなく21世紀のもの。そこにきれいなストリングスがからんだりするさまにはためいきが出ますね。

 

(written 2022.5.12)

2022/06/25

雰囲気一発でたまに聴くと悪くない 〜 スコット・ハミルトン

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(3 min read)

 

Scott Hamilton / Classics
https://open.spotify.com/album/5nqCI1rOU2bhoTNAmxU0jM?si=snq_FuXcQfO4M7MWIBxp0g

 

どう考えても生まれてくるのが遅すぎたジャズ・サックス奏者、スコット・ハミルトン。完璧なるスウィング〜中間派スタイルの持ち主で、なのにデビューは1977年。当時はエレクトリックなフュージョン全盛期、だから40数年くらい遅かったよねえ。

 

そうしたジャズがむかしから大好きなぼくでも、あくまで愛好対象は1920〜30年代末ごろに録音されたヴィンテージもの復刻、せいぜい50年代録音までで、同時代人なのにこんな古くさいレトロなやつなんか!と思ってスコット・ハミルトンに見向きもしないまま40年以上のジャズ・リスナー歴を送ってきました。

 

まだ67歳なんで、新作はリリースし続けているというわけのスコット。2022年最新作『クラシックス』をなにげなくチラ聴きしてみたら(サブスクの利点、こんなのCDなんか絶対買わない)、悪くないじゃん、なかなかムードのあるリラクリング・ミュージックだよねえと、深夜寝る前に部屋の照明を落とした状態でたまにかけてみればいいムードだなと思います。

 

『クラシックス』というアルバム題は、クラシック音楽の名曲の数々をジャズ・アレンジでやってみたという意味。ラフマニノフ(1)、ラヴェル(2)、チャイコフスキー(4、7)、ドビュッシー(5)、ドヴォルザーク(8)など、よく知られているもの中心ですが、そっち方面にうとければ、これなんというジャズ・バラード?とってもいいね、と言われそうなムードですよ。

 

完璧なくつろぎ系の音楽で、緊張感とかスリルみたいなものなんてこれっぽっちもなく、でもこれはこれでTPOさえ間違わなければじゅうぶん聴ける、っていうかリラックスできるものです。スコットのテナーを中心に据えたメインストリームなジャズ・カルテット編成で、スウィング・スタイルでありながら随所にメリハリが効いていて、なかにはジャズ・ボッサっぽいものすらもあったり。

 

なかでも3曲目「If You Are But A Dream」とか5「My Reverie」みたいな切々とつづるバラードでは、こんなにうまくこんなにきれいに抒情を表現した演奏ってなかなかないもんだよねえと思えるすばらしさで、思わず手を止めて聴き入ってしましました。ただのコンサバかと思えば、そういうよさもあるんですよね、スコット・ハミルトン。

 

(written 2022.6.22)

2022/06/24

My Favorite 美空ひばり in the Early Era(演歌前)

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(4 min read)

 

My Favorite 美空ひばり in the Early Era
https://open.spotify.com/playlist/75OXS3FlLhYWO8da4pds1H?si=faae34770496481d

 

またまた書きます美空ひばりの10代エラ。ここらへんこそがひばりのいちばんよかったころだというぼくの考えは微塵も揺るがないもので、ふだんからいつも楽しんでいるのに、世間は理解しませんからね。それどころか演歌時代しか存在しなかった歌手のようにみなされたりすることもあって、なんだよモ〜。

 

若かったころのひばりのジャジーでシャープでスウィンギーな魅力とそれを愛するぼくの嗜好が理解されずとも、最高に楽しい〜っ!というのは間違いのないことなので、大切なことだからやはりなんどもくりかえし言っておきたいわけです。

 

いままでの記事と今回の違いはSpotifyでプレイリストをつくっておいたということ。日本コロムビアの『アーリー・ソング・コレクション 1949-1957』から、個人的に特に好きだ、もうたまらんというものばかり、たった12曲とはいえ、抜き出してまとめて聴けるっていう、これはすばらしい(自画自賛)。

 

これら10代だったころのひばりの魅力に、いはゆる「おんな」的な部分はほぼ(まったく)ありません。ちょっとボーイッシュというか中性的っていうか、さっぱりあっさりしたヴォーカルで、後年大歌手になって以後のもってまわったような女々しくおおげさな感情表現もなし。

 

演歌というジャンルが確立される前の時代で(それっぽい先駆けフィーリングが聴けるものは数曲あり)ロックも台頭していなかったですから、日本でも流行歌といえばジャズ系のポップスばかり。ひばりだってブギ・ウギ・ベースの、つまりジャンプ・ミュージックっぽいスウィンギーな歌をやっていたのがピッタリ好みなんです。

 

ジャンプといってもさわやかで軽快なノリのやつで、ひばりがやったのは。重さや激しさのない薄味の音楽です。「河童ブギウギ」だけでもお聴きになれば、ぼくの言わんとするところはわかっていただけるはず。軽やかなユーモア・センスも込められていて、人生の悲哀をマジにつづる、なんていう部分はちっともないわけです。

 

「リンゴ追分」も入れておきましたが、これなんかは要するに望郷演歌っぽい内容なわけで、といっても東京に出て働いている人間が北の故郷をしのび泣くというんじゃなく、主人公のいる舞台は津軽で、東京で死んだおかあちゃんのことを思い出してしんみりするという内容。

 

すなはち典型的な演歌テーマではあって、濃厚でシリアスになりがちなものなのに、この初演でのひばりのヴォーカルにはそれがなく、歌の世界に没入しすぎずどこか他人事みたいに突き放して外側からあっさりやっているというのが、ぼくから言わせたら健全な距離感。「悲しい酒」でほんとうにステージで涙をこぼしながら歌ったようなああいった姿とは真逆。あんなのは気持ち悪かった。

 

「お祭りマンボ」にせよ「港町十三番地」にせよ得意レパートリーにしていて亡くなるまでひばりはずっと歌ったし、スタンダード・ナンバーとしてカヴァーしている演歌歌手も多いんですが、初演時のひばりヴァージョンが持っていたノリよい軽みはいずれからも消えています。

 

伴奏だってゴテゴテの派手な分厚いオーケストラ・サウンドじゃなく、必要最小限のシンプルな楽器編成でスカスカ隙間のあいた、もういま聴いたら「こんなんでええのんか?」と心配になってくるくらいなんですが、実に味わい深いものです。特に「港町十三番地」、も〜う大好きでたまらん!

 

(written 2022.5.14)

2022/06/23

カァ〜ッコいい!〜 ヨアン・ル・フェラン

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(2 min read)

 

Yohann Le Ferrand / Yeko
https://open.spotify.com/album/71whFKXlyWXyiJf47fkc3x?si=RpzDN9ULQcmeeWu5zeo94w

 

bunboniさんに教わりました。

https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-04-11

 

これ、Spotifyだと音楽家名のところが「Yohann Le Ferrand Yeko」になっていますけど、『Yeko』はアルバム名でしょ。いいかげんだなあ、Spotifyなのか提供したがわなのかわからないけど、サブスクではときたまあります。ちゃんとしてほしいよ。

 

ともあれ、ヨアン・ル・フェランは独学のフランス人ギターリスト。さまざまなバンドに参加して各地でツアーをくりかえしていたようですが、2012年にマリにおもむいたことが決定的なターニング・ポイントになったようです。

 

そこから10年という年月をかけてゆっくり誕生したのが新作アルバム『Yeko』(2022)で、といってもたった六曲23分しかないEPですが、中身は極上、とっても楽しくて、そのおかげもあって一瞬で吹き抜ける風のごとく。でもしっかりした手ごたえを残します。

 

bunboniさんは1曲目出だしのカッコよさを言っていて、たしかにこれにはシビレますね。ぼくがいちばん気に入ったのは2「Dousoubaya」。マリのラッパー、ミルモをフィーチャーしたアフロ・ヒップ・ホップで、これですこのノリというかグルーヴがいいんですよね。フランス人らしいドラマーによる生演奏ビートもうまあじ。サイコーです。

 

ママニ・ケイタが歌う4曲目「Konya」も、その塩辛い声で惹きつけられます。ママニはサリフ・ケイタのバック・ヴォーカルなどもつとめた経験があるそう。トラックはなんてことないマンデ・ポップですけど、ママニの声のトーンが好みっていうか、なんだか抵抗できない魅力があります。

 

ラスト6「Yellema」はコート・ジヴォワール出身の歌手カンディ・ギラが参加。これはもう断然バンド・アンサンブルがはじけていていいですね。特にヨハンの弾くクリーン・トーン(アルバム中ずっとそう)のエレキ・ギター・リフ反復がグルーヴィでノリがよく、リズム陣も冴えています。

 

(written 2022.5.11)

2022/06/22

レトロな70年代オルガン・ジャズ・ファンク 〜 クレステン・オズグッド

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(2 min read)

 

Kresten Osgood Plays the Organ for You
https://open.spotify.com/album/1ffpH63vJM6iPzjFh4zZvy?si=d7gB-5DYQX-BO2QuSI_jUQ

 

新着をお知らせしてくれるSpotify公式プレイリスト『Release Rader』(毎週金曜更新)、こないだ、いつだったかの週分で出会ったカッコいいグルーヴィなジャズ・ファンクが、クレステン・オズグッドの『Kresten Osgood Plays the Organ for You』(2022)。もうめっちゃ気持ちいい。

 

初めて見た名前だと思い調べてみたら、どうもデンマーク人らしいです。しかもすでにキャリアがじゅうぶんにあって、北欧ジャズの「重鎮」という表現も見つかりました。そうなのか…。そのうえファンキー・スタイルではなく、どっちかというと先鋭的な音楽性を持つ、さらにドラマー(&マルチ楽器奏者)なんだとか。

 

アルバム題からすれば今作ではオルガンを弾いているんでしょう。ハモンドに間違いないサウンドで、ほかはやはりデンマーク人らしきギターリスト+ドラマー、さらにパーカッショニストをくわえリズムを強化。でもパーカッションの参加は実はさほどの効果でもなく、従来的なオルガン・トリオのサウンドですね。

 

そう、だからつまり、1960年代〜70年代前半によくあったファンキーなやつ。ブラザー・ジャック・マクダフ、ドクター・ロニー・スミス、ジミー・スミスとか、あのへんの音楽を本作でのクレステンはそのまま再現しているわけです。

 

そのままといっても、もちろんこのデンマーク人のばあいは、直にというより1990年代にレア・グルーヴ的なもので一回濾過されたやつを参照しているんでしょうけどね。ファンキーだけど、ほんのりとややブラジルふうの軽妙でさわやかな味もあったりして(特にドラマー)、暑苦しいコテコテの濃厚ジャズ・ファンクとは若干違うのかも?という気もします。そこがいいですよね。

 

(written 2022.6.20)

2022/06/21

Release Rader

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(3 min read)

 

っていう毎週金曜日更新のSpotifyプレイリストで新着音楽をチェックしているんですが、これはユーザー各人のためにそれぞれあつらえられたもの。もちろんAIが自動でやっているんですけど。

 

なにかこうしたものがないとサブスク・サービス内で新作リリース到着を知る機会がないということで、ある時期に『Release Rader』の存在を知り、毎週末に定期チェックするようになりました。最初はメールで更新のお知らせが来ていたような。

 

『Release Rader』のおかげでニュー・リリースに気づくことができて、聴けばなかなかいいぞと感じ、そのままたぐって新作アルバムに行きついたり、あるいは一曲だけでも、それが結果的にそこそこのブログ記事に結実したりも多いのでいいと思います。

 

ユーザーのふだんの聴取傾向や好みを分析してなるべく合致するように、あるいはよく聴いている音楽家や音楽ジャンルなどを考慮してできあがるんですから、縁もゆかりもない、まったく聴いたこともないという分野のものが実はなかなか出てこない、そっちですぐれたニュー・リリースがあっても情報が入ってこないというのは、正直言って欠点ですけどね。

 

あちこち興味が拡散する人間には、そこだけがちょっともどかしく。チック・コリアとかウェザー・リポートとかその手の新作なんか教えてくれなくたっていいよ、自分でさがせるぞって思っちゃう。ほんとだったらゾクゾクする未知の音楽を推薦してほしいぞと『Relaease Rader』に望みたいんですが、そんなのプログラムが組めないでしょうから。

 

商売ってそんなもんではありますね。顧客のニーズというか、以前はこれを買ったとかこういうのをチェックしていているみたいだとか、その手のデータをもとにして、人力でも自動でも「次はこれ、どうでしょう?」と差し向けるわけで、それ以外にやりかたなんてなく、180度違う別のなにかを常にさがしている人間なんてそもそも少数派ですから、こぼれ落ちるしかないんです。

 

そんなこんなで、(ほぼ)完全にSpotifyでしか音楽を聴かなくなったぼくも、狭い一定傾向を囲い込むような聴きかたに徐々に移行しつつあります。そうするとこれほど便利で心地いいサービスはなく、同時にたいへんつまらなくも感じるので、適度に補うべくネットで情報をあさっていますね。

 

(written 2022.6.14)

2022/06/20

「愛の魔力」(ティナ・ターナー)by マイルズ・デイヴィス

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(6 min read)

 

Miles Davis / What’s Love Got To Do With It
https://open.spotify.com/album/6QeWVuTZluyIIsbJWzXYHK?si=TOQxM4LJRpKqmWQ_O0EMBw

 

いまはスイスで悠々自適の余生を送っているティナ・ターナー。そのソロ歌手生涯を代表する傑作曲「愛の魔力」(What’s Love Got To Do With It)は、1984年の復帰アルバム『プライヴェイト・ダンサー』に収録されていたもの。シングル・カットもされ大ヒットしました。

 

これをマイルズ・デイヴィスがスタジオで正式録音したっていう、なんだか風説みたいなものは、1984〜85年ごろにぼくもどこかでチラ読みしていたんですよね。ひょっとしたらソースはインタヴューかなんかで本人がぽろっとしゃべったものかも(70年代からよくある)。そこから伝言ゲームみたいになったんじゃないかと。

 

かなり前のことなので当時のことはだいぶ忘れましたが、読んだのはたしかコロンビア時代末期か、あるいはワーナー移籍(1986)直後あたりだったかもしれません。しかしマイルズによる「愛の魔力」録音が84/85年ごろだったというのは記憶のなかの一片として、ほんの小さなものだけどしっかりと、2022年でも残っています。

 

それがとうとうこないだ6月17日に公式リリースされました。見つけたときはうれしかったなあ。瞬時に脈拍が速くなり血圧も上がったような、そんな感じでした。だって、マイルズがティナの名曲「愛の魔力」を吹くのを聴けるんですから。ウワサがようやくホンモノになったし、アルバム『プライヴェイト・ダンサー』のなかでいちばんの愛聴曲でしたから。

 

聴けば、かの1985年バンドとわかります。そのまま85年夏に来日したので勝手にそう呼んでいますが、要はアルバム『ユア・アンダー・アレスト』(1985)をやったメンバー。ボブ・バーグ(sax)、ジョン・スコフィールド(g)、ロバート・アーヴィング III(key)、ダリル・ジョーンズ(b)、ヴィンス・ウィルバーン(dms)、スティーヴ・ソーントン(per)。

 

そのへん、ちゃんとしたレコーディング・データ・クレジットは、来たる9月16日にCDなら三枚組のボックス『ザッツ・ワット・ハプンド 1982-85:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.7』が発売され、それに「愛の魔力」も収録される予定なので、それが出れば録音に至ったエピソード的なものもあるいはふくめ、あきらかになると思います。三ヶ月前に先行で一曲だけ聴けるようになったというわけ。
https://www.legacyrecordings.com/2022/06/17/miles-davis-thats-what-happened-1982-1985-the-bootleg-series-vol-7-coming-september-16

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この1982〜85年、特に『ユア・アンダー・アレスト』に至った84年ごろのマイルズは、ラジオのヒット・チャート番組で流れてくるようなポップ・ヒットをそこそことりあげ録音していた時期で、それはティン・パン・アリー系や同時代のものでもスタンダードな流行歌をたくさんやっていた1960年代前半までと同じこと。

 

ご存知のように『ユア・アンダー・アレスト』には「ヒューマン・ネイチャー」(マイケル・ジャクスン)と「タイム・アフター・タイム」(シンディ・ローパー)がありますよね。マイルズによる録音は前者が84年12月、後者が同年1月です。

 

ですからティナの「愛の魔力」もマイルズによる録音はやはり84年だったであろうと推測できるんです。アルバム『プライヴェイト・ダンサー』は同年5月に発売されていて、シングル盤リリースも同時期、ってことはマイルズが耳にして演奏したのは同年それ以後ということになります。

 

バラードだけどしっかりしたビートが効いていたティナのオリジナルに比べれば、マイルズ・ヴァージョンはぐっとテンポを落とし、ビート感は弱くして、マイルズが吹くメロディ・ライン一本をきわだたせるようにアレンジ(おそらく本人か、ロバート・アーヴィング IIIの手になるもの)されています。

 

浮遊感の強いイントロのシンセサイザーとギターのリフ・フレーズはそのまま踏襲されていますね。ティナのでは聴けないややラテンというかカリビアンな香味がまぶされているように感じるのは、スティーヴ・ソーントンのおかげでもありますが、このころレゲエ・ビートをマイルズはときどき使っていましたから(「タイム・アフター・タイム」だってそう)。

 

メロディをきれいに吹くバラディアーとしての本領発揮といえるリリカルで内省的でメロディックな吹奏ぶりで、こういうのこそまさにマイルズのマイルズたるゆえんですよ。原曲のメロディ・ラインが美しいがゆえなんですけど、ハーマン・ミュートをつけたトランペットのサウンドは、まるで泣いているような、きわめて線の細い、いまにも消え入りそうなデリケートさ。

 

1957年のコロンビア移籍に際し同社のジョージ・アヴァキャンが「卵の殻の上を歩く」とマイルズの演奏スタイルを評し、この比喩も有名になりましたが、そんな持ち味は81年復帰後もまったく失われていない、それどころかいっそう磨きがかかっていたという聴きかただってできそうです。

 

なお「愛の魔力」という邦題になっていますが、「What’s Love Got To Do With It」というのは「それに愛なんてべつに関係ないでしょ」という程度の意味。ティナの歌う歌詞を聴いても、実にマイルズが共感しそうな内容だと思います。

 

(written 2022.6.19)

2022/06/19

ディランで聴くよりディランっぽい 〜 ニッティ・グリッティ・ダート・バンド

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(3 min read)

 

Nitty Gritty Dirt Band / Dirt Does Dylan
https://open.spotify.com/album/4F0CjdewrCbNZ5k13SOs3T?si=hKgXBQURQamRfNEu8QAyvg

 

メンバーは替わりながら50年以上続いているニッティ・グリッティ・ダート・バンドの2022年最新作は『ダート・ダズ・ディラン』というタイトルのボブ・ディラン曲集。こ〜れが、グルーヴィで、カッコいい。

 

かなりの有名曲から地味なところまでとりまぜて全10曲、さほどオリジナルとアレンジも変えずそこそこ忠実にカヴァーしているのに、ディラン自身(やザ・バンドとか)のよりずっといい、曲の魅力がいっそうよく伝わるできばえだと聴こえるのは不思議です。

 

個人的に特に好きだと感じるのは、3曲目ブルージーな「イット・テイクス・ア・ラット・トゥ・ラフ、イット・テイクス・ア・トレイン・トゥ・クライ」から、ディープなノリがいい6「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」まであたり。

 

ことに4「カントリー・パイ」からそのまま切れ目なくつながる5「アイ・シャル・ビー・リリースト」には、かの二人組若手ブルーズ・ロック・バンド、ラーキン・ポーが参加、ハーモニーやソロで歌ったりギター・ソロをとったりなど大活躍。おかげでニッティ・グリッティの演奏にコクが出ているし、曲もますます生きています。

 

そのままの流れで、ロス・ホームズのフィドルも絶好調な続く6「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」の躍動感もあざやかでいいですね。複数の曲で全体的に(ディラン・オリジナルにはあまりない)ブルージーでグルーヴィなフィーリングがわりと濃いめにただよっているように感じるのは、ニッティ・グリッティ元来の持ち味にくわえ、ラーキン・ポー参加のおかげでもあるんでしょう。

 

ぼくが最初に知って書いた二年前にはまだ知る人ぞ知るという存在だったラーキン・ポーも、いまや各所ですっかり活躍の場をひろげ、知名度もあがっている模様で、うれしいかぎり。こういったクラシカルなブルーズ・ロックをやる若い世代まで、ニッティ・グリッティみたいな60年代出発のベテランから連続的につながっているんだなあと実感できて、ほんとうに気持ちいいです。

 

本作ではその太い糸をつないでいるのが1962年からずっと2022年でも現役第一線にいるボブ・ディランのソングブックだということで、その曲調を活かしたオーソドックスなカヴァーでも、なぜか本人自演以上に曲のよさがナマナマしく響くニッティ・グリッティの実力を思い知ります。この手の音楽はいつまでも色褪せないということも。

 

(written 2022.6.16)

2022/06/18

かつてMacでもInternet Explorerが標準ブラウザだった時代があった

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(4 min read)

 

人の死は悼まないのに、なにかの終焉に際しレクイエムを書くことがぼくにはありますね。きょうはマイクロソフトのウェブ・ブラウザInternet Explorer。先だって6月16日で公式サポートが終了したので、幕引きです。

 

Windows OSの純正ブラウザとしてあまりにも有名で、世を席巻しましたが、あんたMacユーザーだろ関係ないだろ、と言われると、たしかにいまはそうですが過去に実はそうでもなかった、お世話になった時代があります。

 

1997年にAppleはマイクロソフトと業務提携を結び、Mac OS 8.1(1998〜)からインターネット・エクスプローラーがMacでも標準ブラウザとなり、発売されるMacコンピューターにデフォルトでバンドルされるようになったんです。あのころ標準メーラーもOutlook Expressでした。

 

その後のMac OS X 10.2(2002〜)までずっとそうで、10.3(2003〜)からAppleは自社開発のブラウザーSafariを採用することとなり、マイクロソフトとの契約も終了したので、これでMacにおけるIEの時代は終了しました。

 

IE採用以前というと、MacはNetscape Navigatorをバンドルしていて、しかし個人的にはそのころインターネットというよりまだパソコン通信メインだったので、使用する機会はあまり多くありませんでした。そもそもダイアルアップ接続だったし。インターネット中心の生活になっていくのは常時接続となった世紀の代わり目あたり。

 

そのころAppleという会社は経営状態が最悪、ほとんどつぶれかけというに近いほどだったんで、自社でウェブ・ブラウザを開発する体力などありませんでした。マイクロソフトは95年以後Windowsが売上絶好調でしたから。

 

Appleが復活し、いまみたいな世界トップの巨大IT企業になったのは、2007年のiPhone発売以後。その数年前のiPodで兆しがありました。野球におけるアンチ・ジャイアンツ・ファンみたいに熱烈なアンチ・マイクロソフト派のぼくは、背に腹はかえられないとはいえIEみたいなのがMacの標準ブラウザなのをやっぱり我慢することができず。いちおうちょっとは使いましたけども。

 

結果、Safari登場まで、Mac用サード・パーティ製のiCabっていう小さくて軽いウェブ・ブラウザを愛用していたんです。っていうか21世紀初頭ごろはNNもOperaも持っていたし、そのほかいくつも、ちょっとしたブラウザ・コレクターみたいになっていて、これがいいぞ!というウワサをみてはダウンロードして試してみるといった具合。

 

FirefoxやChromeとかはまだなかった時代、でもそんなことしたらブックマークがたいへんだろうと思われそうですが、ブックマークを多数のブラウザ間で共有するのはそんなにむずかしくもないことですね。とはいえあくまでiCabこそが個人的メイン・ブラウザでした。いまでも続いているのかな?Safariを愛用するようになって以後ほとんどチェックしなくなったけど。

 

Macばかり使うユーザーも、IE愛用だったWindows派同様、Safari登場以後は迷う必要がなくなって、問題がすっきり解決したような感じです。iPhoneやiPadでもSafariがプリ・インストールされている公式ブラウザで、Macをふくめ三台でさまざまな動作をシェアしながら移動するのもいまや容易で、ほんとうにいい時代になったもんです。

 

(written 2022.6.17)

2022/06/17

Throughout a professional career lasting 50 years, Miles Davis played the trumpet in a lyrical, introspective, and melodic style.

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(4 min read)

 

タイトルにもってきたこの英文は、マイルズ・デイヴィスの公式Twitterアカウントのプロフィールに書かれてあるもの(写真はそのアイコン)。これ以上簡潔かつ的確にマイルズ・ミュージックがどんなだったか言い表した文を、ぼくは見たことがありません。

 

さすがは公式アカウント(おそらくエステートのなかに動かしている人物がいるでしょう)だけあるなぁとため息が出ます。ぼくなんかがこれになにかことばを重ねるのはただのムダとしか思えず。それでも継ぎ足さずにいられない性分なのをどうかご容赦ください。

 

上の英文で特に感心するのは “introspective”。内省的というか内観的というか、自己の内にある感情や思考をじっくり省察し、それを独白のように演奏したのがマイルズだということで、オープン・ホーンでもハーマン・ミュートでも生涯これで貫かれている、キャリア全体を通しほぼそうだった、まさにこれこそマイルズの本質を指摘した単語だといえます。

 

ジャズ・トランペットといえば、いばってみせつけるようなマチスモ外向性をこそ特色としてきたもの。輝かしい音色を持つサッチモもディジーもブラウニーも、歴史をかたちづくった偉人はみなそうじゃありませんか。マイルズ(とビックス)だけは例外的存在で、その特異性でこそ歴史に名を残しました。

 

むろんマイルズも1968〜75年まで、やや外向的な演奏スタイルをとっていた時期もありました。あのころはそもそも表現したいのがそういった外向きに拡散放射するファンク・ミュージックでしたから。フレイジングもリリカル&メロディックというより機械的にクロマティック(半音階的)なラインを上下することが増えました。

 

そんなあいだも、曲によりパートにより、じっくり内面を省察するように慎重にフレーズを置き重ねていく様子がときおり聴けましたし、1981年に復帰して以後は亡くなるまでの10年間、50〜60年代回帰というか、比してもいっそうintrospectiveなスタイルに拍車がかかっていた印象もあります。

 

はじめからそういったスタイルの持ち主としてプロ・デビューした、いや、自伝や各種エピソードを読むとアマチュア時代からそんな資質を発揮していたようだと判断できますが、チャーリー・パーカーみたいな人物のバンドでキャリアを開始したというのがマイルズにとってはクリティカルだったんだなあと、いまではよくわかります。

 

あんなジャズ史上No.1といえるような太く丸い音色でばりばり饒舌に吹きまくる超天才の、しかも1945〜48年というその全盛期にレギュラー・メンバーとして毎夜のように真横でじかのナマ音を耳にしていたんですから、同じことをやっていたんじゃダメ、それでは自分の存在価値はないと、骨身に沁みて痛感したはず。生身をすり減らすようなパーカーのブロウイング・スタイルも、プロとして持続したかったマイルズには不向きでした。

 

デビュー前からもともと線の細い演奏スタイルだったのが、そんな経験を経て独立し自分のバンドを持つようになったわけですから、パーカーとは真逆な道を歩んだのも納得です。結局のところ(パーカー&ディジーに接した)1940年代なかごろの衝撃的経験が、マイルズの音楽生涯を支配したのだという見方ができますね。

 

(written 2022.5.31)

2022/06/16

畢竟の大傑作 〜 ンドゥドゥーゾ・マカティーニ

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(3 min read)

 

Nduduzo Makhathini / In The Spirit of Ntu
https://open.spotify.com/album/3UnSb3V4gzrt2ofjYfsLDl?si=nwhIKrK9SxObbY3hcYGRAw

 

なんど聴いても、どう聴き込んでも、畢竟の大傑作なんだとしか思えないンドゥドゥーゾ・マカティーニ(南アフリカ)の最新作『In The Spirit of Ntu』(2022)。今年のベスト・ワン・アルバムはもうこれで決まりですよ。

 

ンドゥドゥーゾは新世代ジャズとかのピアニストではなく、従来的なメインストリーム1960年代ジャズの延長線上にある音楽をやっているんですが、この新作は雄大なスケール感、ポリリズミックなビートの強さと鮮明さ、スピリチュアリティ、ほとばしるパッショネイトな表現など、どこをとってもジャズ・ミュージックにおける最良のかたちを獲得したものといえます。

 

1曲目からそれはあきらか。オープニング・トラックにして3、5曲目とならぶ本作の白眉ですが、ピアノ、ヴァイブラフォン、ドラムス、パーカッションで重層的に練り込まれ表現されている強いポリリズムと、前向きの推進力、情熱は、ポジティヴな生命力に満ちあふれています。

 

これが幕開けににあるだけで、もうそれを聴いただけで傑作アルバムだろうと確信できるほど。ドラムスから入る荘厳なプライドに満ちたような3曲目のグルーヴもすばらしい。しゃべっているというかラップみたいなのが散見されるのはンドゥドゥーゾ本人ですかね。

 

5曲目ではゲスト参加のアメリカ人ベテラン・サックス奏者、ジャリール・ショウが徐々に燃え上がるような熱情的なソロを聴かせるのが最高。やっぱりちょっと60年代コルトレインっぽいような。吹きまくりに身をゆだねていれば快感で、その前に入るマッコイ・タイナーみたいなンドゥドゥーゾのプレイもいいです。

 

ジャリールはおそらくここだけで、ほかの曲でも同じくらいパッショネイトなサックスが聴こえるのは、テナーだしリンダ・シカカネなんでしょう。リンダをふくめ本作でンドゥドゥーゾが起用しているのは地元南アフリカの若いミュージシャンたち。

 

7曲目のサックス・ソロもすばらしく、バンドの演奏も活力があふれ、フェイド・アウトしてしまうのだけをちょっと残念に感じます。またアルバム中随所でンドゥドゥーゾのピアノはセロニアス・モンクを想起させるスタイルをとったりもしていますね。

 

ラストの二曲は静かに自己の内面に向きあい祈りをささげるような感じの曲想。9曲目の末尾と10曲目の冒頭は、トラックが切れているものの一続きの演奏だったかも?と思わせ。最後はソロ・ピアノでおだやかにこの1時間8分の壮大なサウンドスケープをしめくくります。

 

(written 2022.6.15)

2022/06/15

失意や逆境のメランコリアとぬくもり 〜 コステロ&バカラック

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(3 min read)

 

Elvis Costello, Burt Bacharach / Painted From Memory
https://open.spotify.com/album/0rhmwOflgYrPntNuEe8chN?si=aOVUD3cOQXi1EcS2tAZ5ag

 

エルヴィス・コステロの全作品でいちばん好きなのが、バート・バカラックと組んだ『ペインティッド・フロム・メモリー』(1998)。実質的にはバカラックのアルバムと呼んだほうがよさそうな内容で、コステロ・ファンには歓迎されなさそうな趣味ですよね。

 

そもそもパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントのなかから出現したようなコステロはさほどぼくの趣味ではなく、どれを聴いてもあまりピンときたことがなかったくらい。反対にバカラックのことは大好きで、そのつむぎだす限りなく美しいコード進行とメロディ・ラインのとりこであり続けていたというのが事実。

 

だから、そんな二人がコラボしたらどんな感じになるか?という不安の入り混じる期待感があったんですが、アルバムを聴いてみて、1曲目「イン・ザ・ダーケスト・プレイス」の冒頭部、コステロが歌い出した瞬間にシビレちゃって、涙腺が崩壊。ためらうようにゆらめきながら入ってくるイントロ・サウンドも美しく、デリケート。

 

そのためらいとゆらめきは、まさに恋をした人間だけが持つフィーリング。それを音にしたものなんですよね。まごうかたなきバカラック・サウンドだと聴けばわかるこのエロス。それをつづるコステロの声もすばらしく響き、いままでの苦手意識はなんだったんだ?と思わせる陰影の絶妙なすばらしさ。

 

もうこの1曲目だけで『ペインティッド・フロム・メモリー』は傑作だと確定したようなもの。アルバムを貫いているトーンは失意、絶望、逆境で、しかしそれでもほのかに見える希望のようなものを暗示するポジティヴネスがただよっていて、ぼくのための音楽だろうと、いまだに聴くたびやっぱり生きていこうと思いなおします。

 

かすかな春の訪れを感じさせるピアノのメロディとゴージャスなオーケストレイションがきわだつ3曲目「アイ・スティル・ハヴ・ザット・ガール」、まるで抒情派ロマン映画の一シーンから切り出してきたようなピアノとオーケストレイションをバックに、去って行った恋人が夢のなかにだけ現れるという慨嘆を切々と歌う7「マイ・シーフ」。

 

バカラック・サウンドの典型的な特徴であるフレンチ・ホルンを中心としたふわりとやわらかいブラス・アンサンブルも、1996年の先行曲だった12「ガッド・ギヴ・ミー・ストレングス」ほかアルバム中随所で用いられていて、ひょっとして(ブランクを経た)バカラックにとってもスペシャルな傑作の一つになったのでは、と思わせる異様な充実を感じます。

 

オール・ジャンルで1990年代を代表する一作でしょう。

 

(written 2022.4.22)

2022/06/14

聴いたことのない音楽を聴きたい 〜 ウェザー・リポート「キャン・イット・ビー・ダン」

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(3 min read)

 

Weather Report / Can It Be Done
https://open.spotify.com/album/0tXYdgzPsy67uuS0Ugirb7?si=ygvLy4adTY-uxy8TGF-GXA

 

このリンクはウェザー・リポート1984年のアルバム『ドミノ・セオリー』ですが、そのオープニング・ナンバー「キャン・イット・ビー・ダン」が最高にすばらしいと思うんですよね。ずっと前にも言ったことですが、このバンドのNo.1傑作曲だとぼくは信じています。

 

でもそんなことを言っているジャズ・リスナーやウェザー・リポート・ファンっていままでぜんぜん見たことないです。どこにもいないみたい。ぼくだけの感想、というか信念なんでしょう。だいたいこれヴォーカル・ナンバーだし、そもそもジャズですらない。ソウル・ナンバーに違いない真っ黒けな一曲です。

 

そこがいいと感じているんですよね。独裁者だったジョー・ザヴィヌルは1960年代のキャノンボール・アダリー・バンド時代からそういう資質の音楽家だったというのが、ここではフルに発揮されています。でも曲はザヴィヌルのものじゃなく、ワイルド・マグノリアスなどニュー・オーリンズ・ファンクのウィリー・ティーがこのアルバムのために書いた当時の新作。どういう接点があったんでしょうね。

 

ともあれこの「キャン・イット・ビー・ダン」、歌詞も強く共感できるもの。この世にまだ出ていないメロディ、まだ聴いたことのない音楽というものはどこにあるのだろう、ないみたいだけど、それをずっとさがし求めているんだ、という、メタ・ミュージック的な視点を持った一曲。

 

歌うのはカール・アンダースン。ジャズやフュージョンのファンにはなじみがない名前かもしれませんね。ぼくだって『ドミノ・セオリー』ではじめて聴きましたが、タメとノリの深いソウル・グルーヴを表現できる歌手で、84年時点で一聴、惚れちゃいました。

 

この曲、バンドはほとんど出現の機会がなく、たぶんこれ、オマー・ハキムがハイ・ハットでずっと一定の刻みを入れている(&ちょっとだけスネアも使う)以外は、多重録音されたザヴィヌルのキーボード・シンセサイザーしか入っていませんよね。だけどそれが絶品じゃないですか。リリース当時マイルズ・デイヴィスも「あのジョーのオルガンを聴いたか」と絶賛していました。

 

もう音色メイクが文句なしによだれの出るセクシーなもので、フレーズも曲のメロに寄り添いながらそれをひろげたり深めたりして、空間を埋めていくかのようでありながらふんわりとただよい、適切な間を感じさせる絶妙なもの。

 

曲がすばらしいのと歌手の声が深いのと最高なキーボード伴奏との三位一体で、もちろんウェイン・ショーターもだれも参加していませんから「ウェザー・リポートの曲」というにはやや躊躇を感じないでもありませんが、それでもこれだけのグルーヴの前にはひれふすしかありませんよ。

 

(written 2022.4.26)

2022/06/13

ジャジー・カントリー二題(2)〜 ライル・ラヴェット

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(3 min read)

 

Lyle Lovett / 12th of June
https://open.spotify.com/album/0p13hRQZ6VwBqXuoYzFtBR?si=Z54mhXLzSbCDbGKW1opKIw

 

Astralさんのブログで知りました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-05-21

 

きのう書いたマイケル・ファインシュタイン『ガーシュウィン・カントリー』にも一曲参加し歌っていたライル・ラヴェット。ぼくは俳優との認識しかほぼ持っていなかったので、歌えるひとなんだと知って、しかしめずらしいことでもありませんが。

 

歌えるというより音楽家として立派なんだというのは、最新作『12th of June』(2022)を聴いてもよくわかります。カントリー系のシンガー・ソングライターなんだそうですが、本作ではジャズとカントリーの融合を試みています。どっちかというとジャズ寄りかな。

 

しかもけっこうレトロっていうか、たとえば1曲目の「クッキン・アット・ジ・コンティネンタル」はホレス・シルヴァーの書いたインスト・ハード・バップなんですけど、ここでのライルのヴァージョンだと、特にフィドル・ソロの出るあたり、いやそもそも全体のグルーヴ感が、スウィング・ジャズ期のフィーリングをかもしだしていますよね。

 

フィドルはアルバム全編で活躍していて、カントリー・テイストを音楽につけくわえているのと同時に、そもそもメインストリームなジャズでもビ・バップ以前はそこそこ使われた楽器なので、そんなレトロ・ジャジーな雰囲気をも、ちょっぴりジャイヴなそれを、プラスしているんです。

 

3曲目がナット・キング・コール・トリオの「ストレイトゥン・アップ・アンド・フライ・ライト」だし4曲目はなんとあのノヴェルティでえっちな「ジー、ベイビー、エイント・アイ・グッド・トゥ・ユー」をやっているという。どっちもすでに忘れ去られジャズの歴史の山のなかに埋もれていたようなものですよ。

 

それをライルは発掘して再演しているわけで、レトロ・ジャズ・ムーヴメントもますますさかんなんだなあと実感しますね。しかし、両曲とも(特に後者)けっこう濃ゆい味つけで演奏されることが多かったのを、ライルはあっさり薄味のおだやかな料理に仕立ててあって、ここはグローバル・ポップスの最新流行と合致するやりかたです。

 

そういった、レトロな眼差しを向けつつ同時にコンテンポラリーな作法でやるという両面あわせもっているのは、これもライルがカントリー界でやってきてそこから学んで応用しているのかもしれないと思えます。

 

ラスト11曲目「オン・ア・ウィンターズ・モーニング」なんか、ペダル・スティールをからめてカントリー・ソングふうに前半は演奏されるのに、ディキシーランド・ジャズそのまんまなホーンズのからみあいでフェイド・アウトする終盤へのスムースな移行を聴いて、そんなことを考えました。

 

(written 2022.6.12)

2022/06/12

ジャジー・カントリー二題(1)〜 マイケル・ファインシュタイン

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(3 min read)

 

Michael Feinstein / Gershwin Country
https://open.spotify.com/album/2GtxGWETtIqgwN8KwclWvP?si=2rnxUippQjmpswQXM9LqYw

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2022/03/15/gershwin-country-michael-feinstein/

 

ジャジー・カントリーというかカントリーなジャズというか、そのへんの区別がつかないミックスというかクロスしたようなアメリカ音楽がすっかりトレンドになっていますよね。近年のこの流れはおそらく2002年デビューのノラ・ジョーンズが直接的源泉でしょう。

 

しかしさかのぼればウィリー・ネルスンの『スターダスト』が1978年に出ていましたし、その後ウィリーは同路線の作品も現在まで継続的にリリースしています。またそもそもずっと前からウェスタン・スウィングっていうものがあるんで、ジャズとカントリーの融合はなにも21世紀にはじめられたことじゃないわけです。

 

マイケル・ファインシュタインの新作アルバム『ガーシュウィン・カントリー』(2022)もそんな系譜に連なるもの。デビューがガーシュウィンでだった歌手で、現在まで一貫してティン・パン・アリー系のアメリカン・ソングブックを歌ってきている存在(Wikipediaには “revivalist” とはっきり書いてある)、さもありなんな一作ですね。

 

アルバム題どおりガーシュウィンの有名曲(はジャズ歌手がよく歌ってきた)をカントリー・ミュージックふうに料理してみせたというもので、両ジャンルの近接性を如実に証明しています。録音は例によってナッシュヴィルで。ジェリー・ダグラスはじめ当地の腕利きミュージシャンがバックをつとめているのもいい味わい。

 

さらに、トラックリストを見ればわかるように一曲づつ豪華なゲスト歌手が参加してマイケルとデュオで歌うのも楽しいところ。アリスン・クラウスみたいに個人的にも大好きなあたりはほんとうに気持ちいいですね。またラストの「エンブレイサブル・ユー」に参加しているライザ・ミネリは本作のアルバム・プロデューサーでもあります。

 

全編基本アクースティックなサウンドで構成されていて、それもなんですが、おだやかで静かでくつろげるトゲのない音楽に仕上がっているのは、近年の世界的なポップス潮流に乗っているともいえましょう。オーガニックっていうかナマの質感がしっかり聴きとれて微笑みます。

 

ですが、そんな流行のことを言わなくたって、もともとガーシュウィンの世界はどんなものだったか?アメリカン・ソングブックとは?ジャズとは?カントリーとは?という認識のルーツ的根本に立ち返っているだけだとも考えられますね。

 

(written 2022.6.11)

2022/06/11

カビール・シャアビなシャンソン 〜 イディール

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(3 min read)

 

Idir / Ici et Ailleurs
https://open.spotify.com/album/5pFD8nwMcsalVTJp3fZQcd?si=EdigYfQyREuXCEPGxVebtQ

 

エル・スールのホーム・ページで見つけたイディールの最新作『Ici et Ailleurs』(2017)。2020年に新型コロナウィルス感染症で亡くなっていますので、結局これが遺作ということになっちゃいました。

 

見かけたジャケットがシブくていいな〜と感じて、さがして聴いてみたんですが、いいですよね、これ、かなりいい。イディールはアルジェリア出身カビール系の歌手で、長年フランスで活動しましたが、この遺作にはそんなキャリアが如実に反映されています。

 

歌われているのはシャンソンなどフランスの曲で、一曲ごとさまざまに豪華なフランス人歌手たちをゲストに迎えデュオで歌っています。なかにはシャルル・アズナヴールやアンリ・サルヴァドールといった大物もいたりして。

 

イディールも基本フランス語のままで歌っていますが、特筆すべきはやはりアレンジと伴奏サウンド。完璧なるカビール・シャアビのマナーでやっているんですよね。それこそがぼくにとってのこのアルバムの魅力。もう1曲目の出だしから鳴るマンドールのきらびやかな響きはどう聴いてもアラブ・アンダルース。

 

こういった作法でシャンソンなどフランス語の歌を料理したものというと、2014年にHKの『脱走兵たち』がありました。あれがたいへん好きでくりかえし聴いていたぼくの嗜好からしたら、同一傾向といえるイディールのこれもヘヴィロテ確実なんですね。

 

そもそもこの手のものってフランス発信で世界に出てきたに違いなく、いはゆるパリ発ワールド・ミュージックの一つとして(ライなどふくめ)アルジェリアのアラブ・アンダルースなシャアビが拡散されてきたわけです。じゃなかったらぼくに情報が届くわけないですから。

 

それらを担った全員がアルジェリアから来てフランスに住むようになった歌手たちで、フランスに住むがゆえシャンソンなどに触れる機会も多く、だったらじゃあそれを自分たちのやりかたでやってみようじゃないか、となるのは自然な成り行きだったでしょう。

 

だからHKもイディールもそんな在仏マグレブ移民文化の申し子なわけで、フランスの歌をフランス語のままで、しかしアラブ・アンダルースなシャアビ・マナーにリアレンジして自分たち流にやるっていうところに、移民なりの抵抗とアイデンティティの確認行為があるわけです。

 

イディールの本作は、しかもひときわ哀感やわびしさ、孤独感が強くにじむ音楽になっていて、特にフランス語ではなくカビール語に翻案して歌っている数曲なんか、北アフリカからの移民生活とはかくも厳しくつらいものなのかと、まるで二度と戻れない失われたルーツを絶望とともに想うといった味がします。

 

(written 2022.4.30)

2022/06/10

気軽に聴けるリラックス・ムードなアラブ古典器楽奏 〜 ジアード・ラハバーニ

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(3 min read)

 

Ziad Rahbani / Bil Afrah
https://open.spotify.com/album/2srLQVOY35dvehNh8hSvbB?si=e_dWqhCnQP6GvyZkKwtZ5w

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2019-06-08

 

レバノン人歌手フェイルーズの子にしてピアノ奏者、コンポーザー、プロデューサーのジアード・ラハバーニが、まだ若かったころにリリースしたインスト・アルバム『Bil Afrah』(1977)。くつろげてとてもいいですよね。

 

アラブ古典器楽奏なんですけど、こういうとなんだか崇高で敷居が高くてちょっとね…、と敬遠しがちな向きもおありじゃないかと思います。しかしジアードの本作にそんな懸念は無用。庶民的なカフェ・ミュージックといった趣きで、とっつきやすいんです。約37分とサイズも手頃。

 

このアルバムの背景となっている社会的な問題については上でリンクしたbunboniさんの記事にすべて書かれてあるので、ぜひご一読くださいね。ちょっと聴いてみるだけのぶんにはその手のことは気にならず、まったく聴きやすく親しみやすいジャム・セッションで、ぼくもそういったところが気に入っています。

 

ジアード自身の曲や有名他作などとりまぜて、それをテーマにバンドが自由闊達に即興演奏をくりひろげる様子が、アルバムにはしっかり収められています。さらに親しみやすさと臨場感を演出しているのが、スタジオ現場での演奏中にやりとりされる人声です。

 

笑い声をあげたりはやしたてたりしゃべりかけたりハミングしたりなど、ナマナマしいともいえますが、ここでは演奏時のリラックス・ムードをうまく伝えることに成功していて、楽器演奏の格好のスパイスになっています。ジアード以下レコーディング・メンバーは緊張せずノビノビと楽しんでいて、まさしく自宅サロンでやっているような普段着姿のアラブ古典器楽奏といった趣き。

 

端正でかしこまった典雅なものが多いアラブ古典音楽世界においても、実は演奏者たちもこういったくつろげる日常を送っていたんだろう、スタジオでのレコーディング時は厳正なムードになるにしても、ふだんの自宅の部屋のなかではこんなリラクシング・ミュージックを奏でて家族や友人と談笑し楽しんでいたはずだ、といった想像をたくましくするのに十分なジアードの本作なのでした。

 

(written 2022.4.17)

2022/06/09

失われた「さくらの唄」〜 門松みゆき

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(3 min read)

 

門松みゆき / さくらの唄
https://open.spotify.com/track/1uFfVfprXk3NvdWwu8dF5L?si=50025d08ffb04fb9

 

第七世代の一人に数えられる若手演歌歌手、門松みゆきの新曲「彼岸花咲いて」(2022)が五月末に出ましたが、そのカップリングで同時リリースされた「さくらの唄」が暗くて悲しくってすばらしく、惚れちゃいました。もちろんぼくはサブスクで聴いているんです。

 

個人的にはみゆきのこのヴァージョンではじめて出会った曲だったんですが、ひょっとして?と感じるものがあって調べてみたら、初演は美空ひばり(1976)です。その前に曲を書いた三木たかしみずから歌ってレコード発売しているらしいので、正確にはひばりのもカヴァー。

 

作詞がなかにし礼で、曲ができた経緯についてはウィキペディアでぼくも読んだだけですから、どうしてここまで絶望に満ちた陰鬱な歌なのか?気になるかたはぜひ検索して読んでみてください。

 

三木たかしヴァージョンはサブスクはおろかYouTubeでも見つからず。ですからひばりの二つのヴァージョン(76、2016)と今回のみゆきのと、それからSpotifyで曲検索をかけたら加藤登紀子と香西かおりが出てきましたから、計五つ、プレイリストにしておきました。
https://open.spotify.com/playlist/4y0dmEvpDLA2SMEgWsquwf?si=9612dd3b4ac04398

 

そもそも「さくらの唄」というのがあるということを、2022年、演歌歌謡関係者以外いったいどれだけが憶えていたでしょう。ひばりの76年オリジナルだってまったく売れず、そもそもカヴァーをレコーディングし発売するというのはこの歌手にとって前例がなく難色を示したそうです。

 

死後の2016年になって、ひばりがギター伴奏のみで歌唱する別バージョンの存在が初発見され、オリジナルもふくめEPとして再発売されたんですが、やはり話題にならなかったはず。つまり「さくらの唄」というのはだれにも存在を認められていない失われた曲というにひとしいわけです。

 

それを門松みゆきサイドは今回どうしてとりあげようと考えたのでしょう。もちろんそんなことは想像もつかないことですが、ひばりのギター・ヴァージョンに基本則しながら、+ピアノ+ベース+パーカッション+チェロでサウンド・メイクされているように聴こえます。

 

2ヴァージョンともおだやかでふくらみのある笑みすら声にたたえて歌っていたひばりに比べ、みゆきの「さくらの唄」にはある種の気高さすら感じるきびしさとシビアさに満ちていて、いずれがいいか好みはそれぞれでしょうが、個人的にはスティール弦アクースティック・ギターの響きもふくめみゆきのが好きです。

 

これで、どうでしょう、ひばりみたいな存在が歌ったにもかかわらず一般のファンはもはやだれも憶えていない、存在しなかったも同然の曲だった「さくらの唄」が甦り、(はじめて)命を吹き込まれ世間に認知されるということになるでしょうか。その可能性は低いと言わざるをえませんが、ぼくには忘れられない一曲になりました。

 

(written 2022.6.8)

2022/06/08

これなしでは生きられない五つのアルバム

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(3 min read)

 

5 Albums I Can’t Live Without
https://open.spotify.com/playlist/0AixTBNeKL4XLoIkqeBJXr?si=c6209b7ebbb04669

 

・Teddy Wilson / The Teddy Wilson
・Nina Wirtti / Joana de Tal
・Dr. John / Duke Elegant
・原田知世 / fruitful days
・坂本冬美 / ENKA III 〜偲歌〜
(順不同)

 

こないだなにかでふらっとスザンナ・ホフス(バングルズ)の記事『5 Albums I Can’t Live Without』というのを見つけ、読みました。
https://www.spin.com/2022/05/5-albums-i-cant-live-without-susanna-hoffs/

 

ちょっと真似して、ぼくもこういうのを選んで書いておいてみようかと。たった五つと限定(しないとおもしろくない)するわけですから、かなり迷います。あれもこれも外れちゃう。マイルズもプリンスもいないなんてねえ。

 

つまるところ「60年の人生で」というより「いまのぼく」にとってほんとうに大切で不可欠な音楽だけ選んだということです。それが誠実だと思いますから。それでもあれを追加してはこれを外しのくりかえしで、これでいいのか?といまだ躊躇が消えず。でも思い切ってここらでエイッと出します。

 

1)テディ・ウィルスン / ザ・テディ・ウィルソン

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 こういった1930年代後半スウィング・ジャズのコンボ・セッションが死ぬほど好き。日本独自企画による二枚組レコードだったもので、全曲もとはSP音源。(このアルバムとしては)CDも配信もありませんが、忘れられず。これさえあれば生きていける。
https://open.spotify.com/playlist/6ivp7METpWgzpizCJI2GHV?si=33a70cf442984f8a

 

2)ニーナ・ヴィルチ / ジョアナ・ジ・タル

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 ブラジルの歌手。この2012年作は小粋でこじんまりしたサロンふうのサンバ・ショーロで、個人的嗜好のどまんなか。しゃれた伴奏もオーソドックスなニーナの声もチャーミングだし、録音というか音響もすばらしい一作。
https://open.spotify.com/album/0Oivkm8f3O3YIIvPEJJr05?si=L9HCc143SIOLEzv6QhBu9Q

 

3)ドクター・ジョン / デューク・エレガント

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 まごうかたなきアメリカン・ブラック・ミュージック。なんだかんだ言って結局のところこういったファンキー・グルーヴがぼくの人生には必要なんでしょう。デューク・エリントンの原曲もドクター・ジョンらの再解釈も絶品で、筆舌に尽くしがたい生理的快感。
https://open.spotify.com/album/32944vJtxt5vMbR8dAMViB?si=JKPydqw6TjGo_CvIFDtV4Q

 

4)原田知世 / fruitful days

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 4と5は伊藤ゴローと坂本昌之というふわっとやわらかく静かでおだやかな和める二名のサウンド・クリエイターがぼくには必須になったということです。ふだんいつも聴いている知世は自作プレイリスト『ベスト of 伊藤ゴロー produces 原田知世』なんですけど、オリジナル・アルバムを選んでおきたかった。
https://open.spotify.com/album/4qEzXvDAgusrcMi5O5dWr7?si=tzjlGjSZS0KjiyvTEaSDDg

 

5)坂本冬美 / ENKA III 〜偲歌 〜

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 こういうのは岩佐美咲が導いてくれた世界ってことですよ。冬美の『ENKA』シリーズ計三作でアレンジのペンをとった坂本昌之が、スタンダードな古典演歌をまるでフィーリンみたいなソフトでなめらかな世界へ変貌させて、冬美のヴォーカルも淡々としたおだやかさを獲得。もともと演歌好き人間だったぼくはもうゾッコン。
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=u5k-Zu2gTLqx_YjdBjZ3wQ

 

(written 2022.6.6)

2022/06/07

しあわせふしあわせあわせて人生さ 〜 岩佐美咲「初酒」

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(4 min read)

 

岩佐美咲 / 初酒
https://open.spotify.com/playlist/4NBCjQqqne9ZbXk7ZnNqTn?si=7428c022ef284c14

 

岩佐美咲の全オリジナル楽曲10個のうち、愛好度どんどん増しなのが「初酒」(2015)。ファンにより、やっぱりデビュー曲の「無人駅」がいいとか、最大のヒット曲「鞆の浦慕情」がすばらしいとか、常に最新楽曲を推したい(いまは「アキラ」)とか、さまざまだと思いますけど、ぼくにとっては「初酒」。前から好きだったけど、このごろますます。

 

なにがそんなにか?って、秋元康の書いた歌詞がぐっと胸に迫るというか癒しなんです。1コーラス目出だしでいきなり「生きてりゃいろいろとつらいこともあるさ」。このテーマに沿った歌詞が最後まで展開されます。つまり、生きづらかったり苦しんでいたり孤独に悩んだり、そういうひとのための歌なんですね。「しあわせふしあわせあわせて人生さ」。あたりまえのことだけど。

 

そもそも美咲の曲ってほとんどぜんぶが暗い悲恋、失恋、苦恋ばかりで、もうそれしか歌っていないんじゃないか、なんだったらそっち分野専門の歌手なんじゃないかと思いたくなるほどなんですが、それはたぶん制作サイドが演歌の常道、定型にはめているというだけのことなんでしょう。

 

それなのに「初酒」だけは例外。ずんどこ調のビート(はこの「初酒」に出会うまで嫌いだった)は前向きの推進力をもった人生の応援歌で、メロディ・ラインもそう。またねえ、それを歌う美咲のヴォーカルが、初演ヴァージョンではなにげなくストレートにこなしていますが、近年ライヴでは声質やトーンを曲のなかで歌詞の意味にあわせさまざまに使い分けるようになっていて、ピンポイントでこちらの弱点をついてきます。

 

1995年生まれの美咲にとって、成人してお酒が解禁になった年のリリース曲だったもので、秋元はじめ制作陣も、じゃあお酒をテーマにちょっと一曲といった程度のきっかけにすぎなかったはず。それがいまでは人生の辛苦をなめてきた人間にはこの上なく沁みる歌へと成長しました。

 

このことを強く実感したのはナマ美咲初体験だった2018年2月4日の恵比寿ガーデンホール。昼夜二回のコンサートだったんですが、その開幕昼の部のオープニングが「初酒」だったんです。あれでぼくの涙腺は崩壊しボロボロに泣いてしまって、となりにすわっていたかたのその後のお話では「周囲半径2メータくらいにいたお客さんはみんな気づいていたと思います」。

 

2019年秋リリースだったCD『美咲めぐり〜第2章〜』(初回限定盤)には、ちょうどそんな時期のライヴ・ヴァージョン「初酒」が収録されているので、いかにこのころの美咲の歌がすばらしかったか、手元のパソコンでワン・クリックしさえすりゃ味わえます。

 

もう初演のスタジオ録音とはぜんぜん違って、声に華やかさや艶がこもっているんですね。明るさや輝きもグンと増していて、笑みすら聴きとれるヴォーカル・トーンでこんな歌詞をそっとやさしくぼくらの心の芯奥に届けてくれる美咲のやさしさが沁みてきて、だからこそ「初酒」みたいな内容の歌がいっそうの説得力をもって響いてくるんですよね。

 

(written 2022.5.27)

2022/06/06

『デューク・エレガント』こそNo.1デューク・エリントン・ソングブックにしてドクター・ジョンの最高傑作

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(4 min read)

 

Dr. John / Duke Elegant
https://open.spotify.com/album/32944vJtxt5vMbR8dAMViB?si=SPCSJFvBR5-WEHzJskj5zA

 

1999年の発売当時から熱烈に支持してきたドクター・ジョンのアルバム『デューク・エレガント』。ここ数ヶ月また頻繁に聴きかえすんですが、いまとなってはこのデューク・エリントン・リイマジンドこそドクター・ジョン生涯のベスト1、最高傑作だったと信じるようになっています。

 

これでしかデュークの曲を聴いていない、はじめて聴いたっていうみなさんなら、ずいぶんとブルージーでファンキーな曲を書くコンポーザーだったんだなと感じるはず。でもってその印象でOKなんですね。そういった部分にこそこのデューク再解釈集の意義があるんです。

 

1920〜40年代のアメリカ大衆音楽としては可能なかぎり最大限のファンキーさをふりまいていたのがデューク。そもそもあの当時から「ジャズと呼ばないで、”ブラック・ミュージック” にしてほしい」とおおやけに発言するくらいでした。

 

そんなデューク・ミュージックの本質をドクター・ジョンはつかまえて、1990年代的なファンク・ミュージックに仕立てあげているわけで、アメリカン・ブラック・ミュージックとしての歴史的連続性、現代的意義深さを証明しているわけです。

 

『デューク・エレガント』ではバックもまたいい。Lower 9-11と呼ばれるバンドで、個人的には特にデイヴィッド・バラード(ベース)とハーマン・アーネスト III(ドラムス)で支えるリズムの土台部が超絶カッコいいと感じます。タイトに引き締まっていてシャープで痩身、でありながらふくよかにグルーヴするさまにはシビレます。

 

3曲目「スウィングしないと意味ないぞ」なんかでもリズムのカッコよさに降参しちゃいますが、1930年代のスウィングとは現代的にはファンクのことだったというドクター・ジョンのこの再解釈、定義づけがみごとにはまっていて、曲も甦っています。こ〜んなカッコいい「It Don’t Mean A Thing」、聴いたことないですよ。

 

インストでやっている(アルバムにけっこうあり)10曲目「生々流転」も、原曲はなんでもない12小節定型のジャズ・ブルーズだったんですけど、ここでのドクター・ジョンらによるファンク・レンディションはどうですか、最高にグルーヴィじゃないですか。ファンクとはかくあるべしというお手本みたいな演奏で、その土台にはブルーズがあったことをきっちり証明しています。

 

ブルーで印象派ふうだったプリティなバラードの6「孤独」と8「藍の雰囲気」も、おとなしくたたずんでいるみたいだったオリジナルから一転、スウィートでメロウなコンテンポラリーR&Bチューンへと変貌しています。デュークのはシリアスなオーラすらあったのが、ドクター・ジョンのはソファでゆったりくつろいでいるような日常的でおだやかな演奏で、静かになごめます。

 

そして、ドクター・ジョンらの再解釈力、演奏提示能力に驚き感心すると同時に、デュークのコンポジションがもとからこうした柔軟性、コンテンポラリー・ファンクにもなりうるだけの可能性、ふところの深さをはじめから秘めていたんだということにも気づかされ、あらためてその偉大さにためいきがでます。

 

このようなリイマジンドでこそデューク・エリントンという音楽家がどんだけすばらしかったのかよくわかるので、だから『デューク・エレガント』こそ最高のデューク・ソングブックであり、ドクター・ジョンの最高傑作だと言っているんです。

 

(written 2022.4.16)

2022/06/05

ンゴニ・アンサンブルがカッコよすぎ 〜 バセク・クヤテ

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(2 min read)

 

Bassekou Kouyate & Ngoni Ba / I Speak Fula
https://open.spotify.com/album/2yhgRkaosqI6YcpPQGsTpR?si=iqtTNdJrQeeL19zcP-KMEQ

 

マリのンゴニ奏者、バセク・クヤテのアルバムでぼくがいちばん好きなのは2009年の『I Speak Fula』。グルーヴィで颯爽としていてカァ〜ッコいいんだもん。特に冒頭三曲のノリよい爽快なビート感とぐいぐい来る感じはたまりません。

 

ンゴニを筆頭に快速でからみあう弦楽器類とパーカッシヴなグルーヴ、そして気高い歌が織りなすサウンド・テクスチャーはまさに傑作の名にふさわしく、しかもマリ伝統音楽の集大成ともいうべきもので、その後の指標となるべき重要作だと当時位置付けられたかもしれません。

 

バセクもこのアルバム以後数作出していますけど、個人の感想としてはこれを超える作品があったと思えず、最新作はたしか2019年の『Miri』でしたっけ、かなりいいですけど、でもこのひとのンゴニや歌、そしてンゴニ・グループのカッコいいアンサンブル・ワークを聴きたくなったらぼくは『I Speak Fula』をクリックしています。

 

多彩なゲストをたくさん招いているというのも特色で、カセ・マディやトゥマニ・ジャバテもいるし、カラフルな音の色彩感と非日常的なハレの感触は、このアルバムの音楽がなにかスペシャルなものだというオーラとなって聴き手に伝わります。

 

電気アンプリファイせず、生楽器演奏だけで組み立てた結果のこの痛快なグルーヴ・フィールとおだやかであたたかい質感は、オーガニック・ミュージックのルーツがアフリカにあるだろうとの感想をいだかせます。

 

(written 2022.4.14)

2022/06/04

プリンスのブルーズ ver.2.0

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(4 min read)

 

Prince / Blues
https://open.spotify.com/playlist/4Jc3s1hCpHJjxLmV4n2ez0?si=ac923c3a90084aee

 

1. The Question of U (1990, 90)~ from “Graffiti Bridge”
2. 5 Women (1991, 99)~ from “Vault: Old Friends 4 Sale”
3. Peach (1992, 93) ~ from “The Hits / B-Sides”
4. The Ride (1995, 98) ~ from “Crystal Ball”
5. Purple House (1999, 2004)~ from “Power of Soul: A Tribute to Jimi Hendrix”

 

プリンスのやったブルーズについては、だいぶ前に一度書いたことがあります。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-1b43.html

 

この後知ったこともあるし、あのころまだあまりよくわかっていなかったこともふくめ、あるいはサブスクでプリンスの(ほぼ)全音源が解禁されたので手軽にちょこっと聴いてみることができるようになりましたから、またあらためてもう一度書いておきます。

 

プリンスがその録音人生で残したブルーズ楽曲は、現在リリースされている範囲でいうとぜんぶで五曲。それをいちばん上でリストにしておきました。曲名右のカッコ内は、推定録音年、収録アルバムのリリース年。このうち1「ザ・クエスチョン・オヴ・U」だけがかっちりした12小節定型ではありませんが、こりゃどう聴いてもブルーズでしょう。

 

2以下の四曲は12小節3コードのどブルーズといっていいもの。ジミ・ヘンドリクス「レッド・ハウス」の焼きなおしである5「パープル・ハウス」だけがサブスクにありません。収録アルバム『パワー・オヴ・ソウル』はジミヘン・トリビュートで、さまざまなミュージシャンが参加しているものでしたから、権利関係的にむずかしいのかも。

 

がそれもYouTubeにはあります。公式アップロードじゃないのでご紹介しにくいかもという気がしないでもありませんが、ひょっとしてそれでお聴きになった中から、これならCD買ってみたいぞというかたが出現する可能性も考慮すれば、リンクを貼る価値があるかと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=whbewejw-g8

 

この「パープル・ハウス」とかで聴けるように、プリンスもまたくっさ〜いファンキー&ブルージーなどブルーズをときどきやりました。こういった世界がもとから大好きでたまらないぼくなんかには、しかもプリンスがそれをやっているということで、歓喜の涙を流しそうになってしまいます。も〜快感。

 

特にギターにファズなどのエフェクターをぎんぎんに効かせてダーティに弾きまくるさまには、もうほんとヨダレたらしそうになってくるほどで、好きなんですよねえ、こういったエレキ・ギター・ブルーズが。プリンスだってこれでもかと下世話にあおりまくっていて最高。ぶいぶいうなるエレベはラリー・グレアム。

 

その意味では「ザ・ライド」も同じです。ミネアポリスはペイズリー・パークでのライヴ収録だったもので、ここでもナスティなブルーズを披露してくれています。ブルーズの快感とはこうした一種の音楽的劣情を刺激してくれるところにあるんじゃないかと思うんで、プリンスもそれをよく承知していたということでしょうね。

 

「ピーチ」なんかサブスクでは “explicit” マークがついているくらいで、歌詞はそのものずばり。8ビート・シャッフルの曲調も下品で最高ですが、「パープル・ハウス」「ザ・ライド」あたりと比較すれば、ギター・サウンドにダーティさがうすいかも。まずまずきれいにまとまっているんじゃないですか。

 

「ザ・クエスチョン・オヴ・U」と「5・ウィミン」はB. B. キング的っていうか、「ザ・スリル・イズ・ゴーン」系みたいに聴こえるモダン・ブルーズ。特に「5・ウィミン」のほう。この二曲はプリンスのブルーズにしてはさっぱりしていておとなしいと感じます。

 

いつもではなかったにせよ、こうしたブルーズ演奏を残してくれたっていうことを考えると、プリンスってちょっと古いタイプのブラック・ミュージシャンだったのかもしれませんよね。

 

(written 2022.1.27)

2022/06/03

マイルズ・ブートのことだって聞かれれば知っていることはすべてお答えします

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(10 min read)

 

このブログのアクセス解析を見ていると、どうもマイルズ・デイヴィスのブートレグCDはなにを買えばいいか?推薦品はどれ?っていう種類の情報を求めて訪問されているケースがわりとあるようです。

 

記事へのコメントというかたちで水面上に出てくることはほとんどないんですけど、なにかチラチラとこちらに伝わってくるものがあります。以前はブログをお読みになったということで(なぜか)TwitterのDMでブート購入アドバイスを求められ、ていねいにお返事するといきなり「先生」と呼ばれ、おおいにめんくらったことも。

 

たしかにマイルズについてたぁ〜っくさん書いてきたし(中山康樹さん亡きあとたぶんぼくがいちばん書いているはず)、そのうち最初の数年はブートの話もちょこちょこしていました。違法物体であるブートCDはおおっぴらに話題にしにくいせいで、マイルズでもオフィシャル・アルバムほどの情報がゲットしにくいですから。

 

それでもソーシャル・メディアやブログでぼくがマイルズ・ブートの話をあまりしなくなったのは、基本的に音楽はサブスクで聴くということになったというのが最大の理由。地下CDしかない世界で、音楽家や会社にちゃんとロイヤリティを払うSpotifyなどにブート音源があるわけないじゃないですか(が、実はマイルズもちょっとだけある)。

 

さらに、2022年、もはやマイルズ・ブートはほぼ出尽くしたのではないかという感触もあること。本人が亡くなった1991年9月を皮切りにまるで堤防が決壊したかのごとく一時期はリリース・ラッシュだったんですけど、2015年ごろからかなり落ち着いてきているようにみえます。15年というと中山さんが亡くなった年。

 

いちおう細々とチェックは続けているものの、個人的な興味もほぼ消滅しかけているというのが正直な気持ち。公式アルバムだけで90作ほどもある音楽家で、それらをしっかりていねいに(サブスクででも)聴きかえせばいまだにハッとする気づきがあったりするわけですし、「マイルズ・ブート」という世界は終わりつつあるようにもみえます。

 

それでもマイルズ界に新規参入されたかたがたにとっては新鮮味があるに違いなく。背徳感に満ちた禁断の領域に足を踏み入れるのはスリリングですからね。もうそこを抜けつつあるぼくは、そうしたファン向けの、なんというか一種の「マイルズ・ブート入門」的なことを書いておこうなんて気はほぼありません。

 

だってねえ、いくら書いたって、読んだその場でサッと聴ける公式音源と違って、初心者はどこで買えばいいかもわからないでしょうから。看板も出していないような雑居ビル二階の一室に構えた専門ショップ(at 渋谷)が見つかっても、決して安価じゃない。一枚ものでも4000円近くすることもあり。

 

貴重で必須の研究資料としてきたブート音源も、重要で意義深いものは主にレガシー(コロンビア)がだいぶ公式化しました。『カインド・オヴ・ブルー』(1959)レコーディング・セッション時の完成形別テイクをふくむ一連のスタジオ・シークエンスも出たし(『カインド・オヴ・ブルー』レガシー・エディション)、

 

1970年6月のフィルモア・イースト 4 days だってまるごと公式発売されました(『マイルズ・アット・フィルモア - マイルズ・デイヴィス 1970:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.3』)。

 

ジョン・コルトレインやウィントン・ケリーらを擁したレギュラー・クインテットで1960年春に行った欧州ツアーだって公式化したし(『ザ・ファイナル・ツアー:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.6』)、

 

67年冬の欧州ツアーもあって(『マイルズ・デイヴィス・クインテット:ライヴ・イン・ユーロップ 1967:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 1』)、

 

名高い73年ベルリン・ライヴだって公式化ずみ(『マイルズ・デイヴィス・アット・ニューポート 1955-1975:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.4』)。

 

一部がリアルタイムで『ライヴ・イーヴル』に収録発売され、こ〜れはソースを聴きたいぞっ!とファンが渇望し続けていた1970年12月のワシントンDC、セラー・ドア 4 days ライヴも、ブート四枚バラで出て狂喜乱舞即購入した直後に公式リリースされたんですからね(『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』)。

 

その他た〜くさん、公式発売されました。ここ10数年で。

 

それら、ぼくら世代のマイルズ・ファンには長年ブートしかなく、研究のためと思えば買わずに知らん顔というわけにいかなかったんですけれど、公式化されたんですからひと月¥980のサブスクでどれもぜんぶ不足なく聴けるので、ぼくだってそうしているんです。

 

スタジオ正式録音がブートでリリースされるのは関係者からの横流しでしょう。倉庫にちゃんと残っているわけですから、エステートと会社がその気になりさえすれば公式化は容易だし、1970年代のスタジオ未発表音源なんかは公式ボックスのブックレット記載の曲目欄に「これは日本のブートレグでこういう曲名になっていたものだ」と付記されてあったりすることがあって、笑いました。

 

ライヴ・ソースで、オーディエンス録音じゃないマトモな音質のものは、現地のラジオやテレビで当時オン・エアされたものを使っています。そうじゃないとライヴ会場でサウンドボード録音なんてできませんし、音楽的な審美や価値を判断するにはちゃんとした音質じゃないとむずかしく。

 

1960年の欧州ツアーだってラジオ放送、67年の欧州ツアーもそうだし、なぜかいまだにほんの一部しか公式化しない69年ロスト・クインテットのライヴも欧州各地のラジオ放送音源からブート化しています(もっと公式化してほしい)。

 

1973年、75年の日本ツアーからも高音質ライヴ・ブートが数種出ていますが、いずれもNHKなどでテレビ放送されたものです。当時あるいは再放送でごらんになったというファンがいまだに大勢いらっしゃるはず。

 

そういった放送音源が公式化するのは、レガシーなどが放送局と交渉し、権利を買い取っているわけです。

 

会社が正式にライヴ録音したにもかかわらず一部しか、あるいはまったく、発売していないというものは、年月を経ればボックスものなどでリリースされるケースばかり。1970年フィルモア 4 days やセラー・ドア・ライヴはそう。音質までまったく同じものがなぜ公式発売直前にブートでリリースされるのか、謎ですけどね。やはり会社内部からの流出でしょうか。

 

ともあれ、マイルズ・ミュージックをじっくり楽しみ考察する上で絶対に欠かせない重要なものは、大半が公式リリースされました。むろんきちがいじみたマニアはどんなものでも買いまくり隅々ををほじくって微細な差異を聴きとり楽しむんですが、一般的なファンなら、いまやマイルズ・ブートを執拗に追いかける意味なんて、ほぼないのでは?

 

そんなことにお金と労力を費やす余裕があるなら、公式アルバムをもっとじっくり聴き込めば収穫も多いですのに。

 

公式アルバムはメインの食事で、ブートっていはばサプリメントみたいなもん。食事せずにサプリばかり飲んでいるのって無意味だし本末転倒でしょう。マイルズ・ブートばかり掘っているファンって、だいたいが公式音源の話を滅多にしませんが、聴き込みすぎてもう飽きたのでブートということ?あるいはブートを追いかけることじたい目的化し行為に酔っているのなら、立ち止まって考えなおしてみたほうがいいのかもしれません。

 

くりかえしますが、山ほどある公式アルバムだけでも人生をかけてじっくり取り組む価値と深み、奥行きのある音楽家がマイルズ・デイヴィス。ぼくなんか公式作品のどれ聴いてもいまだネタが尽きず新鮮ですけどね。

 

(written 2022.4.15)

2022/06/02

新作『X-Cross IV-』で聴く石川さゆりの新世代感

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(5 min read)

 

石川さゆり / X-Cross IV-
https://open.spotify.com/album/119pcXgNdYLQf0mNk7jVVb?si=wgkNqJ_MTqCP-vnV28u19g

 

石川さゆりの新作アルバムが出ましたが、なんなんですかねこのジャケット?そもそも『X-Cross IV-』(2022)というアルバム題だってどう読んだらいいかわからないし。

 

調べてみたら、どうやらジャケ・デザインはクリエイティブ・ディレクター箭内道彦率いる東京藝術大学美術学部デザイン科第2研究室の学生らとのコラボ作品らしいです。顔みたいなのがさゆりかな。アルバム題の読みはよくわからず。

 

中身も、このジャケットとタイトルが端的に表しているといえます。Xというのはクロスということらしく、収録曲はさまざまな(演歌系ではない)音楽家とのコラボというかクロスによってできあがっている内容です。それを一覧にしておきました。

 

~~~~~
1「虹が見えるでしょう」X NARGO/谷中 敦(東京スカパラダイスオーケストラ)
 〜 作詞:谷中 敦、作曲 NARGO、編曲 村田 陽一
2「琥珀」 X 阿木燿子/宇崎竜童
 〜 作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:斎藤ネコ
3「人生かぞえ歌」 X 亀田誠治
 〜 作詞:いしわたり淳治、作曲編曲:亀田誠治
4「いつか微笑むとき」X NARGO/谷中 敦(東京スカパラダイスオーケストラ)
 〜 作詞:谷中 敦、作曲 NARGO、編曲 村田 陽一
5「本気で愛した」 X 布袋寅泰
 〜 作詞:いしわたり淳治、作曲編曲:布袋寅泰
6「再会」 X 加藤登紀子
 〜 作詞作曲:加藤登紀子、編曲:斎藤ネコ
7「ふる里に帰ろう」 X 神津善行
 〜 作詞作曲:神津善行、編曲:松本峰明
8「残雪」 X 加藤登紀子
 〜 作詞作曲:加藤登紀子、編曲:斎藤ネコ
~~~~~

 

目立つのはスカパラの二曲と加藤登紀子の二曲でしょう。実際、音楽としてとびぬけておもしろいと思えます。ことさらグッと胸をつかまれたのは登紀子とクロスした「再会」と「残雪」。この二曲こそ本アルバムの白眉でしょう(個人の感想です)。

 

人生のさいごのさいご、死ぬ前にどうしてももう一度だけ会いたいと願い届いた二行の手紙に心を動かされてしまう情景をつづった「再会」は、メロディも人間的なやさしさと美しさに満ちています。オーケストラ・アレンジは松本峰明かな、それもすばらしいメロウさ。

 

いっぽう人間という存在の本質的な孤独をテーマにした「残雪」のほうは、寒くきびしいメロディ・ラインが、かえって生身の鮮血を感じさせ、きわだった気高さと寂寥感、だからこその崇高な美を表現しているといえます。登紀子の書いたこれ、すばらしい曲じゃないですか。もうこればっかり聴いてしまうな。

 

さゆりのヴォーカルは完璧に2020年代的な新世代スタイルへと脱皮していて、いまだ「津軽海峡冬景色」「天城越え」などしかあたまになければ、えっ、これがあの石川さゆりなの?同じ歌手なの?と不思議に感じるかもしれません。

 

でも正統派の有名演歌歌手が違うことをやる、他ジャンルとのミックスというかクロスにチャレンジしてみるというのは、実はずっと前からけっこうあって、八代亜紀だってジャズ・アルバムを出したことがあるんですから(『夜のアルバム』2012)、一段若いさゆりがこうした歌を聴かせるのに違和感はありません。そもそもXシリーズの四作目みたいですし。

 

スカパラとやったのはスウィング・ジャズ・スタイルだったり、おしゃれで都会的なボサ・ノーヴァだったり。阿木宇崎とやったのや布袋と組んだのがややフレンチ・ポップスみたいだったりして。

 

かと思うと亀田誠治のと神津善行の二曲はいずれも従来的な演歌的世界観というか、つまり農村共同体的なものを、やはりトラディショナルなメロディとサウンドでくるんでありますが、それでもさゆりのヴォーカルはあっさりさっぱりしていて、おだやかでストレートな発声。

 

(written 2022.6.1)

2022/06/01

このリマスターでぶっ飛んだ 〜 ツェッペリン、ストーンズ

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(6 min read)

 

いまは(ほぼ)サブスクでしか音楽を聴かなくなったので、リマスター盤とかSACDとかその他各種高音質ディスクのたぐいとは縁がなくなり興味も失せつつあるんですが、CDをどんどん買っていた時代にはそりゃあ気にしていました。

 

音質なんか聴いてもよくわかんないのにねえ。でも音質の差がわかるような耳の持ち主じゃないぼくだって「こりゃとんでもない!」と、かけた瞬間自室スピーカーの前にすわったままの姿勢で3メーターくらいうしろに飛んだようなCDがありました。

 

それがレッド・ツェッペリンのリマスター・ボックス四枚組(正式名称なし、1990)と、ローリング・ストーンズのベスト盤『ジャンプ・バック』(1993)。この二つは、どんなチープなオーディオ装置でもどんな耳でも、聴けばビックリ仰天したはずです。

 

それくらいそれまでの従来盤CDと比べ音質が著しく向上していたんです。1990年代前半ごろというとCD時代になってやや時間が経ち、レコードで聴いていたのより音が悪いとかこんなはずじゃなかったとかいう声も高まっていた時期でした。ジャケットの色味とかもレコードのそれと違っていたりの不満があって。

 

CDメディアの登場で、会社側も最初のうちはなにも考えずそのままCDに焼いて売っていたんでしょうが、音を記録したり再生したりする仕組みがレコードとは異なっているので、CDにはCD用のリマスタリングが必要ということがまだ認識されていなかったと思います。

 

ジャズやロックなどの古典的名作の初期盤CDはそんな時期に出たものでしたから、たしかにぼくらもイマイチに感じていましたよね。それを音楽家や会社側が認識するようになり、実際現物も聴いてみて、「こんな音じゃなかったはず、これではダメだ」とマスタリングをやりなおすようになったんです。

 

それが1990年代前半〜なかごろの話。ツェッペリンのばあいは当時ジミー・ペイジが「市場にでまわっているCDの音はぼくらの音じゃないから、やりなおすことにした」とちゃんと語っているのをどこかで読んだ記憶があります。

 

要するにスタジオでバンドがレコーディング時に出していたオリジナル・サウンドに近いものをCDでも再現したかったということで、マスタリングをCD用にイチからやりなおして、ちゃんとした音質でリリースされた最初のものがゼップのリマスター・ボックス四枚組です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Led_Zeppelin_Boxed_Set

 

これぞジミー・ペイジ本人の手がけたオリジナル・サウンドだ!っていうんで、ぼくも実際聴いてみて、それまでのものとはまったく違うあざやかでくっきりしたサウンドの立体感とクリア感に驚いたんですよね。これだよこれ!これがツェッペリンの音だ!と快哉を叫ぶものでした。

 

ストーンズの『ジャンプ・バック』(93)のほうは、このバンドがヴァージンに移籍して最初にリリースされたベスト盤です。ストーンズは配給会社を変えるとそのたびにまずベスト盤をリリース(して、その後ゆっくりとニュー・アルバム製作に入っていく)という慣習があります。

 

べつにミックやキースのメディア向け発言(リマスターするとかなんとか)はなかったと思うんですが、勤務していた國學院大学の生協購買部で(当時のニュー・リリース・アイテムとして)『ジャンプ・バック』を見つけて、いいかも?買ってみようかなとなんとなく思っただけです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jump_Back:_The_Best_of_The_Rolling_Stones

 

そいで自宅へ持って帰ってかけてみて、ぶっ飛んだんです。1曲目が「スタート・ミー・アップ」で、出だしで最初にキースの弾くギター・リフのあと一瞬空白があるんですけど、その空間にただよう余韻と空気感とセクシーさがタダゴトじゃなかった。いままで聴いてきた『タトゥー・ユー』CDっていったいなんだったのか?!と口あんぐり。

 

その後も全曲この調子で、聴きながら、あぁこれはいままでのストーンズCDとはまったく音が違う、根本からマスタリングをやりなおしたんだと確信できました。リリース時に『ジャンプ・バック』を聴いたファンは全員そう感じたはずです。だれが聴いてもわかる新しさでしたから。

 

その後ヴァージンは(たしか1994〜95年ごろ)ストーンズの全アルバムをその音質でリリースしなおしました。リアルタイムの新作でいえば『ヴードゥー・ラウンジ』『ストリップト』のころ。だからぼくはあのときストーンズのアルバムをすべて買いなおしたんです。

 

ツェッペリンにしろストーンズにしろ、その後もなんどか新リマスター盤が出ていますけど、これらを超える新鮮な感動、はっきりいって驚天動地のというほどのぶっ飛び感は味わったことがありません。いちおう買ったりはしていたんですが、もはやこれ以上大きく音質アップしないとわかったので。

 

Spotifyなどサブスクに入っているのがどのヴァージョンの音か、何年リマスターとか明記されていないものは聴いても判然としないことも多いですが、いずれにせよあの1990年と93年の音がその後も基準というか土台になっているのは間違いありません。

 

(written 2022.3.26)

2022/05/31

まるでライヴ会場のように低音がしっかり響くこの部屋で

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(5 min read)

 

CDプレイヤー、アンプ、スピーカーと要するにオーディオ装置一式をぜんぶ新しくしたのは2017年晩夏のこと。それ以後2022年現在まで同じものを使っていますが、あのとき総とっかえしたのには理由がありました。

 

2017年夏〜秋時期のぼくのブログをおぼえていらっしゃるかたもおいでかと思いますが、あのころ急性中耳炎で右耳が聴こえにくくなっていました。鼓膜に穴があいたのが耳鼻科医も不思議がるほどなかなか治らず精神的にしんどかったんですが、ある晩、それにしても音楽の聴こえかたがおかしいぞと感じたんです。

 

中耳炎のせいではないようにビリビリ音割れして聴き苦しく、こりゃ装置がどこかおかしいに違いないと疑って、Macにヘッドフォンを直につなげて聴けばだいじょうぶだからソースであるiTunesファイルやパソコンは正常だと(そのころはまだサブスクやっていない)。

 

じゃあアンプかスピーカーだなとなって、スピーカーはそんなこわれやすいものじゃないのでアンプかなぁとまず疑い、アンプを調べ、っていうか面倒だったし古くもなっていたので、思い切ってワン・グレード上の新品を買ったんです。

 

それで聴いてみてもやっぱり出てくる音はおかしいまま。ようやくスピーカーの故障だとわかり、長年愛用してきたJBLだったから残念だったんですけど、同じJBL(はサウンド傾向が気に入っている)で新しいものを買ったんですよね。

 

そのとき、直前に新品を買ったDENONのアンプはスピーカー出力端子が2セットあったので、左右二台づつ計四台で鳴らせるだろうとなって、スピーカーもそういう買いかたで計四台をポチりました。

 

それで音の異常はなおりました。

 

ついでだ、えいっ、とCDプレイヤー(もDENON製)も思い切ってひとつ上の新品にして、それで結局ぜんぶが新しくなったんです。あのころお金あったよなぁ。一年半後くらいからサブスク中心の音楽生活になりましたので、CDプレイヤーだけは出番が減っていくようになりましたけど。

 

痛感しているのは、1990年代あたりであれば同じだけの音を実現するのに二倍、三倍の価格とサイズがかかっていたよねえということです。オーディオ装置も科学技術製品ですからね、時代が進むとともにどんどん発展しているんです。その結果、安価な小ぶりサイズでしっかりしたサウンドを鳴らせるようになっていますよね。

 

特に低音部。JBL(やBoseなど)はもちろんそれを強調しがちなメーカーで、ふだんたくさん聴く音楽の種類からして、そんな傾向も気に入って愛用しているんですが、これは住環境にもおおいに左右されることです。

 

2021年夏に現在の居所に引っ越して以後も大洲時代のそれと同じ装置を使っているにもかかわらず、同じ音源を聴いてもボトムスがよりしっかりズンズン鳴るようになったのは間違いありませんから。部屋のつくりと設置に影響されるんでしょうね。

 

弦ベースやベース・ドラムがちょっと鳴りすぎじゃないか、集合住宅なのにご近所さんの騒音迷惑になっていないかと心配するほど。中高音域はともかく、ズンズン響く低音域は床や壁を伝っていきますから。朝9時すぎ〜夜23時前ごろまではけっこう音量上げていますし。

 

思い出しましたが、2020年7月まで住んでいた大洲市(松山の南方)のマンションでは、別件で訪れた大家さんに一度「戸嶋さんは音楽がお好きなんですね」とやんわり遠回しに(うるさいんだ、みんな迷惑しているぞと)注意されたこともありました。それで音量が下がったかというと下がらなかったんですけども。

 

とにかく音楽が鳴っていないと不安になって落ち着きを失い、最終的には身体の不調をきたすという中毒者ですから、ある程度やむをえないであろう、みなさんうるさくてごめんなさい、でも鳴らしますっ!という気分ですかね。さいわい同居人がいないので、自室のなかでは気遣いなく存分に音量上げて聴きまくれるっていうのはラッキーな音楽人生でした。

 

(written 2022.2.11)

2022/05/30

趣味よく上品なブラジリアン・ジャズ・ハーモニー 〜 エドゥ・サンジラルジ

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Edu Sangirardi / Um
https://open.spotify.com/album/278T99dsaxiUd5LR1I99jO?si=ys_2bfjDRVKQ1tshs_pn5A

 

あっ、これはアンナ・セットンの一作目(2018)で弾いていたひとだったのかぁ。ブラジルはサン・パウロのジャズ・ピアニスト、エドゥ・サンジラルジの初リーダー・アルバム『Um』(2022)がきれいでなめらかでおだやかで、すばらしいです。こういうのぼくは大好きなんですよ。

 

本作にはアンナ・セットンからの流れもあります。8曲目「Toada」はアンナのファーストに収録されていた共作ナンバー。もちろんここではインスト演奏されているわけですけど、ふんわりやわらかいホーン・アンサンブルがただようなか静かにピアノがメロディをつづるさまは、まるで初夏の陽光のもとさわやかで心地いい風にあたりながら緑の公園をゆっくりお散歩しているような気分です。

 

そもそもアルバム全体がそんなムードにつつまれた快適で居心地いい音楽。個人的に特にいいなと感じる趣味のよさと上品さは4〜6曲目あたりの流れです。ジャズ・サンバを基調としたなめらかでスムースなサウンドと軽いビート感、そこにボサ・ノーヴァ・テイストのあるスネア・リム・ショットもおりまぜながら、夢見心地のソフトなフィーリングを表現するさまにはため息が出ますね。

 

特に、たぶんエドゥ本人が書いているであろう(プロデューサーのスワミ・ジュニオールかも)管弦アンサンブルのリッチでやわらかい、たゆたうような響きは特筆すべきもの。美しいバラードである5曲目で聴けるデューク・エリントンかギル・エヴァンズかっていう、そっとおだやかに雲が動いていくようなホーン・サウンドの重なりと動きは、しかしそれでもブラジル人音楽家だというのがわかるハーモニー個性を発揮していて、骨まで溶けていくような気分です。

 

前半まず静かなピアノ独奏で出て、あぁきれいだと聴き惚れているとその後ストリングス&木管アンサンブルが入りふくらみをみせる6曲目の流れも絶品。アコーディオンのトニーニョ・フェラグッチが参加している9曲目はややユーモラスで、ちょっぴりショーロふうな味つけもありますね。

 

(written 2022.5.29)

2022/05/29

とってもうれしい『ショッピング』サブスク入り 〜 井上陽水奥田民生

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(4 min read)

 

井上陽水奥田民生 / ショッピング
https://open.spotify.com/album/2pY4LrYkT9BOfBQtlfcJX1?si=WFSHGIAZQzqibLlj3vWWMQ

 

これ、いつからサブスクに?つい数日前のお散歩ミュージックにとチョイスし、CDからインポート済みの(Apple)Musicアプリで聴こうと立ち上げて、あれっでもなんかちょっと、ジャケットが全曲で表示されるようになっているし、っていうんでSpotifyでも検索したら見つかりました。

 

そう、井上陽水奥田民生の『ショッピング』(1997)は稀代の傑作ですよ。どこでも見たことない意見ですが、ぼくはそう思っています。こういう音楽にここまでひどく共感するっていうのは要するに1960〜70sのクラシック・ロック的なもの(へのオマージュなんだけどこれは)が好きだからというだけの趣味ですけど。

 

それがサブスク(ぼくはたいていSpotify)で手軽にいつでもどこででもワン・クリック or タップで聴けるようになったというのがあまりにもうれしくて、音楽的なことはいままで二度書いてきたし、再言の必要がないわかりきった内容ですが、いまさらのように新鮮な楽しみを味わっています。

 

聴きながら涙と涎をたらすほど好きでたまらないというものが本作にはいくつかあります。アルバム全体が好きだけど、なかでもことさら大好きっていうものが。リリース当時からぼくにとってのNo.1は、ボートラっぽくラストに収録されている「アジアの純真」。もちろんPUFFYが初演のあれ。

 

陽水民生は「アジアの純真」のソングライター・コンビなんで、本人たちヴァージョンがどんだけカッコいいか、まざまざとみせつけたような格好ですね。強力なドラムスとエレキ・ギターを軸に、重心を低くしてタメの効いたノリを聴かせるバンドもヴォーカルも最高。そうそう、このアルバムは全曲人力生演奏なんです。いまでいえばオーガニック。

 

とにかく本人たちヴァージョンのこの「アジアの純真」のことをどんだけ愛しているか、ことばを尽くしても尽くしきれないと思うほど。これを聴きながらだったら死んでもいい。ふざけた無意味な歌詞ときわめて音楽的なメロとサウンドもいい。

 

そのほか民生の独壇場である5「意外な言葉」は60s的にクラシカルなギター・トリオのサウンドで(いちおうフェンダー・ローズも入っている)、特にエレキ・ギターがあまりにもカッコよくてシビレちゃう。やはり民生が歌うレッド・ツェッペリンふうの7「2500」も。

 

作詞でも参加の小泉今日子に提供した9「月ひとしずく」はジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード」を意識したもので、これももおだやかでまろやかで心が落ち着きます。アクースティック・ギターのカッティングを多重してあるサウンドゆえ、このところ愛好度がどん増しな一曲ですね。

 

一曲一曲、終わって次の曲がはじまるまでのあいだの無音部分がしっかりとられているのもレトロ仕様というか、これ1997年の作品ですからね。クラブ系などの音楽CDで曲間のポーズをおかずどんどん連続で流れてくるのが定着していた時期です。

 

だから『ショッピング』を聴くと一瞬、あれっ、再生不良?と感じちゃうくらいなんですが、そのへんもサブスクでそのまま再現されています。いまや2010年代以後これだけレトロな眼差しが大流行しポジティヴにとらえられるようになって、若いミュージシャンたちがどんどんやっていますから、陽水民生の本作みたいなのに(サブスクで聴けるようになったので)もう一度日が当たってもいいと思います。

 

(written 2022.5.28)

2022/05/28

コスモポリタンなアフロ・ラテン・ポップ新世代 〜 フアニータ・エウカ

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(2 min read)

 

Juanita Euka / Mabanzo
https://open.spotify.com/album/27YMkY29ejf68IpDywP91w?si=sAehw273QJ-o0K9h6mXZeA

 

Astralさんに教えてもらいました。
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-04-03

 

フアニータ・エウカはコンゴの新人歌手。育ちはブエノス・アイレスで、14歳からロンドンに住んでいるというコスモポリタン。デビュー・アルバム『Mabanzo』(2022)はそんなキャリアが存分に発揮された新世代アフロ・ラテン・ポップといえます。

 

これまでロンドンのアフロビート・バンドで歌っていたそうで、このアルバムでも基調になっているのはアフロビートですが、暑苦しさみたいなものがなく、ある種すずやかで軽やかなジャジーさや洗練を感じさせるあたりは完璧にぼく好みの音楽家。と同時にそれは2020年代性でもありますね。

 

さらにセリア・クルースがアイドルで、しかもブラジル育ちだけあるというラテン・ミュージック要素も随所に色濃くて、なかには都会的でおしゃれなボサ・ノーヴァを鮮明に感じさせる曲もあったりするのがおもしろいところ。

 

アルバムでいちばんのぼく的お気に入りは5曲目「Nalingi Mobali Te」。キューバン・ミュージック・ルーツなルンバ・コンゴレーズを現代にアップデートしたような感じとAstralさんは言っていますし、くわえてアンゴラのセンバのようでもありますね。ややアーシーに泥くさく、このトラックに乗せてパウロ・フローレスが歌っても違和感ないかもっていうくらい。

 

フアニータはこういったコスモポリタンな音楽混淆を意識的にがんばってやっているというんじゃなく、きわめて自然体に自分のなかにあるものからナチュラル&スムースに表出できているよなあとよくわかるのが、新世代到来を体現しているところです。

 

(written 2022.5.22)

2022/05/27

岩佐美咲のギター・ソロを飛ばしたら…

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(5 min read)

 

岩佐美咲 / オリジナルズ
https://open.spotify.com/playlist/3OxWmOFVeufNKmqHV3BTdV?si=5ecb475734934c74

 

ウワサによれば、なんでもサブスク使いの若い音楽リスナーは、曲中のギター・ソロを聴かずスキップしちゃう、もうそういうのは人気ないんだそうで、しばらく前Twitterのぼくのタイムラインでは話題になっていました。

 

そのときはほとんどすべて「えっ、それじゃあちょっと...」という熟年ファンや届け手の音楽家サイドが違和感や開き直りを表明していたわけです。(クラシック・ロック由来の)ぎんぎんエレキ・ギター・ソロがとどろきまくるような音楽なんか、もはや時代遅れである、のかどうかはまた別な機会に考えたいと思います。ぼくは好き。

 

実はある時期以後の演歌もぎゅいんぎゅいんの(つまりファズなど歪み系&サステインなどエフェクターを効かせた)エレキ・ギターと相性がいいわけで、御多分に洩れず岩佐美咲のばあいもそれがいえます。だからその〜、新世代演歌歌手ではあるんですが、古式ゆかしきというか、演歌の従来ステレオタイプに沿ったサウンド・メイクがされているんですね。美咲の編曲はすべて野中”まさ”雄一。

 

そもそも歌のあいだに(ギターにかぎらず)「聴かせる」楽器ソロがはさまっているっていうような曲のつくり、アレンジ手法がもう古いので敬遠されるようになったという世界的ニュー・スタンダードがあるかもしれませんが、それはそれ、美咲のシングル表題曲全10個から飾ったエレキ・ギター・ソロが聴けるものを抜き出してリストアップしてみました↓

 

「無人駅」前奏、間奏
「鞆の浦慕情」間奏がまるでジョー・ウォルシュ(「ホテル・カリフォルニア」)
「初酒」(アクギだけど)
「ごめんね東京」間奏(ごく短い)
「佐渡の鬼太鼓」(ほんのちょっとだけ)
「恋の終わり三軒茶屋」(ギターじゃなくサム・テイラーふうのむせぶテナー・サックス)
「右手と左手のブルース」(アクギ)

 

あんがい少ないというか、ぼんやりした印象としてはもっとたくさんあると思っていました。じっくり検証しなおすと上記のとおりなんですね。このうち、ロック・ギター界隈で多用され一種のイコンのようになった(のは過去の話かもですが)ファズ&サステインの効いたエレキ・ギター・ソロがあるものというと、「無人駅」「鞆の浦慕情」の二つのみ。

 

う〜ん、たったそれだけか。ぼくの抱いていたのは根拠のない先入見だったんですか。裏返せば「無人駅」「鞆の浦慕情」のパワーは強く、ファンのあいだでも大きな影響を持ってきたということかもしれません。前者はデビュー曲、後者は最大のヒット曲ですから。

 

「無人駅」ではイントロ出だしのうずまきのようなストリング・アンサンブル(は歌謡界に多い)に続きいきなりぎゅわ〜んとギターが鳴りますから、短いものだけど聴き手へのインパクトが大きいです。間奏のソロは、まずマンドリンふうの弾きかたをするアクギに続き、前奏同様のエレキ・ギター。

 

これがデビュー・シングルで、いままでの全岩佐美咲活動中最も回数多く歌われているものなわけですから、美咲=エレキ・ギター、というイメージが焼きついてもある意味ムリはありません。

 

そんなイメージがもっと強烈なのが「鞆の浦慕情」。これの間奏におけるエレキ・ギター・ソロはですね、はっきりいってだれが弾いているのかとても知りたいぞ!と思うほど本格的。スタジオ・セッション・ギターリストがちょろっとお仕事的にやっつけたというような感じではありません。

 

たとえれば(実は演歌界に多い)イーグルズの曲「ホテル・カリフォルニア」(1976)で弾きまくるジョー・ウォルシュのようじゃないですか。美咲のオリジナル楽曲を聴いていてぼくがいちばん好きな時間の一つ。スキップしたら魅力半減ですよ。

 

一部識者がときおり指摘してきたような、エレキ・ツイン・リードが炸裂する「ホテル・カリフォルニア」が日本の演歌アレンジにおよぼした影響とその痕跡については、ぼくも一度じっくり考えてみたいとかねてより考えていますが、岩佐美咲という新世代歌手でもこの法則があてはまるのかもしれませんよね。

 

(written 2022.5.26)

2022/05/26

カタルーニャと中東を結ぶえにし 〜 カローラ・オルティス

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(2 min read)

 

Carola Ortiz / Pecata Beata
https://open.spotify.com/album/5jaVX7jaDgcARYb0pewkSd?si=ORLujudAR5-pb63TsxKp6A

 

やはりディスクユニオンに入荷したカタルーニャのレーベル、ミクロスコピのカタログから。きょうはシンガー&コンポーザー&クラリネット奏者、カローラ・オルティスの2021年作『Pecata Beata』。

 

カタルーニャ出身の音楽家なんですが、聴いて感じるのは汎地中海的というか、北アフリカ〜中東方面を俯瞰するアラブ・テイスト。色濃い哀感、孤独感なんか、完全にそうじゃないですか。なんだったら使われているメロディの音列やヴォーカルの節まわしだってそう。

 

さわやかモーニングみたいなジャケット・デザインの印象からは想像もつかないわけですが、考えてみればイベリア半島とそのへんは歴史的に深いえにしがあるわけで、音楽的な類縁が表現されるのは当然といえます。

 

さらに本作ではフランスのシャンソンっぽい退廃とメランコリーが聴かれる曲もあったりして、なんだか全体的には世紀末っぽいムードというか、なんでしょうね、この暗さ。というかこういったメロディが好きなソングライターなんでしょう、べつに本人のキャリアになにもないみたい、スアド・マシっぽい色を強く感じますけど。

 

ただひたすらアラブな旋律体系に惹かれているだけかもしれません。それで本作収録曲、メロディはカローラの自作ですが、歌詞はカタルーニャの女性詩人たち(モンセラット・アベージョ、メルセ・ロドレーダ、ビクトール・カターラ、アナ・グアルなど)の詩を使っています。

 

ですから一種のコンセプト・アルバムでもあるわけです。クラリネット類を吹くときはかなりジャジーな長尺ソロを展開しているし、そもそも曲の持つリズムやハーモニーだって民族音楽的でありながらチェインバー・ミュージックっぽいジャズ・テイストを発揮しています。

 

そうかと思うと、たまにビートが旋回するパートではややバルカン的ともいえるパターンを使っているし、しかし祝祭感などはぜんぜんなく、暗くうつむいて憂鬱そうにたたずんでいるような、そんな音楽ですかね。個人的になにか強く惹きつけられるものがありました。

 

(written 2022.5.24)

2022/05/25

ジョアン・ゲラ(ドラマー)ってだれ?〜 アルバ・カレタ・クインテット

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(4 min read)

 

Alba Careta / Alades
https://open.spotify.com/album/3UF7AH9JPo73c9PmqEuw1R?si=lPXdAfv2SoKtf24xTTJHPA

 

カタルーニャのレーベル、ミクロスコピ(Microscopi)のカタログをディスクユニオンが扱うようになったということで、五月十日すぎだったかに一挙13作品が同時入荷していました。
https://diskunion.net/latin/ct/news/article/1/106076

 

ぼくみたいな情弱人間も知ることとなり、さがしたら13作ぜんぶサブスクにあったので、こちらも一挙にぜんぶ網でさらうように漁り聴き。特に印象に残ったものだけちょこっとメモしておきます。

 

きょうの話題は1995年バルセロナ生まれのジャズ・トランペッター、アルバ・カレタの2020年作『Alades』。リズム・セクション+2ホーンズという典型的なジャズ・クインテット編成で、パーソネルは以下のとおり。

 

tenor sax / Egor Doubay
piano / Adrián Moncada
bass / Jort Terrwjin
drums / João Guerra

 

こういうの、なぜディスクユニオンのサイトは掲載しないんでしょうか(CD買えってことか)。なぜなら聴いているとサックスやピアノ、そしてなによりドラマーのあざやかな演奏ぶりに耳を持っていかれるからです。これだれ?ってなりますから。

 

ジョアン・ゲラというこのジャズ・ドラマーについては、調べてもあまりくわしい情報が出てこず。どうもアムステルダムのミュージシャンらしく、本人のInstagramで顔だけ見れば20代っぽい感じ。2017年からアルバのレギュラー・メンバーで、完璧なる新世代スタイルの持ち主。とにかく圧倒的なドラミング・チャームに惚れちゃいました。

 

速めのビートが効いたアップ〜ミドル・ナンバーではジョアンの細かな手数の多さと複雑なポリリズム表現力がきわだっていて、1曲目、2曲目とジョアンのドラミングばかり聴いてしまいます。ピアニストもすばらしい。ベーシストはまずまず堅実でリズム・キープに徹しているでしょう。

 

3曲目「Oceans」なんか、もう超絶的といいたいくらいなリズム・セクションのコンテンポラリーで迫力満点な躍動感によだれ。こ〜りゃカッコいい。中盤、無伴奏でアルバがテンポ・ルバートなトランペット・ソロを披露する場面では、それもみごとと思えます。ビートの効いたアンサンブルが再度入ってくるとやはり悶絶するようなビート感。ジョアン、すごいぞ。ピアノ(アドリアン・モンカーダ)もいい。

 

このへんまでのリズム・セクションの動きを聴いて、もうこのアルバムは傑作だと信じてしまいますが、収録曲はいずれもアルバの自作です。コンポジション&アレンジメント/ソロの時間比がバランスよく練り込まれていて、そこも現代ジャズならではですね。

 

トランペットだけでなくヴォーカルを披露する曲もあったりして、器楽演奏にかんしてはすべてがパッショネイトだけど乾いていて硬質な肌ざわりなのに、歌のほうは情感豊か。そっちは余技っぽいですが、ギャップ萌え。あくまでも中心はインストルメンタル部分で、二年前の作品にもかかわらず今年のベスト・テンに選びたいほど、好き。特にジョアン・ゲラ(ドラマー)。

 

ブラジル〜アルゼンチン方面の現代ジャズ好きにも推薦できそうですよ。

 

(written 2022.5.23)

2022/05/24

エチオピア・ポップス新世代 〜 ニーナ・ギルマ

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Nina Girma / Majete
https://open.spotify.com/album/3nsD5QqCtd6WGqyE75TX2r?si=p4pSvXndR2-8aG34HlHp-w

 

エチオピアの(ほぼ)新人、 ニーナ・ギルマのデビュー・アルバム『Majete』(2022)は、ローカルなエチオ・ポップらしさを残しながらも、基本的にはインターナショナルなコンテンポラリーR&Bになっていると言っていいでしょうね。

 

いはゆるアフロビーツ(フェラ・クティらのアフロビートとは別なもの)がベースにあるんですが、それにアメリカ産というか全世界的な流れになったネオ・ソウル以後のモダンなブラック・ミュージックやヒップ・ホップを溶け込ませたトラック・メイク。メロディ・ラインや使用楽器にエチオピア・カラーもそこそこあるっていうのがアイデンティティを主張しています。

 

ヴォーカル・トーンのデジタル加工がここでも多用されていて、どうも個人的にはナマ声が好きなもんですからそこだけはイマイチなんですけども、とてもいいなと感じるのはそれでもキュートでチャーミングな声質と歌いまわし。ラップ以後的歌もの特性みたいな部分もあります。

 

そしてやはり本作のプロデューサー、カムズ・カッサの手がけたサウンドがなんといってもサイコーです。ダンスホール・レゲエなどを基調としたアフロビーツでありながら、伝統性と現代性をみごとに融合させた手腕は特筆すべきもの。カムズあってこそ、ニーナ初のフル・アルバムが成功作になりました。

 

(written 2022.5.1)

2022/05/23

いつだって音楽なんかもひとり聴き(川柳)

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Spotifyがないと、もはや生きていけない人間になっちまいましたが、このサブスク・サービスはときたまビックリするほどイヤなことをしてくれます。というのはちょっと前から宣伝されていたSpotify Duoのこと。

 

こういうプランができたというのをただ言っているだけだったから関係ないやと無視していたんですが、こないだなんかわざわざぼく宛のメールでお知らせしてくださりなさりやがったんですからね。日をおいて二通も。アホちゃうのんか。

 

いっしょに暮らす二人向けのプレミアム・プラン(プレミアムとはなんでもできる無制限のやつ、ぼくもこれ)というわけで、月額が¥980のままだから、バラバラに登録するより二倍お得というアピールなんですが、そんなもんねえ、こっちはず〜〜〜っとひとりだっちゅ〜ねん。だれかれかまわずこんなメールばらまかないでよ〜Spotify。

 

コミュ障でいつもひとりぼっちの人間をどうしてこんなふうにいじめるのか、神経をわざと逆なでしてくださっておられるんじゃないかと思うほど不快だったSpotify Duoプランお知らせの販促メール(二通)。二人住まいかどうかSpotify側は確認できないことだからしょうがないとは思いつつ、しかしこのデュオ・プランには重大な誤謬がふくまれているようにも感じます。

 

それは、音楽(映画でも絵画でも文学でも)ってものは基本「ひとり」でやる行為で、たとえだれかといっしょに暮らしていても孤独な営みなのだという根本が理解されていないかもと思えたこと。ふだんから熱心に音楽を聴いているリスナーには説明無用なことですね。

 

イベントやコンサートなどの会場で大勢のお客さんといっしょに一個の音楽を聴いているときだって、たしかにみんなで同じものを聴いてはいるものの、ひとりひとりがそれぞれバラバラでステージに正対しているわけなんですから。恋愛や性行為みたいな共同作業じゃありません。つまり、ライヴ音楽の観客は常に集団オナニー。

 

ここは音楽愛好において決定的な重大事項、本質です。そういえばずいぶん前、ぼくが大学生だった1980年前後あたりに大流行したソニーのウォークマンも、いまのSpotifyのデュオ・プランみたいに、一個の機械にヘッドフォン差し込み端子が二個付いているカップル用のモデルを宣伝していたこともありました。

 

なんかそんな映像というかテレビCMだったかもしれないんですが、当時見たようなかすかな記憶があたまの隅に残っています。仲のいいカップルが、一個のウォークマンで同じ一個のカセットテープ音楽を仲よく同時に聴ければ…、う〜ん、たしかに楽しいデートになるのかもしれませんけど。

 

この種の発想は、だからずっと前からあるにはあって、Spotifyが最近急にデュオ・プランを言い出したのだってべつに目新しい商売じゃないんでしょうけどね。どんなに仲のいい同居カップルだって、なにをどう聴きたいか?の好みはバラバラで、人間それぞれ志向性が千差万別だっていう、音楽聴きの根っこの原点を犯そうとするものではあります。

 

(written 2022.5.20)

2022/05/22

マイルズ流ジャズ・ファンク完成へのアプローチ1965〜68

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(8 min read)

 

Miles Davis 1965 - 68
https://open.spotify.com/playlist/0IIQR2HvQVurNbeQWfqGWM?si=d3c219700fb846d8

 

さあ、これを書くのはですね、ちょっと前のInstagram投稿で「生涯の探求テーマである」みたいなことを言ってしまったがため大仰なことになってやりにくいですが、気にしていたらいつまで経っても書けないので、軽い気分でちょこっとメモしておきます。

 

1963年にレギュラー・メンバーとなっていたハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズにくわえ、64年にウェイン・ショーターをむかえニュー・クインテットになって『E.S.P.』(65)を発表して以後のマイルズ・デイヴィスが、徐々に8ビートと電気楽器をとりいれての(ジャズにおける)ニュー・トレンドに移行したというのはまぎれもない事実。

 

そのプロセスは(かつての油井正一さんの見解とは異なりますが)実験の段階をとびこえて一気に完成品として世界に提示された(『ビッチズ・ブルー』70)というわけじゃなく、マイルズなりの試行錯誤や準備段階があったんだという、これは当時リリースされていた公式アルバムだけたどってもわかることです。

 

1965年というとアメリカ、イギリスといわず世界中をすでにビートルズが席巻していた時期。若いころからあたらしい音楽、未知の音楽をふだんからどんどん聴いていた向学心旺盛なマイルズで、晩年には東京ドームで「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を演奏したことだってあるんですから、60年代のビッグ・バン当時からロックを聴いていたことは “絶対に” 疑えません。

 

なんとか自分の音楽にそれをとりいれて活かしたいとも考えていたでしょうが、公式録音となると慎重さや保守性もかなりあったミュージシャンなので、なんの躊躇も衒いもなくそれを示すということは(当時)しませんでした。ロックというよりカリブ〜アフリカ方向を経由するような変型8ビートといったかたちでまずは姿を現しはじめたんです。

 

もちろんリズム&ブルーズやロックの8ビートだって、源流をたぐればアメリカン・ポピュラー・ミュージックの歴史におけるカリビアン・アフロ回帰なんですけども、マイルズはまずとりあえずメインストリームなアクースティック4ビート・ジャズとラテンな8ビートを(ちょっとゆがめて)かけあわせるという地点から出発しました。

 

その端緒が初作の『E.S.P.』からすでに出ているようにみえますが、本格的にはその次『マイルズ・スマイルズ』(67)以後、ポリリズミックなビート活用が鮮明に聴かれるようになりました。プレイリストに選んでおきましたが「オービッツ」「マスクァレロ」「ライオット」でも、特にトニーとロンの重層的なインタープレイで、4/8ビートが混淆されています。

 

たとえばロンが4/4拍子のウォーキング・ベースで刻んでいるあいだも、トニーは特にシンバルとスネア(なかでもリム・ショット)で8ビートを表現していたり、ばあいによってはトニーひとりで、ハイ・ハットを一小節に四つベタ踏みしつつスネアではカリビアンな8ビート・リム・ショットを同時に奏でている時間もあります。

 

こうした(ジャズ・ロックへの準備段階としての)アフロ・カリビアン・ジャズがもっと色濃く鮮明に表現されているのが、1981年の未発表集二枚組『ディレクションズ』で日の目を見た二曲「ウォーター・オン・ザ・ポンド」「ファン」。これらにはエレキ・ギターリストも参加していています(67年録音の前者はジョー・ベック、68年の後者はバッキー・ピザレリ)。

 

それだけでなくハービーにもエレキ・ピアノやエレキ・ハープシコードを弾かせ、テーマ演奏部でロンの弾くベース・ラインにギターと電気鍵盤をユニゾン・シンクロナイズさせることによってグルーヴを産み出そうとする試みが聴かれます。曲想もカリブ〜アフリカ的ですし、傑作『キリマンジャロの娘』(69)を先取りしたものだといえるはず。

 

このへんまでくると、『ネフェルティティ』(68)までは可能だった従来的なメインストリーム・ジャズの枠をポリリズム方向に拡張するという態度では理解がおよばないといった地点にまでマイルズの音楽は到達していて、間違いなく他ジャンルとの接合でニュー・ミュージックにチャレンジしていることがあきらかになっているでしょう。

 

その結果、ジャズ的なインプロ・スリルというより明快でグルーヴ・オリエンティッドな音楽を志向するようになり、出てきたのが「スタッフ」(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』68)です。プレイリストではその前に同アルバムから「カントリー・サン」をおきましたが、これがなかなか興味深い一曲。

 

「カントリー・サン」にはテーマがなくソロだけでできていて、しかも4/4ビートのパート/テンポ・ルバートなバラード・バート/ファンキーな8ビートのジャズ・ロック・パートの三つが直列し、ソロをとる三人がこれら三つを順に演奏するといった具合。であるがゆえにロックな8ビートの生理的快感がきわだっていますが、曲全体では過渡期的といえるものです。

 

それら三つの要素、『E.S.P.』〜『ネフェルティティ』あたりまでは多層的にレイヤーされていたもの。ジャズ耳にはそちらのほうがおもしろいでしょうけど、マイルズとしては分割し、ファンキー・グルーヴをとりだして鮮明に打ち出す方向へと進んだんです。

 

こうしたマイルズのニュー・ディレクション in ミュージックは、チック・コリア&デイヴ・ホランドにメンバー・チェンジしての初録音「マドモワゼル・メイブリー」「フルロン・ブルン」(『キリマンジャロの娘』)でようやく完成品となり、新時代のジャズ・ロック、ジャズ・ファンクがはっきりしたわかりやすいかたちで表現されるようになりました。

 

ギル・エヴァンズの助力を得てジミ・ヘンドリクスの「ウィンド・クライズ・メアリー」(67)のコード進行を使いながらも、ロック・バラードというよりリズム&ブルーズ/ソウル由来のディープなノリとタメを持つ「マドモワゼル・メイブリー」もすばらしい。

 

そしてなによりジェイムズ・ブラウン「コールド・スウェット」(67)におけるドラミングをトニーが参照している爆発的な「フルロン・ブルン」のグルーヴ・フィールは、完璧なるマイルズ流ジャズ・ファンクの完成品といえるもの。69年夏録音の『ビッチズ・ブルー』への道標はここにくっきりと示されています。

 

(written 2022.5.21)

2022/05/21

これもジャズから連続的に産み出されたものなのだ 〜 クーティ・ウィリアムズの40年代エンタメ・ジャンプ

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(4 min read)

 

Cootie Williams Selection
https://open.spotify.com/playlist/0avUTA6AmcGi3LpT6agNr3?si=af12bfde9da54ebf

 

きのう書いた『ホット・リップス・ペイジ・セレクション』と同時期に作成したSpotifyプレイリストがきょう話題にしたい『クーティ・ウィリアムズ・セレクション』。上でリンクしておきましたが、CDだとやはりこれも仏クラシックスの(廃盤)で、サブスクだと同じく「Complete Jazz Series」で、年代順に聴けます。

 

クーティの「Complete Jazz Series」は1941年1月録音からはじまっていますね。デューク・エリントン楽団で名をあげたこのジャズ・トランペッターは、40年にそこを辞めベニー・グッドマン楽団に移籍しています。

 

しかし一年で脱退し自分のバンドを結成して活動するようになってからは、王道ジャズというよりブラック・エンタメ系にハミ出したブルーズ由来の猥雑ジャズをキャピトルやマーキュリーなどに録音しはじめたのが、ですから41年のことです。

 

仏クラシックスのCDもサブスクの「Complete Jazz Series」も、1949年9月録音で終了していますが、Wikipediaによれば50年代のクーティの活動はどうもよくわからないらしく、人気が凋落し、そもそもバンドの規模も少人数編成にしていたそうで、なにがあったんでしょうね。

 

1962年にデューク・エリントン楽団に復帰して以後は、同楽団で王道ジャズ路線を死ぬまで続けたクーティですが(85年没)往時の輝きはもはやなく。ぼくみたいなリスナーには自身のバンドでの40年代ジャンプ系録音がいまでも最高に楽しくて忘れられませんわ。

 

すくなくともその40年代音源だけはサブスクでも漏らさずぜんぶたっぷり聴けるんで文句なしです。30年代にはデュークのところで輝かしいキャリアを誇ったクーティが、その後自分のバンドでこうしたエンタメ系へと移行したのはなぜだったんでしょう。なんにせよ彼我の区分を厳密にせよというのはどだいムリな話。

 

正直に言って、ジャズ/リズム&ブルーズ/ロックの区別をしたがるそれぞれファンのことがぼくはさっぱり理解できないです。好みはひとそれぞれあるからやむをえないにしても、もしどれかを否定する方向に走ると自分の足下もあやうくなるっていう事実を認識してほしいものです。

 

クーティみたいな音楽家のキャリアをじっくり聴くと、ますますこの感を強くしますね。自身のバンドでの1940年代音源では、ジャズを土台におきつつ大きく芸能方面に踏み出してジャンプ〜リズム&ブルーズをやっていたことは、聴けばだれでもわかるはずのこと。

 

なかには1949年の「レット・エム・ロール」「スライディン・アンド・グライディン」「マーセナリー・パパ」みたいな、こりゃもう(初期型)ロックンロールだろう、すくなくともその先駆けには違いないと断言できるものだってあるんですから。それらだってジャズから連続的に産み出されたものですよ。

 

ブラック・エンタメ系にハミ出した1940年代クーティ自己名義音源に(かつてのデュークのところでの「コンチェルト・フォー・クーティ」みたいな)ジャジーなスリルとか快感はないかもしれませんが、曲のノリと猥雑感がこの上なく楽しくてですね、これもまた別の種類の音楽美なんです。

 

(written 2022.4.12)

2022/05/20

音楽でやるセクシャル・ハラスメント 〜 ホット・リップス・ペイジ

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(6 min read)

 

Hot Lips Page Selection
https://open.spotify.com/playlist/5pEtYEsBFSSeIfFk1HZeZ9?si=af0f32584bfa4872

 

ホット・リップス・ペイジについては以前書いたことがあります。その記事タイトルも「猥褻ジャズ・トランペッター」。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-e4bf.html

 

かなりえげつないサウンドの持ち主で、トランペットをスケベな感じでいやらしくグロウルさせたらリップス・ペイジ以上のジャズ・ミュージシャンはいなかっただろうといえるほどの、いはば音楽でセクハラをやっているみたいなもん。

 

カウント・ベイシー楽団にも在籍経験があるリップス・ペイジ、自身のバンド名義録音は、御多分に洩れず権利を持つアメリカ合衆国の会社が公式リイシューなどするわけないので、CDではぼくも仏クラシックスの年代順全集で楽しんでいました。しかし『1938 - 1940』と『1940 - 1944』の二枚しか持っていなかったんです。

 

サブスクだと、仏クラシックスがCDリイシューしていた古い時代のジャズ音源は「Complete Jazz Series」というものでやはりクロノロジカルに聴けるようになっています。以前Astralさんも言っていましたが、どういう関係なんでしょうねえ。

 

ともあれこれでCD時代は買い逃し入手困難になり地団駄ふんでハンカチをかみちぎるしかなかったものも、問題なくぜんぶ聴けるっていうわけで、ありがたやありがたや。サブスクに “ソールド・アウト” なんてないので。ときどき消えるけれども〜。

 

最高にスケベな「Gee Baby, Ain’t I Good To You」で終わる1944年録音分までしかCDでは持っていなかったんですから、それ以後のものは今回はじめて聴いたことになります。Spotifyには1953年のものまで年代順にありました(リップス・ペイジは54年没)。トータルで個人的におもしろいなと感じるものを選び出しプレイリストにしておいたのがいちばん上のリンクです。

 

トランペットにプランジャー・ミュートをつけて吹き、わうわうぐわぐわ〜っていう感じのジャングルなサウンドにしてねちっこく攻めるのがリップス・ペイジの持ち味。この手の音色はデューク・エリントン楽団のブラス・セクションも得意としましたが、欧州公演では客席から思わず笑い声があがったというエピソードすらあったくらい。

 

紳士淑女だったら顔を紅潮させながら眉をひそめ、「このようなもの、公衆の面前ではまかりなりません」などと、あるいは日本のPTAだって怒りだしそうな、そういった音楽をやったジャズ界の代表格がリップス・ペイジですよ。

 

ジャズ界といっても、そもそもこういった芸能エンタメ系の猥雑ジャズはある時期以後ファンもクリティックやジャーナリズムも完全に相手にしなくなったというのが事実。いや、はじめから「わき道」だったかもしれませんが、ジャズ王道からハミ出し忘れ去られていたこういう音楽を発掘・再評価したのはブルーズ/ロック系のリスナーや批評家。日本では中村とうようさん。

 

21世紀的な価値観からしたら消滅やむなしかもしれない一種のセクハラ音楽かも?とすら思えるリップス・ペイジの録音ですが、いまでも聴けば楽しいと思えるのはやっぱりぼくもオヤジだから?現代的意味とか新しさみたいなものなんてもちろんちっともありません。ただおもしろいから聴くだけなんで、ブルーズ系の猥雑エンタメ・ジャズでいっときの快楽を味わうっていう、それだけ。

 

リップス・ペイジの音源は、最初ただスケベな感じでグロウルしていただけのジャズだったのが、1940年代なかば以後は(時代にあわせるように)ジャンプ・ミュージックのフィーリングをみせるようになったいたのも興味深いところです。たとえば1947年の「セイント・ジェイムズ・インファーマリー」。

 

この曲はサッチモ(ルイ・アームストロング)やキャブ・キャロウェイもやったエンタメ・ジャズの定番ナンバーですが、ここでのリップス・ペイジ・ヴァージョンでは跳ねる8ビートふうのジャンピーなリズム感に注目してほしいと思います。プランジャー・ミュートを使わずオープン・ホーンで吹いていますが、使ったら似合ったかもしれませんよね。ジャンプ・ミュージックで破天荒なテナー・ブロウが流行ったように。

 

1950年代録音になれば、そういったフィーリングはいっそう強化されていて、これはもうほぼリズム&ブルーズでしょう。ダイナ・ワシントンふうの女声ヴォーカリストも参加するようになって、リップス・ペイジと掛けあいで歌うのも楽しい。52年の「アイ・ボンゴ・ユー」みたいなラテン・ナンバーも最高。

 

プレイリストの最後には「セイント・ジェイムズ・インファーマリー」の1953年再演を入れておきました。ライヴ録音っぽいですね。ここではプランジャー・ミュートでのグロウルをいやらしく使い、47年ヴァージョンと比較してもより猥雑さが増しているのがナイス。

 

(written 2022.4.11)

2022/05/19

世界のポピュラー音楽が、濃厚な表現を避け、近年こうしたあっさり淡白系へ傾いているというのは言を俟たないところ 〜 マルシア

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Márcia / Vai e Vem
https://open.spotify.com/album/21cZZsiiS2oQspfOQoUUja?si=Y8dvBPZLQfmJhhwO3GFNkQ

 

マルシアという名前は日本でネット検索するにはちょっとやっかいで、ブラジル人やポルトガル人のMarciaで調べても、カタカナのマルシアでも、猪俣公章門下だった例の演歌歌手マルシアの情報ばかり大量に並んでしまい、ちょっとね。そもそもありふれた名前ではあります。

 

きょう話題にするのは1982年リスボン生まれポルトガル人歌手のマルシア。その最新2018年作『Vai e Vem』がなかなかいいと(ぼくは)思うんですよね。基本自然体、フォーキーで、リキまず飾らず、さり気ないおしゃべりのようにも、ひとりごとのようにも歌うスタイルがですね、ぼく好みです。

 

個人的に好きなアントニオ・ザンブージョによく似ていて、マルシアも声を張らず伸ばさず、下向いてぼそっとつぶやくようなささやき系ヴォーカルなんですね。そして、このアルバムには実際ザンブージョが一曲ゲスト参加しています。

 

ザンブージョだけでなく、サムエル・ウリアが一曲、サルヴァドール・ソブラルも一曲づつゲスト参加していて、だから同じポルトガルで近年人気の若手新感覚派男性歌手を招いてのマルシア自身もそうである新世代的あっさりヴォーカルを聴かせた、ちょっとフィーリンっぽいようなボサ・ノーヴァっぽいような、そんなファド・ミュージックだと言えましょう。

 

こんなのはどこもファドじゃないよ、気持ち悪いだけ、っていうのはザンブージョあたりにもずいぶん向けられてきた悪口だと思うんですが、このマルシアもまったく同系統の新感覚派ファド新世代なんですね。世界のポピュラー音楽が、濃厚な表現を避けるようになり、近年こうしたあっさり淡白系へ傾いていることは言を俟たないところでしょう。

 

聴き手によって好みはさまざまなので、他人がどう言おうと関係ありません。ぼくはこういう音楽が好きなので聴くだけ。

 

(written 2022.3.21)

2022/05/18

R.I.P. to the iPod (2001-2022)

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(3 min read)

 

唯一の現行機種iPod touchも製造をやめ在庫限りで販売を終了するというAppleの公式発表が先週ありましたね。大手マスコミなども報じたのでみなさんご存知でしょう。

 

これで2001年にはじまったiPodシリーズの歴史に約20年でピリオドが打たれることになりました。しかしこれといったショックも感慨も聞かれなかったのは、もはやとうに事実上役目を終えていた工業製品だとみんなわかっていたからでしょう。

 

AppleにとってiPodはiPhone(2007〜)開発への礎となり、そして皮肉なことにそれに取って代わられることになったわけです。音楽を持ち運ぶ作法も、CDからパソコン経由でインポートして or ダウンロード…というんじゃなく、スマホでストリーミング・サービスにアクセスしてどこででも聴けるというのがあたりまえになりましたから。

 

以前くわしく書きましたように、音楽を携帯する行為は1979年の初代ウォークマンで誕生したものでしたが、ウォークマンが樹立した思想を発展的に継承し、デジタル時代に普及させたのがiPodでしたね。個人的にはそのあいだにポータブルMDプレイヤーの時代がありましたが、iPodも2005年(だったはず)に買って便利に使いはじめました。

 

CDから音楽ファイルを入れるのにパソコンを必要とするものなので、だからそもそもパソコンなんて触ったこともないよというZ世代にはこの点でもiPodは時代遅れになっていたんじゃないでしょうか。そうそう、いまや20代以下はパソコン使えないので、企業などの新人研修ではそこから教えるそうですよ。

 

iPodがはじめたことじゃなかったにせよ、音楽を持ち運んで外出時に気楽に聴けるといういまのぼくらの日常的ライフ・スタイル、21世紀的にはやはりAppleが普及させたものかもしれません。上でウォークマンの名前を出しましたが、いまもストリーミング型携帯プレイヤーとして現役のWalkmanブランドだって、iPodの思想を取り入れなかったらもう終わっていたかもしれませんし。

 

iPod(とiTunes)は音楽産業のありかたをも抜本的に変化させ、レコード会社やミュージシャンたちにも大きな影響を与えたという点も見逃せない歴史の転回でした。音楽受容のありようが変化したので届け手側だって変わらざるをえませんでしたし、音楽がそれ以前とは同じじゃなくなりました。

 

最後の現行機種iPod touchなんて、iPhoneをベースにしたモデルですからね。iPodのほうが母なのに、子であるiPhoneに支えられないといまや生きていけないといったことになったわけで、それもとうとう寿命が尽きることとなりました。

 

(written 2022.5.17)

2022/05/17

いちばんダメだったあのころのぼくを、モー娘。の「LOVEマシーン」とやぐっちゃんが救っていた

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モーニング娘。/ LOVEマシーン
https://www.youtube.com/watch?v=6A7j6eryPV4

 

こないだ、いやちょっと前か、わさみんこと岩佐美咲がなにかのコンサートでモーニング娘。のメガ・ヒット曲「LOVEマシーン」(1999)をカヴァーするということがありました。わさみんによく似合いそうですよね。

 

モー娘。の「LOVEマシーン」シングルは99年の9月に発売されています。しかし買いませんでした。そもそもモー娘。は一枚もCDを買ったことがありません。テレビの歌謡芸能番組で、もれなくぜんぶ聴けましたから。いま聴こうと思ってもサブスクにモー娘。が一曲もないのはなぜだか知りませんが。

 

「LOVEマシーン」。あるとき突然テレビから流れてきたノリいいディスコ調のダンス・ポップに思わず前のめりになったんです。すぐにモー娘。の新曲だと知り。このグループのことは、テレビ東京で毎週日曜夜に放送されていた『ASAYAN』っていうオーディション番組で前から知っていました。

 

1999年の9月のぼくは人生でいちばんのドン底で、ちょうど直前にパートナーが家を出ていったという時期。あれでなにもかもダメになり、私生活だけでなく仕事にも行けなくなって、どうにもならずその後退職するまで、約10年間は地獄みたいなもんでした、ぼくのほうも。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-be8c33.html

 

モー娘。の「LOVEマシーン」はちょうどそんな時期のヒット・チューン。それがテレビ歌謡芸能界を席巻していたんです。日が落ちても照明つける気にならない暗い自室のなかでヒザを抱えてめそめそ泣きながら途方に暮れていたようなあのころのぼくにとっては、ほぼ唯一の救いだったんです。

 

曲も歌詞もノリがいいし、明るくて、バナナ・ラマの「ヴィーナス」っていう洋楽ナンバーが元ネタなんですけど、作者のつんくならではのオリジナルとしてちゃんと成立していると、いま聴きかえしても思います。つんくが書いた最大の名曲でしょうねえ(私見)。

 

そして1990年代末〜21世紀はじめごろのモー娘。にはやぐっちゃん(矢口真里)がいたんです。これが大きかった。当時まだ10代でしたが、もうかわいくてセクシーで、ぼくの好みどんぴしゃのストライク・ゾーンどまんなかなんですよね。こんなにも大好きなやぐっちゃんがいるモー娘。が「LOVEマシーン」みたいなはじけるダンス・ポップを歌うっていうのが、それをテレビの歌謡番組で観聴きするっていうのが、ほんとうに楽しみでした。

 

下のYouTubeリンクはそんなテレビ歌番組出演の際の「LOVEマシーン」。伴奏はカラオケですが歌はリップ・シンクじゃないです。2001年。そう、ちょうどそのころです、世間にとってもモー娘。にとってもぼくにとっても、この曲がいちばん大きな意味を持っていたのは。
https://www.youtube.com/watch?v=xbZzBe0tgto

 

これは作者のつんく♂自身によるヴァージョン。ご存知のとおり、つんく♂は喉頭がんで2014年の秋に手術し声を失っているので、その前です。現在でも続くモー娘。やその派生ユニット、あるいは桑田佳祐などそのほかYouTubeにいくつも上がっている「LOVEマシーン」のどれを聴いてもカッコいいと思えるので、曲そのものがいまでも大好きでたまらないっていうことなんでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=pvugt96zoXQ

 

あのころのぼくにとってはやぐっちゃんあってこそのモー娘。であり「LOVEマシーン」であったので、2005年の某一件で(報道発表もなく、卒業公演すらやってもらえず、まるでささっと夜逃げするように)モー娘。を脱退して以後は、興味がやぐっちゃん個人の芸能活動へと移っていくようになりました。

 

モー娘。OGで最も成功しているタレントと言われていたくらいだったのに、一度結婚しての自身の自宅不倫行為(2013年)で大バッシングを浴び、それはたぶんいまでも続いていると思うんですけど、やぐっちゃんがかわいくて笑顔がチャーミングでセクシーだっていうのはいまでもぜんぜん変わりません。それに、色恋沙汰でいろいろあるっていうのは、実はぼくにとってプラス・ポイント。清純派なんてクソくらえ。

 

やぐっちゃんは二度目の結婚でこどもが二人できて、いまやすっかり落ち着いたような感じです。ソーシャル・メディア系はInstagramだけを公式にやっていて、それで日常や仕事のことに身近に接することができるようになったのはありがたいかぎり。本人にいいねしたりされたりコメントでやりとりしたりなど、「LOVEマシーン」がヒットしていたあの20世紀末ごろのぼくからは考えられないことです。

 

(written 2022.3.20)

2022/05/16

ブルージーでまろやかなマロヤ・ジャズ 〜 メディ・ジェルヴィル

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(2 min read)

 

Meddy Gerville / Mon Maloya
https://open.spotify.com/album/5vRYlaMj80AKlSkSlwpLL7?si=rKkkVKavRKCwtuK6weRD9Q

 

2017年の『Tropical Rain』が傑作で(一部で)注目を浴びたレユニオンのジャズ・ピアニスト、メディ・ジェルヴィルですが、その後新作『Mon Maloya』(2020)が出ていることに気づきました。これ、どうしてだれもとりあげないんでしょうか。ぼくが見つけたあと、書いたのはAstralさんだけじゃないですか?
https://astral-clave.blog.ss-blog.jp/2022-02-17

 

あ、さがしたら一年以上前にMúsica Terraでピック・アップされていました。
https://musica-terra.com/2021/02/19/meddy-gerville-mon-maloya/

 

多彩で派手なゲスト参加が特徴だった『トロピカル・レイン』に比べると、今作はたしかにやや地味です。基本ピアノ・トリオ編成での演奏ばかりというにひとしいし、どの曲も演奏は落ち着いたフィーリングのもの。

 

メディのピアノをじっくり聴かせる内容で、しかもなかなか目立つのはブルージーなタッチです。ブルーズ・リックの多用というかペンタトニック・スケールにもとづいたフレイジングを多発していて、ぼく好み。

 

なかにははっきり「ブルーズ」と銘打った曲(5)もあったりして、これはもちろんそうですが、それ以外の曲でもフレイジングのはしばしにブルーズっぽさが聴きとれます。前からハード・バップ・ピアニストっぽいスタイルのメディではありますが、今作ではブルーズをことさら意識したかも?という運指。

 

アクースティック・ピアノ以外の鍵盤楽器をあまり使っておらず、生楽器演奏のテクスチャーにこだわったサウンド・メイクになっているのもいいし(ベースもコントラバス多用)、例の複合三連のマロヤ・ビートはしっかり健在、カヤンブの音も随所で聴こえます。ジャケットではやはり前作同様それを手にしていますね。

 

(written 2022.3.22)

2022/05/15

東欧音楽と中東音楽との接点をさぐる 〜 ハルヴァ

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Halva / Dinner in Sofia
https://open.spotify.com/album/4JohdQskTqBdETuKCXzRyR?si=b9urwzk4QpOwu7KTH53NSQ

 

ハルヴァというのはヴァイオリン奏者ニコラ・コトニーを中心とするベルギーのグループらしいんですが、五人組でインストルメンタル音楽をやっています。グループ名はイスラム圏のお菓子からとったものですね。

 

ヴァイオリン、クラリネット、アコーディオン&ピアノ、チェロ、打楽器という基本編成で東欧音楽と中東音楽との接点をさぐるといった音楽性で、アルバム『ディナー・イン・ソフィア』は2021年のもの。東欧と中東は地理的に近接しているし、音楽的にも通じるものがあることは、以前からさまざまな作品で証明されていたことではあります。

 

ハルヴァの『ディナー・イン・ソフィア』、東欧から中東にかけての諸都市名が多くの曲でタイトルに織り込まれています。それはたぶんきっかけみたいなものにすぎず、べつに都市の風景が音楽的なモチーフとして描写されているわけじゃありませんが、雰囲気はわかります。

 

クレズマーなどのイディッシュ・ミュージックと東欧音楽と中東音楽を混ぜこぜにし(中東風味はやや薄いけど)、それらのサウンドを積極的に取り入れているのがわかりますが、しかし中心になっているのはあくまで東欧的というか、ややバルカン的なサウンドスケープ。

 

トルコのハルクやルーマニアの羊飼いの音楽、レバノンのベリーダンス音楽、さらにクラシック調の小曲などもこのアルバムでは演奏されていて、それらを東欧〜バルカン的な音楽要素と有機的に結合させて、独自の世界観を構築しています。

 

ラスト11曲目には表示のない隠しトラックが仕込まれていて、いったん演奏が終わって数分してからSPレコードを再生するようなパチパチという露骨にレトロなロー・ファイ処理をほどこした別な曲が出てきます。

 

(written 2022.3.15)

2022/05/14

ストーンズ・ファンにとっての悦楽 〜 エル・モカンボ 77

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The Rolling Stones / Live at The El Mocambo
https://open.spotify.com/album/444RtK8RqcIODjfyaWTuhi?si=p6R0-HRNTQiKdcv9YJL_-A

 

本日リリースのこれがなんであるか、説明などまったく不要。ジャケットはなんだかちゃちゃっとテキトーにやった手抜き仕事みたいに見え、フィジカルなんかほしくない感じですが、中身は言わずと知れた極上品。

 

1977年リアルタイム発売の『ラヴ・ユー・ライヴ』に収録されていたエル・モカンボ音源(C面)は「マニッシュ・ボーイ」「クラッキン・アップ」「リトル・レッド・ルースター」「アラウンド・アンド・アラウンド」の四曲。

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実際ストーンズ・サイドとしてはこのトロントにおける二日間の小規模クラブ・ライヴを back to the early 60’s 的に全曲ブルーズ、リズム&ブルーズのカヴァーのみでやりたいという目論見があったらしいので、当時のリリースはこの意図に沿ったものだったんでしょう。

 

それにむかしから『ラヴ・ユー・ライヴ』ではC面エル・モカンボ・サイドがいちばん好きだというファンがストーンズ界には多くて、バンドの原点回帰的な初々しいレパートリーと演奏、そしてなによりオーディエンスたった400人の小規模シークレット・ギグというインティミットな空気感がレコードで聴く音響(がどろどろのブルーズ現場的でよかった)にも反映されていてのことだったでしょう。

 

だからエル・モカンボのフル・コンサートがとうとう日の目を見るぞというニュースに接したとき、なにも知らない情弱無知なぼくなんか、あっ、じゃあストーンズのやるライヴでrawなブルーズ・スタンダードがいっぱい聴けるんだね、やったぁ〜っ!と飛び上がったもんです。

 

現実には直前にキースがドラッグ不法所持で逮捕されバタバタしてリハーサルができず、ちょっと目標変更して進行中のツアーでふだんからかなりやりなれているストーンズ・クラシックス的なオリジナルと当時の新曲などがかなりたくさん演奏されるということになりました。

 

それでも60年代初期的な、有名ブルーズ・ナンバーのカヴァーばかりでセットを組み立てたかったという当初の意図は、オリジナル曲をやってもいつもに聴かれないディープでブルージーなフィーリングを表現する結果となって活きていて、当時の新曲でありながらバンド初期のころのようなフレッシュな衣をまとっているのはおもしろいところ。

 

今回のリリースにあたってミキシングをあらたにやりなおしたボブ栗山も、このエル・モカンボでストーンズが表現していたそんなインティミットな現場感を強くただよわすブルーズ・フィールをどこまでも大切にしてサウンド・メイクしたんだなとわかるのがいいですよね。

 

これが『ラヴ・ユー・ライヴ』で当時から大きな評価を得たのでということか、その後数年でスタジアム規模の会場でしかツアーできなくなるほどメガ企業化したこのバンドは、しかしそのつど一回はどこかで(ときどき秘密裡に)小さな会場でのクラブ・ギグをやって、立ち位置を確認するようになりました。

 

ストーンズのエル・モカンボは、原点回帰というか、折に触れてちいさな初心に立ち返ることの大切さを、そのサウンドで身をもって人間的にぼくらに教えてくれています。

 

(written 2022.5.13)

2022/05/13

リズム&ブルーズと呼ばれた音楽 〜 デューク・ロビラードのマニフェスト

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(2 min read)

 

The Duke Robillard Band / They Called It Rhythm & Blues
https://open.spotify.com/album/2Iv8pnhLaHJUf4KBNjaxU6?si=RMx-2hG4TxG0sWzfqYgdnA

 

萩原健太さんのブログで知りました。
https://kenta45rpm.com/2022/03/30/they-called-it-rhythm-and-blues-duke-robillard/

 

ベテラン・ブルーズ・ギターリスト、デューク・ロビラードの新作アルバム名は、そのものずばり『ゼイ・コールド・イット・リズム&ブルーズ』(2022)。爽快感すらあるストライク・ゾーンどまんなかの直球で、実際、ブルーズ、リズム&ブルーズ界往年の名曲群(若干の新曲あり)を小細工せずストレートに投げ込んだ一作。

 

こういった世界にあまりなじみがないとか、そもそも音楽をあまり聴かないというみなさんだって、この手の曲は一個だけ耳にしたことがあると思いますよ。長寿の深夜テレビ番組『タモリ倶楽部』のテーマ・ソング、あれですよ、あの世界がこれです。

 

今回ロビラードは曲ごとにさまざまなゲスト参加を得て、まさにこういうのがリズム&ブルーズの世界だったんだ、こういう時代があったんだよというのを、ブルーズがあたかも過去の遺物のように扱われるようになった2010年代以後の現代に、全面的に展開しています。

 

ジャンプ・ブルーズあり、ルンバ・ブルーズあり、ニュー・オーリンズ・ブルーズあり、スタックスふうあり、ロカビリーあり、ウェスタン・スウィングあり…。めくるめくアメリカン・ブラック・ルーツ・ミュージックの雨アラレで、こういった音楽にこそ強い共感をいだくぼく(だけじゃないはず)みたいな人間には感謝感激のアルバムなんであります。それも2022年の新作ですから。

 

たしかにこんな音楽はもう時代遅れっていうか、ジャケット・デザインだってジジイの世迷言的時代錯誤感たっぷりではありますが、2022年でも決して消えてなくなったわけじゃない、確実にそれを継承している音楽家やファンが間違いなくここにいるぞという、そんなマニフェストみたいなもんですか。

 

(written 2022.5.10)

2022/05/12

あなたのいる星の彼方へ 〜 タミ・ニールスン&ウィリー・ネルスン

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(3 min read)

 

Tami Neilson, Willie Nelson / Beyond The Stars
https://open.spotify.com/album/3ha32uxw82uW6rFHzErQVE?si=H5ZIiEz9SrCnnifjBpk6_Q

 

カナダ出身ニュー・ジーランド在住の歌手、タミ・ニールスンのことはいままで二度書きましたが、どうもですね、ぼくはこのひとの声が好きみたいです。なんだか心地いい清涼感があって、それがマオリ的といえるものかどうかわからないけど、心惹かれてくりかえし聴いてしまうものがあります。

 

そんなタミの2022年新曲「ビヨンド・ザ・スターズ」がこないだ出たんですが、なんとウィリー・ネルスンとの共演。曲はタミの書いたもので、ウィリーが客演するかたちの、あくまでタミ主導の一曲。七月リリース予定のタミの新作アルバム『キングメイカー』に収録されるとのこと。

 

先行で「ビヨンド・ザ・スターズ」だけ発表されたわけですが、歌詞でおわかりのとおり、愛する人物と永遠に離れ離れになってしまった主人公の喪失感を歌ったモーンフルな一曲。具体的にタミは2015年にこの世を去った父のことを想いながら曲を書き歌ったようです。

 

そしてウィリー・ネルスンが当の父役として曲中に登場し話しかけるというドラマになっているんですね。実際、ウィリー1933年生まれ、タミ77年ですから、父子としての設定がちょうどいいくらいの年齢差。そのことと、同じカントリー畑の音楽家だということで、ウィリーに声がかかったのかもしれません。

 

追悼歌ではあるんですが、三拍子の曲をお聴きになれば、哀切で深刻な悲痛感みたいなものがほぼないさわやかな調子になっていることを感じることができるはず。これこそぼくがタミの曲や歌に惹かれている最大の理由で、南洋音楽的っていうか、「ビヨンド・ザ・スターズ」はアバネーラじゃないけれど、なんだかさざなみのような抗しがたいチャームがあると思うんですね。

 

タミはまずに亡くなった父のことを歌いましたが、そうと限定された歌詞や曲じゃありません。愛する大切なのにもう手の届かない星の彼方にあるもののことを想いながら、聴き手がそれぞれの事情を投影させて感情移入していける曲で、マオリ的、と言ってしまいますが、ただよう清涼な空気感で救われます。

 

(written 2022.5.9)

2022/05/11

音楽というそびえる山を支える裾野庶民の歌の楽しみとはこういうもん

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(3 min read)

 

こないだのゴールデン・ウィークはちょうど住んでいる団地の棟のゴミ当番だったので、ゴミ置き場の管理と棟周囲の公共スペースにポイ捨てされているゴミやタバコ吸い殻を拾って歩いていました。

 

お天気のいいある午後、いつものようにごみチェックで棟まわりを歩いていると、ふと、ある部屋から歌声が聴こえてきました。姿は見えなかったけれど、レコードやCDや配信とかその他作品を流しているのではなく、住人のかたが大きな声で歌っていました、美空ひばりの「川の流れのように」(1989)を、ア・カペラで。

 

それにおおいに感銘を受けてしまったんですね。こういうのこそが一般庶民にとっての音楽というか歌の楽しみかただよねえって。熱心にレコードやCDを買い集めたりサブスクで聴きまくったりするようじゃない、世間の「大勢」にとっての歌とは、そういうもんです。

 

ぼくと同じ棟にお住まいのそのかたがひばりの「川の流れのように」を大声で口ずさんでいたのは、たぶんむかしヒットしていたころに聴きおぼえたのをそのままリピートしているかなんかだと思うんですが、あるいはひょっとしてひばりヴァージョンじゃなかったのかもしれませんけどね。

 

それでも歌、曲ってこうやって生き続けていくんですよね。ぼくの住んでいる森松団地はもちろん公営住宅(愛媛県営)ですから、低収入・無収入者向けのもの。音楽ソフトを買いまくったりできない層が住人ですし、しっかりしたオーディオ装置なんてもちろん持っていない。「川の流れのように」だってたぶんテレビ歌番組かなんかで聴きおぼえたんでしょう。

 

歌がこの世の隅々にまで浸透する、生活の一部になり、世の血肉となって沁み込んで、日常生活の不可欠な一部になる、それで生きていく、っていうのは、なにも熱心な音楽マニアやファン、紙やWeb媒体に文章を書いたりなど、そういった人間が支えているんじゃありませんよ。

 

そして、ふとしたときに団地の一室などからなにか好きな歌を口ずさむのが聴こえてくるようにまでなれば、それはすなわち裾野がひろがった、末端まで行きわたったということで、そうであってこそ音楽という山がそびえる高みを獲得することができるんです。音楽の世界を支えているのは、低地の裾野にいる無数の貧乏庶民です。

 

(written 2022.5.7)

2022/05/10

フローラ・プリムのニュー・アルバムは圧巻の傑作

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(3 min read)

 

Flora Purim / If You Will
https://open.spotify.com/album/54jqOozz2WPoJV9KXs7eRh?si=eWjYV3MxQX6ol-Idn92pmw

 

フローラ・プリム15年ぶりの新作『If You Will』(2022)がかなりいいですよね。傑作じゃないかな。キャリアと高齢なりに枯れている・円熟しているということがなく、みずみずしいピチピチした新鮮な魅力にあふれているっていう。もうビックリですよ。

 

基調になっているのはリオ・サンバをベースにしたブラリジアン・ジャズ・フュージョン。ジョージ・デュークと共作した過去曲の1「If You Will」からそれが全開のダンス・チューンで、腰が動きます。しっかしあまりにも声が若いなあ信じられんと思ったら、メイン・ヴォーカルは子のダイアナか。

 

だれが歌うにせよ、ここにはフローラが1970年代から展開してきたサンバ・ジャズ・フュージョンがしっかりと刻印されていて、しかもそれが2022年型にアップデートされているコンテンポラリーネスも聴きとれるのはやはりすばらしい現役感。この手のダンス・ミュージックは古くならないっていうのがあるにせよ。

 

2曲目「This Is Me」からはフローラがメイン・ヴォーカルですが、ダイアナの若々しさに負けていないフレッシュな躍動感があって、80歳にして衰えるっていうことと無縁なんですね、このひとは。音楽的にはまったく老化していません。

 

この2曲目は先行シングルだったもので、やはりこのアルバムに全面参加しているパートナー、アイアート・モレイラのジャム・バンドを現代にアップデートしたもの。ブラジリアン・フュージョンですけれど、快活でダンサブルな、本アルバムの白眉といえる一曲(私見)。楽しいぃ〜っ!

 

英語で歌うリターン・トゥ・フォーエヴァー時代の3「500 Miles High」はやはりジャジーに。エレベ・ソロも聴きどころのひとつです。その後はふたたびサンバ・フュージョン路線で進みます。都会的洗練と野趣が絶妙なバランスで共存融和するサウンドは聴きごたえ満点。

 

8「Dois + Dois = Tres」だけがなぜかのブルーズ、それも1960年代末〜70年代初頭ふうにくっさ〜いどブルーズ・ロックなんですが、これはなんだろうなあ。エリック・クラプトンみたいなエレキ・ギター・ソロはだれが弾いているんでしょうね。これだけアルバムのなかで浮いています。

 

ラストの9「Lucidez」はナイロン弦アクースティック・ギターとフェンダー・ローズのサウンドが熱を冷やす静謐で美しいハーモニーを持つバラード。ちょっとジャジーなミナス音楽を想わせたりもしますね。フローラのヴォーカルもきわだって魅力的に響きます。

 

(written 2022.5.8)

2022/05/09

耳に心地いいラウンジーなカリビアン・ジャズ 〜 トロピカル・ジャズ・トリオ

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(2 min read)

 

Tropical Jazz Trio
https://open.spotify.com/album/1tw5sOSOuAfHCehsIxBqeD?si=yLjJ2HgjTG-XQAj1JpWA6w

 

ジャズのピアノ・トリオ、といってもこれはピアノ+ベース+、ドラムスじゃなくてパーカッションですが、『トロピカル・ジャズ・トリオ』(2019)は、グアドループ出身の二名とフランス人ベーシストという構成。

 

トロピカルといっても、そこから連想できそうな明るい陽光や跳ねる裸体と開放感みたいな要素はこのアルバムの音楽にありません。むしろ仄暗い落ち着きが支配していて、ややダーカーというかほのかな翳り。

 

そこがいかにもラテン性を感じさせるところなんですが、やはり主役たるグアドループ出身のピアニスト、アラン・ジャン・マリーの資質ゆえということなんでしょう。同じく同地出身のパーカッション奏者、ロジェ・ラスパイユのカラフルなプレイもみごと。

 

演奏されているのはオリジナルにくわえ、多くがジャズ系の名曲。デューク・エリントン、ホレス・シルヴァー、ディジー・ガレスピーなどはカリブ(〜アフリカ)を意識した曲を残しましたからとりあげられて当然なんですが、トニーニョ・オルタ、チャールズ・チャップリン、セルジュ・ゲンズブールや、シャンソンの名曲「さくらんぼの実る頃」だってやっています。

 

いずれの曲もビギンやグウォカを下敷きとしたクレオール・ジャズ系の料理になっていて、ものによってアフロ・キューバン・スタイルやジャズ・サンバ系のアプローチも聴かれます。

 

ラウンジ・スタイルなおしゃれなピアノ・ジャズで聴きやすく、そこに若干のファンキーなアフロ・リズムをからめた、ベテラン揃いの手練れトリオならではの余裕や円熟味を感じさせる内容で、ふだん聴きの音楽として耳疲れせず、とてもいいですね。

 

(written 2022.3.11)

«白熱のサルサ・ジャズ 〜 スティーブ・グアシ

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