2022/09/25

松山市内のコーヒー豆焙煎ショップ

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(4 min read)

 

ごくローカルな話題でごめんちゃい。

 

愛媛県松山市在住のコーヒー狂であるぼくがいつも買っている焙煎豆ショップは二軒。余戸にある Beans House と、市駅近く千舟町の B. Factory。このうちビーンズ・ハウスのほうを2018年暮れごろに知り、先にふだん使いになりました。

 

2018年というと大洲市(松山から南へJRの特急で30分程度〕に住んでいたので、松山のお店からコーヒー豆を買うのはもちろん通販。ビーンズ・ハウスに出会うまでは、ネット・ショップを展開している土居珈琲(大阪)で買っていました。ここは全国的な有名店みたい。
http://www.doicoffee.com

 

クォリティはそりゃもうスーパーだったんですけど、お値段もそれなりだった土居珈琲。そのサイトの顧客アカウントは維持したままビーンズ・ハウスで買うようになったのは、はるかに安価だということと、食料品のたぐいは地元のリアル・ショップで買えるとやっぱりちょっと気分いいんですよね。

 

2011年から大州にいましたが(その前はずっと東京)、2020年夏に松山に戻ってくるとやはり市駅まわりの繁華街を歩く機会が多くなり、結果的にわりとすぐビー・ファクトリーも知ることになりました。こっちはまだ比較的新しいお店で、たしか2018年オープンでしたっけ。

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焙煎が済んでいる豆を売っているお店でいいなら市内にいくつもあって、それこそ森松町の自宅から歩いてもわずか五分程度のところにだって一軒あるんですけど、コーヒー豆はいつ焙煎したものか?っていう鮮度が命。焙煎したら時間が経つほど風味が消えていきますから、焙煎日がわからない豆を売っているお店では買いたくないんですね、基本的には。

 

そのつど、ほしい産地の豆を、ほしい量だけ、生豆から好みの焙煎度合い(も変わりますし)でオーダーしてから炒りわけてくれるところで、ってなると松山市内には2022年9月時点で上記の二店舗しかないのです、ぼくの知るかぎりでは。

 

ビーンズ・ハウスとビー・ファクトリーとで、豆買って淹れたコーヒーの味を比較すると、たぶん同じだと言っていいと思います。価格も似たようなもんで(前者がやや安価)、だからどちらのお店でもいいはず。自宅や職場などからどちらが近いか?という程度のことで決めればお〜け〜。千舟町のビー・ファクトリーのほうが地理的には便利ですかね。

 

生豆から焙煎するには20分程度かかるので、両店ともすわってゆっくり待つ喫茶スペースが設けられてはいますが、なんだったらあらかじめ予約注文しておいて取りに行くだけというやりかたのほうがスマートかもしれません。ぼくはいつもそうしています。

 

ビー・ファクトリーは松山市内最大の繁華街にあるお店なので、なにかのついでにふらっと寄るのもカンタン。ビーンズ・ハウスのほうは郊外なので、ぼくはいつもクリニックなどの帰り道に立ち寄っています。市駅付近からでも原付バイクで10〜15分程度なので。自宅と方角が逆ですけど、余戸からは外環状道路が国道33号線まで伸びていますので、あんがいラクです。

 

きょうはどっちのお店で買おうか?っていう判断に特にこれといった基準はぼくのなかになく、同じ銘柄同じ焙煎であれば味はどちらのお店でもほぼ同じになるので、その日のお財布状況とか、市内どちらあたりに用事があって出かけるか?っていうだけのことです。

 

定期通院している糖尿病や心療内科関係などクリニック終わりにお昼ごはん食べてから行くことが多いですが、自宅冷凍庫内のコーヒー豆備蓄が乏しくなればわざわざ買いにでかけていくことだってあります。これら二つのお店、両方とも消えちゃったりしたら、困ります。

 

(written 2022.9.1)

2022/09/24

サブスクで「アルバム」はオワコン??

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https://times.abema.tv/articles/-/10010818

 

リンクした上の記事だけでなく、音楽系サブスク・サービスの普及とともに「アルバムで聴く」というフォーマットは終わりつつあるようだという議論をときどき目にします。しかし、ホントにそうかな?というとっても強い個人的な疑念と実感をぼくなんかは抱いているんですね。

 

フィジカルだろうとサブスクだろうと、どう聴くかは自由で千差万別なんだから、そんな「いまはこういう時代だ」という考えというかフレームというか流れというか、そんなもん関係ねえっていうのがぼくの確固たる信念。実際かなりヘヴィなSpotifyユーザーですけど、全聴取時間の八、九割は音楽家サイドが提供したオリジナル・アルバムを聴いています。

 

Spotifyだと、なんでもプレミアムを登録しない無料ユーザーには(アルバム無視の)シャッフル聴きしか用意されていない時代もあったとかいうハナシを見ることがありますが、そうなの?たったの月額¥980なんだし、ぼくなんかいきなりはじめから有料登録ユーザーでそのまま現在まできていますから、なにも知りません。

 

Apple Musicはまた違うのかな、ちょっとわかりませんが、とにかく聴くときっていうかなにかのサービスを利用するときにいくらか少額でも対価を払わないと気が済まないっていう人間なもんで、それでも音楽系サブスクはレコードやCDをどんどん買うのと比べたらアホみたいに安価なんだから、と思えば毎月¥1000¥2000くらいはね。

 

そういうことをやらずに一円たりとも払わず楽しめるだけ楽しみたいたって、そうはいきませんよね。ってことはアルバム聴き時代の終了とか、プレイリスト聴き、シャッフル聴きっていうのは、要するにライトな音楽ファン向けってことで、真剣にというか熱心に追求したいというヘヴィ・ユーザーを念頭においた話じゃないんでしょう。

 

でもサブスクが(アルバムで次々と聴きまくりたい)ヘヴィな音楽聴きにの用途に向くようには設計されていないかっていうと、まったくそんなことはないよねっていうのを、だれよりもこのぼくがこの身をもって強く強く実感しているところ。そんなこと、ふだんからこのブログをお読みのみなさんはとっくにご存知でしょう。

 

サブスクならではの聴きかたっていうのもたしかにあって、たとえばSpotifyで毎週金曜更新の新着案内プレイリスト『Release Rader』なんかはマジで助かっている役立っているものですけど、それを流して気になったやつは結局そこからたぐって収録アルバムを聴きますし、えっみんなそうじゃないの?

 

なんだかんだいって SP → LP → CD と進んできた音楽産業のその物理フォーマットのアナロジーでサブスクも根本的には組み上がっているシステムなんで、サブスクではアルバム単位で聴かないのが流れとかなんてのはただの戯言とか思えないサブスクずぶずぶのぼくでした。

 

(written 2022.9.23)

2022/09/23

作編曲の冴えるムサ・ジャキテ最新作

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Moussa Diakite / Kanafo
https://open.spotify.com/album/10soa4I8zHVa065iNWysZH?si=aKY5D-jzTqevjUiCDH1NUQ

 

bunboniさんに教えてもらった音楽家です。この最新作はオーダー中とのことで、一足お先にbefore you。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-09-02

 

現在オーストラリア在住、マリのギターリスト、ムサ・ジャキテの最新作『Kanafo』(2020)。ジャケットはあかぬけない感じかもですけど、音楽はなかなかグルーヴィでカッコいい。演奏パーソネルはBandcampのページに載っているので参考にしてください。
https://wassarecords.bandcamp.com/album/kanafo

 

ヴォーカルのほうぼくにはイマイチですが、ギターがいいですよ。ムサは各種エフェクターをかませてさまざまなサウンドで弾いているのも楽しい(...と思ったら違う、これはキーボード・シンセだ)。バンドのアンサンブルだってとてもよく練り込まれているのがわかり、でたとこ勝負のインプロもいいけど、こういうウェル・アレンジドな音楽にぼくは惹かれるんですね。

 

それはそうと本作、エレベの音がブンブン野太くてお尻にずんずん響くし重量感があってすごいと思います。ひょっとしたら弦ベースじゃないのかも、キーボード・ベースだったりする?と思うような音のテクスチャーですよね。いずれにしてもグルーヴィにボトムスを支えていて快感です。

 

個人的に特にグッと来はじめるのが2曲目から。ノリがよくなってくるじゃないですか。ビートの効かせかたもカッコいいし、バンドのキメもピシっとしているし。曲のタイプはちょっとロック・チューンっぽいかもなと思いますが、バラフォンの使いかたなんかにはまぎれもない西アフリカ音楽の刻印があります。

 

バラフォンもそうだし、ンゴニとかコラとか、西アフリカの生演奏アクースティック楽器がアルバム全体でうまい具合にちりばめられていて、曲によっては主役級の活躍ですし、そういうのと電気電子楽器との配置、ミックス具合が実にすばらしく、全曲ムサの作編曲ということで、そのへんに音楽家として最大の魅力があるひとなのかもしれないですね。

 

4、5曲目あたりに来るとなんど聴いても「カッチョエエ〜!」と叫んでしまいそうになるし、バンドのアンサンブルとムサのギターですね、それでグッと胸をわしづかみにされてしまうんです。後半はマリ味を出しつつ(陽光を思わせる)カリブ音楽テイストを香らせている曲も複数あり、ホントいい。

 

なお11曲目のインストルメンタル・ナンバー「Doncomodja」というのはbunboniさんがとりあげられていた前作のアルバム題です。そっちにはこういうタイトルの曲なかったんですが、ギターリストとしての自覚というか矜持みたいなものが一貫して表されているんでしょうね。

 

(written 2022.9.21)

2022/09/22

my new gear, Beats Fit Pro

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こないだ買ったばっかりでまだ十日ほどしか経っていませんが、音楽用イヤフォンの新製品 Beats Fit Proを使うことがあります(だいたいの時間はスピーカー鳴らしているけど)。BeatsはAppleが買収していま傘下のオーディオ企業なので、実質Apple製品と言ってもいいくらい。もちろんAppleにはAirPods系の自社製品がありますが。

 

なもんで、Mac、iPhone、iPadといった愛用デジタル・ディバイス群との相性がすこぶるよく、使いやすいことこの上なし。見た目は(AirPodsと違い)たしか四色から選べるのもいまのぼくにはうれしかったし、肝心の音質面にも不満はなく(重低音のズンズンくる感じがちょっぴり足りないかもだけど)。

 

しかも装着感がゼロに等しいっていう。もちろんなにも着けず、スピーカーから空間に放出される音楽を聴いているのと比べたら耳にわずかな触感がありますが、ヘッドフォンなんかと比べればですね、圧迫感もないし重量なんかまったくゼロといっていい。

 

この手のヘッドフォン、イヤフォン、最近はスピーカーもだけど、御多分に洩れず Bluetooth でディバイスと接続するわけですが、Beats Fit Proだとペアリングのためになにもする必要がありません。電源オン/オフの手間すらなくて(どうなってんのこれ?)、ただケースから出して耳に着ければ、マジでただそれだけで、いちばん近距離のAppleディバイスと自動接続します。離せば接続自動オフ。

 

なもんで、そのまま耳にはめ即SpotifyやApple Musicなどのアプリでクリック(タップ)すれば音楽を再生するっていう、なんなの?このあまりの「なにもしなくていい」感。言うまでもなくこの手のBluetooth音響機器がこんだけ普及したのは(ディスクではなく)パソコンやスマホのアプリで音楽を聴くのが一般化したためです。

 

Beats Fit Proがこんなにも使いやすい(Apple社製品とつなぐなら)っていうのは、Apple H1チップを搭載しているから。ですからWindowsマシンやAndroidスマホで使うには専用のアプリかなにかが必要らしいです。Mac、iPad、iPhoneと三つのディバイスをぼくは自室の同じテーブル上に置いていますが、シームレスに切り替えることもできます。

 

アクティヴ・ノイズ・キャンセリングもできて、それはオフにもできるし、周囲の環境音やしゃべり声をナチュラルに混ぜる外部音取り込みモード(はスピーカーで聴いている感覚に近い)もあって、それらを自在に切り替えることができるし、ノイズ・コントロール機能をまったく使わないようにもできます。

 

フラットなモニター音質ではなく(長年愛用してきているBoseのワイアレス・ヘッドフォンやイヤフォンはモニターっぽい音)、ややクセのある色づけをしたようなサウンド。細部をきちんと鳴らすっていうより、雰囲気重視で元気よくハデめにガンガンくるといった感じなので、音楽の種類を選ぶかもしれませんし(クラシック系のシンフォニック・オーケストラなんかは苦手そう)、ボトムスの重量感で勝負する音楽だってちょっぴりしんどいかも。

 

だけど、ジャズとか(Jをふくむ)ポップスとかR&Bとか、そういったぼくのふだん聴きの音楽にはパワフルでバランスにすぐれたサウンドを聴かせてくれて楽しみが増すイヤフォンだし、さらに装着中はわからないけど耳から外してケースにはめている状態でのルックスがとってもよく、Beast Fit Proはそれをながめているだけでもテーブル上のインテリアとしてグッドなんですよ。

 

(written 2022.9.13)

2022/09/21

ジャズにおけるレトロ・トレンドとはなにか

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ジャズの世界では、新時代のニュー・スタイルが勃興しみんなの話題になったときなぜか同時に古典回顧のノスタルジアも流行するっていう不思議なシンクロ現象がむかしからあります。1940年代のビ・バップ隆盛のときはニュー・オーリンズ・リバイバルがあったし、80年代のフュージョン全盛期にはウィントン・マルサリスら復古派が一大勢力になっていました。

 

2010年代以後現在までだって、ヒップ・ホップ通過後の新世代感覚を身につけた多ジャンル接合的なニュー・エイジ生演奏ジャズが大きな流れとなっているそのわきで、1930〜50年代ふうのプリ・ロック的黄金時代ジャズへのレトロ愛を全面的に打ち出した若手だって確固たるムーヴメントになっています。

 

現在のレトロ・トレンドの中心になっているのはスウィング・ジャズのスタイルで、それも当時主流だったようなビッグ・バンド編成じゃなく室内楽的な少人数編成でやることが多いです。どうしてスウィング・スタイルかっていうと、実はビ・バップってロックンロールと親戚なんですね。そもそも歌ものが映えないしリリカルでもないしっていう。

 

そう、ですから現行レトロ・ジャズ・ブームの中心はあくまで情緒的な歌ものですよ。器楽演奏ジャズでのレトロ志向ってぼくはあまり知りません。ヴォーカルでの復古志向ということで、その伴奏をやる器楽奏者もあわせるようにスタンダードでメインストリームなスタイルをとるようになっているというだけのことです。

 

古いもの、それも自身はリアリティがないはずの70〜80年くらい前のものにあこがれ、追い求め、そんなノスタルジア(っていうのも本来はおかしいんだけど、経験ないんだから、ヴァーチャル・ノスタルジアってことか)をほんとうにリアルな音にして歌ってみたりするっていう、近年のこうしたレトロ・ブームの背景には、ひょっとしたらデジタル・ネイティヴ世代ならではってことがあるのかもなという気がします。

 

以前も書いたしきのうサマーラ・ジョイのときにも触れたんですけど、日本のZ世代に昭和レトロへのあこがれがあるように、ああいったネット常時接続もスマートフォンもなかった、みんながつながっておらず、たがいに適度な距離をおいていた、そういう時代をナマ体験ではいまの若手は知らないわけです。

 

ぼくなんかの世代だと、あんなにも不便で生きづらかった時代にレトロなあこがれを持つなんて、ドウカシテル!って思っちゃうんですけど、なんでもあってすぐそこに手に入り簡単に近づいていけるっていう、そういう世界で生きてきた世代にとっては、かえってほどよい中庸さみたいなのがあって、ちょうどいいフィーリング、羨望の眼差しなのかもしれません。

 

ジャズでいえば、1950年代なかばのロックンロール・ビッグ・バンでアメリカン・ポピュラー・ミュージックの世界で主役が交代したっていうのはなんだかんだいって間違いないし、その後も2022年にいたるまで一度もトップに返り咲いたことなんてないわけです。21世紀になってジャズがもりかえしてきているたって、しょせん主流音楽ではありえませんし。

 

あれ以来ずっと斜陽の黄昏ニッチ音楽、それがジャズ。そうなる前、時代のメイン・スポットライトを浴びていた、爛熟していたジャズ黄金時代へのあこがれとか、ある種の仮想ノスタルジアを持つことがあっても不思議じゃないのかもしれません、若手でも。ぼくだって同時代感覚はありませんが、50年代以前には。

 

音楽はサブスクで聴くというのが中心になっているというのもレトロ・トレンドを後押ししているはず。時代が遠くなるにつれて距離感の濃淡みたいなものができていたのがサブスク普及で消えてなくなって、新しい音楽にも古い音楽にも同じ皿にべたっとフラットに並べて同一に接することができるようになっているでしょ。

 

このことが実はとっても大きいんだと思いますね。レトロ・ジャズ・ブームの中心にいる歌手たちはみんなInstagramをやっているんですが(歌詞のなかに “Instagram” と出てきたりもする)フィードやストーリーをながめていると、だれしもがSpotifyやApple Musicであこがれのナット・キング・コールやチェット・ベイカーや(ヴァーヴ時代の)ビリー・ホリデイなどを聴いているとよくわかります。

 

だから、ネットとスマートフォンがなかった<あの時代>への憧憬といったって、それを味わうためにはそれらデジタル技術を使ってアクセスし投稿もしているわけなんですね。そうした体験をベースにして、みずからも同じような音楽を産み出すようになったっていう。だからやっぱりこれもまた2010年代以後じゃないと存在しえなかったコンテンポラリネスではあるんです。

 

(written 2022.9.19)

2022/09/20

黄金時代へのノスタルジア 〜 サマーラ・ジョイ

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Samara Joy / Linger Awhile
https://open.spotify.com/album/1TZ16QfCsARON0efp6mGga?si=0jfmXC-0SoGLBVl_rnwKaA

 

リリースされたばかりのジャズ歌手サマーラ・ジョイの最新作『リンガー・アワイル』(2022)を聴いていたら、もういまのぼくはこういうのですっかり気分よくてですね、こういった高級ホテルのラウンジとかでやっているような音楽って、ケッ!とか思って長年バカにしていた面もあるんですけど、歳とって変貌しました。

 

サマーラ・ジョイってどんな歌手なのか、デビュー時から日本語メディアでも注目されていて、文章がたくさん読めるので、ぼくがここで説明する必要はないはず。もしこの記事ではじめて知ったんだけどっていうかたがいらっしゃれば「サマラ・ジョイ」でぜひ検索してみてください。

 

最新作もジャケット・デザインを一瞥しただけで、やっぱりこの歌手もレトロ志向なんだなとわかりますが、こうした音楽はジャズやその近辺において完全に一時代の大きな潮流となった感がありますね。サマーラもティン・パン・アリーなスタンダード・ソングを中心に、ピアノ・トリオ+ギターという標準的なジャズ伴奏をつけて、ふわっとおだやかに歌っています。

 

ぼくはお酒がまったく飲めないし、ハイ・クラス・ホテルにも縁がないしで、こうしたラウンジ・ミュージックを現場の生演唱で聴くというチャンスはいままでの人生になかったんですが、自室でおいしいコーヒーを淹れてゆっくり楽しみながら、おだやかでていねいなひとときをすごすという、そんな日常のための極上BGMになってくれるのがサマーラ・ジョイ。

 

ジャジーなムード満開だけど、ときおり適度にブルージーになったりラテン・ビートが使ってあったりと、そのへんの作法も黄金時代のジャズ・ポップスそのまんま。サマーラのヴォーカル・カラーは、スタンダードを歌うときのカーメン・マクレエあたりの味にちょっと似ているなと思います。

 

1930〜50年代あたり、ロックンロール爆発前夜に爛熟していたジャジー・ポップスへの憧憬が間違いなくサマーラ(やその他レトロ・ジャジー歌手たち)のなかにはあって、いま、ここ10年くらいかな、こうしたノスタルジアをリアルな音にして届けてくれる歌手が急増していますよね。

 

こうしたムーヴメントはいったいなんなのか?じっくり考えてみないとわかりませんが、ヴァーチャルなファンタジーがリアリティを持つようになったネットとスマートフォン時代だからこそ具現化するようになった音楽だとも思えます。

 

ともあれ、いまから40年ほど前の大学生時代からスウィング系のヴィンテージ録音ジャズやそれで歌うポップ歌手なんかが大好物で愛し続けてきたぼくにとっては、サマーラ・ジョイもまたストライクな歌手。新しくもなんともないし、音楽として特になんでもないようなものですけど、趣味の世界ですからね。

 

(written 2022.9.19)

2022/09/19

musicaholic

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(3 min read)

 

上のキャプチャ画像のとおり、Spotify AIの自動分析によればぼくは先月(八月ってことかな)497時間音楽を聴いたそうで、これ、31で割ると一日平均16時間強ということになります。起きている時間ほぼぜんぶじゃないか…。

 

これはSpotifyだけの数字。Apple Musicで聴いている時間もあるし(Amazon Musicは登録だけしてほとんど使っていない)、実はCDだってちょっとだけかけているので、あわせれば月約500時間くらいですか、うん、毎月だいたいそんなもんです。

 

もうこれは完全なるビョーキですよねえ。アルコールとか麻薬とかの中毒患者が、ちょっと血中濃度が下がるとガマンできず勝手に手が摂取に動くように、ぼくのばあいは音楽を絶やさず浴び続けていなければ死んでしまうっていう、そんな人間です。

 

こういうのって、経験的実感からすればサブスク・ユーザーのほうがなりやすいぞっていう気がしますよ。だってフィジカル購入だと枚数に応じて従量的に金額が増えていきますから限度があるっていうか、どっかで歯止めがかかりますが、Spotifyだとひと月¥980、たったそれだけ払えば無限に聴けちゃうんですから。

 

そんでもって先月はなんでもマイルズ・デイヴィス『イン・ア・サイレント・ウェイ』1曲目の「シー/ピースフル」をいちばん聴いて(理由があるのでそのうち書く)、12個の新しいプレイリストを作成したとのことです。こういったことをサービスのAIに自動把握されるのを嫌うかたもいらっしゃるのだろうと思いますけどね。

 

ぼくにとっては、趣味傾向をAIがつかむことで好みにそったオススメ・プレイリストを提示してくれたりするし、一度聴いた音楽家の新作が出ればお知らせが来て、なんだったら聴いたことなくたって同傾向の音楽ニュー・リリースは表示されるとか、そんなわけで趣味の充実に役立っているのは間違いないです。こうやって総まとめみたいなこともできる。

 

Spotifyにハマって以後は、それ以前に比してもさらに何段も音楽好きになってその充実度中毒度が増し人生がウレシタノシで、お金の倹約にもなってほかのこと(美容とか医療とか食事とか)にふりむけることができるようになっていっそうウレシタノシが増強され、そんな施術中外食中もずっと音楽を切らさず聴けるようになったし、もう言うことないじゃんね。

 

(written 2022.9.17)

2022/09/18

1982〜85年の未発表スタジオ音源に聴くブルーズ・サイドとポップ・サイド 〜 マイルズ

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(5 min read)

 

Miles Davis / That's What Happened 1982-1985: The Bootleg Series, Vol. 7
https://open.spotify.com/album/2mwZpszzkV5EzChG04oDWv?si=4cEZhJ1JT2S3JoIE9osT4Q

 

ネットとかしたりなどでのんびり軽い気持ちで流し聴いたマイルズ・デイヴィスの『That's What Happened 1982-1985: The Bootleg Series, Vol. 7』(2022)。リリースされたばかりの未発表発掘音源集で、ちょうどワーナー移籍直前、コロンビア時代末期のものですね。リアルタイム・リリースでいえば『スター・ピープル』(83)、『ディーコイ』(84)、『ユア・アンダー・アレスト』(85)のあたり。

 

CDなら三枚組ですが、三枚目は83年7月7日のモントリオール・ライヴ。二枚目までがスタジオ・アウトテイクで、興味をひかれるのはそっちです。おおざっぱにいってディスク1がブルーズ・サイド、ディスク2がポップ・サイドということになるんじゃないでしょうか。

 

これは晩年のマイルズを決定づけた二大要素であるとともに、本来この音楽家がなにを大切にして1948年以来のソロ・キャリア全体を歩んだかということも象徴しているとぼくには思えます。そしてこれら二つは81年復帰後マイルズの50年代回帰ということを明確に示していますよね。

 

特にハッこれはおもしろい!と身を乗り出すのがディスク1に収録されたブルーズ・ナンバーの数々。なんたって2、3トラック目の「マイナー・ナインス」はJ.J.ジョンスン(トロンボーン)との再会セッションで、二人だけでの演奏。バンドはおらず、JJが吹く伴奏をマイルズがエレピでやっている(トランペットは吹かず)というもの。この上なくブルージーな雰囲気満点で、こ〜りゃいい。

 

しかしJ.J.ジョンスンですからね。正式共演は1950年代前半のブルー・ノートやプレスティジでのレコーディング以来っていう。なんでJJだったのかともあれ、このころマイルズがJJとひさびさに再会してなにか録音したらしいぞっていうウワサは当時飛び交っていて、ぼくも目にしたことがありました。

 

それがようやく日の目を見たということで。しかも「マイナー・ナインス」パート1でJJが吹いているのは電気トロンボーンのサウンドに聴こえるし、マイルズのエレピだってブルージーでコクがあってうまいですよ。やはりブルーズ・ナンバーで、こっちはバンドで演奏する4〜6「セレスティアル・ブルーズ」のパート3にもJJが参加しています。

 

ブルーズ、というかブルージーなフィーリングという点では、ディスク1の末尾に収録された9、10「フリーキー・ディーキー」もみごと。編集済みの完成テイクが『ディーコイ』に入っていましたが、それはふわふわただようようなアンビエント感満載のアブストラクトなものでした。

 

ところがここではナマのむきだしのアーシーなブルーズ・フィールをこれでもかと聴かせてくれて、ジョン・スコフィールドも本来の持ち味を存分に発揮しているし、いまのところたぶんぼくはこの2トラックが今回のディスク1でいちばん好きですね。聴きものだとも思います。

 

ディスク2をポップ・サイドと呼んだのは、1950年代からもともとポップ・バラードのリリカルでプリティな演奏に本領を発揮していたマイルズが、その長所をフルに取り戻したような演奏がたくさん楽しめるからです。「タイム・アフター・タイム」「ヒューマン・ネイチャー」の別ヴァージョンもあるし、以前先行で聴けるようになったときに記事にした「愛の魔力」(ティナ・ターナー)もあります。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2022/06/post-3335a8.html

 

今回のこのアルバム・リリースで初めて聴けるようになったものでいえば、100%未発表で存在も知られていなかった4曲目「ネヴァー・ラヴド・ライク・ディス」に実は惹かれました。オープン・ホーンで吹いていますが、曲題の意味が身に沁みてくるような、いいバラードです。マイルズ作とクレジットされていますけど、ホントかな?

 

マイルズ公式Twitterアカウントが言うように、このトランペッターはリリカルで内省的かつメロディックに演奏することに生涯を懸けた音楽家だったんですが、そんな特色が今回リリースされたこのアルバムでもよくわかります。

 

(written 2022.9.17)

2022/09/17

Play Next

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(4 min read)

 

っていうプレイリストをSpotifyでつくってあるんですが、なにかというと「次に聴きたいアルバム」をどんどんドラッグ&ドロップで(つまりパソコンで)放り込んであるというだけのもの。

 

次に聴きたい「曲」を予約するんならアプリの機能で用意されていて、操作すればいま流れている曲の次にそれを(アルバムを超えてでも)再生してくれるんですが、アルバム単位でそれができないんですよね。ぼくはアルバム主義人間。

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一度Spotifyのオフシャル・サポートに問い合わせもしてみましたが、今後の検討課題とさせていただきますとのご回答。しかしアルバム単位で次にどれを聴くかっていうのはぼくみたいな人間には必須なこと。サービス内でそれができず、ほかのテキスト・アプリでメモなりしておかなくちゃいけないっていうのはやっぱりちょっとね。

 

フィジカル時代だと次に聴きたいレコードやCDを並べて置いておくことでこれが実現できていました。そうしたやりかたは、実をいうといまから約40年前の大学生のころにジャズ喫茶で見て、覚えて真似していたものです。

 

それをずっと長年、2019年夏ごろにサブスクのみ人間に変貌するまで続けていました。同じことができないか、CDをいくつも並べておくようにSpotifyで次に聴きたいアルバムを五作でも十作でも準備しておくことができないかと、ずいぶん悩みました。

 

なぜこうしたことが必要かというと、思いついた瞬時にやっておかないと、どんどん忘れてしまうからでもあります。加齢で記憶力は低下の一途をたどり、いまや三秒前の思いつきだって「なんだったっけ?」になる始末。

 

レコードやCDを棚から取りだして部屋のプレイヤーそばに見えるように置いておけばこうしたことは防げますし、記憶力の落ちていない年齢だって枚数が多くなれば憶えておけませんし、なにより次になにを聴いたらいいか迷ったり悩んだりさがしたりせずにすんで、ディスク・チェンジの際の無音の時間を無為に過ごすこともなくなります。

 

こうしたことがサブスク・サービスでもできなくちゃ意味ないので、ぼくみたいに自宅ジャズ喫茶さながら一日中音楽を楽しんでいる人間にとっては。アプリ内では不可能と知り、ずっとテキスト・メモをしていました。それでべつに不便も不満もなかったんですけど、アプリ見ながら別なアプリで検索するというのだけがちょっと手間でですね(ものぐさ)。

 

そんなことであれこれ試してたどりついたのが『Play Next』(名前はなんでも)と名付けた一個のプレイリストに、あっこれあとで聴きたいなっと思いついたアルバムを見つけた瞬間に放り込んでおくというやりかた。次々と追加し、聴き終わったアルバムはデリートします(そうしないと長大になりすぎて、今度はスクロールの手間がかかるようになる)。

 

現状、これ以外に方法がないように思うんですけど、音楽サブスク・ユーザーでもっといいやりかたをご存知のかたがいらっしゃれば、ぜひ教えてください。

 

(written 2022.9.15)

2022/09/16

もはやフュージョン・バンドではない 〜 イエロージャケッツ

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(3 min read)

 

Yellowjackets / Parallel Motion
https://open.spotify.com/album/2QWh0FN4WfVTaYC5fwiI4I?si=Ra0XBBzPSm6MgnxD0sXGsQ

 

アメリカ西海岸のあまりにも典型的なフュージョン・バンドだったイエロージャケッツ(1981〜)。いまだそのころのイメージのまま認識をアップデートできていないリスナーもいらっしゃるように散見しますが、実をいうとこのバンド、もはやそうではありません。

 

現在のイエロージャケッツを聴けば、フュージョン・バンドの面影なんかどこにもなく、はっきりいってゼロで、完璧なるコンテンポラリーなストレート・ジャズ・バンドへと変貌しているのがわかるはず。1990年にボブ・ミンツァーが加入して舵を切ったよう。

 

ご存知のようにぼくはフュージョン好きなので、80年代のイエロージャケッツもお気に入りでした。知ったのは人気絶頂だった1984年の渡辺貞夫さんが全国ツアーのバック・バンドとして起用したことで。バンド結成のきっかけだったロベン・フォード(g)もいっしょでした、あのときは。

 

あのころと比較すれば、中心人物のラッセル・フェランテ(key)だけを軸に、ほかは全員メンバーが代わったイエロージャケッツ。現在四人編成で(キーボード、サックス、ベース、ドラムス)、結成から数えると40年を超えたという超長寿バンドとして現役活動中なんですね。

 

以前このブログでも前作の『ジャケッツ XL』(2020)をとりあげて書いたことがありました。ドイツのWDRビッグ・バンドとの共演で、アクースティック&重量感のある現代的なストレート・ジャズを展開した立派な内容で、とても感服したのをよく憶えています。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/09/post-8b28b2.html

 

今作はカルテット編成のみで演奏するというバンドの原点に立ち返り、ポップな音楽性という柱は40年経っても変わらず維持しながら、やはりコンテンポラリーなジャズ・サウンドを聴かせてくれていて、これもなかなか充実した内容です。四人だけでやるのはデーン・アルダースン(b) が加入した2016年の『Cohearence』以来。

 

一曲だけ、歌手のジーン・ベイラーをフィーチャーした8「イフ・ユー・ビリーヴ」があるにはあります。アーシーなゴスペル・フィールをも感じさせるヴォーカルで、曲はフェランテのオリジナル。歌にオブリでからむミンツァーのサックスも聴かせますね。

 

ストレートなコンテンポラリー・ジャズといっても、イエロージャケッツがやっているのはフュージョンを一度フルに通過したからこそ到達しえた境地で、聴きやすさ、ぼんやりしているとなんでもないような音楽と思えてしまうような明快なグルーヴとノリのよさ、適度な電子楽器の使用法など、80年代フュージョンのエッセンスが現代ジャズとして昇華されているのを感じとることができます。

 

(written 2022.9.15)

2022/09/15

新しさという強迫観念 〜 ブライアン・シャレット

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(5 min read)

 

Brian Charette / Jackpot
https://open.spotify.com/album/53bpqU3b1AjAtwXvrxOE5P?si=wH2g_SqkQmiOvqGXoAd1KA

 

萩原健太さんのブログで教えてもらいました。
https://kenta45rpm.com/2022/09/06/jackpot-brian-charette/

 

ジャズ・オルガン奏者、ブライアン・シャレットの新作『ジャックポット』(2022)をとりあげた上のエントリーにいいことが書いてあって、全力で首を縦にふってうなづきました。端的にいえば、古い音楽も新しい音楽も等価値にすばらしいという点。

 

健太さんのお書きになっていることがほんとうにそのとおりなので、一部ちょっと引用させてください。

 

~~~
まあ、今さらここに何か新しいものがあるわけではないのも事実だけれど、“新時代の空気感を、新たなグルーヴを…”みたいな曖昧な強迫観念の下、やみくもにジャンルを超えて混沌へと身を投じる系でないと評価されにくい昨今のジャズ・シーンにあって、こういう往年のフォーマットに最大限のリスペクトを払った、ある種まっすぐな新作に出くわすと、お古いファンとしてもうれしくなってしまう。

ジャズに限らず、新しさを模索する動きと過去をリスペクトする動きと。どっちも等価値にかっこいい。両輪で歩んでもらわないと、ね。
~~~

 

ブライアン・シャレットの新作をレヴューする格好をとりつつ、健太さんがいちばんおっしゃりたかったことはここにあった、これこそこのエントリーの主眼だったことはあきらかでしょう。

 

そしてぼくもまったくこれが言えると思っていますね、常日頃から。ブライアン・シャレットの今年の新作『ジャックポット』も特にどこがどうということのない従来的なオルガン・ジャズで、1960年前後あたりにたくさんあったああいった路線をそのまま継承しているものです。

 

曲だってすべてブライアンが今作のために書いたオリジナルだとはいえ、どこが「新」曲??と言われるであろう伝統的にスウィンギーでソウルフルでジューシーなハード・バップ・チューンばかり。それをオルガン、サックス、ギター、ドラムスというスタンダードな編成でひねりなくストレートにやっています。

 

1960年前後ごろのオルガン・ジャズ・スタイルだからといって、今作はレトロとかイミテイションとかいうものじゃないと思うんですよね。あのころのああいったジャズはいまだ生き続けている現役の価値観で、2022年にでも意味のある楽しくワクワクできる音楽じゃないかということです。

 

古いからいいとか新しさにこそ価値があるとか、そういう二律背反的な発想じゃなく、そもそもつながっているんだし、ぼくら一般リスナーはどれも同じように並べて聴いていけばいいと思いますし、自分にとって楽しい美しいと思えるものを、スタイルの新旧関係なく忌憚なしに選んでいけばいいと、いつも考えているんですよね。

 

でもでも、いま2010年代以後は、なんだか(特にジャズの世界では)新世代感がないとつまんない、評価できない、古いものなんか…っていうような価値観・評価軸が支配的であるようにぼくにもみえていて、いっぽうでこうしたブライアン・シャレットの新作みたいなのだってどんどん発売されているぞという事実は決して無視してほしくないんです。

 

新しいものが好きで心から共感できるならそれでいいし、古い従来的なものが好きならそれもまた等しくよしで、ひとのことはほうっておけばいい。それをなんだか「新しくなくっちゃ!」っていう強迫観念で躍起になって追いかけているのは、もしも本心じゃなかったら、人気評論家とかに影響されて…、そんな空気で、いま流行りだから…とかっていうんならどうなのか?と、ここ10年ほどずっと感じています。

 

自分の耳で聴きましょうよ。それで自分にとってほんとうに心地いい心底いいと思えるものを、他人の言うことや、あるのかないのかあいまいな時代の空気に左右されず選んでいきたいと、ぼくはそういう態度でやっていきたいと思います。趣味なんだし、自分の人生なんですから。

 

(written 2022.9.7)

2022/09/14

凜とした田中美久のポートレートを見るのが好き

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(2 min read)

 

https://twitter.com/miku_monmon3939

 

(写真四枚は本人のTwitterから勝手に拝借しました)

 

ついこないだ21歳になった田中美久(たなかみく、HKT48)の写真をながめるのが好き。いつごろからかみくのTwitterとInstagramをフォローするようになり、どんどん上がる写真をながめているだけでいい気分なんです。

 

記憶をたぐると、ぼくがみくに興味を持ったのは、なにかの配信番組(SHOWROOMだったっけ?)で韓国差別発言を向けてしまったファンに対し毅然とした態度をとったとひとづてに知ったからじゃなかったかと思います、たぶん。数年前のこと。

 

そのときかなりしっかりした対応をしたらしく、気概のあるひとなんだと感心して、わさみんきっかけでAKB系のガール・グループに興味をすこし向けるようになっていたぼくは、正直言ってちょっと惚れちゃったというか、日本の芸能人、特に若い女性タレントはその手の話題でお茶を濁すことも多いだけにですね。

 

それでみくのソーシャル・メディア(Twitterは2017年開始となっているので、早くともそれ以後)をフォローするようになってみると、どんどん上がるポートレイトの、媚のない凜とした顔つきに惹きつけられるようになったんです。こっち向いてなんだかほしそうにしている表情のときもあるんですが、キリッとひきしまった目つきのときがぼくはとても好き。

 

そう、そういう表情のときのみくは、いい。なにか、いいんです。現役HKT48在籍中ガールで、グループでの活動のことはなにも知らないんですけど、実は。博多に住むか出かけていくかじゃないとわかりにくいのかもしれないし、とりあえずいまはTwitter(とInstagram)の公式アカウントにあがるポートレートをながめて、ものによりけりではあるけれど、ときおりすごくいいなぁと強い魅力を感じたりしているだけ。それだけでいい気分。

 

よくわからないけれど、なにか惹き込むパワーを持っている存在だなと思っています、田中美久って。

 

(written 2022.9.8)

2022/09/13

ギリシアン晩夏 〜 オレスティス・コレトス

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(2 min read)

 

Orestis Koletsos / Me Plimmirizei Fos
https://open.spotify.com/album/6Rjk5iXyD1mx4nTjmmjUCD?si=3f8dClWdTZqE3t6ND0Z11Q

 

その後もときどき思い出して聴いているギリシアのブズーキ奏者、オレスティス・コレトスの『Me Plimmirizei Fos』(2013)。このころまだサブスク・サービスはなかったし、ぼくも14年にエル・スールでCD買いました。ブログで一度書いたのは16年のこと。

 

季節に応じ表情を変える深い音楽で、冬には冬向けのいい感じになってくれるし、ちょうどいまの晩夏時期にもぴったりくるフィーリングをかもしだすので、このところまたくりかえしかけていたっていうわけ。ちょっと思い出して手短にメモしておこうかな。

 

このちょっとうらぶれた感、翳りでもって、終わりゆく夏を惜しむ寂寥がよく味わえるアルバムで、特に1、3、4、5、7、8、10曲目あたりかな、暗めで哀しげな地中海世界の退廃みたいなフィーリング、元気だった夏が去りかけて夕陽が傾いてきたような、そんな世界観に聴こえなくもありません。

 

アクースティク・ギター&ブズーキの音色と参加歌手(オレスティス自身も二曲歌う)の声が、そんな哀感を増強しているように思うんですよね。ラテン・テイストも加味された曲のメロディ・ラインがそもそもそんな動きで、最盛期は古代だから国家として日が傾いて長いギリシア独特のメランコリアみたいなものが、知らず知らずと音楽にもこうして表出されるのかも。

 

特にアルバム終盤二曲ではオレスティスがブズーキ演奏のみごとな腕前を披露しているような部分もあったりもします。哀感強めといっても、全体的に重くもしつこくもなく、不思議にさっぱりした聴後感を残すさわやかな風味もあるアルバムで、いまは晩夏だからこんなふうに聴こえますけど、秋には秋、新緑の春にはこれまたふさわしく鳴る音楽。だれもそんなこと言わないけどひそかな傑作かもしれませんよ。

 

(written 2022.9.10)

2022/09/12

ロー・ファイ・ジブリ

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(4 min read)

 

Grey October Sound / Lo-Fi Ghibli
https://open.spotify.com/album/6BmFgD4QupE7wELjNyj6dw?si=Gudr7mUDRy-eRaNlDC-tNQ

 

ジブリ映画を一つも観たことがありませんが、それはなんとなくその〜、なんというかまぁ〜、いや、やめときます、べつにアニメ嫌いとかじゃないし。とにかく音楽狂としてはちょっと関心を持つアルバムが出ました。グレイ・オクトーバー・サウンドの手がけた『ロー・ファイ・ジブリ』(2022)。

 

P-ヴァインからのリリースなので、このレーベルのTwitterをフォローしているぼくは流れで自然と知ることになりました。ジブリ・ナンバーをロー・ファイ・ヒップホップのアレンジでやってみたというもので、ぼくみたいにジブリ映画に関心はないけどロー・ファイの愛好家、っていうんであれば心地よく聴けると思います。

 

つまりロー・ファイでやったジブリ・カヴァー集というわけで、ジブリ・ファン、音楽愛好家のどっちも楽しめるアルバム。ジブリにもロー・ファイにも興味なしという層には届きにくいかもしれませんが、でもレコードも出るらしいし、そういうのってロー・ファイの世界じゃめずらしいんですよ。

 

それにしても映画本編をどれも観たことないのに、かけてみればなぜかメロディだけは聴き憶えがあるっていうものがまじっていて、なんでしょうね、このジブリの浸透具合。ロー・ファイ・アレンジで、コンピューターでつくったあえて無機質なビートを足すことで、印象的なメロディ・ラインをいっそうきわだたせる結果をももたらしているようにも聴こえます。

 

ロー・ファイって曲のタイプとか調子にバリエイションがあるわけじゃなく、ほぼおんなじような感じがずっと続くし、そもそもがそんな正面から向き合って聴き込むという音楽でもなく、なにかのついでに背景でなんとなく鳴らしておけば、ジャマにならず集中力が増すしで、つまりBGMなんですよ。

 

だからそういうのは音楽に求めていないっていう向きはどうぞ無視してください。今作のジャケット・デザインでもわかるし、いままでロー・ファイについて書いてきたすべての記事でも言及していますが、勉強したりなにかの作業をするときのながら聴きにピッタリで、音楽流せば効率あがるという調査データもありますし。

 

いまどき打ち込みビートは生演奏打楽器ともはやそう違わない、ぼんやり聴いていれば区別できないかもといった程度にまで技術進展していますが一般的には。そんななかロー・ファイはそこをあえてデジタルくさいツクリモノ感を強調している音楽で、そこがですね、ぼくみたいな(スライのビート・ボックス以来ずっとむかしからの)マシン・ビート偏愛者にはかえってツボをおしてくるところなんですね。

 

あくまでビートが主役の分野なんで、通常だったら大きめの音でぽんと前へ出るようにミックスされるメロディ担当の上物(ピアノとかギターとか)のぽうがむしろバック。お聴きになればおわかりのように『ロー・ファイ・ジブリ』でもそういったミキシングになっていますよね。

 

ヘッドフォンやイヤフォンで聴いたときにちょうどいい感じだっていうのもロー・ファイの特色で、音楽を楽しむ出力装置としてそういうのを使う若年世代用の音楽だっていうことなんですね。そんなにマジに音楽に向き合うというより、耳さびしいからカフェや自室など日常でなんとなく流しておきたい、でもひっかかって意識せざるをえないようなものはちょっと…っていう、そうしたみんなのための新ジャンルがロー・ファイ。

 

(written 2022.9.9)

2022/09/11

泣いた六月(第二腰椎圧迫骨折で)

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(6 min read)

 

写真にある上から二番目の台形にひしゃげたやつが圧迫骨折した第二腰椎。こうなったのは2022年6月1日夕方の交通事故で四輪自動車にはねられたから。交通量が多く信号のない交差点でのまったくの出会い頭で、原付バイクのぼくもあまり注意せずうっかり進もうとしてしまいました。

 

それが本日9月9日の整形外科診察で、ようやくもうだいじょうぶだということになり、個人的な実感としても痛みとかほぼなにもなくなっていて、事故以前と同じように動けるようになってきているというのが間違いなく、鎮痛剤もコルセットも必要なくなったこのあたりで、泣いた六月来のことを個人メモとして記しておきたいと思います。

 

受傷直後〜二週間程度はほんとうにつらくて、毎日泣き暮らしていました。腰椎の骨折ってこんなにも痛いものなのか、腎臓結石が人類最大の痛みっていうけれどそれ以上じゃないのか?とビックリしましたが、なにしろ初体験でしたからね。60年の人生で感じた最大の痛みだったとして過言ではありません。

 

困ったのは、なにしてもどう動いてもめっちゃ痛いこと。鈍い痛みではなく、鋭利なもので思い切り突き刺すような鋭く激しい痛みが、腰というより体のその前側、股間のあたりにあって、もうなんにもできないじゃないかというつらさがありました。一人暮らしで、ヘルプに来てくださるかたもいないので、すべて自分でやらなくちゃいけないのにこりゃムリだろうっていう痛み。

 

でも食料品は買いにいってごはんをつくらないといけないし、糖尿病や心療内科のクリニックにも行かなくちゃ。お洗濯もするし、歯を磨いて顔洗って、夜は(湯船は救急で運ばれた松山市民病院の医師におぼれるからと当面禁止を告げられた)シャワーくらい浴びたいし、だけどそんな一日のもろもろすべてに強い痛みが常時ともなうわけです。トイレで排便後に拭くのだって痛かったし、そもそも排便じたいが痛い。

 

とにかくですね、すわることも起きることもできないんですから、動作時に痛すぎて。苦労していったんすわったらもう起きられないし、立ち上がったら二度とすわれない。だから同一姿勢保持。朝、目が覚めてもベッドから出るのにゆっくりゆっくり五分くらいかかっちゃうんです。パンツ一枚脱ぎ着するのに苦労する始末。

 

セレコキシブという鎮痛剤が処方されていましたが、当初は飲めども効いたという実感がゼロで、そのあいだはホントしんどかった。6月5日夜の服用後にようやく「あっ、なんかちょっと痛みが軽いぞ」となって、その後はセレコキシブを飲めば作用時間中はなんとか部屋のなかで(痛いながらも)動くことが可能となりました。

 

受傷翌日に行った地元の整形外科で、専用にあつらえたカスタム・コルセットを作りましょうとなり、業者に来ていただいて採寸し作りました。しかしこれ、プラスティックでできた硬質コルセットなんですね。いちばん暑くなる時期にさすがにしんどかったですが。

 

でも腰椎骨折はコルセットで固めておかないと、油断して骨が曲がってくっつくと神経に触り下半身がしびれたりしてとてもヤバいからっていうんで、じっとり汗をかきながらのコルセット着用でした、七月・八月は。外すのはトイレとお風呂のみ。

 

整形外科医の言う「骨癒合までの目安は三ヶ月」ということばを信じて、はじめは三ヶ月もこのままが続くのか…とうんざり気分でしたが、それでもなんとか。ちょうど梅雨明け宣言が四国地方にも出た6月28日に、ぱっと劇的に痛みが軽くなったという感触があって、気温や湿度も関係あるんですかね。

 

その後しかし動きが蓄積すると強く痛みはじめるのでなるべく部屋のなかでおとなしく(以前のようなウォーキングはできない)して、骨が折れてなくてもだいたいがふだんからじっとすわって音楽聴きながら文章書いているだけの人間ですからぁ、生活そのものに特に変化はなく、ただただこの痛みと動きの不自由さだけはやく解決してほしかった。

 

三ヶ月との医師の診たてどおり八月末か九月頭ごろに、あれっもうこれ鎮痛剤飲んでも飲まなくても同じだ、痛まないじゃないか、どんどん動きがたまっても腰がダル重くなる感覚も弱くなってきているし、コルセット外して動いたって着用時と同じだぞっていうふうになってきて、もはやいいんじゃないかと思うようになってきましたね。

 

それで自己判断でコルセット外している時間帯を増やし、鎮痛剤(は6/1からず〜っと一日二回欠かさず飲んでいたわけですが、三ヶ月間)も飲んだり飲まなかったりになって、だから骨折はこれといった治療もべつになくて放っておくしかない怪我なんで、日にち薬ともいうように、もうだいじょうぶになったと思いますね、やった。

 

(written 2022.9.9)

2022/09/10

クラプトン『24 ナイツ』がわりと好き

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(4 min read)

 

Eric Clapton / 24 Nights
https://open.spotify.com/album/6buXSkzKCNuC3ieAjYsmDk?si=AG7S-czSTXC-UPQvSaMiEA

 

それにしてもエリック・クラプトンって、そのファンであることがちょっと気恥ずかしいような存在だということなのか、多くのみなさんが遠慮しながら自嘲気味に発言しています。ぼくにはもうそんな若々しい気分なんてないので、いいものはいいと素直に言いたいです。それが歳を重ねたということ。こんなこと言っていいだろうか?笑われない?って思わなくなりました。

 

それで、全肯定の熱心なファンを除けば一般にはクラプトンって1980年代なかごろまでだった音楽家という見かたが支配的で、ぼくも同意見ではありますが、それ以後の作品にだって好きなものはちょこちょこあります。その一つが1991年発売の『24 ナイツ』。CDだと二枚組でした。

 

このライヴ・アルバムがなんであるか、ロイヤル・アルバート・ホールでの連続公演のこととか、四部構成でそれぞれテーマがあってバンド編成ががらりと違うとか、調べればくわしい解説が出ますので、どうぞ検索なさってください。該当Wikipediaを読むだけでもおっけ〜と思います。

 

個人的に好きなのはディスク1の2パート。1〜4曲目が1960年代のクリーム・ナンバーを中心に4ピース・バンドでの再演。5〜8がブルーズ・サイドで黒人ブルーズ・ミュージシャンを従えてのカヴァー集。これらがぼくには心地いいんですね。

 

こういうと、60年代からロックやクラプトンを聴いてきている筋金入りのみなさんには、アンタ気は確かか?と思われそう。だけど、個人的な嗜好のことにはだれも注文つけられませんから。それを隠さず正直に堂々と言える年齢になってきましたので。

 

1〜4曲目(2は新曲)なんて、クリームのオリジナル・ヴァージョンよりずっと好き!(えっ?)って思えるくらいですから。特に「バッジ」と「ホワイト・ルーム」。90年代にもなってなんでそんなのやってんの?懐メロかよ!と悪口も言われたでしょうが、バンド演奏のキレとビート感がオリジナルよりずっと好き。ぼくは。

 

ドラマーはスティーヴ・フェローンで、ずいぶんシャープなドラミングをするので、大好きなんです。そのほか三名、合計たったの四人でやっているのに不足ないゴージャスなサウンドに聴こえるし、ライヴ演奏にしてはスキがないし、クラプトンのギター演奏だっていつもに増してきわだっています。

 

5曲目以後のブルーズ・サイドでぼくがいつもじっくり聴いてしまうのは6「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」。クラプトンにとっては60年代から数えられないほどくりかえしやってきた最頻演得意曲で、そのあまりに手慣れた感ゆえ、ここでは悪くいえばクリシェだらけのつまらない演奏に堕しているとも聴こえます。

 

ギターの音色づくりにしたっていかにもだし、フレイジングも手癖だらけのオン・パレード、妙にこぎれいな清潔感ただようとても流暢ないっちょあがり的演奏、こんなの「ブルーズ」じゃないよというのが一般のブルーズ/ブルーズ・ロック愛好家の意見でしょう。ぼくもおっしゃるとおりと思うんですけども。

 

それでもなにかの心地よさ、聴きやすさがこの「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」にはあります。非ブルーズに落ちることの危険性ととなりあわせになった平坦なおだやかさ、エモーションがほとばしらずこぼれおちたりなどいっさいしないありきたりの日常性が、ニセモノ・ブルーズであるとはうすうす感じながらもの愛好感にぼくのなかではつながっているんです。むかしから。

 

(written 2022.9.4)

2022/09/09

ぼくの失敗談(其の一)〜 クラプトンのアーミング(えっ?)篇

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(3 min read)

 

ただの昔話です。

 

1995年にパソコン買ってネットをはじめて以後現在までが音楽について毎日たくさんおしゃべりするようになった時代ですが、あのころもいまもたくさんの失敗をおかし、ウソ、でたらめ、いいかげんを言い続けているぼく。たんなる無知、勘違いが原因です。

 

古いことは時間が経過して周囲はひょっとして忘れ、張本人のぼくのなかでも笑い話、スウィートなメモリーへと蒸化されてきているので、憶えているものは思い出としてときおりつづっておきたいと思います。過去をふりかえってなつかしむ、そういう歳です。

 

なかでも最大のものの一つが1995〜98年ごろのどこかの時期にあった失敗談で、エリック・クラプトンは自身のストラトキャスターでアーミングをすることもある、と発言した件。ネット会議室中が大騒ぎになりましたよねえ、そりゃあ(苦笑)。

 

ご存知ないかたのために事実から先に言えば、クラプトンはまったくアームなど使いません。そもそも愛用のストラトからアームを取り外しちゃっているギターリストですから。真似して(フェンダー・ジャパンの)ストラトをお茶の水で買ったぼくだって同じようにしていたというのに。

 

あのときは、だからなにを血迷ったのでしょう。CDでクラプトンのどれかを聴いていて、あっここはにょ〜んとスムースに音程が下がっているじゃないか、アーミングだろうと思ったんでしょうか。上がるほうだったらお得意のチョーキングだねと判断したでしょうけど、下がりましたから、っていうのがでも聴き間違いだったのかも。

 

とにかくクラプトンがアームを使うとみんなの前で発言したことで、もちろん一斉にツッコまれました。ロック・ギターにくわしいにもかかわらずなにも言わなかった仲間もいて、そりゃあれですね、こいつなにも知らんのだなとあきれたということでしょう。「おまえなに言ってんだ!」というような強い語調のかたもいませんでした。

 

みんな物腰やわらかく、ニコニコ笑いながらおだやかにといった表情でそれとなく遠まわしにほのめかすといった程度の指摘で、紳士だったなぁ。ギターリストが多かったんですけどね、あのNifty-Serveのロック・クラシックス会議室(FROCKL〕には。過去にバンド経験があるとか、いまでも友人とのセッションでときおり弾いているといったアマチュア・ギターリストが。

 

90年代のパソコン通信ってそんなのどかな雰囲気に満たされていて、それでもぼくが入るずっと前からやっていたるーべん(佐野ひろし)さんに言わせれば「むかしはのどかでよかった」ということになるんだそうで、ぼくだけひとりムキになって殺気立っていたのかもしれませんね。当時のだれとも交流がなくなりました。みんな元気かなあ。

 

(written 2022.8.30)

2022/09/08

アーシーさもおだやかなオルガン・ジャズ 〜 フレディ・ローチ

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(3 min read)

 

Freddie Roach / Down To Earth
https://open.spotify.com/album/59vNvpgA2YQr4AC5ValpHV?si=J-M3Wd91SXOibPPluU9l5Q

 

ジャズ・オルガン奏者のアルバムで、1962年のブルー・ノートもの、とくれば、もう中身を聴かなくたってだいたいどんなものか想像できようというもの?。フレディ・ローチという名前は知りませんでしたが、やはり内容はそのまんまというに近かった?『ダウン・トゥ・アース』。このアルバム題だってねえ?。

 

フレディのデビュー・アルバムで、編成はオルガン、テナー・サックス、ギター、ドラムスのカルテット。ケニー・バレルだけは有名人でしょう。3曲目「Lujan」(ヘンリー・マンシーニ)以外すべてボスの自作なんですけど、どうってことないブルーズ・リフばかり。

 

おなじみ路線であるということを言いましたが、本作はそれでもクールでおだやか。62年のブルー・ノート・オルガン・ジャズにしてはコテコテというより洗練された味が強いといえるかもしれません。くっさぁ〜いアーシーなフィーリングがさほど濃厚じゃないのが2020年代にはコンテンポラリーに響くかも。

 

いちばんのうまあじは、やはりケニー・バレルのギターだと思います。このひとが参加しているというだけで本作の値打ちは上昇。ブルージーでありながら都会の夜を思わせる洗練されたおしゃれなテイストを持ちあわせているギターリストであることが、このアルバムの方向性を決定づけているんじゃないでしょうか。

 

フレディ・ローチのオルガンだってさほどホットじゃなく、ジミー・スミス、ブラザー・ジャック・マクダフあたりと比較すればややおとなしい弾きかた。ねちっこくグリグリ責め立てるといった中年オヤジ的いやらしさ、しつこさはなく、さっぱりした淡白な味がします。

 

ですから、『ダウン・トゥ・アース』なんていうタイトル(の曲はないのに)を考案したのはもちろんアルフレッド・ライオンでしょうし、この社長はそうしたテイストが大好きでどんどんやらせたのではありますが、意に反し?コテコテには仕上がらなかった、つまりだからおなじみ路線でもないし「中身を聴かなくたって判断できる」というようなものではないのかもしれません。

 

リスナーによっては肩透かしをくらったという気分になるかもしれず、そんなわけでなのか、本作も当オルガン奏者もすっかり知られていないまま埋もれて21世紀になってしまったのかもしれませんね。そんな hidden gem でもブルー・ノートものであればサブスクには載りますから、ぼくみたいにいつどのタイミングでひょっこり出会うかわかりません。

 

(written 2022.8.29)

2022/09/07

60代になってできるようになったこと

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(1 min read)

 

・ひとそれぞれの人生があって、感じかた、考えかた、行動などみんな違う。だからあれこれ言わず、ほっとこう

・だれにも近づかない、距離を常に保つ

・それでも言いたいことはちゃんと言う(自分の場で)

・熱心で懸命なのをバカにしたり笑ったりしない

・長い目でみればだいたいの違和感は一時的なものにすぎず、しばらく経てばふだんどおりの日常にもどる

・感情の起伏が平坦になって、落ち着いてきた。あれこれ動じない

・願望はだいたい叶わない

・理解してほしい認めてほしい見てほしいというのは放棄した

・どう思われても、なにを言われても、気にしない

・自分の都合を優先する

・苦労も努力も我慢もしない

・好きなこと、やりたいことだけをやる

・それものんびりゆっくりやる

・楽しく静かに生きていたい

・急くのがきらい、余裕をもって行動する

・うまくいかないときは、ちょっとあいだをおく

・イヤなこと、つらいことからはできるだけ逃げる、忘れる

・こだわらない執着しない、あっさりあきらめる、こっちがダメならあっちがあるさ

・まぁそんな日もあるよねっていう考えをいつも持っておく

・生きてりゃいろいろとつらいこともあるさ

・幸せ不幸せあわせて人生だ

・気にやむだけならムダなので、さっさと寝よう

・お金の心配はしなくていい

・なんだかんだで人生なんとかなる、だいじょうぶ

・音楽と結婚した

・貧乏人だけど、どんなときも気高さを失わないように

 

(written 2022.9.4 〜 9.5)

2022/09/06

仄暗くひそやかに 〜 レイヴェイ

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(3 min read)

 

Laufey / Everything I Know About Love
https://open.spotify.com/album/3t4SFDwWJlt7A3RQS2YT1c?si=L5KGDeNdRtWOal3PCWhOqQ

 

お気に入りシンガー・ソングライター、レイヴェイ(アイスランド出身在USA)。以前のアナウンスどおり最初のフル・アルバム『エヴリシング・アイ・ノウ・アバウト・ラヴ』(2022)が出ています。先行EPの段階で言いたいことは書いたのでもうなにもないかと思いましたが、聴いていたらやっぱちょっと手短にメモしておきたくなりました。

 

7曲目でフランク・レッサーの「アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォー」をカヴァーしていますが、それ以外はすべて自作か共作。グレイト・アメリカン・ソングブック系のクラシカルでドリーミーなポップ・ソングを書くレイヴェイの能力は天才的で、そういったところにもぼくはすっかり惚れちゃっています。

 

あちこち見ていると本人には欲みたいなものがないように思え、ただひたすら自分の好きな世界を自分好みにつづっているだけだっていう、そんな個人的でプライベイトな日常感覚をたたえているのも特色。(まるで十人並みみたいに一瞬思えてしまう)身近でインティミットなフィーリングでつらぬかれていますよね。

 

ちょっと前まで(いまでも?)ティン・パン・アリーなスタンダード、っぽい曲は大編成オーケストラを伴奏につけることも多かったと思うんですが、そうした野外とか大ホールを思わせるムードから、こじんまりしたサロン・ミュージックへと趣向をチェンジしているのもレイヴェイ的っていうか、これは現代の若手の多くに共通しているトレンドですけど。

 

低音域を中心に落ち着いて仄暗くややハスキーに歌うレイヴェイのヴォーカル・スタイルだって、ちょっぴりチェット・ベイカーを思わせる退廃感もあって、あ、8曲目のタイトルが「ジャスト・ライク・チェット」ですが、そういえばInstagramではチェット・ベイカー(その他)の作品にときおり言及しているのでした。

 

あきらかにあのへんがレイヴェイの音楽的インスピレイション源に違いありません。本作では広がりと密室性を同時に香らせている音響もすばらしく、この歌手を聴いているとまるでぼくのためだけに歌ってくれているんじゃないかというひそやかな夢見心地に落ちて、気持ちいいんですよね。

 

(written 2022.8.31)

2022/09/05

個人的クールの誕生 〜 マイルズ関係の趣味も変わってきた

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(6 min read)

 

最近音楽の趣味がおだやか系に変化してきたというのはくどいほどくりかえしていますが、最愛好ミュージシャンのマイルズ・デイヴィス関係でもそれがはっきり反映されています。

 

しばらく前まではどっちかというと荒々しくごりごりハードでノリのいいファンク路線が好きだったんですけど、つまり『ビッチズ・ブルー』『オン・ザ・コーナー』『アガルタ』(その他70年代中期のライヴ作品)など。そのへんをめったに聴かなくなりました。あんなにも好きだったのに。

 

聴けば聴いたで、こういうのもやっぱりいいな〜とは思うんですけど、そもそも聴く気にあんまりなんないっていうか、ちょっとかけてみては、アッこういう気分じゃないよねいまのぼくは…ってなることが多いです。

 

入れ替わりに、傑作とは思うもののそんなに大好きというほどでもなかったかもしれないアルバムをどんどん聴くようになっていて、もちろんなかにはずっとフェイバリットだったものもあるんですが、『クールの誕生』『マイルズ・アヘッド』(の特にA面)『カインド・オヴ・ブルー』とかが最近のローテイションです。

 

『イン・ア・サイレント・ウェイ』もそうかな。それらいずれもいままでだって大好きだったんですけど、相対的にごりごりなハード・ファンク期のほうを聴くことが多かったので、比べればやや影が薄くなっていました。

 

これらのアルバム群は、マイルズのクールでおだやかな傾向を代表するもので、いっぽうにハードでワイルドな路線も、特に1969〜75年の電化ファンク時代にはあったんですけど、考えてみればこの音楽家はそもそも静かで淡々としたクールな音楽のほうに本領を発揮したというのがキャリア・トータルでみればよくわかるし、そういう資質の持ち主だったんだと思います。

 

いままではそれをあまり考慮せず、まあ無視して、69〜75年の電化ファンク時代がいいんだぞと自分に言い聞かせるようにしていて、一種のこだわりだったというか、そのへんがマイルズの生涯でも特にクレイジーだった時期なのは間違いないことで、ロック/ファンク方面にもファンを拡大していましたし。

 

つまり、こっちが歳とって嗜好が変化したというだけの話。どのへんがマイルズという音楽家最大の成果だったか、どうやって時代をリードしてきたか、名作とはなにか、なんていう部分に興味がなくなって、なくなったわけじゃないけどさんざん聴いてきたので、いまはもうただひたすら自分にとって快適な音楽だけを選んでいきたいという気分になってきたわけです。

 

それで残ったのが上であげた『クールの誕生』『マイルズ・アヘッド』『カインド・オヴ・ブルー』『イン・ア・サイレント・ウェイ』とかそのへん。快適にスウィング、というかグルーヴするナンバーもあるもの、それらだって決して激しくないし、全体的には落ち着いたおだやかさ、まろやかさ、平坦さ、要するに抑制された美を実現しているのがとってもグッド。

 

そして(いままでなんども書いてきたことですが)マイルズはもとからこんな方向性のアマチュア・トランペッターだったのにチャーリー・パーカーなんかのコンボでデビューしちまって、苛烈を極めるビ・バップ・ムーヴメントのどまんなかでプロ演奏活動を開始してしまったというのが、独立後の方向性を反動的にしたという面も確実にあると思います。

 

パーカーはといえばマイルズのおだやか系資質をうまく利用していて、自分のサックス・サウンドと並べたときにいい感じのコントラストを生むので音楽全体でバランスがとれてよいと考えていたでしょう。自分のバンドを持つようになってからのマイルズがハードな吹きまくり系サックス奏者をサイドに置くことが多かったのも、こうしたバード経験から得た知恵に違いありません。

 

さて、たとえば『クールの誕生』の「ムーン・ドリームズ」とか、スローじゃないけどバリトン・サックスと低音ブラスの合奏がなんともいえず心地いいおだやかサロン・スウィングに聴こえる「ガッドチャイルド」「バプリシティ」などや。

 

『マイルズ・アヘッド』の「カディスの乙女」「マイ・シップ」といった、空の雲がゆっくり流れてうつろっていくような静かで美しいオーケストラ・サウンドのゆったりとしたただよいとか。『カインド・オヴ・ブルー』の「ブルー・イン・グリーン」「フラメンコ・スケッチズ」などのまるでピアニッシモな静けさとか。

 

『イン・ア・サイレント・ウェイ』のタイトル曲での牧歌的な響きもいいけど、それにサンドウィッチされているファンキー・グルーヴァー「イッツ・アバウト・ザット・タイム」のステディでじっとしている湖面のさざなみをおもわせるたたずまいに石を投げたら波紋がひろがるみたいなふうのエモーションが込められていて、後半一瞬で解放されるところとか。

 

こういった数々の瞬間にいまのぼくは心底快適さを感じ、ほんとにいいなぁ〜って惚れ惚れとため息をつくような感動を、いまさらはじめて発見したかのごとく味わっているんです。

 

(written 2022.8.20)

2022/09/04

こんなにも心地いい音楽だからいつまでも聴いていたい 〜 原田知世『恋愛小説3』

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(6 min read)

 

原田知世 / 恋愛小説3 〜 You & Me
https://open.spotify.com/album/1EZy3C9uNNtucsPLo1lP63?si=HcuMeJt3TKin0xEHd0yI9w

 

原田知世2020年秋のアルバム『恋愛小説3 〜 You & Me』。リリースされたときに聴いて感想をブログにもあげましたが、なんだか最近ふたたびのヘヴィ・ローテイションになっていて、なぜでしょうねえ、<知世+伊藤ゴロー>ブーム再来みたいな部分があるのかなあ、個人的に。今年に入ってから顕著ですよね。

 

あまりにも好きで、これこないだCD買いましたからね。聴くのならサブスクでちっとも困らないのに、これも愛好表現?各曲の演奏者を知りたいということもありました。そういったへん、ユニバーサルの公式サイトがなぜ載せないのか、実はちょっと不思議です。CD買ってよということか。

 

パーソネルや各種録音データなどの情報は、主にサブスクで聴いているファンなら知りたいところ。ゴロー produces 知世のばあい、いつでも演奏がいいし、『恋愛小説3』でもサウンドのオーガニックさがきわだっているので、二年経ってCDを買ったぼくはブックレットを見ながらパーソネルだけ以下に書き写しておきました。どうぞご参考に。ほんとはユニバーサルが公式にやらなきゃ。

 

1)A面で恋をして
・伊藤ゴロー(g、key、prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(b)
・みどりん(dms)
・角銅真実(per)
・伊藤彩ストリング・カルテット
・SARA、TAIMACK(back vo)

2)ベジタブル
・大貫妙子(vo)
・伊藤ゴロー(g、key、prog)
・角銅真実(per)
・伊藤彩ストリング・カルテット
・SARA(back vo)

3)小麦色のマーメイド
・伊藤ゴロー(key、prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(aco-b)
・みどりん(dms)
・伊藤彩ストリング・カルテット

4)二人の果て
・小山田圭吾(vo)
・伊藤ゴロー(key、prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(aco-b)
・みどりん(dms)
・伊藤彩(vi)
・結城貴弘(ce)

5)新しいシャツ
・佐藤浩一(pf)

6)A Doodlin’ Song
・細野晴臣(vo)
・伊藤ゴロー(prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(b)
・みどりん(dms)
・角銅真実(per)
・伊藤彩ストリング・カルテット

7)花咲く旅路
・伊藤ゴロー(prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(aco-b)

8)ping-pong
・土岐麻子(vo)
・伊藤ゴロー(prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(b)
・みどりん(dms)
・角銅真実(per)
・伊藤彩ストリング・カルテット

9)ユー・メイ・ドリーム
・伊藤ゴロー(g、prog)
・佐藤浩一(pf)
・鳥越啓介(b)
・みどりん(dms)
・角銅真実(per)
・藤田淳之介(sax)
・SARA(voice)

10)あなたから遠くへ
・伊藤ゴロー(g、dms)
・佐藤浩一(Fender Rhodes)
・鳥越啓介(b)

 

さてさて、この『恋愛小説3』、聴けば聴くほど沁みてきて、間違いなくこの歌手のカヴァー・ソング集『恋愛小説』シリーズ三作のなかではいちばん好みですし最高傑作でもあると思います。なんでしょう、知世の充実ぶりがいっそうきわだっていると思うんですよね。50歳を超えるか超えないかあたりから、ヴォーカルに落ち着いた丸みのある円熟味が出てくるようになりましたよね。

 

ゴローがつくる熟なサウンドにふわりと乗って、近年のグローバル・ポップス最大のトレンドであるオーガニック&レトロな指向性もはっきりしているし、なんの工夫も装飾もしない頼りないか細く薄い声こそが実はキモで、音楽のおだやかさ平坦さを好い向きに導いているように聴こえます。

 

いま2020年代はこうしたゴロー produces 知世みたいな音楽家にうってつけの時代だといえて、こういったこと、時流にうといぼくでも今年に入る前後ごろからしっかり認識できるようになりました。元日にレトロ・ポップスの記事、二日にオーガニック・サウンドの記事を上げましたが、そのときどちらでも知世に触れたのはそういうことです。

 

年初のあの二本の文章はぼくなりにリキ入れて書いた自信作だったんですけど、書きながらずっとあたまにあったのが知世&ゴローのこうした音世界。『恋愛小説3』だと往年の歌謡曲ヒットをカヴァーしていますから、その意味でもぼくみたいな嗜好の持ち主にはピッタリ来るんです。

 

今回CD付属ブックレットを読み各曲の演奏者もわかったことで、たとえば美しく切なくて泣きそうになる「新しいシャツ」でピアノ一台でのきれいな伴奏を聴かせている佐藤浩一という名前も知りました。目立たない些細な部分でそれでもしっかり効果的にデジタル・プログラミング・サウンドが使われている(のはすべてゴローの担当)のもわかりました。

 

ぼくにとって、結局のところいちヴォーカリストとしての知世そのひとがというのもさることながら、ゴローのサウンド・クリエイションがたまらず好きなのかもしれず、そのなかの最高のワン・ピースとして知世の声がこの上なく効果的にはめ込まれていい感じに響きくるということなんでしょうか。

 

(written 2022.8.26)

2022/09/03

意識的なブルーズの声 〜 シュメキア・コープランド最新作

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(3 min read)

 

Shemekia Copeland / Done Come Too Far
https://open.spotify.com/album/3509A3ATMDnr5hYBji4RcV?si=pZf_nu2eRoegrkH9956ZvQ

 

ブルーズ歌手、シュメキア・コープランド。きのうの文章を書いてしばらく寝かせていたら、そのあいだに新作が出ちゃいましたね。『ダン・カム・トゥー・ファー』(2022)。Spotify公式の新作紹介プレイリスト『Release Rader』で知りました。

 

カッコよくノリいいファンキーなグルーヴ・ブルーズがやはり中心で、なかにはアクースティックなものやザディコやカントリー・ナンバーなんかもありますが、エレキ・スライド・ギターがぎゅわ〜んと鳴るようなものがシュメキアの本領で、たっぷり聴けます。

 

なんですけども歌詞に耳を向けるとかなりな社会派っていうか、シリアスでヘヴィな内容を正面から歌い込んでいて、シュメキアはウィル・キンブロー(プロデューサー)と組んだ2018年の『アメリカズ・チャイルド』からこれで三作、ずっとこの路線。メイヴィス・ステイプルズ、リアノン・ギドゥンズあたりと共鳴するような意識的な黒人歌手といえます。

 

本新作でも銃乱射事件、黒人差別問題、奴隷制度、父から子への性虐待など重いテーマが扱われていて、シャウト型といえるシュメキアの濃厚な発声と歌いまわしはこうした内容を歌って強い説得力を持たせることのできるものですよね。BLM以来のアメリカ黒人の声といえるかもしれません。

 

シュメキアにかぎりませんが、そんな深刻なテーマの数々を歌いながらも決して暗くグルーミーなフィーリングになることがなく、どこまでも強くしっかりしたグルーヴを保っているのはアメリカン・ブラック・ミュージックの美点でしょう。

 

サウンドとかビート面でいえば、個人的には2曲目「ピンク・ターンズ・トゥ・レッド」がアルバムでいちばんの好み。1曲目ではゲストとしてサニー・ランドレスの名前がトラックリストに出ていますが、この2曲目でも同様の粘りつくスライド・ギターが聴けます、だれが弾いているんでしょう。ドラマーもいいな。

 

8「ベアフット・イン・ヘヴン」でもビート感とトゥワンギーなギターが心地いいし、マディ・ウォーターズ「フーチー・クーチー・マン」みたいなリフを持つラスト12「ノーバディ・バット・ユー」は父ジョニー・コープランドの曲。これもいいですね。

 

ジャズやロックにおける(オヤジ嗜好的な)ブルーズ成分はもはや時代遅れで、薄ければ薄いほどいい、できればないほうがいいというのが2010年代以後的なアメリカン・ミュージックのトレンドなんですけど、どう転んでもぼくなんか(音楽感覚的にも)オヤジ世代でしかなく、ブルーズ大好きなもんで、時代意識をこうしたサウンドに乗せて聴かせてくれるシュメキアみたいな歌手の音楽だって、ある意味最新型の一つと言えるはずだと思います。

 

(written 2022.8.31)

2022/09/02

12 Essential Contemporary Blues Artists(1)〜 シュメキア・コープランド

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(3 min read)

 

Shemekia Copeland / Deluxe Edition
https://open.spotify.com/album/747l6AGzZzDh8yBQLJgLgT?si=yVzrhPkBTN2_lP9YoPSGRg

 

今年四月ごろだっけな、PopMattersが「12 Essential Contemporary Blues Artists」という記事を載せていました。ざっと読んで、聴けるだけ聴き、印象に残ったものは書いておきたいと思います。
https://www.popmatters.com/12-essential-contemporary-blues-artists

 

きょうは一番手ということでシュメキア・コープランド。日本では一般に「シェメキア」というカナ書きをされているみたいです。1990年代末にデビューしているので「新世代」と言いにくいかもしれませんが、コンテンポラリー・ブルーズ・シーンの注目株として活躍するようになったのは今世紀に入ってから。

 

もっともぼくは上掲PopMattersの記事ではじめて知った歌手です。サブスクで聴けるものをすべて聴いてみたら、2011年の『デラックス・エディション』がいちばんの充実作と思えました。最新は20年の『アンシヴル・ウォー』(2022年8月8日時点)。アメリカーナを意識したそれもよかったですけど。

 

シュメキアのブルーズ・ヴォーカルは朗々とした声を強く張ってリキを込めるシャウト型ですね。ガナる瞬間もあったりするので、そんなにリキまずもっと軽くすっと声を出したらどうか?と思わないでもないですが、でも粘りつくようにグルーヴィで、ファンキーでかなりカッコいいので。

 

『デラックス・エディション』というアルバムは、このタイトルどおりさまざまなミュージシャンを迎え多様な曲を多くのプロデューサーと組んでやってみたという力作。ストレートなグルーヴ・ブルーズが多いには多いですが、なかにはドクター・ジョンがプロデュースしたニュー・オーリンズ・スタイルというかカリビアンな3・2クラーベ・ブルーズもあったり。

 

メロウなスローもあるし、あるいはなぜかのおだやかなジャズ・ナンバーもあって(13)それもおもしろいと思います。そこではシュメキアも強さのなかにまるでジャズ・シンガーみたいなやわらかなたたずまいをみせて、バンドの演奏も2/4拍子の平穏でトラディショナルなもの。

 

それでもやはりシュメキアの本領はあくまでストロング・フィールなファンク・ブルーズでしょう。1、7、12などで聴かせる押し出す感じのノリいい「強い女」イメージは、女性ブルーズ歌手シーンにあってはむかしから定番ではありますが、現代にはいっそうの訴求力、同時代性をたたえたものだといえるかもしれません。

 

(written 2022.8.8)

2022/09/01

夏の終わり 〜 Cheakbea Boys feat. 1031jp

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(3 min read)

 

Cheakbea Boys feat. 1031jp / End Of Summer
https://www.youtube.com/watch?v=naCMZWRBtyY

 

8月26日朝、YouTubeに突如出現したCheakbea Boys feat. 1031jpの曲「End Of Summer」(2022)。1031jpというのが(ぼくには)おなじみのとみーさんで、これは新作なのかな、チークビー・ボーイズという三人組ヒップ・ホップ・ユニット+とみーさんというかたち。メインはチークビー・ボーイズでしょうか。

 

知らないユニットだったんですが、とみーさんのほうとはずっと前からのおつきあいで、2019年1月末に渋谷の小さなライヴ・ハウスでお会いしたこともあるし、音楽活動をずっと見守ってきているんで(なぜなら書く曲と声が好きだから)、そのとみーさんのTwitterでアナウンスされたわけですから、チークビー・ボーイズにも出会うことになりました。

 

チークビー・ボーイズは東京高円寺が拠点のユニットらしく、_MC björki、_MC I'mSorry、_DJ SATANの三人。そしてこの「エンド・オヴ・サマー」はどうやら高円寺のライヴ・ハウス Club Liner のメモリーにささげられた曲だということです。Club Liner は2019年に閉店していますから、それを終わった夏に喩えノスタルジアを込めた歌にしているんでしょう。

 

というわけで、「エンド・オヴ・サマー」は2018年にクラブ・ライナーで録音された素材を使い、19年に音を重ね、ミックスとマスタリングは今年終えたばかりでMVも添え、アップロードされたということみたいです。曲はとみーさん、リリックがチークビー・ボーイズととみーさんの共作で、ギターやベースその他楽器はとみーさんによるもの。「えんどおぶさま〜」っていうリフレインを歌うのもとみーさんの声のような。

 

楽しかったこと、大切なものがなくなってしまった、終わった、けど、その思い出は生きていて、自分のなかでいつでも取り出して愛でることのできるもので、でもいまここにはもはやないんだ 〜 っていうような郷愁というか切ない気分は、生きていればだれだって持つフィーリングですし、ぼくも強く共感できるものですよ。みんなそうでしょう。

 

そういった意味ではこの「エンド・オヴ・サマー」も普遍的な意味を放っている曲だと言えると思うし、夏が毎年来るように、いまはなくなってしまったものが、また未来にかたちを変えて甦りふたたびめぐってくるっていうことだってあるんじゃないですか。真冬には到底二度と夏なんて来ないんだって感じちゃいますけど。

 

(written 2022.8.31)

2022/08/31

ピーター・アースキンのキャリア最高傑作 〜 スティーリー・ダン『アライヴ・イン・アメリカ』2曲目「グリーン・イアリングズ」

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(4 min read)

 

Steely Dan / Alive In America
https://open.spotify.com/album/66rBZ848b4aO0hCJQF6GGc?si=jyxN1lbtR8e-31kIAiwG5A

 

スタン・ケントン楽団時代(1972〜)、メイナード・ファーガスン時代(75〜)を経て、78年ウェザー・リポートに起用され一躍名をあげたドラマーのピーター・アースキン。ちょうどジャコ・パストリアス在籍時代と重なりバンドの人気絶頂期だったこともあってか、名声を確固たるものとしましたね。

 

ウェザー・リポートでも最初のころはやや頼りないドラミングが散見されましたが、同バンドで経験を積んで立派な演奏を聴かせるようになったピーターの、そのキャリア最高傑作はスティーリー・ダンのアルバム『アライヴ・イン・アメリカ』(1995)2曲目の「グリーン・イアリングズ」に違いありません(私見)。93年9月10日カリフォルニアでのライヴ。

 

ライヴ・アルバムとしてはスティーリー・ダンにとっての一枚目にあたるこの作品は1993年と94年のアメリカン・ツアーから収録されていて、それぞれメンバーが微妙に違います。ドラマーにかんしては93年がピーター・アースキン、94年がデニース・チェインバーズ。ゆえに本作で聴けるピーターは2、6、8曲目。

 

CDだと付属ブックレットにドナルド・フェイゲン本人の書いた一曲ごとの一言メモが載っていて、それによれば8曲目「サード・ワールド・マン」にかんして “Erskine perfect” となっていました。また2「グリーン・イアリングズ」と編集でメドレーみたいにつながっている3「菩薩」でデニチェンを “awesome” と表現。

 

プロの耳と一般素人の耳は違うもんだとはいえ、ぼくにはどう聴いても「グリーン・イアリングズ」でのピーターのドラミングこそNo.1。傑出しているし、しかも最高に心地いいノリだと思えます。跳ねるバック・ビートが完璧じゃないですか。ウェザー・リポート時代にここまでの演奏はなかったように思います。

 

イントロ〜歌メロ部分からすばらしいですが、なんど聴いても惚れ惚れとためいきが出るのが間奏へ入ってのギター・ソロ部、特に転調する前まで。そこでのピーター独自のスネア使い、ハタハタ・ドラミングと一般に言われるスタイルはあまりにも快感で、ぼくなんかギターを聴かず、ドラムスにばかり耳がいっちゃいます。

 

一曲を通しハイ・ハット、シンバル、スネア、タム、ベース・ドラムを駆使してピーターが織りなす打楽器模様はあたかもタペストリーのよう。曲とアレンジをとってもよく理解していて、ヴォーカルとバンドのサウンド全体を活かせるように徹底して考え抜かれた有機的な構成です(ここはウェザー時代に鍛えられたのでしょう)。

 

まるで歌っているみたいなドラミングでもあり、ビートの根底をこれ以上なく堅実に支え推進させるヴィークルとなり、歌や楽器ソロを引き立ててみずからも存在感を立派に証明しているっていう、これほどまでの演奏をピーターがやったことあったでしょうか。疑いなく最高傑作でしょう。

 

1970年代からスタジオ密室作業でのドラムス演奏にはこだわりまくったフェイゲンだけに、バンド解散後初のライヴ・ツアーをやるとなってドラマーの選択にはうるさく注文をつけたはず。ピーター・アースキンをまず最初に起用したというのには妥当性があったと納得できるできばえを示しているのがこの「グリーン・イアリングズ」です。

 

(written 2022.8.4)

2022/08/30

My Favorite 梅朵(精選版)

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(4 min read)

 

My Favorite 梅朵(精選版)
https://open.spotify.com/playlist/1yDx2eyj8j3DZJSgVere0L?si=02fdeca98bbd4783

 

マジすばらしいし、七曲30分と選りに選ったので、ぜひちょっと聴いてみてほしい『My Favorite 梅朵(精選版)』プレイリスト。ぼくがつくりました。梅朵(メイドァ)は1970年北京生まれの中国ポップ歌手。孙露(は遼寧省出身でずっと若い)きっかけで知り、梅朵にもハマって、もはや抜けられず。

 

梅朵の魅力をひとことにすれば「さわやかに香る笑み」。聴いていると吸い込まれてしまい、身動きできない、じっとこのままでいたいと思えてくるような心地よさ、快適な明るさがあります。曲がそもそもそうしたメロディなんですが、梅朵のこねくらないふわっととした軽快なヴォーカルでそれがいっそうきわだちます。

 

それにしても七曲までしぼるのは難儀しました。プレイリスト『孙露 Mix』で耳にして惚れてしまい、ある意味孙露以上に好きかもと思え、Spotifyで聴けるだけのものをぜんぶ聴いちゃおうとみてみたら、141曲10時間半。ベテランにしては少ないでしょうが、梅朵はどうも2016年デビューみたいです(百度百科情報)。

 

1970年生まれなのにデビューは遅かったんですね。SpotifyにはアルバムとEPが一つづつあるのを除き、ほかはシングル・ナンバーのみ大量に。ここは百度情報と食い違うところですが、フィジカルとサブスクの差っていうことでしょうか。そもそも梅朵のCDは日本にいながらだとどこで買えるんでしょう?

 

とりあえずSpotifyで聴ける梅朵141曲は漏らさず聴きました。それでまず最初30曲くらいのプレイリストにして、そこから厳選して12曲まで減らし、最終的に「精選版」七曲となったわけです。サブスクで、それもまったく見ず知らずの歌手へのとっかかりとしては、自分もみなさんも短いほうがいいだろうと。すべてシングル曲です。

 

いずれもほんとうにとっても心地いいんですが、曲の作者を見ても当然ながら知らない名前ばかり。プロデューサー欄は空白で、このさわやかサウンドをだれがアレンジしつくりあげているのか、とっても知りたいです。名前の漢字表記だけわかってもちんぷんかんぷんでしょうけどね。

 

ビートはすべて打ち込み。それ以外の部分もかなりデジタル・サウンドっていうかプログラミングされたコンピューター・サウンドです。そこにピアノやギターやサックスなどの演奏楽器もうまく交え、さらにこれ、頻用されているのは古筝でしょうか、その音色に聴こえるんですが、伝統的というより不思議にコンテンポラリーに響くっていうマジック。

 

なかでも個人的にいちばんメロメロなのは3曲目に入れておいた「有没有一种思念永不疲惫」(2020)。この曲では中国楽器の使用なし。なんですかね、このさわやかなよい香りは。晴天のもと通りすがりにふわっとただよう柑橘系の香気を思わせる空気感。アクースティック・ギターのシングル・ノートとそのバックに薄くからむシンセ・サウンドっていうイントロだけでノックアウトされますが、そこに人力演奏みたいなオーガニックふう打ち込みドラムスが刻みはじめたその刹那、もう昇天。

 

歌がはじまってからの梅朵のヴォーカルもひたすら心地よい緑の草木のごとき。明るくやわらかい陽光が注ぐ公園をゆっくりお散歩して、小鳥や蝶がひらひら舞い、小川の水がさらさら流れていく 〜 まるでそんな光景のさなかに身をおいたかのような気分で、もうただひたすらの癒しです。

 

(written 2022.8.28)

2022/08/29

くつろぎのデュオ・ショーロ 〜 ロジェリオ・カエターノ、エドゥアルド・ネヴィス

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(3 min read)

 

Rogério Caetano, Eduardo Neves / Cosmopolita
https://open.spotify.com/album/3mikQP8Exhf7iuwy7UJMZn?si=gzf9Kr3eQaW5VjOENChQpw

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2022-03-20

 

ブラジルの七弦ギターリスト、ロジェリオ・カエターノ2015年の『Cosmopolita』は、とにかくジャケット・デザインが好みなので、それだけでちょっと聴いてみようとSpotify検索したっていうこのルッキズム人間なんとかならんのか。

 

ともあれ本作はロジェリオのギターで管楽器奏者エドゥアルド・ネヴィスとデュオをくりひろげたショーロ・アルバム。このジャンルではよくある規模です。ひとによってはソロだってときどきやる分野ですから。

 

本作でエドゥアルドはテナー・サックスとフルートを吹いています。七弦ギターとのこじんまりしたサロン・ミュージックふうな落ち着いたデュオ・ショーロとして、前半にはややコケティッシュでユーモラスな乾いたフィールもちょっとあるっていう、そこらへんも味わいですね。

 

4曲目くらいからはしっとり濡れたような感覚のサウダージに満ちていて、たいへんすばらしい。管楽器が大きくゆったりとしたメロディ・ラインを吹くあいだギターは細かく刻んでいたりして、そうしたカウンター・パートというかせめぎあいがイキイキとしたグルーヴを生んでいるなとわかる部分も多いです。ショーロでは通常的な手法ですけどね。

 

ところでその4曲目「Rosa e Cora」がきれいなバラードで、とっても美しく、ぼくは大好き。ギター中心の演奏で、だれの曲だろうと思いクレジット欄を開けても空白。ちょっと残念です。ピシンギーニャあたりがときどき書いた名バラードのおもむきがあります。

 

美しいバラードといえば後半8曲目「Amigos」もそう。ここではテナー・サックスがしっとりとつづり、ギターはそれに伴するコントラポントを弾いています。4曲目もそうだけど、暖かな人間的情感のこもった音楽で、こういうの、マジ、いいんです。10曲目もそうか。

 

高速で明るく軽快に疾走するものだってあるし、バラエティも豊富。全体的には落ち着いた雰囲気のアダルトな楽しみに満ちた音楽といえ、部屋でいつもひとりたたずんで音楽を聴いている身にはすばらしいくつろぎタイムとなってくれます。

 

(written 2022.7.28)

2022/08/28

事前録音オケのすきまに飛び込むのはむずかしいはずだけど 〜 岩佐美咲「初酒」

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(5 min read)

 

岩佐美咲 / 初酒
https://open.spotify.com/album/1L306YUGFppfJ5zdR8KmQz?si=xHzN40S8QtKzKa9G7wy6_w

 

ヤバいヤバい八月も下旬だというのにまだ岩佐美咲関係の記事が一個もないよ〜。うっかり月が終わってしまうところでした。毎月一個のペースを心がけたい、それがぼくの推し活だと思っていますから、きょうなんとか書いておきましょうね。

 

美咲の歌の伴奏は、ライヴ現場なんかでも(少数の例外を除き)基本カラオケなんですけど、だから事前に完成済のスタジオ・ヴァージョンと同じ演奏を美咲は聴きながらそれにあわせて歌っています。この事実を踏まえると、この曲のこのパートはちょっとむずかしいんじゃないか、それなのに完璧だと思うものがありますね。

 

典型例が「初酒」(2015)のエンディング。マイ・モスト・フェイバリット美咲ソングなだけあって、日常的に実に頻繁に聴いているんですが、これの終わりで「二人二人で〜」・「やるかぁ〜」のこの二つのフレーズのあいだストップして空間ができているでしょう。ここ。

 

「やるかぁ〜」は伴奏がストップして無音のところに飛び込むように歌い出されるんですけど、歌いはじめのタイミングを計るのがちょっとむずかしいだろうと思うんです。これは「初酒」をカラオケ(第一興商DAM)で歌ったことのあるみなさんなら実感されていることのはず。

 

ずっと同じ定常テンポに乗っているのであればブレイクが入ってもそのままいけるんですけど、「初酒」のそこはいったんビートが止まって全休止になってしまいますからね。伴奏のオケが再開するのにあわせてそれがはじまらないうちから声を出すのは勇気いりますよ〜。タイミングどんぴしゃはむずかしい。

 

そらあれだおまえ、おまえが素人だからそう思うんだろう、美咲はプロだぞ、もうなんかい「初酒」を現場で歌ってきたと思ってんだ!(なんかいだっけ?わいるどさん)と言われそうですが、こういうのは熟練のプロでもピッタリあわせるのがむずかしいんだというのを、ジョンが歌うビートルズの「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」(『ホワイト・アルバム』)で理解していますね、ぼくは。

 

あの1968年ごろからのビートルズはマルチ・トラック録音技術の進展にともなって、事前オーヴァーダビングのくりかえしで伴奏を完成させておいてから最終盤でヴォーカルだけ録音するというやりかたをとりはじめていました。「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」もそう。この曲もエンディングで美咲「初酒」同様のテンポが止まる空白があって、そこにジョンの声が飛び込む仕組みになっているんですね。

 

ジョンは完璧にタイミングをあわせられておらず、事前録音のバンド演奏カラオケとほんのちょっとだけズレちゃっていますからね。やりなおすこともできたはずですがそのまま商品としてリリースしちゃうっていうギクシャクがいかにもあのころの内紛まみれだったビートルズらしさを物語るところ。

 

こんなパターン 〜 エンディングで伴奏がいったんストップしてテンポのない空白となり、一瞬間をおいてから歌手が歌い出し、あわせて伴奏も再開するという 〜 この手のアレンジは、実はよくあるもので、なかなかドラマティックで感動的に聴こえるものですから、歌の世界では頻用されています。

 

歌も伴奏もその場での同時ナマ演唱であれば、事前にリハーサルを重ねておいた上で本番では歌手とバンドが呼吸をあわせていけばいいんですけど、事前録音済のカラオケ使用だと、バンドのほうがあわせるということはありえないんですね。だから歌手側が工夫して慣れていくしかないんですよね。その点「初酒」での美咲はいつもパーフェクト。

 

(written 2022.8.24)

2022/08/27

マイルズ・デイヴィス新入門ガイド 2022

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(5 min read)

 

ブログのアクセス解析をながめていると、ぼくはどうやらマイルズ・デイヴィスの専門家とみなされているようで、もちろんそうです。ここのところはなんだかマイルズ入門としてどこから聴けばいいの?っていうたぐいの情報を求めてごらんになっているケースが多少あるのかもしれないな、という実感があります。

 

ブートレグでそういった記事をあらためて書く気はあまりなくなったと以前言いましたが、公式アルバムならその場でサッとSpotifyリンクを貼ってご紹介できるので、サブスク時代のいま、じゃあ書いておこうかな、マイルズ再入門ガイド2022を。

 

ひょっとしてあらたに or はじめてマイルズを聴いてみたいけど、アルバム数も情報量も多すぎて、とりあえずなにを聴けばいいか戸惑ってしまうという(お若くなくても)リスナーはいらっしゃるでしょうからね。いまふたたびのマイルズ・ブームかどうかはわかりませんが。

 

そいで、マイルズ入門的なガイド・ブックはいままでた〜っくさん出ました。Webにも同種の記事は多いです。そういうのに掲載される機会の少ない、しかしほんとうに上質の音楽なんだけどなぁ、どうしてあまり話題にならないの?っていうあたりを書くのがぼくの仕事でしょうから、そのへんを中心に以下九作。

 

リリース年(カッコ内)順に並べました。パッとごらんになって、ジャケット・デザインがいい感じだからこれにしようかなっていうような選びかたでおっけ〜。お勉強的なことじゃなく、楽しまなくっちゃね。

 

1)Miles Davis and Milt Jackson Quintet / Sextet (1956)

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 軽快で明るいブルーズ中心。油分の薄いさっぱりした演奏がいいですね。ミルト・ジャクスンがうまあじなので、ヴァイブラフォン好きにも推薦できます。
https://open.spotify.com/album/6QV1iyREyud3AGQZxf8Yt7?si=0bO1cQCUTnSBFREcjNDAfg

 

2)Miles Ahead (57)

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 ギル・エヴァンズと組んだオーケストラ作品で、ソロはもっぱらマイルズをフィーチャー。きっちりアレンジされた管楽器の響きと動かしかたがマジきれいで、ため息しか出ず。
https://open.spotify.com/album/6WOddaa5Vqp8gQZic8ZUw9?si=VuwQINz7QXOl8n5yrvGxtA

 

3)Someday My Prince Will Come (61)

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 かわいらしくおだやかで日常的な、とんがったところのまったくないサロン・ミュージック。レギュラー・コンボでの落ち着いた丸みのある演奏が心地いいです。
https://open.spotify.com/album/68A4o4tkirJRFYbO9Ag0YZ?si=nc_NVZ8ARm-Cp8knwz-hHw

 

4)In Person, Friday Night At the Blackhawk, San Francisco, Volume I (61)

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 (3)のバンドでのライヴ。「サタデイ」もありますが、ぼくは「フライデイ」が好き。配信には完全版しかないので、オリジナルLPどおりのプレイリストにしておきました。リズム・セクションの明快なスウィンギーさに熟達の味がよく出ています。
https://open.spotify.com/playlist/2gDinlJa9TevAPKk1h6Nvw?si=35ce9b806b5647ae

 

5)Miles In Berlin (65)

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 マイルズ・バンドによる「枯葉」はこれがいちばんいいような(トニーの印象派ドラミングもみごと)。ウェイン・ショーター加入後の初録音で、すでに甘みと情緒感を抑え鋭角的に斬り込んでいく新時代のジャズ・マナーが全体的に聴けます。
https://open.spotify.com/album/0Eyp5TVXsL4z6arSvy7DMB?si=5FvsCowiSYSBC40r_VEKDg

 

6)Filles de Kilimanjaro (69)

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 電気楽器を使ったカリブ〜アフリカ路線。数年前からの気分ではマイルズのNo.1傑作に選んでもいいのでは?と思っているくらい。ソウル〜ロック〜ファンクへのアプローチがあきらかになった時期ですね。
https://open.spotify.com/album/7pFyY6SvB0XlUKp8srk8Az?si=AoC5Rn0bSpWWj-vW4Ri7Pg

 

7)In A Silent Way (69)

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 なんだか90年代以後のクラブ世代にもアピールできるチルでドープな作品のようにいまでは聴こえ。とにかくさわやかでカッコいいし、静的でクールなたたずまいだってコンテンポラリーだし、もはや『ビッチズ・ブルー』(70)より断然こっち。
https://open.spotify.com/album/0Hs3BomCdwIWRhgT57x22T?si=eiuM4PjYRt-WOpoFXfPOpg

 

8)A Tribute To Jack Johnson (71)

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 ストレートでカッコいいギター・ロックなので、ロック好きにもいけるはず。特に1トラック目の「ライト・オフ」。これがマイルズ・バンドでのデビューだったマイケル・ヘンダスンのベースもファンキーでグルーヴィ。
https://open.spotify.com/album/0xr31or2qYglJpiX6pODjY?si=G3t_P2_WSx-kxrC8mkf1Pg

 

9)Doo-Bop (92)

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 ラッパーのイージー・モー・ビーとのコラボで、サンプリングとデジタル・ビートを基調にしたヒップ・ホップ・ジャズ作品。先鋭的な感じはなくて、すっと聴きやすくポップなのがいいですね。ハーマン・ミュートをつけたトランペット・サウンドは50年代から変わらぬマイルズだけの水銀の音。
https://open.spotify.com/album/28IDISyL4r5E5PXP0aQMnl?si=QAKzcV1uQ4OR2jsgNB2baQ

 

~~~
マイルズ関係の教科書的な歴史的名盤ガイドみたいなのは、ホント、たくさんあふれかえっていて、ちょこっと調べればいくらでも出ますので、きょうはそういったあたりを迂回するようなセレクションを書きました。享楽の一助となれば幸いです。

 

(written 2022.8.24)

2022/08/26

大都会ジャカルタの夜の妄想お散歩BGM

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(2 min read)

 

v.a. / Lagu Baru Dari Masa Lalu, Vol.1
https://open.spotify.com/album/5b2swSWZfAc8EZ5v0VTzSi?si=lBLQQNYcTTGpqFk_LNkB6A

 

インドネシアついでということで、これも。やはり大都会ジャカルタらしい洗練された音楽で同じくEPですけれど『Lagu Baru Dari Masa Lalu, Vol.1』(2021)。エル・スールで見つけた去年聴いてはいましたが、なんだか後まわしになっていました。でもいまこの真夏こそタイミング。

 

そう、このアルバムの音楽はまさに夏向き。きのう書いたアルディート・プラモノと違い、こっちはぜんぜんレトロじゃなく、コンテンポラリーなR&B/ポップスなんですけども、都会的に洗練されていておしゃれな感じがするというのは共通項。

 

それもアメリカ合衆国発祥のいまや世界のどこにでもある21世紀型ポップスで、インドネシア色なんかはたぶんちっともありません。ぼくがなぜ聴いてみようと思ったかというと、ひとえにジャケットの雰囲気が都会的でいいなと感じたから、それだけ。ジャケ惚れというほどじゃないにせよ、それに近いものがありました。

 

Spotifyのトラックリストでミュージシャン名のところを見ても知っている名前はいませんが、エル・スール情報によれば「『プリマヴェーラ』も好評発売中のヴィラ・タリサや同国のR&B〜ポップ・シーンを代表するアンディエンなどの現在人気沸騰中の女性SSWたちがインドネシア・インディ・シーンの重要人物モンド・ガスカロ他とコラボレートしたナンバーを収録」とのことで、要は簡素なコンピレイションなんでしょうね。

 

ジャケがいい感じですから、それをながめてなんとなく都会の夜のネオンを目にしているような妄想気分にひたって、そうしながらこうした音楽を聴き、ちょっとおしゃれなムードを味わいながら心地よいひとときをすごすような、そんな楽しみのためのBGMとして格好じゃないでしょうか。個人的には四曲目がいちばん好き。

 

(written 2022.7.30)

2022/08/25

インドネシアZ世代のレトロ・ポップス 〜 アルディート・プラモノ

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(3 min read)

 

Ardhito Pramono / a letter to my 17 years old
https://open.spotify.com/album/48SUVfdwm8K3U67cS5QC2h?si=jp-3hgyeRRCAqkE7dYtcqw

 

三年前の記事ですけどMúsica Terraでこうしたレトロ・ジャズ・ポップスを知るのはめずらしいですね。
https://musica-terra.com/2019/12/17/ardhito-pramono/

 

五曲たった16分ほどのEPで、しかも2019年の作品ですけども、インドネシアはジャカルタのシンガー・ソングライター、アルディート・プラモノの『a letter to my 17 years old』(2019)は今年知ったぼく好みの音楽。1995年生まれですから完璧新世代です。

 

これがすばらしくレトロっていうか、1930年代的スウィング・ジャズのマナーでやったのが二曲あります。ジャカルタではそういった音楽が戦後もしばらく流行していたし、国際的大都市ならではの洗練もあって、2020年代の若手新世代ミュージシャンまでその流れが来ているのかもしれませんね。

 

しかもインディ・リリースとかじゃなくて、最大手のひとつソニーから出ているんですもん。アルディートは14歳から音楽活動を開始し、その後オーストラリアで学びながらYouTubeで自作曲を発表し、2017年にソニーと契約しているみたいで、『a letter to my 17 years old』はそのファースト・アルバムです。

 

1曲目からいきなり2/4拍子のスウィング・ジャズ全開。なんなんですかね、この30年代マナーは。ホーンズやギターの使いかた、さらにコージー・コール(おぼえてる?)みたいなスネア・ドラムのブラシ・プレイなど、どこからどう聴いてもタイム・スリップしたような感覚におそわれます。

 

もう一個は4曲目。やはり2/4拍子で、これなんかスウィングを飛び越えてディキシーランド・ジャズのスタイルに近づいているもんなあ。アルディートのちょっとしゃべっているみたいなヴォーカルも曲想によく似合っていますよね。なんかもうひとり別の男声が聴こえるような。

 

これら以外だって、たとえば2曲目は60年代ブラジリアン・ポップスふう、をアメリカ合衆国人がやっているみたいなフィーリングで、懐かしさハジケます。3曲目はおだやかなピアノを中心に据えたやはり50年代っぽいジャジー・ポップス。5曲目はアクースティック・ギター弾き語りのいはゆるシンガー・ソングライター然としていて。

 

どれもこれも、すでに死に絶えたということになっている過去の(日本でいえば昭和な)音楽スタイルばかりで、新世代はたぶんむかしを懐かしむというより21世紀になってはじめて出会ったような新鮮さをこの手のポップスに感じて取り組んでいるんでしょうね。ぼくらの世代には懐古的と聴こえるけれど、いまのZ世代にはコンテンポラリーなリアリティがあるのかも。

 

(written 2022.7.29)

2022/08/24

孙露 Mixで聴くチャイニーズ・ポップス良き

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(3 min read)

 

孙露 Mix
https://open.spotify.com/playlist/37i9dQZF1EIW9iW7WOze8X?si=6f4e136480104693

 

個人的にもうメロメロの中国歌手、孙露(スンルー)。最近そればかり聴いている日常なので、さっき8/22夜、Spotifyに『孙露 Mix』というプレイリストが出現しました。もちろんぼく向けにAIがカスタマイズしたもので、計50曲約三時間半、いんや〜、心地いい。

 

孙露ヘヴィロテだからできたプレイリストなので、50曲の中身はもちろん孙露中心。くわえ同傾向のおだやか淡白路線なチャイニーズ・ポップスをミックスしてあるっていうわけ。簡体字表記の人名曲名が並んでいますので、おそらくすべて中国大陸(内地)歌手なんでしょうね。

 

まったく無知な分野ですが、孙露と同傾向のおだやか系ばかりチョイスされているっていうのは、世界の流れに沿うように近年の中国ポップスにもそうした流れがあるんでしょうか。それともAIが自動判断できるようにその手の情報までデータとして分析・蓄積されているのかなあ。

 

いずれにせよ、この『孙露 Mix』で流れてくる中国歌手たちの歌は、いまのぼくのフィーリングにぴったり。そういうジャンルなのかもしれませんが、ドラマティックでもダイナミックでもなく、声を荒めに強げたりすることなどちっともなしに、しとやかなメロディ・ラインをひたすらソフトに平穏につづるだけだっていうのが、いまのぼくには最高にくつろげる音楽に聴こえるんですよ。

 

無知だから、孙露以外だれひとり知りませんでしたが、なかにオオッこれはひときわすばらしいと思ってメモしておいた歌手もできました。それが梅朵(メイドァ)。百度百科で調べてみたら、1970年北京生まれで、作品もたくさんあります。だから(孙露と比較して)ずっとベテランの域ですよね。なのにコンテンポラリーなあっさりネスを身につけていて、ぼくには文句なし。

 

やや陰な翳や都会的な退廃も感じさせる孙露に比し、梅朵は素朴で明るくさわやかに香る笑みの表情が声と歌いまわしにあって、曲のつくりや伴奏もそうだけど本人のヴォーカルのクォリティがそうしたテイストをただよわせていて、なんともいえずすばらしいと感じチェックするようになったので、そのうち梅朵についての記事も書くかも。

 

8/22夜7時すぎごろに誕生したばかりの『孙露 Mix』なのに、こうしたプレイリストの常として日々中身が入れ替わるという具合なので、きょう8/23に聴いている内容はもはや同じではなく(だから梅朵はもういない)、それでも最愛の孙露だけは軸としてしっかりいるので、それきっかけでこれから近年のおだやか系チャイニーズ・ポップスをディグしていきたいと思っています。

 

(written 2022.8.23)

2022/08/23

Say It Loud & I’m Proud! 〜 ぼくはパンセク

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(5 min read)

 

性自認はおっさんで間違いないけれど、性指向、つまり好きになったり性的欲求がわいたりするのに相手の性別がいっさい関係ないというパン・セクシャルなぼく。異性じゃないと…ってみんな言うのを信じられない思いで人生をすごしてきましたが、パンセクであることはプロフィール欄に二年ほど前から明記してあるので、ごらんになったかたも多いかと思います。

 

いはゆるセクシャル・マイノリティの一員なわけですが、セクマイはここ日本で法的に保護されておらず、異性となら結婚したりパートナーシップを結ぶのに障壁はありませんが、こと(戸籍上の)同性といっしょに…となると(いまのところは)ムリ。

 

このことについて声をあげるひとが現状でも少なくて、歌手、音楽家など有名人となると日本ではいまだ皆無。それにゲイ、レズビアン、トランスなら当事者がちょっと登場するようになっているものの、やはり激しく差別されているし、ましてやLGBTのどの枠にもあてはまらないパンセクだなんてカム・アウトしておおやけで活動している人物はゼロじゃないですか。

 

だから、きょうあたらめてはっきり言うことにしました。影響力なんかなにもないただの一般人ですけど。ぼくはパンセク。そしてこのことを誇りにも思っています。といってもですね、パンセクは異性に向かうことも多いため、ふだん周囲にヘンだともなんとも思われていないでしょうし、自身のセクシュアリティで生活上とても困るといった経験は少ないのかもしれません。

 

こどものころから同性に性欲求がわくことも多かったし、成人してからは実際に関係を交わすことだってなんどもあったため、自分はゲイなのかと思っていた時期もありました。しかし女性も好きになるし性愛への抵抗もなくむしろ積極的で、結婚も一度したことあって、日本で結婚というと異性間に限定されてしまうわけですが、現状では。

 

ここをですね、できるだけ早くすべての性自認と性指向へ解放してほしい、法的な整備をしてほしいという気持ちがとっても強くあります。もちろんぼく自身は年齢的なことと性格・人間性ゆえに、もはやだれかと、戸籍上の性別関係なく、もう一度結婚にいたるなんて可能性はまったくないと思います。ひとりで生きていきますから、法整備されなくても個人的には困りませんけど。

 

じゃあなぜ声高に叫ぶのかというと、法整備がちゃんとなされれば、その結果として社会における偏見や差別が軽減されるだろう、セクマイとしての自分も他人も多少なりとも生きやすくなるんじゃないか、それを目指したいということです。妙な目で見るひとはやっぱり残りますけど、社会制度上後ろめたいとか指をさされるとかはなくなるし、保険や医療や住居や遺産相続などで理不尽な思いをして困ることもなくなります。

 

選択的夫婦別姓制度も早く実現してほしいんですけど、同性婚ですね、きょう強調したいのは。先進国G7のなかでこの法制度がないのは実は日本だけですから。恥ずかしいことですよ。そして同性婚の法整備をしても、マジョリティの異性愛者が困ることなんてなにもありませんから。ただひたすら現状ではやるせない気分になっている人間を救うことになるだけ、ただそれだけなんで。

 

時間も予算もかからないし、考えひとつですぐできることだし、実現してもだれひとり困るひとがいないのに、なぜ法案が通らないのか、なぜ裁判で同性婚を認めない役所の判断は合憲との判決がでるのか、ちっとも理解できないです。同性婚を法的に正式導入したどの国もいまだ困っていないし、滅びてもおらず、それまでどおりの日常が淡々と続くだけなんですから。

 

同性婚にフォーカスしましたが、ぼく自身は異性でも同性でも何性でも関係なく恋愛性愛対象になるというパンセクなんであれですけど、ただそんな人間でも多少は生きやすく他者とコミュニケーションしやすく、社会で理解されやすくなり、むやみに隠す必要もなくなって、笑顔で話題にしやすいようになっていく、そのための最短の道が同性婚の法的実現だということです。

 

早く本当の意味での「法の下の平等」が実現する日が来ますように。

 

(written 2022.8.22)

2022/08/22

マイルズ「フラメンコ・スケッチズ」(59)と「ファット・タイム」(81)

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(3 min read)

 

Miles Davis / Flamenco Sketches & Fat Time
https://open.spotify.com/playlist/5nZ6K8fuodDf9aKaHL4qJ0?si=b5541fddb5cf4fff

 

の二曲が似ているんじゃないかという話をしたいわけです。前者は知らぬひとのない『カインド・オヴ・ブルー』のクロージング、後者は人気ないけど復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』のオープニングに置かれていたもの。

 

ジャズ史上最高傑作とすら言われることがある『カインド・オヴ・ブルー』のなかにある「フラメンコ・スケッチズ」と違って、いまでも散々な評判の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の「ファット・タイム」なんてほとんど話題になったことすらないかもですが、実は59年の前者に対するセルフ・オマージュですから。

 

自身の多くの強気発言とは裏腹に、すくなくとも音楽的には過去の自分をなんどもよくふりかえり吟味して焼きなおしたりで新作をつくっていたマイルズ。これもその一環というわけです。そもそも81年の復帰まで六年間休んでいたわけですから、じっくり内省する時間はこれでもかというほどあったはず。

 

音楽的に「フラメンコ・スケッチズ」と「ファット・タイム」はほぼ同じ構造をしています。いずれもあらかじめ用意されたテーマとかモチーフ、リフみたいものはなにもなく、提示されたのはただ複数のスケール(=モード)だけ。それを並べて、それに沿って各人が順にソロをとっているのが曲の実体です。

 

並べられたスケールは「フラメンコ・スケッチズ」のほうが五つ、「ファット・タイム」では六つ。そして前者ではその四つ目がスパニッシュ・スケールで、後者では五つ目がそう。このスパニッシュ・スケールを途中で使ってあって、そこでだけリズム・パターンも変化し、そのパートが各人のソロでいちばんの聴きどころ、急所であるという点でも両曲は共通しています。

 

もちろん大きな違いもあって、「フラメンコ・スケッチズ」はずっとほぼテンポ・ルバートに近いひたすら淡々とおだやかで平穏な演奏なのに対し、「ファット・タイム」のほうではかなり強いロック・ビートが効いていて、しかも後半は著しく高揚します。

 

そう、もりあがりというかピーク感が強い(マイク・スターンのソロ部と最終盤オープン・ホーンにしてのマイルズのソロ部)のが「ファット・タイム」の大きな特徴で、なにかがひたひたと迫りくるようなスリルとテンションを一気に解放するっていうそんな爆発が聴かれるのは、しかしこれも以前からマイルズの常套手段。

 

こうした部分以外は、ほぼ同じつくりになっているといえるこれら二曲。ぼくの考えでは、復帰作のレコーディングを進めていくうち、マイルズ自身『カインド・オヴ・ブルー』をじっくり聴きなおし、「フラメンコ・スケッチズ」がいいので同じパターンを使ってエレキ・バンドで現代的な新曲ができないかと案を練ったに違いないと思うんですよね。

 

(written 2022.7.4)

2022/08/21

ジャケット・ルッキズム

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(3 min read)

 

がぼくには強くあると思うんですけど、美女やイケメンとかが写っていればいいということじゃありません。1950〜60年代ブルー・ノートのアルバム・ジャケットがそうだったように、おしゃれで都会的に洗練されていてやぼったくなくカッコよくきれいに見えるものがとっても好きだということ。

 

ときどき中身を聴く前からそうしたジャケットの印象でかなり判断しちゃってもいるし、すてきなジャケットだとなんだか音楽まですばらしく聴こえたりもして、だからある種のいけないルッキズムなんだと思うんですよね、見た目で価値を決めちゃうっていうのは。

 

もちろんですね、カッコいいジャケだからと思って聴きはじめたらずっこけたというケースも多々あり、その逆にジャケではピンとこなかったけど聴いてみたら中身は極上というものだってたっくさんありましたけどね。

 

問題は、評価の高い傑作、有名作とか、未知の新作でもいいぞと話題になっていて気になるとか、そういうのはジャケがどんなでもどのみち聴いてみるからいいんですけど、たとえばバンドキャンプの新作案内メールとかに載っているようなどこのだれだかちっともわからない作品のばあいです。

 

すなはちとっかかりがまったくないもの。そうしたアルバムって、ある程度、いや、かなりか、ジャケットの印象で聴くか聴かないかを決めちゃっているのがぼく。エル・スールのサイトに載る新入荷なんかでもそうで、いずれも余裕がないときはざ〜っと一覧し、どんどんページをめくるように次々ジャケだけながめていって、いいねと思えばSpotifyで検索しているといったような具合。

 

メールやサイトの説明文も読めばいいと思うのにそうせずジャケの見た目だけで決めちゃうこともあるっていう、だからルッキズムだっていうか、逃している作品がだいぶあるだろうと思います。そもそもいまのぼくはちっとも忙しくなんかないヒマ人で、時間ならたっぷりあるんだから、ますますもってホントなにやってんの。

 

上で四作タイルしたのは、ここ一、二年でジャケがすばらしいと思いそれだけで一目惚れしてしまったものの代表格。といってもシュバ・サランだけはまだ書いていませんが、一目で中身の音楽もすばらしいんだろうと確信し、聴いてみたらやはり傑作だったというアタリの作品ですね。

 

どういうジャケでぼくが中身も傑作なんだろうと思ってしまうかというルッキズムの具体例というわけです。(どういうのがきれいと思うかの尺度はひとそれぞれでしょうけど)ジャケの印象が初邂逅作品を判断する最も大きな要素の一つであるには違いないんですから、テキトーにぱぱっと済ませたりしちゃダメだというのは言えることじゃないかと思います。

 

だからといってぼくみたいに価値判断を大きく左右させてしまうのもちょっとどうかとは思いますけど、でも大事は大事、ジャケット・デザインの印象っていうのは。

 

(written 2022.7.25)

2022/08/20

なにがあっても中澤卓也を応援し続ける 〜 新曲「陽はまた昇る」

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(4 min read)

 

中澤卓也 / 陽はまた昇る
https://open.spotify.com/album/4agtldRZuI4Wz1QiqBHRoZ?si=-lhxubjUTZqreZ7U61NBLA

 

Nobody knows you when you’re down and out.

 

若手演歌歌手、中澤卓也の新曲「陽はまた昇る」が、2022年8月17日にまずは配信先行で、リリースされました。エレキ・スライド・ギターが炸裂したりして演歌というよりサザン・ロック・チューンな感じですが、以前から卓也はそういった中間領域みたいなところでソフト&メロウに歌っていくのが得意ですよね。

 

卓也は、しかし歌謡芸能界で最近はすっかり干されてしまっているような感じです。原因は昨2021年に発覚した泥沼二股恋愛スキャンダルでしょう。日本クラウンの所属だったのに、それも契約を解除されてしまい、いまはインディ。「陽はまた昇る」はタクミレコードというよくわからないところから出ています。

 

たしかにあのときの卓也の対応は誠実さを欠いたのかもしれませんが、犯罪行為でも既婚者の不倫でもなく、ただの色恋遊びで会社も離れていってしまうなんてさびしいじゃないか、そこまで追い詰めなくたって…、というのがぼくの正直な気持ち。

 

そもそも古今、歌手や音楽家、芸で生きる人間はこんなもの。違法ドラッグ常用だったビートルズのメンバーが活動停止になったなんて話は聞いたことがありませんし、殺人者として刑務所内で生涯を終えたフィル・スペクターだってその音楽はいまだ愛され続けているんですから。

 

あくまで歌や音楽が魅力的かどうかで判断していけばいいんであって、政治家じゃないんだからそんな清廉潔白でなくていい。もう大人なんだから、私生活のゴタゴタを持ち出して歌手活動のことを云々するのはおかしいでしょうし、そんな態度は音楽界にとって滅びの道でしかありません。

 

いままで卓也のことをときどき書いてくれていたブロガーだって、一件以来見放したようになり、言及しても「N」という書きかたしかしないなんて、ちょっとガッカリです。笑ったりあざけったりの対象になってしまっていて、ふだんはわさみんの(生活ではなく)歌唱のことを書いてくれているのになあ。

 

そんな現況なので、卓也は無援で孤軍奮闘しています。決して歌の魅力が減じたわけじゃないことは「陽はまた昇る」を聴いてもわかること。冷たい周囲のサポートが得られなくなっただけです。事務所とレコード会社がないとなにもできない一介の歌手なので、相当な苦労をしているでしょうし、心境をおもんばかるに涙が出ます。

 

個人的にぼくも人生は失敗続きで、周囲の他人はおろか血族からも見捨てられているといったありさまですから、昨年来の卓也には共感と同情でいっぱいです。クサらずに一生懸命がんばっているんだから、東京王子の北とぴあで出会った2019年8月以来と同じようにこれからもずっと変わらず応援していくだけ。甘くて颯爽とした歌声に惚れたんですから。

 

いまは雌伏期というかガマンどきです。きっと卓也のノドが正当に評価され、ふたたび表舞台で活躍する時代が来るはず。それまでは辛抱して地道に活動を続けていきましょう。ぼくら熱心で忠実なファンは離れず応援していきますから。とにかく声そのものにチャームが宿る歌手なので、それさえ消えなければ歌手中澤卓也は抜群なんで。

 

いまは、卓也自身の作詞で現在の心境を素直につづったような「陽はまた昇る」をくりかえし聴いていきます。不思議に脳内反復する印象的でさわやかなメロディ・ラインですし、なによりスウィートな声質は以前とちっとも変わっていませんから。

 

(written 2022.8.18)

2022/08/19

あなたはいずこ?〜 4分18秒の小さな宝石(二回目)

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(4 min read)

 

Christian McBride / Where Are You?
https://www.youtube.com/watch?v=mkFg8sW4MoY

 

きのうの『おだやかな音楽』セレクションで思い出したアメリカ人ジャズ・ベーシストのクリスチャン・マクブライドがコントラバスを弓で弾く「Where Are You?」が、好き。もう大好き。2009年のアルバム『カインド・オヴ・ブラウン』ラスト・ナンバーですが、なんかい聴いても泣いてしまいます。

 

これは以前一度書いたことですけどね。アンタまた同じこと言うのか、とあきれられそうですが、めっちゃきれいで感動的なのに忘れちゃっていたんです、マクブライドのあのアルバムのことを。全体としてはなんでもない標準的な作品ですから。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/419-72f2.html

 

それなのに、ラストの一曲だけこんな宝石なもんだから、思い出すとまたつづりたい気分になってしまうんです。一枚一曲主義ということを以前書いたこともありますが、どんなアルバムのなかにだって一曲だけでもいい玉がみつかれば(ほかが石でも)ラッキーで幸せで飛び上がるようなことだとぼくは思っているし、書いておく価値もあります。

 

Spotifyで聴くと異常に音量が低いこのアルバム『カインド・オヴ・ブラウン』、だからほんとうは「ウェア・アー・ユー?」もプレイリストに選びにくかったんですけれど、こんなにもきれいなものだから、どうしてもガマンできず。曲は1937年にジミー・マクヒュー(曲)とハロルド・アダムスン(詞)が書きガートルード・ニースン(Gertrude Niesen)が初演したもの。

 

その後主にジャズ系の多くの歌手や演奏家にカヴァーされて有名になった曲ですが、今回その多くを聴けるだけ聴いてみて、やはりマクブライド2009を超えるものはない、これこそ至高のものだと確信しました。こんなにも美しい演奏、というか音楽はないでしょう。

 

ピアノと弓弾きベースのデュオ演奏(アルバム中ほかの曲にはサックス、ヴァイブラフォン、ドラムスがいる)というふたりだけの静かで淡々としたサウンドなのもいいですね。「私をひとり残して、あなたはどこへ行ってしまったの?あなたなしなんて考えられない」という悲哀をつづるのに、おだやかでクールな表現のほうがかえってフィーリングがきわだちます。

 

弓弾きコントラバスの音程がきわめて正確なのも演奏の美しさを強調しています。ジャズ・ベーシストはピチカートを常用しますから、そのへんが多少あいまいでもふだんさほど問題にならないんですが、弓で弾いたときにバレてしまうんです。ところがマクブライドのこの演奏では完璧に正確。

 

音色もきれいでさわやかに丸いし、コントラバス演奏における100点満点の理想型を実現していて、それでもってこの切なく哀しく美しいメロディ・ラインを、インスト演奏だけどまるで歌詞の意味をかみしめ込めていくかのごとくナイーヴ&ストレートに弾くさまに、まるで感嘆のため息しか出ません。

 

Spotifyで聴ける「ウェア・アー・ユー?」のうち代表的なものをちょっとだけ拾って並べておきました(↓)。クリス・コナー、フランク・シナトラ、アリーサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ソニー・ロリンズ。YouTubeには初演のガートルード・ニースンによるブランズウィック盤オリジナルSPもあります。
https://open.spotify.com/playlist/6uQ9aOIAUJw0NRybZbpPYh?si=322bec79d7ec4465

 

(written 2022.8.18)

2022/08/18

喪失感とノスタルジア 〜 おだやかな音楽

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(5 min read)

 

おだやかな音楽
https://open.spotify.com/playlist/3DL7TLlk72KVeDcKbfnO4r?si=3dd2ed323e9e4e06

 

ここのところの個人的耽溺であるおだやかな音楽。夜だと室外の虫の音がミックスされてはっきり聴こえてくるくらいの静かなものです。こういう人間に変貌し切ったのかいっときだけの気の迷いみたいなもんなのか、もっと時間が経ってみないとわかりませんが、いまの気分はもうすっかりこれ。

 

だから、そんな曲ばかり選んでたくさん並べてプレイリストにしてまとめて聴けばさぞや心地いいはずと思い、実行したのが上のSpotifyリンクです。ぴったり50曲、約三時間半。いまはもうこれさえあればなにもいりません。ヘヴィロテ状態。

 

この『おだやかな音楽』プレイリスト作成にあたり気を配ったことは、自分が心地いいと感じるかどうか?というのがもちろんいちばんですが、三月につくった『My Favorite 100 Tunes』とダブりがないようにということもあります。90曲近くあった素案ではわりと重なっていたので。

 

でも一つだけ例外あり。きょうのほうでは2曲目に選んだルイ・アームストロング(サッチモ)の「ディア・オールド・サウスランド」(1930)。これだけはどうしてもムリでした。好きなんてもんじゃない、心の底から愛しているとしか言いようがないので、この種のどんな自作プレイリストでも外せない必須。

 

その上で一人(一組)一曲ということと、違う音楽家でも同じ曲をやっていたらどっちかを除外するというのもポリシーとして実行しました。それでどうにかこうにか苦労しながらこのプレイリストに。こうした淡々おだやか系に没入するようになったのは2020年すぎごろからなので、過去三年くらいのブログを読みかえしながら。

 

ってことは、ある意味コロナ禍がもたらした心境の変化といったことがあるのかもしれません。根っからのインドア派なぼくで、コロナ以前からずっと部屋のなかでオーディオ・スピーカーから音楽を流して楽しみながらパソコンいじっているだけなんですけど、なおさらいっそう内向きの指向が出てきたのかもしれません。

 

新型コロナウィルス感染症にかんするあふれんばかりの情報に日々接することとなり、もとから外出はしないけど、しようにも控えておいたほうがいいという判断が生じることとなり、なんだかグルーミーな気分に支配されているここ三年ほど。意識はしていなかったものの、知らず知らずのうちに派手で陽気で接触過多な野外向け音楽を遠ざけ、こじんまりしたサロンふうのおだやかな内向きのものを好むようになってきたということがあるかも。

 

きょうプレイリストにしておいたような、こうしたおだやかで、さわやかさすらある静かでクールな音楽って、実はその根底に深い喪失感があって、なにかを失って二度と取りもどせないという失意と絶望に裏打ちされたものだなぁということが、こんなぼくでも最近ようやくわかるようになってきていて、だからこその深みだと思うんですよね。

 

つまりノスタルジアでもあって、二度とそこへ戻ることができないようなつらい気持ち、永遠の喪失を思いなつかしむ気持ちこそ、淡々としたおだやかさの正体かもしれないなという気がします。

 

きょう選んだ50曲の多くに諦観と孤独感が濃厚にただよっていますが、サウンド・テクスチャーとしてダイナミックなものや劇性などはなく、ひたすら平坦にずっと同じ調子で一定の安寧フィーリングを表現しているだけ。そういったなかにディープなエモーションが隠れているんじゃないでしょうか。

 

ぼくら一般人リスナーは、高齢になって喪失と回復不能が避けられない日常となったことを直視するようになり、それでようやくこうした境地にたどりつくもんだと思うんですけども(ぼくはそうだった)、歌手や音楽家というか表現者は、そうまでならない年齢で同じ世界を演じてみせることができる特異な存在ですよね。

 

要するにフィクションということなんですけど、それでこそ癒やされるわけです。あらゆる人間関係がダメなぼくには、フィクションこそが救い。それでふりかえってかえって深く現実を認識することにもつながって、自分自身もそれで変わるし、音楽とか(文学とか映画とか)の持つ力って大きいと思います。

 

(written 2022.8.17)

 

※ 21曲、1時間21分のショート・ヴァージョンも作成しておきました。

https://open.spotify.com/playlist/4AwfruVmZL9MhxqC9uUAEY?si=58cb042c58b84cbd

 

2022/08/17

レトロこそコンテンポラリーだ 〜 いつも曇り空レイヴェイのニューEP

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(5 min read)

 

Laufey / Falling Behind
https://open.spotify.com/album/47ikRYlLNytQQxCBXzCQrQ?si=6p_qj6vkQiu46Ew6DxSnfA

 

お気に入りシンガー・ソングライター(ギター、チェロ、ピアノなど)のレイヴェイ(アイスランド出身、在アメリカ)、なにかあたらしいEPが出ていますね。『フォーリング・ビハインド』(2022)。たった五曲17分ではありますが、楽しいので、ちょこっとメモしておきます。

 

調べてみたところ、これはどうもレイヴェイ初のフル・アルバム『Everything I Know About Love』が今月26日にリリースされる、その先行露払い的な意味合いのものみたいです。CDとかフィジカル・リリースもあるんですかね?日本でも出る?ぼくはグローバルなサブスクで聴くけれども。

 

レイヴェイ(Laufeyでこう読む)については、以前最初のミニ・アルバム、というかEPなんですけど『ティピカル・オヴ・ミー』(2021)が出たときに聴いて、骨抜きにされちゃって、記事にもしました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-42cbf3.html

 

これはデジタル・リリースだけでフィジカルがなく、配信だってインディというか個人でのもので、だから一部好事家のあいだでしか話題にならなかったような記憶があります。でもゆっくりちょっとづつファンが増えつつあるぞというのがぼくの手ごたえとしても確実にあります。

 

個人的にはジャズというより「レトロ・ポップス」の枠でレイヴェイのことは扱っていて、実際ブログではそのカテゴリーに分類してありますが、まさにこれこそレイヴェイの資質をぴったり言い当てたものに違いないと確信しておりますね。2020年代の新人なのに、やっているのは1950〜60年代スタイルのアメリカン・ジャジー・ポップスなんですから。

 

「あのころの音楽」に対する憧憬みたいなフィーリングがいはゆるZ世代(レイヴェイは23歳)にはあって、物心ついたときにはスマートフォンでのどこでもネット常時接続があたりまえだったから、そういうものがなにもなかった、みんながつながっていなかったあの時代への眼差しにマジな切実さがこもるんだろうな、自分たちの時代では不可能な、失われたなにかを求めて、ということだろうとぼくはみています。

 

そういった感覚がいまは現代的なんですから、「レトロこそコンテンポラリー」なんだという言いかただってできると思いますね。オールド・ファッションドこそ最先鋭トレンドだっていうか。

 

レイヴェイのばあいインドアもインドア、室内楽的というもおろか、完璧陰キャなベッドルーム・ポップ的密室性もあって、パソコンで使う音楽制作アプリが充実するようになったからこそですが、インティミットな仄暗さが音楽にただよっているのも個人的にはグッド・ポイント。

 

声じたいが低音域寄りで暗さがあってこもったようなクォリティですから(書くメロディ・ラインもそう)、それでもって今回のEP『フォーリング・ビハインド』も、うまくいかない内気で怯弱で引っ込み思案な引きこもりの恋愛模様を描いているのはいままでどおり。レイヴェイのサウンドスケープはいつも曇り空っていうか、底抜けの青空なんてないですよね。

 

それでも今回はボサ・ノーヴァ調のものが二曲あって、特に1曲目のタイトル・ナンバーには、歌詞はやっぱりあれだけど、メロディやリズムにはやや陽光がさしたようなフィーリングもあります。本人が「サマー・アンセム」と言っているとおり、真夏にあって、それでも自分ひとりだけイマイチ乗り切れない切ないフィーリングをうまくつづっていますよね。

 

さて、8月26日にはこれらをふくむフル・アルバムが出るということなんですが、それでこの音楽家の知名度と人気がおおきく上がるでしょうか。CD出るかな?紙の雑誌など音楽ジャーナリズムはいまだフィジカル・リリースがないと取材しないし記事にすらしないっていうような時代錯誤なので(だからもうあきれて買わなくなった)すが、そんな層にも届くようになればレイヴェイの真価と魅力がもっと伝わると思うんですけどね〜。

 

(written 2022.8.16)

2022/08/16

ブルーズ in ハード・バップ

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(5 min read)

 

Blues in Hard Bop
https://open.spotify.com/playlist/6LfXg7WFpFqSoM8YCCIQz0?si=2270d98b18a9401f

 

が、もうホント、好きで好きでたまらないっていう人間のぼく。ひとにより退屈だとかいうケースがあっても各人それぞれの嗜好なのでそれでいいと思います。個人的に好きなものを聴き続けていくってことで。

 

そういうわけで、きょうはハード・バップ・ブルーズのなかから特に大好きという、しかもみんな知っている超ベタな有名すぎるところだけ10曲選んで、プレイリストにしておきましたのが上のリンク。

 

1)Horace Parlan / Us Three (60)
2)Miles Davis / Freddie Freeloader (59)
3)Lee Morgan / The Sidewinder (63)
4)Herbie Hancock / Watermelon Man (62)
5)Sonny Clark / Cool Struttin’ (58)
6)Curtis Fuller / Five Spot Ater Dark (60)
7)Horace Silver / Señor Blues (57)
8)Charles Mingus / Wednesday Night Prayer Meeting (60)
9)Sonny Rollins / Blue 7 (57)
10)The Modern Jazz Quartet / Bags’ Groove (88)

 

それはそうと、Spotifyで見るとカーティス・フラーの「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」だけカナ表記なんですが、これなんで?アルバム中でもこれだけ。英語設定で使っているし、どんな曲名も基本原語表記で出るアプリなんだけどな〜。

 

ともあれ、ここに並べた10曲のジャズ・ブルーズは、どなたにとっても説明などまったく不要の名曲ばかり。ラストのMJQだけ88年の発売になっていますが、収録は解散前の74年。それでも新しいかもしれませんね。でも曲は52年のものですから。『ラスト・コンサート』ってぼくは好きなアルバムです。

 

これ以外はすべてハード・バップ全盛期の50年代後半〜60年代初頭の録音発売です。選んでいったら結果的にそうなったのは必然の成り行きなんでしょう。いまの気分では、静かでおだやかな音楽と(その真逆みたいな濃ゆい)ブルーズ in ジャズ & ロックが音楽趣味の二本柱みたいなもんです。

 

きょう選んでおいたのは、いずれもブルーズの定型コード進行(I度、IV度、V度)そのままのものばかり。といってもモダン・ジャズですから、特にコーラス終わりとかで、ちょっぴりの変化はあるんですけれども。まずまずわかりやすくとっつきやすいし、聴き慣れた人間にとっても延々と同一パターンを反復するのには理屈抜きの身体的快感があります。

 

これらのなかでは、おそらくソニー・クラークの「クール・ストラッティン」あたりが、特に日本人ジャズ好きには最も典型的でシンボリカルなハード・バップ・ブルーズだと認識されているでしょう。カーティス・フラーの「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」もかな。

 

こういったあたり、あまりにもベタすぎるので、ジャズ・ファンになってまもなく通ぶるようになったぼくは、むかし大学生のころ、横目でチラ見しながらケッ!とかって思っていたかもしれません。いまや高齢者、そんな気取りというか冷淡ムードは消えたので、いいものはいい楽しいと心から素直に周囲にも言えるようになって、ここでこうしてプレイリストに選んでいるというわけです。

 

ベタというのは言い換えればミーハーということです。そう、ハード・バップにおけるブルーズ定型はミーハーな世界なんですよね。ありきたりでお決まりのワン・パターン。でもミーハーで一途な愛好情熱こそ、どんな世界でも、常に時代を動かしてきたものなんだということを忘れないでほしいですね。

 

一曲だけ、ソニー・ロリンズの「ブルー・7」だけはあまりブルーズくささのないクールな演奏で、それでも途中ソロを弾くピアノのトミー・フラナガンだけはいつものブルージーなリックを連発して、和声を感じさせないボスのテナーと好対照。マックス・ローチのドラムス・ソロがこれまた二小節単位で動くブルーズ進行を叩いているような内容で、それも楽しい。

 

(written 2022.8.15)

2022/08/15

ここ三年の頻聴9(2022年夏 ver.)

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(5 min read)

 

2540個以上ある過去記事をぜんぶ読みなおす機会がありました(時間かかったぁ)。それで、2019年5月に「ここ三年の頻聴 9」というのを書いていたと思い出し。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-d5b298.html

 

忘れていましたが(たまには読みかえそう)ちょうどまた三年経ったので、2022年夏ヴァージョンの「ここ三年の頻聴9」を書いておきたいと思います。この手のベストものを選ぶのがぼくは好きですね。カテゴリー分けしてあります。

 

この三年のぼくというと、坂本昌之と伊藤ゴローという二名のサウンド・クリエイターにすっかり洗脳支配されてきたとして過言ではありません。おだやかで静かで淡々とした薄塩音楽に傾倒するようになったのだってそれが遠因かも。

 

両者ともそこそこキャリアがあるんですが、それはハマってさかのぼってわかったことで、出会ったのはわりと最近のことですから。そして、そうした音楽傾向の基底にジャズやジャジーな要素がしっかりあるというのも、ぼくみたいな人間には格好でした。

 

以下、愛聴順。プレイリスト(*)だとカッコ内の数字は作成年。

 

1)Chien Chien Lu / The Path(2020、台湾 / アメリカ)

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 左右に持ったマレット二本でガンガン叩いていくファンキーな肉体派ブラック・ジャズ・ヴァイビストのデビュー・アルバム。データはないけど、間違いなくこれを近年いちばん聴いています。
https://open.spotify.com/album/0fo6PcE438y9Ob8cDVF75m?si=Il379FDpRbKlZqPc23Yd1Q

 

2)原田知世 / ベスト of 伊藤ゴロー produces 原田知世(2021、日本)*

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 2017年に出会っていましたが、ここまで聴くようになるとはねぇと自分でも不思議に思うほど伊藤ゴロー・プロデュースのサウンドにもうぞっこん。ジャジーで淡々としたおだやかな薄味音楽で、知世の頼りない声が水を得た魚。2007〜22年の作品群から。
https://open.spotify.com/playlist/3r71Pfsc3i5TEG8Olz6fRP?si=a3a487b3ec584e15

 

3)徳永英明 / VOCALIST BEST(2021、日本)*

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 坂本昌之にも2017年暮れごろ坂本冬美の作品で出会ってはいましたが、完璧に堕ちたのはこの徳永英明のシリーズ(2005〜15)を知ってから。ミリオン売れて坂本の出世作となった模様。全曲カヴァーですが、妙なるアレンジで化かすあまりにやわらかい卓越技に蕩けます。
https://open.spotify.com/playlist/2xVegNiu3RVSvD6fi3RISN?si=f0c4eb70e3a44579

 

4)孙露 / 十大华语金曲(2017、中国)

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 日本に入ってきたのが2021年だったので。一作単位で選ぶと、近年のおだやか淡々系音楽のなかではぼくの知っているかぎり最高傑作と思います。あっさり控えめな中国楽器の使いかたもすばらしく。プロデューサー or アレンジャーを知りたいっ。
https://open.spotify.com/album/3lhzaYDoPziTrjRJRmS86p?si=lnndL25YQWOXIf9yhCDHDQ

 

5)Rumer / B Sides & Rarities Vol.2(2022、アメリカ)

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 イギリスからアメリカに来てピアニスト&プロデューサーのロブ・シラクバリと出会い公私とものパートナーとするようになってからは、もうすっかり落ち着いて人生の充実をみつけたという安心感幸福感が歌にも表れていますので、聴いていてなごめます。
https://open.spotify.com/album/0CNhXKYx4kOOZrelgXiGUr?si=oATKpYogQMeXIWNTeTAXdg

 

6)Donald Fagen / The Nightfly Live(2021、アメリカ)

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 1982年に徹底したスタジオ密室作業で組み上げた音楽を、ワン・タイムの生演奏で再現したもの。ライヴならではの躍動感やイキイキとしたグルーヴを保ったまま一分のスキもない演奏をくりひろげるミュージシャンたちに感服します。
https://open.spotify.com/album/5C5qAs32rM9PXL6MNuxTDp?si=66bwnvyRQhiZgJOVps0xXg

 

7)坂本冬美 / ENKA III 〜偲歌〜(2018、日本)

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 坂本昌之は現代日本で最高のアレンジャー(私見)なので、冬美も一つあげておきましょう。シリーズ最終作となったこれがぼくはいちばん好きですね。古典的な演歌スタンダードがここまで柔和な世界に変貌するなんて、マジックとしか思えず。
https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=4FXMxaHCRMC-sQhXXcgG6Q

 

8)Kat Edmonson / Dreamers Do(2020、アメリカ)

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 ジャジーなリズム・セクションを軸とした伴奏に乗せディズニー・ソングの数々を、それもアッといわせる驚きの斬新アレンジで歌ってみせた、まさに夢を見ているようなムーディな幻想世界。
https://open.spotify.com/album/48vMJyoBaAUs7mRtVnENwh?si=ENk5HoVbRuq_hG6YJ7JLHA

 

9)Nat King Cole / Latin American Tour with King Cole(2019、アメリカ)*

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 Spotifyではプレイリストですが、これは同題のCDアルバムがあります。ラテン専門家の竹村淳さんセレクトでオフィス・サンビーニャから発売されたそれと同内容になるようにしただけ。ラテンなナット・キング・コールは戦後の日本でも親しまれましたね。もとは1958〜62年発売のレコード三枚。
https://open.spotify.com/playlist/7GlR8e592Xomud4vjHrN9h?si=f05bd96991134d22

 

(written 2022.8.14)

2022/08/14

ちょっとラテン・ジャジーなシルビア・ペレス・クルース〜『En La Imaginación』

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(2 min read)

 

Silvia Perez Cruz / En La Imaginación
https://open.spotify.com/album/2YIzYgjxMfVcKKOlcTnopt?si=eFUWtMadQO63E4eaXridiw

 

ぼくは好きなカタルーニャの歌手、シルビア・ペレス・クルース。その2016年作『En La Imaginación』は、なぜだかジャズ・ピアノ・トリオをしたがえてのジャズ・ヴォーカル・アルバム。なんでだ?知らんけど、こないだふと出会い聴いてみて、うんちょっといいじゃんって思えました。

 

伴奏はハビエル・コリーナ・トリオとなっていて、ジャケットに描かれているベース弾きがハビエルですかね。アルバムを聴いてもたしかにベースがかなり活躍しているような。ピアニストはややビル・エヴァンズっぽいスタイルで、それから曲によってはサックス一本がオブリやソロで参加していたりします。

 

最初なんでもないメインストリームなモダン・ジャズ・ヴォーカル作品みたいにはじまるんですけど、オッと耳を惹きはじめるのは4曲目「Belén」から数曲の流れ。ラテンというかカリビアンなリズムが活用されていて、軽いものなんですけど、けっこういいなって思えます。

 

アバネーラあり、ややタンゴっぽい(?)ものありと、リズムにアクセントが効いていて、個人的にはここらへんが本作の白眉。シルビアが好きといってもそんなに積極的にどんどん聴いているというほどじゃないので、ほかにこういうアルバムがあるかどうかわからないですけど、ちょっとおもしろいんじゃないでしょうか。

 

(written 2022.7.1)

2022/08/13

ビートルズのどのヴァージョンよりニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」が好き

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(3 min read)

 

Nick Cave / Let It Be
https://www.youtube.com/watch?v=MjEJxr538ZA

 

映画サントラの『i am sam』(2002)が好きだったんですけど、サブスク中心の音楽生活になって以後はサービスに入らないもんだから、CDからインポートしたiTunesファイルでずっと聴いていました。

 

でもこないだApple Musicにあるぞということを発見したんですよね。いやあ、うれしかったなあ。ぼくの使うメイン・プラットフォームのSpotifyにはあいかわらずないけれど、それでもちょっと一安心。
https://music.apple.com/jp/album/i-am-sam-music-from-and-inspired-by-the-motion-picture/305849478?l=en

 

いまのぼくの気分でこのアルバムを聴くと、ラストに収録されているニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」がすべてだという気がします(極私的意見)。これが好きなんだというのは以前からなんどか書いていることですが、あらためて再認識します。ほんと沁みる。

 

きれいに力が抜けたおだやかで落ち着いた平坦な安閑感がいいってことですが、これがリリースされた2002年にはまだそんな静かな音楽はトレンドになっていなかったはず。ちょうどノラ・ジョーンズがデビューした年で、その後流れがどんどん大きくなっていくようになりましたが、意識されるようになったのはほんのここ数年のことじゃないですか。

 

ニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」はそんな流行を先取りしていたかのように思えます。おだやかな音楽がこんなにも好きになったと自覚するようになるずっと前からニックのこの「レット・イット・ビー」は大好きだったから、流行というよりなにか普遍的な説得力があるんでしょう。

 

ピアノとアクースティック・ギターとスネア・ドラムを軸に据えた淡々としたサウンドも最高で、そしてぼくにとってのいちばんの癒しはニックのこの声と歌いかたですね。ポール・マッカートニーの書いた歌詞の世界をよく吟味咀嚼して、それをエモーショナルにではなく、ただひたすら淡々とクールに、ぼそっとつぶやき落とすように、ささやくように、戸惑いまごつくように、無感情にしゃべっているのが、この曲にとっては強い説得力を放っています。

 

人生の終末期に来てささやかで安らかなあきらめとともに日々暮らすようになった人間にとって、このニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」はあらゆる意味で完璧な伴侶であり理解者、ヒーラーですよ。それをますます強く実感するようになりました。

 

(written 2022.7.14)

2022/08/12

ディスクで聴くか、アプリで聴くか

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※ 写真は2022年現在使っているMacBook Air

 

(4 min read)

 

2015年9月にブログをはじめたおそらく最大のきっかけは、その前年秋に内蔵ストレージ容量1TBのMacBook Proを買ってどんどんCDをインポートするようになったことだったんじゃないかと、いまでは思います。iTunesアプリで聴きまくるようになったんですよね。

 

それまではというと内蔵ストレージたった180GBのMacBook Proを使っていて、あれを2011年初春に買ったときは、それまでのiBookが突然ダメになってあわてて、緊急避難的な意味合いでの購入だったので、経済的に余裕がなかったから最低容量のしか用意できなかったんです。

 

だからiTunesもジュークボックス的な使いかたはしていなくて、ただマイ・ベスト・コンピレCD-Rを作成するためだけに必要なCDのその曲のみをインポートして、焼き終わったらファイルは削除するとか、そうしないとストレージが満杯になったらヤバいわけですから。

 

あとはiPodに音楽を移すためなのと、ほんとうにそういった目的でしかiTunesは使っていませんでした。つまり、自宅にいるときはほとんどの時間ディスクで音楽を聴いていて、もちろんサブスク・サービスなんてまだないし、だからCDやレコードなど買うしか自宅で音楽を聴く手段はなかったです。

 

ぼくがダウンロード購入に対し以前からかなり消極的なのも、ひとえにこの内蔵ストレージの容量制限のせいです。ダウンロードしたらそのファイル分空容量が減りますから。もちろんそれをCD-Rに焼いてその後デリートすればいいんですけど、だったらハナからCD買ったほうがいいかなと。

 

そんなところへもってきて、いきなり1TBストレージのパソコンを買ったから、喜んでどんどん次から次へとCDをインポートしまくるようになって、もうそれしていない日はなかったといっていいくらい。外付け(しかMac界には当時からもはやなかった)光学ドライヴを酷使しすぎたせいで、一回おしゃかになって買いなおしたほどですもん。

 

いくら入れても入れても1TBの空間は広大で、満杯になったりせず、それでもしかし限界はやはりあるわけで、800GBくらい音楽ファイルがたまったあたりの時点でなにかメッセージというかアラートみたいなのが出ましたから(ストレージ空容量がもうないぞとかなんとか)そこでやめました。

 

それで、その後は主にiTunesで音楽を聴くようになったんですよね。それが2014年暮れ〜15年初頭ごろからの話。ディスクだけで聴いていてはどうしてもぼんやりしてしまってなんとなく流れていってしまうところ、アプリで聴けば進行する1秒1秒を分析的に聴けるわけですから、音楽への接しかたがぼくのなかで変わりました。

 

あたまに浮かんだ感想とか考えをメモとして書きとめTwitterに投稿するようになって、連続ツイートみたいになっていったから、それをあとからまとめて整理してテキスト・エディタでファイルとして保存したのが結果的にこれまたどんどん増えていくようになりました。

 

それをそのまま自分でながめているだけでも楽しいけれど、それだけじゃちょっともったいないかもな、公開はTwitterでしかしていないけどそもそもどんどん流れていってしまうサービスで蓄積型じゃないし…、と思いはじめ、しばらく経ってその気になったのがこのブログBlack Beautyです。

 

(written 2022.7.6)

2022/08/11

あの時代のアメリカと都会的洗練 〜 リー・ワイリー

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(3 min read)

 

Lee Wiley / Retrospective of a Jazz Singer
https://open.spotify.com/album/3zlyraeHrfHcMgD0p6rgPs?si=15fsrglCQtetpDof1d1XwA

 

2022年リリースとのクレジットになっていますが、なにかの発掘音源でしょうね、リー・ワイリーのアルバム『Retrospective of a Jazz Singer』。 数ヶ月前、いつだったかのSpotify公式プレイリスト『Release Rader』で知りました。

 

これしかしネット上にな〜んにも情報がないですね。CDだってあるのかどうか、検索してもなにも出ませんが、そんなわけでくわしいことがちっともわからず。聴こえてくる音だけですべてを判断しなくちゃなりません。つらい…。

 

それでもなにか書きとめておきたいと思えるほどこの歌手の声がぼくは大好きだから。惚れたきっかけはもちろんかの『ナイト・イン・マンハッタン』でしたが、あれは1951年のレコード。リー・ワイリーは1930年代から録音を開始していて、50年代いっぱいまで活動しました。

 

そして本作『Retrospective of a Jazz Singer』には『ナイト・イン・マンハッタン』を連想させる摩天楼の夜会みたいなおしゃれなムードがあります。そもそもそういう特質の歌手なんですが。音楽性がどうこうっていうより、伴奏もふくめてのムード一発でひたってなんとなく楽しむっていうものですよ。

 

マイルズ・デイヴィスにしたってはじめからずっとそうだし、近年の原田知世とか、考えてみればそういった雰囲気重視のムード音楽、BGM的なものが好きでずっときた音楽愛好歴なのでした。真剣に対峙して正面から向き合ってじっくり聴き込まないと、っていうものも好きだけど、もちろん。

 

それにしてもリー・ワイリーの本作はちょっと不思議です。伴奏のオーケストラがちゃんとしたステレオ録音なんですよね。1975年まで生きたひとだけど、歌手キャリアは50年代末で終了しているので、う〜ん、これはちょっとどうなんだろう…、歌もふくめ何年ごろの録音なんでしょう?

 

あるいはひょっとしてオーケストラだけ録りなおした現代録音で、それを重ねたっていう可能性がかすかにあるような気がちょっとしてきましたが、50年代末ごろの未発表音源でこうした音響もあるいは可能だったかもしれないし、とにかくいっさいのデータがどこにもないんだから。

 

それでも音源を聴けばいい気分にひたれるのがぼくにとってのリー・ワイリー。ちょっとスウィートなしゃれた声質で、だから人気が出たんだと思います。本作ではスタンダードな有名曲を中心に、おだやかでさわやかな小洒落た伴奏に乗せすっと軽く歌いこなしていて、こうした都会的洗練こそジャズ(系のもの)にぼくが求めているもの。

 

リー・ワイリーはそうした世界を体現した歌手でしたね。あの時代の、しかもアメリカ固有の、音楽だったなあ、それを象徴した歌手だった、と思えます。

 

(written 2022.6.28)

2022/08/10

ギター・ソロ 25

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(4 min read)

 

Super Guitar Solos 25
https://open.spotify.com/playlist/1xy5UsD5upFSMZldoFHdO3?si=5322feaef5e84b16

 

1) The Allman Brothers Band / Stateboro Blues
2) Eagles / Hotel California
3) Derek & the Dominos / Have You Ever Loved A Woman
4) Frank Zappa / Inca Roads
5) Miles Davis / Fat Time
6) 岩佐美咲 / 鞆の浦慕情
7) Led Zeppelin / Heartbreaker
8) Albert Collins / Iceman
9) Wings / My Love
10) Santana / Black Magic Woman ~ Gypsy Queen
11) Jeff Beck / Jailhouse Rock
12) The Beatles / Taxman
13) Paul McCartney / Things We Said Today
14) The Beatles / While My Guitar Gently Weeps
15) The Rolling Stones / Love In Vain
16) Steely Dan / Green Earrings
17) Michael Jackson / Beat It
18) John Lee Hooker / Red House
19) The Paul Butterfield Blues Band / Blues wtih A Feeling
20) Bonnie Raitt / Thing Called Love
21) Bo Diddley / Who Do You Love
22) The Brian Setzer Orchestra / Jump, Jail An’ Wail
23) Prince / I Like It There
24) Prince / The Ride
25) Jimi Hendrix / Purple Haze

 

ギター・ソロが聴かれなくなってきているというウワサがありますが、しかしぼくの読んでいる範囲でのそれはもっぱらその事実(かどうかよくわかんないんだけども)を嘆き悲しみ開きなおる古い?タイプのミュージシャン、ギターリスト、ファンたちの発言ばかり。

 

なにを隠そうこのぼくだって古いというかなんというか、そりゃあもうロックなギター・ソロ弾きまくりがとっても大好き。これは還暦前後から音楽嗜好が変化してきた現在でもまったく変わりありませんから、きょうはちょっと曲中でギター・ソロが目立ってすぐれているというものばかり25曲選んでプレイリストにしておいたのがいちばん上のリンク。

 

記憶だよりでただ思いつくまま25個並べていって、そのまま曲の出し入れとか曲順の並べ替えとかはしていませんから、ここにストーリーみたいなものはありませんというか意図していません。

 

やっぱりクラシック・ロック、ブルーズ・ロックが中心になっているのは音楽の傾向として当然なんでしょう。それなのに、やはりギター・ソロがふんだんに聴けるプログレ系が一つも入っていないのはぼくらしいところ。趣味じゃないんですよね。一曲が長すぎたりも選びにくく。

 

あたりまえのベタな定番どころが多いですが、そのいっぽうでこれどういうこと?っていうようなシブめ選曲もあり。またジャズ(マイルズ・デイヴィス)や演歌(岩佐美咲)も一曲づつ入れて、さらに同じミュージシャンで二曲ほど入っているケースも。

 

とにかく、あくまで歌が曲の中心だけど(いちおう)、そのイントロ、オブリ、間奏、後奏でギター・ソロがきわだっているものを、ということなんで、終始ギター・ソロだけでできあがっているようなものは外しました。むろんそういう世界にも美しい曲がたくさんあって、でもそれはきのう書きましたし。

 

いまではもはや到底聴けないなぁと感じるような古臭ふんぷんたるものもあれば、まだまだけっこういけるぞと思えるものだってあり。しかしそれはいずれも書かれた曲についてのことであって、インプロヴァイズドな楽器ソロはすべての曲でいまでも新鮮で古びていないのは、なにかしらの真実を言い当てているんでしょうか。

 

(written 2022.7.11)

2022/08/09

ギター・ソロだけでできあがった曲を聴く 〜 ファンカデリック、ザッパ(など)

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(3 min read)

 

6 imaginary guitar solos
https://open.spotify.com/playlist/3pMc0So4GpJ6R5MTEZjX9N?si=2c7d34e3340346b3

 

敬遠されるようになったとうわさのギター・ソロですが、ぼくは大好きなので、もしかして近年の新曲から姿を消しているということならば、かつて発表された音楽を聴けばおっけ〜。

 

ものによっては歌がなく、ギター・ソロだけでできあがっている曲ってものすらあるんですからね。その代表格のうち大好きでたまらないもの二つを選んでおきました。ファンカデリックの「マゴット・ブレイン」(1971)とフランク・ザッパの「ウォーターメロン・イン・イースター・ヘイ」(79)。

 

ギター・ソロだけでできたこの二曲、ほんとうに好きなんだということはずっと前にも一度書いたことがありましたね。なんだか似ているんじゃないかという意味も込めて。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/p-cab8.html

 

ヴォーカルが1コーラス歌い終わると間奏で楽器ソロが入ったりするというのは、ずいぶん前から、それこそ1920年代のアメリカ北部都会派女性ブルーズ・シンガーの伴奏をジャズ・ミュージシャンが務めていたころからの慣習で、この手の音楽ではあたりまえな耳慣れたもの。

 

でもそれを強く濃い感じのエレキ・ギターでやるというのがこれほど一般化したのは、1960年代以後のロック・ミュージックが多大な影響力をおよぼしたからに違いありません。ロックにとても強い影響をおよぼしたリズム&ブルーズなんかではサックスのことが多かったと思います(ジャズ由来でしょう)。

 

ロックだって初期のころはさほどでもなかったんですが、ビートルズ以後かな、このバンドもデビュー後しばらくのあいだはソロにそんな力入れてなくて、解散までトータルでみてもギター・ソロがいい感じの曲って数えるほどしかないんですが、60年代中期以後のブルーズ・ロックとサイケデリック路線勃興後でしょうね、激しい感じの音色にした長めのギター・ソロが重用されるようになったのは。

 

サイケとブルーズ・ロックといえば、ファンカデリック(Pファンク)とザッパにとってはどっちも大きな構成要素です。なんたってPファンクのPはサイケデリックのPですから。ザッパにはジャズや現代音楽も大きく流入していますので、そっちからのものもあるでしょうけど。

 

ひたすらの慟哭のような「マゴット・ブレイン」に比べたら、「ウォーターメロン・イン・イースター・ヘイ」のほうは気高いプライドに満ちていて、キリッとし、さわやかさすらただよっていますよね。ロック・オペラとしてのアルバム・ストーリーを踏まえたら悲劇的な曲なんですけれども、それもふくめこれは音楽への愛というものが持つ気高さなんだとぼくは思っています。

 

(written 2022.7.2)

2022/08/08

なにげない日常にこそ吃音差別がある

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(7 min read)

 

なんか、こないだどれかのテレビ番組に対し日本吃音協会が抗議したことで、またぞろ吃音差別が噴出しているらしいですね。どうあれ、他人事ではありません。

 

テレビ受像機を持っていないぼくは番組がどんなだったか知らないし、だから日本吃音協会の抗議も、それをきっかけに一気に向けられるようになったらしい差別言説も、いっさい知りませんのでなにも言えません。が、生来の吃音(どもり)者として60年生きてきた身としては、まぁそんなこともあるだろうよなぁと。

 

ただ、ぼく個人が他の大勢の吃音者と違うところは、かなり激しい差別を幼少時に受けたにもかかわらず、ことばを失わなかったことです。人前でしゃべるのがイヤだとか遠慮しておきたいやめたいと思ったことはほんとうに一度もなく。要はおしゃべり好き人間ですから。

 

それでもやっぱり文字で書いたり読んだりするほうがラクで得意な人間になったのは吃音ゆえでしょう。そして、集団生活を送る学校時代と違い、大人になってからは必要なとき以外しゃべらなくても不審に思われたりムリにしゃべらされるような機会がなくなったので、差別を痛感して泣きそうになることも激減しました、個人的には。

 

そのおかげもあってか別な理由か、ここ数年は自分でもほとんどどもらなくなったなと自覚できる程度に近づいてもいますけれども、出るときは出るし、吃音が差別されたりいじめられたり、意図せざる結果を産んでくやしい思いをしたりなんていうことには長年つきあってきたし、理解されず現に苦しい思いをしているかたが大勢いらっしゃることを肌身で実感しているので、吃音者であることを忘れたりすることは決してありません。一生、ないです。

 

差別されているというのは、実をいうと両親や弟たちといった家族から最も強く感じていたことです。吃音者ではない本人たちはもはや忘れているだろうというか、おそらくよかれと思って、ぼくのためと思って、の言動だったでしょうが、そういったなにげない日常にこそ真の差別の根っこはひそんでいるものです。

 

たとえば親はぼくの吃音がことさらひどかった小学生時代に、このまま成長したら社会生活を営めないのではないか?とかなり心配して、なんとか「矯正」させようと専門家や医者に診せたりなどさまざまな試みをしていました。自我が芽生えるのが遅かったぼくは、そのころなにをさせられているのか特になんとも感じていませんでしたけど。

 

矯正させようとか治療できるものだと考えるのは、実はLGBTQなどセクシャル・マイノリティにも向けられてきた定番の差別行為で、人種差別なんかでも似たような発想が存在すると思うんですが、差別言動にかんしてかなりステレオタイプなもののひとつです。からかってやろうみたいな意図的ないじめではなく、善意からのものですけど、だからこそ根本的な無知無理解がそこににじみでています。

 

もちろん一生変わらないセクシュアリティや肌の色と違い、吃音は年齢と経験を重ねることで実際徐々に出なくなって消えたかのようになったりすること「も」あるもので、上で書きましたようにぼく自身がそれを実感しています。しかし決して治ったり正したりできるようなものじゃないんですよ。このことに家族は無理解でした。

 

こうした構造的根本差別に比べれば、スクールメイトなどが吃音をからかって笑ったりなどするイジメ行為はその場かぎりのものですから、まだ罪は軽いんだとぼくには思えます。吃音は性や肌色と同じく「病気」じゃないので、治療などできません。吃音矯正を看板に謳った診療所みたいなのが東京時代にJR山手線に乗っていても代々木あたりで車窓からたくさん見えましたけどね。

 

おしゃべりの相手に打ち明けるきっかけがあると「ほとんどわかりませんよ」「〜〜さんとはふつうにしゃべれてたじゃないですか」と言われたり、大洲時代(2011〜20)には薬剤師さんとの会話におき、難発でことばが詰まり出なくなり数秒沈黙していると、気を利かせた相手がすかさず空白にことばをすべりこませコミュニケーションを円滑にさせたりしたことがあるのも、こっちとしては意図せざるもので、そうじゃないよ、不本意だと感じ、ちょっぴりつらいんです。待っていてほしかった。

 

声を発するという行為は生の根本であり、それがスムースに行えず困難を感じているとほんとうに心底つらく、生きづらいと感じて苦しむんですけれども、多くのマジョリティはぼくらの苦しみつらみの根っこが奈辺にあるかあまり理解していないんだねえと思わされることばかり。

 

差別はどんな人間の意識のなかもあります。ぼくにだってあるはず。日常的常識的な図式で安直に判断せず、当事者たちやアライの声をじっくり吟味するなどよくよく学習して教育を受けていくようにしないと、いつまでも苦しみはやわらぎません。吃音者のなかには就職活動すら遠慮するひともいるし、ひいては社会全体にとっての不幸不利益なんですから。

 

(written 2022.8.7)

※ パソコンでこのブログにアクセスし右サイド・バー下部の検索ボックスに「吃音」と入れて実行すれば、たくさん出ます。

2022/08/07

マイルズの知られざる好作シリーズ(2)〜 『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』

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(5 min read)

 

Miles Davis / Someday My Prince Will Come
https://open.spotify.com/album/68A4o4tkirJRFYbO9Ag0YZ?si=-h0L8qOlSeyu9m61jf1Ttw
(オリジナル・アルバムは6曲目まで)

 

これを「知られざる」という枠に入れるのにはかなり抵抗があります。以前から人気があってけっこう知られている、聴かれている人気作ですからね。決して隠れてなんかいません。

 

でも人気だっていうのは、ひょっとしてマイルズ・デイヴィスやジャズ・トランペットが好きだというファンのあいだでの話。それが漏れ伝わって一般のリスナーのあいだでも一部に愛聴作となっているケースがあるかもしれませんが、歴史的傑作、名作とかいったものじゃありませんから。

 

マイルズという音楽家だと、時代をかたちづくってきた、ジャズの歴史を複数回変えたという歴史的な評価がどうしても先行してしまう面があって、いっぽうにぜんぜんそんな作品じゃないけれど実は愛すべきプリティな好作みたいなのがあるのに、傑作群のかげに隠れほぼ無視されてきた事実があります。

 

マイルズのキャリアをトータルで聴いているといった熱心なファンじゃなかったら、一般に評価の高い名作を中心に(名盤ガイドなんかを参考にしながら)聴いていくかもしれません。総作品数の多い音楽家なので、そうやってフォーカスをしぼらないと追いにくいっていう面もあり。

 

そう考えてくると、1961年の(実は人気作なんだけど)『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』も、一般的に知られているとはかぎらないんじゃないかと思えてきて、内容がいいだけにもったいないなと、きょうここで書いておくことにしました。ジャズの歴史なんか1ミリも変えていないアルバムですけど。

 

本作がいいといっても、ジョン・コルトレイン参加の二曲「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」「ティオ」を、コルトレインが吹くがゆえにほめる気はいまはあまりなく。かつてはそれらばかり聴き狂っていたというのに、趣味が変わりました。レギュラー・クインテットによる演奏部分がくつろげてとてもいいと思うんです。

 

ですからテナー・サックスはハンク・モブリー。イモだイモだといままで散々悪口言ってほんとうにゴメンナサイ。コルトレイン演奏部はたしかにすばらしく、それと比べればどうしても聴き劣りしてしまうのはやむをえないのですが、61年のトレインといえばああいった苛烈な吹きまくり、それが気持ちいい時間もあるものの、おだやにくつろぎたい気分のときはトゥー・マッチに感じることがあるんです、ぼくは。

 

そこいくとモブリーはいつも中庸でおだやかなリラクシング・ムード。音色もフレイジングもおだやかで、その適切さ加減がいまの歳とったぼくの嗜好には実にピッタリくるんですよね。そういった「なんでもないような」ぬるま湯フィーリングこそ、老齢に近づき個人的にたどりついた心地よい境地です。

 

ウィントン・ケリー、ポール・チェインバーズ、ジミー・コブのリズム・セクションも、古いスタンダードだろうと新曲だろうとブルーズだろうとおだやかに淡々とこなしていて、マイルズが率いたハード・バップ・コンボのなかでもいちばんの聴きやすさを実現しているといえるかも。

 

エッジの利いた緊張感やわくわくするスリルを音楽に求めていればものたりないであろう『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』、ぼくだっていまだそういう追求をしている時間もありますが、もはやいつもいつもそうじゃない。リビング・ルームでゆっくりコーヒーでも飲みながらのんびりしていたいことも増えてですね、そんなときマイルズの諸作から選ぶなら、本作は絶好なんです。

 

いままでもファンのあいだでずっと人気作だったというのは、実はそういう部分じゃないかと思いますね。「時代をリードした」とか「ジャズの帝王」とかいったイメージばかり先行でマイルズのことをとらえてきたみなさんも、たまには立ち止まって聴いてみてほしいという気がします。

 

(written 2022.6.24)

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