エリントンもジャズじゃない?
昨晩、マイルス・デイヴィスはあまり典型的なジャズマンではないのではないかと書いたけど、実はデューク・エリントンについても、僕は同じような感じを抱いている。ジャズ音楽最高の存在であり、ジャズを象徴する人物であるかのようによく言われるエリントンだけど。
デューク・エリントンは、「ジャズ界最高のコンポーザー」と言われているけど、あんまりジャズっぽくないような気がするんだなあ。ジャズ・リスナーよりも、むしろクラシックやロックやリズム&ブルーズなどをたくさん聴いているリスナーの方がエリントンに強いシンパシーを示す場合が多いような気がするのは、なんとなく僕には理解できるのだ。
だいたいエリントンは、ビバップを経由せずにモダン化した稀な存在。こういうのは、エリントン以外では、直系の弟子とも言えるセロニアス・モンクだけ。モンクはエリントンからモダンなハーモニーを学んだんだろうと思うけど、師匠のエリントンは、おそらくクラシック音楽から近代和声を学んだはず。
エリントン楽団の場合は、ハーモニーとサウンドのモダン化に貢献したのは、1939年に参加したビリー・ストレイホーンの存在も大きかった。ストレイホーンのエリントン・ミュージックへの貢献は、以前考えられていたよりも、はるかに大きなものであることが、近年の研究では分ってきている。
元々ブルーズ・ナンバーや、そうでなくてもブルージーな曲が多かったエリントン楽団に、30年代末から徐々に印象派風な曲調のものが増えてくるのは、どう考えてもビリー・ストレイホーンの存在抜きには考えられない。ストレイホーンは1967年に亡くなってしまうけど、それまで甚大な影響を残し続けた。
相倉久人さんは、20世紀初頭に流行した印象派音楽に、同時代人のエリントンはすぐに影響されて、そういう作風になったのだと書いたことがあったけど、おそらそれは違うだろう。エリントン楽団と名乗る前のワシントニアンズ時代1920年代前半の最初期音源を聴いても、印象派風な曲調など微塵も出現していない。
初期エリントンのサウンドを特徴づけていたのは、印象派風な作風ではなくて、ブルージーな曲調と、バッバー・マイリーのワーワー・ミュートによるグロウル・スタイルに象徴されるジャングル・サウンド。1927年からのコットン・クラブ出演で人気を博したのも、そのジャングル・サウンドだった。
もっとも、さっき書いた20年代前半の最初期エリントン音源には、印象派風はもちろん、ジャングル・サウンドだってまだ全く出てこない。僕の知る限り、エリントン楽団で一番早いジャングル・サウンドの録音は、1926年ヴォカリオン録音の「イースト・セントルイス・トゥードゥル・オー」だ。
その後、27年エリントンとバッバー・マイリーの共作名義「黒と茶の幻想」を経て、28年の「ザ・ムーチ」でジャングル・サウンドは決定的となる。「ザ・ムーチ」は同年に複数レーベルに録音があるけど、一番分りやすいのは、このオーケー録音→ https://www.youtube.com/watch?v=m_-IpeU2Su4
そうした曲群でジャングル・サウンドを決定づけていたワーワー・ミュートのバッバー・マイリーは、過度の飲酒癖が祟って1929年にエリントン楽団を退団するが、入れ替って入団したクーティー・ウィリアムズに、そのグロウル・スタイルは引継がれ、40年頃までジャングル・サウンドが展開される。
またエリントン楽団のジャングル・サウンドを特徴づけていたのは、現在録音で聴く限りでは、ドラムのソニー・グリアの叩出す独特の粘っこいリズムにもあったと思う。僕は最初の頃、このグリアのとりもちを踏むようなドラミングに馴染めなかった。ロックやリズム&ブルーズ等のリスナーの方が入りやすかったはず。
普通のジャズ・ファンにとって、エリントン楽団がグッと聴きやすくなったのは、ドラマーが、1951年のソニー・グリア退団後のルイ・ベルスンを経て、1955年に加入したサム・ウッドヤードになって以後だろう。油井正一さんによれば、牧芳雄さんがそういうことを言っていたらしいが、僕もそうだった。
つまり、戦前のエリントンの音源は、グリアの粘っこいリズムや、8ビートのシャッフル・ナンバーなど、ジャズよりもロックやリズム&ブルーズ等との親和性が高い。「エリントンはジャズじゃない」と僕が思う一因。リズム&ブルーズ等をいろいろ聴いてからじゃないと、すぐには好きになれなかった。
以前、1999年リリースのドクター・ジョンのエリントン曲集『デューク・エレガント』でエリントンに興味を持ったロックやファンクのリスナーに、エリントン楽団の演奏を聴かせると、戦後のものより戦前物、それも40年頃よりも20年代後半の録音に惹かれるということが、実際にあった。
エリントンとロックといえば、スティーリー・ダンによる「イースト・セントルイス・トゥードゥル・オー」のカヴァー(74年)が有名→ https://www.youtube.com/watch?v=NWOg0gHknKs (今チェックしたら、これは再生不可能になっている。他にも上がってないし、仕方がない)。エリントン楽団の27年ブランズウィック録音がこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=OoDm_O71iYk
エリントン楽団は、1927〜33年のコットン・クラブ時代に、ジャングル・サウンドで、レコード作品でも生演奏でも人気を博したわけだけど、楽団が音楽的ピークを迎えるのは、1939年のビリー・ストレイホーン加入後だろう。印象派風な作品も増えて、一般の多くのリスナーに受入れられるようになった。
エリントン楽団の印象派風なサウンドは、ストレイホーン加入前から「ムード・インディゴ」や「ソフィスティケイティド・レディ」などありはしたものの、本格化するのはストレイホーン加入後の「チェルシー・ブリッジ」や「オール・トゥー・スーン」等々に代表される、1940年以後のことだ。
「ムード・インディゴ」や「ソフィスティケイティド・レディ」にしても、初演(前者は30年、後者は32年)よりも、ストレイホーン加入後の50年『マスターピーシズ』での再演の方が、印象派度がはるかに高い。これらの再アレンジを施したのが、ストレイホーンであった可能性は高いと見ている。
そして1939年のビリー・ストレイホーン加入後でも、一般にはジャングル・サウンドとは見做されない1940年ヴィクター録音の「ジャック・ザ・ベア」や「コンチェルト・フォー・クーティー」など多くの曲で、ブラス陣のワーワー・ミュートによるグロウル・スタイルが効果的に使われている。
同じく40年ヴィクター録音の「ココ」は、そういう従来からのエキゾチックなジャングル・サウンドと、ストレイホーン主導で導入されたモダンな作風が最高レベルで結合した大傑作。いわゆるジャズ界にはこれ以上の濃密な音世界は存在しない。ブルーズ形式。
https://www.youtube.com/watch?v=qemBuum2jSU
https://www.youtube.com/watch?v=qemBuum2jSU
しかしながら、このエリントンのジャングル・サウンドは、エリントン楽団だけの唯一無二なものであって、その後これを継承したジャズマンは全く存在しない。ジャズ音楽ではこういうサウンドは、やはりかなり異色だったのだと言わざるをえない。第二次大戦前の欧州公演などでは、理解されずかなり笑われたらしい。
エリントンが後世のジャズ界に大きな影響を与えたのは、ジャングル・サウンドよりもむしろ印象派風なハーモニーであって、しかも、その一般にエリントン・ハーモニーとして知られているサウンドは、実はエリントンよりもビリー・ストレイホーンによるものだったのかもしれない。
むろんエリントンとストレイホーンの音楽的共同作業は、両者が不可分一体に結合していて、明確に区別することは不可能(ストレイホーンは殆どクレジットされない「影武者」だったし)だけれども、エリントン本来のサウンドは、20年代末の「黒と茶の幻想」や「ザ・ムーチ」みたいな曲にあったのではないか。
そして、そういうあまり典型的ではないジャズ・ミュージシャンのエリントンを、同じく典型的なモダン・ジャズマンではないマイルスが敬愛して、追悼盤(『ゲット・アップ・ウィズ・イット』)まで作ったというのは、二人の音楽のなにかの真実を語っているような気がして、大変面白い気がする。
だって、70年代マイルスの電気トランペット・サウンドは、エリントンのジャングル・サウンドそっくりだ。『ゲット・アップ・ウィズ・イット』『アガルタ』『パンゲア』等を聴くと、僕はいつもバッバー・マイリーやクーティー・ウィリアムズを想起する。通底するものがあるとしか思えないんだよね。
さっき、エリントンのジャングル・サウンドを継承したジャズマンは全く存在しないと書いたけど、いわゆるジャズとも言いにくいけど、電気トランペットを吹いた70年代マイルスだけが、その唯一の継承者だったのかもしれない。トランペットの音といい、リズムの粘りといい、バンド・サウンドの濃密さといい。
そして、70年代電化マイルス以上に、エリントン・ミュージックの世界の本質を継承しているのは、実はフランク・ザッパやPファンクの連中だったのかも。両者ともエリントンに言及したことは、僕の知る限り、ないと思うけどね。やはり、エリントンはロックやファンクなんだ。
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