シャンソンとアラブ歌謡の融合
エル・スールから買った直後の今年一月〜三月頃は、ほぼ毎日のように聴き惚けていたドルサフ・ハムダーニの『バルバラ・フェイルーズ』(邦題が気に入らないから、原題に即してこう書く)だけど、しばらく聴いていなかった。今日久しぶりに聴直したら、これはやっぱり素晴しいとしか言いようがないね。大傑作だ。
今見たら、YouTubeにアルバム丸ごと上がっているから、是非聴いてほしい→ https://www.youtube.com/watch?v=xP8DQdQ2Q6A&list=PLvnuT4k4Diq7MXVhOkZz39Ha58O65rTfY 僕はCDであまりに何度も聴きすぎて、今聴いても、最初の頃の大きな感動はないんだけど、それでも聴けばやっぱりいいなあと感心してしまう。
一曲目の冒頭、ハーディー・ガーディー(だと思うんだけど)みたいな音がぼわ〜っと立ち上がる中、ドルサフがアラビア語で詠唱を始めるので、やはりアラブ歌謡の歌姫だと思って聴いていたら、その詠唱が終ると、ナイロン弦のギターを爪弾く軽い音に乗って、フランス語でバルバラの「孤独」を歌い出す。
本来、その冒頭のアラビア語の詠唱は、シャンソン歌手であるバルバラのヴァージョンにはもちろん存在しないもので、このドルサフ・ヴァージョンのアレンジに唸ってしまった。冒頭にアラビア語の詠唱を入れるというこのアレンジを考えたのは、一体誰なんだろうなあ。知りたいとところだ。
アルバム・ジャケット裏を見ると、アレンジャーのクレジットに二人書かれていて、一人がアコーディオンを弾いているダニエル・ミール、もう一人がギターとウードを弾いているルシエン・ゼラードとなっているから、その一曲目のバルバラ・ナンバー「孤独」を、どちらがアレンジしたのか分らないんだよなあ。
アコーディオン奏者のダニエル・ミールは、表ジャケットにも “direction musicale” と大きく明記されているから、やはり彼の方が主導権を取っているんだろう。ミールがアルバム全体にわたって、音楽的な方向性を決めているんだろうと思う。ミールはサリフ・ケイタと活動していたことがあるらしいけど、バルバラやフェイルーズは、あまり知らなかったはず。
一曲目のバルバラ・ナンバー「孤独」だけでなく、このアルバム全体が、まさにアレンジの勝利。例えば二曲目のフェイルーズ・ナンバー「私に笛をください」 でも、ほぼ全編にわたってギター一本の伴奏。そこに間奏で泣きのハーモニカが入る。フェイルーズ・ナンバーでハーモニカを使うという発想。https://www.youtube.com/watch?v=40-Jasw9KWQ
最初の頃は、アレンジが面白いバルバラ・ナンバーの出来の方がいいと思っていた。ドルサフはアラブ圏の歌手なんだから、フェイルーズは歌い慣れているはずだし、2012年の前作でも一部フェイルーズを歌っていた。でも今では、アルバムの中で一番好きなのが、二曲目のその「私に笛をください」なんだよね。
最初の頃、アルバムの中で一番好きだった11曲目のバルバラ・ナンバー「黒い太陽」→ https://www.youtube.com/watch?v=tZjktyG0bwQ これでも、伴奏がほぼウードとダルブッカのみ。ウードもダルブッカもアラブ圏の楽器(ダルブッカは北アフリカ由来の打楽器)で、それがシャンソン曲の伴奏なんだから。
このアルバムは、仏シャンソン歌手であるバルバラの曲と、レバノンのアラブ歌謡歌手フェイルーズの曲を交互に歌っているんだけど、バルバラの曲ではウードを使い、フェイルーズの曲ではギターを使うという、普通とは逆の発想のアレンジになっているもんねえ。これもダニエル・ミールの着想かなあ?
つまり、このアルバムでは、フランス語のシャンソン・ナンバー(バルバラ)をアラブ風に、アラビア語のアラブ歌謡(フェイルーズ)をシャンソン風に料理して、それらを一曲ずつ交互に並べて、それがアルバム全体を通して全く違和感なく繋がっている。全体を聴くと、一貫した音楽性が感じられる。
以前、2014年のトルコ古典歌謡『Girizgâh』を聴いて、アクースティックな少人数編成の音楽の方が好きになったと書いたけど、その嗜好を決定づけたのが、この『バルバラ・フェイルーズ』だった。このアルバムでは、殆どの曲で伴奏はギター(かウード)+アコーディオンだけ。他に一つか二つ入る程度。
ドルサフが得意なはずのフェイルーズは、壮大で劇的なオーケストラ伴奏が付いている場合が多いから、こういう少人数編成の伴奏で歌われると、かえってメロディ・ラインの美しさがクッキリする。バルバラ・ナンバーにしても、バルバラ自身の歌は、いつも語りというか喋っているような歌い方だから、ドルサフ・ヴァージョンで、初めて曲の良さを発見したといっていいくらい。
アレンジが素晴しいだけでなく、それに乗って歌うドルサフが、素晴しく上手い。こんなに上手い歌手だとは、失礼ながらこのアルバムを聴くまでピンと来ていなかった。彼女を最初に知ったのは、2012年の『アラブ歌謡の女王たち』だったけど、そこではまだそんなにいいとは思わなかった。僕の不明を恥入るしかない。
ドルサフは1975年チュニジア生れ。現在はパリに住んで、フランスなどを中心に活動しているようだ。デビューが1991年で、渡仏は1994年らしい。チュニジア出身だから、フランス語が堪能でも不思議じゃないけど、それにしても、バルバラ・ナンバーを歌う彼女のフランス語は端正だ。
YouTubeで探すと、ドルサフ・ハムダーニが、エディット・ピアフの曲など、フランス語でシャンソンを歌っている動画がいろいろ見つかるけど、どれも本当にキレイで見事なフランス語だ。旧フランス語圏のチュニジア出身というだけでなく、フランスに渡って、もう20年以上になるからなあ。
単独アルバムは、先の2012年『アラブ歌謡の女王たち』が最初らしいけど、他に共作名義のアルバムが二枚ある。それらは僕は実はまだ聴いていない。だから、彼女の歌を聴いているのは、それと『バルバラ・フェイルーズ』の二枚だけなんだけど、もうそれらで充分過ぎるほど彼女の歌の素晴しさは分る。
チュニジア出身で、大学でアラブ音楽を学んだらしいから、ウム・クルスーム、アスマハーン、フェイルーズを歌った『アラブ歌謡の女王たち』の方が、彼女本来の得意分野なんだろうね。今聴直すと、このアルバムも素晴しいものだけど、個人的には企画の勝利といえる『バルバラ・フェイルーズ』の方が好き。
ドルサフ・ハムダーニ(Dorsaf Hamdani)は、ググると仏語のWikipediaページも出てくるし、FacebookページもTwitterアカウントもある(あまり活発にはやっていないけど)。その仏語版Wikipediaが、彼女の経歴ついてはまあまあ詳しいようだ(といっても簡素だけど)。
その彼女のFacebookページやTwitterアカウントが、たまに最近のライヴ動画を貼ってくれたりするので、それで近況を少しだけ分るんだけど、やはり去年末に出た『バルバラ・フェイルーズ』収録曲を中心にした活動を行っているみたい。https://www.youtube.com/watch?v=mWxkLRy9ilU
今貼ったのは、2014年11月にフランス本国でのアルバム・リリースに先だって公開されたティーザーだ。こういうライヴを日本でも観てみたいなあ。ドルサフや、以前書いたトルコ古典歌謡のヤプラック・サヤールや、ヴェトナムのレー・クエンは、僕が今一番ライヴを観たい歌手だ。日本公演実現は難しそうだけど。
上記ティーザーを公開しているのは、所属レーベルのアコール・クロワゼ(Accords Croisés)。サイード・アサディというイラン人男性がオーナーのこのフランスのレーベルは、今、世界中で最も面白いアルバムを出しているレーベルの一つなんじゃないかと思う。Twitterアカウントもある。
ドルサフのアルバムを全部出しているのがアコール・クロワゼだし、2014年末のリリースで、日本では今年になって買えるようになった、オック語で歌う南仏のマニュ・テロン他による『シルヴァンテ』(これも傑作)もそうだったし、ドルサフとの共作もあるイランのアリーレザ・ゴルバーニの新作もよかった。今一番注目しているレーベルの一つだ。
ただまあアレだ、フェイルーズ・ナンバーはフェイルーズ自身の歌が大好きなんだけど、バルバラ・ナンバーの方は、バルバラ自身の歌は、大学生の頃は、ちょっと苦手だった僕。このアルバムでのドルサフの歌があまりにいいので、気を取直してバルバラを聴直したんだけど、やっぱりちょっと苦手かも。
また、アルバム四曲目の「シャラビの娘」などは、フェイルーズの『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』にオリジナル・ヴァージョンが入っているから、iTunesで連続再生してみると、ドルサフの歌声が、フェイルーズそのまんまのソックリに聞えてしまうんだなあ。フェイルーズは2011年の『望み』で同曲を再演しているけど、そちらはあまり似ていないね。
もっとも、このドルサフの『バルバラ・フェイルーズ』。日本盤だってとっくに出ているのに、日本語メディアでは、紙媒体でもネット上でも、これを話題にしているのをあまり見掛けないから、今年(といっても昨年末のリリースだけど)を代表する大傑作とか絶賛するのは、ひょっとしたら僕だけなんだろうか?レー・クエンに抜かれて二位になるまでの今年上半期は、僕の今年のベストテンで首位を独走していたんだけどなあ。
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