トルコ古典歌謡の若き歌姫ヤプラック・サヤール
トルコ古典歌謡を歌う、現在29歳の美人歌手ヤプラック・サヤール(Yaprak Sayar)を知ったのは、去年2014年のトルコ古典歌謡集二枚組『Girizgâh』でだった。もちろんこれはヤプラック・サヤールの単独アルバムではない。彼女、まだ一枚も単独アルバムはない歌手なんだ。
コレ→ http://elsurrecords.com/2014/08/24/v-a-girizgah-alatarka-records/ 昨年八月末頃にエル・スールに入荷したのを、九月末頃に買って愛聴してきた。昨年の年間ベストテン新作篇の第二位にも選出した大傑作だったと思う。今では、輸入盤を扱う他の店にもあるみたいだし、iTunes Storeでも売っている。
この二枚組CDの中でヤプラック・サヤールが単独で歌っているのは、三曲だけ。複数歌手の合唱形式のものなら、他にも何曲か参加している。彼女が単独で歌っている曲の中では、この「アマン・ドクトール」が一番魅力的だと思う→ http://www.youtube.com/watch?v=zTBwAACZIZQ 伴奏はウード一本。
僕はこの「アマン・ドクトール」で、ヤプラック・サヤールに惚れてしまった。CDで聴けるのは、僕の知っている限りでは、『Girizgâh』だけなんだけど、とある情報によれば、もう一つ聴けるCDがあるらしい。でもそれは僕、知らないんだな。でもYouTubeにたくさん音源が上がっている。
『Girizgâh』二枚組(これ、日本語では「序文」とかいうくらいの意味らしい)では、個人的には合唱形式によるものより、単独の歌手が歌っているものの方が好きだ。しかし、合唱でも独唱でも、伴奏楽器の編成は極めてシンプルに、ウード、ネイ、カヌーン等と簡単な打楽器程度で、それがいい。
だいたい、大編成のオーケストラや、エレキ・ギターやドラムスなどが入った音楽より、アクースティックな楽器の少人数編成で、しっとりと聴かせる音楽をたくさん好んで聴くようになったのも、この『Girizgâh』がそうだったからだ。それに、あまり音量を上げなくても十分楽しめる音楽だしね。
その二枚組は、19世紀後半〜20世紀初頭のオスマン帝国時代のトルコ古典歌謡を、残された楽譜もしくはSP音源を基にして、ほぼそのままのスタイル(らしい)で、新録音で現代に再現したものらしい。その時代、トルコ語はアラビア文字表記だったはずだけど、今でもちゃんと読める人がいるんだなあ。
『Girizgâh』付属のブックレットには、参加歌手や作曲家のプロフィール(らしい)なども載っているのだが、全部トルコ語でしか書いていないので、今のところは全く歯が立たない。トルコ語も今はアルファベット表記だから、歌手名などは判別できるけど、作曲家について知りたいんだけどなあ。
なにが書いてあるかは分らないものの、作曲家一人一人の生没年が書いてあるから、大体いつ頃の人かということだけは分る。それを見ると、大半が19世紀後半か、新しくても20世紀頭に亡くなっている人ばかり。トルコ古典歌謡は数百年の歴史があるけど、採譜されるようになったのは、その頃らしい。
採譜といっても、もちろんいわゆる西洋音楽の五線譜を使ったものではない。世界中に、それこそ無数の記譜システムが存在するのは、みなさんご存知の通り。もっとも僕はトルコ古典歌謡の記譜システムがどういうものなのか、よく知らない。ネットでちょっと調べてはみたけど、あまり分らないんだなあ。
そもそもトルコ古典音楽は、西洋音楽でいう全音の1/9の音程を基準にしているから、半音までしか記譜できない五線譜では当然書くことは不可能。そういういわゆる微分音の使い方は、先に貼ったヤプラック・サヤールの歌う「アマン・ドクトール」などでもよく分る。細かい音程で微妙に揺れているね。
もちろん半音以下の微分音を使う音楽は、トルコ古典歌謡だけでなく、世界中に無数にある。というか、世界中の民俗音楽や、それに基づく大衆音楽を見渡したら、いわゆる西洋クラシック音楽やその体系に基づいて成立している音楽の、全音・半音で区切るやり方の方が、どっちかというと特殊な方だろう。
だから、クラシックやジャズやロックなどばかり聴き慣れていると、トルコ古典歌謡など(他の多くの大衆音楽もそうだけど)も、最初に聴いた時には「音程が狂っている」と感じることがあるらしい。こないだ聴いた、ビルマの変態スライド・ギタリストなども、「吐きそう」という感想の人もいるそうだ。
僕がトルコ古典歌謡にハマり始めたきっかけは、日本盤が2012年に出たミネ・ゲチェリの『ゼキ・ミュレンを歌う』だった。恥ずかしながら、ゼキ・ミュレンだって、それまで全く聴いたことがなかったんだなあ。女装して歌うゼキ・ミュレンが、トルコ古典歌謡中興の祖であることも、その時に知った。
ミネ・ゲチェリを知ってみると、ゼキ・ミュレンをはじめとする20世紀中頃のトルコ古典歌謡の大衆音楽化完成期の歌曲を歌う現代の女性歌手が、たくさんいることを知って、そういうものをいろいろ聴くようになったのだった(主に、渋谷エル・スールさんを通して買った)。それが本当に魅力的だった。
それで去年『Girizgâh』がエル・スールに入荷した時に、喜び勇んで買った。しかしながら、それまで聴いていたトルコ古典歌謡は、さっき言ったように20世紀中頃のもので、19世紀後半〜20世紀初頭の古典歌謡を聴くのは初めてだったのだ。トルコ本国でも、そういうのは初めてだったかも。
それが証拠に、このアルバム、配給はトルコの老舗レーベルKalanだけど、制作はこのアルバムを作るために立ち上げられた新興レーベルのAlaturka Recordsだ。これを立ち上げたのは、アルバムでウードを弾き音楽監督もやっている、1964年生れのウール・イシュクさんなんだよね。
『Girizgâh』は、昨年晩夏にエル・スールのサイトに掲載されたジャケット写真を見たら、それがあまりにも素晴しく、見た瞬間に傑作だと確信できるものだった(上掲右)。 何度見ても素晴しいというか渋いよねえ。中身の音楽をよく表現しているジャケだ。
だけど経済的問題ですぐには買えず(八月末は、モーリタニア人女性グリオのノウラ・ミント・セイマリを聴き狂っていた)、しぎょうさんなどがよかったとツイートするのを見ながら、内心凄く悔しかったんだけど、九月末にようやく買って聴いてみたら、案の定中身の音楽も素晴しくよかったという次第。
先に貼った「アマン・ドクトール」など『Girizgâh』収録曲も、その他のいろんな音源も、Alaturka RecordsのYouTube公式チャンネル(http://www.youtube.com/channel/UC1YNOvd15xRhhKdRrcOWqcg)が上げてくれているので、たくさんトルコ古典歌謡を聴けるのだ。みなさんも是非!
それで最初に書いたようにヤプラック・サヤールに惚れてしまった僕は、単独アルバムがないので、YouTubeでいろいろと聴きまくり、さらに彼女のTwitterアカウントやFacebookページもフォローしている。それによれば、Alaturka Recordsに新作を録音中だそうだ。
その新作というのが(ヤプラック・サヤールの単独アルバムではない)、Alaturka Recordsから出る、トルコ古典歌謡集第二弾ということになるらしい。彼女がそれをツイートしていたのが五月中頃だから、そろそろアルバムの録音も終って、今年中には出るのかなあ?凄く楽しみだよね。
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