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2015/10/26

レスター・ヤングとホンク・テナー

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1930年代後半のレスター・ヤングが、イリノイ・ジャケーに始り、ビッグ・ジェイ・マクニーリーに至る、多くの黒人ホンク・テナーの源流の一人であるという説を昔読んだことがあるのだが、今でも僕はその説が完全には納得できていない。レスターとホンカー達とでは、もう音色が全く違うもんなあ。

 

 

イリノイ・ジャケーもアーネット・コブもエディ・ロックジョウ・デイヴィスもジーン・アモンズもビッグ・ジェイ・マクニーリーも、み〜んな大好きな僕だけど、音色というかソノリティは、完全にコールマン・ホーキンス、ベン・ウェブスター、チュー・ベリー系の朗々としたものだよなあ。太くて丸い。

 

 

レスター・ヤングが、ホンク・テナー奏者達のルーツと言われるのは、そのサックスを構える格好と、独特のフレイジングと、時々レスターが出していたブワッとかブヘッというあの妙な音色によるものが大きいんだろう。ファースト・ホンカーのイリノイ・ジャケーが吹く「フライング・ホーム」でも、それは聴ける。

 

 

イリノイ・ジャケーの名演で知られる1942年ライオネル・ハンプトン楽団の「フライング・ホーム」。 ジャケーのソロの出だしのフレイジングなどは、レスター・ヤングの影響丸出しだ。42年だから、レスターからの影響例としては、かなり早い。

 

 

 

ちょっと脱線だけど、「フライング・ホーム」は、このハンプトン楽団のが有名になったけど、元々彼が所属していたベニー・グッドマン・セクステットの曲。作曲はグッドマンとハンプトンの共作名義で、初演が1939年。 ハンプトン楽団のとは、ノリが全然違う。

 

 

 

こういう曲を、1942年に自分の楽団であんな風にしちゃったのが、40年代ジャンプ時代のハンプトン楽団とジャケーの面白さなんだけど、それ以後この曲はすっかりそのテナー・ブロウのイメージがついてしまい、ライオネル・ハンプトン楽団での再演でも、常にテナー奏者のソロがフィーチャーされることになった。

 

 

共作名義になってはいるものの、これは当時の慣例でボスがいっちょ噛みしているだけ。ハンプトンが独立後自楽団で頻繁に取りあげたところを見ても、実質的にはハンプトン一人のアイデアに間違いない。AABA形式で32小節の曲だけど、ハンプトン楽団のヴァージョンを聴くと、明らかにブルーズのフィーリングがある曲だ。これもジャンプの聖典。

 

 

1942年ハンプトン楽団の「フライング・ホーム」は、<最初のロックンロール・レコード>と呼ばれることがあるらしい。まあそれは象徴的にというか系譜というか源流ということだろうけど、今、音を聴くと普通のジャズに聞えるよねえ。それは中村とうようさんも言っていた(「アフター・アワーズ」も)。

 

 

さて、そもそもジャズでレスター・ヤングの影響が顕著になってくるのは、ビバップ以後のことで、チャーリー・パーカーのフレイジングがレスターそのまんまだしなあ。大学生の頃、レスターが吹く33回転のLPを45回転でかけるとパーカーになるという話をなにかで読んで、試してみたら、その通りだった。

 

 

その後、ソニー・ロリンズもジョン・コルトレーンも、フレイジングはまさにレスター系(『モダン・ジャズの歴史』の中で粟村政昭さんが、ロリンズへのレスターの影響を詳細に分析していた)だ。ただし音色はホーキンス系の太くて丸いものだけどね。モダン・ジャズの黒人サックスではそういうのが多い。

 

 

フレイジングがレスター系といっても、直接的にはパーカーの影響なんだろうけど。パーカーを通じて、レスターが広くモダン・ジャズのサックス奏者に影響を与えているということになる。かつて油井正一さんが、パーカーにはレスターという模範がいたけど、レスターにはいなかったのだと書いたことがある。

 

 

ジャンプ〜R&B系のホンカーに話を戻すと、ホンカーってテナーばっかりでアルトはいないわけだけど、どうしてなんだろうと考えてみたことがある。でも結局よく分らない。テナーの方が男性的(ホーキンス系の場合)で力強く、ハードにブロウするには向いているのだとか、それくらいしか思い付かない。

 

 

以前書いたかもしれないけど、パソコン通信時代に少し仲のよかったかつての音楽仲間が、そういう黒人系ホンク・テナーが大好きで、大好きすぎて、白人ジャズのソフトでスカスカなサックス・サウンドを毛嫌いしていた。そういうのの元祖はレスター・ヤングなんだけど、レスターは大好きだと言っていたなあ。

 

 

その友人は、ジャンプ〜R&B系ホンカーのフレイジングに、レスターの面影を聴いていたんだろうと思う。確かに、ホンカーが多用するブワッとかボヘッとか鳴るちょっとヘンな音は、最初にやったのはレスターだし。だけど、レスターの音色は、相当か細いんだけどなあ。その辺はどう考えていたのだろう?

 

 

なにしろレスター・ヤングは、コールマン・ホーキンスの後釜としてフレッチャー・ヘンダースン楽団に加入したものの、あまりにもサウンドが違うため、厳しい批判を浴びてすぐに辞めて、カウント・ベイシー楽団に舞戻ったくらいだからなあ。フレイジングはともかく、音色では主に白人サックスに継承されたんだもん。

 

 

油井正一さんが、レスター・ヤングの音色が、モダン・ジャズでサックスを含め黒人奏者の音色に継承された例が一つだけあるとして、それはマイルス・デイヴィスだと書いていた。確かにビブラートなし、ソフトで軽い音色等、マイルスのトランペット・サウンドは、レスター系だよなあ。

 

 

ビブラートなしと言えば、ビリー・ホリデイの歌い方もそうなんだよなあ。レスター・ヤングとビリー・ホリデイは、息の合った共演を多く残しているだけでなく、かつては恋人関係にもあったわけだけど、音楽的に同じものを感じていたんだろう。マイルス含め、三人とも黒人だけど、野太いサッチモ系ではない。

 

 

いずれにしても、もし1942年の「フライング・ホーム」が最初のロックンロールだとしたら、そこでのテナー・フレイジングに大きな影響を与えたのがレスター・ヤングだから、間接的・系譜的には、レスターはR&Bやロックンロールの誕生に寄与したと言えるのか?彼はある意味ビバップの元祖とも言えるんだけど。

 

 

また1940年代のピート・ブラウン・セクステットには、ディジー・ガレスピーがいて、そういうのを聴くと、やっぱりビバップはジャンプ・ブルーズ発祥だと実感するね。

 

 

 

 

チャーリー・パーカーだって、カンザスのジャンプ・バンド、ジェイ・マクシャン楽団の出身だし、ガレスピー、パーカーという、ビバップの中心人物二名ともがジャンプ・バンドから出てきたということは、その方面の方々には周知の事実だけど、改めてビバップとR&Bの共通性を感じてしまう。

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