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2015/10/22

ニューオーリンズの跳ねるピアノ

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昨晩ドクター・ジョンとプロフェッサー・ロングヘアのことを書いたけど、ニューオーリンズの音楽を知ったのは、彼の地が発祥だったニューオーリンズ・ジャズを除けば、大学生の頃に買ったフェスのLP『ニュー・オーリンズ・ピアノ』が最初だった。直後にドクター・ジョンの『ガンボ』も買った。

 

 

もっともフェスの『ニュー・オーリンズ・ピアノ』は、買って何回か聴いたものの、当時は全く面白さが分らず、そのまま何年も放置したままにしていた。あのLPは1970年代になってから出たものらしいけど、中身は49年と53年の録音集。

 

 

プロフェッサー・ロングヘアという人が誰なのかは全く知らなかったはず。タイトルに「ニュー・オーリンズ」とあったから、おそらくそれだけで買ってみたんだろう。ジャズ発祥の地だから、やはり興味はあったんだよなあ。

 

 

大学生の頃に買ったフェスは、二枚組ライヴLP『ザ・ラスト・マルディ・グラ』、こっちの方が大好きで、繰返し聴いたなあ。今調べてみたら1982年リリースになっているから、僕が二十歳の時のアルバムだ。これは最晩年の録音(ひょっとしてラスト?)。

 

 

でも大学生の頃は、フェスで好きだったのはその二枚組くらいで、フェスを聴いてニューオーリンズ音楽を好きになったというのは違うだろう。やはりドクター・ジョンの『ガンボ』に大いに感銘を受けて、それでニューオーリンズ好きになったというのが正直なところ。あれこそ入門盤だった。

 

 

特に『ガンボ』一曲目の「アイコ・アイコ」、あれにショックを受けたんだなあ。https://www.youtube.com/watch?v=S_UYPu5RFXI こんなに跳ねているピアノの弾き方はそれまであまり聴いたことがなかったもんなあ。くどいようだけど、フェスの『ニュー・オーリンズ・ピアノ』を先に聴いてはいたが。

 

 

「アイコ・アイコ」がニューオーリンズ・クラシックだということすら知らず、ただただカッコイイと思って夢中になっていただけだった。『ガンボ』には、ドクター・ジョン自身による一曲毎の詳しい解説があるんだけど、当時それを読まなかったのかなあ?全く憶えていないから、読まなかったのかもなあ。

 

 

『ガンボ』三曲目の「ビッグ・チーフ」は、さっきも書いたフェスの『ザ・ラスト・マルディ・グラ』の一曲目だったし、フェスの曲だということも知っていた。でも『ガンボ』のヴァージョンでは、あのリフをロニー・バロンがオルガンで弾いているから、イマイチ跳ねていない印象ではあったなあ。

 

 

『ガンボ』にはもう一曲フェスの曲で「ティピティーナ」も入っていたけど、スローなアレンジになっていたから、それはあまりグッと来なかった。何度も言うけど、この曲もフェスの『ニュー・オーリンズ・ピアノ』に入っているから聴いていたはずだけど、全然記憶がなかったんだよなあ。

 

 

その『ニュー・オーリンズ・ピアノ』の「ティピティーナ」→ https://www.youtube.com/watch?v=p-zXkB4FW-A 今聴くとカッコいいと思うけど、このアトランティック盤の良さが分るようになったのは、CDで聴いてからだった。昔は『ザ・ラスト・マルディ・グラ』のヴァージョンの方が好きだった。

 

 

そんな具合で、『ガンボ』が好きというより、その一曲目の「アイコ・アイコ」が大好きだったと言った方が正しいかもしれない。20年ほど前に現地ニューオーリンズのライヴ・ハウスでドクター・ジョンの生を聴いた時も、一曲目が「アイコ・アイコ」だった。(ラストが「サッチ・ア・ナイト」)。

 

 

その時は、僕よりも一緒に行った元妻が、その「アイコ・アイコ」に感銘を受けたらしく、その後しばらくそれを口ずさんでいた。同じ頃、東京ドームのローリング・ストーンズ1995年のライヴにも一緒に行って、その一曲目が同じボ・ディドリー・ビートの「ナット・フェイド・アウェイ」だったので、そのせいもあったらしい。

 

 

そんなわけだから、元妻に頼まれて、そういうボ・ディドリー・ビート(3−2クラーベ)の曲ばかり集めたコンピレイション・カセットを作ったこともあった。その一曲目も『ガンボ』の「アイコ・アイコ」にした。ニューオーリンズで生で聴いた時は、もっと重心の低いディープなファンクになっていた。

 

 

ちなみに、その時のドクター・ジョンのライヴでは、ギターがボビー・ブルーム(一瞬だけマイルス・バンド在籍経験あり)、そして当時まだ存命だったテナー・サックスのアルヴィン・レッド・タイラーも参加していたなあ。前座のステージが、知らないブラス・バンドで、やたらと元気のいい金管アンサンブルだったけど、それはイマイチだった。

 

 

CD時代になってからは、もちろんすぐに『ガンボ』や『イン・ザ・ライト・プレイス』なども買い直したけど、CD時代になってからのドクター・ジョンのアルバムで一番いいと思ったのは、1999年のエリントン集『デューク・エレガント』だった。あれは素晴しかったよねえ。

 

 

その当時はパソコン通信をやっていて、あのアルバムの話題では盛上がった。あれでデューク・エリントンという作曲家を知り、興味を持った人も多かったけど、肝心のエリントン自身のヴァージョンを聴かせてもピンと来ないということもあった。やはりドクター・ジョンの解釈の巧妙さだったんだろう。

 

 

プロフェッサー・ロングヘアもだいたいCDで買い直して、やはり個人的な思い入れのある『ザ・ラスト・マルディ・グラ』が一番好きなんだけど、今では『ニュー・オーリンズ・ピアノ』が最高だと心からそう確信するようになっている。やはりニューオーリンズらしいラテン・テイストが最高だ。

 

 

ブルーズにラテン風味を強く加味したフェスのピアノ・スタイルは、まさにワン・アンド・オンリーなもので、ドクター・ジョンのピアノも完全にその影響下にあるというか、そのまんまだということもよく分る。『ガンボ』の「アイコ・アイコ」のピアノも、フェス・スタイルだしね。

 

 

個人的に思い入れがより強いのはドクター・ジョンの方なんだけど、どっちが偉大かと言われたら、そりゃもう誰に聞いたって圧倒的にプロフェッサー・ロングヘアだと言うはず。フェスがいなかったら、ドクター・ジョンもいない。

 

 

ところで、”New Orleans”を「ニューオリンズ」と表記する人が物凄く多いというか、その表記の方を圧倒的に多く見掛ける。発音を知らないだけなんだろうけど、あまりにも多すぎて、もう今更どうにもならない感じだ。ニューオーリンズか、もっと正確には(ニュー・ヨーク同様)ニュー・オーリンズだよねえ。

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