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2015/10/31

スティーヴィーのサルサ・ナンバー

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「イージー・ゴーイン・イヴニング」というスティーヴィー・ワンダーのインスト・ナンバーが大好きなんだけど、大学生の頃に持っていたスティーヴィーのレコードは、これがEP盤に入っていた『キー・オヴ・ライフ』だけ。このあいだまでのような暑い夏の日には今でも聴く。

 

 

大学生の頃、スティーヴィーのアルバムの中で、どうして『キー・オヴ・ライフ』だけ買っていたのか分らない。以前書いたように、僕はアナログ時代は二枚組偏愛で、だからおそらくレコード屋で見て、二枚組だからなんとなくお買得というか、いろいろ聴けて楽しそうと思ったのかも。

 

 

そもそも『キー・オヴ・ライフ』はLP二枚組というばかりか、それに四曲入りのEP盤が付いているというものだった。買った日本盤LPのライナーを読むと、このアルバムをレコーディング時のスティーヴィーは創造の絶頂にあって、物凄く多くの曲をレコーディングし、選びに選んだ挙句そうなったらしい。

 

 

実際聴いてみたら、当時(今もだが)ソウル・ミュージックについて全くなにも理解していない僕ですら、大変に楽しめる分りやすい音楽だった。一発でスティーヴィーのファンになったんだけど、それで彼の他のアルバムを買おうとならなかったのは、大学生の頃はジャズばかり買っていたからなあ。

 

 

ジャズと『キー・オヴ・ライフ』といえば、一枚目A面のラストに「サー・デューク」という曲があって、曲名通りデューク・エリントンはじめ、様々なジャズの先人達に対するオマージュ・ナンバーだったのが印象に残っている。歌詞にベイシー、グレン・ミラー、サッチモなどが出てくるし。

 

 

でも大学生当時『キー・オヴ・ライフ』の中で好きだったのは、「サー・デューク」とかよりも、一曲目の「ラヴズ・イン・ニード・オヴ・ラヴ・トゥデイ」はじめ、「ヴィレッジ・ゲットー・ランド」とか「ブラック・マン」とか、EP収録の「サターン」とかだった。

 

 

感心したのは、そういった曲の歌詞はかなりヘヴィーな内容だったんだけど、聴いた感じの曲調が全然そんな感じがせず、非常に軽快で分りやすいポップ・ナンバーだったことだった。とっつきやすくノリやすい曲調で重い内容のメッセージが届けられる、これは当時のニュー・ソウルに共通した特徴。

 

 

1970年代のスティーヴィーを<ニュー・ソウル>に含めてもいいのかどうかよく分らないけど、同じ頃のマーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドなど、ほぼどのアルバムもそんな感じだから、やはり明らかに共通したものがあったんだろう。

 

 

大学生の頃にマーヴィン・ゲイのアルバムで一番好きだった『ワッツ・ゴーイン・オン』だって、アルバム全体を通して、あんなに深刻でヘヴィーな内容の歌詞を持つソウル・アルバムはないと思うくらいだけど、音楽は実にノリやすいファンク・ミュージックで、エンターテイメントになっているもん。

 

 

マーヴィンの『ワッツ・ゴーイン・オン』と比べたら、スティーヴィーの『キー・オヴ・ライフ』は、二枚組+EPということで、多様な曲が入っているので、全部が深刻な歌詞内容だというわけではない。ラヴ・ソングもたくさんある。「サー・デューク」みたいな曲もあるわけだし。

 

 

また一枚目A面には「コントゥージョン」というインストルメンタル・ナンバーがあって(バックにコーラスは入るけど)、これなんか大学生の頃、ジャズやジャズ系のインスト音楽を中心に聴いていた僕には、親しみやすかった。最初に書いたようにEP盤収録の「イージー・ゴーイン・イヴニング」もインスト。

 

 

その「コントゥージョン」にしても、その他のインストルメンタルじゃない歌入りの曲もそうだけど、この頃のスティーヴィーのリズムとサウンドは、大学生の頃から現在でも大好きな1970年代電化マイルスに近いものを感じていた。当時はなんとなく似ていると感じていただけだったけど。

 

 

今となっては、1970年代のソウル〜ファンク・ミュージックと、70年代電化マイルスが、かなり意識して同じ道を歩んでいたと、僕は理解している。「意識して」というのは少し違うかもしれない。ブラック・ミュージックとしての「時代の必然」だったというべきか。スライだってPファンクだってそうだ。

 

 

そんなことを、大学生の頃は、何の知識も持たず時代背景も知らず、ただ音だけ聴いてなんとなく感じ取っていたのだった。当時全く分ってなかったといえば、LPでは二枚目B面ラストだった「アナザー・スター」。これなんか、今聴くとサルサだとしか思えないんだけど、当時はラテン風味だなと思っていただけ。

 

 

大学生の頃はサルサとか知らなかったからなあ。スティーヴィーの『キー・オヴ・ライフ』は1976年のアルバム。ちょうどサルサが大流行し全米に拡大済の頃だった。「アナザー・スター」も、歌詞内容は深刻でヘヴィーなんだけど、サウンドはノリがいい。

 

 

2015年の今、振返って考えたら、1976年のスティーヴィー・ワンダーは、『キー・オヴ・ライフ』の「アナザー・スター」その他を、当時大流行していたサルサ(ニューヨーク・ラテン)を強く意識して作ったものだとしか思えないんだなあ。ティンバレスの使い方なんかそのまんまだしね。

 

 

 

今では、『キー・オヴ・ライフ』の中で一番好きで繰返し聴くのが、その「アナザー・スター」。オリジナル・アナログLPでは、この「アナザー・スター」がラストだった。やはりこのアルバムはこの曲で終ってほしいよねえ。現行CDでは、この後にEP盤収録だった四曲が続くからなあ。

 

 

今でも大好きな『キー・オヴ・ライフ』なんだけど、どうも玄人筋の評価はイマイチみたいだ。この二枚組より、これの前の三部作『トーキング・ブック』『インナーヴィジョンズ』『ファースト・フィナーレ』がベストだということになっている。僕だって今では<傑作>という意味では、同意見。

 

 

音楽的完成度という点では、確かにその三部作、特に『インナーヴィジョンズ』か『ファースト・フィナーレ』が一番だということになるだろう。『キー・オヴ・ライフ』は二枚組+EPという構成だから、少し完成度が低くなるというかゴッタ煮になってしまうのは、仕方がない。

 

 

ただ、さっきも書いた完全にサルサな「アナザー・スター」や、それ以外にも『キー・オヴ・ライフ』には、結構ラテン・テイストな曲があって、その辺りがラテン好きな僕に一番フィットする部分なんじゃないかと思ったりする。それ以前のいわゆる三部作には、そういうのは少ない。

 

 

「パスタイム・パラダイス」も「サマー・ソフト」もラテン調だし、「イズント・シー・ラヴリー」だってそうじゃないか。黒人賛歌である「ブラック・マン」もホーン・リフが微かにサルサ風、「アイ・アム・シンギング」も南国風だし。そう見ると、『キー・オヴ・ライフ』には、サルサとかラテン風味がたくさんある。

 

 

いわゆる三部作にもコンガなどがたくさん入っているけど、1960年代末以後の米国産ポピュラー音楽は、別にラテン調でなくても、ラテンやアフロなパーカッションを導入するのが普通だったからなあ。「アナザー・スター」みたいなモロなサルサ・ナンバーは、いわゆる三部作にはない。

 

 

ラテンなフィーリングは、ちょうど1973〜75年頃の電化マイルスにもあって、例えば『アガルタ』や『ゲット・アップ・ウィズ・イット』でやっている「マイーシャ」や、後者や当時の多くのライヴ・ブートに入っている「カリプソ・フレリモ」などがそう。そういう辺りとも共振するんだよね。

 

 

そうなると、1970年代のサルサの大流行と、それとほぼ同時代のアフリカン・アメリカン・ミュージックとの関係性を、サンタナやロス・ロボスといったラテン(チカーノ)・ロックも視野に入れながら、考えてみたら面白い文章になりそうだけど、その話は少しデカくなりすぎるから、僕なんかの手には負えない。

 

 

 

(追記)この記事をアップした後に、『インナーヴィジョンズ』ラスト前の「ドント・ユー・ウォリー・バウト・ア・シング」が、かなりサルサ風であることに気が付きました。失礼しました。

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