一番繰返し聴いたレコード
昨日の記事後半で触れた、1930年代後半のテディ・ウィルスンによるブランズウィック録音のことを思い出していた。特にその中で、ナン・ウィンが歌った一曲「イフ・アイ・ワー・ユー」のことを、なんとなく考えていたのだった。
https://www.youtube.com/watch?v=7YFqqGo7_U8
なかなかいいよねえ。僕がこの曲を聴くと思い出すのが、油井正一さんのエピソード。油井さんは若い頃、この1938年録音のSP盤が大のお気に入りで、特にナン・ウィンのヴォーカルが大好き。あまりに好きすぎてナン・ウィンに恋焦がれ、友人から「イフ・アイ・ワー・ユイ」とからかわれたとか。
そのエピソードを読んだのも、記憶が確かなら、二枚組LP『ザ・テディ・ウィルソン』のライナーノーツの中でだったはず。CSBソニーから昔出ていたこの『ザ・テディ・ウィルソン』、全くCD化される気配すらないけど、名盤だった。そのうちCDになるだろうと、アナログを手放したのは失敗だった。
昔、CBSソニーに伊藤潔さんというプロデューサーがいて、コロンビア系の戦前古典ジャズのLP復刻をたくさんリリースしていた。『ザ・テディ・ウィルソン』もそういう伊藤潔さんが手がけたものの一つ。テディ・ウィルスンの1930年代ブランズウィック音源をまとめた(といっても厳選集だけど)のは、おそらく世界でこれだけ。
テディ・ウィルスンの1930年代ブランズウィック・セッションは、ほぼ同時期のライオネル・ハンプトンによるヴィクター・セッションと並んで、少なくとも日本では、スウィング時代のスモール・コンボによる、二大名セッションと言われていた。ハンプのヴィクター録音も大好きだったけど、本家ヴィクターではCD化されていない。
テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションの方は、伊藤潔さんの発案で企画に参加したのが油井正一さん、粟村政昭さん、大和明さんの三名だったらしい。全部で135曲あるテディ・ウィルスンのブランズウィック録音から、LP二枚用に33曲を厳選したのが、そのお三方だったそうだ。
このブランズウィック録音のLP化に際しては、かなりの苦労があったようで、本家米コロンビアも戦時中に原盤を供出してしまっていたので、提供を受けたのはSP盤をスタンパーにして作成されたアセテート盤。中には聴くに堪えないものもあったので、国内の蒐集家からSP盤を借受けたりもしたらしい。
そうやって発案・企画からLP発売まで約一年以上もかかったらしい。こういう事情は全てその『ザ・テディ・ウィルソン』のライナーノーツに書いてあったことなのだ。この二枚組LPは、戦前の古典ジャズに興味を持つ日本人で、持っていない人はいなかったのではないかと思うほどのものだった。
もちろん僕も買って、狂ったように繰返し繰返し聴いた。あらゆるアナログ盤のなかで一番回数多く聴いたのは、間違いなくこの二枚組だ。さっきも書いたように、同じく名演の誉れ高いライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッション一枚物LPも、参加メンバーがかなり重なっていて、そっちもかなりよく聴いたけど。
『ザ・テディ・ウィルソン』二枚組で一番好きだったのが、冒頭に入っていた「ブルーズ・イン・C・シャープ・マイナー」。 これは僕が自分で上げたもの。既にいくつか上がっていたけど、録音データ等の記載がないものばかりだから。
録音順を多少無視しても、この曲を冒頭に持ってきたのは、大正解だった。その曲順を考えたのが油井さん、粟村さん、大和さんのお三方のうちどなたなのかは知らないけど。テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションを代表する名演だし、曲名はアレだけど、演奏内容は素晴しい。
18歳の頃、この「ブルーズ・イン・C・シャープ・マイナー」を初めて聴いた時は、衝撃ですらあった。こんな世界があったんだと、まるで初めて異性を知った時のように、それ以後は完全に生きている世界が一変してしまうほどの驚きだった。クラリネットを吹くバスター・ベイリーの叙情などはもうねえ。
たちまち、バスター・ベイリーの大ファンになり、彼の参加しているジョン・カービーのバンドなども聴いた。ロイ・エルドリッジもチュー・ベリー(コールマン・ホーキンス系のジャズ・テナー奏者では一番好き)も、これで初めて知った名前。チュー・ベリーのエピック盤(猫ジャケ!)も大好きだった。
ちなみに、猫ジャケであるチュー・ベリーのエピック盤はコレ↓
<エピック・イン・ジャズ>のシリーズは、全部こういう猫ジャケ。チューは、間違いなくキャブ・キャロウェイ楽団での活躍が一番有名だけど、僕には、まず第一にテディやハンプのセッションの人だった。
脱線だけど、全部が猫ジャケのエピック・イン・ジャズのシリーズでは、『デュークス・メン』が一番好きで、「キャラヴァン」の初演はこれに入っていた。他にも「言い出せなくて」の名演が入っているバニー・ベリガンとか、レスター・ヤングとかも、このシリーズにあった。
ますます脱線だけど、『デュークス・メン』は、30年代後半のバーニー・ビガード、クーティ・ウィリアムズ、レックス・スチュアート、ジョニー・ホッジズのリーダー名義のスモール・コンボ録音だけど、ピアノで参加している御大が、完全にエリントン色に染上げている。間違いなく編曲もしているはず。
さて、僕がアップした「ブルーズ・イン・C・シャープ・マイナー」の画像に使っているのが、他ならぬ『ザ・テディ・ウィルソン』のジャケ写。同曲のブランズウィック盤SPレーベルの写真だ。物凄く思い入れのあるLPジャケット。ネットで探したら転がっていたので、拝借させていただいた。
こういう一連のテディ・ウィルスンのブランズウィック録音は、本家コロンビアからはCD化されていないけど、フランスの戦前ジャズ復刻専門レーベルのClassicsから録音順でバラ売りの全集CDが出ているのを持っていることは、昨晩も書いた。YouTubeにアップした音源もそれから取ったもの。
かつての『ザ・テディ・ウィルソン』LP二枚組の収録曲・曲順も分っているので、その通りにiTunesでプレイリストを作成し、CDRに焼いて、今でもたまに聴いている。CDだと全部が一枚で収る長さ。本家コロンビアからCDリイシューしてほしいんだけど、まあ原盤がないとのことだから、無理なのかもなあ。
かつて大学生の頃の僕は、こういう音楽が一番好きだった。マイルスよりもサッチモよりもエリントンよりも、『ザ・テディ・ウィルソン』二枚組LPでしか聴けなかった、テディ・ウィルスンのブランズウィック録音が好きだった。今ではたまにしか聴かないけど、今日久々に聴いたら、やっぱりいいね。
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