名著『ジャズ・レコード・ブック』
面白そうと思って買ったLight in Babylonという、イスタンブルを拠点に活動する、イラン系+トルコ系+フランス系三人の多国籍バンドのアルバム、聴いてみたらイマイチだった。でもそういう冒険をしないと、美味しいものには出逢えないもの。昔もたくさんつまらないレコード買ったけど、今、ワールドミュージック・メインで、情報が少ないから尚更だ。
英米日のロックやジャズとか、あるいはワールド・ミュージックでも、既に評価の定ったものばかり聴いて、それで満足な人は、失敗する確率もグンと低いだろうけど、そんな音楽生活、面白いのかなあ?僕はそれじゃあまったくつまらないと思う人間なので。
僕もジャズやロック、あるいはその他の英米ブラック・ミュージックなどを中心に聴いていた若い頃は、いろいろガイド本もあったし、そういうのを結構頼りにしてレコード買ってたんだけど、ワールド・ミュージックの世界では、そういうものがやや少ないからなあ。それでも最近は増えているけど。
今でも新しい分野の音楽に踏込もうとする時には、音盤を買う前に、まずガイド本を買うという人が結構いるみたい。以前mixiで友人だったジャズ・ファンもそうだった。まずガイド本を買ってから、それに沿ってCDを買っていくという。それもいいけど、それだけではある範疇から脱却できないね。
まあ今はYouTubeなどの動画サイトがあって、いろいろ視聴できるから、失敗をする確率が減っているんだろうけど、それでもライト・イン・バビロンみたいに、YouTube動画は面白いのにCDアルバムはイマイチということがある。これは失敗なんだろうけど、一種の勉強料だね。
ライト・イン・バビロンの場合は、YouTubeにかなり上がっているストリート・ライヴなどはかなりいいと思うから、スタジオ作よりライヴ・シーンで真価を発揮するタイプなんだろう、今のところは。ヴォーカルの女性の容姿もなかなかチャーミングだし。
書いたように、ガイドブックに頼るだけの音楽リスナー生活はつまらないだろうとは思うものの、荻原和也さんには、既にあるアフリカ関連だけでなく、世界中のワールド・ミュージックに関するアルバム・ガイドを書いてほしいと思うことは、時々あるんだよなあ。ブログ読んでるとそう思っちゃうんだ、荻原さん!
とかまあいろいろ言っているけど、僕も昔は粟村政昭さんの『ジャズ・レコード・ブック』(東亜音楽社)に随分とお世話になった。粟村さんの本では、スイングジャーナル社から出た『モダン・ジャズの歴史』もよかったけど、1968年初版、75年、79年改訂の『ジャズ・レコード・ブック』の方が断然面白かったし、タメになった。
ジャイヴやジャンプなどの「下世話な」黒人芸能ジャズや、ウィズ・ストリングス物や、電気楽器を使って他ジャンルとクロスオーヴァーした60年代末以後については、全く理解を示さない粟村さん(でもなぜか初期ウェザー・リポートだけは好印象だったようだけど)は、まあそれが彼の限界だったんだろうけど、オーソドックスな「本流の」ジャズに関しては、これ以上のガイド本はなかった。
『ジャズ・レコード・ブック』は、序文を油井正一さんが書いていて、本屋でそれを立読みして、油井さんが大推薦だったのも、これを買った理由。それによれば、粟村さんは油井さんから随分と影響を受けたらしく、一種の師弟関係みたいなもんだったようだ。だから油井さんも序文を引受けたんだろうけど。
粟村さんは昔は『スイングジャーナル』などに盛んに文章を書いていたけど、ある時鍵谷幸信が、粟村さんに見当外れのつまらないインネンを付けて論争になって、それですっかり嫌気が差してしまって、殆ど書かなくなってしまった。あれは残念だった。僕は、その一件で鍵谷幸信のことが大嫌いになった。
もっともこれは、『スイングジャーナル』誌上での1977年の出来事で、僕はリアルタイムでは知らない。僕がジャズを聴始めた頃には、既に粟村さんの新しい文章を見掛けることは殆どなくなっていた。後にその一件を知って、鍵谷幸信(と尻馬に乗っかった岩浪洋三)のことを、今でも恨んでいる。僕だけじゃないはずだ。
鍵谷幸信は本業が英文学者(専門は英詩)だったのも、同じ道に進もうとしていた僕には、一層腹立たしかった。本業の西脇順三郎関連の仕事は評価していたけど、彼のせいで、大好きな粟村さんの文章を、二冊の単行本とジャズ・レコードのライナーノーツ以外では、殆ど読めなくなってしまったんだから。
粟村さんは本業が医者だったので、ジャズ批評家稼業から引退してもまったく困らなかったから、それもできたことだった。しかし、彼の文章が大好きだった僕やその他大勢のファンには、大変残念なことだったんだよなあ。結局、粟村さんはその後は二回ほどの「奇跡の復活」以外は、全く書かなくなった。
粟村さんの『ジャズ・レコード・ブック』、僕が買ったのは1979年の最も新しい版(上掲画像右)だったけど、今はもう持っていない。どこか復刻してくれたらいいのになあ。東亜音楽社というか音楽之友社が再版してくれたらいいのに。あれはガイドブックの体裁を取っているけど、それを超えた一流の批評本だった。
油井正一さんの『ジャズの歴史物語』と粟村政昭さんの『ジャズ・レコード・ブック』、この二冊を超えるジャズ批評本は、日本人によるものでは、2015年の現在でも存在しないと、僕はそう断言したい。油井さんの本の方はアルテスパブリッシングさんが復刻したけど、粟村さんの方はその気配すらない。
でも『ジャズ・レコード・ブック』の方は、一応ディスク・ガイドだから、今では情報がもう古くなりすぎていて、そのままではちょっと読めないのかもなあ。キング・オリヴァーからアルバート・アイラーくらいまでの「本流」のジャズ・レコードについては、あれ以上の批評本はないんだけど、CDでの復刻情報も載っていないわけだし、誰かがそれを追補しないと、復刻は難しそうだ。
僕も今では「本流」ではないジャンプやジャイヴや、70年代以後のジャズ・ロックやジャズ・ファンクみたいなものの方が、ストレート・アヘッドなジャズよりも好きになっちゃったし、本流ジャズでも粟村さんとはかなり意見が違ってきているけど。でもだからこそ、逆に粟村さんの凄みは、今かえってよりよく理解できている気がするんだよね。
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>粟村政昭さんの『ジャズ・レコード・ブック』
懐かしい1冊が紹介されて、思わず出て参りました。
私も熟読させて頂きました。
>彼の限界
私には彼の頑固なまでの「こだわり」が、逆に粟村氏の持論が信用できる根拠になっています。
マイルスの全キャリアを本当に(商売っ気抜きで)高評価できる感性を持つ評論家はそう多くないと思っています。
>粟村さんの凄み
今となっては知る人ぞ知る孤高の存在なのでしょうか。
或る日、『ジャズ・レコード・ブック』を本屋さんで見つける事が出来た事を音楽の神様に感謝。
ジャック・ジョンソンの稿も刺激的でした。
もう一度B面を聴き直したいと思います。
ストレートなロックを演奏するA面がお気に入りで、コラージュ的なB面は疎かになっていました。
これからのマイルス記事を楽しみにしております。
マイルス最高!!!
投稿: 酔人婆爺 | 2015/10/07 22:53
酔人婆爺さん
粟村さんの『ジャズ・レコード・ブック』は、1979年に買って以来五年間くらいは、僕のバイブルみたいな本でした。
粟村さんは、自分の鑑識眼を徹底的に貫く人で、世評がどんなに高くても、自分にピンと来ないアルバムは、はっきりそれを指摘していましたし、またその逆に、隠れた名盤を紹介していたりもしていましたね。
そういう彼の、他の一般的なジャズ評論家とは違う徹底的な姿勢が、今でも熱烈なファンを惹き付けている最大の要因だと思います。
投稿: としま | 2015/10/07 23:34