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2015/10/16

ファンキー感覚

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音楽における「ファンキー」って言葉、僕は長年、1950年代末頃のアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの「モーニン」(ボビー・ティモンズ作曲)に代表されるいわゆるファンキー・ジャズや、その後のキャノンボール・アダレイの「マーシー、マーシー、マーシー」(ジョー・ザヴィヌル作曲)などに当てはまる言葉だと捉えていた。

ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズは、ジャズを聴始めてすぐに好きになったバンドで、特にクラブ・サン・ジェルマンでのライヴ盤(「モーニン」はこれのヴァージョンが最高)を聴き狂っていたし、最初の一年くらいはファンキー・ジャズこそモダン・ジャズでは一番好きだった。

その頃、油井正一さんの『ジャズの歴史』を読み、その中に「ファンキー考」という一章があったのにも、大いに影響された。今手許にその本がないから詳細は確かめられないけど、大橋巨泉がファンキー・ジャズについて書いた文章を批判しながら、ファンキーを定義することに主眼が置かれていたのだった。

それによれば、確か大橋巨泉は、ファンキーなジャズには「ユーモラス」な要素があるのだと言っていたらしく、具体的にどんな曲のことを指してそう言ったのかは書かれていなかったけど、油井さんはこれを批判して、ジャズにおけるファンキーさに、ユーモラスな要素はないと書いていた。

僕が大好きで聴いていた1950年代末頃のファンキー・ジャズは、主にゴスペル・ベースのアーシーさが特徴で(と言っても、当時、ゴスペル音楽は全く知らなかったわけだが)、それこそがファンキーらしさの源泉になっているように感じていたので、ユーモラスな要素が必要という巨泉の主張には頷けなかった。

「モーニン」や「ディス・ヒア」(後者もボビー・ティモンズの曲)などのファンキー・ナンバーに、ユーモラスな要素などは微塵も感じなかったので、僕が聴いていた実感からも、やっぱり油井さんの言っていることを、その頃は全面的に支持していたのだった。

その考えが変ったのは、中村とうようさんの『大衆音楽としてのジャズ』(2000年)を読んでからだった。その中でとうようさんは、マイルス・デイヴィス『バグズ・グルーヴ』収録の「ドキシー」を取りあげて、こういうのこそ「ファンキー」というのだと言っていた(これも詳しいことは忘れたけど)。

このとうようさんの『大衆音楽としてのジャズ』という2000年に出た本、後から知ったけど、1978年に出た『ブラック・ミュージックとしてのジャズ』を再録・改訂したものだったようだ。僕がジャズ聴始めた前年なので、その頃はまだとうようさんを知ってすらいなかった。

「ドキシー」はソニー・ロリンズの曲で、ゆったりとしたミドル・テンポで、ひょこひょことユーモラスに上下するメロディが特徴の曲。そういう軽妙な感じこそが、黒人感覚に根ざした真のファンキーさなのだと、とうようさんは強調していたように思う。
そう考えると、この「ドキシー」を含む『バグズ・グルーヴ』B面でピアノを弾いているホレス・シルヴァーの初リーダー・アルバムにある「ドゥードゥリン」なんかも、似たような感じだ。確か、とうようさんはこの曲にも言及していた。
随分後になって知ったけど、ジャズ評論家時代の大橋巨泉が、ファンキーなジャズの代表として一番誉めていたのが、そのホレス・シルヴァーだったらしい。「モーニン」など黒人教会風のアーシーさよりも、そういう軽妙でユーモラスな感じが真のファンキーとは、これに関しては、油井さんより巨泉の方が慧眼だったのか?

ホレス・シルヴァーのソロ第一作『&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』は、メッセンジャーズの実質的初代ピアニストのアルバムだったし、そのメッセンジャーズの名前がアルバム・タイトルに入っていたから買ったんだけど、「ザ・プリーチャー」も「ドゥードゥリン」も他の曲も、どこがいいのかさっぱり分らなかったんだよなあ。

どうして独立後のホレスのファースト・アルバムに「ジャズ・メッセンジャーズ」という名前が付いているのか、最初はなんだかワケが分らず、その後、このバンド名を巡ってホレスとブレイキーとの間で、かなりややこしい問題があったらしいことを知ったわけだが、それはこの際全く関係ないので省略する。

僕も今でこそホレス・シルヴァーは、モダン・ジャズ界最高の作編曲家の一人だと考えているけど、大学生の頃は、『ブローイン・ザ・ブルーズ・アウェイ』とか『ソング・フォー・マイ・ファーザー』など、分りやすくファンキーなアルバム以外は、そんなに好きじゃなかった。ピアニストとしてもそうだった。

そして、ホレス・シルヴァーなどの軽妙洒脱でユーモラスなファンキーさを辿ると、例えば、『スタンド!』くらいまでの、スライ&ザ・ファミリー・ストーンによく聴かれる、ちょっとスカした感じのクールなユーモア感覚も、同じ感覚だと気付いたりもした。

例えばこの「エヴリデイ・ピープル」 なんか、メロディー・ラインがわらべ歌みたいだし、ウ〜シャッウ〜シャと軽くスカしているかと思うと、急に強くシャウトしたりする。1960年代後半のスライのファンキーなナンバーにはこういうのが多い。
スライの代表的なファンク・ナンバーの一つ「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」も、リズミカルに始ったかと思うと、突然無伴奏になってハミングしだしたりして、その後もギターのファンキーなカッティング中心に進んで、急にストップしたりする。
以前は「スタンド!」の、特にその後半、パッと転調してリズムも変り、ディープな感じになる辺りとか、あるいはファンクの聖典「サンキュー」とかが大好きで(もっとも、スライの全録音で一番いいと思うのは、1969年ウッドストックでのライヴ音源だけど)、「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」も「マ・レディ」も「エヴリデイ・ピープル」も、最初に聴いた時は、カッコイイというより、かなりヘンな感じがするというか、珍奇なものに聞えた。

ファンク・ミュージックでも、昔はジェイムズ・ブラウンみたいな、ハードにドライヴしまくるホットなのが圧倒的に大好きだったけど(むろん今でも大好き)、最近はスライみたいに、さっき書いたような、ちょっとスカしたクールで軽妙な感じの方が好きになってきている。

時代を遡ると、そういうクールでスカしたブラック・フィーリングは、例えばルイ・ジョーダンの数々のナンバーなどにも感じられる感覚で、そう考えると、かなり以前から現代に至るまで、いろんな時代のいろんなジャンルで、黒人音楽ではそういう「ファンキー感覚」が一貫して存在していることに気付く。

言うまでもなく、ジャンプ・ミュージックに分類される音楽でも、ビッグ・バンド系は、ライオネル・ハンプトン楽団やラッキー・ミリンダー楽団みたいに、ハードでホットにドライヴしまくるのが身上みたいなのが多く、そういうのも大好きではあるけどね。それもまたブラック・フィーリングだ。

もちろん最初に書いた「ファンキー・ジャズ」というのは、1950年代末〜60年代前半の、黒人教会由来のアーシーな感覚を持つ特定の種類のモダン・ジャズを指して言う言葉として定着しているし、またそれはその後のソウル・ジャズや、70年代以後のジャズ・ファンクに繋がっていたりするので、それはそれで今でもたまには聴く。

だから、今でもクラブ・サン・ジェルマンでの「モーニン・ウィズ・ヘイゼル」におけるボビー・ティモンズのソロを聴くと興奮するんだけど、そんな狭い範囲に「ファンキー」という言葉を限定してはイカンということだなあ。英語も堪能なフラッシュ・ディスク・ランチの椿正雄さんが「ツェッペリンは一枚目の頃からファンキーだったよ」と言うのを、以前直接聞いたこともあるしね。

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