28年のサッチモとドン・レッドマンと録音状態
ルイ・アームストロングの『Complete Hot Five And Hot Seven』という四枚組がしばらく前に届いたので、絶頂期1928年の録音を中心にいろいろと聴いていた。20年代後半のサッチモ音源は、同じようなものをもう何セットも持っているのに、見つけたらついつい買ってしまう。
1920年代のサッチモ音源で一番好きなのは、27年(「ウェアリー・ブルーズ」や「ポテト・ヘッド・ブルーズ」など)なんだけれど、絶頂期と衆目の一致する28年録音が最高であることには、全くなんの異論もない。縦横無尽・天衣無縫、まさに天翔る馬の如く自由奔放に吹きまくるサッチモ。
この1928年のサッチモほど自在に吹きまくれたジャズ・トランペッターというのは、僕の知る限りでは、他には、亡くなる直前の56年のクリフォード・ブラウンだけじゃないかなあ。そのブラウニーにしてからが、その丸くて太い音色のルーツはサッチモにあるわけだから。
1928年のサッチモでは「ウェスト・エンド・ブルーズ」が一番評価が高いけれど(ウィントン君もサッチモそっくりにカヴァーしたことがある)、日本では昔から「タイト・ライク・ディス」が人気があって、この曲の3コーラスにわたるソロが最高というのは、油井正一さんも中村とうようさんも意見が一致していた。
そして僕がその「タイト・ライク・ディス」より好きなのが、実は「セント・ジェームズ病院」。キャブ・キャロウェイのヴァージョンが有名だけど、僕はキャブの1933年のより、28年のサッチモのヴァージョンの方が好きなのだ。
サッチモの「セント・ジェームズ病院」では、フレッチャー・ヘンダースン楽団で腕をふるった名アレンジャー(兼サックス奏者)のドン・レッドマンのアレンジが冴えている。サッチモの1928年録音で、彼がアレンジしているのは四曲。その中ではやはり「セント・ジェームズ病院」が一番素晴しい。
ジャズ界最初のホットなビッグ・バンドと言われるフレッチャー・ヘンダースン楽団の初期スタイルを作ったのは、他ならぬ1923年に加入したドン・レッドマンだった。彼は27年まで在籍して同楽団の殆どの曲のアレンジを書いた。サッチモも24年に同楽団に在籍し録音したから、その縁だったんだろうね。
さらに言えば、1935年以後スウィング・スタイルで一世を風靡したベニー・グッドマン楽団も、初期はアレンジが足りず、フレッチャー・ヘンダースンからアレンジ譜面を買取って演奏していたわけだから、スウィング時代を創造したのは、間接的にはドン・レッドマンだったのかも?
あまりアレンジされていないものより、こういうアレンジの効いたナンバーの方が好きなのは、いかにも僕らしいと自分でも思う。ところで、この「セント・ジェームズ病院」の歌詞を書いているのはジョー・プリムローズということになっているけど、これは実はアーヴィング・ミルズの変名。
そう、デューク・エリントン楽団のマネイジャーだったアーヴィング・ミルズ。彼とエリントンとの関係については、油井正一さんの『ジャズの歴史物語』に詳しく書いてあるから、繰返さないけれど、この古い伝承曲の作詞・作曲とも、登録したのはアーヴィング・ミルズのようだ。エリントン楽団の録音もある。
1928年のサッチモの録音は、サイドメンも全員いいんだけれど、唯一残念なのがズティ・シングルトンのドラムス。当時まだ未発達だった録音技術のせいで、フル・セットを持込めなかったばかりか、許されたパーツでも大変残念な音でしか録音されていない。この名手の初期スタイルを録音で知ることは絶望的。
もっとも同じ1928年の録音でも、6月の録音ではもうどうしようもないほどチャチな音でしかズティのプレイは聴けないけれど、12月の録音(「ノー、パパ、ノー」から)では、突然音質が向上する。何曲かでブラシを使っているのもよく分る。ちなみに、僕の知る限り、ブラシを使った最も早い録音だろう。
でもやっぱり12月録音でも、ズティ・シングルトンの上手さはイマイチ分らない。1938年のピー・ウィー・ラッセル名義のこの録音では、バンドをグイグイ引っ張るズティの素晴しい推進力がよく分る。こういう音でサッチモの全盛期も聴きたかった。
https://www.youtube.com/watch?v=MC03XjrzlZc
https://www.youtube.com/watch?v=MC03XjrzlZc
しかしながら、同じ1928年頃でも、デューク・エリントン楽団などのヴィクター録音では、そんなに悪い音ではなく、まあまあの音で録音されているから(ドラムスの音はショボいけど)、この頃は(というか戦前は)、録音技術だけに限れば、コロンビアよりヴィクターの方が進んでいたんだろう。
サッチモの録音では、まだ1928年はマシな方で、25年頃の録音では、使っている炭素マイクが、朝が一番調子よくて、時間が経つと湿ってだんだん調子が悪くなったようだから、サッチモのバンドの録音も朝に行われることが多かったらしい。これに関連して、『ジャズの歴史』の中で油井正一さんが卑猥な川柳を詠んでいた。
だって1925〜27年のサッチモのバンドのピアニスト、リル・ハーディン(アームストロング)は、当時はサッチモと結婚していたもん。油井さんの川柳、今でもはっきり憶えているけど、かなり卑猥だったから、ここで書くのはやめておく。早朝録音だったという事実から、だいたい想像できるだろう。
1928年録音では「ノー、パパ、ノー」と「セイヴ・イット、プリティ・ママ」の二曲で、無調というのではないけれど、サッチモのソロの途中で、アウトしているように聞える瞬間がある。僕の気のせいだろうか?わざとなのか、ミスしただけなのか?
ところで、1928年の録音は今のどんなCD集も、録音順に「ファイアーワークス」から収録されているんだけど、アナログ盤『ルイ・アームストロングの肖像 1928』で親しんできた身としては、違和感がある。あのLPの一曲目は「ウェスト・エンド・ブルーズ」だった。それ以外はだいたい録音順だったけど。
曲順を考えたのは、おそらく企画段階から関わってライナーノーツも書いていた油井正一さんだろうけど、1928年の最高傑作とされる「ウェスト・エンド・ブルーズ」で始めるというのは、素晴しい曲順だった。だから、今でも僕は、インポートしてから、そのLPの曲順通りに並べ直し、CDRに焼いて聴いているのだ。
『ルイ・アームストロングの肖像 1928』の曲順は、コレ→ http://www.amazon.co.jp/dp/B000064RYO で知ることができる。これはCD時代初期に最も早く出たサッチモの1928年録音全集で、日本盤アナログLPをそのままCD化したもの。僕もすぐに買ったけど、今ではどうにも音がショボすぎて、聴くと相当ガッカリする。
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