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2015/11/07

レー・クエンの歌うヴー・タイン・アンはバート・バカラック?

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2015年の私的年間ベストテン新作部門第一位がほぼ確定的な、ヴェトナム人歌手レー・クエンの2014年作『Vùng Tóc Nhớ』(スミマセン、ヴェトナム語の読みが分りません)。今まで散発的に書きはしていたものの、まだまとまった文章にしてなかったので。いやもうこれ、何度聴いてもウットリ聴惚れる。

 

 

 

『Vùng Tóc Nhớ』は2014年11月に本国でリリースされたものらしい。エル・スールに入荷して日本でも買えるようになったのが2015年4月末。エル・スールのサイトに掲載されているアルバム・ジャケット写真を見た瞬間に傑作だと確信し、貼ってある音源を試聴して一発で惚れた。

 

 

それ以前の二月に荻側和也さんがブログで紹介していた。ヴェトナム現地から直接買付けているらしい。その記事を読んで、かなりよさそうだと思ったものの、まだ普通には買えなかったんだよなあ。だから早くエル・スールに入荷しないかなと心待ちにしていた。エル・スールさんにはお世話になりっぱなしだ。

 

 

『Vùng Tóc Nhớ』には、ヴェトナム民俗色は殆どなく、むしろアメリカン・ポップスの感触が強い。戦前の南ヴェトナムで活躍した作曲家ヴー・タイン・アンの曲を取上げた企画物アルバムで、この作曲家がどういう人なのか知らないが、曲を聴くとかなりアメリカン・ポッポスを聴き込んでいるはず。

 

 

伴奏もヴェトナム色を殆ど感じない欧米ポップス風オーケストレイションで、だから従来からのレー・クエン・ファンの方々は、これより2015年作『Khúc tình xưa III』の方が少しいい出来だと感じるらしく、僕も聴き込むうちに、そうなのかもしれないと思うようにはなったけれど。

 

 

でもやはり僕にとってのレー・クエンは、2014年作『Vùng Tóc Nhớ』だなあ。好みだけならどう聴いても断然こっちだ。書いたようにヴェトナム色がかなり薄いというのも、ヴェトナムや東南アジアの音楽にイマイチ馴染が薄い僕には聴きやすいし、多くの英米ポップス・ファンにも薦めやすい。

 

 

英米ポップスと言えば、この『Vùng Tóc Nhớ』が、最初に聴いた時からなにかに似ているなあと思いながら、それがなんなのかなかなか分らずもどかしい思いをしていたのだが、しばらく経ってようやく分ったのは、大好きなバート・バカラックの官能的なナンバーにソックリだということだった。

 

 

バカラック・ファンでレー・クエンを聴く人がどれくらいいるのか分らないし、逆にこの『Vùng Tóc Nhớ』について書いてある文章でバカラックに言及しているものも、僕の知る限りでは全くないので、バカラックの官能ナンバーにソックリというこの感想は、僕だけのおかしな妄想かもしれない。

 

 

だけどいくつかあるバカラックの官能ナンバー、例えば「ルック・オヴ・ラヴ」などを、『Vùng Tóc Nhớ』の直後に続けて聴くと、あまりに似ているもんだから、このアルバムの曲を書いたヴー・タイン・アンという人は、似たような資質のコンポーザーなのか、バカラックを意識しているのか。

 

 

ヴー・タイン・アンがいつ頃このアルバム収録曲を書いたのか分らないんだけど、戦前の南ヴェトナムで活躍ということは、1945〜76年の間ということになるし、南ヴェトナムは親米国家だったし、ヴー・タイン・アンは今アメリカに住んでいるらしいし、バカラックを意識した可能性は十分ありうる。

 

 

だってバカラックは1928年生れで、50年代から活動をはじめた人。バカラックで一番官能的な曲だと思う「ルック・オヴ・ラヴ」は67年の曲だもん。世界中に名前と曲が知られているコンポーザーなんだから、南ヴェトナムのヴー・タイン・アンが知っていても、全然不思議じゃない。

 

 

もっとも僕がレー・クエンの『Vùng Tóc Nhớ』に一番近いと思うバカラックの作品は、そういう彼の過去のナンバーより、エルヴィス・コステロと組んだ1998年の『ペインティッド・フロム・メモリー』だ。特に一曲目「イン・ザ・ダーケスト・プレイス」が、はっきり言ってそのまんまだ。

 

 

「イン・ザ・ダーケスト・プレイス」→ https://www.youtube.com/watch?v=bfnzT-vkshw もうこれ、どう聴いても『Vùng Tóc Nhớ』そのまんまだね。前者は1998年、後者は2014年の作品だけど、後者の中の曲をヴー・タイン・アンが何年に書いたのかが分らないので、なんとも言えないけど。

 

 

どこでも誰からも反応のない、この『Vùng Tóc Nhớ』というかヴー・タイン・アン=バート・バカラック説、ホント僕だけの妄想である可能性があるけど、ちょっと聴き比べてほしい。きっと納得していただけるはずだ。そして官能性はレー・クエンの方が強くて、今はこっちの方が僕のお気に入り。

 

 

バカラックよりレー・クエン(というかヴー・タイン・アン)が官能性が強いというより、『Vùng Tóc Nhớ』以上に官能的な音楽作品を、53年の人生で僕は聴いたような記憶がないんだなあ。伴奏のサウンドも見事だけど、なんといってもレー・クエンのハスキーなアルト・ヴォイスがたまらん。

 

 

レー・クエンのハスキーなアルト・ヴォイスは間違いなく好みが分れるはず。ネットでいろいろ見ていても、重たい感じが好きじゃない(けど『Vùng Tóc Nhớ』はいい)という意見が割とあるからね。情感が深すぎて、感情を凝縮して一気に吐出すみたいな低音のコブシ廻しなんかは、まさにそう。

 

 

僕はこういう低音で歌い廻すハスキー・ヴォイスが、ジャズ歌手などでも昔から大好きだからねえ。レー・クエンとジャズといえば、この『Vùng Tóc Nhớ』にジャジーな雰囲気が少しある(やはりバカラックがそうだ)し、特に八曲目はほぼジャズ・ナンバーだと言っても差支えないくらいだ。

 

 

八曲目とか、そういう書き方しかできないのは、僕がヴェトナム語ができないせいもあるけど、それ以上にこのアルバム収録曲には、ラスト10曲目を除き曲名が付いていない。ヴー・タイン・アンという作曲家はそういう人らしく作品は番号で呼ばれていて、『Vùng Tóc Nhớ』でもそういう表記。

 

 

まあ普通の曲名がついていたところで、ヴェトナム語ができない僕には暗号みたいなものでしかないけど、やはりなんとなくアイデンティファイしにくいようなところが、ちょっともどかしい。とにかく、リスナーの心のヒダに深く情感を染込ませてくるようなレー・クエンの歌には、いまだに蕩けまくりだ。

 

 

特にいいのが一曲目と九曲目。ハスキー・ヴォイスで歌の語尾をかすれそうな感じでひきずるところとか、もう溶けてしまいそう。レー・クエンの声が消え入る瞬間に、なんとも言えない切ない感情に襲われて、後ろ髪を引かれてしまう。

 

 

『Vùng Tóc Nhớ』、ヴェトナム人作曲家の歌をヴェトナム人歌手が歌った正真正銘のヴェトナム音楽だけど、書いたように民俗色が殆どなく(その辺、ファンには物足りないんだろうけど)、ほぼ完全にアメリカン・ポップス風な官能作だから、全ての音楽ファンにオススメできる大傑作。

 

 

敢てこのアルバムの難点を探せば、47分の収録時間があっと言う間に終ってしまって未練が残ることと、聴き終った直後は、他のどんな音楽も魅力的に響かなくなってしまうこと、この二つだけ。なお、ブックレット内写真の大半は、確かにホテルの部屋に見えるけれど、表ジャケット写真(とブックレット内写真のうち二枚)は図書館だと思います。

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コメント

ヴー・タイン・アン~バート・バカラック説はきっと妄想なんかじゃないと思いますよ。非欧米の音楽家はこっちが思う以上に欧米の音楽をよく聴いているものですし。日本人同様。
ここで歌われる曲のオリジナル録音が聴けたらいいんですけど。Youtubeには他の歌手が歌う本作収録曲がたくさんありますけど、どれもけっこう良いんです。だれが歌っても良いなと思えるスタンダードな曲を作った人なんですね。

低音で歌い廻す歌手が苦手なのでレー・クエンも大好きとは言い難いですけど、ベトナム色薄いスタンダードなポップスとして聴ける本作を傑作と呼ぶのに異論はありません。装丁も相応しい佇まいですよね。

Astralさん

僕の「妄想」に賛同して下さって、こんなに嬉しいことはないです。このアルバムがあるおかげで、レー・クエンこそ、現代最高のバラード歌いだと考えるようになっています。

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