トルコ古典歌謡の夕べ、12/12、大阪
オスマン帝国時代、20世紀初頭のトルコ古典歌謡を現代に再興すべく設立されたアラトゥルカ・レコーズ。このレーベル所属の歌手・演奏家達の待望の来日公演が、12/12大阪、12/14東京で開催された。このうち、先週土曜日の大阪公演へ行ってきた。昨夜の東京公演が終るまで書くのを控えていた。
今回のアラトゥルカ・レコーズの歌手・演奏家達によるコンサートは、「日本トルコ友好125周年記念」という主旨でターキッシュ・エアラインズ主催で行われた無料コンサートだった。東京公演もそうだったようだけど、大阪公演も全員が無料招待客。葉書で応募すれば、おそらく全員入場できたはず。
大阪公演は二部構成。一部開幕に先だって女性司会者が「アラトゥルカ・レコーズは世界的に有名な」人達だと紹介していたけれど、僕らにとってはそうでも、世間一般的には無名の存在なんじゃないかなあ。また「アラトゥルカ・レコーズは既に何度も来日し」とも言っていたが、初来日じゃないの?
とにかくそんなMCに続いて開幕した一部の内容は、アラトゥルカ・レコーズの歌手・演奏家達のみによる完全なるトルコ古典歌謡の内容。幕が開くと(幕が上がったり下がったりするコンサートは、随分と久しぶり)、随分と後方に陣取っていて、どうしてなんだろうと思ったけれど、そのわけは後で分った。
そしてはじまった一曲目が、いきなり『Girizgâh』(2014年秋リリースのアラトゥルカ・レコーズの第一作CD)一曲目の、全員の合唱による「ホシュ・ヤラトゥムシュ・バリ・エゼル」で、楽器奏者達によるイントロが鳴り始めた瞬間に、僕は最高潮に感極まり、大泣きし始めてしまった。
隣席の客は、この男の人一曲目の冒頭からどうしてこんなに泣いているんだろうと不審に思っただろうなあ。恥ずかしかった。でもどうにも感情を抑えることができなかったんだよなあ。コンサートの一曲目に『Girizgâh』の一曲目を持ってくるという構成は、間違いなく彼らが狙ったものだろう。
一曲目の「ホシュ・ヤラトゥムシュ・バリ・エゼル」が終った瞬間に、僕は物凄い勢いで拍手しはじめたけれど、僕以外の会場の観客の殆どは、曲が終ったのかどうかイマイチ判断できなかったようで、最初僕だけが拍手していて、それに釣られて他の客も拍手しはじめるという具合だった。他の曲も全部そう。
第一部で披露された曲は全て『Girizgäh』収録曲だったので、トルコ語の曲名を憶えていなくても、僕は聴いた瞬間に全曲分ったけれど、どうやらコンサートに来ていた観客の多くはそんなに熱心にはアラトゥルカ・レコーズの面々によるトルコ古典歌謡を聴いているわけでもなかったようだった。
僕なんか第一部で披露されたどの曲も、はじまった瞬間にウンウンあの曲だと納得し聴入って、終った瞬間に大拍手だったんだけど、会場の反応は極めて希薄で、拍手も小さかったもん。あんなに大きな音で大拍手していたのは、正直言うと僕だけで、そんな僕を怪訝そうな顔で見る客だっていたからねえ。
客の入りだって悪かった。会場の大阪メルパルクホールは、入場時にざっと見渡すとキャパシティは500人程度。ガラガラで、貴賓席以外は自由席だったので、僕は最前列中央の席に座った。そして第一部の開演ブザーが鳴った時にちょっと後ろを振返ると、約三分の一程度しか客が入っていなかった。
まだ日本に入荷していない先月発売の二枚組新作『Meydan』を除けば、まだ『Girizgâh』一つしかないアラトゥルカ・レコーズ。そのCDだって極めて渋いというか地味な音楽だし、この日のコンサート第一部も、全くそのままの地味な内容で、一部のマニア以外にはウケるようなものじゃないからなあ。
第一部で披露された全曲『Girizgâh』からのレパートリーは、アレンジもほぼ完全にCD通りの内容で、生演奏独自のアドリブ・ソロなどの趣向を凝らした内容ではなかった。これは伝統音楽だからこういうものなんだろう。大衆流行音楽でも、ジャズなどを除けば、なんだってだいたいそうだ。
演奏のリーダーシップを執っていたのは、やはりウール・イシュクで、ウードとチェロの持替えで演奏していたけれど、どちらかというとチェロを弾く曲の方が多かったのは、やや意外だった。曲のはじまりや終りのタイミングなども、彼が右手の指のちょっとした仕草で合図を送っているのがよく見えた。
指での合図でなくても、顎をこうクイッと動かして曲をはじめるタイミングを合わせていたのだった。楽器奏者は七人が前列に陣取り、ウード兼チェロのウール・イシュクの他は、カヌーン、ネイ、ヴァイオリン、クラリネット、打楽器など。その後方の一段高くなっているところに歌手達が十人で、女性が六人。
その16人全員が、当然だけどリーダーであるウール・イシュクの方をよく見て演奏していて、アンサンブルは一糸乱れぬ感じの演奏・歌いぶりで、練り込まれた内容だった。というか全曲『Girizgâh』収録曲だから、彼らにとってはこれはもう全て演奏しまくっている慣れた内容だったはずだから。
第一部のなかで、一番素晴しかったのが三曲目の「アダ・サーリルレリンデ・ベキリヨルム」で、これは『Girizgâh』一枚目四曲目通り、男性歌手のベキール・ビュウキュバシュの独唱をフィーチャーしたもの。最高だった。朗々と声を張ってよく通る素晴しい声でコブシを廻しまくり、魅了された。
その時のベキール・ビュウキュバシュは、コブシを廻すごとに右手の手振りでポーズを取っていて、そうして観客にアピールしながら声を張上げて見事に歌い上げていた。アピールといっても、前述の通り全員ステージ後方に位置どっていて、しかも歌手達は一段後方だったので、どれだけ伝わったか分らない。
女性歌手の独唱で一番感銘を受けたのは、九曲目にやった「ジジ・ベユム・ゲル」。『Girizgâh』二枚目六曲目同様、エスマ・バシュブグをフィーチャーし、彼女が「セルベニ、セ〜ルベニ」と同じフレーズを何度も繰返して盛上げるたびに、僕の感情も昂まった。
ただ、どの歌手の独唱でも、一切前に出てくることはなくその場で歌っていて、特にスポットライトも当らなかったので、十人ずらっと並んでいるどの歌手が歌っているのか、一般の客には分りにくかったかも。独唱曲だけは、前に出てきてもよかったような気がする。
魅了されまくりの第一部は、実際の時間も40分程度だったので、(僕にとっては)ほんの一瞬で終ってしまった。15分の休憩を挟んではじまった第二部の冒頭は、日本人奏者による和太鼓合奏だった。後方に陣取るアラトゥルカ・レコーズの面々の前に和太鼓奏者が位置どって、ステージ最前列を埋めた。
それではじめてどうしてアラトゥルカ・レコーズの面々が後方に陣取っていたのか理解できたのだった。和太鼓奏者達のみによる演奏二曲に続き、和太鼓奏者達とアラトゥルカ・レコーズの面々との合同演奏が一曲。知らない曲だった。和太鼓とトルコ古典歌謡の合体は意外だったけれど、フィットしていた。
その後和太鼓奏者が引っ込んで、再びアラトゥルカ・レコーズの面々だけの演唱に戻ると、やはり披露されたのは『Girizgâh』からのレパートリー。そのなかの一曲で、高い帽子をかぶり白い衣裳を着た三人の男性ダンサーが出てきて、ステージ前方でグルグルと回転する踊りを見せる場面もあった。
数曲やると、ウール・イシュクの合図で再び和太鼓奏者達が出てきて、合同演奏になり、それで二曲やった。曲を終える時は、ウール・イシュクが席を立ちステージ最前列に出てきて、大きく右手を振上げて和太鼓奏者達にも終了の指揮を振っていた。最後の曲はそんな感じで、日本の曲「花は咲く」をやった。
「花は咲く」は、日本語でも歌ったから、アラトゥルカ・レコーズの歌手達もかなり練習したのだろう。部分的にトルコ語でも歌ったけれど、それを誰が訳したものかは知らない。それも含め和太鼓奏者達との合奏も、全てピッタリと息が合っていたので、かなりリハーサルを積んだのだということが分る。
本編が全て終ると、女性司会者が再び出てきて、観客にどうですか?と拍手を促して、アンコールでもう一曲だけ、やはり和太鼓奏者達とアラトゥルカ・レコーズの面々の合奏でやったのだが、これは全く聴いたことない曲だった。そんなこんなで、正味の音楽は約一時間半程度、最高に堪能した一夜だった。
一般の多くの観客は、和太鼓奏者が出てくる場面の方が盛上がっていたけれど、昨年来すっかりトルコ古典歌謡にゾッコンの僕は、アラトゥルカ・レコーズの面々のみによる演唱時間がもっと長かったらよかったのにと思ったのだった。ヤプラック・サヤールが来ていなかったのだけが心残りだったけれどね。なんたって僕のMacのデスクトップ・ピクチャ(Winで言う壁紙)は、もう一年近くずっと全部ヤプラック・サヤールの写真ばかりを、いろいろとチェンジしているくらいだもん。
でもヤプラック・サヤール抜きで120%以上大感動してしまったから、二週間ほど前には「行きますよ!」とツイートしていた彼女(来られないと判明したのは、三日前の彼女のツイート)が来て、もし「アマン・ドクトール」でも歌うのを生で聴いたりしたら、これはもう完全に失神してしまうようなことになっていたかもしれないね。彼女抜きでも大満足だった。三日経った今でもまだその感動にひたっているし、一生忘れることはない。
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会場の浜離宮ホールはクラシックの室内楽などの公演が行われる少しく小体なホール。キャパは2階席を入れると500強といったところでしょうか。客の入りは多く見積もって8割弱くらい。関係者とと思しきトルコの方々もちらほら。なお東京で場内アナウンスによる曲目紹介などはたどたどしく原稿読んでるだけでした。とこうこうするうちにアラトゥルカ・レコーズの面々が登場。おお!ヤプラック・サヤールがいるではないかと色めき立つ!がんなわけはなくギュル・ヤスジュでありました。
セットリストは恐らく大阪と同じだろうと思われますが、東京でも1曲目は「ホシュ・ヤラトゥムシュ・バリ・エゼル」。としまさんのように号泣こそしませんでしたが、その柔らかくそして深い音色を聴いた瞬間、これはイイ演奏会になると確信しました。エスマを始めとした女性たちの歌も素晴らしいものがありましたが、4人の男性歌手が素晴らしく、とりわけベキール・ビュウキュバシュの声とこぶしには感銘を受けました。
当たり前のことですが、トルコの古典歌謡をナマで聴くのは初めての体験でしたが、それがアラトゥルカ・レコーズであったことは僥倖であったと思いますし、そのパフォーマンスは予想以上の素晴らしさでありました。
終了後楽屋に突入し、サイン、握手、記念撮影をおねだり。みなさん舞台上とはうってかわって気さくなオッサンオバチャンたちでありました。おまけに何と新作(2作目)まで頂戴してしまいました。ラッキー!
投稿: スチャラカ社員 | 2015/12/15 22:38
スチャラカさん、レポートありがとうございます。和太鼓との共演は、東京公演ではなかったんですね。記事本文で書いた通り、僕もベキール・ビュウキュバシュの歌には大いに感銘を受けました。CDとほぼ同じアレンジですが、数倍素晴しかった。それにしても、楽屋にて二作目の新作までいただけたとは、なんとも羨ましい限りです!!
投稿: としま | 2015/12/15 23:46
二部に入ってから、三味線尺八太鼓各1若い女性歌手1計4人の日本人演奏家との共演はありました。彼らのオリジナル曲?と例の花は咲くの他クラと尺八のブロウ・セッション笑をはさんで、最後まで一緒にステージにいましたが、それほど邪魔にはなっていませんでした。なお東京では残念ながらアンコールはありませんでした。かなり熱い声援や拍手はあったんですけどね
投稿: スチャラカ社員 | 2015/12/16 21:32
スチャラカさん、大阪での和太鼓共演といい、東京での三味線・尺八・太鼓との共演といい、「日本トルコ友好125周年記念」というコンサートの主旨からすれば、どっちかというと、そういうものの方が主眼だったんでしょう。我々以外の多くの観客は、そういうものの方が楽しめたのかもしれませんね。
投稿: としま | 2015/12/16 21:54