ジャンゴはジャズ・ギタリスト?
ジャンゴ・ラインハルトというフランス人ギタリストを、ジャズマンに分類してもいいのかどうか、個人的にはよく分らないというか、まあジャズマンではないんだろう。でも、1930年代に渡仏した米国人ジャズマン達と録音した一連のセッションは、スウィング期の最高の演奏の一つであることは確か。
ビッグ・バンドを除く、1930年代のスウィング・ジャズ全盛期のスモール・コンボ・セッションでは、テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションとライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッションが、最高のもので、どっちも30年代後半。白人・黒人ともにキラ星のごときスターが大勢参加。
そして、フランス人ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトが、1930年代後半に渡仏した米国黒人ジャズマンと共演した一連のセッションは、その二つに次ぐ、というか並ぶ至高の存在。昔から『ジャンゴ・ウィズ・ヒズ・アメリカン・フレンズ』というLP二枚で、日本のジャズ・ファンにも親しまれてきたもの。
この『ジャンゴ・ウィズ・ヒズ・アメリカン・フレンズ』は、今はCD三枚組で完全盤としてリイシューされている。フランスに渡ってセッションに参加しているのは、コールマン・ホーキンス、レックス・スチュアート、ベニー・カーター、エディ・サウス、ディッキー・ウェルズ等、錚々たるメンツ。
参加している米国人ジャズメンで、一番有名なのはおそらくコールマン・ホーキンスとレックス・スチュアートだろうけど、彼ら二人もそれ以外のジャズマンも、米本国での録音で聴けるものより、むしろこっちの渡仏録音の方がリラックスしていていいんじゃないかと思ってしまうくらいだ。気のせいかなあ?
「クレイジー・リズム」でのコールマン・ホーキンスなんか、もうホント最高なんだよね。演奏している曲も、少数のオリジナル・ナンバーを除き、ほぼ全てが当時のスタンダード・ナンバーばっかりで、聴いていてこっちもリラックスできるし、ジャンゴのギターも凄いし、言うことない最高のセッションだ。
1930年代後半に、大勢の米黒人ジャズメンがフランス(その他欧州各国)に渡って、現地でライヴやスタジオ録音をやったりしていたのは、おそらく米本国が不況で苦しんでいたのも一因だったんだろう。当時一世を風靡したあのベニー・グッドマン楽団ですら、38年以後は苦しかったようだ。
僕が大学生の頃、始めてジャンゴのギター演奏を聴いたのも、『ウィズ・ヒズ・アメリカン・フレンズ』によってだった。その頃既に戦前のSP音源のジャズに夢中になっていた僕は、いきつけのジャズ喫茶のマスターに凄くいいから聴いてみろとレコードを貸してもらったのだった。聴いたら最高だったね。
「ジャンゴ」という名前だけは、最初から知っていた。なんといっても僕が生れて初めて買ったジャズのレコードは、高三の時に買ったMJQの『ジャンゴ』だったわけで、その一曲目のアルバム・タイトル曲に完全にやられてしまったから。曲名がフランス人ギタリストの名前だと、解説に書いてあったし。
でもその時は、MJQの演奏が素晴しい、ジャズという音楽はなんてステキなんだと感動しただけで、MJQの他のアルバムはいろいろと買って聴いてみるようにはなったものの、曲名の由来になったフランス人ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトその人には、殆ど何の関心も抱かなかったんだよなあ。
しばらく経って、いろんなジャズ関係の文章で、このフランス人ギタリストの名前を見掛けるようになり、だんだんと興味が湧いてきて、それでさっきも書いたようにジャズ喫茶のマスターに貸してもらった『ウィズ・ヒズ・アメリカン・フレンズ』を聴いたら、いきなりぶっ飛んでしまったのだった。
そもそもジャズ、特に戦前ジャズでは、ソロ楽器としてギターが活躍する場面は滅多にないし、モダン・ジャズ以後2015年の現在に至るまでも、ギターがジャズの主役ソロ楽器に躍出たことは一度もない。ブルーズやロックと違って、ジャズの花形楽器はなんたって管楽器、そしてある時期以後はピアノも。
だから、戦前の1930年代からこんな風にギター(ジャンゴは、殆どの場合アンプリファイしないアクースティック・ギター)でソロを弾きまくるジャンゴという人は、相当に特別な存在だと思えたのだった。今考えても、30年代にあれだけソロを弾きまくったギタリストって、ジャズ関連ではいないのでは?
しかも、後になって知ったことだけど、ジャンゴは幼少時のヤケドが原因で、弦を押える左手の指が不自由で、満足に動いたのは、親指を除けば二本だけだったらしい。そのことを知ってから聴くと、ちょっとそれが信じられない自由闊達さだ。そのせいでジャンゴはコードの押え方も独特になったらしい。
しばらくは『ウィズ・ヒズ・アメリカン・フレンズ』LP二枚(からカセットテープにダビングしたもの)ばかり聴きまくっていたんだけど、少し経って、ヴァイオリンのステファン・グラッペリと組んだフランス・ホット・クラブ五重奏団のレコードを入手して、聴いてみたらこれも大変素晴しかった。
ステファン・グラッペリは、ジャンゴのキャリアのかなり初期からチームを組んでいる。そういう録音をたくさん聴いていると、もちろん米国産のジャズ・ナンバーもたくさんやってはいるものの、この人達の音楽の本質は、いわゆる普通のジャズとは、ちょっと違うんじゃないかと感じ始めるようになった。
<ジプシー・スウィング>とか(ジャンゴはロマ系)、いろんな呼び方をされているんだけど、どれもちょっとピンとこないものばかりだなあ。ジャンゴとグラッペリその他のフランス・ホット・クラブ五重奏団の音楽を、これだというピッタリ来る言葉で言表わした文章に、出会ったことがない。
ジャンゴとグラッペリを中心にしたフランス・ホット・クラブ五重奏団は、もちろん戦前の録音が全盛期で最高に素晴しいんだけど、個人的に一枚物でよくまとまっているものだと思って愛聴してきているのは、1949年録音の『ジャンゴロジー』。この録音はジャンゴとグラッペリの最後のコンビ録音だ。
『ジャンゴロジー』は、元々39分程度のLPレコードなのだが、今は同じ時のセッション録音から未発表曲もたくさん追加されて、60分以上収録した完全盤CDが出ている。だけど、まあやっぱり頻繁に聴くのは、元のLP通りのままのリイシューCDだ。
このアルバムでは、「アフター・ユーヴ・ゴーン」とか「ハニーサックル・ローズ」とか「ラヴァーマン」などジャズ・ナンバーもやってはいるけど、もっと素晴しいと思うのは、「マイナー・スウィング」とか「ジャンゴロジー」といったジャンゴのオリジナル・ナンバーで、ちょっとジャズとも違うような感じだ。
そして、このアルバムの中で昔聴いた時に一番感動して、今でも一番好きなのが「ウ・エ・チュ、モン・アムール? 」というスロー・バラード(正確にはトーチ・ソング)。 タイトル通り、恋人よいずこ?と嘆くような切々と胸に沁みる曲調で、最初に出るジャンゴの演奏が哀感たっぷり。
こういうのが、ジャンゴ・ラインハルトというギタリストの真骨頂だろうと、僕はそう思っている。だからいわゆるジャズとはちょっと違うんだなあ。じゃあなんだ?と聞かれると困ってしまうけど、ジャズ・ナンバーもやり、ジャズメンとも共演した、ジャズと近接するジャズとはちょっと違う何かだとしか言えない。
先に書いたように、米国人ジャズマンとの共演である『ジャンゴ・ウィズ・ヒズ・アメリカン・フレンズ』CD三枚組も普通に買えるし、それ以外の彼自身のフランス・ホット・クラブ五重奏団の録音も、今では10枚組のCD完全集が出ていて、10枚組の割には安い値段で買えるので、興味のある方は是非。
一説によると、あのロック・ギタリストのヴァチュオーゾ、ジェフ・ベックも、ジャンゴ・ラインハルトを絶賛し、大きな影響を受けていると語っているらしいよ。確か、ジミー・ペイジもそんなことを言っていたなあ。
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