古い音楽を現代にやるという意味
タワーレコード新宿店さんのツイートで知った、「1910~30年代のオールド・ジャズ(・ファン)から絶大なる支持を受けるジャネット・クライン」という人を、YouTubeで少し聴いてみた。確かに古いジャズ・ソングを古いスタイルでやっている。
YouTubeに公式チャンネルがあって(https://www.youtube.com/user/janetkleinful)それがいろいろとヴィデオをアップしてくれているので、いくつか聴いてみた。確かにこりゃ楽しいね。2015年に出た新譜のジャケットがこんなだし。
その新譜では、エリントン・ナンバーの「イースト・セント・ルイス・トゥードゥル・オー」もやっている。それは当然ながらバンドによるインストルメンタル演奏で、ジャネット・クラインもウクレレを弾いているようだ。バッバー・マイリーそっくりのワーワー・ミュートのトランペットは誰なんだろう?
ジャネット・クライン、日本で収録したライヴCD-R三枚を除けば、公式アルバムは、今年の新譜も含めると、今までに既に七枚も出ているなあ。一枚目が1998年のリリースになっているから、昨日・今日出てきたような人じゃない。僕はタワー新宿店さんの2015年のツイートがあるまで全く知らなかった。
しかしながら、そのジャネット・クラインのアルバムを買いたいかというと、そうでもなかったりする。もちろん僕はサッチモやエリントンやベイシーやテディ・ウィルスンやライオネル・ハンプトンなどの、古い戦前のSP録音が大好きで、モダン・ジャズより断然そういうのの方が好みではあるんだけど。
そういう古いスタイルの音楽は、やはり「時代」というものがあってですね、決してそれと切離せないと思うんだ。21世紀の現代(ジャネット・クラインは20世紀末から活動しているみたいだけど)に、ああいう古い曲を古いスタイルのままやったのを、現代の新録音で聴きたいという気持は薄い。
現代の新録音なら、やはり「今の時代に必然性のある」音楽を聴きたいわけだ。もちろん、今後、ジャネット・クラインがやっているような音楽が、再び流行するという可能性は否定しないけれども、今のところはそういう兆しはない。保利さんや毛利さんなどによるぐらもくらぶとか、あったりはするけど。
普段僕が、戦前の古いSP音源ばかり聴いている(ジャズだけじゃなくワールド・ミュージックなどでも)のは、そういうものの方が魅力的で好きだというのが最大の理由ではあるけど、それ以外にもそういう古い音楽が2015年の今にどういう意味を持っているのかということだって、いつも考えているわけだ。
ぐらもくらぶに代表される保利さんや毛利さんの活動、古い戦前の日本のジャズやその周辺音楽ばかりをどんどん復刻しているのも、そういう意味合いが間違いなくあるはずだ。そうじゃないとあれだけ情熱を持って活動できないはずだし、一般の多くのリスナーから支持されないから、復刻も続けられない。
まあジャネット・クラインも、そういう意味で活動しているのかもしれないけどさ。ちょっと聴いた感じだけでは、ノスタルジー以外の感情は湧いてこないんだなあ。調べてみたら日本にもたくさんファンがいるみたいだから、ああいうのを今の時代に聴きたいと思うリスナーも多いんだろうけどね。
もっとも、こんなことを言っている僕も、トルコ古典歌謡については、2012年のミネ・ゲチェリ『ゼキ・ミュレンを歌う』に始り、去年の『Girizgâh』で完全に虜になってしまった。『Girizgâh』は、20世紀初頭オスマン帝国時代の古い曲を、古いスタイルのまま新録音で再現したものだし。
そして、その去年の『Girizgâh』をきっかけに、21世紀にトルコ古典歌謡を歌う、29歳のヤプラック・サヤールの大ファンになり、彼女の音源をたくさん聴くばかりか、古いトルコ歌謡の録音も、聴ける範囲で聴くようになったから、古い音楽の新録音も、そういうきっかけにはなるんだけどね。
もちろん、流行音楽と伝統音楽は違うんだ、大衆流行音楽は、その時代時代に即応していないとダメだけど、伝統音楽はいつまでも伝統的スタイルでやり続けることに意味があるんだ、ブリティッシュ・トラッドだってそうじゃないか、と言われそうだ。そりゃまあその通りなんだけど。
伝統音楽は伝統スタイルでやり続けても、そのままで決して古びないのかもしれないね。でも僕の考えは少しだけ違う。トルコ古典歌謡やブリティッシュ・トラッドや米カントリー・ブルーズみたいな伝統音楽も、時代が新しくなるに合わせて、少しずつ解釈や意味合いを変えて、生延びてきているんじゃない?
ブリティッシュ・トラッドだって、元々は無伴奏で歌うのが伝統なので、1960年代以後のトラッド・フォーク新世代がギター伴奏で歌うのを、「伝統の破壊」だと言う人達がいたんだもんな。今でもそういうことを言う人がいるのかどうか、よく知らないけど、コアな人はやはり無伴奏で歌うようだ。
そういうことはブリティッシュ・トラッドに限った話ではなく、世界中の伝統音楽を演る新世代について言われ続けてきたことだろう。伝統音楽だって、時代に即して新しいフォーマットで演るのが当り前なんだ。そのことと伝統を生かすということは同居しうる。古い音楽はやはり古い録音でしか分らない。
だから、ジャネット・クラインのCDアルバムを買って聴いたり、来日公演に行ったりするファンのみなさんにも、それをきっかけに、是非彼女のやっている古いジャズ系音楽の古い戦前SP録音のオリジナル音源も聴いてほしい。ジャネット・クラインもそういう意図があってやっているのかもしれないし。
などと言ってみたりはするものの、戦前の古いジャズ録音、サッチモとかエリントンなどの全盛期の音楽を、当時に生で聴いていた人達がかなり羨ましかったりするのも事実なんだよね。そういう人達は、彼らのいい時期の音楽を、いい生音で聴いていたわけだからなあ。古いものが好きなオヤジの戯言だけど。
だから、もしもタイムマシーンがあったなら、僕は1920年代の米シカゴやニューヨークに行ってみたいんだ。そして、その頃のサッチモやエリントン楽団の生演奏を聴いてみたい。あるいは、今なら、20世紀初頭のエジプトやトルコのスミュルナなどにも行ってみたいね。
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この前テレビでちょっと観たんですけど日本でも「東京大衆歌謡楽団」とゆうのがデビユーしましたね。
投稿: えすぺらんさ | 2015/12/09 22:58
えすぺらんささん、それは知らないですね。その東京大衆歌謡楽団というのは、いったいどういう音楽をやっているんでしょうか?
投稿: としま | 2015/12/09 23:42
主に昭和初期から中期の流行歌のカバーですね。
グループ編成は3兄弟で、歌、アコーディオン、ウッドベースです。
あの長嶋茂雄さんも感動したそうです。
投稿: えすぺらんさ | 2015/12/10 20:19
えすぺらんささん、調べてみたらホームページがありました。http://tpmb.jp CDも出しているんですねえ。YouTubeにちょっとだけ上がっているようだから、これから聴いてみますが、どんなもんなんでしょうかねえ?記事本文にも書いてある通り、古い歌をそのまま新しい録音でやっているだけなら、僕はイマイチ興味が薄いんですが。ぐらもくらぶさんの復刻ものなど、戦前の日本歌謡もたくさん聴く僕ですが。
投稿: としま | 2015/12/10 20:43