ポップなザヴィヌルと抽象的なショーター
ウェイン・ショーターは「プラザ・リアル」という自作の曲が好きらしい。初演はウェザー・リポートの1983年『プロセッション』で、その後このバンドが解散してからも、自分のコンサートで頻繁に取上げている。アルバムに収録されているのは、2013年の『ウィズアウト・ア・ネット』だけだけど。
僕の知る限り、CDなどのアルバム収録されている「プラザ・リアル」は、そのウェザー・リポートの『プロセッション』とショーターのソロ『ウィズアウト・ア・ネット』以外には、ウェザー・リポート解散後の2002年にリリースされたCD二枚組ライヴ盤『ライヴ・アンド・アンリリースト』だけだ。
このうち『プロセッション』収録のヴァージョンは、というかこのアルバム全体が、リリースされた時になんどか聴いたけど、どう聴いてもちっとも面白いものとは思えず、これはジャコ・パストリアスとピーター・アースキンが脱退し、ヴィクター・ベイリーとオマー・ハキムになっての初アルバムだった。
新リズム・セクションになってのこの初アルバム(1983)が、一部マンハッタン・トランスファーなども参加しているけど、どうにも退屈でたまらなかったので、僕などはやっぱりウェザー・リポートにはジャコがいないとダメだよなと思ってしまったのだった。今聴いてもどこがいいのやら・・・。
もっともこの新リズム・セクションになっての第二作『ドミノ・セオリー』(1984)とその次の『スポーティン・ライフ』(1985)はかなり良くてなんども繰返し愛聴したから、分らないもんだなあ。特に前者一曲目R&B歌手のカール・アンダースンが歌う「キャン・イット・ビー・ダン」は最高だ。
「キャン・イット・ビー・ダン」は、ザヴィヌルの友人だというウィルスン・ティーが書いた曲で、今ではウェザー・リポートの最高傑作だっただろうと僕が確信する最高のR&Bバラードだ。ザヴィヌルとウェザーなんて、という向きには悪いこと言わないから是非一度聴いてほしい。
この曲では、カール・アンダースンのヴォーカル以外は、オマー・ハキムがスネアを叩くだけで、あとは全部ザヴィヌル一人のシンセサイザー演奏によるもの。ハイハットのような音が聞えるが、それもシンセで出している。ザヴィヌルの書いた曲ではないものの、ブラック・フィーリング横溢の演奏だよね。
考えてみれば、こういうザヴィヌルのヴォーカル指向は、先に触れた『プロセッション』でマンハッタン・トランスファーを起用した「ウェア・ザ・ムーン・ゴーズ」から出てくるようになって、その後はウェザー・リポートの残り全部と解散後のソロ・プロジェクトでも、死ぬまで続いていたものだった。
ザヴィヌルはアリサ・フランクリンの『ソウル ’69』で三曲伴奏を務めている。キャノンボール・アダレイのバンド在籍時代だ。だから歌伴の経験が全くないわけではないのだが、その後はマイルスのバンドでもウェザー・リポートでも、たまにジャコがハミングする程度で、殆どヴォーカルを使っていない。
僕はその時代にザヴィヌルを知ったので、『プロセッション』でマンハッタン・トランスファーを起用しているのを聴いた時は、かなり驚いたのだったけど、彼にとっては突然でも不思議でもなかったのだろう。ポップな方向性を強く打出すようになり、その最高傑作が「キャン・イット・ビー・ダン」だ。
みなさんご存知の通り、ザヴィヌルはサリフ・ケイタのアルバムをプロデュースしたのが1991年に一枚あるし、その後の自分のソロ・アルバム96年『マイ・ピープル』でもサリフを使い、その「ビモヤ」は、後の自身のライヴ・アルバムではヴォコーダーを使って自分で歌っている(ベースはカメルーンのリシャール・ボナ)。そういう人だったんだろうね。
ザヴィヌルの書いたウェザー・リポート最大のヒット曲「バードランド」を、「らしからぬポップなメロディー」と言う人もいるけど、その指摘は当っていないように思う。ベースがアルフォンソ・ジョンスンになった『幻想夜話』と『ブラック・マーケット』に既にかなりポップな曲があるし、そもそもデビュー・アルバムから「オレンジ・レディ」みたいな曲(録音はマイルスの方が先で、発売はマイルスの方が後)もあった。このバンドがある時期までポップじゃなく聞えるのは、ザヴィヌルじゃなくてショーターとヴィトウスのせいだろう。
そういうポップな方向性を持っていたザヴィヌルに比べたら、ショーターにそういう要素は全くといっていいほどない。ザヴィヌルがマンハッタン・トランスファーを起用した『プロセッション』のためにショーターは「プラザ・リアル」を書き、その後のウェザー・リポートのライヴでもよく演奏している。
『ライヴ・アンド・アンリリースト』収録ヴァージョンなどを聴くと、「プラザ・リアル」は、スタジオ録音とほぼ同じだ。このバンドはどの曲もだいたいそうなのだ。それは独裁者ザヴィヌルのアレンジの強さと支配力のゆえだろう。ライヴ・ヴァージョンの方が若干活き活きとしているようには聞えるけど。
解散後のショーターは、自分のソロ・ツアーでも「プラザ・リアル」を実に頻繁に演奏しているらしいので、やはりお気に入りの自作曲なんだろうね。過去の自作曲では「ジュジュ」(『ジュジュ』)や「フットプリンツ」「オービッツ」(『マイルス・スマイルズ』)や、その他いろいろと取上げている。
「マスカレロ」(『ソーサラー』)や「サンクチュアリ」(『ビッチズ・ブルー』)などもやっているけれど、ウェザー・リポート時代の自作曲では、他にもたくさん書いているのに、自分のソロ・ツアーでやりアルバムにも収録しているのは「プラザ・リアル」だけだから、相当に気に入っているんだろう。
「プラザ・リアル」をやっている『ウィズアウト・ア・ネット』は、ピアノのダニエル・ペレス、ベースのジョン・パティトゥッチ、ドラムスのブライアン・ブレイドとのカルテット編成。2002年の『フットプリンツ・ライヴ!』からこうなっているけれど、かなりいいバンドだよね。特にドラマーは最高。
このレギュラー・カルテットでは、今までに四枚アルバムを出している。どれもなかなか面白い。ショーターは例によって曲によってテナーとソプラノを吹分けている。四枚とも完全にアクースティックなジャズ作品で、一切電気楽器は使っていないけれど、サウンド・テクスチャーは明らかに電化後のものだ。
それはウェザー・リポートよりも、もっと前のかつての自作ソロ・アルバム『スーパー・ノヴァ』『オデッセイ・オヴ・イスカ』『モト・グロッソ・フェイオ』の頃の音楽に非常に近い抽象的なもので、アクースティック・サウンドではあるけれど、これ以前にブルーノートに残した作品にはあまり似ていない。
アクースティック・アルバムで敢て探せば、マイルスの『ソーサラー』『ネフェルティティ』に近い感じだけど、それよりやはり『スーパー・ノヴァ』などでの、曲のテーマ・メロディをバラバラに解体し、断片的に再構築し直すようなやり方の方に近いように聞えるんだなあ。あの頃のは長年難解だったけど。
しか近年のショーターの『フットプリンツ・ライヴ!』(これが今のところは、ペレス+パティトゥッチ+ブレイド編成では一番いい作品だと思う)や『ウィズアウト・ア・ネット』などを聴くと、創り方は『スーパー・ノヴァ』などでのやり方にソックリだと思うのに、さほど難解にも聞えないのは不思議。
一つには普通のアクースティック・ジャズ・カルテットだというのもあるだろうし、もう一つには僕の耳もだいぶ慣れてきているんだろうというのもあるはず。ベースだけがやや古めのサウンドかもしれないと思うけれど、ピアノとドラムスは完全に21世紀の新しい音だ。特にブライアン・ブレイドはいいね。
ブライアン・ブレイドは、例のJTNC系の先生方も称賛するだけあって、やはり新時代のビートを叩出しているように僕の古い耳にも聞える。それでもとっつきやすく聴きやすいのは、僕なんかは1960年代から70年代にショーターと頻繁に共演したトニー・ウィリアムズの方が革新的に聞えるからだ。
まあそういうオヤジの懐古主義はともかく、現在80歳を超えて現役のウェイン・ショーターが、21世紀になってからのジャズ新時代のサウンドに取組んで、音楽的には歳を取らないばかりか、むしろ若返っているようにすら思えてくるのは、マイルス・バンド時代で彼を知った僕らには嬉しい限りだね。
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