ブルーグラスな「バードランド」
ウェザー・リポートの代表曲にして最も有名な曲であろう「バードランド」。『ヘヴィ・ウェザー』収録のオリジナル・スタジオ録音は凄くカッコイイのに、ライヴではウェザー・リポート自身は一度も演奏に成功したことがないはず。リズムがひっくり返りそうな例のブレイクの後は、常にシャッフルになっているもん。
公式盤でウェザー・リポートがライヴでやる「バードランド」は、1979年の二枚組ライヴ・アルバム『8:30』に入っているものだけ(2015年リリースの四枚組に入っているけど、買っていない)。ここでもリズムがシャッフルで残念な感じ。でもこれが僕が初めて買ったウェザー・リポートのアルバムだったので、こういう曲なのかと思っていた。
何度も書いているように、僕がジャズを本格的に聴始めたのが1979年だったから、レコード屋の店頭で見て、当時の最新アルバムだった『8:30』に惹かれたし、店頭で他のレコードと曲目を見比べてみると、この二枚組ライヴ盤には、他のアルバムでやっているいろんな曲がたくさん入っていたからだ。
そういうわけだから、「ブラック・マーケット」も「スカーレット・ウーマン」も「ティーン・タウン」も「ア・リマーク・ユー・メイド」も「バディア/ブギ・ウギ・ワルツ」も、全部『8:30』ヴァージョンで知った。最初にそれを聴いたので、まあこれで充分カッコイイと思っていたのだった。
その後、それら収録曲のスタジオ録音のオリジナル・ヴァージョンを聴くと、そっちの方がはるかに素晴しいので、だんだんとこの『8:30』というライヴ盤の評価が僕の中では下がっていった。はっきり言って今ではこの二枚組、二枚目B面のスタジオ・サイドしか聴かなくなっている。
ウェザー・リポートの公式ライヴ盤は、これ以外には(2015年リリースの四枚組を除けば)解散後の2002年にリリースされたCD二枚組の『ライヴ・アンド・アンリリースト』しかない。こっちは1975〜83年のライヴ録音のアンソロジーで、『8:30』よりもはるかに内容がいいように思う。『8:30』とは三曲しかダブっていない。
大のウェザー・リポート・ファンの僕でも、今では殆ど聴かなくなった『8:30』とは違って、『ライヴ・アンド・アンリリースト』の方は、結構聴くんだよなあ。そしてブートレグではいろんなライヴ音源が出回っているらしいし、またYouTubeで探すと様々な曲の様々なライヴ録音が見つかる。
『ライヴ・アンド・アンリリースト』には入っていない「バードランド」も、YouTubeでいろんなライヴ・ヴァージョンを聴けるのだが、ウェザー・リポートがやったものは、やはりどれも全部シャッフル・ビートになってしまっていて、はっきり言ってダメだね。そうじゃないものがあるのだろうか?
だから、スタジオ録音のオリジナルしか聴けないと思う「バードランド」、僕の狭い音楽体験では、この曲を他の音楽家がカヴァーしているものって、少ないように思う。特にジャズ系の人では、クインシー・ジョーンズが『バック・オン・ザ・ブロック』でやっているのしか聴いたことがない。ヴォーカル・ヴァージョンならマンハッタン・トランスファーのがあるけど。
クインシーのアルバムでは、1995年の『Qズ・ジューク・ジョイント』と並んで、僕の大好きなアルバムである1989年『バック・オン・ザ・ブロック』。これの「バードランド」は、導入部の「ジャズ・コーナー・オヴ・ザ・ワールド」(バードランドというクラブの異名)に続くメドレー。
「ジャズ・コーナー・オヴ・ザ・ワールド」では、バードランドでの往年の有名な司会者ピー・ウィー・マーケットが、アート・ブレイキーのライヴ盤『バードランドの夜』で披露しているMCの声をサンプリングして使っていたり、本編の「バードランド」でも有名ジャズマンが入れ替り立ち替りソロを取る。
「バードランド」でソロを取るジャズマンで一番有名なのは、おそらくマイルス・デイヴィスだね。マイルスとクインシーの共演というのは、この一曲以外では、1991年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルでギル・エヴァンスのアレンジをクインシー指揮のオーケストラで再現したコンサートだけだ。
その1991年のモントルー・ジャズ・フェスはライヴ録音されて、単独の一枚物CDでもリリースされたけど、もうはっきり言ってマイルスが痛々しいというか、ギルと共演作を創ったのは1950年代後半〜60年代初頭だったから、当時のアレンジそのままでは、もうマイルスは吹けないのが分ってしまう。
それがあらかじめ分っていたのだろう、難しいパートをマイルスの代りに吹く「影武者」としてウォレス・ルーニーが参加しているくらいだ。このライヴ盤は一回聴いたきりで、その後はもう一度もCDを取出しすらしていない。だから僕にとっては、マイルスとクインシーの共演は「バードランド」だけだ。
さて、ジャズ系の音楽家でなければ、「バードランド」をきちんとライヴで演奏できているのは、僕の知る限りでは、ストリング・チーズ・インシデントだけだ。ジャズとジャズ系の音楽しか聴かないリスナーには、聞いたこともない名前だろうけど、ブルーグラス系のジャム・バンド。
カントリー・ミュージックと近接するブルーグラスのバンドが、なぜライヴでザヴィヌルの「バードランド」を取りあげたのかはよく知らない。しかも、ストリング・チーズ・インシデントは、一時期はほぼ毎回のように演奏していたから、ライヴ録音も実にたくさん残っていて、聴くことができる。
ストリング・チーズ・インシデントは、ライヴでは実にカヴァー曲が多いバンドで、ザヴィヌルだけでなく、ビートルズ、ボブ・ディラン、スティーヴィー・ワンダー、エディ・ハリス、ウェイン・ショーター、ミシシッピ・シークス、ミーターズ、レッド・ツェッペリンなどなど、実にいろいろとやっている。
しかし、「バードランド」は彼らにとってなんかちょっと特別なのか、やりすぎだろうと思うほど頻繁に演奏していて、CDなどの音源で記録されて聴けるものだけでも相当な数がある。なんらかの理由があったんだろうなあ。これほど「バードランド」ばかりライヴでカヴァーしたバンドは他にないだろう。
僕が持っているストリング・チーズ・インシデントの「バードランド」は七種類程度だけど、まあだいたいどれも似たような演奏内容だ。しかもどれも非常に立派。どう聴いても本家ウェザー・リポートのライヴ・ヴァージョンよりも、はるかにこっちの方がいいように思う。リズムもシャッフルではない。
ブルーグラス系のバンドだから、弦楽器が中心の編成で、時々ヴァイオリンというかフィドルだって入る。フィドルやマンドリンの音が聞える「バードランド」は、これまた格別の味わい。僕はライヴCDを何枚も持っているけど、お持ちでない方もYouTubeでいろいろと聴けるようだから、是非どうぞ。
なにもかも完璧な「バードランド」の演奏一つだけで充分分るけど、ストリング・チーズ・インシデントのライヴ・アルバムを聴くと、このバンドの異様とも言える高い演奏能力が、これでもかというほど伝わってくる。ロックやその近接ジャンルに分類されるバンドでは、おそらく史上最高の演奏技術だろう。
少なくとも僕は、ブルーグラスと言わずカントリーと言わずロックと言わず、単に楽器の演奏技術だけなら、ストリング・チーズ・インシデント以上にライヴ演奏が上手いバンドは聴いたことがない。僕は彼らのライヴが凄いという噂を2000年頃に聞いて、2002年からたくさん出ているライヴCDを買った。
2002年から現在に至るまで『オン・ザ・ロード』というタイトルのライヴ・アルバム・シリーズが、むちゃくちゃたくさんリリースされていて、『オン・ザ・ロード』のメイン・タイトル以外は、タイトルには場所と日付しか書いていない。僕はその中から七つほど(全部三枚組)持っているだけ。
ストリング・チーズ・インシデントは、カヴァーばかりのライヴ演奏があまりに素晴しいので、しかも枚数もかなり多いから、それで満足してしまい、実を言うと彼らのオリジナル・スタジオ・アルバムは、一枚も買ったことがない。というか、まああんまりそれには興味もないわけだ。
ストリング・チーズ・インシデントだって、ライヴが凄すぎる、「バードランド」をたくさんやっているという噂を聞かなかったら、おそらく買うこともなかっただろうと思う。聴いてみたら、さきほど書いたように実に様々なカヴァー曲があって、とても楽しいけどね。こんなにファンキーなブルーグラス・バンドって、他にないよね?
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