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2015/12/11

スティーリー・ダンでのピーター・アースキン

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スティーリー・ダンのライヴ盤『アライヴ・イン・アメリカ』で半分くらいドラムスを叩いているピーター・アースキン(もう半分はデニス・チェンバース)を聴いていると、ウェザー・リポートに加入した当初、ライヴの「バードランド」でリズムが裏返ってしまい、戻せなくなった人とは思えない進歩ぶりだ。

 

 

僕はその拍が裏返ったという「バードランド」を実際に聴いたわけではないし、また例のブリッジ部分でリズムが裏返りやすい曲ではある。だけどプロのドラマーなんだからと思っちゃった。そういう頃から考えると、スティーリー・ダン『アライヴ・イン・アメリカ』でのプレイぶりは、長足の進歩というか、まるで別人だとしか思えない。

 

 

ピーター・アースキンを全部聴いているわけではないどころか、あまり追いかけていないんだけど、僕が聴いた少ない範囲内では、その1993年のスティーリー・ダンのライヴでのプレイが、彼のベスト・プレイの一つなんじゃないかと思っている。

 

 

『アライヴ・イン・アメリカ』の二曲目の「グリーン・イアリングズ」とかの、ピーター・アースキン独特のハタハタ・ドラムスは、何度聴いても素晴しい。「グリーン・イアリングズ」は、編集によって化物デニス・チェンバースが叩く「菩薩」と繋がっているんだけど、全くなんの違和感もないもん。

 

 

そして、ライナーでドナルド・フェイゲンが書いているように、「サード・ワールド・マン」でのアースキンのドラミングなどは、もう非の打ちどころのない完璧さだ。そもそもあんなにうるさいフェイゲンが、スタジオ・ミュージシャンを使った『ガウチョ』の曲のドラムスを任せようと思うくらいだから。

 

 

『ガウチョ』のレコーディングでは、フェイゲンとベッカーが完璧主義で、特にドラムス・トラックについて、あまりもこだわった挙句、タイトル曲ではなんと48個の異なるテイクから音を集めたという話が残っている。このアルバムについてのWikipediaには、”Drum recording" の項があるくらい。

 

 

そういう『ガウチョ』から「サード・ワールド・マン」とかの難曲のドラムスをピーター・アースキンに任せているくらいだから、フェイゲン(とベッカー)が、1993年当時どれだけアースキンに信頼を置いていたかよく分る。そして実際のドラムス演奏ぶりも立派で、これだけ聴けば素晴しいドラマーだね。

 

 

アースキンがウェザー・リポートに加入したのは1978年録音の『ミスター・ゴーン』からだけど、この人のドラミングをいいなと思ったのは82年の『ウェザー・リポート 82』から。A面ラストの三部構成「N.Y.C.」は、彼のドラムスを聴く曲だ。曲を通していいけど、特に二部の「ザ・ダンス」がいい。

 

 

アルバム自体はB面を聴くべきもので、A面はほぼダメだと思っているし、「N.Y.C.」もつまらないけれど、ことアースキンのドラミングに関しては、大きな進歩を実感できる。「N.Y.C.」の二部「ザ・ダンス」は4ビートのジャズ・ナンバーで、アースキンはブラシを使っているんだが、いいね。

 

 

このアルバムの前作『ナイト・パッセージ』(1980年)から、ピーター・アースキンのドラムスはだいぶよくなってはいた。一曲目のタイトル・ナンバーが4ビートのジャジーな曲で、エリントンの「ロッキン・イン・リズム」のカヴァーもあるし、ウェザー・リポートの<ジャズ回帰>路線のように言われた作品だ。

 

 

『ナイト・パッセージ』の一曲目タイトル・ナンバーもいいんだけど、二曲目「ドリーム・クロック」がスローなバラードで、ここでのアースキンも成長ぶりを見せつけていたし、またB面のショーター・ナンバー「ファスト・シティ」が急速調の4ビートで、ここでも堅実なドラミングを聴かせているね。

 

 

さらに『ナイト・パッセージ』の前の二枚組ライヴ盤『8:30』(1979年)の一曲目「ブラック・マーケット」には、中盤、ショーターのテナーとアースキンのドラムスのデュオで演奏するパートが数分あって、そこでアースキンが一人でショーターと渡り合うのを聴くと、これは!と思ったりはしていた。

 

 

まあこの辺の1980年以後の『ナイト・パッセージ』や『ウェザー・リポート 82』などは、中村とうようさんはじめ『ミュージック・マガジン』方面では、非常に評判が悪く、本屋で立読みしてもケチョンケチョンに酷評されていた。まあそういうのが、僕がしばらくあの雑誌を買うようにならなかった理由。

 

 

『ウェザー・リポート 82』は、原題はシンプルに ”Weather Report” であって、デビュー作と同タイトルなので区別するために、通例(82)と付記される。衝撃のデビュー・アルバムと同じタイトルにしてしまう辺り、ザヴィヌルの自信のほどが伺えるけど、中身はそれほどでもない。

 

 

その『ウェザー・リポート 82』を最後に、ジャコ・パストリアスとピーター・アースキンはウェザー・リポートを脱退し、ウェザーの黄金時代が終ってしまう。ジャコは自分のバンドを結成してリーダー・アルバムを録音、ライヴ・ツアーもやったけど、アースキンの方は特にレギュラー・バンドは持たなかったみたいだ。

 

 

ウェザー・リポート脱退後のピーター・アースキンは、自分のリーダー・バンドを持って作品を作るよりも、様々なジャズやロックやフュージョン系の有名どころに、セッション・ドラマーとして数多く参加してプレイするようになったようだ。だから、僕もあまり積極的には追いかけていないんだなあ。

 

 

時々ピーター・アースキンの名前は見るものの、特にこれといった印象も受けなかったんだけど、それだけに最初に書いた1995年リリースのスティーリー・ダン『アライヴ・イン・アメリカ』で彼の名前を見つけ、さらにその演奏ぶりのあまりの見事さに目を見張る思いだったのだ。

 

 

『アライヴ・イン・アメリカ』でのアースキンがどれだけ凄いかは、先に書いた。1980年の(当時の)ラスト・アルバム『ガウチョ』以来久々のバンド再結成、しかも初のライヴ盤で、またこのバンドがライヴをやめてスタジオ作業に専念するようになった時期の作品もライヴ演奏しているので、大きな期待があった。

 

 

『アライヴ・イン・アメリカ』付属のブックレットにフェイゲン自身が書いている文章によれば、なぜまたライヴを再開する気になったのかという質問に、ライヴで「バビロン・シスターズ」がどう響くのか聴いてみたかったというのがあった。「エイジャ」とか「サード・ワールド・マン」もそうだよねえ。

 

 

『エイジャ』や『ガウチョ」は、フェイゲンとベッカー以外は、全員腕利きのセッション・ミュージシャンを起用して、こだわりの録音を繰返し、たくさん録音した複数テイクからベスト・パートを選んで編集するという、密室作業で造り上げたアルバムだった。当時はライヴでは再現できないと思われていた。

 

 

だからその二作からも数多くやっているライヴ盤の『アライヴ・イン・アメリカ』は、スティーリー・ダン・ファンなら、誰でもどんな風になっているんだろうと期待半分・不安半分で買ったはずだ。果して中身は、かつてよりもかなり技術の向上した一流ミュージシャンによって、素晴しい演奏になっている。

 

 

そして、そういうライヴで演奏する一流腕利きミュージシャンの一人として、デビュー当時は「バードランド」で拍が裏返って戻せなくなったというエピソードもあるピーター・アースキンが呼ばれているというのは、ウェザー・リポート時代に彼のファンになった僕なんかには、凄く感慨深いものだったのだ。

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