モンクの師匠エリントンの打楽器的ピアノ
今年リリースされた1970年の未発表録音集『コニー・プランク・セッション』に収録されている「アフリーク」でのデューク・エリントンのピアノが、完全に打楽器的奏法だ。
コニー・プランクとは、みなさんご存知の通り、クラフトワークなどを手がけたあの超有名ドイツ人エンジニア/プロデューサーその人。彼がエリントンを録音していたというのは全く知らなかったので、今年出たアルバムは、僕にはかなりの驚きだった。
エリントンを録音した1970年には、まだコニーズ・スタジオ設立前だから、ケルンのレナス・スタジオで録音された。コニー・プランクがどうこうというより、なんたってその未発表集アルバムで聴けるエリントンの音楽が凄いね。やはり前にも書いた通り、エリントンの音楽はジャズじゃない。
さてさて、この人のピアノは昔から元々打楽器的な感じだよね。古い録音を聴いても、そういうピアノの弾き方をした曲がたくさんある。エリントンのパーカッシヴなピアノ演奏といえば、大半のファンがまず一番に思い浮べるのが、チャールズ・ミンガス+マックス・ローチと組んだ『マニー・ジャングル』(1962年)かもしれない。モダン時代のピアノ・トリオだし、サイドメンがモダン・ジャズメンだし、入門盤として推薦されるよね。
確かに『マニー・ジャングル』でのエリントンのパーカッシヴなピアノ演奏は、セロニアス・モンクを一気に飛越えて、セシル・テイラーに迫らんとするほどの過激さだ。僕だって今聴くと、こりゃ凄いと思うんだが、最初はこのアルバムの面白さが全く理解できなかった。なぜだったんだろうなあ。
『マニー・ジャングル』よりも、大学生の頃、エリントンのパーカッシヴなピアノで僕がまず想起したのは、1967年の『ザ・ポピュラー・エリントン』収録「黒と茶の幻想」での演奏だ。 イントロからして、もう尋常じゃない雰囲気だね。録音は66年。
この1966年録音の「黒と茶の幻想」については、『ザ・ポピュラー・エリントン』の日本盤LPライナーで油井正一さんが絶賛し、面白いことを書いていた。1927年初演のこの曲は、虐げられ滅び行くマイノリティであるブラック=黒人、タン=混血の悲哀を描いた、元々は哀感に富んだ曲調のナンバー。
ところが、1966年録音のヴァージョンでは、滅び行く運命どころか、当時の公民権運動の高まりという時代の流れを反映し、<我ら黒人ここにあり!>と高らかに宣言するような力強い曲調に完全に変化していて、エリントンの解釈・アレンジが、いかに時代に即したものなのかということを、油井さんは強調していた。
油井さんは、そういう新解釈の象徴として、イントロの力強く叩きつけるパーカッシヴなエリントンのピアノを挙げていた。当時は僕もその通りだと納得していたのだった。しかし、その後いろいろとエリントンの録音を聴くと、「黒と茶の幻想」でのこういうピアノ・イントロは、もっと以前からあるものだったのだ。
YouTubeで探しても、そういうものがいろいろと見つかる。一番キレイに聞えるのが、1956年のニューポートでのライヴ盤でのヴァージョン→ https://www.youtube.com/watch?v=7ifnuC1q2I4 もっと古くは1943年のカーネギー・ライヴ→ https://www.youtube.com/watch?v=znBhc12sGew
聴いてもらえばすぐ分るけれど、どちらの「黒と茶の幻想」も、1966年ヴァージョンと全く同じパーカッシヴなピアノ・イントロだね。おそらくもっと古くからあったパターンに違いないと僕は踏んでいる。だから、このイントロの力強い打楽器奏法をもって、60年代後半の公民権運動の反映とは言えない。
『ザ・ポピュラー・エリントン』収録の、1966年ヴァージョン「黒と茶の幻想」が、油井さんの言うように<ブラック・イズ・ビューティフル>宣言になっているのは、イントロのピアノではなく、その後のバンドの一連の演奏によるものなのだ。もう一度、先ほど貼ったその音源を聴直していただきたい。
テーマ吹奏終了後のクーティー・ウィリアムズのトランペット・ソロや、ローレンス・ブラウンのトロンボーン・ソロ後半でのストップ・タイムを使ったリズム・アレンジとそこでのピアノ、ラストのクーティーのワーワー・トランペットによる凄みのある力強いソロと、そのバックでのバンド・アレンジのド迫力など、圧倒的。
そして、そういう各人のソロも全てそうだけど、曲全体を通して漂うオーケストラ全体の雰囲気には、1920年代のヴァージョンに漂っていた、一種の諦観のような悲哀感が全くなく、そればかりか、むしろ明るく誇らしい快活なイメージで貫かれていて、それを下支えしているのがエリントンのピアノ伴奏だ。
そういう曲全体の持つ意味においてこそ、この1966年ヴァージョンの「黒と茶の幻想」が、当時の公民権運動(マーティン・ルーサー・キングがノーベル平和賞を受賞したのが64年)と、それに伴うアメリカ社会での黒人意識の変化を反映した、全く斬新で圧倒的な新解釈になっていると言えるのだろう。
さてさて、その「黒の茶の幻想」イントロでのエリントンのピアノ演奏が、かなり前から(いつ頃からか分らないけど、ライヴ演奏ではおそらく1930年代後半くらいから?)パーカッシヴなスタイルだったことを示したわけだけど、エリントンという人は、元来そういうピアノ・スタイルの持主だった。
戦前のSP時代は、約三分という時間制限があるので、なかなかエリントンのピアノ演奏はたくさんは聴けない。エリントンという人は、LPメディア出現後のモダン時代にはいろんな録音をやった人だけれど、基本的には「自分の楽器はオーケストラ」と言うくらい、ビッグ・バンド録音が中心の人なのだ。
だから、戦前のSP時代だと、エリントンのソロ・ピアノ(ピアノ・トリオという概念というかフォーマットは、まだ殆ど存在しない)が聴けるものは少ない。曲のイントロや中間部で少し聴ける程度。この「ロッキン・イン・リズム」では、ちょっと分る。
これは1931年のオーケー録音なんだけど、おそらくジャズ曲で「ロック」という言葉が使われた最も早い例だろう。その言葉通り、シャッフルするリズムでスウィングしている。エリントンのピアノもそんなリズミカルな雰囲気だ。この曲は同時期にヴィクターにもブランズウィックにも録音している。
この「ロッキン・イン・リズム」の最も優れたヴァージョンは、昨晩も貼った1963年パリ・ライヴだね。 前奏として「カインダ・デューキッシュ」というエリントンのピアノ演奏が付いていて、これが彼のピアノ・スタイルを一番よく表している演奏だろう。叩きつけるような打楽器奏法や、不協和なブロック・コードの使い方など、録音がいいからよく分る。
その他枚挙に暇がないが、初期から晩年に至るまで、実にいろんな曲のイントロや中間部で、エリントンはパーカッシヴにピアノを弾いている。それがモンクやセシル・テイラーにも大きな影響を与えた。典型例が最初に書いた戦後の1962年『マニー・ジャングル』。だけど、モンクからの逆影響もあったかもしれない。
西洋クラシック音楽の権化みたいな楽器であるピアノを打楽器的に扱うというのは、アフリカン・アメリカンな奏法だというのが一般的な意見だし、僕もその通りだと思う。南アフリカのピアニストであるアブドゥーラ・イブラヒム(ダラー・ブランド)等を聴いても、それを実感する。彼にはエリントンの影響もあるね。
エリントンは、ピアニストとしてはウィリー・ザ・ライオン・スミスなどのストライド・ピアニスト(ハーレム・スタイル)から大きな影響を受けて出発した人なので、その意味でもピアノを打楽器的に弾くというのは当然の成行きだった。ストライド・ピアノはそういうスタイルだし。
これは初期には珍しいエリントンのソロ・ピアノ録音(1928年オーケー録音)。 これを聴くと、ほぼ完全にストライド・ピアノのスタイルであることが分る。そのタイトルが「ブラック・ビューティー」なのも暗示的だ。この曲はバンドでの録音もある。
そしてエリントンの場合は、アフリカン・アメリカンな打楽器奏法だけでなく、ヨーロッパ的な印象派風奏法も得意だった。そっちも初期から少しだけ聴ける。この1932年コロンビア録音の「ソフィスティケイティッド・レディ」。これだと結構よく分る。
1930年のブランズウィック録音が初演の「ムード・インディゴ」も印象派的曲調。先の「ソフィスティケイティド・レディ」と併せ二曲とも、エリントン初のLP作品『マスターピーシズ』(1950年)で再演し、どちらも15分以上たっぷり聴ける。YouTubeにあるから、お時間のある方はどうぞ。
そしてこれまた昨晩も貼った1965年のライヴ録音でのソロ・ピアノ演奏「ザ・セカンド・ポートレイト・オヴ・ザ・ライオン」。 タイトル通りのウィリー・ザ・ライオン・スミス風なストライド・スタイルと、印象派風な奏法の両方を行ったり来たりしていて面白いね。
僕は昔から、さっき貼った1963年パリ・ライヴの「カインダ・デューキッシュ」と、この65年ライヴの「ザ・セカンド・ポートレイト・オヴ・ザ・ライオン」が、エリントンのピアノ演奏では一番好き。特に後者は、エリントン・ピアノの二大源流であるストライド・スタイルと印象派風が融合してて、大変面白いよね。
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