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2016/01/16

ジャズの黄金時代は1920年代だ

Jazz_justin

 

Blackbirds1

 

 










1970年代以後のジャズ系ミュージシャンがやるファンク・ミュージックが、同時代の他のブラック・ミュージックと密接な関連があると、僕も繰返し言うんだけど、50〜60年代の、同時代のブラック・ミュージックから少し離れていた時代のジャズの方が、ジャズの歴史全体から見たらむしろ特殊だった。

 

 

頻繁に強調するけれど、ジャズ誕生の初期からビバップ誕生までの第二次大戦前のジャズは、同時代のブラック・ミュージック、特にブルーズと非常に密接に繋がっていた。これも以前書いたけど、ジャズ誕生期の構成要因に、ブルーズなど黒人的なものはなく、西洋白人的なブラスバンド中心だった。

 

 

しかし、誕生直後に即ブルーズを吸収し、必要不可欠で不可分一体のものとしたので、録音で辿る限りでは、ジャズとブルーズは、特に戦前ジャズでは分ちがたく結びついている。1960年代末〜70年代以後のソウルやファンクと接近して結合したジャズ系音楽は、その歴史を取戻しただけ。

 

 

厄介なことは、ある時期以後の多くのジャズ・リスナーは、1950〜60年代こそジャズの全盛期・黄金時代だったと考えているらしいということだ。僕に言わせたら、これは勘違い以外のなにものでもないのだが、プロの批評家だってこういう考えの方が多くて、それを広めるから困ってしまう。

 

 

1950〜60年代はジャズの時代なんかじゃない。間違いなくロックの時代だ。1954年のビル・ヘイリーによる「ロック・アラウンド・ザ・クロック」以後のロック時代は、何十年も続いていた。それは今やどうやら終っているらしいのだが、少なくとも50/60年代はロック全盛時代に間違いない。

 

 

中村とうようさんは『ロックへの道』というCDアンソロジーのブックレット序文で、大雑把に言えば20世紀のアメリカ音楽は、前半をジャズ時代、後半をロック時代という具合に分けられるだろうと書いていた。これは僕も全く同感。ジャズがアメリカ大衆音楽の王者だったのは、戦前の話だ。

 

 

ジャズの商業録音がはじまるのは1910年代だけど、その後の20/30年代こそがジャズ黄金時代だっただろうと僕は考えている。どんなに甘く見ても、40年代のビバップまで。でもビバップは(僕はそうは思っていないが)やや難解というかほぼ純粋芸術指向の音楽だったからなあ。

 

 

だから黄金時代の1920/30年代に録音されたジャズ作品を聴かないなんて、ちゃんとしたジャズ・リスナーなら有り得ない態度だと思うのだが、なぜだかみんな聴かないよね。聴かないから、当時のジャズ、特に黒人ジャズとブラック・ミュージックとの関係も理解できないんだろう。

 

 

そしてそういうジャズの歴史を肌で実感していないから、1970年代のソウル・ジャズやジャズ・ファンクが、一種の先祖帰りみたいなもので、ブラック・ミュージックをいっとき切離してしまったジャズが、再びそれを取戻しただけで、全然目新しくもなく、必然的な流れだったことも理解できないのだろう。

 

 

前にも書いたけど、だいたい保守的なジャズ・ファンは、1970年代のジャズ系ファンクを毛嫌いするばかりか、保守的であるにもかかわらず、本当に古い戦前の古典ジャズ作品を殆ど聴いていないというか、ほぼ無視しているような、完全に矛盾した状態が、いつ頃からかずっと続いているからなあ。

 

 

僕の考えでは、1970年代の同時代のブラック・ミュージックと結合したジャズ系音楽の面白さが理解できない最大の理由の一つは、エレクトリック・サウンドに対する生理的嫌悪感以上に、こういう歴史を無視した聴き方にある。ブルーズと不可分一体のジャズの歴史をちゃんと聴けば、こうはならないはず。

 

 

もちろんビバップ〜1950〜60年代のジャズにだって、ブルーズやゴスペルといったブラック・ミュージックはしっかりと息づいている。チャーリー・パーカーのレパートリーにも、彼のもとでデビューしたマイルス・デイヴィスのレパートリーにも、その他の人にも、実に多くのブルーズ曲がある。

 

 

ハードバップにも物凄く多くのブルーズ曲があり、相当にファンキーなものもあるし、1950年代後半から60年代前半のいわゆるファンキー・ジャズのベースになっているのは、ゴスペル・ベースのアーシーな感覚だ。1972年のレイ・ブライアント『アローン・アット・モントルー』もブルーズ・ナンバーばっかりだし。

 

 

そういうのはファンも多くて、今でもよく話題にあがるのに、そういうファンキーさの大元のルーツである戦前ジャズのブルージーな感覚を、実際の音を聴いて確かめようとしないというのは、一体どういうわけなんだろう?しかも戦前ジャズの方がそういう感覚が強くて猥雑で、それ自体はるかに面白いのに。

 

 

今流行りらしいヒップホップ・ジャズだって、ヒップホップはもはやブラック・カルチャーとは言えないだろうけど、それでも最初は、主に1990年代以後21世紀の最先端のブラック・フィーリングをジャズに活かそうとしてはじまったものに違いない。そういうものは、どんどん紹介されているのになあ。

 

 

古いものより新しいもの、同時代に息づく音楽を耳にしたいのだという気持は凄くよく理解できる。しかしそういう新しいものの真の革新性を理解するためには、歴史と伝統をちゃんと知らないと分るはずもないと思うのだが。音楽を「知る」とは文章で読むことではない。音を実際に聴いて肌で感じることなのだ。

 

 

実感していないからこそ「ジャズにおけるブルーズ感覚なんてのはどうでもいいんだ」という発言が出てくるのだろう。これは、かのJTNC系ライター代表者の口から出た言葉。こういうのは、いかに自分が無知蒙昧であるかを晒しているだけだ。あるいは承知の上での故意の戦略的発言なのか?

 

 

いずれにせよ、この種の発言が頻繁にポンポンと出てくるもんだから、いわゆる油井正一史観みたいなものを、必死で「更新」しようとしているという意気込みだけは伝わるものの、僕なんかはどうも彼らは新しいジャズの面白さすら、本当には理解していないのではないかと思ってしまう。

 

 

歴史・伝統・古典を知るのは、書いているようにもちろん「今」を理解するためにも非常に重要というか、そうしないと今を理解できないのだが、それ以上にそれら古典作品自体が、聴いていて面白くてたまらない、大変楽しい気持いいというのが、それを聴く最大の理由。お勉強目的だけでは続かない。

 

 

1950〜60年代がジャズの全盛期だった、あるいは21世紀の今こそ第二の黄金時代だ(というのはJTNC系某氏の台詞)とか、この手の考えをそろそろ改めて、1920/30年代こそ最大のジャズ時代だったという歴史の真実を直視しよう。僕の耳にはどう聴いても、その頃のジャズの方が面白い。

 

 

もっと言えば、1929年のウォール街大暴落にはじまる大恐慌で、アメリカではレコード吹込み数全体が大幅に減少してしまい、実演の機会も激減して、一部のジャズマンは欧州に楽旅に出たりもしていた。そういうわけだから、商業的に見ても、真のジャズ黄金時代は1920年代だろうね。

 

 

そしてその1920年代こそ、その後の1970年代と並び、ジャズが同時代のブラック・ミュージックと最も密接に結びついていた時代だったのだ。このことだけを考えても、録音が古いといって20年代の作品を聴かなかったり、電気楽器が苦手だといって70年代の作品を毛嫌いするのは、おかしいよね。

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コメント

完璧に同意します。
同意するというかそれが真実だと思いますよ。
でもジャズは「即効演奏を主とする音楽」というのがほとんど既成事実化してますから、それを根本から覆す、「ジャズの黄金時代は1920年代だ」という言説に肯くジャズ・ファンも評論家もほとんどいないでしょう。
純粋芸術指向の音楽になったビバップ以降のジャズをスタンダードとして受け入れたリスナーにとっては20年代のジャズは通俗的な大衆音楽にしか聴こえないのかもしれません。

Astralさん、もう亡くなってしまったけど、かつては油井正一さんや粟村政昭さんなど、戦前の古典ジャズの面白さを語るプロの批評家が何人かいたんですけど、今や全くいなくなってしまいましたねえ。かろうじて瀬川昌久さんがご存命なくらいですかねえ。その瀬川さんも、お歳のせいか殆ど活動していませんし。いわゆるJTNC系の新興ジャズばっかりもてはやされる現状には、危惧を抱いています。

確かにとしまさんの意見は正しいと僕も思います。
でも、逆に古い音楽はどんどん忘れ去られて行くべきだという考えも持っています。
古い音楽が持っていた良さを今の音楽からなぜ見いだせないのか?
その良さは古い音楽を聴かないと分からないことではないはずだと僕は思います。
そんな歴史的なことで音楽に感動してるわけではないはずです。
古い音楽がいつまでも居座っているより、新しい音楽からも同じ感動をつかめる耳を持ちたいですね。

イワタニさん、そういう考えでは、新しい音楽の本当の面白さも分らないはずですよ。

そうでしょうか?
新しい音楽の良さから、古い音楽の良さを学ぶ方が自然な気がしますが・・・

イワタニさん、それが「自然だ」と思っているうちは、ダメですよ。

例えば、今ちょっとビートルズを聴いているんですが、ビートルズはまあ「新しい」部類に入るでしょうね。そしてビートルズ時代のポールの曲には「ウェン・アイム・シックスティー・フォー」「マーサ・マイ・ディア」「ハニーパイ」みたいな曲があるんですが、こういうものの面白さは、イワタニさには理解できないしょう。古いもの聴かないなら、理解できるわけないですから。僕だって古いものを聴いていなかった中高生の頃は、これらの曲のどこが面白いのか、サッパリ分ってなかったです。

あるは、去年亡くなったばかりのアラン・トゥーサンの2009年作『ザ・ブライト・ミシシッピ』といったアルバムの面白さ、これ、イワタニさんにお分りですかね?

ビートルズかぁ・・・
最近全然聴いてないなぁ。まいったなぁ・・・
でも、ビートルズが歌うリズム&ブルースを聴いてオリジナルの黒人たちの歌を聴くようになった
友達も沢山いますよ。

ビートルズの「ウェン・アイム・シックスティー・フォー」も「マーサ・マイ・ディア」も「ハニー・パイ」も、全部YouTubeにあります。というかビートルズの全音源がYouTubeに上がっていますから。アラン・トゥーサンの『ザ・ブライト・ミシシッピ』も、全曲YouTubeにあります。ちょっと聴いてみて、感想を聞かせてください。

ポールのそういう曲は、初期ビートルズがカヴァーした、1950〜60年代の黒人リズム&ブルーズなんかよりも、さらにもっともっと何十年も古いものを参照しているんですよ。アラン・トゥーサンの『ザ・ブライト・ミシシッピ』も、それとほぼ同じくらい古いものを。

ありがとうございます。
なんだか面白そうな曲ですね。
これから仕事に行くので、是非明日にでも聴いてみます。
しかし、としまさんもガンコですね。ぼくも音楽にはガンコですけどね。
としまさんの熱意には見習うとこがあります。音楽が好きなもの同士、これからもよろしくです。

おはようございます。仕事から帰ってきたので寝てしまう前にコーヒー飲みながら
アラン・トゥーサンの「ザ・ブライト・ミシシッピ」を聞かせてもらいました。
としまさんのご指摘通り、僕にはピンときませんでしたよ。
ぼくの好みのジャズは、こんな都会的な感じではなく、もっと田舎臭さが丸出しになったジャズです。
ぼくはジャズを都会の音楽ではなく、田舎者が都会で暴れまくっている音楽だと思っています。
時代が違うと言ってしまえばそれまでですが・・・
若い頃に聴いていたシドニー・ベシェが聴きたくなりましたよ。としまさんもご存知だとおもいますが、ベシェなんてすごく田舎臭いでしょ。
一度聴いただけの感想ですが、正直に感じたことを書きました。
話は全然変わりますが、としまさんがフィルスペクターなんて知っているのは意外でした。
僕の勝手なイメージですけどね。僕も中3か高一ぐらいの大昔にロネッツやクリスタルズが好きでよく聞いてましたよ。最近?はブームですかね、大滝詠一や山下達郎の影響ですかね。みなさんよく聴いてるみたいですね。でも、としまさんとフィルスペクターは意外だったなぁ

イワタニさん、その発言は、ジャズという音楽を全く理解していない発言ということになってしまいます。ジャズは都会で産まれ都会で育ち、都会にしか存在しない、正真正銘都会の音楽です。。ブルーズと違って、ジャズは田舎にはありません。「田舎の風景が見えるような」香りのする都会のジャズなら、ありますけどね。そしてアラン・トゥーサンの『ザ・ブライト・ミシシッピ』は、そういう都会の音楽であるジャズのなかでは、まだわりと泥臭い、というとちょっと違うけど、プリミティヴな部類に入ります。なんたってジャズ誕生直後のニューオーリンズ・スタイルでやってますからね。

シドニー・ベシェなんか、この上なく洗練された超都会の音楽にしか聞えませんよ、僕には。これは感じ方の違いとかいうものじゃないと思います。ベシェの音楽はそういうものです。少なくとも『ザ・ブライト・ミシシッピ』よりは、100倍都会的です。

なお、フィル・スペクターだってなんだって、いい音楽はなんだって聴くんですから。イワタニさんが僕のことをどうお考えなのか知りませんが、あんまり見くびらないでほしい。

ビートルズの三曲の方はどうなんです?

としまさん僕は見くびったりなんかしていませんよ。もしそう取られてしまったのなら謝ります。
スミマセンでした。
これ以上僕がコメントしても、感情的になってしまうようなので、やめておきましょう。
気分を悪くさせてしまったことを本当にお詫びします。ゴメンなさい。反省します。

イワタニさん、いやいやそれは全然違うんですよ。僕は怒ってもいなければ感情的にもなっていません。ただ単に語気が強い場合があるだけ(と昔からよく指摘されます)なので。全く平常心です。ですから、是非コメントを聞かせていただきたいです。指摘してあるビートルズの三曲についての感想を含め、

ありがとうございます。ホッとしましたよ。怒らせてしまったかと反省してました。スミマセンでした。
ビートルズ聴きました。「マーサ・マイ・ディア」だけは、まともに聞けるものが見つかりませんでした。
他の2曲を聞いた感想ですが、この曲を聞いて古いジャズを思い浮かべることは僕には出来ませんでした。としまさんの指摘があるので少しは感じられる部分もありますが、指摘がなければ全然だと思います。曲自体は嫌いではありません、「ハニー・パイ」が好きです。ユーモア性みたいなものがあっていいです。ビートルズが好きなところは、ポップでユーモアを持っているところです。ロックみたいになってからのものは全然聴いてません。ポップスと歌謡曲が大好きで若い頃から聴いてきたからかもしれませんが・・・こんな感想になりました。

1920〜30年代のジャズをたくさん聴いていると、その三曲とも大変面白いんですよね。まさにそのまんま。まあイワタニさんには分らないでしょうねえ。ってこたあ、やっぱり古い音楽を聴いてないと、新しい音楽もフルに楽しめないってことじゃないですか。

ビートルズについて「ポップ」と「ロック」の区別を付けることはかなり難しいし、まあ付けたところで、何の意味もないですね。『ミュージック・ライフ』誌界隈では、最後までポップ・アイドルみたいな扱いだったし。

この時代の音で良い状態の物ありますか?
サッチモとか、エリントンの音ぐらいしか知らないので。
昔見た映画でウッディ・アレンの「カメレオンマン」というのがありましたが、時代のイメージはあんな感じですか?

TTさんがおっしゃる「良い状態」というのが、どういう意味なのか分りませんし、ウッディ・アレンのその映画も観ていないんですが、1920年代の録音はまあやはりそれなりに古いですよ。サッチモとかエリントンの1920年代録音をお聴きならば、まあ他もだいたい似たようなもんだと思ってください。唯一、昨年聴いたものですが、ギリシア人ヴァイオリニストAlexis Zoumbasのアメリカ録音『A Lament For Epirus 1926-1928』が、とても20年代とは思えない生々しい音で驚きました。アマゾンにあります。

Alexis Zoumbasのアメリカ録音『A Lament For Epirus 1926-1928』アマゾンのmp3で買って聞いてみました。確かに20年代の音とは思えない音ですね。演奏もすごいですが。世界には素晴らしい音源が眠っているんですね。この音源はレコードからおこした物ですか?
エリントンでいえば、40年代以降の録音の音が好みです。20年代の演奏自体好きですが、私の耳には少し辛いです。

TTさん、アレヒス・ズンバス、一切予備知識を与えずに音だけ聴かせたら、1920年代録音だと思う人は一人もいないでしょうね。それくらいとんでもなく生々しい音です。MP3ですら分るんですから、CDだともっと凄いです。SPレコード起しとは到底思えませんから、オリジナル原盤が残っていて、そこから直接デジタル・トランスファーしているんだと思います。

エリントンについては、確かに1940年頃が楽団のピークだったと確信していますが、個人的な好みだけ言わせてもらえば、20年代録音の方が好きです。サッチモはもう間違いなく1925〜28年が絶頂期で、好みでもその辺が一番好きです。

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