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2016/01/04

マイルスによるサントラ盤

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生きていれば、今年でちょうど90歳になるマイルス・デイヴィス。彼による映画のサントラ盤は、『死刑台のエレベーター』(1957年)『ジャック・ジョンスン』(70年)『シエスタ』(87年)『ディンゴ』(91年)の四つ。このうち、『ジャック・ジョンスン』は元々映画のサントラ盤として録音されたものではないから、外されることがある。

 

 

部分的参加アルバムなら、おそらくデニス・ホッパー監督の1990年作『ホット・スポット』のサントラ盤も有名だろう。スコアをジャック・ニッチェが書き、マイルス、ジョン・リー・フッカー、タジ・マハール等が共演している。でもこれはジョン・リー・フッカーを聴くアルバムで、マイルスは全くダメだ。

 

 

部分的に、一曲だけ参加とかいうサントラ盤なら他にもいくつかあるけど、アルバム全体がマイルスの手になるものは、先の四つだけ。その四つ、映画本編を観ていないのは『ディンゴ』だけ。というか、このオーストラリア映画、そもそも日本で公開されたのか?

 

 

1991年9月のマイルスの死後、92年6月に「遺作」である『ドゥー・バップ』が出るまでは、そのサントラ盤『ディンゴ』が、マイルス最後の作品ということになっていた。マイルス・ファンにとっては、生涯最後の作品がこんなアルバム(と言ったら悪いかなあ?)だというのは、残念なことだった。

 

 

『ディンゴ』のサントラ盤は、数十年ぶりにミッシェル・ルグランと組んだもので、全編完全にアクースティックなサウンド。でもまあ、はっきり言ってあれはちょっとなあ。それでも出た当時は何度も聴いたんだけど、今後はもう聴くことはないだろう。なお映画には、マイルスは役者として出演もしている。

 

 

出演しているといっても、書いたように、僕は映画本編は観ていないから、サントラ盤にそういう写真と情報が載っていたので知っているだけ。マイルスは他にも役者として出演した映画が何本かある。僕はどれも観ていない。マイルスには強い興味があるけど、役者として出演した映画自体には興味が湧かないものばかり。

 

 

『死刑台のエレベーター』と『ジャック・ジョンスン』と『シエスタ』は、マイルスによるサントラ盤が凄く面白くて、映画とは無関係に音楽だけ聴いても面白い。だから映画にも興味が湧くけど、『ディンゴ』のサントラ盤は、もうどうにもこうにも面白さが見出せないものだったからなあ。

 

 

まあ『ジャック・ジョンスン』だって『シエスタ』だって、元々映画自体にはあまり興味はなく、日本ではマイルスによるサントラ盤の方が先に発売されていて、それを聴いて興味を持って、音楽がどう使われているのかと思って観に行ったというものだった。どっちも映画本編は全く面白くなかったような。

 

 

だから、映画自体も素晴しかったのは、ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』だけだ。これは最初どこかの名画座で観て、その後テレビ放映されたのも観た。ルイ・マル監督によるマイルス・ミュージックの使い方も効果的。その後はサントラ盤だけ聴いても、映画のシーンが脳裏に浮ぶようになった。

 

 

『死刑台のエレベーター』サントラ盤が録音されたのは1957年なんだけど、この時マイルスはファースト・クインテットを解散して渡仏していて、現地フランスのミュージシャン(と当時フランス在住のアメリカ人ドラマー、ケニー・クラーク)を起用しての録音だった。聴けば、腕利きジャズメンだと分る。

 

 

そして1957年録音の『死刑台のエレベーター』には、マイルスが翌年58年から導入するモード奏法の萌芽とも思える部分があって、大変に面白い。いくつかの曲で、マイルスが吹いている時に、しばらくコードが変らないまま続く部分がある。「ドライヴウェイのスリル」とか「モーテルのディナー」とかだ。

 

 

音源を聴直さず記憶だけで書くからあやふやだけど(サボってゴメンナサイ)、これらの曲でコードが変らない間、マイルスは自由に水平的な旋律を繰出している。こういうインプロヴィゼイションのやり方は、もう少し前から散見される。以前、マイルスは垂直的なコード分解のアドリブをあまりやらない人だと書いたことがあるね。

 

 

そういったモード奏法への接近として聴いても面白い『死刑台のエレベーター』だけど、そういうことを言わなくても、音楽的に非常に面白い、というか楽しめるアルバムだよね。映画自体は1950年代の古い映画だから、なかなか観るということにならず、十年ほどはサントラ盤ばかり聴いて、妄想していた。

 

 

大学生の頃は、毎週日曜日の午後には、自室で『死刑台のエレベーター』サントラ盤を聴くと決めていた。なんか日曜の昼下りにピッタリだと思っていた。そして聴きながら、まだ一つも観たことのないフィルム・ノワールの雰囲気を思い浮べていたのだった。妄想を逞しくするに十分な内容の音楽だったし。

 

 

特に好きだったのが「シャンゼリゼを歩むフロランス」とか「プティバックの酒場にて」とかいった、テナー・サックスのバルネ・ウィランがマイルスと絡みながら演奏を展開するナンバー。バルネ・ウィランの名前はこれで初めて知った。随分後になって、1970年代に『モシ』みたいなアルバムがあるのを知った。

 

 

バルネ・ウィランのそういう1960年代後半からのフリー・ジャズ〜ロック〜ワールド・ミュージック路線の作品を知り、今聴くとそういうものがなかなか面白いと思うけど、大学生の頃は、ただの普通のフランス人モダン・ジャズ・テナー・サックス奏者かと思っていたんだなあ。

 

 

それはともかく、「シャンゼリゼを歩むフロランス」や「プティバックの酒場にて」などでは、アメリカン・ジャズにはない一種独特の雰囲気で、1950年代のモダン・ジャズが同時代のフランスのフィルム・ノワールによく似合うのも納得だった。一度聴くと頭から離れない魅力のある演奏だよね。

 

 

『死刑台のエレベーター』では、アメリカ時代の昔馴染みケニー・クラークの、ブラシを使った熟練ドラミングに乗って、マイルスが快活なミュート・ソロを展開する「ドライヴウェイのスリル」とか「モーテルのディナー」といったアップ・テンポの曲も聴応えがあった。ピエール・ミシュロのベースもいい。

 

 

オリジナル・アルバムのラスト「モーテルの写真屋」では、スロー・テンポの気怠い雰囲気(そう、「気怠い」というのが、このアルバムを貫いている雰囲気だ、だから、昔の僕が日曜の昼下りにピッタリ合うと感じたんだろう)に乗って、マイルスが最初オープンで出て、その後すぐにハーマン・ミュートになる。

 

 

「モーテルの写真屋」は、このサントラ盤白眉の一曲だろう。こういったバラード風(厳密な意味での「バラード」ではない)のスローな曲で、ハーマン・ミュートで吹くプレイは、この1957年当時、まさにマイルスの自家薬籠中のものとでもいうべきものだった。映画本編でも、どんでん返しになる場面で実に効果的に使われていた。

 

 

これはもう今更繰返す必要もないはずだけど、今でもネット上の文章では散見されるので書いておくと、このサントラ盤の録音は、映画のラッシュ・フィルム(編集前の映画のポジ)を見ながら、マイルスとバンドが即興的に繰広げたものだという逸話が残っているが、これは今では完全に否定されているウソだ。

 

 

完全否定が証明される前の大学生の頃から、僕はこの都市伝説を疑っていた。というのも、サントラ盤を聴くと、一曲目の「テーマ」がアルバムの他の曲全てのモチーフになっていて、全てこれを基に創られていて、しかも曲によっては綿密に準備・アレンジされたようにしか思えないものがあったからだった。

 

 

どう聴いても、「ラッシュ・フィルムを見ながらの即興」とは思えなかったんだ。そうしたら、やはりその都市伝説を否定する言説が流れるようになり、やがて21世紀になると、リハーサルや未完成ヴァージョン等を全て収録した完全版CDが発売されたことで、その都市伝説が完全なるウソであることが証明された。

 

 

そもそもマイルスというジャズマン、一発勝負のアドリブに全てを懸けるというタイプの人ではない。ファースト・リーダー・アルバムが『クールの誕生』だったように、マイルスはあらかじめよく練られたアレンジ中心のバンド・サウンド重視型の音楽家だ。「出たとこ勝負のジャム・セッションみたいなものでは、ロクなものができないんだ」とも発言している。そろそろこの都市伝説は撲滅してほしいものだ。

 

 

とまあ『死刑台のエレベーター』についていろいろと書いたけど、これは大学生の頃の愛聴盤だったわけで、マイルスが創ったサントラ盤で今一番好きなのは、疑いなく『ジャック・ジョンスン』。電化マイルスの方が圧倒的に好みである僕は、マイルスによるサントラ盤では今ではこれしか聴きません。

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