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2016/01/02

大は小を兼ねる

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Glenn_miller_band

 

 








僕はモダン・ジャズのスモール・コンボより、戦前ジャズのビッグ・バンドの方が断然好きだという嗜好の持主。初期のニューオーリンズ・ジャズやディキシーランド・ジャズ以後の戦前ジャズは、ほぼ全員がビッグ・バンド所属経験がある。モダン・ジャズ時代でもある時期まではそうだ。

 

 

マイルス・デイヴィスだって、プロとしてのキャリアのスタートはビリー・エクスタイン楽団だ。録音は残っていないけどね。マイルスのアイドルにしてビバップの代表的ジャズマン、ディジー・ガレスピーはアール・ハインズ楽団出身、チャーリー・パーカーはカンザスのジェイ・マクシャン楽団出身だ。全員そうだった。

 

 

あのオーネット・コールマンだって、R&Bのビッグ・バンド出身だったんだぜ。もっともオーネットの場合は、最初からああいった吹き方だったらしいから、当然ながらビッグ・バンドでやっていけるわけもなく、すぐにクビになってしまったらしいけど。でもその頃まではみんなビッグ・バンド出身だった。

 

 

まあそれくらい、ビッグ・バンドはジャズやその関連音楽の王道だった。大学生の頃は、コンボ中心のモダン・ジャズもたくさん聴いたけど、それ以上に戦前のビッグ・バンド・ジャズをたくさん聴いた。昔はいろんなビッグ・バンドのLPが出ていたけど、CDでリイシューされているものは、その一部だ。

 

 

CDで全集的なリイシューがなされているのは、デューク・エリントン楽団とかカウント・ベイシー楽団とかの超有名どころで評価も高い人だけであって、超有名どころでも、評価が下がっているベニー・グッドマン楽団やグレン・ミラー楽団などは、ロクなCDリイシューがされていない。これはどういうこと?

 

 

もちろんエリントン楽団やベイシー楽団の戦前録音は、大好物中の大好物なので、それらがほぼ完全集な形でCDリイシューされているのは嬉しい限り。LP時代は入手が難しかったもんねえ。とはいえ、エリントンもベイシーも、1930年代コロンビア系録音が集大成されてないのは、けしからん。

 

 

黒人スウィングが大好きな僕だけど、スウィング・ジャズに関しては白人のビッグ・バンドも大好きだった僕。ベニー・グッドマン楽団だって、例の1938年カーネギー・ホール・コンサートは、完全版CD二枚組リイシューがあるけど、同じくらい好きな30年代のスタジオ録音は、全集が出ていないはず。

 

 

グレン・ミラー楽団にいたっては、有名曲だけ集めたベスト盤コンピレイションCDでお茶を濁している程度。アナログ時代は、全盛期スタジオ録音の数枚組LP全集が出ていたのを愛聴していたのに。ベニー・グッドマン楽団もグレン・ミラー楽団も、今は全集で聴きたいなどというファンが少ないんだろうね。

 

 

グレン・ミラーなんかと思われるかもしれないけど、あの1940年代ギル・エヴァンス時代のクロード・ソーンヒル楽団のお手本はグレン・ミラー楽団の「ムーンライト・セレナーデ」などの浮遊感にあって、その意味では間接的にではあるが、マイルスの『クールの誕生』にも影響を与えているんだよね。

 

 

戦前ビッグ・バンド・ジャズの魅力は、個人的には譜面化されたアレンジとアドリブ・ソロとのバランスだ。何度か書いているけど、インプロヴィゼイションが命のように言われるジャズだって、僕はよく練られたアレンジ中心のものの方が好きなんだなあ。あまりいいジャズ・リスナーじゃないのかも。

 

 

おまけに戦前のSP時代だと、約三分の時間制限があるから、一層個人のアドリブ・ソロの時間が短くなって、そのことがかえってビッグ・バンド・ジャズにおける、あらかじめ計算された部分と個人の閃きとのバランスがいい具合になっている。戦後の長時間録音でも、ビッグ・バンドではあまり変化していないけども。

 

 

「譜面化されたアレンジ」と書いたけど、カウント・ベイシー楽団の専属歌手だった時代があるビリー・ホリデイによれば、彼女が在籍していた1930年代のベイシー楽団は、譜面を使っていなかったという。ビッグ・バンドで譜面なしは、ちょっと信じがたい話だ。

 

 

そして、1930年代のベイシー楽団をじっくりと聴直すと、ひょっとしたらビリー・ホリデイの言うように、譜面なしだったかもしれないと思えてくる。戦後はいろんなアレンジャーを起用して複雑なアレンジも演奏したベイシー楽団も、初期は簡単なリフ中心だったし。

 

 

まあだいたいカンザス・シティのビッグ・バンドは、そういうシンプルなリフ中心のヘッド・アレンジでやっている楽団が多い。ベイシー楽団の前身ベニー・モーテン楽団もそうだったらしいし、ジェイ・マクシャン楽団だってそうだ。ブルーズ〜ブギウギ土台のリフの繰返しで盛上げていくダンス感覚が持味。

 

 

そういうカンザスのビッグ・バンドの特徴が、1940年代になって、いわゆるジャンプ系のビッグ・バンドを産み出す素地になったのも間違いないことだ。ベイシー楽団やジェイ・マクシャン楽団は、準ジャンプみたいな存在だけど、しかし個人的にはライオネル・ハンプトン楽団やラッキー・ミリンダー楽団などと区別しにくい。

 

 

ジャンプ系ビッグ・バンドの話になったけど、現在僕が一番よく聴く戦前〜戦中のビッグ・バンド・ジャズの中では、断然ジャンプ系のバンドが大好きで、本当に魅力的。ライオネル・ハンプトン楽団、ラッキー・ミリンダー楽団、アースキン・ホーキンズ楽団、サヴォイ・サルタンズなどなど。たまらないね。

 

 

中村とうようさんが編纂・解説してMCAジェムズ・シリーズの一つとしてリリースされた『ブラック・ビートの火薬庫』(http://www.amazon.co.jp/dp/B00005HKOH/)というアンソロジーが、そういう1940年代のジャンプ楽団ばかり集めていて、これがもう最高だった。今でもよく聴く愛聴盤なんだ。

 

 

そのアンソロジーには入っていないけど、1940年代後半のマーキュリー録音でのクーティー・ウィリアムズ楽団も最高だ。リイシュー専門レーベル仏Classicsから『1946-1949』という、同楽団の録音ばかり集めた一枚物が出ていて、これでたっぷり一時間以上聴ける。

 

 

この「ブリング・エム・ダウン・フロント」→ https://www.youtube.com/watch?v=0hjR82qlBJ4 「レット・エム・ロール」→ https://www.youtube.com/watch?v=TBzNGV9kSZ8 「マーセナリー・パパ」→ https://www.youtube.com/watch?v=c-H0WZOOuBI こういうのは、もう初期型ロックンロールだね。

 

 

実際、これらのクーティー・ウィリアムズ楽団のジャンプ・ナンバーのうち、どれか一曲・二曲、なにかの<ロックンロールの誕生>的なアンソロジーに入っていたことがあったように記憶している。言尽くされていることだけど、こういうジャンプ〜R&Bがロックンロールの初期形態なんだよね。

 

 

「大は小を兼ねる」と言うけれど、ジャズだって、ビッグ・バンドの中にはスモール・コンボがあるんだ、だからビッグ・バンドを聴けばスモール・コンボのサウンドだってそこにあるんだ、というとちょっと違うんだろうけどさ。

 

 

ビッグ・バンドは人数が多いわけだから、当然、スタジオ録音の際もライヴ・ツアーで移動の際もなかなか大変だし、そもそも経営・維持し続けていくのに相当な苦労があるようだ。実際、景気の悪かった頃は、ベイシー楽団みたいな名門ですら、戦後は1952年までコンボ編成で活動していたくらいだ。そういうマネイジメントの難しさもビッグ・バンドが衰退した理由の一つ。

 

 

長くて複雑なソロ・インプロヴィゼイションを聴かせるのが中心になったという音楽的理由もある。そういうわけなので、あれほどたくさんあったビッグ・バンドも、モダン・ジャズ時代にはその数が激減した。だからこそ、現在ニューヨークで、ビッグ・バンドを中心に活動する宮嶋みぎわさん(@MiggyMigwa)などを、非常に応援しているんだよね。

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