マイルス〜『オン・ザ・コーナー』ボックス再考
ちょっとワケがあって、マイルス・デイヴィスの『コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』六枚組を、全部じっくりと聴直したのだが、分っていたことを再確認すると同時に、いろいろと新たな発見もあって、大変に面白かった。六枚組かつ全部70分程度入っているから、なかなか全部は聴直す機会がない。
このボックスセット、こういうタイトルになっているけど、聴き所は『オン・ザ・コーナー』の未編集テイクとかではない。いや、もちろんそれも面白いんだけど、個人的に面白いと思うのは、1972年から75年までのスタジオ録音未発表作品だ。それが実に大量に入っているんだよね。
『オン・ザ・コーナー』の未編集テイク(1972年録音)では、菊地成孔が、このボックスを聴いて、やっぱり編集されまくりだということが分ったとどこかに書いていたことがあるけど、一体どこを聴いているのか?どう聴いても、作品化されたものは、殆ど編集されておらず、ほぼスタジオ・ライヴに近い。
『オン・ザ・コーナー』のほぼ全てが、スタジオ・ライヴに近かったというのは、このボックスを聴いていない人には、ちょっと信じられない話だろう。僕だって、2007年に出たそのボックスを聴くまでは、相当編集されているんだろうと長年信じ込んでいたもん。だから聴いた時はかなり驚きだった。
『オン・ザ・コーナー』からの未編集・未発表ヴァージョンで一番カッコイイのは、間違いなく「ワン・アンド・ワン(アンエディティッド・マスター)」だね。出だしのデイヴ・クリーマーのギターが最高だ。続くマイルスもカッコイイ。サックスが出てくると、ちょっとガッカリだけど。
この頃からのマイルスのライヴ盤、例えば1973年の『イン・コンサート』(未編集)を聴いて、バンドのサウンドが瞬間的かつ劇的に変化するから、きっと編集されているんだろうと思う人も多かったらしい。そういう人が、マイルスのライヴに足を運ぶと、眼前でその通りのことが起るので驚いたようだ。
というような話をイアン・カーのマイルス本で昔読んだ。でもイアン・カーは同じ本の中で、『アガルタ』『パンゲア』は未編集だけど、そのせいで冗長な部分がかなりあるから、テオが編集した方がよかった、聴き所はソニー・フォーチュンのサックスだと書いていて、こりゃアカンと思ったんだなあ。
まあそれはともかく、『オン・ザ・コーナー』ボックス。二枚目に未発表録音の「チーフタン」(1972年8月録音)があるけど、これ、73年から75年のライヴで盛んに演奏された「チューン・イン・5」じゃないの?全く同じ五拍子のリズムだし、その他のパターンもほぼ同じで、どう聴いてもそうだろう。
ただスタジオ録音の「チーフタン」の方は1972年8月録音だから、シタール(エレクトリック・シタールだけど、つまりギター型の)やタブラなどが入っていて、特にシタールがビヨ〜ンビヨ〜ンと大活躍で、リズム・パターンは全く同じでも、聴いた感じのサウンド・カラーは全く違ってはいるんだけどね。
他の曲もそうなんだけど、1973〜75年のライヴで演奏されていた曲の多くが、当時はスタジオ・ヴァージョンが未発表だった。そもそもスタジオ録音はないんじゃないかとすら思っていたファンが多かったもんなあ。『アガルタ』『パンゲア』でも、リリース当時の既発曲は「マイーシャ」「ライト・オフ」「イフェ」だけ。
同じ二枚目に入っている「U-ターンナラウンド」も、『アガルタ』などで聴ける「アガルタ・プレリュード」と全く同曲。これは、1998年に出た『パンサラッサ』に、ビル・ラズウェルがリミックスしたヴァージョンが、一部だけ収録されていたもの。だからその時に、スタジオ録音があるんだと判明していた。
ボックスの三枚目に入っている「ミスター・フォスター」。これも今聴き返すと「フォー・デイヴ」そのものじゃないか。「フォー・デイヴ」は、『アガルタ』『パンゲア』などでやっていて、この曲はスタジオ録音はないと思っていたけど、あったわけだ。つまり多くの場合、先行するスタジオ録音があった。
「フォー・デイヴ」のデイヴとは、もちろんデイヴ・リーブマンのことで、「ミスター・フォスター」でテナー・サックスを吹いているのがリーブマンだ。これ、1974年のライヴで初披露された曲。その頃はリーブマンがテナーで吹いていたが、75年はソニー・フォーチュンがフルートで吹いている。
むろん「フォー・デイヴ」になった「ミスター・フォスター」(1973年9月録音)は、まだそんなに魅力的なナンバーには聞えない。75年のライヴで化けているわけだ。そもそもスローなファンクで成功しているものは、誰によるものでもあまりないように思うんだけど、「フォー・デイヴ」は稀な成功例。
スローなファンクで大成功しているもので、あとは僕が今すぐパッと思い付くものは、ファンカデリックの『マゴット・ブレイン』タイトル曲とか、ディアンジェロの『ヴードゥー』とか、それくらいだなあ。昔、『ブルース&ソウル・レコード』誌が、ファンク名盤特集で『パンゲア』を載せていたことがあった。
その『パンゲア』をファンク名盤に挙げていたのも、おそらくはディスク1後半(アナログではB面)の「ジンバブウェ」と、ディスク2の「イフェ」〜「フォー・デイヴ」について、それらがスロー・ファンクとして成功しているという意味だったんじゃないかと思う。『アガルタ』よりもね、そっちがね。
『アガルタ』『パンゲア』など、1975年頃のライヴでは盛んに聴けるストップ・アンド・ゴーだけど、スタジオ録音でそれが聴けるのは、唯一このボックス五枚目の「ホワット・ゼイ・ドゥー」だけだ。74年11月録音。マイルスは殆ど吹いてないけど、リズム・パターンとギンギンのギターがカッコイイ。
「ホワット・ゼイ・ドゥー」でのそのギンギンのリード・ギターは、おそらくドミニク・ゴーモンだろう。彼もクレジットされている。ピート・コージーもギターでクレジットされてはいるけど、弾いていないはず。コージーが担当しているのは、チャカチャカ鳴っている金物だろう。
「ホワット・ゼイ・ドゥー」は、「TDKファンク」という曲名で短く編集された3ヴァージョンのラフ・ミックスが、ブート盤で聴けたものだった。このことははさすがにブックレットに記載されている。なぜ ”TDK” かというと、当時マイルスがTDKのTVCMに出演した際のBGMだったから。
その「ホワット・ゼイ・ドゥー」に続き、五枚目ラストに入っている、1975年5月録音の「ミニー」(隠遁前最後のスタジオ録音)は、トランペットとサックスがユニゾンでラインを吹き、その間の伴奏もかなりアレンジされている。一体誰がアレンジを書いているんだろう?ギルかなあ?相当にポップな曲調。
「ミニー」での軽快でポップな曲調は、1985年以後のマイルス・ミュージックを予言しているような感じで、大変面白い。75年隠遁前(しかも、この曲の録音は『アガルタ』『パンゲア』後だから、サックスはソニー・フォーチュンじゃなく、サム・モリスン)には、かなり珍しい曲調だね。
いろいろと未発表スタジオ録音では興味深いことが分るボックスだけど、これに収録されているもので、個人的に一番嬉しかったのは、1973年のシングル盤「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」の初公式CD化。何度か書いているけど、このシングル両面は、曲単位では最も好きなマイルスのスタジオ作品だ。
2007年にこのボックスに収録されるまでは、この「ビッグ・ファン」「ホーリー・ウード」二曲(シングル曲だから、どっちも三分程度)は、オリジナルのシングル盤を探して聴く以外は、ブートCDでしか聴けなかったものだ。僕も73年頃のスタジオ作品など収録したブート盤で愛聴していた。
しかも『オン・ザ・コーナー』ボックスには、(編集された結果の)その二曲の、編集前の元音源「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード(テイク3)」(約七分)が、三枚目に収録されていて、それは公式ではもちろんブートでも存在しなかったものだ。これが聴けたのは、相当嬉しかった。編集具合も良く分るものだ。
編集前の元音源では、デイヴ・リーブマンのサックス・ソロやピート・コージーのギター・ソロ、さらにそれらのバックでマイルスが弾くオルガンなども聞えるけど、それらはシングル曲になったものではばっさりカット。しかもその編集が大成功していて、改めてテオ・マセロの手腕の確かさを感じるものだ。
買って最初に聴いた時は、そのシングル盤二曲の初公式CD化と、その元音源が聴けたのと、『オン・ザ・コーナー』の未編集テイクで、充分な気分だったけど、改めて聴直すと、1972〜75年の未発表スタジオ作品群が相当に面白くて、新たな発見だった。昔は分らなかった当時のライヴ音源のスタジオ録音オリジナルが、たくさん聴けたしね。
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