自作自演がえらいわけではない
カヴァー曲をあまりやらず、ほぼ全面的に自分の書いたオリジナル・ナンバーばかり演奏したというのは、ジャズの世界では、おそらくデューク・エリントンが最大・最高の存在だろう。彼に大きな影響を与えたクラシックの世界では、作曲者と演奏者がほぼ完全に分離しているから、簡単には比較しにくい。
シンガー・ソングライター系のロックやポップスなどを中心に聴いている方々にはピンと来ないかもしれないけど、特にジャズの世界では、そういうエリントンみたいなのはかなりの少数派なのだ。僕がすぐにパッと思い付く限りでは、他にはチャールズ・ミンガスとジョー・ザヴィヌルくらいしかいない。
モダン・ジャズの世界で、最もユニークなオリジナル曲をたくさん書いたセロニアス・モンク。彼はもちろん自分の曲をたくさんやったわけだけど、スタンダード曲や、エリントン等先達のジャズ曲もたくさん録音している。モンクの場合は、どっちも面白い。
みなさんご存知だけど、ジャズだけではなく、ロックなど他の世界でも、かつては専門の作詞家・作曲家が書いた他人の曲を歌い演奏するという方が圧倒的に多かった。エルヴィス・プレスリーには、自分で書いたオリジナルなんか殆どない。エルヴィスは歌とギター専門で、昔はみんなそうだった。
クラシック音楽のことは分っていないので言わないことにして、ポピュラー・ミュージックの世界では、世界中のいろんなものの歴史全体を見渡してみたら、1920年代からのエリントンや、主に60年代からのビートルズにはじまる自作自演の音楽家の方が、むしろ珍しいような。
英米のロック系音楽で、そういう自作自演を一般的にしたのは、ひょっとしたらボブ・ディランだったんじゃないかといいう気がする。ビートルズだってストーンズだって、初期は結構他人の曲(主に米ブルーズやR&Bナンバー)をやっているからね。そしてビートルズは、ある時期にディランの影響を強く受けたようだ。
1971年の『つづれおり』の成功以後、すっかりシンガー・ソングライターの代表格の一人のようになったキャロル・キングだって、それ以前はほぼ専門のソングライターで、自分では歌わず、作詞家のジェリー・ゴフィンとタッグを組んで、多くの曲を様々な歌手に提供していた専業作曲家だった。
もちろん、キャロル・キングの『つづれおり』などを聴けば、自作曲を歌う歌手(シンガー・ソングライター)としてもチャーミングだということが分るし、世間の一般的な評価としてもその魅力が高く評価されているわけだけど、それでもそれ以前の専業作曲家時代の曲にも、凄くいいものが多いよね。
僕が一番好きなキャロル・キングの曲は、ザ・ドリフターズに提供した1962年の「アップ・オン・ザ・ルーフ」→ https://www.youtube.com/watch?v=puM1k-S86nE 完全なるR&Bナンバーだ。白人作曲作詞家コンビが書いた曲かと思うと、少しビックリ。リトル・エヴァが初演の(元々は別の歌手のために書いたものだけど)同じく62年の「ロコ・モーション」もいいよね。
しかしながら「アップ・オン・ザ・ルーフ」に関しては、僕は、歌手としてのキャロル・キングのデビュー・アルバムである1970年の『ライター』収録の自演ヴァージョンの方が好きだ。 歌詞の意味も沁みてきて、聴く度にいつも泣きそうになる。
ブラック・フィーリングを湛えたR&Bナンバーを、黒人歌手達に提供していた白人ソングライターというと、キャロル&ゴフィン・コンビ以外にも、リーバー&ストーラー・コンビとか、フェイムのダン・ペンとか、いろいろといるわけだけど、僕はキャロル・キングがいろんな意味で一番好きだ。
キャロル・キングは、シンガーにもなった『つづれおり』からの曲でも、例えば「ユーヴ・ガッタ・フレンド」が、黒人ソウル歌手ダニー・ハサウェイにカヴァーされているよね。『ライヴ』のヴァージョンは 『つづれおり』での作家自身のヴァージョンよりいいんじゃないかな。
「ユーヴ・ガッタ・フレンド」は無数の素晴しいカヴァー・ヴァージョンがあるけど、ジャクスン5から独立後のモータウン時代のマイケル・ジャクスンもカヴァーしていて、それもなかなかいいんだよなあ。チャーミングだよね。
ダニー・ハサウェイの(僕が考える)最高傑作である1972年の『ライヴ』。この中でダニーは、やっぱり白人ロック系シンガー・ソングライターのジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」もカヴァーしている(2004年には、未発表だったビートルズ・カヴァーの「イエスタデイ」も出た)し、黒人だけどマーヴィン・ゲイの「ワッツ・ゴーイング・オン」もやっているね。
1970年代のいわゆるニュー・ソウルの連中ってのは、言ってみればソウル界のシンガー・ソングライター的存在だったとも言えるわけだけど、その中によく含められるダニー・ハサウェイだけは、他人の曲をそうやってカヴァーしているものがある。マーヴィンやスティーヴィー・ワンダーカーティス・メイフィールドは自作曲ばかりやったけど。
1970年代のニュー・ソウルが黒人シンガー・ソングライターだったというのは、おそらく時代の産物でもあったんだろう。60年代からの白人ロック系音楽での自作自演傾向にも刺激されたはず。その後はソウル〜ブラック・ミュージック界でも、歌手が自分で曲を書いて歌うというのが一般的になっていく。
その頃から、英米日のポピュラー・ミュージックの世界では、自作自演が至極当り前というか、そうでないと「一流の」音楽家ではないみたいな感じになってしまったけど、ジャズの世界では、やはり他人の書いたスタンダード曲やジャズ曲なども、たくさん録音されているよね。日本の歌謡曲(含む演歌)もそう。
日本の歌謡曲や演歌の世界では、いまだに作詞作曲家は専業で、歌手も専業というのが一般的だよね。最近は自分で書く歌手も出てきてはいるけど、やっぱり分業が主流だ。演歌の世界にも大きな影響を与えた浪曲の世界では、自作自演歌手もいるけどね。三波春男のいわゆる歌謡浪曲なんかはそうだ。三波春男の一番有名な「俵星玄蕃」だって、彼のオリジナル曲。
僕がここ最近大好きでよく聴いているアラブ歌謡や古いトルコ歌謡の世界では、やはり作家と演者はほぼ完全に分業体制で、アラブ歌謡の歌手もトルコ古典歌謡の歌手も、多くは他人の専業作家の書いた曲を歌う。英トラッドの世界などもそうだね。
トラディショナルな音楽ではそれが当然で、ワールド・ミュージックの世界でも、新しいポップ・ミュージックでは自作自演が主流になっている。ある時期のアフロ・ポップの代表格であるマリのサリフ・ケイタも、セネガルのユッスー・ンドゥールも、21世紀になってのティナリウェンもそれ以外も、みんなそうだ。
これは、(時代に合わせて変りはするものの)伝統文化の継承という意味合いの強い音楽と、新しく時代の文化を創り出すという意味合いの強い同時代のポップ・ミュージックとの、「曲」というものに対する考え方の違いなんだろうね。どっちがいいとかではない。
ただ、英米日等のポピュラー・ミュージックの世界では、ある時期以後、自分で歌う曲は自分で書くという人の方が、なんかちょっと「えらい」というか、専業作家の曲しか歌わない歌謡曲歌手に対して、「自分で曲も書けないくせに」などと悪口を言ったりする人がいたりするのには、僕は強い違和感があるのも確かなことなのだ。
« アート・ペッパーはディスカヴァリー録音が最高 | トップページ | マイルス〜『オン・ザ・コーナー』ボックス再考 »
「音楽(その他)」カテゴリの記事
- とても楽しい曲があるけどアルバムとしてはイマイチみたいなことが多いから、むかしからぼくはよくプレイリストをつくっちゃう習慣がある。いいものだけ集めてまとめて聴こうってわけ(2023.07.11)
- その俳優や音楽家などの人間性清廉潔白を見たいんじゃなくて、芸能芸術の力や技を楽しみたいだけですから(2023.07.04)
- カタルーニャのアレグリア 〜 ジュディット・ネッデルマン(2023.06.26)
- 聴く人が曲を完成させる(2023.06.13)
- ダンス・ミュージックとしてのティナリウェン新作『Amatssou』(2023.06.12)
コメント
« アート・ペッパーはディスカヴァリー録音が最高 | トップページ | マイルス〜『オン・ザ・コーナー』ボックス再考 »
僕もキャルの曲の中では「アップ・オン・ザ・ルーフ」が一番好きです。特に好きなのはジェイムス・テイラーが歌ったヴァージョン。静かな祈りのような歌声に泣きそうになります。
歌謡曲なんかは分業の方が絶対いいと思うんですよね。R&Bなんかは今でもそれが主流だと思います。多様な曲を歌うから歌手の力量が試されるわけだし、自分の作る曲ばかり歌っている歌手というのは、結局手の届く範囲でしか歌っていないのというのか、例えばバカラックの曲って歌うのすごく難しそうですもんね。
歌手がアーティスト風吹かせてまず手を出すのは作詞ですけど、できもしないのに作曲にまで手を出すと坂道を転げ落ちるようにつまらなくなった例が多々あるように思います。
投稿: Astral | 2016/01/10 18:57
Astralさん、いつの間にやら自分で曲を書く人の方が、なんだかカッコイイみたいな風潮になっちゃって・・・。やっぱり餅は餅屋です。ところでキャロル・キングの「アップ・オン・ザ・ルーフ」って、どうしてあんなに泣けるんでしょう?
投稿: としま | 2016/01/10 19:11
たぶん「アップ・オン・ザ・ルーフ」って、世間的にはとりたてて「泣ける曲」と言われてないと思いますけど、聴いてると胸にこみ上げてくるものがありますよね。
同様にジム・ウェッブの「ウィチタ・ラインマン」も僕にはそういう曲です。歌詞はただの電線工事夫の歌なわけですが、オリジナルのグレン・キャンベルのも作者本人のも大好きです。この曲もジェイムスのヴァージョンが好きです。
両者ともメロディというか音階的なものにその理由がある気がします。賛美歌とか教会音楽の影響なのかわかりませんが、郷愁を誘うというか胸の内の奥深いところを刺激されるんですよ。
投稿: Astral | 2016/01/10 19:43
いやあ、「アップ・オン・ザ・ルーフ」が泣けるという、これは僕だけの印象なのかと思ってましたから、共感いただけて、嬉しい限り。
投稿: としま | 2016/01/10 20:06