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2016/02/16

ブギウギなデルタ・ブルーズ〜ルイーズ・ジョンスン

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サン・ハウスの「マイ・ブラック・ママ」(2ヴァージョン)が物凄くて、何度聴いてもそれにKOされる、Pヴァイン盤『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』。サン・ハウスの六曲、チャーリー・パットンの四曲、ウィリー・ブラウンの二曲と並び、異彩を放つのがルイーズ・ジョンスンだ。

 

 

名前から分る通り、ルイーズ・ジョンスンは女性でピアノ弾き語り。『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』には四曲入っているが、これが他の三人のブルーズマンのギター弾き語りによるデルタ・スタイルのカントリー・ブルーズとはちょっと違うというか、ややモダンなスタイルなのだ。

 

 

モダンというと、ちょっと語弊があるかもしれない。正確に言えば、ブギウギ・ピアノのスタイルなんだよね。ブギウギ・ピアノはご存知の通り都会のスタイルであって、田舎のミシシッピ・デルタ・ブルーズのセッションに、そういうピアノ・ブルーズをやっているのが、最初に聴いた時からやや意外だった。

 

 

特に「オン・ザ・ウォール」という曲(https://www.youtube.com/watch?v=Ur7Rro1Vda0)、これはどう聴いてもカウ・カウ・ダヴェンポートの「カウ・カウ・ブルーズ」(https://www.youtube.com/watch?v=-1G9eZcsS14)のパターンそのまんまだよねえ。「カウ・カウ・ブルーズ」は1928年の録音。

 

 

だからルイーズ・ジョンスンの「オン・ザ・ウォール」は、そのわずか二年後で、影響例としてはかなり早い。しかしこれ、よく考えたらそうでもないのかも。というのも「カウ・カウ・ブルーズ」で聴ける典型的ブギウギ・ピアノ・スタイルは、おそらくもっと早くから存在していたに違いないからだ。

 

 

カウ・カウ・ダヴェンポートも、そういう以前から存在して、ブルーズ・ピアニストの間ではポピュラーだったパターンを、1928年に「カウ・カウ・ブルーズ」のタイトルで録音・発売しただけだろう。だから別に彼がオリジネイターということでもないはずだ。古いブルーズなんてのはだいたいそうだ。

 

 

デルタのルイーズ・ジョンスンも、「カウ・カウ・ブルーズ」は聴いていただろうけど、そしてそこからの直接的な影響もあっただろうけど、それ以外にももっと前からこのパターンのブギウギ・ピアノを、レコードでではなく、酒場などでの生演奏で聴いていたんじゃないかなあ。そう考えるのが自然だ。

 

 

以前も書いたけれど、ブギウギ・ピアノの初録音が1928年の「カウ・カウ・ブルーズ」で、その後30年代になって、主にピアノで大流行することになるスタイルだけど、このピアノ・スタイルは、ラグライム・ピアノから派生する形で、もっと早くから存在していたはず。おそらく20世紀初頭からか、あるいはもっと前か。

 

 

それにしても、自由に持運びが可能で、どこででも弾き語りを披露できるギター・ブルーズと違って、ピアノは一箇所に据置きして演奏するしかない楽器だから、酒場など人が集る場所で披露するしかない。そういうピアノ・ブルーズが、1930年のカントリー・ブルーズのセッションに入っているとはねえ。

 

 

『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』というCDアルバムを何度聴いても、やはりルイーズ・ジョンスンのブギウギ・スタイルのピアノ・ブルーズ弾き語りだけが、ちょっと浮いているというか、ギターのイメージが強い古いデルタ・ブルーズ録音集にあるというのが、今聴き返すと面白いね。

 

 

ルイーズ・ジョンスンという女性がどういう人なのか、僕はよく知らない。CD解説の日暮泰文さんも、「オン・ザ・ウォール」が「カウ・カウ・ブルーズ」であること以外には、当時チャーリー・パットンのガールフレンドだったらしいということしか書いてない。背後で歌っている声がパットンらしい。

 

 

『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』は、1930年5月28日、ウィスコンシン州グラフトンで行われたパラマウントへのレコーディング・セッションを収録したもので、チャーリー・パットン、サン・ハウス、ウィリー・ブラウン、ルイーズ・ジョンスンは連れ立ってデルタから出てきたらしい。

 

 

しかし、いろんな情報が今では分っている他の三人に比べ、ルイーズ・ジョンスンのことは、ネットで調べてもあまり情報がない。僕が探した限りで一番詳しいのがこれ→ http://www.allmusic.com/artist/louise-johnson-mn0000311238/biography  たったこれだけしか分らない。全録音もこの時の四曲だけのようだ。

 

 

正直に言うと、ルイーズ・ジョンスンのピアノ弾き語り四曲は、『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』のなかでは、僕は長年看過というか無視していて、時には飛ばして聴くことすらあったもんなあ。デルタ・ブルーズならやはりギター弾き語りを聴きたかったし、それこそが最高と思っていた。

 

 

戦前のギター・ブルーズと戦前のピアノ・ブルーズとでは、僕は前者の方を先に好きになり、ピアノ自体はジャズでもメイン楽器だから、ジャズ・ピアニストが弾くブルーズは大好きだったけれど、古いブギウギ・ピアノとかは、以前も書いたように、レコードを一枚買って聴いたけど、そのまま放置していた。

 

 

僕がブギウギ・ピアノを聴くようになったのは、アルフレッド・ライオンが現場で聴いて大感激したというブギウギ・ピアニストも入っている例の『フロム・スピリチュアルズ・トゥ・スウィング』LP二枚組と、中村とうようさん編纂の『ブラック・ミュージックの伝統』LPセットからだったからなあ。

 

 

それらだって、ほんのちょっっとしたきっかけにしか過ぎず、本格的にいろんなブギウギ・ピアノをディグするようになったのはCDリイシューがはじまってからの話で、そうなってみるとある時期から面白くてたまらなくなって、しかも以前から大好きだったジャンプ・ミュージックの土台になっていたし。

 

 

だからまあその、遅すぎたのだ(恥)。だってジャンプ・ミュージックの大半はブギウギのパターンが完全なる母胎になっていて、実際ピアノがそのまんまなパターンを弾くものも多いし、ロックのビートだって、ルーツはブギウギだよねえ。それなのに、どうして古いブギウギ・ピアノをなかなか聴かなかったのだろう?

 

 

大学生の時から大好きなストライド・ピアノだってブギウギ・ピアノと関係があって、例えばカウント・ベイシーの弾くピアノは、両方の痕跡がはっきり聴き取れる。彼はストライド・スタイルから出発した人だけど、ジャンプ・バンドの先駆的存在で、すなわちブギウギをも自家薬籠中のものとしていた。

 

 

そういういろんなことが分ってくるのが、僕の場合、前々からジャンプ系音楽も大好きで聴きまくっていたにもかかわらずかなり遅くのことで、意識しなくても音で感じ取っていたのかもしれないけど、明確に自覚的に分ってくるのがCD時代になってからだった。あまりにも遅すぎて恥ずかしい限り。

 

 

そういうことになってくると、『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』に入っているルイーズ・ジョンスンの四曲も、かなり面白く聴けるようになってきて、それでも相変らずサン・ハウスの「マイ・ブラック・ママ」が凄いなあとは思うものの、以前のように飛ばして聴くことはなく、面白くなった。

 

 

僕みたいな偏狭な素人リスナーが思うほど、当時のデルタ・ブルーズは狭いものではなかったというか、いろんなスタイルの音楽が田舎のジューク・ジョイントなどでは演奏されていたんだろうね。録音されているものはごく一部で、しかもCDリイシューとなると、SPで発売された全録音総数のこれまた氷山の一角だからなあ。

 

 

だから『伝説のデルタ・ブルース・セッション 1930』に、ギター弾き語りの典型的なデルタ・ブルーズマンが収録されていると同時に、ブギウギというかバレレハウス・スタイルのピアノ弾き語りが四曲あっても、これは別に不思議なことでもなんでもなく、当時の現場での有り様そのままなんだろうね。

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