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2016/02/12

マイルス・バンドにおける鍵盤奏者とギター奏者

Miles

Billevansresize3

Reggieweb










マイルス・デイヴィスは、コードを鳴らせる楽器としては、ピアノやシンセサイザーなどの鍵盤楽器奏者を重用したミュージシャンで、キャリア全体から見たら、ギタリストにはそんなに重きを置いていなかったように思える。だから基本的にマイルス以外の鍵盤奏者がいない1973〜83年のバンドは例外的。

ただ、僕はその「例外」である1973〜75年のマイルス・ミュージックこそが、彼の生涯で一番好きだというファンだから、これをどう考えたらいいのか、長年考え込んできた。本格的には69年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』でジョン・マクラフリンを起用して以後は、いつもギタリストが参加している。

いつもと言っても、継続的にギタリストがレギュラー・バンドに常時在籍するようになるのは1972年以後。それ以前は、ジョン・マクラフリンをよく使ってはいたけど、彼はバンドのレギュラー・メンバーではないし、実際にライヴ録音では、69/70年の作品にギタリストは基本的には存在しない。

それに、マクラフリンが全面参加している最初の二作『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』には、鍵盤奏者が三人もいて、彼らが折重なって作り出す重厚で複層的なサウンドがメインだから、まだまだ鍵盤重視だね。1970年のスタジオでもライヴでも、大抵鍵盤奏者が二人以上いるもん。

つまり1969/70年の録音でマクラフリンがいるのは、スタジオだけのこと(71年にスタジオ録音はない)。例外的に『ライヴ・イーヴル』になった70年12月のライヴ録音にマクラフリンがいるけど、この時彼は飛入りで、レギュラー・メンバーだったキース・ジャレットによれば、彼は特別ゲストだった。

マイルスが自分の録音でギターを使ったのは、1967年12月のセッションでジョー・ベックを使ったのが初。その時二曲録音しているけど、それは79年まで未発表のままだった。しかしその後さほど継続してギタリストを使うことはなく、ジョージ・ベンスンを一回起用した以外は、69年2月のマクラフリンまで呼ばなかった。

ライヴではギタリストを使わず、スタジオ録音では使ったというのは、少し前に書いた、ライヴでは保守的/スタジオでは実験的という、いつものマイルスの姿勢とも一致する。すなわち、1969年のスタジオ録音からギタリストを本格的に起用するのは、時代の要請にマイルスが敏感だった証拠だ。

そして『オン・ザ・コーナー』その他になった1972年のセッション終了後、73年から75年の一時隠遁までは、スタジオ録音でもライヴ・ステージでも、マイルス自身が時々オルガンを弾く以外は、専門の鍵盤奏者をほぼ全く起用していない。すなわち73年以後は、ほぼ完全にギター・バンドになっている。

1974年に発表された『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に、数曲でマイルス以外の鍵盤奏者が参加しているのは、それは72年の録音だからだ。なお、このアルバムではマイルス自身もたくさんオルガンを弾いている。特に「レイティッド X」が過激で、マイルスのベスト鍵盤演奏だね。

その「レイティッド X」ではトランペットを全く吹かず、オルガンに専念している。昔これを聴いた誰か有名ミュージシャンが、マイルスはトランペットよりオルガンの方がいいとインタヴューで語っていたことがある。それはもちろん悪口だったんだけど、そう言いたくなるくらい、あのオルガンは凄い。

その他「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」でも「マイーシャ」でも「カリプソ・フレリモ」でも、印象的なオルガンをマイルスは弾いていて、この『ゲット・アップ・ウィズ・イット』というアルバムは、ある種オルガン奏者としてのマイルスを聴くべき側面もある作品だなあ。

1975年の『アガルタ』『パンゲア』でのオルガンも面白い。まあYAMAHA・コンボ・オルガンのチープな音だけどね。『アガルタ』のLPライナーに付いていた児山紀芳さんによるインタヴューでも、マイルス自身がそのオルガン演奏についていろいろと語っていた。音を聴くと、オルガンでキューを出しているのが分る。

そういう側面があったりはするけれど、取り敢ずの話はギターだ。1973〜75年のマイルス・ミュージックは基本的にギター音楽だったからね。彼が69年から本格的にギタリストを使い始めるのは、どう考えてもジミ・ヘンドリクスからの影響だとしか思えない。それには当時の恋人、後の妻のベティに触発された面もある。

いろんな証言から、マイルスにジミヘンをはじめ同時代のロックやファンクを聴くように勧めたのが、他ならぬそのベティだったことがはっきりしている。1968年のアルバム『キリマンジャロの娘』や70年のライヴ・アルバム『マイルス・アット・フィルモア』のジャケットにベティは映っているよね。

とはいえ、マイルスのアルバムでジミヘン的なギター・プレイが聴けるのは、1970年録音の『ジャック・ジョンスン』でのジョン・マクラフリンが初めてで、彼を初めて起用した『イン・ア・サイレント・ウェイ』のタイトル曲では、「ギターの弾き方が分らないといった風に弾け」と指示したらしいからなあ。

マクラフリンの回想によれば、その指示に面食らったけど、ちょっとそんな風に弾き始めたら、そうだその調子だとマイルスが言っているような表情に見えたから、そのまま弾いて、それであのタイトル曲でのギター初心者みたいな演奏ができあがった。それがあの曲の雰囲気を決定づけている。

次の『ビッチズ・ブルー』でのマクラフリンは、それに比べたら自由で荒々しい彼本来のギター・プレイにちょっとだけ戻っているけど、『ジャック・ジョンスン』での壮絶なギター演奏に痺れている身としては、あれもまだまだだ。ピーター・バラカンさんは、『ビッチズ・ブルー』の荒々しさが苦手らしいけどね。

そして、マイルス・バンドで一番ジミヘン的なギンギンのギター・プレイを聴かせているのは、以前も言ったように『アガルタ』『パンゲア』でのピート・コージー。あそこでは、もうこれ以上は無理というほど深く目一杯にファズをかけて弾きまくっていて、それが僕などにはたまらないんだなあ。

一時隠遁の後、1981年に復帰した直後も、マイルス・バンドはしばらくギター・バンドで、マイク・スターンやジョン・スコフィールドが活躍していた。それが終るのが84年から。シカゴ出身のロバート・アーヴィングIIIをシンセサイザーで起用して、その後はまた鍵盤楽器中心のサウンド作りに戻る。

1987年頃からは、レギュラー・バンドに再び同時に二人のキーボード(シンセサイザー)奏者を起用して、ライヴに臨むようになる。僕が87年と88年に東京で観たマイルスのライヴでも、アダム・ホルツマンとロバート・アーヴィングIIIの二人がいて、シンセで重厚なオーケストレイションを作り出していたもんなあ。

1973〜75年は、専門の鍵盤奏者がおらずギタリストが二人だった編成だったのが、87年以後はギタリストはフォーリー(リード・ベースだけど)一人で、鍵盤奏者が二人となったわけだ。89年に日本人のケイ赤城が在籍したことがあり、録音もあって発表もされている。彼が面白いことを言っていた。

ケイ赤城によれば、マイルスが求める鍵盤楽器のハーモニーは、いつも1958年にマイルス・バンドに在籍したビル・エヴァンスの弾くような和音だったということだった。ケイ赤城が在籍した89年頃には、ビル・エヴァンスの和音システムは、既にバークリー・メソッドで教えられてもいた。

そう言われたら、ビル・エヴァンス以後のマイルス・バンドのピアニスト、ハービー・ハンコックもチック・コリアも、基本的に和音の創り方はエヴァンス的だった。それはマイルスが指示したものなのか、あるいはその頃には既に一般的にエヴァンスの影響力がそれだけ強くなっていたということでもあったのか。

マイルス・バンドのレギュラー・メンバーとしては、1958年の数ヶ月しか在籍せず(バンド唯一の白人だったから、逆人種偏見に遭って、居心地が悪かったせいらしい)、59年の『カインド・オヴ・ブルー』録音に例外的に呼ばれたりはしたけど、ほんの少ししかマイルスと共演しなかったエヴァンスだけどね。

それでもマイルスは終生エヴァンス・ハーモニーの虜だった。1970年代中期のギター・バンド時代でも、コード弾き担当のレジー・ルーカスに、ハチャトゥリアンやラフマニノフ等を聴かせて、ハーモナイズの勉強をさせていた。彼らとラヴェル、ドビュッシー等は、エヴァンス・ハーモニーの主たる源。

つまりマイルスは、鍵盤奏者にはもちろん、ギタリストにもビル・エヴァンス的なハーモナイズ/オーケストレイションを要求したということで、エヴァンスの影響はそれほど強かった。1981年のカム・バック・バンドで「マイ・マンズ・ゴーン・ナウ」をやっていたのは、エヴァンス追悼(80年没)だったという説がある。

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コメント

こんばんは、お邪魔いたします。
凄い考察で、しりごみしています。
私、jazzフリークですが最近、クラシックに、入門しました。
特にドビュッシーとラベルから聞き始めています。
特にエバンスを意識しているのではないのですが、この話を聞くと、注意してみようかなと思いました。
またお邪魔いたします。

jamkenさん、しりごみなんて言わずにどんどんコメントしていただけると嬉しいです。僕はただのマイルス・オタクなだけなんで、それでマイルス関連はいろいろと掘下げているだけなんです。イモヅル式にどんどんといろんなものが繋がって面白いです。またちょくちょく来てください。

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