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2016/02/09

ジャズにおける多重録音

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マイルス・デイヴィスがスタジオ・アルバムでオーヴァー・ダビングを駆使して作品創りを行うようになったのは、一般的には、マーカス・ミラーがほぼ全部の楽器を多重録音してベーシック・トラックを作り、その上にマイルスがトランペットをかぶせた、1986年の『TUTU』からということになっている。

一般的にはそれで間違っていないんだろうけど、ことトランペットの音だけに関して言えば、もっと前からオーヴァー・ダビングしているものがある。例えば、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』収録の1972年録音「レッド・チャイナ・ブルーズ」。どう聴いても、トランペットはオーヴァー・ダビングだ。

僕の知る限りでは、マイルスでは、その1972年録音が、ベーシック・トラックだけ先に創ってその上にトランペットの音をオーヴァー・ダビングした、一番早い例だ。僕が気付いていないだけで、もっと前からあるかもしれない。マイルスは特に67年頃から、スタジオでは様々な実験をやっているし。

ジャズやジャズ系の音楽家が、オーヴァー・ダビングという手法を用いてスタジオ・アルバムを制作したのは、レニー・トリスターノの1955年作『鬼才トリスターノ』が一番最初だということになっていて、ネットでいろいろ調べてみても、全部そういう記述になっている。アルバム単位では、そうなんだろう。

しかし、アルバムということでなければ、その前年1954年録音のルイ・アームストロング『プレイズ・W・C・ハンディ』ラストの「アトランタ・ブルーズ」で、サッチモのヴォーカルに自身のトランペットをかぶせているのが、アルバム中この一曲だけだけど、僕の知っている範囲内では一番早いはずだ。

もっともそれ、リイシューCDでは、オーヴァー・ダビングした(はずの)トランペットの音が存在せず、サッチモのヴォーカルだけになっているから、元のLPレコードを入手して聴く以外に確認手段がないというのが、なんとも残念。僕も今はレコードを手放しているので、記憶だけで書いている。

だから証拠がないので、確認できない以上、強く言わない方がいいかも。間違っていないはずなんだけど、ひょっとして間違っていたらゴメンナサイ。後年取除けたということは、1954年録音にして、最初からそういう形でマスター・テープが保存されてたのか?

なんとも真相が分らないんだけど、それはともかくとして、サッチモのその『プレイズ・W・C・ハンディ』という1954年のアルバムは、戦後のサッチモの録音では個人的に一番好きなもので、昔はレコードを繰返し愛聴していた。ポップじゃないジャズ的な意味では、戦後一番優れた作品じゃないかなあ。

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(2016/2/12 追記)『ルイ・アームストロング・プレイズ・W・C・ハンディ』のリイシューCD。1997年リリースのものが<オリジナル・レコーディング>と銘打っているので、ひょっとしてと思い買って聴いてみたら、ラストの「アトランタ・ブルーズ」における、サッチモのヴォーカルとトランペットのオーヴァー・ダブ部 分が、ちゃんとオリジナル通りに再現されていました。忘れていましたが、普通の歌にスキャットをオーヴァー・ダブしている部分もありました。
https://www.youtube.com/watch?v=gsm_N0uvWQY
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また、レニー・トリスターノが多重録音を駆使して創った『鬼才トリスターノ』は、1955年当時はなかなか理解されず、評価されるようになったのは、随分後のことだったらしい。一般的にジャズでは、ビル・エヴァンスの1963年作『自己との対話』が、リアルタイムで評価された初の多重録音作品だ。

オーヴァー・ダビングという録音手法は、一般的には当然ながら磁気テープとマルチ・トラック・レコーダーを用いたレコーディングが始った1950年代以後に可能になったもので、それ以前のSP録音は、全てやり直しの利かない一発勝負で、多重録音なんてもちろんできない。大がかりな手段を用いれば、完全に不可能でもなかったらしく、少数の例があるけれど。

これはオーヴァー・ダビングということだけでなく、演奏しながら同時にカッティングしていくわけだから、演奏家はかなりの緊張を強いられたらしい。テープレコーダーの出現以後は、何度でもやり直しが利くし、現在では、場合によってはピッチすら修正できるから、音程の悪い歌手もなんとかなる(笑)。

ジャズなど戦前日本のSP音源が専門のぐらもくらぶ主宰の保利透さんが、以前ラジオでショコタンこと中川翔子と対談して、こういうSP時代の録音手法の話をした際、ショコタンは「ええ〜、ウソだ〜〜、信じられない、絶対無理無理!」と絶叫していた。自由にやり直しが利く時代には考えられないだろうね。

1950年代以後は、スタジオにこもってリハーサルを繰返しながら徐々に曲の形を仕上げていくとか、少しずつ録音を重ねながら、最終的な完成型に持って行くとか、そういうやり方が一般的になって、マイルスだって1968年の『ネフェルティティ』以後は、ほぼ全てのスタジオ・セッションが録音されている。

しかし、SP時代に録音した音楽家達は、やり直しの利かない一発勝負の録音の前に、おそらくかなり何度も練習を繰返し、本番では絶対にミスのないように注意の上に注意を払っていたはずだ。それでも場合によってはいくつものテイクが残っていたりするから、やはりなかなか難しかったんだろう。

例えば、チャーリー・パーカーのダイアル録音で有名な「フェイマス・アルト・ブレイク」。1946年3月録音で、当然SP時代だけど、これは「チュニジアの夜」の失敗テイクから、テーマ演奏が終った直後のブレイク部分のパーカーのアルト演奏部分だけを取りだしたものだ。演奏全体は破綻したもの。

だから、曲全体の演奏は残っていないというか破棄されたものだけど、そのブレイク部分のアルト演奏があまりに素晴しく、パーカー自身が「二度とやらないよ」と言って、実際にテイク5(マスター)やテイク4では違う演奏になっているため、ダイアルももったいないと思って、そこだけ発売したわけだ。

今なら、さしずめ、成功テイクのブレイク部分にだけ、そのパーカーの素晴しいアルト・ブレイク部分だけを差込むという作業だってできるところ。だけど1946年時点ではどうしようもなかったので、現在のような状態になっている次第。SP時代というのは、こういうものだった。

さて、ようやく最初のマイルスの話に戻るけど、1972年以後は、一時隠遁の75年まででも、ベーシック・トラックを先に録っておいて、後からトランペットの音だけかぶせたものが、今聴くと結構あるように思う。特にそれが多いと僕が判断しているのが74年発売の『ゲット・アップ・ウィズ・イット』だ。

『ゲット・アップ・ウィズ・イット』の中の1972年録音「レッド・チャイナ・ブルーズ」がそうだろうというのは最初に書いたけど、これ以外にも、一枚目B面一曲目の74年録音「マイーシャ」と、二枚目A面の「カリプソ・フレリモ」は、どう聴いてもトランペットだけオーヴァー・ダビングしている。

あるいは一枚目A面のエリントン追悼曲「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」もそうかもしれない。これら三曲では、マイルスはオルガンも演奏しているけど、オルガンの方はおそらくバンドとの同時演奏だったはずだ。完成品を聴いてそう感じるという僕のヤマカンと、今はブートCDでセッション音源が流出している。

「マイーシャ」のセッション音源は僕は聴いたことがないんだけど、「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」と「カリプソ・フレリモ」に関しては、それぞれその曲だけの繰返しのテイク録音の様子を収録した一枚物ブートCDがある。それを聴くと、やはりベーシック・トラックではオルガンだけ。

「マイーシャ」は『ゲット・アップ・ウィズ・イット』収録の完成品しか聴いていないけど、オルガンはリズム・セクションとの息がピッタリ合っているのに対して、トランペットの方は、ほんのちょっとだけタイミングがズレていると聞える部分がある。特にリズムがパッと止って再開する瞬間への入り方がそうなのだ。

ビートルズの「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」(『ホワイト・アルバム』)の最終部もそうなんだけど、リズムが止ったブレイク部分で、再開するタイミングに完全にピッタリ合わせて、後から音を重ねるというのは、かなり難しいはず。ビートルズのそれだって、ジョンが歌い終った後一瞬間が空くもんね。

そう思って聴くと、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』では、二枚目B面の1974年録音「エムトゥーメ」も、続く72年録音の「ビリー・プレストン」も、トランペットの音だけ後からオーヴァー・ダビングしているかもしれない。これらはセッション音源などの証拠はないので、完全なる僕のヤマカンだけ。

ジャズやジャズ系の音楽は、一回性の再現不能なアドリブ勝負だと、一般的にはそう思われているし、ジャズ・ファンはほぼ全員それこそが魅力だと考えているはず。ジャズマンだって、『ススト』の菊地雅章みたいに、複雑な音楽でも一発録りしかしないという人もいる。でもねえ、僕の考えはちょっとだけ違うんだなあ。

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