ドルフィーはパーカー直系の守旧派だ
ジャズの世界で普通のクラリネットならともかく、バス・クラリネットという楽器を、サックス奏者の持替え楽器として一般的なものにしたのが、エリック・ドルフィーであることは間違いないんだろう。ジャズの世界でドルフィー以前にバス・クラリネットを吹いている人って、エリントン楽団のハリー・カーニー以外にいるんだろうか?
ドルフィーは、ジャズの世界では殆ど使われていなかったバス・クラリネットを、どうして取上げて吹いてみようと思ったんだろうなあ。普通のクラリネットなら、ジャズ誕生当初から専門奏者も多いし、サックス奏者の持替え楽器としても、ジャズ初期からビバップまでは花形楽器だったんだけど。
ドルフィーがバス・クラリネットを吹くようになったのほぼ同じ頃、ジョン・コルトレーンが、それまで吹く人が少なかったソプラノ・サックスを使うようになって、表現の幅を広げた(とはいえ、僕がコルトレーンのソプラノはあまり評価していないことは、以前書いた)のと、似たような動機だったのかも。
ドルフィーのバス・クラリネット演奏で僕が一番最初に好きになったのは、ライヴ盤『イン・ヨーロッパ』収録の「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」だった。 お聴きになれば分る通り、ドルフィーの無伴奏バスクラ独奏。これで惚れちゃったんだよね。
「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」は、ビリー・ホリデイが書き、1941年にオーケーに吹込んだのが初演の曲。ビリー・ホリデイのオリジナル・ナンバーというのは多くないけど、これが一番有名かも。ドルフィーだけでなく、実に様々なカヴァーがあるけど、僕は貼ったドルフィーのが一番好きだ。
話が逸れるけど、「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」のカヴァーで、ドルフィーのバスクラ独奏の次に好きなのが、意外に思われるかもしれないが、キース・ジャレットの1983年スタンダーズ第一作のラストに入っているもの。
このキース・ジャレット・トリオの「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」、8ビートだし、キースの弾くピアノのフレーズにはゴスペル風なアーシーさも感じられて、なかなか気に入っているんだよね。1970年頃のマイルス・デイヴィス・バンドで聴けるエレピでのファンキーさに通じるものがある。
キース・ジャレットのスタンダーズ、1987年の三作目『スタンダーズ・ライヴ』(邦題『星影のステラ』)までは、まあまあ悪くないと思っている。その後の乱発されるアルバム群には、どうにも付いていけないというか、どこがいいのかよく分らないものばかりだけどね。
話を戻してドルフィーのバス・クラリネット。いろんなアルバムでたくさん聴けるけど、彼が吹くアルト・サックスやフルートも全部含めて、フレイジングなどは全部同じだ。以前ドルフィーは、前衛的なジャズマンではなく、チャーリー・パーカーをデフォルメしたビバップ系の守旧派だと書いたよね。
アルトもフルートもバスクラも、ドルフィーは全然フリーでもなんでもない(ましてや無調なんかでは全然ない)し、モーダルですらなく、普通のコード分解に基づくインプロヴィゼイション手法を採っていて、やはりビバップ系統のジャズマンなのだ。しばしばフリーキーな音色を出すので、それで誤解されているだけ。
バス・クラリネットに関しては、ジャズ界では多分ドルフィーが普及させた楽器で、その後多くのサックス奏者が持替えで吹くようになった。僕が一番最初に聴いたバスクラは、マイルス・デイヴィス『ビッチズ・ブルー』におけるベニー・モウピン。おどろおどろしい感じで、最初はあまり好きじゃなかった。
ベニー・モウピンのバス・クラリネットに関しては、一番好きなのが、ハービー・ハンコック1973年のファンク・アルバム『ヘッド・ハンターズ』ラストの「ヴェイン・メルター」。 熱帯に咲く花の如く夜に妖しく光るような雰囲気でたまらないよね。
この「ヴェイン・メルター」でのソロこそ、バックのサウンドとも相俟って、ベニー・モウピン生涯最高のバス・クラリネット演奏に間違いない。『ヘッド・ハンターズ』というアルバムでは、A面の「カメレオン」や、続く「ウォーターメロン・マン」のファンクな再演ヴァージョンより、断然これが好きなのだ。
またドルフィーから話が逸れた。個人的には彼のリーダー作品より、チャールズ・ミンガスのバンドで吹いている時の演奏の方が好きで、特に『チャールズ・ミンガス・プリゼンツ・チャールズ・ミンガス』B面での演奏が、ドルフィーの全ての演奏のなかで一番好き。「ワット・ラヴ」なんか最高じゃないか。
「ワット・ラヴ」でも、ドルフィーはバス・クラリネットを吹く。そのバス・クラリネット・ソロの後半、ミンガスのベースとのデュオによる対話形式の部分など昔から大好きで、<政治的なミンガス>などと言われるA面より、断然こっちの方がいいだろう。
ミンガスがエリントンやマイルス同様、サイドメンの持味を十二分以上に引出して活かせる人だったというのも一因だけど、『プリゼンツ・チャールズ・ミンガス』以外にも、ミンガス・バンドでのドルフィーはホントいいね。そしてドルフィーのリーダー作で僕が一番好きなのは、1962年リリースの『ファー・クライ』だ。
『ファー・クライ』は、一般にはドルフィーの代表作とは見做されていないみたいだ。ブルーノートの『アウト・トゥ・ランチ』やライヴ盤の『アット・ザ・ファイヴ・スポット』などが最高傑作とされている。異論はないんだけど、個人的な好みだけでいうと、また違うことになってくるんだなあ。
乾いた硬質な感触がイマイチ好きではない『アウト・トゥ・ランチ』や、ブッカー・リトルやエド・ブラックウェルなどとの熱い掛合いが見事だけど、ちょっと暑苦しい感じもする『アット・ザ・ファイヴ・スポット』とかより、僕は『ファー・クライ』のリラックスした演奏ぶりが気に入っている。少数派だろうか?
『ファー・クライ』には、マル・ウォルドロンの曲で、ジャッキー・マクリーンのアルトで有名すぎるほど有名な「レフト・アローン」がある。マクリーンが吹くヴァージョンは、あれでモダン・ジャズのステレオタイプなイメージが普及していると言われるほどのものだけど、僕はドルフィー・ヴァージョンの方が好き。
ドルフィーは「レフト・アローン」を、アルトではなくフルートで吹いていて、それがいい感じなんだよなあ。ドルフィーのフルートというと『ラスト・デイト』の「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」が有名だけど、あれは現地のジャズメンを起用した急造リズム・セクションが、イマイチな感じ。
そこいくと、『ファー・クライ』の「レフト・アローン」は、ジャッキー・バイアード+ロン・カーター+ロイ・ヘインズという名手三人のリズム・セクションによる味のある伴奏。ロン・カーターだけはこの録音当時(1960年12月)まだ新人だったけど、既にしっかりしたサポートぶりで好感が持てる。
そして「レフト・アローン」に続く「テンダリー」が、ドルフィーによる無伴奏アルト・ソロで、これが絶品なんだよね。私見では、ドルフィーの残した全録音のなかで、この「テンダリー」がベスト・パフォーマンスだ。無伴奏サックス・ソロで成功しているものって少ないけど、これは例外的名演。
「レフト・アローン」も「テンダリー」も『ファー・クライ』のB面だけど、A面はほぼ全面的にチャーリー・パーカーへのトリビュート・サイドのような構成になっていて、期せずしてドルフィーの拠って来たる演奏スタイルの起源を示すことになっているのもいいね。やはりドルフィーはパーカー直系。だからミンガスが重用したんだよね。
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