ウィントン・ケリー時代のマイルス・ライヴ
アクースティック・ジャズ時代のマイルス・デイヴィスのライヴ音源では、1960年代中頃のハービー+ロン+トニーがいた頃のものはもちろん凄いと思うんだけど、60年代初頭のウィントン・ケリーがピアノを弾いていた頃のが、僕は案外一番好きだったりするんだよなあ。
これはリズム・セクションがというんじゃなく、多分ウィントン・ケリーのピアノが大好きだということなのかもしれないなあ。ベースとドラムスは1958年から変っていない(ポール・チェンバース、ジミー・コブ)し、サックスに至っては、個人的にはあまり高く評価していないハンク・モブリーだし。
ウィントン・ケリーは、マイルス・バンドでの演奏を聴く前から、彼のリーダー・アルバムを聴いて好きになっていたピアニストだった。今ではもう彼のアルバムは一枚もCDでは持っておらず、全く聴き返さない人なんだけど、LPではかなり買っていた。好きなアルバムがいろいろあった。
特になんだっけなあ、「枯葉」をピアノ・トリオでやっているのがあって、この曲はキャノンボール・アダレイ名義のマイルスの『サムシン・エルス』収録のが至高のヴァージョンだと思い、最初からこれで知って惚れちゃった曲だけど、ピアノ・トリオのでは、ビル・エヴァンスとかのより断然好きだった。
ウィントン・ケリーの「枯葉」が入っていたのは『フル・ヴュー』だったっけなあ?もう持ってないから確認するにはネットで調べるしかないけど、それも面倒だ。大学生の時、学園祭のジャズ研のライヴに松山在住のプロのピアニストが客演して、ウィントン・ケリーそっくりにこれを弾くのを聴いたっけ。
そんな具合で大好きなピアニストだったから、これまた大好きなマイルス・デイヴィスのバンドで演奏しているものがあることを知った時は、かなり嬉しかった。ウィントン・ケリーがマイルスの録音に初参加したのは、1959年3月録音の「フレディ・フリーローダー」(『カインド・オヴ・ブルー』)。
ビル・エヴァンスの後任としてマイルス・バンドのレギュラーになったのが、その二ヶ月ほど前の1959年初頭のこと。エヴァンスが辞めた直後は、ちょっとだけレッド・ガーランドが弾いていた時期があるけれど。ケリー加入後も、ご存知の通り『カインド・オヴ・ブルー』では、エヴァンスが呼ばれている。
『カインド・オヴ・ブルー』の録音では、ピアノを弾いているのは、さっき書いた「フレディ・フリーローダー」を除き、全部ビル・エヴァンスだけど、ウィントン・ケリーもスタジオには呼ばれていた。だから、自分が正式なレギュラー・メンバーなのに、どうしてエヴァンスが座っているんだろうと思ったらしい。
ビル・エヴァンスの和音の使い方とモード奏法へのアプローチを非常に高く買っていたマイルスだけど、アップ・テンポのスウィンギーな曲やファンキーにやりたいブルーズ曲ではやや不満があったらしいから、『カインド・オヴ・ブルー』でも、スウィンギーなブルーズ曲の「フレディ・フリーローダー」でケリーを起用しているのは、理解しやすい。
ビル・エヴァンスの1977年録音(リリースは死後)の名盤『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』現行CDには、ボーナス・トラックとして「フレディー・フリーローダー」が入っているのだが、それを聴くと、マイルスがオリジナルでエヴァンスを使わなかったのは大正解だったとしか思えないもんね。
ウィントン・ケリーは、これ以前にマイルスが使っていたレッド・ガーランドや、それ以前にセッションで一度使ったことのあるレイ・ブライアント同等、ブルーズで非常に旨味を発揮するピアニストだ。これをみんな黒人ピアニストなんだから当然だろうと思ってはいけない。そういうもんじゃないんだよね。
『カインド・オヴ・ブルー』では、もう一曲「オール・ブルーズ」もブルーズ曲だけど、ここではビル・エヴァンスだ。ブルーズといっても、この曲は「フレディ・フリーローダー」みたいなファンキーなフィーリングを持った曲ではないから、エヴァンスでよかったんだろう。ケリーだとちょっと違う感じだ。
そして、僕は実を言うと『カインド・オヴ・ブルー』というアルバムでは、代表曲の「ソー・ワット」でも人気の高い「ブルー・イン・グリーン」でもなく、「フレディ・フリーローダー」が一番好きなのだ。一番手で登場するウィントン・ケリーのソロがなんといってもいいし、マイルスのソロも完璧だ。
その後、コルトレーン、キャノンボールの順番で出るサックス・ソロもいい。特に、モード曲では若干理解が足りないというか窮屈そうに聞えなくもないキャノンボールが、ブルーズは大得意だから、そのアルト・ソロは水を得た魚の如く、実に活き活きと輝いているよね。あの曲が一番出来がいいと思う。
その後、ポール・チェンバースのベース・ソロになっていると思うんだが、「思うんだが」というのは、これ、録音に失敗しているんじゃないかと思う。あるいはミキシングの際のミスなのか、ベースの音が前面に出ていない。このことだけが『カインド・オヴ・ブルー』の玉に瑕なんだなあ。
『カインド・オヴ・ブルー』では一曲しか弾かせてもらえなかったウィントン・ケリーも、その後のスタジオ・アルバム(『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』の一枚しかないけど)や、数枚あるライヴ・アルバムでは、もちろん全面的に任されて大活躍していて、僕はこの時期のアルバムが大好き。
例えば、ギル・エヴァンス編曲・指揮のビッグ・バンドと一緒にやった『アット・カーネギー・ホール』などは、マイルスとギルのコラボ・アルバムでは一番好きだというファンだっているくらいだ。それはおそらくギルと組んだ部分ではなく、レギュラー・コンボの演奏部分を指して言っているのだと思う。
特に一曲目「ソー・ワット」は、イントロをビッグ・バンドが演奏するものの(荘厳な雰囲気のイントロは、『カインド・オヴ・ブルー』ヴァージョンと同一だが、実はそのスタジオ録音のもギルが書いたものなのだ)、その後は全面的にコンボだけの演奏になり、そのコンボ演奏でのケリーのソロが最高だ。
普段はイモにしか聞えないハンク・モブリー(ファンの方々、ゴメンナサイ!)も、なぜかこの1961年5月のカーネギーの「ソー・ワット」では、なかなかいいテナーを吹くし、凄まじくスウィングするウィントン・ケリーといい、このヴァージョンの「ソー・ワット」は本当にいいね。一番好きかも。
「ソー・ワット」も、これの二年後にハービー+ロン+トニーの黄金のリズム・セクションが加入して以後の一連のライヴでは、録音のあるなしに関わらず、ほぼ常に演奏されていて、録音が残っているものだけでも、相当に凄いことになっている。一般的にはそっちの方が評価は高いわけだ。
特に『フォー&モア』での「ソー・ワット」は、トニーの鬼のようなドラミングのおかげもあって、一番凄いヴァージョンだとの定評があるけど、僕はどっちかというと、ウィントン・ケリーが弾くカーネギー・ヴァージョンのスウィング感の方が好き。『フォー&モア』のは、スウィング感というのとはちょっと違う気がする。
「ウォーキン」だって、やっぱり『フォー&モア』のをはじめ、その他1960年代半ばのライヴ録音が評価が高いけど、個人的にはこの曲も「ソー・ワット」も、テンポが速くなりすぎているように思うんだ。「ウォーキン」は、61年4月ブラックホークでのライヴ録音が一番好きだ。もちろんピアノはウィントン・ケリー。
そのブラックホークでのライヴ盤二枚『イン・パーソン:フライデイ(&サタデイ)・ナイト・アット・ブラックホーク』が、アクースティック時代のマイルスのライヴ・アルバムでは、個人的に一番好きなものなのだ。意外に思われるかもしれないけど、それくらいこの時期のウィントン・ケリーが好きなのだ。
特に『フライデイ』の方に入っている「ウォーキン」は、ブルーズ曲だけあって、もちろんウィントン・ケリーが最高にスウィンギーでファンキーだし、ハンク・モブリーだってかなりいい。御大マイルスのソロも見事だ。マイルスのライヴ録音では一番好きな「ウォーキン」だね。
『サタデイ』の方のスパニッシュ・ナンバー「ネオ」でも、「テオ」という曲名だったスタジオ・ヴァージョン(『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』)では、コルトレーンがソロを吹き、全く吹かせてもらえなかったハンク・モブリーがなかなか健闘しているしね。トレーンとは比較できないけどさ。
まあでも、このウィントン・ケリー在籍時のマイルス・コンボのライヴ録音で一番好きなのは、まだコルトレーンが在籍していた時代の、1960年欧州公演でのものなのだ。コルトレーン脱退前夜のものだ。コルトレーンのソロがやや長すぎる気はするけど、ケリーもスウィングしているし、マイルスもいいんだよね。
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