69年マイルスの核はロスト・クインテット
1969年のマイルス・デイヴィス+ウェイン・ショーター+チック・コリア+デイヴ・ホランド+ジャック・ディジョネットによるコンボを「ロスト・クインテット」と呼び始めたのはいつ頃からなんだろう?海外でも ”Lost Quintet” と呼ばれていて、僕が参加している英語による海外のマイルス系メーリング・リストでも使われている言葉。
この1969年のバンドがなぜロスト・クインテットと呼ばれているかというと、活発にライヴ活動を行っていたにも関わらず、当時は公式発表された音源がライヴでもスタジオでもただの一つも存在しなかったからだ。この編成のバンドは68年末頃に誕生していたようだが、68年のライヴ録音はブートでも全く存在しない。
あまり知られていないけどこのロスト・クインテットは、1969年初頭に来日公演が予定されポスターまで刷られていた。僕はそのポスターの写真を見たことがあるのだが、ドラマーはなぜかトニー・ウィリアムズになっている。もし実現していたら、黄金のクインテット(テナーはサム・リヴァースだけど)による64年の初来日に続く、二回目のマイルス来日公演となるはずだった。どうして中止になったのだろう?
僕が最初にロスト・クインテットの音源を聴いたのは、1969/10/27のローマでのライヴで、『ダブル・イメージ』という二枚組LPだった。今ではCDになっているブートだけど、最初はLPで出ていた。何年頃買ったのかスッカリ忘れてしまったけど、おそらく80年代、それも松山で買ったものだったはず。
しばらくはその『ダブル・イメージ』しかなかった、というかそもそもこのLP二枚組はマイルス・ブートとしては最初期のものだったらしく、他にあったのかどうか僕も知らない。一般にマイルスのブート音源が盛んに出始めるのは彼が死んだ1991年以後で、CD時代になってからのこと。
そして1993年にはロスト・クインテット初の公式盤『1969 マイルス』というライヴCDが日本でだけ発売されて、それと相前後して、ブートでもロスト・クインテットのライヴ音源がたくさん出るようになった。
もっともその後も公式盤では『1969 マイルス』しかロスト・クインテットの音源は存在せず、しかもさっきも書いたようにこれは日本でだけ出たもので(とはいえ、海外の熱心なファンは日本からの輸入盤で聴いていたようだ)、海外でこの音源が公式発売されたのは2013年の四枚組が初だった。
その『1969 マイルス』を含む2013年の『マイルス・デイヴィス・クインテット・ライヴ・イン・ユーロップ 1969』が、今でもロスト・クインテット唯一の公式盤音源。そして、69年にはたくさんのライヴを行っているから、ブート盤ではかなりの音源が存在する。
ロスト・クインテットのライヴ音源で一番いいとマニアの間で意見が一致しているのが、1969/11/5のストックホルム公演。長らく『スウェディッシュ・デヴィル』という二枚組ブートでお馴染みのものだ。最近では『ザ・ロスト・フリート』というタイトルでもリマスターと銘打って発売されている。
前述の公式盤『マイルス・デイヴィス・クインテット・ライヴ・イン・ユーロップ 1969』には、その1969/11/5ストックホルム公演からファースト・セットだけが収録されている。これは本当に理解できなかった。セカンド・セットも凄いのになぜ同時収録しないんだ?
こういうことだからレガシーのマイルス関係の発掘音源はダメだと言われる。他に例を挙げていたら本当に枚挙に暇がないくらいだ。せっかくロスト・クインテット・ライヴの最高傑作を公式に世に出すチャンスだったのにファースト・セットしか収録しないとかなあ。セカンド・セットの方がむしろ凄いぞ。
だから個人的にセカンド・セットから最初の二曲だけYouTubeに上げた。
一曲目「ディレクションズ」https://www.youtube.com/watch?v=jI02ZaZWfL4
二曲目「ビッチズ・ブルー」 https://www.youtube.com/watch?v=RlaNqkEUMEw
サックスとドラムスがとんでもないことになっているよね。
自分では数えたことがないからロスト・クインテットのブート盤ライヴ音源が何枚くらいあるのか分らないけど、相当に多いことは確か。中山康樹さんの『マイルスを聴け!』で数えれば数が分るだろうけれどね。僕が持っているだけでもおそらく20枚近くあるんじゃないかなあ。なかには音質のひどいものもあるが。
今ではファースト・セットだけ公式化された1969/11/5ストックホルム公演だって、最初に出たブートCDはそりゃ音のひどいものだった。もう売払ってタイトルも忘れたけれど、中山さんのマイルス本の第何版かでも、録音状態が最悪だけど内容は最高だから買えと書いてあったくらいだった。
その最初のブート盤、確か九州の業者で、支払方法が銀行振込みしかなく(まあ渋谷マザーズなども通販では今でもそうだけど)、欲しいタイトルを先方に伝える方法もやや面倒くさかったし、届くのに時間が掛った記憶がある。聴いてみたらなにをやっているのか殆ど分らないようなものだった。中山さんはあれでよく「内容は最高」とか判断できたもんだなあ。
しばらくすると、同じものが名古屋のサイバーシーカーズから『スウェディッシュ・デヴィル』として出て、欧州でのFM放送音源をそのまま直接のソースにしていたから、音質的には問題なくなっていた。モノラル録音だけど。しかしながらラジオ放送というだけあって、最初と最後にアナウンサーの喋りが入っていたのが残念。
切るのは簡単なんだから、その最初と最後のアナウンサーの喋りはカットしてライヴ音源だけ収録してくれたら良かったのにと思いながらそれだけ飛ばして長年聴いていたら、今度は同日音源を渋谷マザーズで『ザ・ロスト・フリート』として売るようになり、音質的には違う気はしないけど最初と最後の喋りはカットされていた。
というわけで、何の不満もない状態で1969/11/5のストックホルム公演を聴けるようになった。その他音質も良く音楽的内容も充実しているロスト・クインテットのブート盤はかなり多い。というか問題は音質だけで、69年のマイルス・ライヴはどれも内容的には素晴しいというのが正しい。
ロスト・クインテットの五人そのままの形ではライヴ音源しか存在しないけど、このバンドはスタジオ録音でもコアになっている。1969年8月録音の『ビッチズ・ブルー』はこのロスト・クインテットを中心に参加メンバーを拡充したものだ。五人全員参加していて演奏の重要な中心になっている。
エレピだって多くの曲でチック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、ラリー・ヤングの三人が同時参加しているけど、キューを出しているのはいつもチックだ。そもそも『ビッチズ・ブルー』に収録されている多くの曲が、それ以前からロスト・クインテットのライヴで演奏されてきたものだったからね。
1969年2月録音の『イン・ア・サイレント・ウェイ』だって中心はロスト・クインテットでドラムスがトニー・ウィリアムズになっているだけ。この時期マイルスのレギュラー・バンドのドラマー既にジャック・ディジョネットに交代していたのに、この時の録音でだけなぜトニーを使ったんだろうなあ?
『イン・ア・サイレント・ウェイ』を聴くと、やはり鍵盤奏者が三人(チック・コリア、ハービー・ハンコック、ジョー・ザヴィヌル)いるんだけど、まだチックが『ビッチズ・ブルー』で聴けるほどには主導権を握っていない感じがする。ギターのジョン・マクラフリンもマイルスの指示通りかなりおとなしい。
ピーター・バラカンさんが言うには(彼はどっちもリアルタイムで買って聴いた世代)、『イン・ア・サイレント・ウェイ』が大好きで、それでマイルス・ファンになったけど、同じようなメンバーがメインの『ビッチズ・ブルー』の方は荒々しい感じがして、好きじゃなかったらしい。バラカンさんは暴力的だったりセクシュアルだったりするものが生理的にダメらしいから。でもそれじゃあブラック・ミュージックはねえ。
古いジャズ・ファンの間では『ビッチズ・ブルー』は評価が高いけれど、『イン・ア・サイレント・ウェイ』はそこへ至る過渡期という位置付けでイマイチ評価が高くない。これは油井正一さんがそういう言い方をしている影響も大きいんだろうと思っている。『ジャズの歴史物語』でもそう書いているもんね。
昔から『イン・ア・サイレント・ウェイ』の方がいいというファンはバラカンさんみたいに一定数存在していたけど、多くはジャズ・プロパーなリスナーではなく、一般のジャズ・ファンがこれを評価し始めたのは1990年代以後。その核は『ビッチズ・ブルー』同様ロスト・クインテットだったわけだ。
でもそういうスタジオ録音では、ロスト・クインテットの真の姿というか実力は分りにくい。やっぱり1969年のライヴ音源を聴いてもらわなくちゃ。そういうライヴを収録したブート音源が多く流通し始めたのも90年代以後だから、このバンドの真価が分るようになったのは一般的にはやはりその頃からだ。
もっともライヴ音源を聴いてほしいと言っても、公式盤が『マイルス・デイヴィス・クインテット・ライヴ・イン・ユーロップ 1969』四枚組しかないし、かといって一般のファンにブートを買ってくれとも言えないし、ちょっと困っちゃうんだよなあ。せめて日本のファンの方々は一枚物の『1969 マイルス』を買ってほしい。
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