セレナーデな「A列車」〜グレン・ミラー再評価
デューク・エリントン・ナンバーのなかで世間的にはおそらく一番の代表曲で有名曲であろう「A列車で行こう」(書いたのはビリー・ストレイホーンだけど)。ロックしか聴かない人だって、ローリング・ストーンズの1982年のライヴ盤『スティル・ライフ』のオープニングに使われているので、それで聴いているはず。
その「A列車で行こう」をあのグレン・ミラー楽団が録音しているものがある。これが面白いのでちょっと聴いてみてほしい。 これは1941年録音だからエリントン楽団のオリジナル録音と同年だ。元々は快活でスウィンギーなナンバーだけどね。
なんというか、グレン・ミラー楽団お得意のいわゆる一連の「セレナーデ」(英語だと正しくは「セレネイド」だけど、「レッド・ツェッペリン」と同じくそれだとなんとなく雰囲気が出ない気がするので)物と同じようなフワフワと浮遊するような感じのアレンジになっているよねえ。だから「A列車」という曲が本来持っているフィーリングは完全に消し飛んでいるけれど、これはこれでなかなか面白いんじゃないかなあ。
グレン・ミラー楽団は、リーダーの死後(といっても、乗った飛行機が消息不明になったのであって、死体も見つからずいつ亡くなったのかは判然としていないんだけど、1944年ということになっている)も、楽団名はそのままに続いていて、それは他の名門ビッグ・バンドと同じ。「A列車」も何度も再演しているみたいだけど。
カウント・ベイシー楽団でもデューク・エリントン楽団でも、リーダー死後のその手の存続には僕は1ミリたりとも興味はなく、だから1944年以後のグレン・ミラー楽団も同じ。音源も全く持っていない。でもYouTubeで探すと、「A列車」の再演ヴァージョンがいくつも上がっていて、快活なものもある。
しかし先ほど貼った1941年ヴァージョンみたいな面白さはないなあ。快活にスウィングする「A列車」なら、本家本元のエリントン楽団をはじめいろんなジャズマンがやっていて、その方が楽しい。やはりムーディーでセクシーなグレン・ミラー独自のサウンドでの「A列車」が魅力的だ。
以前も一度触れたように、1940年代のグレン・ミラー楽団なんか聴くようなファンはいまどきかなり減っているんだろうから、いくら面白いと言って音源を貼ってもねえ。僕は大学生の頃からのグレン・ミラー・サウンドの大ファンだけど。「イン・ザ・ムード」みたいな快活なダンス・チューンもいい。
「イン・ザ・ムード」や「チャタヌーガ・チュー・チュー」や「タキシード・ジャンクション」(アースキン・ホーキンス楽団の曲なのは、随分後になってから知って聴いた)とかのポップでスウィンギーなダンス・チューンは楽しい。けれど、その手のものならもっとスウィングするバンドがあるからね。
快活なスウィング感だけを言うなら、やはりカウント・ベイシー楽団など黒人スウィング・バンドには到底敵わないだろう。1930年代後半からアメリカ全土で大人気だったのは、白人ビッグ・バンドのベニー・グッドマン楽団やグレン・ミラー楽団だけど、現在の音楽的評価はかなり下がっている。
今の僕の耳に面白いと思えるグレン・ミラー楽団は、やはり一連の「なんちゃらセレナーデ」「ムーンライトなんちゃら」物に代表される、ムーディーでフワフワと漂うかのようなスロー・ナンバーだなあ。いろいろたくさんあってどれも面白い。当時は間違いなくそういうものでチークなどを踊ったんだね。
ちょっと貼っておこう。
「ムーンライト・セレナーデ」 https://www.youtube.com/watch?v=G8zDQAOLVtM
「セレナーデ・イン・ブルー」 https://www.youtube.com/watch?v=R0tbGIGNxYM
「ムーンライト・カクテル」 https://www.youtube.com/watch?v=MPF38fYkBjc
このうち「セレナーデ・イン・ブルー」という曲名は、間違いなくジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」のもじりだ。グレン・ミラー楽団はその「ラプソディー・イン・ブルー」も録音している。 1942年録音でもちろん三分。
ジョージ・ガーシュウィンが「ラプソディー・イン・ブルー」を書いたのは1924年だけど、ピアニストだった当時のガーシュウィン本人に管弦楽のアレンジを書く能力はなく、オーケストラ用のアレンジ譜面を書いたのはファーディー・グローフェで、ポール・ホワイトマン楽団が同年に初演した。
ポール・ホワイトマン楽団は、まあジャズ・バンドとも言いにくいようなスウィートなダンス・バンドで、しかしこの楽団をちゃんと知らないとアメリカのビッグ・バンド史を知ることにはならないので、僕もそれなりに聴いてはいるんだけど、サウンドそのものはあんまり面白くもないなあ。
それはともかくグレン・ミラー楽団のスローでセクシーな浮遊感漂うサウンド。これこそ今考えると同楽団最大の魅力だったんだろう。「ムーンライト・セレナーデ」は同楽団のトレード・マークになって、だから最初に言及したエリントンの「A列車」も、その路線でアレンジしたんだろうなあ。
スタンダード曲なども似たようなアレンジでたくさんやっていて、僕の大好きな「星に願いを」とか「イマジネイション」とか「ダニー・ボーイ」とか「ナイチンゲール・サング・イン・バークリー・スクウェア」とか、なにもかもこの種の<セレナーデ>風グレン・ミラー・サウンドでやっている。なかなか魅力的。
そんな大甘なもの、2016年の今聴いてもしょうがないだろうと思われるかもしれないが、以前ちょっとだけ触れたように、この種の浮遊感のあるスロー・ナンバーは、同時期から直後の1941〜48年の間クロード・ソーンヒル楽団の主席アレンジャーだったギル・エヴァンスがお手本にしたものなんだよね。
ギルは1912年生まれ。グレン・ミラー楽団の1940年代全盛期をリアルタイムで聴いていた世代だ。その独自のムーディーなグレン・ミラー・サウンドを、ギル独自の発想でフレンチ・ホルンやチューバなどといった、それまでジャズ・バンドでは滅多に使われない楽器を用いて再現しようとした。
例えば、クロード・ソーンヒル楽団時代のギルの代表曲である「スノーフォール」などはどうだろうか→ https://www.youtube.com/watch?v=M6K2STbSa_Q あるいはみなさんご存知のセバスチャン・イラディエールの名曲「ラ・パローマ」→ https://www.youtube.com/watch?v=S45GYDfp6-w
「ラ・パローマ」なんか、イラディエールの原曲の持つハバネーラ風に跳ねるリズムの面白さは完全に無くなっているのはお聴きになれば分る通りなんだけど、それでもこういったブラス群による浮遊感のあるサウンドと、その合間を縫ってふわふわと漂うクロード・ソーンヒルのピアノという、なんか面白いじゃない。
以前力説したように(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-e744.html)、こういうギル・アレンジ時代のクロード・ソーンヒル楽団は、ハービー・ハンコックの名作『スピーク・ライク・ア・チャイルド』の源泉だし、まあそれは僕しか言っていないんだけど、こっちはみなさん言っている通り、マイルス・デイヴィスのあの九重奏団の源泉になった。
1948年にロイヤル・ルーストに出演し、また翌49/50年にキャピトルに録音して、その九重奏団を世に発表したマイルス。彼やその他数人がニューヨークのギルのアパートに集って、新しい実験的なサウンドのアイデアを練っていた時にお手本にしたのが、クロード・ソーンヒル楽団のサウンドだった。
このことは非常に有名だから、マイルスやギルに興味をお持ちの方ならみなさんご存知の周知の事実。レコード・アルバムになった『クールの誕生』でも、ギルのアレンジした「ムーン・ドリームズ」なんか、本当にソーンヒル楽団そのまんまだもんなあ。
ということはですよ、熱心なマイルス・ファンにすらあまり人気のない『クールの誕生』だけど、そのルーツがクロード・ソーンヒル楽団で、そのクロード・ソーンヒル楽団のお手本がグレン・ミラー楽団だったとなると、これはマイルスの初リーダー・アルバムの元の元を辿ると、それはグレン・ミラー・サウンドだよ。
こんな具合にグレン・ミラー・サウンドを21世紀に再評価しようなんていう意見は、僕は全く見掛けないし、実際1940年代グレン・ミラー楽団全盛期の録音は、ロクなCDリイシューがないという評価の低さだ。しかしちょっと聴直してみたらどうだろう?ブラック・ミュージック・ファンにはルイ・ジョーダン・ヴァージョンで有名な「G.I. ジャイヴ」も1944年に録音(空軍バンド時代)していたりするしねえ。
しかしそのためには、まずグレン・ミラー生存時の楽団の全録音をちゃんとした形でCDリイシューしてもらわなくちゃね。だいたい全部ブルーバードだから、なんとかホント頼みますよRCAさん。
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