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2016/03/03

ルイ・ジョーダンのジャイヴ風味

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僕には楽しいジャズに聞えるルイ・ジョーダンは、一般的はジャンプ・ミュージシャンということになっているけど、ジャイヴな感覚もかなりあるよねえ。彼のヴォーカルもアルト・サックスもそうだ。そんなことを書いてある文章があるのかどうか知らないけれど、間違いないように思う。

 

 

中村とうようさん編纂のMCAジェムズ・シリーズの一つ『ルイ・ジョーダン 1939〜1951』という一枚物があるけれど、あれには同シリーズの他のCDに収録されている二曲はダブりを防ぐために入っていないのが難点で、だからあれを引っ張り出すのは、とうようさんの解説を読みたい時だけだ。

 

 

そのダブりを防ぐために入っていない二曲とは、「カルドニア」(『ブラック・ミュージックの歴史』収録)と「ラン・ジョー」(『ブラック・ビートの火薬庫』収録)で、どっちも大好きな曲だから困っちゃうんだよなあ。この二曲があのアンソロジーに入ってさえいれば、もうそれだけを聴くのになあ。

 

 

だから僕のMacのiTunesでのプレイリストでは、あのとうようさん編纂の一枚物アンソロジーに、その二曲を追加してあって、Macで聴く時はそれを流しているんだよなあ。でもそれはCDR一枚には入らない長さだから、焼いては聴けない。CDで聴く時はいつも二枚組の『レット・ザ・グッド・タイムズ・ロール:ジ・アンソロジー 1938-1953』。ベア・ファミリーの九枚組なんてものは、普段はなかなか聴けない。

 

 

さて、ルイ・ジョーダンのヴォーカルにキャブ・キャロウェイ的なジャイヴ風味を感じる僕。キャブの楽団だって、以前書いたように僕は大学生の頃から、エリントン楽団と並べて同じような黒人スウィングだと思って愛聴していた。エリントン楽団がツアーで不在の時は、キャブの楽団がコットン・クラブに出演していたしね。

 

 

だから1930年代当時、エリントンもキャブも同じような種類のジャズとして扱われていたわけで、これがシリアスなジャズと芸能色の強いジャイヴとして分離してしまうのは、もっと後年のことだ。30年代に僕が生きていたわけじゃないが、昔も今も僕は同じように両者を区別せずに聴いている。

 

 

そしてキャブの楽団のようなビッグ・バンドでのジャイヴ・ミュージックと、同様にビッグ・バンドでやっていたジャンプ・ミュージックの両方をゴッタ混ぜにして、そのままコンボ編成に転化したようなのがルイ・ジョーダンの音楽だ。彼が後の黒人音楽に大影響を与えたのは、両方の要素があったからだろう。

 

 

ブギウギ・ベースのジャンプ方面からのルイ・ジョーダン評価はもう語り尽くされているだろうから、僕なんかがいまさら言うことなんかなんにもないはず。問題はジャイヴ方面からのルイの評価だ。コミカルな持味とはよく言われるけど、本格的にこれに触れてある文章は、まだ少ないんじゃないかなあ。

 

 

歌い方だってルイ・ジョーダンのものは、それまでの一般的なジャズ歌手やあるいはブルーズ寄りのジャンプ系歌手のものとは、だいぶ違う。この点においては、ルイがジャンプ歌手と言われるのに、僕はやや違和感があったりする。むしろ、さっき書いたようにキャブなどジャイヴ系歌手に近い資質だ。

 

 

例えば以前も一度書いたような気がするけど、上でも触れた「カルドニア」。あれで喋るように歌い出したかと思うと、途中で突然「きゃるど〜にゃ!きゃるど〜にゃ!」と珍妙な声でシャウトしたりするのなんかは、キャブによく似ているじゃないか。

 

 

 

声質はスムースだけど歌い廻しのフレイジングは独特で、そういうスムースな声質でジャイヴ風に歌うといえば、僕は1940年代初期のナット・キング・コールに近いものを感じることがある。この時期、特にキャピトルよりデッカ録音のナット・キング・コールも、ジャイヴに分類されることがあるしね。

 

 

もちろんルイ・ジョーダンの音楽にはブギウギ・ベースのブルーズ・ナンバーが多く、軽快にジャンプするリズムだ。だけど、1950年代のリズム&ブルーズや直後のロックンロールには、そういうブギウギ・ベースのリズムが多いとはいえ、ヴォーカリストの歌い方にはコミカルなものがかなりあるよね。

 

 

ジャズ系音楽でのそういうコミカルな持味のヴォーカルの系譜を辿ると、同じルイであるルイ・アームストロングに行着くように僕は思うんだよねえ。以前も書いたけど、1920年代のサッチモの歌にはかなりジャイヴな味がある。こういうことを書いてある文章には全く出会わないけど、間違いない。

 

 

サッチモにジャンプな味は全くないけど、ジャイヴな味は強くあって、ひょっとしたらキャブ・キャロウェイの歌い方なんかもその辺から影響を受けていたのかもしれないよ。ということは、孫世代くらいになるのかもしれないけど、ルイ・ジョーダンのジャイヴな歌い方は、あるいはサッチモ系統なのかも。

 

 

音による証拠が全くないわけじゃない。ルイ・ジョーダンの「ライフ・イズ・ソー・ペキュリアー」という1950年録音には、なんとサッチモ本人がゲスト参加していて、トランペットはもちろんヴォーカルでルイ・ジョーダンと共演して、二人とも楽しくジャイヴな味で掛合いを披露しているんだよね。

 

 

 

こういうのを聴くと、やはりルイ・ジョーダンのコミカルな歌い方のルーツはサッチモだったんじゃないかと思う。二人の共演で録音が残っているのはその一曲だけだけど、これで僕には充分だ。共演音源がなくても、1925〜28年頃のサッチモの歌い方が、巡り巡ってルイ・ジョーダンに行着いているのは確かだ。

 

 

ルイ・ジョーダンのユーモア感覚はヴォーカルだけじゃなく、アルト・サックスにもかなりあると感じる。ああいうサックスの吹き方は、彼以前のジャズ・サックス奏者にはあまりない。音色だってジョニー・ホッジズみたいに湿って重たい感じではなく、むしろ後年の白人サックス奏者さえ想起させる軽くてソフトなものだ。

 

 

ルイ・ジョーダンが後年のポピュラー音楽界に絶大な影響を持ったのは、そのソングライティングとコンボ編成でのジャンプなリズムだろうと思うし、僕は初めて聴いたルイの曲は、B.B. キングがやる「レット・ザ・グッド・タイムズ・ロール」だったりして、ジャイヴな味はあまり継承されていない。

 

 

ルイ・ジョーダンのジャイヴな味を継承していると僕が感じるのは、チャック・ベリーの日常生活に根ざしたソングライティングと歌い方と、あとは時々コミカルになることがあるソニー・ロリンズのサックス(ロリンズ幼少時代のアイドルがルイ・ジョーダンだったことは以前も書いた)くらいじゃないかなあ。

 

 

1940年代のルイ・ジョーダンは黒人最大のヒットメイカーで、マイケル・ジャクスンがスーパー・スターになるまでは、黒人では最も売れた存在だったかもしれない。もう少し生きていれば、80年の映画『ブルース・ブラザース』に出演したキャブ・キャロウェイみたいな仕事があったんじゃないかと思うんだよね。

 

 

そんなに売れまくったというのは、コンボ編成での分りやすいジャンプ・ミュージックだったということだけでは説明しにくいような気がしてしまう。やはりコミカルなというかユーモラスなというか、ジャイヴ感覚を強く兼ね備えたジャンプ系ポップ・ミュージックだということを考慮に入れないといけないんじゃないかなあ。

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