セクシーな「蜘蛛と蠅」
ローリング・ストーンズのやったブルーズ曲で今一番好きになっているのは「ザ・スパイダー・アンド・ザ・フライ」だ。もっともこの曲の初演である1965年ヴァージョン(米盤『アウト・オヴ・アワ・ヘッズ』)で好きになったのではなく、95年の再演である『ストリップト』収録ヴァージョンで好きになった。
1965年ヴァージョン→ https://www.youtube.com/watch?v=qP-iGC8pPEw
1995年ヴァージョン→ https://www.youtube.com/watch?v=FDedLtT5sno
後者の『ストリップト』収録ヴァージョンは、見て分る通りスタジオ・ライヴだ。
1965年は主にエレキ・ギター、95年はアクースティック・ギターが中心になっているのが最大の違い。そもそも『ストリップト』というアルバムは、タイトルで連想できるようにMTVアンプラグド的な企画アルバムで、ストーンズ自身の過去曲をアクースティック・アレンジで聴かせるものが中心になっている。
僕の耳には1995年アクースティック・ヴァージョンの方がやや色っぽいように聞えるんだよね。元々男女関係の隠喩みたいな曲名と歌詞だし、サウンドもセクシーだし、曲調も米カントリー・ブルーズ風だし、それらを95年ヴァージョンの方がよりよく表現できている気がする。65年ヴァージョンも悪くないけどね。
アクースティック・ギターでやった方がカントリー・ブルーズのフィーリングが出やすいし、キース・リチャーズがミック・ジャガーのヴォーカルのオブリで弾くフレーズもセクシーだし、ギター・ソロ(それもキース)もいい。チャック・レヴェルの弾くフェンダー・ローズも柔らかくていいよね。ベースも大好きなダリル・ジョーンズだし。
1965年ヴァージョンでもジャック・ニッチェが鍵盤を弾いているらしいんだけど、ちょっと聞えないなあ。チャーリー・ワッツのドラミングも95年ヴァージョンではブラシを使っていて僕好み。全体的に95年ヴァージョンの方がレイド・バックした感じになっているのがセクシーな感じをよく表現しているね。
ミックの吹くブルーズ・ハープだけは1965年ヴァージョンの方がいいようは思う。ミックってブルーズ・ハープ上手いよね。専門のブルーズ・ハーピストではないけれど、この時代のUKロック・ヴォーカリストは、大抵全員ブルーズ・ハープもやる。その印象の強くないロバート・プラントだってそう。
「ザ・スパイダー・アンド・ザ・フライ」は、1965年のスタジオ録音の後、66年頃のライヴでも演奏されたらしい。アルバムなどには収録されていないというか60年代にはストーンズのライヴ・アルバムはない。66年の『ガット・ライヴ・イフ・ユー・ウォント・イット』は疑似ライヴだし。
ストーンズ初のちゃんとしたライヴ・アルバムは1970年の『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!』。そこにもたくさんブルーズ曲がある。ロバート・ジョンスンのカヴァー一曲、チャック・ベリーのカヴァー二曲、自作の「ストレイ・キャット・ブルーズ」「ミッドナイト・ランブラー」。
長年ストーンズがやったブルーズで一番好きだったのが、そこでもやっている「ラヴ・イン・ヴェイン」で、エリック・クラプトンが2004年のロバート・ジョンスン集でやっているのなんかより、比較にならないほど断然いいよね。クラプトンのは忠実なカヴァーだけどストーンズのはバラード風。
クラプトンがオリジナル通りの形でないと表現できなかったのに対し、ストーンズのはロバート・ジョンスンの原曲にあるバラード・フィーリングを自己流に見事に独自解釈していて、はるかに原曲の持つ感触を現代に活かしていると思える。クラプトンだって「ラヴ・イン・ヴェイン」じゃないけど、クリーム時代はそうしていたんだけどなあ。
『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!』は、個人的好みだけなら今でも一番好きなストーンズの公式ライヴ・アルバムだ。いや、数年前に公式配信オンリーでリリースされた『ブリュッセル・アフェア』があるから、その次ということになるかなあ。あれは元々ブートで出回っていたものだけど。
公式盤『ブリュッセル・アフェア』は、今ではCDでもリリースされているけれど、それはどうやら二枚組になっているらしい。でも配信で買った同一音源は丸ごと全部CDR一枚に収る長さなんだけど、公式CDではどうして二枚に分けたんだろう?これの「ミッドナイト・ランブラー」も最高なんだよね。
『ブリュッセル・アフェア』収録の「無情の世界」は、長年この曲の最高のヴァージョンと信じられてきて僕もそう信じていた『ラヴ・ユー・ライヴ』収録ヴァージョンを上回る出来だと思う。ミック・テイラーのソロには聴惚れる。途中でプツっと突然テナー・サックス・ソロにスイッチするのだけが残念。
『ブリュッセル・アフェア』には、ミック・テイラーが最初スライドで最後は指弾きでソロを弾く極上の「ラヴ・イン・ヴェイン』が入っていない。ミック・テイラーのそういうプレイが聴ける「ラヴ・イン・ヴェイン」の公式音源は、DVD『レディース・アンド・ジェントルマン』のものだけなのだ。
だから僕はいつもストーンズの有名定番ブートCD『ナスティ・ミュージック』で「ラヴ・イン・ヴェイン」を楽しんでいる。そういう1973年頃のライヴでの「ラヴ・イン・ヴェイン」こそ、ストーンズのやったブルーズ演奏では最高のものに間違いないと信じていた。これが公式化すると嬉しいんだけどねえ。
ストーンズのライヴでのブルーズは、1977年の『ラヴ・ユー・ライヴ』二枚目A面のいわゆるエル・モカンボ・サイドも最高だよね。1977年トロントのエル・モカンボ・クラブでの収録。マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフやチャック・ベリーなど、シティ・ブルーズのカヴァーばかり四曲。
元々1960年代前半のストーンズはそんなのばっかりやっていたバンドで、最初の三枚なんか完全にそうだ。60年代半ばからオリジナル曲も増え、サイケ路線をやったり68年頃から米南部路線にドップリハマったりしているけれど、ブルーズ曲への傾倒は現在に至るまで全く変らず続いているものだ。
1970年の『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!』や1977年の『ラヴ・ユー・ライヴ』エル・モカンボ・サイドや90年のライヴ・アルバム『フラッシュポイント』でクラプトンがソロを弾く「リトル・レッド・ルースター」もその一環に過ぎない。そしてそれらが95年『ストリップト』に繋がる。
『ストリップト』には「ザ・スパイダー・アンド・フライ」だけではなく「ラヴ・イン・ヴェイン」も何度目だか再演し、またこれはストーンズは初めてやったはずのハウリン・ウルフの「リトル・ベイビー」(書いたのはウィリー・ディクスン)もある。「ザ・スパイダー・アンド・ザ・フライ」がいいというのは前半で述べた通り。
『ストリップト』の「ラヴ・イン・ヴェイン」も「リトル・ベイビー」もなかなかいいよ。前者ではロニーが普通のアクースティック・ギターを膝の上に寝かせて上からスライド・バーで弦を押えてソロを弾く。ミックのブルーズ・ハープもいい。後者は普通のシカゴ・ブルーズ・スタイルでやっているから、昔取った杵柄みたいなもんだ。
『ストリップト』というアルバムが、元々その「リトル・ベイビー」とボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」の二曲を除けば、全部1960〜70年代初期の過去レパートリーのアクースティック・アレンジでの再演が主眼のものだったから僕は大好きで、昔も今もよく聴くんだよね。
僕はストーンズのやったストレートなブルーズ・フォーマットの曲だけ集めたプレイリストをiTunesで作って楽しんでいる。「リトル・レッド・ルースター」なんか三つもある。しかし全部で約二時間ほどと案外少ないんだなあ。そんなもんなのか。
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